「そう言えば、見送りとかいなかったんだな。」
三列ある座席の真ん中の列に座ったマークが、後ろの列に座っているエヴィンに言った。なお、
照れて拒否するエヴィンとリビアを揃って最後列に座らせたのも彼である。
「僕とお爺ちゃんは家で済ませて来たから・・・出発の直前までいると決心が鈍るからって、そう
言ったら分かってくれた。それに・・・」
「それに？」
「そんなこと言っててリビアさんが来るって言ったら、うちの家族は絶対ついて来るって言うし。」
「なるほど・・・そう言えばリビア先輩は？なんて言って出てきたんだ？」
「私が、ちょっと嘘をついたのよ。」
リビアに質問をするマークに、彼の隣にいたリィズがそう言って横から口をはさんだ。
「ウェンフィールド財団主催の研修への体験参加だ、みたいなことを名刺片手に言ってね。」
「正直ちょっと気が引けたんだけど・・・でも言っても絶対信じてくれないし。信じたら信じたで、
絶対止めるだろうし・・・」
「ま、そうだろうな。先輩の家は、ウチなんかと違って常識的だろうから。」
「マーク君の家とは違って？」
不思議そうな顔でリビアは言った。するとマークはすかさず、「ひい爺さんが色々やってくれたお
かげでね。」と答える。
「ありのままに言えば、むしろ呆れ返ってすんなり行くかと思ったんだが、家族にゃそいつは通じ
なかったよ。親父は血の宿命がどうだとか言い出すし、その親父の説明を受けたジャンはなん
だか泣き出すし・・・」
「ジャン？」
マークの一言に運転手を除く全員が「誰それ？」をいう目でマークを見る。
「弟だよ。あれ？いるって言ったことなかったっけ？」
「・・・全然。」
異口同音に、首を横に振ってみんなは言った。
「ま、兄貴のオレから見ても真面目で面白味のないガキだけど、戦いが終わったら紹介するさ。」
「真面目って・・・そりゃマークと比べちゃ・・・」
「ん？なんか言ったかムッツリスケベ。」
「だからマーク！その呼び方はやめてって・・・」
「リビアせんぱ〜い、気をつけたほうがいいですよ〜こいつの頭の中はカオスですから〜」
「マーク！いい加減に・・・」
言いながらエヴィンは、今にも泣き出しそうな顔でシートから身を乗り出そうとする。と、それを横
からリビアが止めた。
「二人ともいい加減にしなさい。アレンさんやリィズさんに怒られる前に。」
「リビアさん・・・」
「はいはい、分かりましたよママン。」
「誰がママよ！」
からかいの矛先を自分に向けられ、今度はリビアがムキになった。と、同時にアレンの咳払い
が入る。
「極度の緊張は戦闘力を削ぐ・・・だが弛緩も同じく力を削ぐ。過ぎたるは及ばざるが如し、この
言葉の通りにな。」
「あ、ああ。」
「それとも、お前さんもやはり不安か？不安は人を饒舌にするからな。」
「・・・・・・」
アレンにそう言われると、マークは無言で椅子に座りなおした。
だが一度沈黙が訪れてしまうとそれを挽回するのは容易ではない。車が動き出してから数十分、
まるでこれから温泉旅行にでも行くのかのように騒がしかったワゴン車の中は嘘みたいに静か
になり、ほとんど誰も口をきかない。そして数時間後、車はアイガの地についた。
「ご苦労さん。」
車から降りる前に、運転手の男性にアレンは言った。そして全員が降りると車はすぐにどこか
へ走り去ってしまう。と、そんな車と入れ替わるかのように彼らに声をかけてくる者があった。
「ずいぶん遅かったわね。道でも混んでた？」
「エレナさん・・・それにシーレンさんも！お久しぶりです！ご無事で！！」
二人の顔を見て、嬉しそうにエヴィンは言った。そんなエヴィンを見て、エレナもニコと微笑む。
「ええ、あなたも無事でよかったわね。ディルナにも勝ったんでしょう？」
「え・・・いや、でもあれは自分だけの力じゃないですから・・・」
エレナに誉められエヴィンは照れた。そんなエヴィンを見て、エレナはまた微笑む。
「まあ頑張りなさいな。シーレンにも勝ったあなたの力、それをもっと信頼して、ね？」
「はい・・・」
エレナの言葉にエヴィンは少し照れくさそうにうなずいた。と、それとほぼ同時にエレナの背後に
いたシーレンが前に歩みでる。シーレンはエヴィンの顔をじっと見た。
「誤認・・・ではなさそうだ。」
「・・・シーレンさん？」
シーレンの言葉の意味が分からず、エヴィンは目を白黒させた。他のメンバーもマークを除いた
全員がそのただならぬ雰囲気に焦りの色を浮かべる。そんな張り詰めた空気の中、シーレンは
話し続けた。
「エヴィン･ハランツ、今のお前からは前に私と戦った時よりも遥かに強くミューの存在を感じる・・・
だが、同時ダークファルスの・・・私の排除すべき存在の波動も遥かに強く・・・」
シーレンはそう言うとエヴィンの眉間にハンドガンの照準をあわせた。
「！！」
それを見てリィズは反射的に動こうとした。だがアレンは腕を横に突き出してそれを制する。周囲
が下手に動けば余計にエヴィンが危なくなるからだった。しかも当のエヴィンは微動だにしてない。
そんなエヴィンにシーレンは問いかけた。
「エヴィン･ハランツ・・・もう一度聞きたい・・・お前は、何だ・・・？」
「僕はエヴィン･ハランツです。これまでも・・・そしてこれからも。」
「わかった。」
シーレンはそう言うと銃を下ろした。
「シーレンさん？今・・・笑っ・・・？」
シーレンの口元が微妙に動いたのを見てエヴィンは言いかける。けれどエヴィンが言い終える前
に、シーレンはエヴィンに背を向けた。
「やれやれ・・・一時はどうなるかと思ったが・・・」
シーレンが後退したのを見て、額の汗を拭いアレンが言った。それから彼は、視線を得意げな顔
のマークに向ける。
「しかしお前さんは、やけに落ち着いておったのう・・・読めておったのか？この展開が。」
「まあね。て言うか爺さん、オレなんかに読み負けちゃマズイんじゃないの？」
「・・・かもしれんな。しかし、何をもってこの展開を読んだ？」
「シーレンに殺気が無かったからね。」
「・・・アンドロイドに気配が無いのは当然だと思うが・・・」
「あ・・・」
アレンにそう言われ、マークの顔は急に青くなった。そんな彼に、リィズとエレナはため息をつく。
「・・・そんなことだろうと思ったわ・・・」
「所詮、サルはサルね・・・ところでエヴィン君、あなたも動じてなかったみたいだけど・・・まさか、
あの山猿と同じ理由じゃないわよね・・・？」
不安そうにエレナが聞くと、エヴィンは笑顔で首を横に振った。
「違いますよ。シーレンさんのこと、信じてましたから。」
「フフ・・・よかった。やっぱり君は、アレとは言うことが違うみたいね。」
納得した顔で、ウンウンとうなずきながらエレナは言った。と、そんな彼女の横からマークの怒声
が割って入る。
「物質代名詞はやめろよオバサン！」
「・・・オバサン？」
その一言でエレナのこめかみに青筋が走った。
「シーレ・・・」
「そこまでにしときなさいよ。あなたの言う所の『山猿』と同レベルでケンカしてどうするの。」
「ま・・・まあ、それもそうね。」
そう言うとエレナは落ち着きを取り戻した。一人おさまらないのはマークだが、それもエヴィンに
なだめられる。
「ところでフィルには何も言わずに来たの？」
騒ぎがひと段落するとリィズはエレナに聞いた。
「・・・何も言わなくても勘付かれたわよ。フィルには。」
「え・・・それじゃあ・・・」
不安そうな声でリィズは言いかけた。だがエレナは静かに首を横に振る。
「大丈夫よ。言いくるめてきたから。」
「そう・・・」
「あのバカ、ダメージは負っていても私よりかは戦えるって言ってたけど、奥義を使った肉体は
どこにどういう影響が出るか、いつ予測のつかぬ破滅が出るか分からない・・・時限爆弾を抱
えてる人間とは一緒に戦えないって言っといたわ。ま、口じゃ負けないわよ。」
エレナがそう言うと、リィズは安心したように微笑んだ。
それから彼らは戦いの場として使えそうな、一面何も無い広場へと移動した上で戦闘中の戦略
について話し合った。基本的にエヴィンとマーク、アレンが前衛を務め、シーレンは後方援護が
基本ながら場合によっては前衛もしてもらうことになる。そのシーレンへの指示とバックアップは
エレナが務め、リィズは基本的に、傷ついたメンバーの治療と補助が役目になった。そしてそれ
らの相談が終わると、エヴィンはリビアに目を向けた。
「それじゃあネイソードの力を解放します・・・リビアさん、できるだけ遠くに離れてください・・・」
ネイソードの鞘を左手に持ち、エヴィンは言った。けれどリビアは、その場にから動こうとしない。
何も言わず、顔をうつむかせ、両手をぐっと握り締めていた。
「リビアさん・・・？」
不安そうな、そして少し困ったような口調でエヴィンは言った。けれどそれからすぐにリビアは顔
を上げ、みんなのことを見ると大きく息を吸い込んだ。
「みんな・・・絶対、生きて帰ってきて・・・」
「ああ。」
「分かっておる。」
「あなたに言われるまでもなくね。」
「死ぬために戦うんじゃなくて生き抜くために戦う。このところ、誤解しないようにね。」
リビアの言葉にマークとアレン、リィズとエレナが次々に答えた。それを見るとリビアは振り返り、
とぼとぼと歩き出す。
（リビアさん・・・）
エヴィンは、そんなリビアのことを思いながらも彼女の方には目を向けなかった。見ると辛くなる
のが分かっていたし、決意が鈍るのも怖かった。だからさっきも、何も言えなかった。エヴィンは
そのままリビアの足音が遠くに行くのを待った。だがそれでエヴィンの心が落ち着きかけた瞬間、
リビアは後ろから自分の腕をエヴィンの脇に通し、その身を押し当てていた。
「リビアさん・・・」
体を硬直させ、後ろを振り向くこともできないままエヴィンは言った。
「エヴィン君・・・約束、守って・・・必ず・・・」
「はい・・・」
少し上ずった声でそう言うと、リビアの体はエヴィンから離れた。そして今度は、駆け足で去って
行くリビアの足音がエヴィンの耳に入ってくる。やがてその音も聞こえなくなると、エヴィンはネイ
ソードの柄にその手をかけた。
（リビアさん・・・僕は必ず帰ってきます・・・ライルさん・・・皆さん・・・頼みます・・・エリーちゃん・・・
結局来なかったね・・・間に合わなかっただけかもしれないけど、それでいい・・・これ以上戦い
に巻き込みたくないのは、エリーちゃんも同じだから・・・）
瞳を閉じ、それらのことを考えるとエヴィンは一回深呼吸をする。そして右手に力をこめると、エ
ヴィンは目を見開いた。
「行きます！」
大声でエヴィンは叫んだ。そして彼がネイソードを鞘から抜き、天にかざすと一条の強烈な光が
天に向かって伸びて行く。そして、気味の悪いほどの沈黙が訪れた。
ドクン・・・ドクン・・・
みんな、自分の心臓の音が聞こえるくらいに大きくなっていた。１０秒が経ち・・・２０秒が過ぎ・・・
そしてさらに数秒が経過したとき、黄金色の光に包まれた、青黒い巨大な球状の、隕石のような
物体が地表へと接近してきた。
「みんな！よけて！！」
それを見てエヴィンが叫び、全員が散開した。そして円状に散った彼らの中心部あたりに、その
物体は落下した。光に覆われた中で、青黒い物体は形を変化させようとうごめいている。そして
それがさらなる形をなす前に、それを覆っていた光はそこを中心に直径５０メートル程の半球状
のドームとなりあたりを包んだ。
「こいつが・・・ダークファルス！」
うごめき続ける物体を指差しマークは叫んだ。
「ああ！だがネオパルマから強制的に引き剥がされたことと、落下の衝撃でかなり弱っておる！
形も、完全体から逆戻りしておる・・・やるなら今じゃ！」
ダークファルスを前にそう叫ぶと、アレンは真っ先にダークファルスに殴りかかっていった。だが
彼が先制する前にダークファルスから無数の同色の、人の頭くらいの大きさの物体が放たれる。
「ぬうっ！」
自分に迫るそれをアレンは体をゆすってかわした。だが彼の背後で、それらの物体は禍々しい
異形の者へと姿を変える。
「これ・・・ディルナさんの浮遊城のガードと同じ外見・・・でも、力はこっちの方が遥かに・・・」
敵の姿を見てエヴィンは思った。けれど、そんなことをのんびりと思い返す間も与えることなく、
彼らはエヴィン達へ襲いかかってきた。
「時間稼ぎのつもり？小賢しい・・・シーレン！」
そう言ってエレナはシーレンに叫んだ。その声でシーレンは大口径のバズーカ砲を構え、敵の最
も密集している所に向けて放つ。しかし、その弾速は砲弾としてはスローモーションと言っていい
程に遅い。プロ野球選手の速球と同じくらいのスピードである。当然それを見た敵は散開してか
わそうとするのだが、それより前にエレナが砲弾めがけピストルから貫通弾を放った。それで砲
弾は破裂し、爆風と鉄片が次々に敵を貫く。
「ま、ざっとこんなもん・・・」
自分の期待した通りの威力に満足げな表情でエレナは言った。だが、その直後に爆煙の中から
突進してきた傷だらけの山羊頭の敵、ゴートマンに首を掴まれる。
「エレナ！」
それを見てリィズは即座にゴートマンに針を投げた。針はゴートマンの手の神経節を的確に貫き、
彼女を掴む腕から握力が抜ける。それと同時にエレナは、手にした銃でゴートマンの額を撃ち抜
いた。
「く、首の骨が折られるとこだった・・・」
「戦場での油断は禁物よ、エレナ。」
「分かってるわよ！あなたに言われなくても！・・・けど、助かったことには礼を言っておくわ・・・」
エレナがそう言うと、リィズは無言でうなずく。だがその間も戦いは続いていた。
ダークファルスから発生する異形の者の数はエヴィン達の何倍も多く、本体に接近なんてできる
状況ではない。飛び道具を持つシーレンが辛うじて間隙を縫い、ネイショットを当てようとするの
だが、それも再生途中のダークファルス本体を守るために異形の者達が集団で盾になっている
ため防がれてしまう。無論ネイショットの直撃を受けた異形の者は誰として無事でないが、それ
でも彼らは、残った者が次々に機械的に盾になり続けた。
「くそ・・・これじゃ近寄ることもできやしねえ！」
ダークファルス本体に対して何もできない状況に歯噛みをしながらマークは言った。そんな膠着
した戦況の中、ダークファルスの邪気は増大し続ける。そしてある瞬間、これまでは徐々に増大
していたその邪気が、一気に膨張した。
「みんな！防御を固めて逃げて！！」
自らも両腕を前にしっかりガードを組み、大きく後ろに飛びのきながらエヴィンは言った。その言
葉に他の全員も従う。そしてその直後に、強烈な爆音と土煙があたりを包んだ。
「来るぞ！」
今度はマークが叫んだ。まだ視界も定かになっていない中から、テクニックの類か魔術の類かまで
は分からないが、強烈な魔力をもった弾丸が迫る。エヴィン達はそれをかわし、撃ち落とそうとする
が、数が多く到底対処しきれない。その攻撃で、全員が体のどこからか出血するような傷を負った。
やがて煙もはれ、視界が明らかになると、目の前にいる存在に全員が顔色を変え、言葉を失った。
「これが・・・ダークファルス・・・」
「うむ・・・」
「なんて、邪気だ・・・けど、他の雑魚どもは・・・」
「ダークファルスの衝撃波で吹き飛ばされたのじゃろう・・・さもなくば再び取り込まれたか・・・しかし
よく似ておる・・・邪気だけでなく、その姿形もな。何年経とうが、忘れる筈がない・・・だが、生涯二
度も相手にすることになろうとはな・・・」
ダークファルスを前にマークとアレンが短い会話をかわした。青黒い巨体で、肩や脚にも複数の顔
を持ち、それらが全て、禍々しさと蔑みに満ちた表情でエヴィン達を見つめている。そしてその中で
メインの物と思われる、最も大きな顔は、黒い眼球の中にある血にも似た、黒さの混じった紅色の
瞳をギョロリと動かした。
「我が名はダークファルス・・・滅びのためにもたらされし者・・・」
「ダークファルス・・・」
その言葉を受け、エヴィンは無言で数歩、前に歩み出る。そして立ち止まると、背中に闇の翼を展
開させた。
「深遠なる闇も・・・大いなる光ももういない・・・この世界で僕達が戦わなくちゃいけない理由なんて
・・・憎しみあわなきゃならない理由なんて・・・どこにもないんだ・・・それを、分かってよ・・・」
「・・・・・・」
エヴィンの言葉に影響を受けたのか、ダークファルスは沈黙した。そんなダークファルスにエヴィン
はもう一度語りかけようとする。だがその瞬間、ダークファルスの瞳から一筋の熱線が放たれた。
熱線は大地を一直線に切り裂きながらエヴィンに迫る。
「！！」
自分に向けて放たれたそれを、エヴィンは紙一重でかわした。そして今度は悲痛な、叫び声にも似
た声が彼の口から出る。
「ダークファルス！！」
「・・・・・・」
エヴィンの叫びに、さらに苛烈な攻撃でダークファルスはこたえた。瞳からの光線だけでなく、その
巨体にはおよそ似つかわしくないスピードでエヴィンに襲いかかる。そしてダークファルスが、鋭利
な黄色い爪を持つ右腕を振り上げた瞬間、シーレンのネイショットがダークファルスに直撃した。
「シーレンさん・・・エレナさん・・・」
「エヴィン君、あなたのその性格はたしかに長所かもしれないけど・・・それを一番出さなきゃならな
い相手は、ダークファルスじゃないんじゃないの？」
あきれ果てたような顔でエレナは言った。と同時に、マークがエヴィンの顔をグイと横に向けさせる。
すると視線の先には、結界の外のリビアがいた。かなり遠くなのに、不思議と表情がよく見える。
口を真一文字に結び、拳をぐっと握り締めているが、足は小刻みに震え、瞳にはうっすらと涙を浮
かべていた。普通に立っていて卒倒することを恐れてか、体は木によりかからせていた。
「リビアさん・・・」
「分かったか？」
「うん・・・」
マークの言葉にエヴィンはコクリと頷いた。そして再びダークファルスの方を見ると、戦いはすでに、
完全に始まっていた。
「・・・・・・」
年齢を感じさせぬ動きで魔力の弾丸をかいくぐったアレンを叩き潰そうと、ダークファルスの巨大な
右腕が風圧とともに迫る。アレンはそれに対し真正面から突進し、上へ飛び乗った。
「オーバードライブ！」
アレンの拳が、付け根までダークファルスの右腕にのめりこんだ。ダークファルスはその腕を取り込
もうとするが、それより先にアレンは腕を抜き、ダークファルスから飛び降りる。
「リィズさん！」
「はいっ！」
飛び降りると同時に発したアレンの合図で今度はリィズが突進した。そしてアレンのつけた傷の穴
に極限まで圧縮されたグラブトを叩きつける。体内に強力な引力を設置され、そこに体内の組織が
アンバランスに引っ張られるとダークファルスの右腕は急速に形を変え、崩壊して行く。だがダーク
ファルスはそれを左腕で周囲の部分ごと削ぎ落とす。と同時に、左腕の用いた魔力で右腕は急速
に回復していった。
「やはり、小手先の技では倒せんか・・・だが、そうやって愚痴ってても始まらんからの。」
そう言うとアレンは再びダークファルスに挑んでいった。リィズもそれにあわせ、エレナとシーレンも
別方向からダークファルスを攻撃する。
「マーク・・・」
「お前の気持ちも分からんではないさ。けどリビア先輩と約束したんだろ？どんな約束したかまでは
知らんが、少なくとも死んで守れるモンじゃねぇと踏んでるんだが。」
「うん・・・」
「最後の最後になっちまったが、見せてやろうぜ。ティリア一高のゴールデンコンビの力をさ！」
「うん！」
エヴィンはそう言うと、もう一度ダークファルスの方を見た。
「僕が一番守りたいのは・・・守らなくちゃ、いけないのは・・・っ！」
「リビアさんとの約束・・・この星の人達・・・そしてネオパルマの人達・・・ダークファルス！あなたが
それをどうあってもそれを阻むと言うのなら・・・容赦はしない！」
「ああ！容赦なんかしてられる相手でもないしな！行くぞエヴィン！！」
「うん！」
そう言うと二人は、並走してダークファルスに向かっていった。狙いは回復機能を持つ敵の左腕、
そんな二人をしとめようと、その左腕から無数の触手が生え、鞭のようにしなりをあげて迫る。
「エヴィン！」
「分かってる！」
マークのかけ声に応え、エヴィンはネイソードを鞘から抜いた。エヴィンが実戦で刀剣を使うのは
これが初めてだったが、不思議と剣に重さは感じない。鞘に収めているときはズシリとした重量感
があったのに、抜き身にして構えるとそれが消えていた。
「これなら、闇の力を剣状にしたときと変わらない・・・いくよダークファルス！」
前方に出たエヴィンがネイソードを振るうと、触手は瞬く間に断ち切られる。そして目標物を前に
ポッカリと空間ができると、マークはそこに矢のような速さで飛び込んだ。
「一発目は貰うぜエヴィン！ジェノサイドカッター！！」
（・・・また、格闘ゲームのパクリなのね・・・）
マークが叫び声とともに放った、垂直に飛びながら内側から外側へと放つ回し蹴りを見てエヴィン
は心の中で思った。しかし威力もゲームキャラのそれと変わらない。右足の通った所は真空が弧
を描き、ダークファルスの左腕の下部に深い切り傷を作った。
「続け！」
一撃を入れると、即座にその場から離脱しながらマークが叫ぶ。だがその時、エヴィンはマークの
頭上にいた。闇の翼を使い上昇したエヴィンは、今度は翼を下降時の加速に使いダークファルス
めがけ急降下する。ネイソードを手にしたエヴィンは、攻撃そのものに闇の力を使う必要はない。
「エアレイドっ！！」
かけ声とともにエヴィンは上段に構えたネイソードを振り下ろした。剣は、マークが蹴りで作った傷
の上側にそれ以上に深い切り傷を刻みつける。
「潰すぞ！」
「うん！」
言い合うと二人は、左右から同時にダークファルスの腕を攻撃しようと身構える。だが、そんな二人
の前でダークファルスの左腕は付け根からボロリと落ちた。
「え・・・？」
「さっきのオレ達の攻撃で・・・もう・・・」
「！違う！この腕まだ生きてる！！」
落ちた左腕を見てエヴィンは叫んだ。そして、彼がそういい終えるのとほぼ同時に左腕は空中に
浮き上がり、その掌から大口径の光線を放つ。エヴィンとマークがそれをかわすと、腕は今度は
はるか上空へと浮上し、地上への爆撃とも言える攻撃を開始した。
「こんな風に地上と空中から攻撃されたら勝ち目はない・・・シーレンさん！」
自分の左数メートル、ダークファルスに真正面から立ち向かうシーレンにエヴィンは叫んだ。
「僕と二人で、空中戦で左腕を倒しましょう！あれを何とかしないと・・・」
「・・・マスター・・・」
「やってらっしゃい。私は大丈夫だから。」
「了解・・・しかし作戦の前にお借りしたい物が・・・」
「・・・分かったわ。」
そう言うとエレナは、シーレンに何かを手渡す。それからシーレンはエヴィンの所へ行き、エレナ
から受け取った物をそのままエヴィンに渡すと、スカイシーレンとしての翼を展開させ飛翔する。
それを見てエヴィンも闇の翼を広げ、空中へと舞い上がった。
「僕が飛び続けていられるのは、せいぜい１分が限度・・・短期決戦だ！」
左腕目がけ、ネイソードを手に一直線に突っ込みながらエヴィンは言った。そんなエヴィンを左
腕から再度生えた無数の触手が襲うが、一度目からして通じなかった攻撃が効くはずがない。
だが、それらをエヴィンが切り払っているうちに、左腕は遠くへ移動していた。
（引き伸ばしを狙っているのか・・・）
エヴィンには敵の狙いがすぐに分かった。だが、シーレンの銃撃がダークファルスの左腕を巧み
に誘導し、エヴィンとの距離を２メートル足らずにまで詰めさせ、二人で腕を挟み撃ちするような
形になった。
「この距離なら触手を使っての四方八方からの攻撃はしづらい筈・・・勝機！」
心の中でそうつぶやくと、エヴィンはネイソードを握りなおした。シーレンもネイショットを腕に接続
してエネルギーを銃身に充填させる。そのシーレンが、先に動いた。
「ガルバナイズバスター・・・」
轟音とともに、巨大な光の束がシーレンの腕から発せられた。だがダークファルスの左腕は俊敏
な動きでそれをかわす。しかも、ネイショットの光の向かう先にはエヴィンがいた。
「エヴィン！」
地上から声にならない声でマークは叫んだ。だが次の瞬間、光はエヴィンの前で屈折し、ダーク
ファルスの左腕を焼き尽くしていた。
「・・・今のは・・・」
「ネイショットの光を跳弾させるための反射板・・・シーレンに渡しておいたの。」
呆然とするマークにエレナは言った。
「そっか・・・しかしエヴィンのヤツも打ち合わせ済みだったとは思うが・・・おっかないヤツ。けどよ、
これで残るはボディのみだ！さっさと潰す・・・！？」
そうマークが言いかけた瞬間、ダークファルスの全身から強風が発し、周囲が確認できないほど
の土埃が舞い上がる。その中で何が起きているのか、上空のエヴィン達にも見えなくなった。
「ただの土ぼこりだ・・・けど、その中で何が・・・・・・・」
下の状況に、エヴィンがそう気を取られた瞬間だった。彼の身体を、無数の光の線が刺し貫いた。
エヴィンは声をあげることもできず、意識を失い地表へと落下していく。そして、彼がいた場のすぐ
後ろには、ダークファルスが自ら切り離した右腕が浮かんでいた。
「エヴィン・・・ハランツ！！」
落下するエヴィンを受け止めようとシーレンは急降下した。だが無防備な背中をさらすシーレンの
姿は、ダークファルスの右腕にとって恰好の的でしかない。数秒後にはシーレンも、エヴィン同様
の攻撃を受けて墜落していた。
「エヴィン！」
「シーレン！！」
晴れかける視界の中で、ダークファルスを挟み自分達とは反対側に落下するエヴィンとシーレン
を見てアレンとエレナが叫んだ。
「リィズさん！この中で回復ができるのはオレらだけだ！早く行かないと！・・・ってオバサンよ！
シーレンの修理は何か別のモンが必要なのか！？」
「え、ええ・・・」
エレナはそう言うと、マークにリペアキットを１つ手渡した。
だがマークもリィズも、ダークファルスに阻まれエヴィン達の救助に行くことはできなかった。それ
どころか、心を乱されたその隙を突いて４人を仕留めようとダークファルスは一気に攻撃に出る。
アレン、マーク、エレナ、リィズ・・・彼らは殆ど反撃らしい反撃もできず、一方的にダメージを受け
ていった。
「いや・・・」
結界の外でそれを見ていたリビアは、声を震わせながら言った。そして反射的に彼らのところへ
駆け寄ろうとするが、結界が彼女の行く手を塞ぐ。
「お願い！通して！！」
結界を叩きながらリビアは叫んだ。
「せめて傷の手当てを・・・それができたら、私の身はどうなってもいいから！！」
涙で顔中を濡らしながらリビアは言い、そして結界を叩き続けた。しかし、結界は何も答えない。
だが、物言わぬ結界に叫び続けるリビアに、背後から語りかける声があった。
「・・・リビアさん？」
「エリーちゃん・・・」
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