つくづく、この作品はフィクションです。実際の人物および名称は一切関係ありません。
アリスちゃん奮戦記 エピソード２ 「”ショートケーキ”争奪戦」
プロローグ
堅い、革靴の音がする。
上下黒いスーツの男は、手にしたアタッシュケースをちらちらと確認しながら歩みを止めようともしない。何かに急き立てられているかのように、早歩きをする。
ふと、男が左手の時計を見る。時計の針は２：４５を指していた。
「ちっ・・・」
小さく、舌打ちをする。
・・・急がなければ。
男は、全身でそう語っていた。
男が、星間輸送船「パイオニア２」のカーゴルーム（宇宙船内に常備されている物資の搬入・搬出場所）に着たとき、時計の針は２：５５を指していた。
「ふう・・・」
５分前到着。ビジネスを行う身としては上出来だ。
ふと、辺りを見回す。約束した時間は３：００。真夜中だ。
カーゴルームは・・・静かだった。電気は非常用の電源しか生きていない。
このあたりはパイオニア２の中でも、無重力ブロックに位置する。男は、大地を軽く蹴り、空中に浮き出した。
器用にその辺の障害物で反動を着け、男はカーゴルームの奥へ、奥へと進む。
しかし、行けども行けども目当ての相手は見あたらない。
「・・・？」
おかしい。
今夜のビジネス相手は長年の知己だ。場所を間違えるとか、時間に遅れるといったミスを今までしたことがない。それゆえ、男は１人でビジネスに赴いたのだ。しかし・・・。
「・・・。」
危険だ。この場所は。
男は即座にそう判断した。
それは、危険な世界に生きてきた男であったからこそ感じられたのかも知れない。
男は、身を翻しカーゴルームの自身が入ってきた出入り口へ戻ろうとした。
その時、一瞬にして殺意が生まれた！
無音の一閃！
男は、左後背から来た死角よりの一撃をやっとの思いでかわす！
「な・・・！？」
なんだ？今のは！
男は動揺した。なぜなら・・・今の攻撃はフォトン・ウェポンではない！？
フォトンというシステムがある。それは、空間に存在するという光子エネルギーの総称だ。通常、極めて微量でエネルギーといえるほどのものでは無かったが、モノポール理論の完成・実用化にメドが立つと、それは新たなエネルギー文明の担い手となった。
フォトンの理論を説明すると、まずモノポールの陽極並列を使用し、空気中に散らばるフォトンを回収する。次に再びモノポールの、今度は陰極並列を使用。フォトンを打ち出すことによりエネルギーとするわけである。
・・・簡単に言えば磁石の反動でエネルギーを作り出すと言っても良い。余談だが、テクニックもこうしたシステムになっているという学説もある。（が、確証が無いというのが現状。）
そういうシステムが実用化され、ほとんどのウェポンはフォトンを使用することになったわけだが・・・
今の一撃はフォトン独特の振動音を響かせなかった。否。音など無かった。
男はあわてて周囲を見渡す。あたりには・・・誰もいない。
男は慄然した。白兵戦において、武器の存在の知覚は、最重要課題といっていい。それなのに・・・
「空気を振動させない白兵戦兵器だと・・・？」
そんなものは・・・存在しない。
「くそっ・・・！！」
男は毒づく。敵の見えない戦闘に於いて動揺したり喋ることは即、死に繋がることは知っていたが、今の動揺を沈める術はない。
・・・冷静になれ！
男は、自身にそう言い聞かせる。胸のポケットからやっとハンドガンを取り出す。
完全に効果があったわけではなかったが、それでも男は現状を冷静に分析することが出来た。
・・・敵は白兵戦武器を使用。飛び道具は・・・無い。有れば、最初の襲撃に使われたはずだ。
そして・・・敵の白兵戦武器は、回避不能。
さっきの攻撃を避けられたのは、ほとんどまぐれだ。あんなものは二度も続きはしない。
ならば・・・！
男は辺りを見回す。カーゴルームの中に、袋小路の場所が・・・あった。
・・・今更、何処にいても同じだ。
男は多少躊躇したがそちらの方に向かう。
首筋がピリピリする。いつ何処から襲われてもおかしくない。
「ふ・・・」
何となく可笑しくなった。若い頃は、いつもこんな雰囲気ではなかったか。
いつ死んでも可笑しくなくて、それでも必死で生き抜いて。
・・・何となく男に余裕が生まれた。
袋小路の場所にたどり着く。
「よし・・・」
男は身を翻し、叫ぶ。
「さあ、出てこい！クソ野郎！！」
手のハンドガンを両手に構え、油断無く身構える。
後ろは壁だ。後ろから襲撃は出来ない。
そして、ここからなら何処から来ても対処できる。
男は、舌なめずりをして襲撃を待った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
５分？もっとだろうか。
息苦しい静寂が続く。
突然、殺意が生まれた。
・・・来る！
男は殺意の方向にハンドガンを向ける！
ヒュッ
そう、音がした。
・・・何！？
しかし男は躊躇無くハンドガンを３回叩き込む！
３点バーストと云われる、非常に致死性の高い射撃方法。
即座に撃つあたり、この男もプロだ。
しかし、
キィン！
澄んだ金属の音しかしない。
男ははっと気が付く。
「・・・まさか、フェイク！？」
気が付いたときには・・・もう遅い！
左に、再び殺意が生まれた！
「チィッ！！」
男はそれでもハンドガンを向けようとするが。
無音の斬撃。
それは、男の両腕を切断した。
「・・・ッ！ガァァァァァ！！」
一瞬、男は自身に何が起こったか理解できなかった。
のたうち回りながら、考える。
・・・なんて奴だ。こんな事が出来る奴は・・・
ふと、男の背後から刃物が突きつけられた。刃物は顔の横、頬のあたりで止まる。
「静かにしてもらおう・・・」
酷薄。そんな声だった。
男はその刃物を見た。鋭利で、美術品のような気品のあるエッジ・・・。血の匂いから、間違いなく自分の腕を両断したのはこの剣だ。まさか・・・
「貴様、半蔵か・・・。」
「・・・。」
聞いたことがある。すでに伝説となった、凄腕のハンター。常に日本刀といわれる旧世紀の武器を手に、数々の戦場で恐怖の存在として恐れられた男。
奴の戦い方は、音がしないという。徹底して無駄のそぎ落とされたその動きは、真の達人にしか得られないものだ。
そんな男が、自分の相手だった。
・・・悔いはない。
いつ死ぬかもわからない業界だ。プロとして、死ぬ覚悟はいつでも出来ていた。
「貴様に、聞きたいことがある・・・」
「・・・嫌だ、といったら？」
「・・・。」
男は、もう死ぬつもりだった。ただ、家に残してきた家族のことだけが心残りだった。家族は、男がこんな仕事をしているとは知らない。・・・それが辛かった。
そんなことを考えていた時。
「・・・行け。」
「・・・何？」
男は、以外だった。
まさか、あの伝説のハンターが？
半蔵は、男の持っていたアタッシュケースの方へ向かったようだ。
殺気は、霧散していた。
「・・・生き延びたのか？」
男は、脱力した。生きた喜びと、苦い敗北を感じながら。
「・・・失敗したようね。」
「そのようですね。」
暗闇の中。浮かび上がるように男と女が居る。
男の方は子供だ。女の方の胸の辺りまでしかない。
「・・・まあ、いいわ。この取引が失敗しても、まだ先があるわ。」
「ですが・・・この先ハンターズが動き出す可能性がありますが・・・？」
女は、自信ありげに言う。言葉からすると、女の方が立場は上らしい。
「・・・それこそ、大したことじゃないわ。あの連中の実力は、私が良く知っているもの。・・・良く、ね。」
そう言う女の左手には・・・”赤い輪”がはまっていた。
「・・・報告は理解した。」
「・・・。」
広い一室だ。会議室のような広さに、ベッドほどもある大きな机。そこに、2メートルはあろうかという大きな男が座っていた。
ハンターギルド第１３支部長、カミュ。
白亜の鎧を着たアンドロイドだ。
動くたびに、がちゃがちゃと音がする。
しかし、それは鬱陶しさよりも威圧感を重視したものだとすぐに気が付く。
そして、それと話しているのは・・・服部 半蔵。
黒衣、黒髪、背中に背負った刀は、古代の忍者を連想させる。
カミュは半蔵の報告書（珍しいことに紙！）を机にバサッと放る。机の上には、あの時のアタッシュケースも置いてあった。
「・・・どう思う？半蔵。」
「・・・どう、とは？」
半蔵の一挙一同は、今にも切れそうな雰囲気をかもし出す。
半蔵は油断無く壁際の、部屋全体が見えるところに位置していた。忍びの者で有れば、当然のことだ。
しかし、それには全く構わずカミュは、
「この件が、危険かどうかということだ。」
そう、半蔵に問う。それに対し、半蔵は
「・・・それは、拙者の言えることではござらん。」
・・・いかにも忍びの者らしい意見だ。
しかし、カミュは止まらない。
「・・・私は貴公だから聞いているのだ、半蔵。」
カミュは、半蔵を見ていた。一挙一動も見逃さず。
半蔵も、カミュを見据える。
・・・しばらく経って。
「・・・かなわんな、お主には。」
「フ・・・お互い様だ。」
半蔵がとうとう折れた。
半蔵は忍者として、自らの考えで行動することを厳に禁じている。
カミュはそれが半蔵らしさを損なうことを恐れ、良くこういう行動を取る。
良くも悪くも、長年の付き合いである。
切れる雰囲気が霧散し、半蔵は自分の言葉で答える。
「危険だろうな、かなり。」
「・・・そうか。私も同じ意見だ。」
カミュはがちゃりと音を立てて立ち上がる。
「全Ｓランクハンターズを招集してくれ。これより、我がハンターギルドは全力を挙げて”洞窟エリア”における麻薬・・・”ショートケーキ”撲滅に向けて行動を起こす！」
「・・・どうにもしまらんな。」
「うるさい。誰がネーミングしたのかは知らぬが・・・。」
それでも、二人は苦笑しあうことが出来た。
カミュの執務室を出てくると、半蔵は指を一度だけ鳴らす。
「・・・お側に。」
すると、まるで半蔵の陰からわき出したように、半蔵そっくりの人影が現れた。
名を、桔梗という。半蔵の影武者も務める、腹心中の腹心だ。
半蔵は、しかし桔梗の方を向かずに喋る。
「・・・ゼロを呼んできてもらいたい。」
「・・・ゼロ、でございますか？しかし・・・。」
桔梗は半蔵に具申しようとしたが、
「今回の件には”赤い輪”が関わっている可能性がある。ならば、こちらも念には念を入れねばなるまい・・・。」
静かに、決意に満ちた声。
桔梗は一瞬動揺したようだったが、
「はっ。直ちに！」
桔梗の姿が消える。
「”死神”ゼロか・・・まさか、あ奴に頼る日が来るとは・・・。」
半蔵は、１人（珍しいことに）呟いた。
・・・あたし、アリスの朝は遅い。
だいたい毎日夜遅くまでゲームやったり、友達と他愛のないおしゃべりしたり、メール交換やってたりするから睡眠時間が結果として無くなっていくわけだ。
今日も、あたしはくーくー寝ていた。時計の針はすでに８時を回っている。
「ん・・・」
寝返りを一つ。
「ん～」
布団を蹴飛ばす。
「に～」
・・・あばれる。
自慢じゃないけど、あたしは寝相が悪い。
・・・いや、別に寝てるときぐらいあたしのせいじゃないけど。
まーとにかく。
あたしは、すやすや寝てたわけで。
・・・ハヤキが入ってきたのは、それからしばらく経ってからだった。
がちゃ、ぴーん。
ドアが開く。
「アリスちゃん、朝ですよ～♪起きて～？」
ハヤキはあたしを起こしに来てくれたらしい。揺すったり、軽く肩を叩いたりする。
・・・ま、もちろんそんなことで起きるあたしじゃない。
「もう・・・」
ため息を一つ。
「いつまでも子供なんだから・・・。」
ふと、ハヤキは何か思いついたのか、しばらくごそごそした後、あたしの枕元に近づく。
かぽっ。
・・・あたしの頭に何かが被さった。
「ふにゃ・・・？」
あたしは、遅まきながら起きようとしたけれど。
もう、遅かった。
ハヤキが、オーディオの音量をマックスにする！
「あにゃにゃにゃにゃひゃひゃひゃありさんわ～～～～！」
・・・あたしの叫び声が、のどかな日常に響き渡った・・・。
合掌。
と、ゆーわけで朝食。
あたしはパジャマにスリープハットという、いつもの出で立ちで朝ご飯を食べていた。
ハヤキが買ってくれたんだよね♪これ。・・・多少少女趣味だけどさ。
目の前にはハヤキとレイモンドがいる。二人とも、朝食はあたしと一緒に食べるのが日課になっていた。
ところで・・・ハヤキとレイモンドって、別につき合っているわけでも、ましてや夫婦でもない。この二人が居るのは、実はあたしのせいなのだ。
ロスト・チルドレン法というのがある。それは、あたしのような未成年者が親を亡くした場合、里親を捜し育ててもらうというものだ。里親側にも拒否権はあるけど、メディアがうるさい最近、断る人は滅多にいない。政府から補助金も相当支給されるらしく、結構良い商売としてやっている位だ。
で、あたしはこの法律に則ってレイモンドの家に里子に出された。ところがそれと前後してレイモンドが離婚しちゃったんだ。で、ハンターになりたかったあたしは、レイモンドにくっついていくことになったんだけど・・・
この男、生活感なんかありゃしない！
毎日毎日夜は遅いし、お酒飲んでくるし、あげくに女連れ込むし・・・これで借金なんかこさえられた日にゃ・・・。
で、見るに見かねて助けてくれたのがハヤキ。彼女は前からレイモンドと冒険していた人だったんだけど、たまたまあたしのことを知って、保護者宣言してくれた人なんだ。（保護者宣言とは、未成年者に対し成年者が責任を取るという宣言のこと。不利なこと尽くめだけど、法的な保護が未成年者は受けられるようになる。ハヤキの場合も未成年者だが、ハンターランクがＡランク以上のものは原則成人扱いとなる。）
それでまあ、一応最初の里親であるレイモンドも意地になったのか、毎朝欠かさず会いに来てくれるようになったワケ。・・・最初からそうやってれば奥さんに逃げられなかったのに。
でもまあ、こーゆー雰囲気もいいなぁ・・・
そんな風に思っていると、
「・・・でよぉ、昨日の女がなかなか離してくれなくてよぉ！」
「ふーん。女たらしのレイモンド、本領発揮ってワケ？」
・・・前言撤回。
何となくファミリーな雰囲気に酔ってたあたしは、残らず砕け散った。
・・・そーだ。この二人、こーゆー事平気で言い合える仲だっけ・・・。
恋人と言うよりも友人。友人と言うよりも戦友。そんな感じ。
「・・・あれ？どしたの、アリスちゃん？」
オートミールを食べていた手が、止まっていたのをハヤキがめざとく見つける。
「ちゃんと食べなきゃ駄目でしょ？成長期なんだから。」
「・・・ん。なんでもなーい。」
心の中の動揺を必死で押し隠し、あたしは食べることに集中する。
そんなあたしを、ハヤキは怪訝な目で見ている。
まずい・・・。話題を変えなきゃ・・・。
なぜだかあたしはそう思った。
「・・・ん？」
あれ？ハヤキ、全然食べてない・・・？
「ハヤキこそどーしたの？全然食べてないじゃない。」
「え？これ？」
ハヤキは、自分のトレイに盛られた料理を見て、
「いいのよ。私は少しで。」
ごまかすように微笑むハヤキ。
「へっ・・・アリス。美人には、いろいろあるのさ。」
なんだか、ハヤキもレイも含む言い方するし・・・。
ひょっとして・・・？
「ハヤキ。また太った・・・？」
今度こそ。
家族の団らんとゆーやつがぶっこわれた瞬間だった。
・・・口は災いの元。
「・・・で？」
不機嫌そうな声を、緑尽くめの人が発する。
あたしの親友、時雨だ。
「・・・朝っぱらからパジャマ姿で、人の部屋に殴り込んできたのはそーゆーワケ？」
「うん♪」
「・・・おやすみ。」
「あああっ！ちょっと待ってぇ！？」
あたしは必死で時雨にしがみつく。
「・・・私は昨日実験で夜遅かったんだ・・・お願いだから寝かせて・・・？」
あの後。
あたしは修羅の世界と化した宿舎から、時雨の家まで逃げてきていた。
・・・ドラゴンより怖いぞ、あの連中・・・。
まあ、レイモンドは面白がってただけだと思うけど・・・問題はハヤキだ。
何とかしないと、このままじゃ・・・
時雨はため息をついて、言う。
「・・・とにかく。謝ってきたら？あの人だって、そんなに理解無い人じゃないよ？」
時雨の意見はもっともだ。けど。
「・・・でも、怖いしなぁ・・・」
・・・あの恐怖は、味わった人しかわかんない。
「全く、毎度毎度・・・。」
そういって、時雨は戸棚を開けてゴソゴソしだした。
しばらくすると。
「ほれ・・・。」
そういってあたしにチップ（マイクロチップ。この時代におけるディスク媒体）を渡す。
「なに？これ・・・。」
時雨はあたしの方を見ようともせず、
「・・・それの中のものプレゼントしなさい。許してくれるから。」
それ以上はもう何も言わず、
「おやすみ・・・。」
・・・寝ちゃったよ。
「と、言われてもなぁ・・・。」
あたしは何とか宿舎内の自分の部屋まで行って服を着替えてきた。
支援者（宿舎のおばちゃん）が居なければ、あたしは宿舎に近づくことすら出来なかっただろう。・・・それほど、恐ろしい敵だ。
はたして、謝って済む問題か。
思考。
苦悩。
懊悩・・・
「・・・だめだぁぁぁぁ！！」
・・・怖い考えになってしまった。
道行く人たちが、道のど真ん中で頭抱えて七転八倒しているあたしを見て、なんだか騒いでいるようだったが、そんなことに構ってられやしない！
こっちには命がかかってるんだ！（←大げさ）
頼りはこのチップ！
「よぉし！まずはこれを調べてこよーっと！」
・・・あたしは後ろで騒いでいる民間人を後目に走り出した。
パイオニア２内、総合図書館。
図書館といっても、別に紙の本があるワケじゃない。各地の文献、資料等を電子的に保管している所なんだ。
こうした保管には、いつでも情報のロスト（消失）というものがつきまとう。そうしたことを避けるために、ここではフォトンを使って保存していた。
フォトンを構成した後、ある一定温度まで下げる。すると結晶化するようになるんだ。フォトンは電気信号に近い特性を持っているから・・・それに情報を記憶させておくというワケ。
・・・言っててあたしも良くわかってないけど。
あたしは、空いてるテーブルを見つけて座る。
今も昔もこうしたところは静かにしなきゃならない。図書館なんてものはいつだって変わらないらしく、あちこちで勉強している姿が目に付く。
・・・もっとも今はみんな、端末で勉強しちゃうけど。
まあ、とりあえず。
あたしはポケットから時雨にもらったチップを取り出す。
この時代、端末の使用というのはほとんど入力の必要性がない。ＩＣの高度化により、ほとんど自分で考えてくれる。あたし達は条件を入力するだけで良いのだ。
あたしは網膜にディスプレイを表示し、目の前の端末にリンク（接続）させた。
ハンターならではのやり口である。
けっこう、こーゆー装備持ってる人もいるけどね・・・。
画面にいろいろガイドが出るが、あたしは迷わず「チップ解析」を選択する。
外部記憶素子、チップ。これまたフォトン高質化により情報を保存するものである。
あたしはナビゲーションに従い、チップをスロットに入れる。
「わ・・・」
思わず声が漏れる。
いろいろ入ってるなぁ・・・。さすが時雨。
・・・とりあえずチェックしてみる。
えーと。
”実用テクニック／フォイエ”
違う。
”正しい竜の育て方”
たぶん、違う。
”考察／家庭のあり方”
近いけど・・・ワケわかんなそーだから却下。
「だぁぁ・・・」
ほんとに役に立つものあるのぉ？時雨・・・。
そんな３０近く！もあるファイルを検索していると・・・
「おお？」
そこには、たぶんこれだというものがあった。あたし主観で、だ。
”悪魔のお菓子／ショートケーキについて”
・・・繰り返す。あたし主観で、だ。
プレゼントというものは、自分が喜ぶものが一番良い。
間違いとは言わないが、当たりというわけでもない。
ま、とりあえず。
あたしは、早速ファイルを開いてみた。
『悪魔のお菓子／ショートケーキに興味をお持ちの皆様へ。私どもは旧世紀に流行ったショートケーキそのままを見いだすために現在ラグオル上”洞窟”エリアにおいて出店しております。是非お誘い合わせの上、ご来店のほどお待ちしております。』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだこりゃ。
「・・・もう、やってられない！」
ハンターギルドの会議室にそんな大声が響き渡る。
叫んだのはエメラルドグリーンにブルーのスパッツを来た美人。ハヤキだ。
「荒れとるなぁ・・・。」
それを受け答えているのはプルーブという、これまた美人。茶色の髪と黄色のロングドレスが絶妙なコントラストを彩っている。
アリスが飛び出していったあの後、ハヤキとレイモンドはハンターギルドに招集されていた。そこで、ハンター研修の同期で親友でもあったプルーブと会ったもんだから、ハヤキの貯めに貯められたストレスが爆発してしまったわけだ。
で、何でそこまでイラついているのかというと・・・
「アリスめ～～！だーれが馬鹿よ！？何が大ッ嫌いよ！？私がどれだけ苦労してるのか、ちっともわかってないんだから！！」
・・・そう、アリスのせいなのだ。
アリスは、ケンカして出ていく際散々ひどい言葉を使ったらしい。アリス本人は忘れているかも知れないが、言われた方は結構引きずるパターンが多いのはいつの時代も変わらない。
「・・・まあまあ。売り言葉に買い言葉ってあるやん？本人そう思っとらんでも言い張っちゃうことやって。・・・あんまり気にせんとき？な？」
プルーブは、いつもにこやかに笑う。特徴的なところとしては眼が非常に細く、その顔で笑うものだから観音さまを連想させられる。
「それならいいけど・・・。」
プルーブに言われると、ハヤキも何となくそういう気分になれる。
そういう点でプルーブは得しているのだが・・・
「でもねぇ！私だってまだ１７歳よ！？花も実もある乙女盛りよ！？なのに、何でこんな育児相談センターに駆け込むようなことで悩んでなきゃいけないワケ！？」
再度爆発。
・・・こういう点ではプルーブの容貌および雰囲気はデメリットだろう。諭されれば諭されるほど自分が情けなくなってしまうのだ。
まあ、そういうプルーブだからこそ愚痴が言いやすいのだろうが。
「・・・重症やね、こりゃ・・・。」
好き嫌いがどーのとか、ハンター研修の成績がこーのとかいう、なんだか育児相談センターに駆け込んだ方が良さそうな愚痴の数々がハヤキから飛び出してくると、プルーブはこっそり嘆息した。
・・・ちなみにそのころレイモンドはハンターギルドの受付嬢をナンパしてました。（最低・・・）
「・・・皆、集まったようだな。」
白亜の鎧武者が部屋に入ってくると、皆がしんと静まりかえる。
ハンターギルド長、カミュ。数々の伝説を残す武神でもある。
「諸君らを呼んだのは他でもない。我がハンターズが総力を挙げて叩き潰さねばならない”敵”が出現したからだ。」
カミュがそう言うと、
「敵・・・？」
「新型のエネミーか・・・？」
とたんにざわざわと辺りが騒ぎ始める。
しかし。
がちゃっ！
カミュが動くとすぐに静まりかえった。たとえＳランクハンターズでも、この男にはひとかたならぬ敬意を払っている証拠だ。
「・・・これを見てもらおう。」
そう言うと会議室の一角の壁が全てヴィジョンに変わる。
そこには・・・おおよそ、この世の地獄のような映像が映し出されていた。
会場にいたＳランクハンターズが息を呑む。
「酷い・・・」
思わずハヤキの口から漏れた一言が全てを物語っていた。
麻薬中毒患者の末期症状。
苦しみ続ける患者達は口々に”ショートケーキ”の名前を繰り返す。
壁に頭を何度も叩き付けたり、何かにずっと噛み付いていたり・・・。その惨状は筆舌に尽くしがたかった。
ヴィジョンが終わるまで・・・誰もが咳一つしなかった。
ヴィジョンが終わり。
最後に、カミュが号令を下す。
「・・・これより我がハンターズは総力を挙げて”洞窟”エリアの”敵”を駆逐する！！」
もう、それだけで十分だった。
その頃。
半蔵より密命を受けた桔梗は、ある場所を訪れていた。
”洞窟”エリアの、滝のある場所。
「・・・ゼロ殿。居らっしゃいますか？」
桔梗は、静かに、しかし強く言う。
「・・・居らっしゃいませんか？ゼロ殿。」
桔梗はあちこち歩き回る。
「・・・何の用だ。」
いきなり、声がした。
桔梗は慌てて声のした方から飛び退く。
・・・馬鹿な・・・気配すら感じなかったのに・・・？
見ると、男は滝壺の後ろ側にいた。それでいて、瞬時の踏み込みだけで桔梗に斬りかかれる距離。
ゼロ。
この男が我がハンターズ最強の男か・・・。違う・・・何かが、根本から。
桔梗は、今更ながら”高さ”を感じずには居られなかった。
暗闇の中。
遠くに光りゴケがあり、それで暗闇の深淵が見える。
洞窟は、奥へ奥へと続く。
「洞窟」エリア・・・そこは、ラグオル地表に点在する鍾乳洞より進入できる地下の大規模な空洞地帯のことである。
レイモンド達は、現在「洞窟」エリアと呼ばれるところに来ていた。
レイモンド、ハヤキ、プルーブの三人は黙々と「洞窟」エリアを進んでいた。
「・・・ねえ」
沈黙に耐えきれず、ハヤキが口を開く。
「・・・なんだ？」
レイモンドは、ずっと不機嫌そうだった。おそらく、今も。
「・・・何でもない。」
・・・ハヤキは、口を噤むことしかできなかった。
無理もない。麻薬中毒患者の末期症状とは、それほど最低の映像なのだ。二人とも、怒りで頭が一杯のはずだ。
重苦しい雰囲気を察したのか。プルーブが発言した。
「そ、そや、噂のアリスちゃんってどーしてはるかな～？」
「・・・さあ。」
ハヤキは投げやりに、
「・・・知ったこっちゃねえ。」
レイモンドは吐き捨てるように。
「さ、さあって・・・ええの？」
さすがにプルーブは不安を覚えた。
「・・・放っておくわよ。あの子が自分でそう言ったんだから。」
「・・・あいつが自分で出ていったんだ。知ったことか。」
ハヤキとレイモンドは辛辣に言い切った。
・・・プルーブは、そんな二人を不安そうに見ていた。
後に、二人はその言葉を死ぬほど後悔することになる。
あたしは、ハンターギルドに次のようなメールを出した。
『告知。アリス。Ｃランクハンター。”洞窟”エリアのショートケーキを食べに行って来ます。興味のある方は応相談。メールお待ちしてます♪』
・・・というもの。
これ、なんだか良くわからないと思うけど、ちゃんとした意味がある。
あたし達ハンターズはいわば戦闘能力を売り物にした異能の集団だ。そのため、仕事らしい仕事は大抵荒事で、非常に数が少ない。それでは、仕事にはならないんだ。
これが特に顕著になるのが低ランクハンターズ。高ランクハンターズなら黙っていても仕事は来るけど、あたしのような低ランクハンターはそうはいかない。そのため、自力で仕事を探してくるしかないんだ。
そんなことを解消するために考案されたのがハンターサイトの募集欄。こんな風に書いておけば、同じくそちらの方に冒険したかった人とか、ないしビジネスがある人とかが便乗してくる。で、そこから仕事の話も出来るようになるんだ。もちろんランクが上の人だったらあたしの方がお金を支払わなきゃならない場合もある。でも、そうした場合でも経験が稼げてランクを上げる機会に恵まれるんだから、お金を払う意味は十分にあるというワケ。
・・・つまりこうしておけば、上手くいけば仕事も仲間もゲットできるという事。楽々♪♪
しばらく経って、メールが何通か来た。
あたしはそれを一つ一つ開けていったんだけど・・・
「げ・・・」
何通目かで、あたしは固まった。
ラグオル、”洞窟”エリアの入り口。（入り口といっても、一番近いトランスポーターが有るところという意味だけど。）
集合地点はここに設定してある。
で、集まってきたのは・・・
「にょ」
「よろしゅ～♪」
「非常にご迷惑とは存じますが宜しくお願いします！」
・・・上から、時雨、ハクリ、それと初めて会う人。
初めての人はケンイチといった。ハクリと同じアンドロイドで、白兵戦のプロ。ハクリの知り合いだって。
武器はヴィクターアックスという、大きな戦斧を持っていた。でも、そんなことより・・・
「私、ふっつか者ですがなにとぞ宜しくお願いします！」
・・・このしゃべり方何とかなんないかなぁ・・・
よりによって何でこんな濃い連中・・・
ま、選んだのあたしだけどさ。
「それにしても、何で時雨まで・・・？」
メールが時雨からも来てたのがわかった時、きっかり１分は硬直したぞ、あたしは。
あたしが幾分あきれて聞くと、
「私だって甘い物に興味がないワケじゃない・・・！」
怒鳴るように、時雨。
「ふ～ん？」
おお、結構以外。
「それに、あんたもこんなところで何してるのよ？あんた、ハヤキのプレゼント探してるはずじゃあ・・・？」
「うん、だからショートケーキをプレゼントしようと・・・。」
・・・時雨はしばらく考え込んだ後、
「まったく・・・どーしてこんな手間のかかりそうな物を・・・。」
あのファイルにはもっと楽なアイテムも載ってたはずなのに。
こんどこそ、時雨は何かを諦めた様だった。
そーゆーわけで。
「目的地は”洞窟”エリアのどっかに有るケーキ屋さん！では、出発～！！」
「にょ」
「よっしゃ」
「了解いたしました！」
・・・そうして、あたし達は”洞窟”エリアに入っていった。
あちこちでマグマが流れている。ラグオルは、非常に火山帯が多い。それがそのままこんな広大な地下空洞が出来る理由になっていた。
地下に空洞が出来る理由は結構あるけど、最も多いのが地殻変動、次に地底湖などの移動。・・・どちらも火山帯の助け無しでは発生しない自然現象だ。
「それでも、この地下空洞は大きすぎ。ラグオルでしか起こり得ない自然現象があるのかも知れないわね。」とは、時雨。
あたしといえば。
「うわ～～～♪」
といって、辺りをきょろきょろしていた。
確かに、すごい。
天井は場所によっては２０メートル以上もある。洞窟といえば閉塞感がまず先に来るイメージがあるが、ラグオルの”洞窟”エリアは天井があるだけで地上を歩いているのと変わりがない。
あたし達は、あたし、ハクリ、時雨、ケンイチの順番で進んでいた。
「上ばっかり見てるとコケるでぇ～～？」
などとハクリは意地悪そーな口調。
「・・・そんなことないでしょ？」
と、あたしが振り向いた瞬間。
歩きながら振り向いたのがまずかった。背中に背負った大剣が岩に引っかかって、あたしはすてーんと転ぶ。
「ぶははははは！」
「にょおおお～～～～」
「・・・ま、まことに僭越ですが笑いま・・・はっはっは！」
・・・三者三様。そんなに笑わなくたって・・・
ま、あたし達はそんな風に楽しく冒険してました。
そーゆーことがあって、隊列はあたしとケンイチが交代することになった。
・・・あたしだってもう転ぶのやだもん。
ところで、ハンターズでは４人一組で１パーティとされている。これは何でかと言うと、戦術マニュアルにそう書いてあるから。詳しくは覚えてないけど、４人だと拙攻・要撃・遊撃・防衛が理論的に運用できるようになるから・・・らしい。
ま、昔の偉い人がそー決めたんだからそうしようっていうワケ。
・・・あたしはその恩恵に巡り会った事って無いけど・・・。
「・・・隠れて下さい。」
戦闘を歩いていたケンイチがそう言って岩陰に滑り込む。
続いてハクリと時雨も黙ってそれに続いたので、あたしも渋々続いた。
「ねえ、どーしたって・・・んぐ。」
「し～！静かに！」
あたしの口を押さえ、ひっそりと怒鳴る時雨。
ふと、あたしの網膜ディスプレイにメールが来る。差出人は・・・ハクリだ。
『ケンイチがエネミーを発見したんや。動かんといて～な？』
・・・うそ。何処にも居ないよ？
そう思っても、あたしは黙っていた。あたしだってハンターだ。何をすれば危険だって位はわかる。ん？またメールだ。今度は・・・ケンイチ？
『大変申し訳ありませんが、エネミーを発見しました。これより除去します。』
そう言われれば、
『ん。手伝うことある？』
というのが礼儀。しかし。
『いえ。私とハクリ殿で十分です。お静かにしていて下さい。』
にゃあああああああああああああああああ・・・
あたしは頭を掻きむしりたい衝動に必死で抵抗する。
時雨もどうして良いかわからない風だったけど、アンドロイド二人がどうするのか興味があるようだ。
・・・しばらくの間が経ったか。
ハクリが、そろっと動き出す。ハクリのバックパックから引っ張り出されたのは・・・スナイパーライフル？
手持ちの重火器のなかで、もっともリーチが長いのがスナイパーライフルだ。それを使うということは・・・エネミーとの相対距離は遠い？
『今です！』
ケンイチから、合図が飛ぶ！
ハクリは、暗闇に向かってスナイパーライフルを三回撃ち込んだ！
またちょっと経って。
「・・・終わりです。」
そう、ケンイチは言った。
何がどーなったかというと。
ケンイチに装備されているスキャナー（情報を集積するための装備）は、かなり高価な物らしい。加えて、ケンイチは昔、シップのソナーマンをやっていたんだって。ソナーマンとは、シップが宇宙空間を快適に移動するために障害物の位置を察知し、対処する人たちのこと。彼らは、障害物を探すために音による探知やレーザー探知を得意としている。
だから、今はケンイチが遠くを歩いている”シャーク”系エネミー（洞窟エリアに生息しているポピュラーなエネミー。”ブーマ”タイプと同じように２足歩行するモグラのようなもの。）の”音”（足音、呼吸音等）を事前に発見、攻撃したというワケ。
いろいろ居るんだなぁ・・・ハンターズって。
と、まあこれは上手くいってる時の話。
上手くいかない場合はどーなってるかというと・・・
「にゃはははははは！」
「だー！混乱してはる～～！」
「大変残念ですが支えきれませ～ん！」
「にょ～～！（アリスの馬鹿～！）」
「回復呪文はまだかいな～～！」
「詠唱に時間がかかるんだから何とか踏ん張って！」
「どわああああ！戦略的撤退させて頂きます！」
「ちっと待てぇ！わいはエネミーと組んず解れつなんてなんて嫌や～～！」
「にゃーっはっはっはっはっは！！」
「一番最初に混乱しないでよぉ～！詠唱が間に合わない！」
「どないしたらえーんやぁ！？」
「どないもこないもわかりませんと思いますが・・・」
「だー！冷静に分析せんでええ！！」
「にょおおおおお～～～～～！」
「いやや～！死にとーないぃぃ！わいは末期はおなごの胸の中でと決めとるんや～！」
「・・・最低。」
・・・あまりの惨状なんで音声のみでお伝えします。にゃはははは。
”洞窟”エリアは大きく分けて３つのエリアで分かれている。
一つ目は溶岩エリア。溶岩発生地域を総称してそう呼ぶ。
二つ目は腐海エリア。ここでは、カビにも似た植物が大量発生し、まるで森のようになっている。この辺りには元々ラグオルにいる原住民”デロリアン”達のエリアでもある。
三つ目は神殿エリア。原住民達が作り上げたのか、それともロストテクノロジーの産物かはわからないけど、腐海エリアの中央部に巨大な神殿が存在するんだ。
で、今あたし達は第二エリア”腐海”に到着した。
「・・・ねえ、まだ怒ってるの～？」
あたしの問いにみんなは、
「いやいや、ちっとも！」
・・・みんなでドスの利いた声で答えてくれるし。
あたしが混乱したのはあたしのせいじゃないよぉ・・・。
相変わらずあたし達はケンイチ・ハクリ・時雨・あたしの順番で進んでいた。
・・・そりゃまあ、さっきの戦闘は悪かったよ。
あたしは戦闘開始時のファーストアタックであっさり混乱し、敵味方お構いなく斬りつけたわけで。
なんか・・・恨まれて当然のよーな気が。
とはいえ、不可抗力っていうのはいつもあることだし。
いいよね、ウン♪
などと、あたしが納得していると。
「・・・アリスのそーゆーとこが私は一番嫌いなんだ！！」
突然、時雨が振り向いてあたしに言う。ハクリ達は何事かと思っていたが。
「・・・なんでわかったの？時雨・・・。」
なんかあっけにとられて、あたし。
「・・・何年あんたとつき合ってると思ってるのよ・・・？」
時雨は、なんだか悟ったようだった。
「・・・ところで皆様。」
ふと、ケンイチが言う。
「デロリアンの集落、寄って行かれますか？」
「おい、ケン・・・。」
なぜか、ハクリが嫌そうな声を出す。
「え？」
しかし、あたしはハクリに構わずケンイチに聞き返す。
「この近くにデロリアンの集落があるの？」
「はい。左様でございます。」
デロリアン。
パイオニア１が惑星ラグオルの調査を始めて、初めて会うことが出来た知的生命体。もっとも、彼らの文明は知的とはいっても旧石器時代さながらではあったが。
現在においては、腐海エリアに集落があることが確認されている。
「・・・行ってみようか？」
あたしがそう言うと、
「にょ！」
時雨も興味深そうだ。
「では、参りましょう。」
「・・・知らんで、わいは・・・」
ただ１人。ハクリだけが誰にも聞こえないようにぼそっと言った。
フォン！！
青い残光が暗闇に彩られる。
いくつかの円、それから線。
その残光は二つのセイバーから発せられていた。
その武器は”ツインブランド”といった。
ハヤキはフォトン発生器を筒の両端に備えたこの特殊武器を愛用している。
ハヤキの手の中で踊るそれは、まるで戦闘兵器というより、ダンサーのアクセサリーのようだ。
しかし。
ハヤキの手の光が踊るたび、エネミー”シャーク”が一体ずつ倒されていく。
”シャーク”はトカゲが異常発達したかのようなエネミーだ。両腕が刃上に進化しており、それで獲物に襲いかかるその姿は恐怖の対象・・・のはずなのだが。
その光景は、まるで古代の”舞”の様だった。ハヤキと、その近くに居る”シャーク”達はまるで打ち合わせをしたかのように次々と切り裂かれていく。
次にレイモンド。
彼が手にしているパルチザンは、長年の業物だ。
名前もわからない代物だが、レイモンドはこれを愛用している。
レイモンドの戦い方は一撃必殺。
二の太刀いらずのパワー戦法である。
”シャーク”が壁の後ろに隠れようが、
ズゴシャッ！
・・・壁ごと叩き斬る！
優雅とかそう言った言葉とは無縁であったが、しかし動きは流麗だ。我流の技かくあるべしと云ったところか。
最後にプルーブ。
彼女は他の二人のアシストにまわる事の方が多いが、しかし。
”シャーク”が彼女の後ろから襲いかかる。
パン。
無造作な音。
プルーブが、脇の下から後ろも向かずに”シャーク”の頭を打ち抜く。
いつ抜いたのかすらわからない。プルーブの愛用銃、アレス社製ハンドガンＥＲ－２７”ヴァリスタ”だ。
更に、ハヤキとレイモンドの後ろに迫っていた”シャーク”の腕の刃を、まるきり無造作に打ち抜く！
武器がはじけ飛んだところを、レイモンドとハヤキがとどめを刺した。
・・・通常、白兵戦の支援において銃器の使用は問題外とされる。
乱戦状態では満足な狙いを付けることが出来ず、かえって味方に当たる危険性の方が多いからだ。
それなのに・・・撃つということは。
プルーブが自らの射撃の腕前に相当の自信を持っているということだ。
このように、この３人が相手では”洞窟”エリアのエネミーなど問題にもならなかったのである。
「・・・もう終わり？つまらないわね・・・」
ハヤキは、額の汗を拭いながら言う。
「それにしちゃ、一番楽しそうだったぜ？」
「そーやなぁ。いっちゃん敵倒したのハヤキやで～～？」
茶化すような口調で、レイモンドとプルーブが言う。
「あらそう？でも、レイやプルだって凄かったじゃない。」
それでもハヤキは嬉しそうだった。
下世話な言い方だが、やはり適度な運動はストレスの最大の敵なのだ。
・・・これを運動と言い張るかどーかは各々の判断だが。
ハヤキがプルーブと楽しそうに話しているのを見ると、やっとレイモンドにも笑みが浮かんだ。
その時。
エネミー”シャーク”達のの死骸の一角が盛り上がる！
死骸の陰に、もう一体エネミー”パンアームズ”が居た。二つのハサミを持った、カニのようなエネミーだ。
場所は・・・ハヤキのすぐ後ろ！
「え・・・？」
ハヤキは、慌てて飛び退く！
しかし、プルーブが間に合わない！プルーブはテクニックメインだけあってそれほど激しい体術は学習されていない！
「しまった！プル！」
ハヤキは己の迂闊さを呪う。
プルーブに”パンアームズ”の左腕が振り下ろされる！
ガォン！
・・・その時、炎が現れた。
炎は、まっすぐに”パンアームズ”に突っ込んでいく。”パンアームズ”はそれをかわすことすら出来ずに食らった。爆炎に体を貫かれ、燃え上がる”パンアームズ”。
「へっ・・・カミュのところから来た奴らにしちゃ、甘っちょろい奴らだぜ。」
暗がりから、炎に照らし出されて１人の男が現れる。
白髪に、黒い服。容貌は・・・片目が潰れていた。目は鷹のように鋭く、射抜くようにレイ達を見ている。
炎は、その男が発した様だった。
その男は、”炎”だった。
何かが、この男の中で燃えている。そういう雰囲気を持った男だった。
「・・・ゼロ！貴様、まだ生きてやがったのか！！」
レイモンドが叫ぶ。
「ほう・・・？あの時の坊やがまだ生きてやがったか。だが、そのザマじゃ進歩してねえな。」
「テメエ・・・！！」
レイモンドはゼロを憎々しく見つめている。
二人の視線が、空中で交錯した。
ハヤキとプルーブは、成り行きが全くわからなかった。
「な、なんなの・・・？」
「う～ん？なんか盛りあがっとるなぁ。」
・・・まあ、この二人はともかく。
「ゼロ！テメエ、こんな所で何してやがる！？」
牙を剥きだして、レイモンド。ゼロは肩をすくめて、
「おいおい、ご挨拶だな？・・・俺は、お前らが頼りないからって、カミュに呼び出されたんだぜ？」
「何だと・・・！？」
やはり二人はしばし睨み合っていたが。
「はいはい！ストップ！」
「その辺にしいや！二人とも！・・・つまりゼロさん、うちらを助けてくれるっちゅうことやな？」
ハヤキとプルーブが仲裁に入った。
「・・・ま、そういうこった。」
それを聞くとレイモンドも矛を収めざるを得ない。
「ちっ・・・今日はこの辺にしといてやらあ！」
止せばいいのに、つい声に出してしまうレイモンド。
売り言葉に買い言葉。
「フン・・・女に守られてる奴が何言ってやがる？」
また、睨み合う。
その時！
ぶち。
何かが切れた音。
「この・・・！」
「えー加減にせんかい！！」
ハヤキの氷系範囲型テクニック”ギバータ”が、プルーブの”ヴァリスタ”が飛ぶ！
・・・・・・・・・・・・・・・・しーん。
「さあ、まだやる！？」
「キリキリ言いや！？」
「・・・ＯＫ。降参だ・・・。」
「・・・言い直そう。女の尻に敷かれてたのか・・・。」
・・・今度はもう誰も言い返さなかった。
レイモンド、ハヤキ、プルーブの三人にゼロを加えた４人は”腐海”エリアを進んでいた。
ふと、ゼロの影が動き出す。
「ゼロ殿・・・。どういうつもりです？」
ゼロの動きを見張るため、行動を共にしている桔梗だ。
彼は得意の穏行術でゼロの影に潜んでいたのだ。
「おいおい・・・俺の目的地は一緒だろ？同行させてもらえば、俺の負担が減るじゃねえか。」
ゼロの実力は桔梗はここまでの旅で、散々見てきた。負担などという言葉は、この男にはない。
桔梗の腕を持ってしても倒せるのかどうか。いざというときは斬れと、半蔵から別命を帯びては居たが・・・
しかし、桔梗もまた忍び。すぐに考えを切り替える。
「・・・目的は別のはずですが？」
・・・何かあるはずだ。この男の考えには・・・。
桔梗は、直感的にそう思う。何はともあれ、この男を理解しなければならない。そう桔梗は思うのだが。
しかしゼロは、うそぶく。
「・・・仕事なんてな、成功させちまえばいいのさ。それに・・・」
「・・・それに？」
嫌な予感がする。そうゼロは思っていた。
ゼロには、人の不幸を予期する能力がある。特殊能力と呼ばれるそれは、ゼロに生まれた時から備わっていたもので、これも”死神”の異名に一役買っていた。カンとかと呼ばれるものと違って、明らかなヴィジョンとして見えるのだ。
このメンバーを見た瞬間、１人の影が浮かんだ。ピンクの髪をした、子供といっても良い女の子。その女の子がのたうち回り、苦しみ続ける姿。
その子供がこのメンバーに関わっているのなら・・・。
しかし。
「俺は、美人には弱いんだ。」
そうとしかゼロは言わないのである。
・・・桔梗は、胃が痛くなってきた・・・。
そこは、風が吹き抜けていた。
腐海エリアには、風穴と呼ばれる空気の穴があるらしい。時々強めの風が頬を打つ。
風の通り道と思われる、岩山の間。そこにデロリアンの集落があった。
「にょ～～～～♪」
時雨、嬉しそう♪そりゃあそうだろうね。デロリアンの集落なんて、未だに文書にすらそうは記されていない存在なんだから。
「わぁ・・・」
そこは、不思議なところだった。
まず、腐海エリア独特のじめじめした雰囲気がない。腐海エリアはどうしても足下が水溜まりになっていることが多いからなんだ。
でも、ここは違う。
よく見るとあちこちに水避けの用水路があって、そこに水が流れ込んでいた。
そして、あちこちに水車がある。それは更に小屋へと続いていて、その中では滑車やらなにやらが鼓を打っていた。
「ここは、有り余る大自然を有効に利用して毎日の生活の糧としているのですよ。」
とは、ケンイチ。
「信じられんのは、これが全て誰かのもんやないと云うこっちゃ。」
続いてハクリ。
「・・・？どういう意味？」
「にょ？」
あたしと時雨は二人を振り返って聞く。
「こうした水車や用水路は彼らには”神からの授かり物”と思われているのですよ。ですから、彼らは皆でこうした施設を利用しているのです。」
「へぇ～。」
「にょ！」
ふと、あたしの横をデロリアン達が通り過ぎる。
デロリアン達はあたし達と比べて、身長が極端に低い。っていうか、人類じゃない。
大人でも身長はあたしの腰ほど。体中毛むくじゃらで、抜け毛の季節は大変そう。
いつも身長の２倍ほどある槍を持って、ラッピーを使役して上に乗って走る姿は・・・ごめん、結構かわいい。
と、思っていたら。
何人かのデロリアン達があたしのお尻にしがみつく。
「ちょ、ちょっとぉ？」
見ると、時雨も同じ運命に。
「にょおおお～～～～？」
「あ、皆様少々お待ちを！」
慌ててケンイチとハクリが引っぺがしてくれた。
その後、ケンイチが彼らに何事か言うと（何語だか良くわかんなかった。たぶんデロリアン語ってあるんだろーなー）、彼らはすごすごと去っていった。
う～～。ズボン下ろされた。パンツ丸見え・・・とほほ。
時雨もお尻を触られたみたい。あーゆー風に苦悩する時雨って初めて見たなー。
・・・ま、それはともかく。
「・・・で、ケンちゃん。なにがどーなってんの！？」
「キリキリ答えて貰いましょうか・・・？」
言葉がいきなり悪くなっているのは花の乙女の証拠。（・・・自分でも良く忘れているけどね。）
あたし二人のプレッシャーに押されながらも、ケンイチ。
「いや、つまりですね。彼らは種族的特徴として多夫多妻制でして・・・」
「どーゆー事？時雨。」
「・・・つまり私達はレイプされかかったという事よ。」
おいおい。
「・・・だから言っといたんやで、ケン。ここにおなご連れて来たらこうなるって・・・」
あきれ顔のハクリ。
・・・言ってないよ、ハクリ。
「・・・さあて、何か弁明ある？ケンちゃん？」
パキパキと指を鳴らすあたし。
時雨なんか呪文集中に入ってるし。
「まあ、デロリアンの集落なんて滅多に見られない物ですし・・・」
言い訳するケンイチ。
・・・まあ、そりゃそうか。
「でも、それなら一言いっといてくれれば良かったのに。」
と、時雨。
「いやあ♪そうしますと目の保養が出来ませんでしたので・・・」
・・・ケンイチがそう言った瞬間。
”ケンちゃんボコ殴り大会”が始まった。
「ふ。愚かな・・・。」
１人役得のハクリは空を向いて黄昏れていた・・・っておい。
時雨がさっきので懲りたのか、早々に宿を取って休もうと言い出した。
一応、デロリアンの集落にも休める所は有った（恐ろしいことに観光名所らしい・・・ココ。）ので、そこに時雨とハクリを置いてあたしとケンイチは集落をもうちょっと回ってみることにした。
・・・こんな珍しい物、次は何時見れるかわかったものじゃないしね。
「え・・・？ショートケーキ屋さん、あるって？」
「はい。今のデロリアンの話ですと、この集落に近いところに有るそうです。」
集落の食べ物屋さんのメニューを制覇しかかった頃、ケンイチがそんなことをお店の人に聞いてきた。
なんでも、”ショートケーキ”という単語をそこで良く聞くらしい。
「ふうん・・・行ってみようか。」
最後のお皿を片付けながら、あたし。
「・・・今からですか？他のみなさんも一緒の方が・・・。」
ケンイチは渋っていたけれど、
「お店行くだけだよ？心配ないって♪」
「・・・仕方ありませんね。」
・・・こうして、あたしとケンイチは二人でケーキ屋さんに行くことにした。
運命の神さまが本当に居るのなら。
たぶんこれは、いたずらの始まりなのだ。
あたしとケンイチが着いた場所は、なんだか暗いイメージの所だった。
集落の谷のすぐ近くにあったそこは、やはり周囲を谷で囲まれている。そこに、お城のような建物があった。
「これ、神殿・・・？」
「・・・いえ、違うようです。似ているようですが・・・」
あたしの問いにすぐに検索を掛けてくれたようだ。ケンイチは、そう答えてくれた。
「なんだか、辺鄙なところだね・・・。」
「同感です。」
辺りには植物という物が無く、荒涼とした荒野が広がっていた。
空を、エネミー”ナノノドラゴ”が飛んでいく。
飛行型のエネミーで、姿はあたしが戦ったドラゴンと良く似ていた。ひょっとして、あの子が大きくなったらあのドラゴンになるのかな・・・？
ギャァァァァ・・・・・
・・・どうやら、あたし達の方には来ないようだけど。
「・・・ええぃ！ケーキ食べに来てここで引き下がれるかぁ！？」
あたしは決意を固め、のしのしと歩いていく。
その後ろを、肩をすくめたケンイチが付いて来てくれた。
「うーむ・・・」
「・・・な、何やってるのよ、あの子は・・・」
その谷の上。
レイモンドとハヤキはハンターギルドから指定された場所を確認するために上に上がってきたのだが・・・。
何故アリスがこんな所に居るのか全然見当がつかなかった。
更に谷の下。
「ゼロさん、変な女の子とアンドロイドが目的地に入っていくで？」
「・・・放っとけ。」
どうせ、助けることは出来ないのだから。
ゼロは、さっきのヴィジョンに写ったのがあの子だと確信していた。
ならば・・・とは思うのだが。
予知能力なんか持っていても。
「・・・結局、カミュもジョーカーも・・・リコも助けられねぇ能力だ・・・。」
誰にも聞かれないようにぼそっと呟く。
結局、この能力の恩恵に預かることが出来たのは自分だけだった。片目は失ったが・・・。
他人の不幸を見ることが出来るのに、何もしてやることも出来ない。それは、見えない方が良かったような物だ。自分だけならば、まだ間に合うのだが・・・。
ふと、ゼロの影が動き出す。
それは滑るように建物の方に向かっていった。
「お役目熱心な奴・・・」
「・・・ゼロさん、さっきから何ブツブツ言っとんの？」
「何でもねえよ・・・。」
それっきり、ゼロは何も言わなかった。
目の前のヴィジョンにはアリスとケンイチの姿が写し出されていた。
「・・・侵入者のようですな。」
その子供はまるで大人のような声をしていた。
名を、ジョーカーという。
本名ではない。いつしか皆からそう呼ばれるようになっただけで、そう決めただけだ。
そもそも、自分には名前など意味がないのだから。
「・・・そうね。でも、それにしては随分と堂々としてるわね？それにハンターズにしては・・・若いわね。」
ジョーカーにそう答えたのは若い女性。シャギィの入った栗毛のロングヘアと白い服が印象的だ。
だが・・・目が、まるでどこか遠くを見ているようでもあった。
彼女は癖なのか、右手で左手にはめている”赤い輪”を弄んでいた。
”赤い輪”のリコ。
ハンター時代の彼女の異名だった。
「どんなつもりかは知らないけど・・・面白くなりそうね。」
くすくすと、リコが笑う。
「・・・お出迎えして参りましょうか？」
「そうね。・・・丁重にお通しして。」
「それでは・・・」
ジョーカーの姿はかき消えるように消えた。
「・・・どこかで見たような気もするけど・・・気のせいかしら？」
リコは、アリスを見てそう呟いた。
あたしが建物にたどり着くと、向こうから門が開いた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。・・・どのようなご用件ですか？」
門が開くと、子供が１人出てきて、そう言った。
「ははぁ・・・ショートケーキを食べにここまで？」
「うん。」
なんか、変な子供だなぁ・・・子供なのに大人みたい。
なんだか変な違和感を感じる。
見た目はかわいい男の子なのに。
あたしとケンイチは、このジョーカーと名乗る男の子に連れられて建物の中を歩いていた。
建物の中は割と科学的だった。あちこちに最新式ではないけれど映像版とかが置いてある。
あたしがそれを不思議そうに眺めていると、
「ああ・・・この建物はパイオニア１の軍が作った物なんです。」
「へぇ～～・・・って、じゃああなた達軍人？」
「・・・いえ、そう言うわけではありません。」
あたしの問いに、何となく歯切れの悪い返事をするジョーカー。
「しかし、私は軍属でもありましたが・・・このような建物のことなど聞いたこともありません。ジョーカー様は何かご存じですか？」
「いえ・・・特には。」
なんか・・・歯切れが悪いなぁ。
何となく皆が黙って歩いていく。
しばらく経って。
「こちらで御当主がお待ちです。」
音を立てて扉が開く。そこに、１人の女性が立っていた。
あ、あの人は・・・ひょっとして・・・？
「遠いところをようこそ。私共はあなた方を歓迎しま・・・？」
そう、その人が言い終わる前にあたしはその人に抱きついていた。
「リコ！！」
その名を叫んで。
あたしの憧れの人、リコ。
その人があたしの目の前にいる♪
あたしは、その事実だけでご機嫌だった。
「そう・・・あの時の子供が・・・。」
「うん♪」
あたしとリコ、ついでにケンイチはティーブレイクとしゃれ込んでいた。
リコは、残念ながらあたしのことは良く覚えていない風だったけど。
でも。
「・・・立派になったわね。」
紅茶を置きながら、リコ。
・・・あたしにはそれだけで十分だよ♪
「え・・・？ここケーキ屋さんじゃないの？」
紅茶を一息で飲み込んで、あたし。
「そりゃそうよ。私だってハンターを引退したとはいえ、レストランを作る甲斐性はないわ。」
それをくすくす笑いながらウェイター（ジョーカー）を呼んでくれるリコ。
「・・・では、何故このようなところへ？失礼ですが、ここは利便性というにはあまり宜しくないようですが・・・？」
と、ケンイチ。彼は紅茶が飲めないらしく、前に置かれた紅茶に手も触れようとしない。
「・・・そうねぇ・・・煩わしい俗世から、身を引きたかったって所かな？」
「・・・え？」
新しい紅茶にミルクと砂糖を入れていたあたしの手が止まる。
「・・・ハンターはね、夢を追う職業。私の夢は、もう終わってしまったから・・・。」
リコ。何で、そんな悲しそうな顔するの・・・？
「リコ・・・？」
「あ、ごめんなさい。下らない事言っちゃったわね。・・・私はね、ハンターよりももっとやりたいことが出来たの。なんだと思う？」
「ん～～～？」
「・・・。」
考えるあたし。ケンイチは黙って見ていた。
「・・・この星を、救う事よ。」
そう言ったリコは、誰よりも誇らしそうだった。
今は。
あたしは、リコに連れられて屋敷のの階段を降りていた。
リコが、ここに来てから研究したことを見せてくれるというのだ。
あたしは喜んだけど、ケンイチは何故か曖昧に頷いただけだった。
そーゆーワケであたしとリコはケンイチをさっきの部屋において、地下に続く階段を下りていたんだ。
「なんか、石造りの階段ってホラーだよね・・・。」
思いっきり的はずれな事を言うあたしに、リコは黙って微笑んでくれた。
「足下に気を付けてね。滑りやすいから。」
「ん」
・・・しばらく歩くと階段が終わり、地下の広い場所に出た。
そこは・・・
一方、先ほどの部屋。
ケンイチは部屋の椅子で腕を組み、何か考えている風だった。
「・・・どうなさいました？」
ジョーカーだ。彼もまたこの部屋に残っていた。
「・・・どうにも、わからないのです。リコはあのような人物だったか？あのように何かを諦めてしまうような人間だったか？・・・あれでは、まるで・・・」
「『別人だ。』・・・そうおっしゃりたいのですか？」
何故か、確信に満ちた言葉。
ケンイチは立ち上がる。おそらく、ハンターの直感で。
「・・・わからないのはもう一つ。なぜ、ここの地下からは獣の呻き声が聞こえるのですか！？・・・ここは一体、何をしているところなのです！？」
ケンイチはヴィクターアックスを構える。
「それで、お茶をお飲みになりませんでしたか・・・やむを得ませんね。」
雰囲気が一変した。そこにいたのは、子供などではない。もっと別の何か。
”寒気”、”氷”、”酷薄”・・・。
なぜか、そんなイメージが頭をかすめる。
「良いハンターなのでしょうが・・・死んで頂きます。」
ジョーカーより何かが放たれる！
それは、ケンイチのボディをたやすく両断した！！
「チィ・・・ジョーカーが居やがるのか！？」
それまで黙りこくっていたゼロが、突然大声を上げる。
「な、何！？どないしたん！？」
たまらないのはプルーブだ。さっきまで凄くイライラしていた奴が突然騒ぎ出せば、そう思うはずだ。
「・・・行くぞ！！」
身を翻し、ゼロが走り出す。
「ちょっ・・・ちょっと待ってぇな！！」
慌てて、プルーブも走り出す。
時雨とハクリは宿を取って、先に休んでいたのだが。
「・・・ん！？」
「にょ・・・？」
突然、ハクリが大声を上げたので、時雨はびっくりして起きあがる。
「どうしたの・・・？突然大声を上げて。」
「ケンイチが・・・やられよった。」
ハクリは、声音を替えずにいう。仲間の死にかえって落ち着くのは、傭兵時代の名残か。
時雨も慌てて確認してみると・・・確かにケンイチのマーカーが消えていた。
「ちょ、ちょっと待って・・・一体どういう事なの！？」
「わからん・・・しかし、急ぐで！！」
「う、うん・・・」
部屋には、アリスが重いから、といって立てかけてあった大剣があった。
「な・・・！？」
胴体部分が破壊されては、さすがのアンドロイドも動くことが出来ない。
しかし。
「へぇ？生命活動だけは出来るようになっているんだね。・・・さすがはアンドロイドといったところか。」
頭部さえ無事ならば、アンドロイドはそう簡単には死なない。もっとも、この状況では何も出来ることなど無さそうではあったが。
ジョーカーは、何となく楽しそうだ。
「くっ・・・」
悔しげに声を漏らすケンイチ。
「さて・・・、僕としても、これ以上君たちとは遊んであげることが出来ないんだ。怖いお兄さんが来ちゃったからね。だから・・・」
言って、部屋の天井付近にまた何かを飛ばす。
「早く出ておいでよ、そこの君も。」
「な、何・・・？」
・・・爆発の向こうから桔梗が出現した。
「待て・・・！ジョーカー！！」
ふと、ジョーカーでもケンイチでもましてや桔梗でもない声がする。
「忍者野郎は俺の獲物だ！！」
そう言って入ってきた男は・・・両腕が無かった。
「ウオオオオオオオオオオオオオ！！」
ゼロは雄叫びを上げて突進する！！
目の前に何十体ものエネミーが出現する。
それは、ジョーカーの仕業だと思えたが、ゼロにとってはどうでも良いことだった。
「力よ、集え！！」
ゼロは、持っていたセイバーを発動させた。フォトンの刀身に何か文字が浮かぶ。
それは、力の集積具。
今、ゼロの刀身に”炎”が集まる！
「雑魚共が！邪魔なんだよ！！」
ゼロは、剣の炎を解き放つ！
直径５メートルにも達する巨大な火球。そんなものがゼロの剣から発射された。
ズゴォォォォォォォン！
・・・巨大な爆発が起き、生きているものは誰も居なかった。
「・・・な、なんなんや・・・このオッサン・・・？」
後からついてきたプルーブは、あまりといえばあまりな状況に、呆れたように見入っていた。
一方こちらは谷の上のレイモンドとハヤキ。
ゼロと、少し遅れてプルーブが館に突進していく姿が見えた。
「な・・・何事なの！？」
「全然わからねぇが・・・俺たちも行くぞ！！」
「う、うん・・・！」
「くそ・・・！ゼロめ、あいつホントに人間か！？」
レイモンドはそう毒づく。
二人もゼロの後を追って館に突撃をする！
「・・・もっとスピードでないの！？」
「こんな大剣担いで出るさかいな！」
こちらは時雨とハクリ。
ハクリがアリスの大剣を担いで走ってるのだが・・・。
「あのねーちゃん、普段こんな重たいもん持って走りまわっとるんかい！？」
可動部分がアリスのようなニューマンに比べて少ないアンドロイドでは、大剣のような取り回しの難しい武器は至極持ちづらい。
「・・・もう！だからアリスは馬鹿だってのよ～！！」
とにかく、二人もまたアリスの所へ走っていった。
・・・あたしが降りたそこは。
「・・・な、何これ！？」
「見たこと無い？”ブーマ”タイプ。」
「そうじゃなくって・・・！」
そこには、培養槽みたいな物が沢山あって・・・その中にはエネミー達が入っていた。
数々のエネミー達。彼らは眠らされているのか、たまにピクピク動く以外は、特に行動を起こさない。
そして、彼らには何かの管が取り付けられていて、彼らの体に何らかの液体が入っていく。
そのたび、彼らは苦しみ、体が・・・変質していく！？
「・・・どう？」
ひときわ大きな培養槽にの方にリコは歩んでいき、止まる。
「ど、どうって・・・？」
「これが私の研究の成果。”デ・ロル・レ”・・・この地方の神と崇められた存在よ。」
リコの後ろにある培養槽の中には、体調が２０メートル近くもある巨大なムカデのような怪物が入っていた。
”デ・ロル・レ”。この”腐海”エリアに住むデロリアン達が神と崇める巨大なエネミー。
多足で、どういう原理かは全く分からないけど、空を飛ぶ。この巨体が体をくねらせながら飛ぶ様は圧巻ですらある。
性格は温厚で、テリトリーに入らない限りは攻撃を仕掛けてこない。その巨体から腐海の主といわれた存在。その、”デ・ロル・レ”が・・・
「・・・生きてるの？これ・・・」
あたしはそう言うのがやっとだった。
「ええ、生きてるわよ。生きていて貰わないと困るのよ。」
よく見ると、”デ・ロル・レ”の体には管が他のエネミー達より取り付けられており、それは何かの機械を通って他のエネミー達の所へ流れ込んでいるようだ。
あたしは、言葉もなかった。
代わりにリコが説明する。
「”デ・ロル・レ”についてはパイオニア１の科学者達が総動員で調査に当たっていたの。初めての星に、初めての原住民。そして、その者達が崇める神・・・科学者ならば、これほど食指の動く素材は無いわ。」
「・・・ん。」
ゴボゴボと、管の中を何かが通る音がする。
リコは続ける。
「・・・科学者達の調査の結果、いろいろなことがわかったわ。”デ・ロル・レ”には知性が有る。それが、神と呼ばれた本当の理由・・・。」
「・・・。」
「パイオニア１の重役連中は頭を抱えたわ。原住民達を従わせようにも、”デ・ロル・レ”なんていう化け物が彼らには付いている。・・・どうやって、彼らを滅ぼすか。」
「ちょ・・・ちょっと待って！何だってパイオニア１がデロリアン達を滅ぼさなきゃならないのよ！？彼らはいい人だよ！？」
あたしは、リコが何を言おうとしているのか、わからなかった。
あたしがそう言うとリコはくすくす笑って、
「・・・歴史の勉強をしなさい、アリス。人が新たな土地を開拓する際、何をやって来たか。」
「う・・・」
勉強という言葉に、ちょっとびびったけど。いや、今そんなこと気にしてる場合じゃない！
あたしがわからなそうにしていると、リコは続ける。
「・・・虐殺よ。」
その言葉は、その広いはずの地下室中に響き渡った。
「最初はね、パイオニア１は友好的に話を進めようとしたわ。・・・でも、駄目だった。パイオニア１側はあくまでも森を切り開き、開拓したかった。・・・それを”デ・ロル・レ”が許すと思う？」
「・・・わかんない。」
リコは、おや？という顔をして、
「本当に勉強不足ね、アリス。分かり易く言えば、あなたの家に土足で・・・。」
「あたしがわからないって言ってるのは、リコ！貴方だよ！？」
「・・・？」
「・・・一体、何の話なの！？」
ずっと会いたかった。ずっと憧れてた。それなのに・・・
「あたしは、貴方とこんな話がしたかったワケじゃない！！」
「・・・。」
何故だろう。あたしは泣いていた。大事な何かに裏切られたような気がして。
「・・・あなたは純真なのね、アリス。でもね、真実を知ることは、傷つく事だって有る。あなたの理想は・・・美しいけれど、現実を知らないわ。」
「・・・。」
「真実を知りなさい。現実から目を反らしては駄目。・・・あなたには、もう時間も無いのだから。」
「え？・・・どういう・・・意味・・・？」
変だ。体が・・・うご・・・か・・・な・・・。
「・・・しびれ薬がやっと効いてきたようね・・・。御免なさいね。貴方を無事に返す訳にはいかないの。」
「・・・あ・・・。」
「そのままお聞きなさい？アリス。・・・ここに来た人類が、何をしたのか。」
口も、体も動かない・・・リコ・・・？
リコはポケットから何かを取り出した。手のひらにすっぽり入る程の大きさの医療用カプセル。よく緊急時の輸血などに使われるものだ。その中には、今は緑色の液体が入っていた。
「その答えが、ここにある。これは”ショートケーキ”。パイオニア１の科学者達が座興で付けた愛称よ。・・・正体は、”デ・ロル・レ”の体液。」
「・・・な・・・？」
リコの顔が近づく。でもその顔は・・・今までのあたしが知らなかった顔。
「びっくりした？これにはね、”デ・ロル・レ”の気持ちが込められている。これを得たエネミー達が凶悪なエネミーに変わるくらい。”デ・ロル・レ”は恨んでいる。自分をここに閉じこめた人類を。そして自らの家を荒らしていく人類を。・・・どちらが正しいのか、子供にだってわかる理屈・・・。」
「・・・。」
もう、声も出ない。でも・・・
「真実を知りなさい。そして、”デ・ロル・レ”の怒りを知りなさい。それはきっと、正しいことなのだから・・・。」
あたしの首筋に何かが注入される。
悪魔の麻薬”ショートケーキ”。
何となくわかった・・・。リコの言いたいこと・・・。
でも・・・なんでそんな悲しそうな顔するの・・・リコ・・・？
あたしは、リコに抱えられて階段の辺りまで連れてこられた。
「こっちは片づいたわ。ジョーカー・・・。後は任せるわ。」
リコの地下室は、巨大なエレベーターだった。ゆっくりと動き出す。
「アリス・・・あなたの運が良ければ、仲間が助けてくれる。頑張ってみる事ね・・・。」
何故か、悔しかった。
手を伸ばせば届いたはずのものが、急速に離れていく。
リコ・・・！！
あたしの必死で伸ばした手は、しかし急速に力を失い・・・崩れ落ちた。
館の前の荒野。
そこに、ジョーカーは降り立っていた。
ふと、ジョーカーの網膜ディスプレイにメールが来る。
「リコ・・・？わかりました。では・・・」
独り言のように言う。
「さて・・・見逃して頂けますか？ゼロ・・・？」
今、ジョーカーの目前にゼロが居た。
「・・・聞くと思うか？」
「・・・長年の決着、そろそろ着けますか？」
ゼロとジョーカーが、激しく睨み合う。
「・・・いいえ。やはり止めておきましょう。」
「何故だ・・・？」
「・・・カミュが来ています。彼ならば・・・」
カミュと聞いて、ゼロの顔にも変化が表れた。
「俺達の戦いに割り込むことも、ましてや倒すことも可能か・・・。」
「その通り。彼まで相手にする気は無いでしょう？・・・それでは。」
ジョーカーの姿が消える。
「チッ・・・勝負は預けるぞ、ジョーカー。」
ゼロの姿も消える。
ゼロの仕事は、ジョーカーの相手だったのだから。
「な・・・なんなんや？あの男達は・・・。」
１人取り残されたプルーブは、レイモンドとハヤキが来るまで、呆然としていた。
階段の下。
リコのエレベーターはもう遙か下だった。
そこに、がちゃりと鋼鉄の音を響かせ、白亜の鎧が現れた。
カミュ。
ハンターギルドの長。
彼は、そこに倒れていたアリスを抱え、１人呟く。
「・・・リコ・・・いや、”ファンタシースター”・・・。お前の”思い”は、まだ終わっていなかったのだな・・・。」
彼は、背中の真紅のマントをなびかせ、階段を上がっていった。
・・・ハクリと時雨が駆けつけた頃には、全てが終わっていた。
１人の重傷者と、１人の麻薬中毒患者が出来上がるという結末で。
皆が帰った後も、終わらない者達は居る。
「・・・随分と、紳士的ですね。」
桔梗は、皆が帰るまで一発の銃も撃たなかったこの男に敬意を評した。
「ふん・・・俺の相手はガキでも女でもない。目的は・・・貴様だ、忍者野郎。お前と戦うために、俺は家族と離縁してきた。・・・今度こそ決着を着けてやる！」
「・・・。」
もう、何もいらない。
言葉も。
思いも。
名前すらも。
ただ、生きて、死ぬだけの戦い。そういう世界なのだ。
男の手には、両腕に銃が据え付けられていた。
やっかいな武器であることは間違いない。それに命をかける気で装備してくるのだから。
ただそれは、刀一本で戦場を渡る半蔵や桔梗も同じ！
二人の影が交錯する！
「くっ・・・」
桔梗の腹部に銃弾が撃ち込まれる。
しかし。
男の胸も切り裂かれていた。
「馬鹿な・・・貴様の太刀は避けたはず・・・！？」
男は、桔梗の太刀は避けた。否、正確には当たらなかった。ということは・・・。
桔梗の後ろの影が更に動く。
伊賀忍群頭領、服部半蔵。
彼は、初めから桔梗の影に潜んでいたのだ。
「・・・そ、そうか。貴様達は初めから二人で・・・居た・・・のか・・・。」
がくりと、崩れ落ちる男。
桔梗もまた、崩れ落ちるが。
半蔵は何も言わず、桔梗を支える。
彼らの太刀は、２つで１つ。あるいは殺気が、あるいは音が消える剣法。
これぞ古流兵法で最強と歌われた『無音夢想剣』。
桔梗は、自らの命を捨て、全てを「虚」に賭ける。半蔵もまた全てを「実」に賭ける。
「虚」と「実」。武道の本質にして最も重要な要素。
何もかも知った仲だからこそ出来る、不動の信頼。
それ故にこそ最強の兵法なのだ。
半蔵達が一陣の風に吹かれ、消える。
・・・後に残るのは屍のみだった。
パイオニア２、メディカルセンター。
そこに二人の重症患者が運び込まれ・・・手術中を示す赤ランプはまだ、消えそうもない。
「・・・神様・・・。」
「・・・。」
ハヤキとレイモンドは、ただ祈っていた。
この時代になると、麻薬などによる循環器系疾患についても効果的な治療が施される。簡単にいうと体内の不純物を浄化ないし洗浄すれば良い訳だ。人体の血液は概ね数週間もすれば完全に入れ替わるとされる。このサイクルを早くすれば、それだけ洗浄は早く済むのだ。問題となるのは内臓器官への疲弊度となる。ただでさえ弱っているところに急な刺激を与える訳だから・・・手術時間が長くなるのは当然のことなのだ。
ようやく赤ランプが消え、先生達が出てくる。
ハヤキとレイモンドは、はっと顔を上げ、先生に詰め寄る。
「先生！どうなんです、アリスは！？」
「おい！俺の娘はどうなった！？」
医者は、少しうろたえたが、すぐに平静を取り戻していった。
「落ち着いて下さい。・・・一応、術式は成功しました。」
それを聞いて、やっと二人の顔に笑みが浮かぶ。
「ただし・・・！」
喜ぶ二人に、医者が言う。
「麻薬中毒の治療というものは、これから始まります。禁断症状に苦しむ患者は、これからがもっとも危険な状況になっていきます。・・・正直、ここから先は患者自身の精神・体力に全て委ねられます。・・・最悪の場合だけは常に覚悟していて下さい。」
天国から地獄。そんな感じだ。
「そんな・・・！？先生、私達に出来ることはないんですか！？」
「金ならいくらだって積んでやる！！だから・・・。」
二人の顔を正視することが出来なくなったらしい。医者は窓の外を見た。
「祈っていて下さい・・・。それしか出来ません。」
・・・もう、どうなってもいい。戻って来て・・・。
それは、二人の願いだった。
「なあ・・・わいらも病院行った方がいいんとちゃうか？」
ハクリは、時雨の買い物に付き合わされていた。
ハクリは、元傭兵だ。死に方は様々。そんな世界で生きてきた。
だから、アリスがこういったことで死んだとしても、納得が出来た。
しかし・・・時雨は違うはずだと、ハクリは思う。
だからこそ、時雨にはアリスのそばにいて欲しいのだ。
だが。
「・・・私があいつのそばに居ても、何も出来ることなんか無い。」
「せやけどなぁ・・・こんな買い物に、何の意味が有るっちゅうねん！？」
時雨は、武器屋だけでなく、あちこちの研究所とか、終いにはハンターギルドにまで行って何人かのハンターに幾らかのお金を渡していた。
その行動は、ハクリには理解できるものではなかった。
「ハクリ・・・あいつが、このままやられっぱなしで寝込んでいると思う？あの、のーてんきでおばかで、向こう見ずで無茶ばっかりやってるあいつが！」
時雨は、ひょっとしたら泣いていたのかも知れない。
「・・・。」
「・・・それもこれもあいつが弱いからこうなるんだから！だったら、あいつが強くなれる武器でもアイテムでも探してやろうじゃない！！」
「・・・。」
「二度と・・・こんなのは御免なんだから・・・。」
誰もが、強い訳じゃない。何かをしないと気が済まない時だって有る。
「・・・よっしゃ。」
「え・・・？」
「探してみるでぇ！！わいの知り合い連中にも声をかけてやるわ！・・・必ず、見つけたる！」
「にょ！」
二人は、思い思いの方向に走り出した。
・・・あたしは夢を見ていた。
体が、ネズミにかじられる夢。痛いのに、苦しいのに、誰も助けてくれなくて。
動くことも出来ず、ただ泣いていた。
・・・また、同じ夢。
なんで、同じ夢ばかり・・・。
・・・何度目かの夢で、やっとわかってきた。
ネズミは、人なんだ。
”デ・ロル・レ”を食べた、人類。
よく見ると、あたしの足下でも、何かが食べられていた。
それは、自分の可愛がっていた動物達であり、デロリアン達でもあった。
もう、何日過ぎたんだろう？
ある日、リコが登場した。
リコは言った。
「人類は本当に大事なことに目を向けようともせず、ただ快楽のみに身を委ねている。・・・それは私にとっては、許せないことだ。」
「力を貸してやろう。”デ・ロル・レ”。私、”ダークファルス”の力を！！」
・・・”ダークファルス”？
「私は、人類に裏切られた。・・・恨みなどではない！彼らは、自らの甘さに身を委ねているだけだ！！誰も彼もが！！・・・それは、私にとって嫌なことなのだ！」
・・・甘さ？
”いつだって自分は弱いけど、だからといって弱さに甘えたくは無い。きっとそれは自分が一番辛いことだから。”
まただ。また、あの言葉がリフレインする。
何故だろう。あたしには、リコが泣いている気がする・・・。
どうすればいい？・・・どうしようもない。だけど・・・だけど！
「・・・このまま、納得できるかぁ！！」
がばっ。
あたしは、勢い良く起きあがった。
「え・・・？」
体が重い。あちこち痛い。
よく見ると、あちこち擦り傷だらけだ。体には拘束具が着けてあって、ミノムシ状態。
「な・・・なにこれ～～？」
あれ・・・立ちくらみもする・・・。気持ち悪～～～。
バタン！
ドアを勢い良く開けて、ハヤキとレイモンドが入ってきた。
なんだか必死の顔だったんで、怒られるかと思った。
でも。
「あ・・・おはよ・・・。レイ、ハヤキ・・・？」
そう言うと。
二人は何も言わず、抱きついてきた。
１週間。
あたしが病院で寝込んでいた期間だ。
その間、あたしは点滴も食事も最低限で、弱らせられていたらしい。そうしないと、暴れてしまい、かえってダメージが大きくなるから。
それは、見ていたハヤキやレイモンドには凄く辛いことだったらしいけど。
そうしなきゃ、あたしの体から毒素は抜けなかった。一度内蔵器官に入ってしまった毒素は、抜けるのを待つしかなかったから。
でも・・・もう大丈夫だよ。レイ、ハヤキ・・・
「よく食べるわねぇ・・・」
ハヤキが呆れ返るのも無理はない。
あたしは、食べっぱなしだった。
「ま、食えるときに食っときな！元気な証拠だ！」
あたしは、レイモンドとハヤキと一緒に食事に来ていた。
本当は、医者には止められてるけど。
だって、おなかが空いたんだもん♪
「・・・ほら、良くかんで食べなさい。戻しても知らないわよ？」
「うん♪」
聞いちゃいない。
レイモンドは黙って笑ってるだけだし・・・
なんか誕生日みたいだな・・・。
向こうの方から、時雨とハクリが走ってきた。
「おおい！こっちだ！」
レイモンドが二人を呼ぶと、慌てて走ってきた。
「レイ！アリスが目を覚ましたって・・・？」
言いかけて、口一杯にごはんを頬ばってるあたしを見て、呆れ返る。
「あんたねえ・・・」
「んむにゃ？」
ごはん食べてるからまともな返事できない♪
時雨は、なんだか大げさにため息をついて、
「そーか・・・こんな事でどうこうなる奴じゃなかったのか・・・。」
・・・なんか落ち込んでるし。あたしが何かしたか？
そんな時雨の肩をぽんと叩くハクリ。
「まぁまぁ。元気になったのならこんなめでたいこた無いで？・・・よう、頑張ったな。アリスはん。」
「うん！」
力強く返すあたし。
・・・あれ？ハクリ、背中のそれ、なに？
あたしの視線に気が付いたのか。
「ん？ああ、これか？」
背中に背負った大剣をあたしに見せてくれた。
「こいつはな、時雨がアリスはんのために探してきてくれた大剣やで？・・・感謝しいや。」
ハクリがそう言うと。
「ふん・・・いつまでも弱いまんまじゃ、こっちがたまらないからね。」
なんだか、怒ったように言う時雨。
「ほう・・・？ちょっと見せてみろ。」
そう言ってレイモンドがあたしの手から大剣を持っていった。
ハヤキも横からまじまじと見る。
「何処も変わったようには見えねえが・・・？」
「でも、柄の所が違うわね？・・・何だろ？」
レイモンドとハヤキは、口々に言う。
時雨とハクリは得意そうに、
「それ手に入れるの、大変だったんだから。」
「そやな。軍の特殊機関からの掘り出しもんやで？」
「へえ～～？」
良くわかんなそうに、あたし。
ＸＸ（ダブルエックス）７８－Ｓ”ウィングソード”。それがこの大剣の名前。
後にあたしは、この大剣と共に数々の決戦に赴くことになる。
これが、初めての出会いだった。
「この大剣はな、精神力によってフォトンの出力を決めることが出来るようになってるんや。アリスはんみたいな起伏の激しいキャラにはうってつけの兵器やで？」
「へえ？じゃあスピリット系のウェポンって訳ね。・・・じゃあ、気を付けて使わないと倒れちゃうわよ？」
とは、ハヤキ。スピリット系というのは、ハクリの言うように精神を高めることによりフォトンの射出量を自分で決める機構のこと。元はといえばフォース用に作られた装備だけど、あたし達みたいなハンターも装備する事が多くなってきている。
ちなみに、使いすぎると貧血を起こす。
「ふ～ん・・・」
あたしは、帰ってきた大剣を手に、まじまじと見つめる。何の変哲もない大剣のように見えるけど・・・。
「でも・・・ありがとう。時雨、ハクリ。」
やっぱり、お礼は大事だよね♪
時雨とハクリも食事に参加して、みんなが満足した頃。
あたしはリコと会って話したこと、ベッドで思ったことをみんな話した。
みんな、黙って聞いていた。
「・・・それで？」
そう言ったのはレイモンド。
「そう言うって事は何かしたいって事だろう？・・・何をして欲しいんだ？」
さすがレイモンド。話が早い。
「今なら、何だって聞いてあげるわよ。」
「・・・まあ、乗りかかった船だしね。」
「まかせんしゃい！」
みんなが、口々に言ってくれた。
「あたしはね・・・」
そこで、一回止めた。あたしにしても、それが正解とは思えないから。でも。
みんなが固唾を呑んで、あたしを見つめる。
あたしは、意を決して言った。
「あたしは、もう一度リコに会いに行く。そして・・・出来るなら、助けてあげたい。」
どんな理由が有ろうと、貴方のやろうとしていることは間違っているよ、リコ。
それだけは、あたしにもわかるから。
”洞窟”エリアの最奥地。腐海の海を越えると、そこはに忽然と巨大な建築物がある。
デロリアン達が作成したのか、それともロストテクノロジーが作成したのかすらわからない巨大建造物。
あたし達はそれを”神殿”と呼んだ。
そしてそこは、ハンターズ総力を挙げて探し出されたリコの本拠地なのだ。
「で、作戦なんだけど・・・」
”神殿”を目の前にして、あたしは集まってくれたみんなを見渡す。
「・・・良いわよ。貴方のやりたいようにやりなさい。今回は、貴方がみんなを集めたんだから。」
「そうだな・・・まあ、どうしようもなかったら口は出すがな。」
レイとハヤキがそう言ってくれたので、あたしは頷いた。
レイモンド、ハヤキ、時雨、ハクリ。更に、プルーブ、ケンイチ。
プルーブとケンイチは自分から付いていきたいって言ってくれた。二人とも、あのままじゃ収まりがつかなかったらしい。ケンイチは修理が完全終わらなくて、本調子では無いらしい。
でも、ハクリ曰く。
「こいつの耳は頼りになるでぇ～？」
・・・まことにごもっとも。
まあ、それはともかく。
「・・・時雨、ヨロシク♪」
こけっ！
総員、すっころぶ。
・・・緊張感、一瞬にして台無し。
時雨は起きあがるとまっすぐにあたしに掴みかかって、
「あーんーたーわーねー！みんなここまで連れてきて『作戦決まってないからどーにかしてね？』って言える立場かぁ！？」
「こ、声が大きいって！？」
あたしの肩を持って揺さぶる。
「いーや、今度という今度は言わせて貰う！あんたはね～～～！？」
「ストップストップ。」
「・・・落ち着きなさいって。」
かなり馬鹿馬鹿しい顔しながらも一応レイモンドとハヤキが止めに入る。
「全くもう・・・」
時雨は乱れた服を直しながら、
「作戦ね。大体決まってるわよ。いい？」
「ん。」
・・・時雨ってこういう奴なのだ。
それでは、改めて作戦の説明。
今回の作戦目的はリコの麻薬組織”ショートケーキ”を叩き潰すこと。
と、来れば。
「・・・”デ・ロル・レ”を封じるか抹殺すれば、目的は達せられるわね。」
と、時雨。
麻薬”ショートケーキ”生成に欠かせないのが”デ・ロル・レ”の体液。ならば、それを無くしてしまえば・・・。
「でも、ちょっとヤだなぁ・・・。」
そう、あたしが言うと、時雨はあたしをきっと睨み、
「大体ねー！リコを止めようとかそーゆー意識が有るのは良いことだけど、いざ戦闘する段になって嫌がる奴が居るから直接リコを狙わず妥協した作戦を立てなきゃなんない私の苦労って、あんたわかってる！？」
アップで詰め寄る時雨。
「はい・・・。」
押されてこくこく頷くあたし。
「・・・続けるわよ。あくまでも目的は”デ・ロル・レ”。これを忘れないように。・・・次に、陽動部隊。これはレイモンド・プルーブ・私・ケンイチで担当します。」
「おう、任せとけ！」
「おっまかせ～♪」
「お任せ下さい！」
レイモンドとプルーブ、ケンイチが口々に答える。
「陽動部隊の目的は敵戦力の分散。”神殿”エリアのエネミーの多くを相手に取る、激戦です。・・・トラップ等を十分に準備をして対応しましょう。」
「まかせんしゃい！」
「非才ですが全力を尽くして事に当たりましょう。」
トラップと聞いてハクリとケンイチのアンドロイド二人組が声を上げる。
「ねー時雨、あたしは～～？」
「・・・最後まで聞きなさいって。アリスとハヤキ、ハクリは”神殿”内に進入、破壊工作を行います。・・・こちらは、非常にスピードの必要な部隊になりますので、こちらも準備お願いします。」
はて？あたしとハヤキはともかく、ハクリがスピード？？
その疑問を時雨にぶつけると、
「ああ、それ？・・・あんたの大剣を見つけるまでに、良い物を拾ったのよ。良い物をね・・・。」
・・・なんか、時雨不気味なんですけど・・・。
「・・・あれを使うんか・・・嫌やなぁ・・・」
ハクリ、嫌そうだし。・・・何だろ？
・・・その疑問は、あたし達が準備をし始めたとき氷解した。
「・・・ハクリ、それ何？」
「・・・見ての通り、ロケットブースターや。」
今現在、ハクリの背中にはハクリのボディとほとんど同じ大きさのブースターユニットが装備されつつあった。
・・・これなら確かにスピードは有るよ・・・。しかし、なんて物を・・・。
「時雨はんがな、海軍の航空兵器戦略研究所で拾ってきたもんや。アリスはんの大剣もそっから調達してきた物やが・・・。」
個人所持できるロケットブースターは、通常大気圏外での使用、つまり宇宙空間での使用目的で作成される。しかし、海軍ということは・・・。
「大気圏内での使用を目的とした個人所持用ロケットブースターなんて・・・なんてレアな物を発見してきたのよ、貴方達・・・。」
さすがのハヤキも呆れ顔だ。
「ふっふっふ・・・もーわいかてアレや。もー遠慮しまへんでぇ・・・？」
・・・時雨に感化されたな・・・。
あたしが呆れ顔していると、
「アリスはん、時雨はんの持ってきた大剣のマニュアル、読みはった？」
ハクリが突然そんなことを言ってきた。
「ん？ううん、まだ。」
「読んどきんしゃい。・・・言っとくけど、アリスはんの大剣の方がよっぽどレアな使い方やから・・。」
・・・変なの。大剣なんてみんな同じ使い方じゃない。
そう思いながらも、あたしは時雨に貰ったマニュアルを網膜ディスプレイ上に写し出す。
「げ・・・！？」
そこには。
あたしの予想を遙かに上回る使い方が記してあった。
一方こちらはレイモンド組。
「よぉし・・・土嚢はこんなもんか。」
「・・・味方兵力の数を考えると十分防戦できる範囲であると認識されています。」
レイモンドの質問に律儀に答えるケンイチ。
「ケン。トラップは作戦通りに埋没してきた？」
これは時雨。さっきから地図とマーカーを両手に格闘している。
「全て、滞りなく。」
「よし。・・・ハクリ、準備いい？」
『いつでもＯＫやで～。』
通信機の向こうで返事が聞こえる。
「しっかし、この兵力で何とかなるんかな・・・」
これはプルーブ。
「・・・何とかならない場合も、考えてあります。」
時雨は、いやに自信たっぷりだった。
時雨は、アリスと付き合って、散々知ったことがある。
足りない実力は、創意工夫次第でなんとでもなる、ということだ。
これは、必ず危なくなるアリスをフォローするために、時雨が嫌々ながら勉強した物だ。
苦労した人間は、必ずそれに見合う報酬を得られるのである。
「・・・各員、戦闘開始！」
時雨から号令が飛ぶ。
「おう！！」
それぞれから、それぞれの声で返事がした。
真っ先に、陽動部隊のレイモンドが動いた。
レイモンドは用意してあったトリメイトに火を付け、高らかに叫ぶ。
「ＨＡＨＡＨＡ！俺の名はレイモンド！！・・・リコォ！テメーの企み、今日が命日と知りやがれぇ！！！」
その時、レイモンドの後ろからバックミュージックと共に花火が飛ぶ。レイモンドが時雨から『とにかく目立って欲しい』という要望を受けて、所有していた花火を仕掛けた物だ。
なんで、そんな物を所有していたかというと・・・
レイモンドの後ろで、花火が炸裂する！
すると、『レイモンド参上！！』とでかでかと中空に文字が写し出された。
レイモンドは、いざという時のためにこのような物を常に所持していた。・・・どんな時がいざなのか、理解できる者は居なかったが。
・・・勿論、これはレイモンドが独断でやったもので、後ろで残りの三人がそろって頭を抱えていたことを付け加えておく。
・・・ものはついで。
「・・・だからアフロは嫌なのよ・・・。」
ハヤキもまた、頭を抱えていた・・・。
一方、こちらは神殿内モニタールーム。
「・・・と、いうことらしいですが・・・。」
ジョーカーがそう言うと、
「・・・いつからハンターズはコメディアンばっかりになったのかしら・・・。」
・・・何故か、リコは残念そうに呟いた。
「・・・それと」
「何？まだ何かあるの？」
「神殿エリアに生息させていたエネミー達が、興奮状態に陥っています。おそらく・・・」
「トリメイト・トラップね・・・面白い手段ばかり使ってくるわね。」
トリメイトを燃やすと、エネミーを呼び寄せる効果がある。今回、時雨はそれを陽動目的で使用したのだ。
ため息を一つ付くと、リコはすぐに立ち直った。
「・・・とにかく、至急エネミーを出して。これ以上馬鹿騒ぎされちゃ溜まらないわ。」
「かしこまりました。」
・・・図らずも、レイモンドの試みは成功したことになった。
「おお？ぞろぞろ来たぜ！？」
嬉しそうに叫ぶレイモンド。
「・・・まさか、あんな挑発に引っかかるなんて・・・。」
何となく時雨は悔しそうだ。
「・・・この旦那のやることに、いちいち付き合ってたら身が持たへんでぇ・・・？」
「・・・至極、同感であります。」
プルーブとケンイチが疲れたように呟く。
「いちいちうるせぇ！・・・来るぞ！」
エネミー達は”シャーク”系を中心に、それこそ軍隊のように押し寄せてくる！
「へっ・・・腕が鳴るぜ！！」
レイモンドは愛用のパルチザンを握り直した。
一方、侵入部隊。
「・・・始まったみたいね。」
「うん」
「よっしゃ。ぼちぼち行くか。・・・アリスはん。大剣の使い方は理解でけた？」
ハクリは、念を押すようにあたしに聞いた。
「うん。任せて♪」
あたしは親指を立てて頷く。
「・・・一体、何をする気なのかは知らないけど・・・。」
そっか。まだハヤキに説明してなかった。
「見た方が早いで。・・・ハヤキはん、わいに乗っかって。」
何となく釈然としないまま、ハクリの背中のブースターにしがみつくハヤキ。
「ブースターの発射口に近づかんようにな。」
「わかってる。・・・いいわよ？」
「いくでぇ！」
ハクリがブースターを点火する！
ハクリはハヤキを背負い、あたしは大剣に乗って飛翔した！
「いやっほ～～～♪」
今、あたしは空を飛んでいた。大剣に乗って！
大剣のエッジ部分からは、デルタウィング型（後退翼型）にフォトンが形成されていて、更に柄の部分からもフォトンが後方に射出されている。それを推進剤として、この大剣はあたしを乗せて中空に飛び立った。
実はこの大剣、大剣として生産された物ではない。正式にはグライダーのテストヘッドとして制作された物だ。
海軍の戦略研究所では、日夜新兵器に関する開発が行われている。その中でこの兵器は『フォトンによるウイングレスグライダーの開発』として制作された物だったんだ。フォトンを硬質化することによってセイバーなどが形成されるのは周知の事実。ならばそれを航空機に転用しては？ということで小型・無人のグライダーを作成してみたところ・・・形状が何故か大剣になってしまったのだ。これは、小型フォトン発生器に使用する機材を探してみたところ、大剣がもっとも改造しやすかったということらしいが、詳しいことはわからない。
そして、そういうことが有ればいろいろ付け足してしまうのは技術者の遊び心。大剣としても使用できグライダーとしても使用できるように、フォトンの調節機構としてスピリット感応機を取り付けたらこうなったということなんだ。
で、最初は無人機だったんだけど開発者の中にサーフィンが得意な職員が居て、その人が有人飛行のプログラムを書いてくれたらしい。
こういう経緯で作られた大剣は、今あたしの足元にある。
空を飛ぶ場合、戦闘時と違って出力を替えるとき以外精神力を使う必要はない。運動神経が高くないと危なくてしょうがないけど、幸いあたしはニューマン（身体能力を先天的に強化された人種。）。運動神経なんて腐るほどあるもん♪
あたしは、右へ左へと体重を移動させて、器用にハクリを追っかけていった。
そして、以下はそのあたしを見た人たちの感想。
ハヤキは、
「・・・あの子達と付き合ってると、退屈しないわ・・・。」
レイモンドは、
「畜生・・・俺より目立ちやがって・・・。」
そしてリコは、
「・・・訂正するわ。コメディアンじゃなくてファンタジックだわ・・・。」
みんな、思い思いに頭を抱える。１人元気なのは時雨だけだった。
そして、あたし達侵入部隊はエネミー達の頭の上を飛び越え、神殿へ向かう！
”洞窟”エリアの広大な中空。
その中をあたしは、サーフボードの要領で大剣を操る。
「・・・ふうん。大体わかってきた。」
独り言を言うと、あたしは後ろに体重をかける。
後ろに体重をかけると、上昇するんじゃないかと思うのは間違い。
人体は常に体重を均一にかけるシステムになっている。この場合、体重を後ろにかけると前に踏み出した足側に重量が集まるようになるのだ。この辺はスキーやスノーボードをやった人なら理解できるだろう。
つまり、何をしたかというと・・・あたしは一気に下降した！
下はエネミーだらけ！落ちたら死ぬ・・・けど。
次にあたしは前方に体重をかけた。
さっきとは逆の作用により、今度は急上昇を開始する。
そして、その時フォトンウィングに引っかかったエネミー達が何体か倒れていった。
「うそ・・・これ、そのまま武器にも使えるよ・・・？」
あたしがその性能に酔いしれていると。
「アリス！前方にエネミーよ！？」
ハヤキから注意が飛ぶ。
「ん！」
あたしは前方に注意を向ける。すると、エネミー”ナノノドラゴ”が数十体、あたし達の方へ向かいつつあった。
「ハクリ！」
あたしはハクリに声をかけた。
「わぁっとるわ！・・・いっくでぇ！！」
ハクリはブースターのスロットルを最大出力まで上げる。
同時にあたしは、後方推進用フォトンに全ての注意を集中させた。
すると、あたしの意志を感じ取って、フォトンの出力が高まり・・・急加速する！
「くぅ・・・・！」
あたしは出来るだけ身を低くして、空気抵抗に備える。
・・・あれ、そんなにジェットストリームが来ない・・・？
不思議に思い、大剣をよく見ると空気抵抗でフォトンウィングが内側・・・あたし側に反り返っていた。自然、空気の流れも流体上になっていき、あたしは身を屈めるだけで空気の渦を避けられるようになっていた。
「うっそぉ・・・」
・・・これ、性能良すぎ♪
たぶん制作者も考えていなかったであろう性能だ。
だが、時として人はこうした化け物マシンを生み出すことがあるのだ。
この大剣は正に・・・
「・・・あたしとの相性、抜群だよ、時雨♪」
時雨はここまで考えてあたしにこの大剣を渡したのだろうか。いや、どちらにせよ時雨の鑑識眼は正しかったということだ。それが長いつき合いに裏打ちされた物であることは間違いない。
今更ながら、あたしは時雨とハンター研修で同期・同室であったことを感謝した。
あたしはそのまま”ナノノドラゴ”達に特攻する！
「おいおい！」
ハクリが心配そうに大声を上げる。
でも、あたしの考えが正しければ・・・
”ナノノドラゴ”達は慌てて進路を変更。あたしの通る道が出来る！
・・・これは生物学の問題。飛ぶ鳥が進路上に何かあった場合、何が起こっても対処できるようにほんのちょっとだけ接触しない距離を取る。そしてその距離はちょうど・・・
「あたしの大剣の距離なんだぁ！」
あたしは大剣の出力を最大のまま、開いた穴に飛び込む！
フォトンウィングは全開のまま。自然、近くを飛んでいた”ナノノドラゴ”達が、次々と撃ち落とされていった。
調子に乗ったあたしは、上へ下へ、右へ左へグライダーを駆る。
”ナノノドラゴ”がフォトンブレスを放ってきても問題はない。高速で動くあたしを捉えることなんか不可能に等しい。逆に、”ナノノドラゴ”の翼をフォトンウィングで斬り飛ばす。
あたしのあまりの圧倒的な戦いぶりに、
「・・・あれ、あげな凄まじいシロモンやったんか・・・？」
縦横無尽に飛び回り”ナノノドラゴ”に突っ込んでいくあたしを見て、いつの間にか後ろに付いていたハクリが、呆れたような声を出す。
「・・・それだけでもないわよ。昔からね、調子に乗ったあの子は手に負えない所があるのよ・・・。」
ハヤキは、呆れと他の何かが入り交じったように言った。
・・・いまや、”ナノノドラゴ”達はあたし１人で壊滅されつつあった。
「にょ！」
時雨から強化呪文が飛ぶ。
”シフタ”と”デバンド”、そう呼ばれる一連の身体能力強化テクニックは、体内の反射速度・認識速度を上げることにより直接的な攻撃力・防御力の向上を図る。
「おおし！来た来たぁ！」
「誠にありがとうございます。」
レイモンドとケンイチがそれぞれのレイの言葉を述べ・・・
「それじゃ、いっくぜぇ！！」
「大変僭越ではありますが、これより突撃いたします！！」
・・・思い思いの雄叫び（？）を上げ、二人はエネミー達に突撃していく。
「おおおおおおおおおおおおおっ！！！」
レイモンドは、黒人特有の全身のバネを活かし、パルチザンを右へ左へとなぎ払う！
一振りごとにエネミー達が何体も、あるいは胴体、あるいは腕、あるいは頭を断ち切られていく！
一方、ケンイチは。
「Ｒー２７トラップ始動！」
ケンイチの音声スイッチにより、Ｒー２７地点に埋められたトラップが作動する！
今回のトラップはモウル・マイン。別名モグラ爆弾と呼ばれるそのトラップは、発動するまで地面の中に埋まっているという特性がある。そして、スイッチを入れると・・・
Ｒー２７地点の地面からドリルの付いたトラップが飛び出し・・・エネミー達の中央部分で爆発する！
ウゴオオオオオオ！
たまらず苦悶の叫び声を上げるエネミー達。そこにケンイチが突っ込む！
ゴシャ！
ケンイチのヴィクターアックスが唸りを上げ、エネミー達は一体また一体と倒されていった。
トラップが自分で自由自在に発動することが出来て初めて成立する戦術である。
「・・・さて、そろそろウチも、始めるかい！」
プルーブはテクニックの集中に入る。
プルーブもまた、Ｓランクハンターの１人。それがわざわざ集中するということは・・・
「いっくでぇ！！サンダードラゴン！！」
ウオオオオオオ！！
プルーブの手の中から、プルーブの何倍もありそうな雷の竜が何体も飛び出していく！！
雷系テクニック”ギゾンデ”。
それらは各自が意識があるらしく、自分でエネミーをサーチ、襲撃していく。
その圧倒的な雷の奔流が収まった時・・・
辺りに生きているエネミーは誰も居なかった。
「にょ～～」
・・・作戦立案は凄かったんだけどねえ。後の出番が無かった。
「ハクリ！レイ達がやったみたいよ！？」
ハヤキがそう叫ぶ。
「いんや！こっからが本番や！相手はまだ強化型エネミーを出してきてない！」
「そっか・・・」
まだ、終わりじゃない。いくらだってひっくり返される可能性があるのだ。
「いっくぞ～～！」
フォトンをなびかせて。
あたしとハヤキを乗せたハクリは、神殿内に侵入する！！
「・・・強化型エネミーを出しなさい。」
リコが、静かに言った。
「・・・よろしいのですか？あれは貴重なサンプルですが・・・？」
ジョーカーは反対のようだったが。
「構わないわ。あの子達には今のエネミーでは物足りないようだし。・・・何処まで出来るか、見せて貰おうじゃない。」
ジョーカーは何時にないリコの様子を不思議に思ったが。
「かしこまりました。直ちに。・・・ところで、神殿内に突入してきた者達はいかがなさいます？」
映像版にアリスとハクリ、ハヤキが写し出される。
「・・・彼らの目的地はわかっている。罠は、いくらでも張りようがあるわ。そうね・・・”ダル・ラ・リー”を準備しなさい。」
「”ダル・ラ・リー”ですか・・・あれはまだ実験段階ですが・・・？」
ジョーカーはやはり賛同できない様子だったが。
「構わないわ。・・・どのみちここがハンターズに知れた段階で、ここはもう終わりよ。・・・あとは”デ・ロル・レ”の好きにさせてあげましょう。」
「はっ・・・直ちに。」
神殿のゲートが開く。
そこから、異形のエネミー達が進撃しつつあった。
”シャーク”系エネミーの強化型、”パルマー”系。”シャーク”に比べ、骨格、筋力共に飛躍的に強化されているのが見て取れた。
それらはまっすぐにレイモンド達を目指し、歩んでくる。
「・・・こっからが本番ってワケかい？」
「・・・そのようで。」
プルーブはエネミー達を見るなり、
「なんや、あれは！？・・・あれがアリスちゃんの言っとった・・・」
「そう、強化型エネミーよ。・・・まさか、こんなに居るとは思わなかったけど・・・。」
時雨がプルーブの言葉を引き継ぐ。
「それにしても・・・」
アリスの馬鹿。数くらい正確なこと言いなさいよ。
今、眼前に出てきたエネミー達は３０体ほど。アリスが言っていたのはせいぜいが１０体前後。そして、まだ神殿内から出てきているということは・・・
・・・果たして、支えきれるのか？
それは、全員の疑問でもあった。
「・・・二手に分かれましょう。」
突然、ハヤキがそんなことを言った。
「ん？どして？」
あたしが疑問を口にすると、
「・・・コントロールセンターを占拠しとかないと、結局同じことだからよ。そっちは私が行く。アリスとハクリは”デ・ロル・レ”を目指す。いい？」
「ん」
「よっしゃ」
二人の返事を待って、ハヤキは華麗にハクリから飛び降りた。
・・・こうして、あたし達は二手に分かれる。
「・・・侵入組が二手に分かれました。」
「そう・・・彼らの中にも、冷静なハンターが居るみたいね。・・・まさか、あんなのばっかりとも思わなかったけど。」
あんなのとは、レイモンドとアリスのことだろう。・・・無理もないか。
リコは、コントロールセンターから出ていこうとする。
「どちらへ？」
「少しは運動しようと思ってね。ハヤキさんだっけ？・・・今のＳランクハンターの実力を味わってくるわ。」
リコは、なんだか楽しそうだ。
「・・・程々に願います。」
「わかってる。・・・すぐに戻るわ。」
リコはしかし、足取りも軽くコントロールセンターから出ていった。
ガキィ！
レイモンドは何太刀か目で、ようやく一体倒した。
「くそ・・・こいつはヘヴィだぜ！」
見ると、ケンイチもプルーブも苦戦していた。
慌てて助けに入るレイモンド。
ゴシャ！
ケンイチに襲いかかっていたエネミー”パルマー”を後ろから斬り殺す。
汚いなんて言ってられない。
「も、申し訳ありません！」
「気にすんな・・・そういやお前、病み上がりだったもんな。」
レイモンドは、そろそろ潮時だと考えていた。
それは、プルーブも同じだったらしい。
「グレさん！もう例の手とやらを使う時期とちゃうん？」
・・・何時の間に愛称で呼ぶ仲になったやら。ちなみに、『グレさん』とは時雨の愛称である。
「そうね・・・撤退します！ケンイチ、残りのトラップ、射出！！」
「了解！！」
ケンイチの背中から、爆発型トラップが残らず発射される。
それらは、あちこちで爆発してエネミー達の足を止め、レイモンド達の逃走時間を稼いでくれた。
一方、ハヤキ。
ハヤキは特に急ぐ風もなく、神殿内を歩いていた。
この非常時に、と思う方も居るだろう。が、違う。
ハヤキは、古代剣法で云うところの『無形の位』というものをやっていたのだ。
ふと、ハヤキの後ろからエネミー”プフィスライム”が襲ってくる。
直前まで音もなく襲ってくる、嫌なエネミーだ。まして、今は後ろから襲ってくる。
危ない、かと思いきや。
ハヤキは全く動じることなく”プフィスライム”の一撃を避けると同時に”ツインブランド”を叩き込む。
それは、半ば自動的に行われた。
『無形の位』とは。
古代の剣豪が何時襲われても良いように、常に周囲に注意を張りながら行動する、ということだ。
・・・簡単そうに見えるが、実際は超人的な技量を有する達人でないと遂行は不可能。ハヤキもまたこれを完全に出来ている訳ではない。
完全なものは、避けるなどということもしない。ただ、相手の攻撃が来るまでに反撃をする。
しかもそれは、本人が意識することもなく、自動的に行わなければならない。常識を越えた修練のみが可能とする、古代刀剣術の中でも”奥義”と呼ばれる所以である。
ハヤキの場合は、別にそれと知って修練した訳ではない。ただ、自然に身に付いたというだけだ。
「ふう・・・」
ハヤキの口からため息が漏れる。
『無形の位』は相当な精神力を必要とする。長時間やることは精神を疲弊させることに他ならないのだ。
しかし、相手はそんな隙を待っていたのだ。
フォトンの振動音！
「・・・かかった！」
しかし、ハヤキの口から、そんな一言が漏れる！
ハヤキは危なげなくフォトンセイバーを避け、
飛び出してきたリコに”ツインブランド”を叩き込む！
一方、あたしとハクリ組。
あたし達は妨害らしい妨害を受けず、神殿内最深部まで進んでいた。
・・・まあ、飛行型エネミーが”ナノノドラゴ”しか居なかったからといえばそうなんだけど。
今、あたしとハクリはあの時の研究室に降り立った。
部屋は、あのままだった。ただ一つ違うことは、エネミーがもう居なくなっていたということ。
・・・いや、居た。一番奥に”デ・ロル・レ”が。
あたしは、”デ・ロル・レ”の近くまで歩いていく。
「・・・”デ・ロル・レ”・・・。」
会えた喜びと、これからしてしまう事への悔恨。そして、自分への、”デ・ロル・レ”への哀れみ。
全てが混ざった呼びかけだった。
”デ・ロル・レ”は、あたしの方を見たように見えた。
「・・・アリスはん、離れなせぇ。わいがケリを着けたるさかい。」
それは、ハクリ流の優しさなのだろう。
ハクリは懐からパンツァーファウスト（対戦車・対重機用歩兵重火器）を取り出し、構えた。
「あんさんに恨みは無いが・・・」
ハクリの網膜ディスプレイがパンツァーファウストのセンサーとリンクして照準がセットされる。
その時。
「・・・”ダル・ラ・リー”注入。」
そう、ジョーカーは言った。
ん？
”デ・ロル・レ”の水槽に緑色の液体が・・・？
しかし。
「くたばれやぁ！！」
ハクリのパンツァーファウストが発射される！
「やった・・・？」
あたしはエネミーの入っていた水槽の影から、ハクリに聞く。
「いんや・・・まだわからん。」
ふと、煙の中で巨大な影が動き出す。
「・・・な・・・なに・・・？」
それは、”デ・ロル・レ”では無かった。そう呼ぶにはもっと禍々しくて・・・。
「ダ・・・”ダル・ラ・リー”・・・？」
ハクリが、ぽつりと呟く。
「ハクリ、何それ？」
あたしが聞くと、
「やべぇで！逃げな！」
ハクリがものすごく慌てているので、あたしは部屋から走って出ることにした。ハクリも後に続く。
「ん・・・？」
何となく光が後ろでぴかぴかしているので見てみると・・・。
”デ・ロル・レ”の口の辺りに紫色の光が収束している。・・・あれ、フォトン？ってことは・・・。
「ブレスだぁぁぁぁ！！？」
あたしの脳裏にドラゴン戦の忌まわしい記憶が蘇る。
「お願い、ちょっとだけ待って！ね？」
あたしは”デ・ロル・レ”に訴える（？）。うーん、パニクってる。
「・・・聞くかいな！！」
さすがに呆れたのかハクリ。
ハクリはあたしを抱えてブースターを始動。一気にこの部屋から飛び出す！
後ろの方で、紫色の光が辺りを薙ぎ払い・・・今や体表が緑色になった”デ・ロル・レ”が姿を現した！
「ねぇ！あれって何なのよ！？」
あたしはハクリの背中にしがみつきながら聞く。
「”ダル・ラ・リー”や！」
”ダル・ラ・リー”。ハクリの説明によると、意味は怒った”デ・ロル・レ”らしい。かって、デロリアン達も自然を壊し、豊かな生活を求めた時期があったらしい。その時、”デ・ロル・レ”は”ダル・ラ・リー”に化身し、デロリアン達を諫めた。・・・そんな昔話、何処で聞いたの、ハクリ？
そうすると・・・
「あたし達、”デ・ロル・レ”怒らせちゃった？」
「そりゃまあ、怒らん方がおかしいわ！」
・・・まあ、確かに。
でも、さっきなんか変な薬みたいなものが注入されたようだったんだけどなぁ・・・？
「・・・なかなか鋭いお嬢さんだ。いかにも、あれは”ショートケーキ”を強化した薬品。怒りの神の名を取って”ダル・ラ・リー”というんですよ。・・・まあ、そんなこと考えているヒマもないでしょうけどね。」
ジョーカーは、誰にともなく言った。
ビキィン！
フォトンとフォトンが弾け、二人の間合いが離れる！
ハヤキとリコは共に円を描くように移動する。
「・・・まさか、誘いとはね。そんな時代がかった事するタイプには見えなかったけれど？」
リコは、軽く笑みを浮かべて言う。
「何時までも、舐められっぱなしっていうのは好きじゃなくて。一通りはやってきましたよ。・・・貴方がリコ？」
ハヤキもまた、軽い笑みを浮かべる。
「・・・そう、だと言ったら？」
ハヤキは”ツインブランド”を体に合わせて縦一文字に構える。まるで誓いのように。
「・・・私、一応はアリスの保護者なのよ。・・・お返しはさせて貰います。」
そう言うと、ハヤキは一気に間合いを詰めた！
「このぉ！！」
プルーブが出す雷の竜も、そろそろ品切れに近づいてきていた。
雷の竜はそれでも一体のエネミーを道連れにしてくれたが。
しかし、じわじわと押されていることに代わりはない。
レイモンド達は、先程の土嚢を捨て、後方にある谷の方へ駆けだしていた。
「頑張って！もう少しだから・・・！」
時雨が皆を叱咤する。
ところがその時。
ケンイチの足から、煙が上がり始めた。
「・・・皆様。大変申し訳ありませんが、私はここまでのようです。・・・もう、走れません。」
「そんな・・・！？」
時雨が悲痛な言葉を上げる。
「私はここに残り、一体でも多く踏み止めましょう。・・・お急ぎを。」
ケンイチは、決意に満ちた面持ちで言った。
ふと、ケンイチの横に大柄な男が並んだ。
「・・・いいぜ。骨は拾ってやる。存分にやれ！」
レイモンドもまた、残る事に決めたらしい。
二人は、仁王立ちしてエネミー達を出迎えた。
「ど、どうしよう・・・」
時雨は、さすがにどうしようもないと思った。
けど。
「しっかりしいや！・・・まだ終わった訳やない！！」
プルーブが叱咤する。
プルーブだってＳランクフォースになるまで、いろいろな修羅場をくぐり抜けてきた。それは、今よりも楽だったかも知れないけれど。
それでも、諦めたら負けなのは、プルーブはよく知っていた。
「グレさん、もう一度考えるんや！何とかするチャンスがある言ったのはグレさんやろ！？」
「にょ・・・」
仕掛けたトラップは後一つ。この先に仕掛けた高性能爆薬・・・。あれを使えば、一網打尽に出来るかも知れないけど・・・
それを説明すると、プルーブはいともあっさり頷いた。
「よっしゃ！それを相手にぶちこみゃいいんや！！・・・いくで、グレさん！！」
もう、精神力もない。武器は数えた方が早い。それなのに・・・
「これがＳランクの重みかぁ・・・」
時雨は、元気よく駆けだしたプルーブの後ろを追いかけていった。
「うわわわわ！」
後ろの”ダル・ラ・リー”からミサイルのようにトゲが飛んでくるのを、あたしは大剣を使って避けていた。
この大剣、思っただけでフォトンが展開されるもんだから、注意は必要だけど。
今は、大剣のフォトンが盾のように広がって、あたしはおろかハクリまでディフェンスしてくれていた。
「またくるで！？」
ブレス！
ハクリは、まるで戦闘機のようにデタラメに飛行する。しがみつくのが大変だ。
それを見て取ったのか、”ダル・ラ・リー”のブレスは拡散して放たれる！
「勘弁してぇ！？」
あたしとハクリの声がハモるが。
あたしの大剣は、拡散したフォトンを何の気無しに弾いてくれた。
・・・ホントに使えるなぁ。この大剣・・・。
でも、このままじゃにっちもさっちもいかない。どうしよう・・・？
ふと、良い考えが浮かんだ。失敗したらどうしようとは思うけれど、あたしは時雨じゃない。そこまで考えられない。
やるだけやってみる。それで後悔しても悔いは・・・あるけど。
でも、やらないよりはやった方がマシ！！
「ハクリ！狭い通路を探して！」
「狭い通路！？向こうのブレスがかわせなくなるで！？」
ハクリは反対のようだったけど。
「あたしと、この大剣を信じて！！きっと何とかしてみせる！！」
あたしは強く言いきった。
「よっしゃ・・・！！まかせんしゃい！！」
あたしとハクリは、神殿エリアの地下水道内に入った！！
フォトンとフォトンが舞う。
時に緩やかに。時に激しく。
・・・何合、打ち合っただろうか。
互いに決定打はまだ無い。
ハヤキとリコは、睨み合う。
「・・・さすがに強いわね・・・あれ、やってみるか。」
ハヤキは自分にだけ、呟く。
すぅ・・・
ハヤキは一息息を吸うと、それまでより早く襲いかかる！
「・・・特攻！？」
リコは油断無く身構える！
突然、ハヤキの”ツインブランド”の軌道が変わった！それまでの円を描く軌道が二つに分かれ、左右から襲いかかってくる！！
ハヤキの”ツインブランド”は特注だ。中央のフォトン発生器から、二つに分けることが出来る。
リコは、一刀はセイバーで受けるが・・・もう一刀！
「くっ・・・！」
避けられない！！
・・・その時、光が生まれた。
紫の波動が怪しく輝く。
「・・・余計な事はするなと言った筈よ。”ダークファルス”・・・。」
リコは、己の背中に存在するものに語りかけていた。
その足下に、ハヤキは・・・横たわっていた。
更に、ハヤキに紫の波動が近づく。
「”ダークファルス”！！」
そうリコが叫ぶのと
白亜の鎧武者が現れたのは同時だった。
「・・・カミュ・・・さん・・・」
「そこまでだ。・・・それ以上は・・・許さん。」
リコとカミュはしばし見つめ合った。しばらくして。
「リコ・・・」
「・・・ごめんなさい・・・」
そう言って、リコは消えた。
リコが消えた後。
カミュもまた、ハヤキを抱きかかえ、その場を立ち去った。
「タイレル・・・教えてくれ。私は・・・どうしたら良い？」
その呟きには、誰も答えなかった。
・・・もう、何体目だったろうか。
レイモンドは１００体を越した辺りから数えるのを止めた。
ケンイチも、レイモンドもボロボロだ。
「・・・やれやれ、ここが死に場所か・・・？」
レイモンドは、俺が死ぬのは女の上だと思っていたんだが、と心の中でだけ思っていた。
「申し訳ありません。私のせいで・・・。」
ケンイチはすまなそうだ。だが、
「気にすんじゃねぇ。・・・どうせ、いつかは誰だって死ぬ。その時、どんだけ自分らしく生きれたかを、俺は誇りたいんだ。・・・別に、お前さんのためだけでも無えよ。」
レイモンドはそう言った。
ケンイチは、
「ありがとうございます。」
それしか、自分にインプットされた言葉が出てこないのが腹立たしかった。
プルーブと時雨は、必死に走っていた。
・・・間に合え！
それだけを念じながら。
「・・・あそこ！」
時雨が示した点に、そのトラップはあった。
軌道浮游型マイン、シアーハート。爆発力と移動機雷の特徴を併せ持つ高級品だ。これまた海軍戦略研究所からの拾い物でもある。
「あれか・・・！で、どないする？」
と、プルーブ。時雨ははあはあと息をつきながらも、
「シアーハートの周りには翼があって、それで飛行が可能です。それを上手く操れば・・・。」
「向こうの敵さんに当てることも可能っちゅうことやな？・・・よっしゃあ！あれなら何とかなるでぇ！」
「にょ？」
時雨はもう、全然わからなかった。
「まあ、任しとき？」
そう言いながらプルーブが取り出したのは・・・ヴァリスタ？
「さあて・・・いっちょやったるか！！」
銃声は三発。
一発目は場所保持用のロープ、後の２発は飛行用の翼を破壊した。
そして。
シアーハートは、プルーブの思い通り、レイモンドの方に飛んでいく！
「あ」
「にょ？」
「間違った・・・。てへ♪」
レイモンドの方角・・・？
ひゅるるるるるる。
情けない擬音と共に、飛んできた物があった。
それまで必死だったレイモンド達は、
「・・・ばかやろ～～～！！」
・・・ずずーん。
最後までカッコつけられない奴ら・・・。
あたしとハクリは、狭い水道内を飛行していた。相変わらず、あたしは大剣をシールド代わりに、”ダル・ラ・リー”の攻撃を防ぐ。
しかし・・・
「アリスはん、このままじゃやられるの待つだけや！・・・何とかしてぇ！？」
”ダル・ラ・リー”は巨体をくねらせ、大きすぎる体を壁に打ち付けながら追ってくる。その様はこんな水道くらい壊しそうな勢いだ。崩れてくる瓦礫を必死で避けながらハクリが叫ぶ。
「うん。・・・ハクリ。もっとスピード上げて。そして、あいつがブレスを吐く瞬間に突っ込んでくれる？」
「な・・・なんやてぇ！？」
「お願い。・・・フォトンはフォトンで防げる。それなら！！」
それだけ言うと、あたしが何を使用としているのか、ハクリはわかったようだ。
「ええい！死んだら化けて出てやるわ！！」
「そりゃどうぞ！！」
ここは狭い水道内。”ダル・ラ・リー”はほとんど飛ぶのが精一杯。
さっきから攻撃を受けていてわかったけど、”ダル・ラ・リー”はとてもまともな手段じゃ戦えない。スピードが異常に速く、しかも空を飛ぶ。あげくに、何処にいても触手やらトゲやらが飛んでくる。神と呼ばれた実力は伊達じゃないって事なんだ。
でも、それなら！
ハクリは、あたしの言うとおりスピードを上げてくれた。
そして、距離を取ると反転して”ダル・ラ・リー”に突っ込んでいく！
距離を取ると、”ダル・ラ・リー”はブレスを吐いてくる。それは、さっきまでであたしがわかっていたことだ。
いま、あたしは全ての力を大剣に集中する！！
「いっけぇー！」
あたしの大剣は、精神によって出力が変わるスピリット感応機を搭載している。そして、いままでの例でもわかるように、フォトン射出量が異常に大きい。それはたぶん軍のフォトン発生器を使ってるからなんだろうけど・・・
あたしの大剣は、その意志に答え、前方にフォトンを集中させる！
大剣のフォトンは、通常の２倍くらいの大きさに展開された！
この大剣なら・・・あいつのブレスを防ぎきって攻撃にいける！
そして、”ダル・ラ・リー”のブレスが発射された！
紫と青のフォトンの奔流。
全てが反発しあい、うち消されていく。
その中で、あたしは大剣に必死で意志を流し込んでいた。
「うううう・・・・・わああああああああああああああ！！！」
体中の力が抜けていく！さすがにキツいかな、こりゃ・・・！？
ふと、大剣の手応えが軽くなる。
ブレスが終わった！？
そして、今あたしの周りには濃密なフォトンの空間が出来上がっていた。フォトンブレスと大剣のフォトンが、空気中に霧散したからだ。
フォトンが同じ空間に多量に存在するようになると、フォトンブラストという現象が起きるようになる。フォトンは互いに引き合う性質を持っており、それによってセイバーなどは形成されている訳だ。もっともセイバーなどではフォトンの射出量には限界があるのだが・・・こういうフォトンが濃密になった空間でフォトン兵器を使用した場合。
ヴァォォォ！
あたしの大剣が周辺のフォトンを吸収し、全長１０メートルに達した！
「食らぇええ！！」
あたしは、全てのフォトンを合わせた１０メートルにもなった大剣を一閃する。
壁といわず。天井といわず。”ダル・ラ・リー”といわず。
全てを叩き斬って、ようやくフォトンはおとなしくなった。
「・・・ごめんね、”ダル・ラ・リー”・・・」
あたし達もまた、生きなければならないから。
あたしはぽつりと、そう言った。
レイモンド達が戦っていた谷の上。そこに、３人の人影が集まった。
「・・・全く、後始末が大変だな。」
「いかにも・・・無茶ばかりする連中だ。」
「・・・御意。」
カミュ、半蔵、桔梗の３人はついさっき爆発の中のレイモンドとケンイチを助けたばかりだ。
目にも止まらぬスピードで動くことが出来るカミュだからこそ出来た芸当だろう。
「半蔵。”ショートケーキ”は？」
「全て廃却してきた。・・・”デ・ロル・レ”亡き今、もう作ることは出来まい。」
「桔梗。・・・その後リコは？」
「は・・・ハヤキを倒した後は、そのまま行方を眩ましました。」
半蔵と桔梗は、神殿内に潜入していたらしい。・・・もっとも、誰も気が付かなかったのだろうが。
「ジョーカーはそのままリコを追っていったのだろうな・・・ならばゼロも・・・。」
カミュは、独り言のように、
「リコ、ジョーカー、ゼロ・・・お前達は、あの日見たか細い希望を今も目指しているのか・・・？そして、”ファンタシースター”。お前は何を導くのだ・・・？」
あれから二日後。
「ケンちゃん、だいじょーぶ？」
「ああ、皆様お揃いで。」
あたしと時雨は、ケンイチの病室へ入っていった。
・・・結局、ケンイチはあの後緊急入院する羽目になった。
入院患者が病室を抜け出し、また大破して帰ってくればそうなるだろう。ケンイチ、修理が終わったとたん微調整もせず来てくれたんだって。
・・・どーりで調子悪そうなワケだ。
「ま、しばらくは安静にしとき？」
病室にはハクリも居て、そう言っていた。
「そーいえば・・・」
しばらく談笑した後、あたしは疑問を口にした。
「何だってリコの研究室、エレベータになってたんだろうね？」
「・・・そういや、そうね。」
時雨もわからないらしい。・・・普通に考えれば、エネミーの多い神殿内にエレベーターの出口なんか作るはず無いのに。
その理由は、ハクリが知っていた。
「あれは、研究防衛のためや。・・・パイオニア１の軍隊は”デ・ロル・レ”を生きたまま捕まえられるほど強かった。つまり、エネミー何ぞ物の数じゃなかったんや。とすると・・・？」
「・・・恐れたのは他の企業・・・つまり、人間だったワケね。」
ハクリの言葉をみなまで聞かず、時雨。
「ま、確証なんかあらへんがな。」
・・・それでも、何となくそれが正解なのだと、わかった。
結局、人は人すら信じてはいなかった・・・。
メディカルセンターから出てきて。
「・・・ねえ、時雨。」
「にょ？」
あたしと時雨は、メディカルセンターへ続く道を歩いていた。
「あたし達、正しかったのかな・・・？」
メディカルセンターへ続く道は、患者が安らげるように観葉植物が植えてある。それらの優しさに助けられながらも、あたしはやはり疑問だったことを時雨にぶつけた。
「そうね・・・」
時雨はちょっと考えたようだったが、
「あんたは、正しい事って何だと思う？」
「へ？」
・・・正しい事って言われても・・・？
「・・・わからないでしょ？でもね・・・それが答えなのよ。誰もが、自分の行動が正しいのか、わからないんだから。でも・・・」
・・・それでも、あんたはリコを助けに行ったのよ。自分の気持ちだけで。
それは、きっと・・・。
でも、時雨はそれは言葉にはしなかった。
「でも、何よ？」
あたしは時雨の顔をのぞき込むように聞く。
「・・・あんたが、馬鹿だってことだけよ。」
怒ったように、時雨。
「・・・また、馬鹿って言った！？」
あたし達は、宿舎まで走り出す。
宿舎にはハヤキとレイが待っている。二人は、あたしの今までのことを聞くと、”洞窟”エリアまでショートケーキを取りに行ってくれた。今、ささやかながらパーティの準備をしてくれている。
あ、ショートケーキって麻薬じゃなくてお菓子の方ね。
二人に会ったら謝ろう。色んな事で、二人は大変だったはずだから。
・・・でも、今はそんなことより。
「時雨、待て～～！」
「にょ～～～！」
明るい人工の光の中、あたし達は走り回っていた。
あとがき
やっと終わった・・・。４回の書き直し、無限とも思えたプロットの変更・・・そんなものを経て、やっと「アリスちゃん奮戦記エピソード２”ショートケーキ争奪戦”が上がった。
今回はエピソード２の初稿が上がった段階でパソコンが変調、動かなくなるというハプニング（いや、今は動いてるけど）があったせいか、更埴をやらずにＨＰに載っけるということをやってしまった。
誤植・用語の不備も若干有ったようで、その辺は御免なさいっ！
でも、今回はなかなか自分でも「良くできた方じゃないか？」と思っています。
実は作者はＰｓｏをやっていて一番の不満が「リコが救われない」ということでした。だから、小説では何とかして救ってあげたいと思ってました。
この後はどうなるか、作者もまだまだわかりませんが、きっとアリスが頑張ってくれるでしょう（笑
アリスといえば今回の新装備「XX-78-S」はＰＳＯには存在しない武器です。オリジナルで作りましたが・・・やっぱり強すぎ（笑）許されるんだろうか、コレ？ちなみにこの武器はセガのゲーム「電脳戦記バーチャロン」をやってて思いつきました。（ネタバレ）
さて、次回予告。
次回は坑道エリアなんだけど・・・かなり変更して贈りたいと思います。タイトルは「プロジェクト・パイオニア」。
果たして今回張った伏線”リコ””ダークファルス”そして”ファンタシースター”とは！？
謎が謎を呼び、果たして収拾はつくのか！？（おい）
（アリスちゃん奮戦記Ⅱ 了）