スペースクルーザー ランディール
第21話 真実の重み
神秘的な白い霧がたゆたう静かな海を一隻の船が進む。
タイラー「霧が濃ゆくて前が何も見えないなあ・・・。」
気象コントロールタワーにより管理されている筈の大型宇宙船アリサ３世の気候だが、
そこいら一帯だけが別世界の様に白く深い霧に覆い隠されていた。まるで何かから
大事なものを護るように。
シューソラン城の東にあるという賢者の島にタイラー達は向かっていた。そこには
アイナとオハリオの先祖が書き残したという”真実の書”があるという。
アレス「おい、どうして転送装置を使わないんだ！！こんな古びた船なんて使わ
なくとも一瞬でつくじゃねえか。」
アレスがじれったそうに古びた船の縁をこづきながら、語気を荒げた。もう二時間以上も
波に揺れつづける船旅にもかかわらず一向に目的地につかない事に少し参っているようだ。
ルオン「痴れ物が！！この船は、聖木ラエルマより造られしシーク家所有の船。シーク家に
認められた者だけが乗れるものだ！！本来なら一般の者が安易に乗れるものでは
ないのだぞ！！」
アイナの横に控えていたルオンがアレスの物言いに憤然として歩み寄り激しく抗議した。
その抗議が殴り合いに発展しようとする矢先、アイナが落ち着いてルオンの肩を叩く。
アイナ「ルオン・・・タイラーさん達はシーク家頭首である私が認めた方です。その客人に
無礼を働くというはしたない前例をシークの歴史につくるつもりでしょうか。」
アイナは柔らかい口調でルオンを嗜める。優しい温顔だが眼は名状し難い鋭い輝きを放っていた。
その眼光にさしものルオンも萎縮せざるおえなかった。
ルオン「い、いえ決してそのような事は・・・。」
ルオンが落ち着いたのを見てアイナはタイラー達の方を振り返り頭を下げた。
アイナ「すみませんでした。タイラーさん。先程の非礼ルオンも悪気があっての事ではなく
シーク家を思うあまりの失言、ルオンに代わり謝罪します。」
タイラーはルオンの後ろでガッツポーズを取っていたアレスの頭を無理やり下げさせ申し訳
なさそうに返答する。
タイラー「いや、俺は別に気にしてないからいいよ。それより転送装置を使わないのはやはり
シーク家の慣習とか」
その場の気まずさをごまかす為話題を変えるタイラーに合わせるようにオハリオが優しく答える。
オハリオ「まあ確かに慣習という事もあるけどここいら一帯はある種の結界が張り巡らされて
いるんだ。島に渡るのはシーク家に認められた印を持った船じゃないといけない。」
オハリオは手にした宝石を指差しさらりとシーク家の秘密を言いのけた。手にした宝石は
”森のサファイア”シーク家の結界を解除するキーコードのようなものらしい。
オハリオの説明にタイラー達はただ頷くだけだったがジョディは瞼を閉じ目の前に広がる白い
霧を伺いある一点を指差した。
ジョディ「だからなんでしょうか。ここに来て神々しい光に満ちた力を感じるんです。特に
あの方向から・・・・。」
ジョディのその時の表情は普段の少女のそれではなくどこか神秘的なそれでいて高貴な面持ちを
感じさせた。彼女のその姿を見てアイナは素直に感心し頷いた。
アイナ「さすがですね。超能力の指導を受けたとはいえ結界を構成する力の流れを感じ取れる
とは・・・そう、そここそが賢者の島です。もうすぐ霧も晴れますから見えてくると
思いますよ。」
やがてジョディの指し示す方角の霧がゆっくりと晴れ渡り陽光に照らされうっすらと島影が
見えてきた。
タイラ?「あれが賢者の島かあ・・・。」
島の対岸に近づくにつれ幾分風がゆるやかに感じられた。波が対岸に押しては引く潮騒の音
以外何も聞こえぬ静寂の世界。端から見れば無人島にしか見えぬがやがて島の裏側に廻ると
山の麓に聖域らしき古の石柱が立つ洞窟の入り口とそれに続く桟橋が見えてきた。
桟橋に近づくアイナの船、だがすでに桟橋には先客と思われる船が一隻係留されていた。
アイナが怪訝な表情を浮かべる。
アイナ「これはあの子達の船・・・・まさか。」
アイナは心配そうに船の周囲を見渡す。それはタイラー達が初めて見る表情だった。そんな
アイナにオハリオはそっと声をかける。
オハリオ「アイナ、聖域の入り口に御付の女官達がいる。まずは話を聞こう。」
オハリオの気遣いに少し落ち着きを取り戻したアイナはタイラー達と一緒に聖域へと続く階段を
登る。すると聖域の方からシーク直属の女官達が慌てた様子でアイナ達に駆け寄ってきた。
女官「アイナ様大変です。アゴエ公子殿下達が聖域に冒険すると言って勝手に中に・・・
我々もお止めしたのですが・・・・。」
女官達の言葉に一瞬アイナの表情がこわばった。だがすぐに普段の冷静な顔に戻ると女官と
ルオンに的確に指示を与えた。
アイナ「・・・判りました。あなた達はここでタイラーさんと待機を、私とオハリオであの子
達を探しにいきます。」
アイナとオハリオが二人だけで洞窟の奥に進むのをタイラーが止める。
タイラー「待ってくれ、みんなで探した方が早いだろう。」
子供が行方不明という事態にタイラーは探索の手伝いを申し出るが、オハリオとアイナは哀しい
目を浮かべその申し出をきっぱりと断った。
オハリオ「ここは我が祖先レイバートが真実の書を封ずるために作り上げた大迷宮だ・・・。
構造を知らない君達が迂闊に動き回れば新たな遭難者を出してしまう事になる。」
レイバートという言葉に一瞬なにか引っかかるものを感じたタイラーだったがアイナの悲嘆に
暮れるその姿に胸を打たれた。
アイナ「もうシークの歴史に絡み付く悲劇に誰も巻き込みたくないです・・・・・。それにあの子
達だけは私とオハリオで護ると彼らの両親と約束しました。そう、あの時に・・・。」
昔何かあったのであろうか・・・互いに複雑な表情を浮かべるアイナとオハリオにこれ以上声を
かけられずにいるタイラー。だがジョディは洞窟の奥から微かに子供達の心の声を聞き取り、
笑顔で子供達の無事を告げた。
ジョディ「あのぅ、どうやらアイナさんが心配する必要はないみたいですよ。彼らの心の声が
聞こえてきますから。」
やがて暗い通路の奥から手にライトペンダントを持った子供達が見えてきた。見た感じ１０歳
ぐらいの年齢に見える子供達。負けん気の強そうな赤毛の剣士風の井出達をしたやんちゃな
少年が少女を慰めていた。
アゴエ公子アレク「・・・ほら外だぞ！！もう泣くなよ、」
お姫様のようなドレスを着た茶髪のおとなしそうな少女はよほど怖い目にあったのだろう・・・
目に涙を浮かべあたりをきょろきょろと見渡している。
サテラ公女シンシア「えぐ・・ほんと・・・ほんとなの・・・もう怖いお化けいない？」
今に泣き出しそうなシンシアがアレクの後ろで心細げに尋ねる。アレクは赤面するとぽりぽりと
鼻の頭を掻きながら先程モンスターから子供達を救った猫耳の少女の話題に話をふることにした。
アレク「大丈夫だって。さっきあのお姉ちゃんがみんなやっつけてくれただろう・・・」
アレクの空元気に金髪の髪の眼鏡をかけた少年が軽い軽蔑の眼差しで肩を竦めた。
グランディレクタ公子グラント「全くアレクがここに勝手に来るのがいけないんですよ。もし
ここにアイナお母様がいたら僕達が叱られんですからね。」
グラントの痛い皮肉にアレクは頬を膨らませる。
アレク「あ、みーんな俺のせいなのかよ、グラントだってさっきまで興味しんしんだったくせに。
大丈夫だってみんなで黙ってりゃあさあ」
自慢気に腕組みしながら悪巧みを話すアレク、だがシンシアとグラントは脂汗をかき後ずさりした。
アイナ「・・・女官のお姉さん達はどうするの、アレク・・・。」
アレク「へへん、そりゃあやっぱり黙ってもらって・・・てアイナ母ちゃんそこにいたの！！」
二人の様子がおかしい事に気づきそっと声のした後ろを振り返るアレク君。そこにはニコニコと
不自然に微笑むアイナがいた。そのままの姿で固まるアレクと後ろでガタガタ震えるグラントと
シンシア。
・・・・子供達への説教はこ一時間続き、ほとんど半泣き状態のアレク達。やがてアイナは子供
達が反省した様子を見つめると黙って子供達を肩に抱きよせ振るえる手で頭を撫でた。
・・・アイナは泣いていた。
アイナ「私達がどれだけ心配したと思っているの。・・・お願いだからもうこんな無茶はしない事！！
アイナお母さんとの約束よ。」
静かに泣きながら呟くアイナに子供達はしゅんとうつむきそして頭を下げ謝った。
子供達「・・・アイナ母さんごめんなさい。」
子供達が謝り、アイナは涙を拭うと優しく微笑む。
アイナ「わかればよろしい。・・・・さあシール城に戻ってて。後でお母さんがみんなの為に
おいしいシチューを作ってあげるから・・・。」
先程まで半泣き状態だったのが嘘みたいパッと顔を明るくする子供達。
アレク「ほんと！！約束だよ！！」
はしゃぐ子供達に取り囲まれ笑顔を浮かべるアイナとオハリオにタイラーはすこし複雑な思いで
眺めていた。
小さい頃死別した母親・・・仕事でなかなか家に帰ってこない父親・・・そんな孤独な幼少時代を
過ごしたタイラーにとってアイナと子供達の様子はすこし羨ましくそして眩しく輝いて見えた。
タイラー「全く母は強しだな・・・・。」
アイナ「ええ、彼らの本当の両親から託された希望、アルカディアに決して潰させはしない。あの
鷹の目を持つ男に襲われた時から私達は心に誓っていますから・・・。」
ルオンと子供達は先に船でシール城へと帰途につく。小さく消える船の軌跡を見つめながらアイナは
固い決意を口にした。
ジョディ「・・・鷹の目、・・・ライダーク」
ジョディは鷹の目という言葉で事情を飲み込めた。あの黒いライトサーベルの男ライダークが
子供達の本当の両親を連れ去ったのだ。自分の父親と同じように・・・。
オハリオ「それだけじゃない。あの子達は本当に僕達を頼ってくれる。僕達は奴らからあの子達を
いやこの世界全てを護りたい。そしてそのすべをシークの血に連なる者達は探し真実の
書に書き込んでいった。後に続く者たちの為に」
オハリオは寂しげに子供達の乗る船の方をみつめるが次に表情を引き締めると強い眼差しで洞窟の
方を振り返った。彼の決意はタイラー達の願いでもある。
アイナ「さあ参りましょう。」
タイラー達「はい！！」
アイナの掛け声と共にタイラー達は迷宮に足を踏み入れた。
石造りの通路はかなり年代が古いように思われた。ところどころで折れ曲がり入り組み合う迷宮に
アレスはふとデジャビヴュを覚えた。
アレス「しかしここはなんかとても懐かしい雰囲気がするぜ。まるでモタビアンの聖域みたいだ。」
タイラー「モタビアンの聖域は３年前にアルカディアの改造モンスターに襲撃されたのをモタビア
軍のエース、ルドガー氏が守ったと聞いたことがあるなあ。」
モタビアのマハルにあるというモタビアンの聖域でのルドガーの冒険はレジスタンスで昔の軍人
仲間からタイラーが聞いた噂である。
アレス「へええ、そいつは出会ったら感謝しないとな。あそこは俺がガキ大将だった頃俺をアルカ
ディアから匿ってくれた思い出の地だからなあ。」
オハリオ「アレスさんが懐かしいと感じるのも不思議じゃないかな。ここは我が祖レイバートの
要請で当時のモタビアンの長老とデゾリアンの大僧正が建築に関わったらしいからね。」
またも出てきたレイバートという言葉を歴史の授業で聞いた覚えのあるタイラーはオハリオに尋ねた。
タイラー「・・・・さっきから気にはなっていたんだがレイバートってまさか」
オハリオはふとタイラーの方を一瞥すると何ともいえぬ表情を浮かべ目を伏せた。
オハリオ「そう・・・レイバート・ラ・シーク、君の先祖英雄タイロンとルツ、ミャウそして稀代の
勇者アリサに倒された”天空城に住まう魔王”さ。」
オーレスン家とシーク家、千年前に両家が争った事を改めて認識したタイラーはばつの悪さを感じ
ざる終えなかった。
タイラー「・・・そうか、そいつは・・・すまないな。じゃあ俺達がここに入るのはいけない事じゃ
ないのか。」
だがオハリオは真摯にタイラーの方を見つめ静かに言った。
オハリオ「いや、君達だからこそ見てもらわなくてはならない。真実の書の重みを、レイバートが
己の精神を犯してまで書き込んだ意味を、そしてあのアリサがかつてここで何かを掴んだ
だように・・・。」
言葉の重みにタイラーは繰り返し口の中で反芻する。
タイラー「真実の重みか・・・・。」
オハリオ「レイバートはアルゴルを襲う千年の災いの意味を探るため”闇”と接触した。だがそれは
決して己の欲望の為じゃない。アルゴルを護る為だったんだ。」
と言いかけて、オハリオは急に通路の奥を振りかえった。オハリオ達の鋭い視線の先に現れたのは
皮と肉のない襤褸切れを纏った骸骨の剣士スケルトナイトと半透明の闘士の亡霊ムハーディム、
ラキュールだった。
オハリオ「彼は”闇”の狂気に蝕まれる寸前に真実の書を書き込んだ。以降、ここには多くの探求
者が訪れたが半数以上の者は真実に耐えきれずああなった。」
オハリオは額に汗を滲ませながら哀れな死者の亡霊達を見据えた。スケルトナイトの眼窩に青い
鬼火が点り手にした細身の剣を構え襲いかかってきた。
アレス「骸骨が動いていやがる・・・。闘うしかないな。」
アレスは手にした斧に力を込めスケルトナイトの頭骨に致命的なダメージを与えた。
「クラッシュ！！へへへどんなもんだい・・・って、何ぃ！！」
だがばらばらに砕けた筈の骨格は時間が逆流したかのように元に戻り統合を終えたスケルトナイト
達は剣を縦横無尽に振り回しアレスに攻撃を集中させた。防戦一方のアレス、タイラー達やアイナ
達にも亡霊の毒牙が襲いかかり苦戦していた。
タイラー「ジョディ、君は逃げるんだ！！ここは俺達にまかせて。」
だがジョディはそれまでに見せた事のない凛々しい表情でタイラーの申し出を拒否する。
ジョディ「待って！！私もタイラーと一緒に戦うわ！！」
タイラー「だめだ！！君は超能力を持っているとはいえ戦闘経験がないじゃないか！！危なすぎる！！」
ムハーディムの剣を防ぎながらジョディに訴えるタイラー。
ジョディ「私ただ待っているだけじゃもういやなの・・・足手まといになるつもりはないわ！！」
タイラー「しかし・・・」
無数の亡霊に襲われるジョディを助けようとするタイラー。それをアイナが手で止めた。
タイラー「何故止めるんだ、アイナさん！！」
アイナ「あなたが攻撃に巻き込まれるのを防ぐためですよ。見ていてください。彼女もあなた達と
同様ここ数日私の指導の元でマジックの腕を上げてきましたから。」
タイラー「闘うといっても彼女は・・・」
途端ジョディの周囲に激しい火柱が立ち上り亡霊達を吹き飛ばした。
「焼き尽くせ！！フレエリ！！」
彼女が強く命じると同時に強大な火球が生まれ大気を焦がしながら亡霊達に激しくぶつかった。
炎上し叫びをあげ消滅してゆく亡霊を悲しい瞳で見つめるジョディ・・・。
駆け寄るタイラーに対しジョディは笑顔で答えた。
ジョディ「どう、これでも私は足手まといなのかなぁ・・。」
ジョディの固い決意にタイラーは改めて強い信頼を込めて答えた。
タイラー「わかった！！一緒に戦おうぜ！！」
その一方で骸骨剣士達の無数の凶刃がアレスに向け殺到する！！さすがにやばいと感じるアレス。
だがその凶刃がアレスの心臓に到達しようとしたその刹那、アレスは信じられないような光景を
目撃した。ピンク色の疾風がスケルトナイトの間を駆け巡ると一瞬の煌きの後骸骨剣士達は派手な
音を立てて崩れ落ちた。
？？？「腕が訛ったんじゃないの、アレスお兄ちゃん。」
そこに来るはずのない少女の姿がアレスの双眸に映りこんだ。ピンク色の髪に猫のような耳の
あどけない少女。デゾリスで別れたはずのミカがそこにいた・・・・。
アレス「・・・ミカ・・・・本当にミカなのか・・・。」
ミカ「もしあたしがミカじゃないとしたら・・・・アレスお兄ちゃんはどうするの？」
大人びた少女の声に一瞬戸惑いを覚えるアレス、少女は光に包まれると背に白い翼持つを巨大な
ピンク色の獣にその姿を変化させた。だがアレスはそれに動じる事無く、獣の金色の瞳を優しく
見つめそして答える。
アレス「ばあか、おまえのそのころころとした目を俺が忘れるわけないだろう、ミカ・・・。」
ミカはアレスの優しさのこもった言葉に思わず顔を紅潮させた。
ミカ「よかったぁ、この姿アレスお兄ちゃんが見てびっくりするんじゃないかとドキドキしちゃった
んだよ。」
再び獣人の姿に戻るとミカは目を輝かせ嬉しさのあまり小躍りした。
アレス「け、おめえがいくら大きくなったって馬鹿猫は馬鹿猫だよ。」
その姿に見とれてしまう自分に気がついたアレスは照れくさくなってついつい悪態をついてしまう。
ミカ「ああ、また馬鹿猫っていったー！！アレスのとうへんぼく！！あっかんべーだ！！」
アレス「なんだとー！！悪口だけは相変わらずだなー！！このこの・・・・ははははは」
ミカの悪口にあいかわらずの追いかけっこの後アレスはミカに絡んで見せる。
ミカ「い、いたいよぅ・・まだこの姿でいるのなれていないんだもん」
アレス「お、おう・・・すまねえな。」
少し痛がるミカを気遣い掴んだ手を離そうとするアレス。だがミカは放そうとするアレスの腕を
自ら掴みそっと引き寄せた。
ミカ「でもね、アレスお兄ちゃんの手とても暖かいよ。」
アレス「・・・へへへ、ミカもうこの手は離さないからな、俺がおまえを護ってやる。」
アレスの頼もしい言葉がミカの胸を暖かくする。アレスもまた腕から伝わるミカの温もりに心臓が
早鐘のようにときめいた。だがそれが「恋」である事にまだ二人とも気がついていない。お互いに
かける言葉もなくただ黙って立ち尽くす二人。
タイラー・ジョディ「ミカ！！」
そこに丁度ムハーディム達を倒したタイラー達が駆け寄る。
ミカ「タイラーお兄ちゃんにジョディお姉ちゃん！！あたしね、とてもみんなに会いたかったんだよ」
仲間達の暖かい言葉にほっと胸を撫で下ろすミカ。
ジョディ「ミカちゃん、人間の姿に戻る事ができたみたいね。」
ミカ「うん、ミャウ長老様から特殊なラエルマベリーを貰ってこの姿になることができたんだよ。」
タイラー「で、どうしてミカはここに来たんだい。」
タイラーの質問にミカは明るくこれまでの経緯を話した。
ミカ「うん、ミカね、ミャウ様からここで修行するようにいわれたの。それとミャウ様からの
伝言だよ。（”闇”がいよいよ動きはじめた”）って。」
しかしミャウの伝言を伝える時、ミカは深く息をつきこれから起こるであろう災厄の予兆を真剣な
眼差しで伝えた。
タイラー「だとしたら、なにが何でも真実の書から情報を得ないといけないな！！」
ミカが伝える不吉な予兆にタイラーは眉をひそめアルカディアとの決戦の時が近い事を確信する
のであった。
オハリオ「みんな、もうすぐ真実の書の収められた広間につくから気を引き締めていこう。」
オハリオの言葉に従いタイラーとその仲間達は再び歩き出した。
地下奥深く進むタイラー達。やがて迷宮奥深くに光が指しこむ大広間へと出た。壮麗な彫刻が施
された壁に安らぎを与える月桂樹の大木が彫刻の一部の様に整然と配置されている。自然と文明の
美がお互いを否定することなく調律された空間を天上の裂け目から差し込む太陽の光が明るく照ら
していた。しかし、神妙なる空間に安らげる暇はタイラー達にはなかった。なぜならそこには
十数ｍを超える長い蛇のような身体を持つ朱、蒼、紅の色に鱗に覆われた三体の龍が鎮座していた
からだ。
アレス「なんだ！！こいつは・・・。」
タイラー「竜・・・・なのか・・・。」
空間を揺るがす息吹を発する巨大な龍の眷属に恐怖を感じるタイラー達。だがアイナとオハリオは
眼前の龍の巨体に臆することなく抗議した。
アイナ「これはどういうことなのでしょう！！聖堂の賢者の方々。龍に変化するのは緊急の場合
のみのはずですが・・。」
アイナの抗議に三体の龍はその鎌首をもたげ眼下の者達を見つめる。
蒼龍王”タイラーと申す者よ汝等の力量いま少し見定める必要あり！！”
赤龍王”我等に汝等の証を見せよ”
脳の中に直接、龍王の声が響いた。未知の感覚に戸惑いながら自分達が試されていることに気が
ついたタイラーは不敵な笑みを浮かべる。
タイラー「なるほどね・・・真実を見たければ試練を受けよって事か。いいぜ。受けてたつさ。」
その決意の意思を確認するかのように龍王は頷くと次の瞬間、咆哮を挙げタイラー達に襲い掛かる。
紅色の龍が山の様な巨体で柱を薙ぎ倒すと尾の一撃でタイラー達に岩塊と化した柱を投げ飛ばした。
アレス「うおおお、危ねえ！！」
ミカの方角に落ちる柱の残骸からミカを抱え込み安全圏へと走るアレス。轟音と共に先程まで
ミカがいた地点に巨大な穴が穿たれた。
ミカ「ありがとう。アレスお兄ちゃん、でもあたしだっていつまでも守ってもらうばかりじゃ
だめだもんね。」
アレスの腕から飛び上がるとミカは猫のような敏捷性で巨龍の爪を交わしながら手にした白銀の爪
シルバータスクで龍の鱗に傷をつけた。だが何か違和感を感じるミカ。唖然とするアレスとタイラー。
そこに赤い龍が巨大な顎を広げ灼熱の炎を彼等の頭上に浴びせ掛けようとしていた。その気配を察し
高く飛び上がるアレスとタイラー。赤龍から発せられた炎がタイラーの髪を焦がす。と同時に炎から
巻き上げられた熱い風の上昇気流が飛び上がったタイラー達を木の葉のように舞い飛ばす。壁に
打ち付けられようした寸前アイナが時の流れに干渉し”ヌーン”のテクニックで壁にぶつかる寸前の
タイラー達を別の座標に送り届けた。
ジョディ「感謝します、アイナ様。」
ジョディは傷ついたタイラーに駆け寄ると手を組み淡い緑の光を発した。
ジョディ「お願い、タイラー達の傷を治して、ドヒール！！」
淡い緑の輝きがタイラー達の火傷を癒してくれる。ジョディの優しさに触れ親指を立て微笑んだ。
タイラー「サンキューな！！ジョディ、これからも頼りにしているぜ。」
タイラーとアレスは手にした得物を強く握り締めると天上で舞う三体の龍王を睨み付けた。
唐突に頭の中で龍の声が木霊する。
紅龍王”なぜお前は戦うのだ”
その問いに一瞬戸惑いつつ意地になって答えた。
タイラー「アルカディアからみんなを守るためだ。」
だがタイラーの答えに龍王は新たな問いかけの思念を送った。
蒼龍王”汝が守りたいものとはどこまでを指すものか。汝の知る者か、人か、それともアルゴル
そのものか”
赤龍王”汝等の護りたいものとは何か？それが分からぬのであれば汝等の真に護りたいもの
砂塵のように消えてしまうことであろう”
タイラー「俺達の・・・真に守りたいもの？」
その問いかけにタイラー達は茫然としてしまう。
・・・その時彼等の頭の中にタイラーとジョディの両親、アレスがいたモタビアンの村の人々、
微笑みかけるネイファーストそれらがフラッシュバックとして一瞬現れそして消えた。
アイナ「タイラーさん！！炎が来るわ！！よけて！！」
アイナの必死の叫びで我を取り戻したタイラー達。上空に熱を感じ見上げると三体の龍王が共に
顎門を大きく広げ熱線を吐こうとしているところだった。
三体のブレスが一つとなり灼熱の炎が四人を照らし出す。アイナとオハリオが助けようとするが
龍王が構築した結界に阻まれ動くことが出来ない。四人の影が炎に飲み込まれ顔を歪ませる
アイナ。だが燃え盛る炎の中タイラー達は生きていた。ミカが紺色に光る防壁”ムワーラ”を、
ジョディが白く光る防御フィールド”デバンド”を形成し二重の防壁が炎を押し返していた。
ミカ「ミカ・・・馬鹿猫だから、真に守りたい者なんていわれてもよくわからんないよ。でもね、
今ここにいるお兄ちゃん達をあたしは絶対に失いたくないよ！！」
ジョディ「あなた達のいいたいことは心の中で漠然としか伝わってこない。でも時をかければ必ず
理解できると思う。真に守りたい者が何か・・・だから今私達は目に見える仲間達を
守るの！！」
二人の言葉にアレスとタイラーは自らを奮い立たせる。
タイラー「確かに俺達はその答えが見つからず迷ったあげく気づいた時には失っているかもしれない。
だが恐れていては結局何もかも失うことになるんじゃないか！！」
二人は手にした武器に闘気を込めたちあがる。
タイラー「だからこそ俺達はその答えを見つけるために戦う。それが今俺達に言える回答だ！！
いくぜアレス！！」
アレス「おう！！」
闘気を纏い疾風のように炎を交わしながら龍の頭に向け高く跳躍する二人
ミカ「お兄ちゃん！！額を狙って！！その龍は実体じゃないよ！！今のあたしと同じようにオーラで
身体を作り上げているの。額に本体がいるよ！！」
ミカの忠告に蒼龍王の鍵爪を紙一重で交わしながらアレスが答える！！
アレス「へっへこの俺が戦闘の事でミカにアドバイスを受ける立場になるたーな！！よぅし額だな！！
俺の絶技をくらいな！アバランチクラッシュ！！」
龍達の鍵爪や尾の一撃を交わしつつ跳躍を繰り返しながら高度を高めそして天空から勢いよく斧を
蒼龍の額目掛けて突き落とすアレス。残りの龍がアレスの方へ目を向ける一瞬の隙をタイラーは
見逃さなかった。
「うおおおお！！食らえ！！エアスラッシュ！！」
タイラーは獣のように吼えた。その咆哮に龍の動きが止まる。横一線の薙ぎがタイラーから放たれ
微妙に位置をずらしながら二体の龍の額を切り裂いた。三体の龍は絶叫を轟かせぼんやりと消えて
ゆく。後に残ったのは傷ついた３人の聖なる白衣を着た老人達だった。
アイナ「賢者様！！」
アイナとオハリオが賢者達に駆け寄り肩を貸す。賢者は闘いの疲れからか憔悴していたがゆっくりと
立ちあがる。
賢者「・・・未熟だが汝らの答えしかと聞いた。真実の書を見る資格があると認めよう。さあついて
きなさい。」
賢者の整然とした態度にアレスは悪態をついた。
アレス「へん、さっきまで俺達を殺そうとしてたくせによく言うぜ！！」
タイラー「落ち着けよ。お宝には番人がつきものなんだぜ。番人は命を賭してお宝を守るもの、
その番人が見てもいいっていうんだ。それでいいじゃないか。」
賢者達の案内で奥の小さな部屋に通された。そこは複雑な文様が幾何学的に壁一面に描かれていた。
おそらく結界の一種であろう。その部屋の中央の祭壇に古びた書物が置かれていた。千年の風格を
漂わすその書物は力を持つ者には禍禍しい瘴気が書物から放たれているように見えた。
賢者「これが真実の書、別称を”闇のリュクロス”と云う。」
ジョディ「この本から・・・その禍禍しい何かを感じます。」
ジョディの不安を見て取り賢者はタイラー達に念を押す。
賢者「改めて言うがこの真実の書を見て無事に帰れる保証はどこにもない。あの伝説の勇者アリサ
様ですらこの本を見た後髪が一時変色し、闘う力を失いかけたと聞く・・・。」
タイラー「無事に帰れるとは・・・一体どういう事なんだい。」
あのアリサですら身体に変調をおこしたと聞きタイラーは一抹の不安を覚えた。だが、すぐに肩を
竦めて余裕の表情を浮かべる。
アイナ「それは触れてみればわかりますわ。・・・・・ですが本当によろしいのですね？」
改めて念を押すアイナ、それでもタイラーの決意は揺るがないようだ。
タイラー「海賊がいくら亡霊が出るとはいえお宝を恐れちゃいけない。そうだろう？それに敵は
もう動き出しているんだ何としても情報を掴まなくちゃな・・・・。」
軽妙な例えでジョディやアレス、ミカの不安を取り除いた。みんなそれに笑顔で返した。
オハリオ「そうですか・・・では行きますよ！！」
オハリオとアイナが手を翳し古代アルゴル語で呪文を唱えると本がゆっくりとその封を開き、次の
瞬間アイナ達とタイラー達は本の中の闇に引きずり込まれていった。
後に残された賢者達は深くため息をつきお互いに顔を見合わせる。
賢者「いってしまわれたか・・・だがよかったのであろうか」
賢者「うむ、彼等が来る少し前からこの本が障気を発していた事じゃな。我等が龍になったのも
それを押さえるため・・。」
賢者「それにあのタイラー達には憎しみの影がちらついておった。彼等が”闇”に飲みこまれなけ
ればよいのじゃが。」
賢者たち「今は祈るほかあるまい。」
賢者達は、本の周囲で円陣を組み両手を組み合わせアイナ達が帰ってこれるよう祈りを奉げるほか
なかった。
闇の彼方で紅き三つ目がその瞼をゆっくりと開く。そして・・・・
？？？”来よ・・・・来よ・・・・・”
第２１話 -終-
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