「改めておめでとう、マーク。」
談笑の中、料理の皿をテーブルに置いてエヴィンがマークに話しかけた。
「全国大会はいつから？」
「一ヵ月後だったな。たしか。」
「そっか・・・」
マークの返事に、エヴィンはフゥとため息をつく。そんなエヴィンの表情に、マークは少し意外
そうに「どうしたんだ？」と尋ねた。
「いや、ふと思ってさ。マーク決勝で『武神の咆哮』使ったでしょ？あの技、本選でも使うのかな
って・・・身体に無理がかかりすぎるって、お爺ちゃんも前に言ってたから。」
「ああ、そのことか・・・いや、あの技はもう当分使う気はねえよ。」
「ホントに？」
マークの回答に少し表情を明るくして、しかしまだ本気にしきれない表情でエヴィンは言った。
そんなエヴィンに、マークは引き続き答える。
「前にクルウェルやダークファルスっていった連中とやったときは、他のダメージがありすぎて
気づかなかったんだが、今回のトーナメントであれがどんだけ負担になるのかよく分かった。
・・・予想以上だったよ、正直な。」
「マーク・・・」
「戦いで傷つくことは怖くないが、それで本当にピークになれるときになれないことを考えると、
そっちは怖え・・・『頂点に、上ってないのに下り坂』どこぞの講談師の漫談じゃねえが。」
マークがそう言うと、エヴィンの口元に笑みが浮かぶ。
「それに、クルウェルの右腕をカウンターで潰して、ダークファルスの側面の顔も二つばかり
潰したんだ。ヴァルグの辿ってきた道とその道程で掴んだ物が間違ってなかったって証明
には、何とかなっただろ。」
「・・・たぶん、ね。マークがそう思うんなら、きっとそれが正しいと思う。」
「なら、次はオレが、オレ自身の手で見つけださんとな。武神の咆哮を超えるヤツをさ！」
「マーク。」
マークの言葉に、エヴィンは微笑みながらそう言った。と、同時にマークの顔が意地の悪そう
なものへと変わる。
「というワケで、そんときは協力よろしく。」
「な゛・・・」
エヴィンにそう言うと、マークは自分の拳を見つめ力強い笑みを浮かべた。
そしてエヴィンとマークがそんな、聞く人が聞けば物騒に思えるような会話をごく当然のよう
な口調で話しているその横で、ジャンは少し上ずった声でリビアと話しているエリーに話しか
けた。
「あ、あの、エリーさん？」
「ん？何ジャン君。」
「何か・・・食べますか？僕、取ってきますよ。」
「そうね・・・じゃ、何か飲み物とってきてくれる？」
「は、ハイ。」
エリーにそう言うと、ジャンはあたふたとした足取りでテーブルに向かい、オレンジジュースの
ボトルを手に取った。そして次に紙コップをと思うのだが、視界に無くて思わず慌てる。と、近
くにいたジェシカが未使用の紙コップを一つ、ポンと手渡した。
「あ、どうも。」
ジェシカに軽く会釈をしながらジャンは言った。と、ジェシカと、彼女の隣にいたメルがニヤリと
微笑む。
「頑張んなさいよ。」
顔を近づけざまそう言うと、二人はパチリとウィンクした。
それからジャンも彼なりに精一杯頑張った。飲み物や料理を片手にエリーのところに行ったり
して、彼女がどんなことに興味があるのかを聞いたり（割とアウトドア派だということと、勉強は
自分と違い理系のほうが好きだということはとりあえず分かった）それに関する雑談を二言三
言かわしたりした。途中で顔が火照ってきたとき、トイレと称して洗面所に顔を洗いに行くのも
二回や三回ではなかった。そしてそうこうしているうちに時間は過ぎ、時計の針は夜の十時を
とうに回っていた。
「あら・・・もうこんな時間なのね。」
時計を見てマークの母が言った。テーブルの上に山のようにあった料理はきれいに片付いて
いる。
「じゃあ、そろそろお開きにするか。ジャン、お前リビア先輩たちを送っていってやれよ。メルと
ジェシカはオレが送っていくからさ。」
「う、うん。」
マークがそう言うと、ジャンは戸惑いながら返事した。
「けど、リビアさんの家って場所よく分からないんだけど・・・」
「エヴィンが知ってるさ。」
「・・・（だったらエヴィンさん一人でいいんじゃ・・・）」
マークの言葉にジャンは思った。けど同時に、兄が気を利かそうとしているのではないかとも
思う。だから素直に兄の言葉に従おうかと思ったが、その瞬間母が横から口をはさんだ。
「ダメです。ジャン、あなたはこんな夜遅く、一人で出歩いちゃいけません。」
「・・・母さん・・・」
「エヴィンさん、そんなわけですみませんけど、リビアさんたちを送っていっていただけないか
しら？」
「はい、いいですよ通り道ですし。」
母の頼みをエヴィンがそう言ってあっさり引き受けると、ジャンはその場では何も言えなくな
ってしまった。そしてエリーたちは帰り支度をはじめてしまう。食器をさげるのを手伝い、歓待
してくれたマークの両親に礼を言う。そして今一度洗面所に歩いて行ったエリーを、ジャンは
半ば反射的に追いかけていった。
「あ・・・あの、エリーさん・・・」
「？どうかしたの？」
まるで４００メートルを全力疾走した直後のように顔を赤くし、途切れ途切れな声で話しかける
ジャンをいぶかりながらエリーは言った。そんなエリーを前に、ジャンは大きく息を吸い込み、
ワンテンポ置いて問いかける。
「エリーさん・・・明日、誰かとどこかに行くとか約束してますか？」
「？別に特に何も考えてないけど？」
「そうですか・・・よかった・・・」
「？良かった？」
「え？い、いえ！あの、それでしたら、もし、よろしければその、僕に明日、街の案内をさせて
いただければと思いまして！」
妙な抑揚のかかった声でジャンは言った。その声色にエリーは思わず吹き出す。
「なんか言葉遣いが変よ？」
「す、すみません・・・」
「いや別にいいんだけどね。それじゃ１１時にティリアの駅前で。」
エリーがそう言うと、ジャンはコクコクと頷いた。
そしてそれからニ十分後・・・
「ジャン、お前エリーと何を話してたんだ？」
帰宅した直後にマークは言った。
「な、何をって・・・」
「デートにでも誘ったか？」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
からかい口調でマークが言うと、途端にジャンの顔が真っ赤になった。そんな弟の顔を見て、
マークはため息まじりに苦笑する。
「大丈夫なのかよそんなんで・・・」
「・・・分かんない・・・」
「一人じゃ不安なら、オレやエヴィンも同行してやろうか？」
「い、いいよ！」
マークの提案を、ジャンは意地になって断った。するとマークもそのことについて深追いする
ようなことはせず、「そっか。ならいいが。」と言って軽く流した。そして頭を軽くかいて話を変
える。
「んじゃ、オレはこの場でのアドバイスだけにさせてもらうわ。お前があいつの好みに合わせ
るために自分のキャラを変えすぎてドジっても元も子もないけどな。でもとりあえず・・・」
マークはそう言い出し、ジャンと作戦会議を開始した。
そして一方リビア宅・・・
「へぇ〜」
エリーから事のいきさつを聞くと、リビアは思い切り顔をにやけさせた。
「なんか奥で二人で話してると思ったら・・・すっかりジャン君になつかれたみたいね。」
「な、『なつく』って・・・犬や猫じゃないんだから。」
苦笑いしながらエリーが言う。
「で？どうなの？エリーちゃんから見たジャン君は？」
「う〜ん・・・」
リビアにそう聞かれ、エリーは腕組みをして考えた。
「どうなの？って聞かれてもねえ・・・マークとキャラが１８０度違うってのはよく分かったけれど
それ以上は・・・あまり話してないし・・・背も私より少し低いし・・・それに中一だって言うから
年下だし・・・」
「フフ・・・」
エリーの言葉に、リビアは思わず笑みを浮かべた。
「案外、細かいこと気にするのね。背なんてあのくらいの年の男の子ならまだまだ伸びるわよ。
それともエリーちゃんは、年下は却下？」
「あ・・・」
エリーの言葉尻をとらえてリビアがそう言うと、エリーはハッと気がついたような顔をした。
「そういやエヴィンってリビアさんより１コ下なんですよね・・・どうなんですか最近？」
「とりあえず、清い付き合いとだけ言っとくわ。少なくとも、お互い高校を出るまではね。」
「ふ〜ん・・・でもリビアさんとエヴィンなら、高校を出たら出たで今度は結婚するまではとか
言ってそう。」
「フフ・・・」
エリーがそう言うと、リビアは軽く笑い、否定も肯定もしなかった（することができなかった、と
言ったほうが正しいかもしれない）
そして時間は翌日１０時半・・・
「あ〜来た来たようやく来やがった・・・」
駅前の広場に着いたジャンの様子を、物陰で伺いながらマークは言った。
「しかしなんでアイツ、オレより先に家を出たのにオレより後についてんだ・・・道草か？」
腕を組みながらマークは一人、ブツブツとそうつぶやく。と、そんな彼の後ろから、エヴィンが
「お待たせ」と言いながら声をかけてきた。だが、彼の顔を見た瞬間、マークは顔をしかめる。
「お前・・・なんでサングラスなんてしてるんだ？激しく似合ってねえぞ？」
「そう？だってこっそり後をつけるんでしょ？」
「・・・余計目立つっての。」
「そう・・・なの？」
やや意外そうな、そしてかなり不満そうな声でエヴィンは言った。
「せっかくマスクも用意したのに・・・」
「・・・捕まるから、それ・・・」
「・・・・・・」
マークにそう言われると、エヴィンはしぶしぶサングラスをポケットにしまった。
「けど、ジャン君も案外思い切った行動に出たね。」
「ああ、あれはオレも意外だったが、一応オレの弟だしな。ま、兄貴としてできるアドバイスは
してやったつもりだが。」
「へえ・・・どんな？」
「とりあえず無理に自分を作るなって言っといた。女の子受けしそうだからって、今まで自分
が行ったことのない所に連れてったりは逆効果だってな。」
「あ〜、それ正論かも。」
マークの言葉にエヴィンはそう言って頷く。そこには、多少ジャンに対して先輩としての余裕
みたいなものがあった。エヴィンはそのまま視線を１０メートル以上離れたジャンの方へと
向ける。
「けど、緊張してるねえ・・・僕の所の来たときよりもさらにひどいや。」
「・・・？ジャンのヤツ、お前のトコに来たのか？」
「・・・聞いてなかったの？」
「ああ。どんなこと話したんだ？」
「どんなことって・・・エリーちゃんの趣味とか性格とか・・・アドバイスをできる限り。」
「ふ〜ん。」
少し呆れたような声でマークは言った。
「案外淡白なんだな、お前。」
「？」
「だってエリーは、ほんの少し前までお前にベタ惚れだったんだぜ？そういう人間がお前から
離れていくことの手助けをしている・・・」
「・・・僕にそうしろって言ったのはマークでしょ。」
「たしかにな。」
エヴィンの反論に、マークはとりあえず頷いた。
「けど、まさかそこまで乗ってくるとは思わなかったさ。リビア先輩っていう彼女ができたからか、
それともエリーは、最初からそういう執着の対象じゃなかったか・・・」
「そういう言い方しないでよ・・・て言うか、じゃあ僕にどうしろって言うのさ。」
「いんや別に。ただの冗談だよ。気にすんな。」
すごく不満そうな語気のエヴィンを、マークはそう言ってはぐらかした。そして、そうこうしている
うちに、待ち合わせの場所にエリーも現れた。
「待った？」
１１時５分前を指す時計の真下でエリーは言った。その一言に、ジャンは首をブンブンと横に
振る。
「い、いいえ！ぼ、僕も今来たばっかりで！」
緊張で上ずったジャンの声に、エリーはクスと微笑んだ。
「そう、じゃ、今日はどこに案内してくれるの？」
「えっと、色々考えてはきたんですけど・・・博物館とか、ランチが美味しい喫茶店とか・・・あ、
あと公園の花も見ごろですし・・・ところで何時までこっちにいられるんですか？」
「夕方くらいまで・・・かな？宿題もやってないし。ちょっと待っててくれる？特急の時間を見て
くるから。」
エリーはそう言うと駅の中へ行こうとした。けど、そんなエリーをジャンは止める。
「ティリア発のカオウェイ行きでいいんですよね？」
「うん。そうだけど？」
「それでしたら今朝調べておきましたよ。夕方ですと２時半に一本、３時４５分に一本、それと
５時に一本あります。」
「へえ・・・」
ジャンの言葉に、エリーは少し意外そうな顔をした。
「ありがと。気が利くじゃない。」
「え・・・いや、その・・・どうも。」
エリーがそう言うと、ジャンの顔が真っ赤になった。そんなジャンの反応に、エリーはある種の
面白さを感じずにはいられなくなる。と同時に、リビアの年下のエヴィンに対する態度も、こん
なふうだったんじゃないだろうかと思うと、少し複雑な気持ちになり言葉が止まった。
「あの・・・エリーさん？」
「あ、ごめん。じゃあ３時台のに乗ることにするわ。とりあえず動きましょ。」
エリーはそう言うとスタスタと歩き始めた。
「まずは自然博物館か・・・どう見るエヴィン？」
門の前まで尾行していたマークが言った。
「無難なトコなんじゃなのかなあ、エリーちゃん、独学で薬学とかやったり、野草で自給自足を
したりしてたくらいだから嫌いじゃないと思う・・・それにあそこ、結構展示品いいし。」
「そっか・・・んじゃオレらも入るか？」
「そだね。」
言いながら二人はチケットカウンターに行こうとする。だが次の瞬間、彼らは背後に人の気配
を感じた。
「なんだ？」
その気配に二人は振り返った。すると自分らと同年代で、しかし一面識も無い男女５人ばかり
のグループが立っていた。
「あの・・・マーク・フランさんだよな？」
興奮を抑えたような口調で彼らのうちの一人が言った。そんな相手をいぶかりながらマークは
「？？？・・・まあ、そうだけど・・・」
と言いかける。だが、そこでマークは言葉を止めた。相手が手にしているのはティリアの地元
紙、その一面に自分の顔写真が載っていたのである。
「やっぱりそうなんだ！」
「ホウ・モータンを一撃で破った！」
「サインください！！」
「いいっ！？・・・」
言葉にならない声を発し、マークはすがるような目でエヴィンを見た。
「ど〜すんだよエヴィン・・・オレ、サインなんて練習もしたことねえぞ・・・」
「ぼ、僕にすがられても・・・」
エヴィンに解決策があるワケがなかった。しかもマークのその一言は、かえって彼らの妙な執
着心に火をつけてしまう。
「えっ！？じゃあ、もしかして俺らが貰うのがマーク・フランの第一号サイン！？」
「プレミアつくぜプレミア！！」
「将来の鑑定番組出展用に保存だな。」
「ち・・・ちょっと待て・・・勝手に話進めんな・・・」
「・・・なんか、すっかり有名人になっちゃってるみたいだね・・・」
マークと、彼を取り囲む集団から押し出されたエヴィンは、騒ぎを遠巻きに見ながら、苦笑しな
がら言った。そして彼らからはじまった騒ぎは連鎖的に大きくなり、完全に尾行どころの騒ぎで
はなくなった。
（置いてくのも薄情と後から言われそうだし・・・とりあえず距離をおいて放っとこ。面白いし。）
エヴィンはそう思いながら彼らからもう一歩後退した。
エリーとジャンが博物館から出て来たのはそれから二時間近くしてからだった。マークが急に
できた自分のファンから解放されたのはそれよりだいぶ前だったが、途中で入るとかえって
はぐれる可能性があったので、あえて中には入らず表で時間を潰していた。
「とりあえず、和やかな雰囲気みたいだね。」
「ああ、悪い選択じゃなかったみたいだな。」
出て来た二人を見てのエヴィンの言葉にうなずきながらマークは言った。
「これからどうするつもりなんだろう？」
「昼飯じゃねーの？そういう時間だし。」
「だろうね。・・・話が続くといいんだけど。」
マークの言葉に、今度はエヴィンがうなずく。そして予想に違わず、二人は喫茶店へと入って
いった。
「ここ、パスタとチーズケーキが美味しいんですよ。エリーさんチーズケーキは好物だって聞い
たんですけど・・・」
「うん、好物よ。でも、よく知ってたわね。」
「え？あ、兄に教えてもらって・・・」
「ふ〜ん・・・意外ねマークがそんなこと知ってたなんて。」
「・・・！！」
エリーの言葉にジャンはビクとした。チーズケーキがエリーの好物、ジャンにそう教えてくれた
のは本当はエヴィンだった。それをマークと言ったのは、ジャンの咄嗟の嘘だった。
（エリーさんは、エヴィンさんのことをどう思ってるんだろう・・・）
それは、今朝以来の疑問で、かつ不安だった。朝のエヴィンとの会話が、再度ジャンの頭を
よぎる。
-----------------------------------------------------------------------------
「あの・・・エヴィンさん。」
エヴィンからエリーの趣味や性格を聞けるだけ聞きだしたジャンは、口ごもりながら言った。
その様子にエヴィンは、次にどんな質問が来るのか分かったが、自分からそれを言い出す
ことはできず、ジャンの次の言葉を待つ。
「エヴィンさんとエリーさんって・・・どんな関係なんですか？」
「うん・・・」
エヴィンはそう言うと軽く息を吸い、やがて口を開いた。
「夏休みの頃なんだけど・・・エリーちゃんは・・・僕のこと、好きだって言ってくれたんだ・・・」
「・・・・・・」
エヴィンの言葉に、ジャンは顔を青白くさせた。そしてそのまま、震える声で問いただす。
「で、でも・・・エヴィンさんは・・・その、リビアさんと付き合って・・・」
「うん・・・」
「・・・て言うことは・・・つまり、その、フった・・・・・・・・・・」
うわごとのような口調で言葉を発しながら、ジャンは静かに立ち上がった。
「・・・失礼します・・・」
一礼ととも一言だけそう言うと、ジャンは立ち去ろうとする。だがそのジャンの肩を、エヴィン
は立ち上がりグッと掴んだ。
「ジャン君・・・」
その一言とともに、ジャンの肩を握るエヴィンの握力は痛いくらいに強くなる。
「こんなこと頼むのは筋違いだってことは分かってる・・・言われても困るとも思う・・・けど・・・
ジャン君・・・もし、エリーちゃんのことが好きなら、誠実になりきってあげてほしい・・・」
「・・・・・・」
エヴィンの言葉が終わると、ジャンは無言でエヴィンの腕を自分から離した。そしてそのまま、
少し足をフラつかせながら階段を下りていった。
「誠実・・・それくらい、言われなくたって・・・」
エヴィンの家を出ると、ジャンはそうつぶやいた。
-----------------------------------------------------------------------------
（エリーさんは、まだエヴィンさんのことを好きなんだろうか・・・でもリビアさんに対して敵愾心
みたいなものはとくに感じなかった・・・て言うか、すごく仲良さそうだったし・・・）
「・・・ジャン君？」
「は、はい！」
エリーの一言でジャンは我に返った。
「どうしたのボーッとして。」
「え？いや・・・なんでも、ないです・・・」
少しバツが悪そうにジャンは言った。そしてその後の食事をしながらの会話も、どうも歯切れ
が悪くなってしまう。何かしゃべってないと不安なのに、言葉が出ない。どうしようどうしようと
心ばかりが焦る。結果、ますます言葉が出なくなる。が、今度はエリーの方から口を開いた。
「ところでジャン君？」
「は、はいっ？」
「昨日から思ってたんだけど、いつもそんな口調なの？」
「え？」
エリーの質問に、ジャンはキョトンとした顔をした。
「なんて言うか、妙にどもってるっていうか言葉が不安定って言うか・・・クセだったら直した方
がいいわよ。」
「・・・・・・」
エリーの言葉に、ジャンの気持ちはさらに暗くなった。自分がこんな口調になるのは好きな人
の前だから、ジャンやエヴィンや、他の人と話をするときは全然そんなことはない。それは昨
日だってそうだった。
（まあ、仕方ないって言えば仕方ないんだけど・・・）
ジャンは心の中で深いため息をついた。そして気持ちがさらに深く沈んでいこうとしたとき、能
天気なまでに明るい声が横から自分のことを呼んだ。
「いようジャン！」
「兄さん・・・」
信じられないものを見るような目で、突然あらわれた兄を見ながらジャンは言った。
「もしかして・・・つけてた？」
「バ〜カ、こちとらそんな暇人じゃねえんだよ。街中でサインせがまれたりな。ただ、ここに入
る少し前にたまたまお前らを見かけてな。そこからは、面白そうだからつけてみた。」
笑いながらマークは言った。
「しかしお前、なにガラにもなく緊張してんだよ。」
「！関係ないだろ！」
顔を赤くしてジャンは言った。
「ま、たしかに関係はないけどな。けど笑わずにはいられねえんだよ。お前、そんなにこいつ
のことが気に入ったのか？」
「な゛・・・・・・」
マークの一言に、ジャンの顔は真っ赤になった。
「言っとくが、エリーは結構じゃじゃ馬だぜ。」
「ちょっ・・・・・」
続いての一言に、エリーの顔も真っ赤になる。
「誰がじゃじゃ馬よ誰が！」
「そうだよ！なんだよ兄さんやぶからぼうに！！」
「ほ〜う・・・じゃあ二人とも、オレの言ってることが違うとでも？」
「あんたねえ・・・」
そしてジャンとマーク、そしてエリーの騒ぎは数十分続いた。二人の反論を、マークは適当に
受け流す。そして頼んでいたオレンジジュースと、その中の氷を処理し終えると、彼は足取り
も軽く立ち去っていってしまった。
「まったく・・・なんなのよ一体・・・」
「ホントに・・・」
「言うだけ言ったらどっか行っちゃったし・・・ほとんど疾風ね。いつもああなの？」
「ええ、良くも悪くも、裏表が無さ過ぎですから・・・」
「苦労するでしょ。」
「分かり・・・ます？」
「まあね。」
ジャンとエリーはそう言うと顔を見合わせ、クスクスと笑い出した。マークの突然の乱入のお陰
で、ジャンの緊張感はどこかへ行ってしまっていた。
（ありがとう兄さん）
ジャンは心の中でそうつぶやいた。
「ご苦労さまマーク。」
店の外で待っていたエヴィンがマークに言った。
「まったくだ、道化役もラクじゃねえぜ。」
「・・・その割には、ずいぶん楽しそうだったけど？」
「るせぇ！」
言いながらマークはエヴィンの後頭部を軽くひっぱたいた。そしてまた遠めにジャン達を見る。
「けど、とりあえずこれで少なくとも今日一日は何とかなりそうだな。少しはいい雰囲気になって
きたんじゃねえか？」
明るく話す二人を見てマークは言った。エヴィンはそんなマークの独白に、力なく「うん・・・」と
答える。
「なんだ？やっぱりさみしくなったか？」
「違うよ！さ、二人に気づかれないうちに退散しよ！」
怒りまじりの声でそう言い、マークの背中をバシンと叩くと、エヴィンはスタスタと歩き去った。
喫茶店を出たエリーとジャンは、次に公園に来ていた。色とりどりの秋の花を見ながら二人は
会話をはずませる。だがエリーは急に何かを思い出したかのように腕時計を見て、顔を青ざめ
させた。
「３時３０分・・・ジャン君、電車って何時だったっけ！」
「え？３時４５分って・・・あ！」
時計を見て、ジャンも「しまった」という顔をした。
「ここから駅って結構遠くない！？」
「遠いです！近道使っても走って１０分くらい・・・」
「じゃあ、その近道教えて！」
「はい！」
そう言い合うと二人は大急ぎで走り出した。
「宿題ってそんなに多いんですか！？」
走りながらジャンが聞いた。
「まあね！て言うかやらないとあとが怖いのよ！」
「先生が、ですか？」
「ううん！パパが！！」
そして二人は、薄暗い路地の方へと入っていった。
・
・
・
「ん？」
遠くから聞こえてくる足音に、路地裏にいた少年達がいぶかしげな顔をした。人数は１０人
足らずで、髪型はリーゼントやモヒカン、そして手にはタバコというあまりにも典型的、そして
古典的な不良の集団である。かつてマークにケンカを挑んでは軽くあしらわれていたが、最
近のマークにはそれさえもできなくなってしまっている、そんな彼らであった。
「・・・あいつ、マークの弟じゃねえか・・・」
「なんだと？」
「しかも見たことのねえ女を連れてやがる！」
「なんだと！！」
仲間の二度目の報告に、リーダー格と思しき少年は一気に声を荒げた。
「マークがジェシカとかいうのとデキていたのは知っていた・・・それにあいつのダチの、俺ら
に二度も恥をかかせてくれたエヴィンとかいうヤツも最近は女連れだ・・・それに加え奴の
弟までもが！！許せねえ・・・許せねえぞぉぅっ！！」
その言葉とともに、彼らの目に逆恨みの炎が宿った。彼らはすぐに陣形を作り、ジャン達の
前に立ちふさがる。
「！？」
思いもかけないことに、ジャンは思わず足を止めた。
「やいコラ、てめえマークの弟だな？」
メンチを切りながらリーダー格の少年は言った。
「だ、だったら何だって言うんです・・・」
震える声を必死に抑えながらジャンは言った。その後ろでエリーはきょとんとした顔をしている。
「生意気なんだよ！マークの弟ってだけでもムカつくのに、ガキのくせに色気づきやがって！」
不良少年の膝蹴りがジャンの腹部に入った。ジャンは苦しそうに膝を落としかける。だがその
まま相手の蹴り足を本能的につかむと、そのまま相手もろとも倒れこんだ。
「ぐえっ・・・」
倒れたときに頭を打ったのか、相手はそのままダウンしてしまった。
「ヤロウ！」
残る少年達は一斉にジャンを取り囲んだ。そしてその瞬間、ジャンは後ろを向いて叫ぶ。
「エリーさん！逃げてっ！！」
「なにカッコつけてんだよ！このガキ！！」
ジャンが叫ぶと同時に不良達はジャンに殴りかかる。だがそれと同時に聞こえてきたのは、そ
んな不良たちのうち数人のやられ声だった。
「うぐっ！」
「うわっ！」
「ぎゃっ！」
「！？」
後ろから聞こえたそれらの声にジャンは振り返った。するとそこには、顔一面に怒気を浮かべた
エリーがいた。
「あんた達・・・恥を知りなさいよね！」
言うが早いかエリーは突撃した。まず自分に一番近かった相手のみぞおちに鋭い膝蹴りを入れ
一撃でＫＯすると、次は背後から自分に襲いかかろうとしていた相手を後ろ蹴りで倒す。そして、
残る三人のうち二人も足技で瞬く間に倒した。
「う、ウソだろ・・・」
ただ一人無傷で残された不良は、信じられないものを見るような目でエリーと地面に転がる仲間
達を見た。だが、そんな彼は自分の足元に転がっていた鉄パイプの存在に気づく。
「なめやがって・・・このまま引き下がれるか！」
心の中でそうつぶやくと、彼は鉄パイプを拾いエリーの背後から襲いかかる。だが彼がエリーに
接近するよりも早く、ジャンは本能的に二人の間に飛び込んでいた。
「！エリーさん！危なあああああぁぁぁあっ・・・」
「！！」
そして次の瞬間、鈍い音が響き渡るのと同時に、ジャンの意識は吹き飛んでいた・・・
・・・
・・
・
「う・・・うん？」
ジャンが目を開けると、ビルの合間から夕暮れの空が見えた。
「あ・・・気がついた？」
「・・・エリーさん？」
エリーの声にジャンは視線を上にやった。自分の顔を上から、そしてすぐ近くから、心配そうな
顔で覗き込むエリーがいる。
「えっと何が・・・って！！！」
言いながらジャンは、自分が頭を置いている柔らかいものがエリーの膝だということに気づき、
顔を真っ赤にしながら慌てて起き上がった。
「え、えっと・・・何がおきたんでしたっけ・・・たしか、鉄パイプ持ったのがエリーさんに殴りかかろ
うとして・・・僕、無我夢中で飛び込んで・・・」
「・・・それで、そいつに対して私が出した蹴りが、相手もろともジャン君に当たっちゃったの。私が
倒した連中は、もうどっかへ逃げてったわ。」
「・・・・・・それって・・・（・・・我ながらカッコ悪すぎ・・・）」
エリーの言葉に、ジャンは顔をヒクヒクさせた。
「ごめんねジャン君。」
「い、いや大丈夫ですよ！」
しおらしく謝るエリーに、ジャンは慌てて答えた。が、エリーは静かに首を横に振る。
「ううん、それもそうなんだけど・・・戦うことに免疫がないとか、からかい心でウソついてたこと。」
「・・・・・・」
「幻滅した？」
「い、いいえ！・・・けど・・・・・・」
そこまで言うとジャンの口の動きが止まった。そして右腕を顔に押し当てると、涙がとめどなく
あふれ出す。
「どこか・・・痛むの？」
心配そうな声でエリーは言った。だがジャンは、顔を隠したまま首を横に振る。
「・・・そんなんじゃないです・・・ただ・・・僕、情けなくて・・・こんなとき・・・兄さんだったら・・・」
「けどジャン君は私を守ろうとしてくれた・・・すごく勇敢だった・・・」
「・・・勇敢だなんて・・・僕は・・・結局何も・・・エリーさんは・・・」
ジャンがそう言うと、エリーは苦笑いした。
「さっきの私のは、勇敢とかそういうのじゃ全然ないわよ。勝てると分かりきっていた相手に向
かっていっただけだもの。けどジャン君は、勝ち目のない相手に向かっていってくれた・・・私
のために。」
「・・・・・・」
エリーがそう言うとジャンは必死で涙を止めた。そして数回深呼吸し、エリーの顔をじっと見る。
「でもダメなんです・・・たとえ勇敢だったとしても、今みたいな力なき勇気じゃ・・・」
「ジャン君・・・」
「エリーさん・・・僕、強くなります・・・エリーさんのことを守るなんてことは、おこがましくて言えま
せんけど・・・せめて、戦わせずに済むくらいには・・・だから・・・」
「・・・分かったわジャン君・・・ありがとう・・・」
ジャンの言葉に、エリーは少しだけ頬を赤く染めながら言った。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「ただいま〜」
「ああ、おかえり。」
持ち鍵でドアを開けて入ってきたエリーにディルナが言った。
「予定より、ずいぶん遅かったんじゃないのか？」
「・・・ごめんなさい・・・」
バツが悪そうにエリーは言った。するとディルナは、柔らかい笑みを浮かべる。
「けど、楽しんできたみたいだな。エヴィン達は元気にしていたか？」
「うん！それとパパ、ちょっとパパがびっくりするような子に会ったの！」
「ほう・・・どんな？」
「マークに弟がいたのよ！マークの３つ下で、ジャンって言って・・・」
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