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昨日二人が連れて来られたのは山奥にある財団の施設だった。二階建ての白い石造りの大きな
建物で、清洒な感じはするが窓は少ない。リィズはそこを財団の多目的施設だと言った。
「えっと、多目的って…」
「多目的は多目的よ。それ以上は、部外者にはちょっと言えないわね」
本気とも冗談ともつかない口調と表情でリィズは言う。
そして内部の、茶色い絨毯が敷かれた殺風景な廊下を歩く中で、リィズはまずアーサーに話し
かけた。
「アーサーさん、あなたはずっと、ウェンフィールド流の道場に通っているそうね」
「はい」
「そして今の段位は二段、春までは初段だったけれど少し前に昇段試験に合格」
「おっしゃる通りです」
リィズの問いかけに答えたが、その語気に強さは感じられない。
「それで、どうだった？あなたの鍛えた技は、お姉さんに通用しそうだったかしら？」
「それを、今さら聞きますか？」
さすがに少しムッとした気持ちを隠せず、返事の言葉にもその気持ちが滲み出る。
「僕はずっと、道場で拳法を教わってきました。姉さんの流儀は無手勝流のストリートファイト、
根本的に勝手が違います」
「あら？つまり、あなたにとってウェンフィールドの技はストリートファイトに劣ると」
「いえ、そういう意味で言ったワケでは」
「悪いけど、そうとしか聞こえないわ。そしてあなたは、そのストリートファイトとやりあえる
何かを望んでいる」
「いや、別に姉さんとケンカして勝つのが目的では無いですけど…でも、はい、強くはなりたい
です。そのために僕もジニーも、ここに来ているのですから」
「そうよね。それならまず、あなたは自分の認識を改めないといけない」
言いながらリィズは眼前に大きな扉を開いた。中は少し規模の小さい、１００席程度の劇場の
ような部屋で、多くの固定式の椅子の先には舞台が設営されている。そしてリィズがパチンと指
を鳴らすと、舞台の上には二人の人間の姿が映し出された。まるでそこに本当にいるかのように
錯覚してしまうかなり精巧な立体映像、それを使って映し出されたのは拳法用の道着を来た二人、
一人の活発そうな少年と相当に年老いたやや小柄な女性の姿だった。
「財団の先代の立体映像装置よ。あなた達が使ったみたいに実体験レベルのことは出来ないけど、
それでも相応に費用はかかっているわ」
「…えっと、それでこの二人って…」
「あら、面識あるの？」
「いやこれ…『拳聖』テオ・ウェンフィールド総師範ですよね？」
「あら、知ってるのね」
「それはまあ、門下生ですし」
「それに、この若い方の人って…マークさん？？」
今度は横からジニーが口を挟む。アーサーもそう言われて『あ、ホントだ』という顔をする。
確かに、かなり面影が残っていた。
「よろしく頼むぜ」
「こちらこそ」
言って二人は一礼をし、すぐに組手が始まった。最初、マークはやや気まずそうな表情で遠慮
がちに間合いを詰めて突きを繰り出そうとする。だがそれより先にテオは、まるで瞬間移動でも
したかのようにマークの懐に潜り込み、その顎先に向けて掌底を打ち出していた。
「！！」
マークはのけぞりながら紙一重でそれをかわし、同時に横蹴りを放つ。だがそれも当たらない。
もっともマークもまた、テオの攻撃をさばき、反撃の一手を繰り出すがそれもまた当たらない。
二人の攻撃はやがてお互いにその速度を増して行き、アーサーが目で追うのもやっとになっている
ときに、組手の終了を告げるブザーが鳴った。組手の時間は、２分だった。
（………）
「アーサーさん」
「！！」
呆然としていたアーサーは、リィズの一言で我に返る。
「感想は？」
「え、えっと…」
その問いかけにアーサーは一瞬言葉に詰まった。リィズが自分に何を言わせたいのか、とても
よく分かっている。そしてその言葉を口にすることに抵抗もあったけれど、すぐに落ち着いて、
軽く息を吸い込んだ。
「…僕が、間違ってました」
「やっぱり、賢い子ね」
「？？？どゆこと？？？」
「マークさんの動きと姉さんの動きはよく似ている。マークさん、姉さんの師匠みたいなところも
あるからな」
「…そうなんだ」
「まあ、その頃のことはジニーは小さすぎて分かってなかったかもな。でも姉さんがジニーの前で
見せてた技とか動き、あれって結構、マークさんから教わってたんだぞ？」
「へえ…」
「そしてテオ総師範の動きはどこまでも忠実に、古典的と言っていいくらいのウェンフィールド流
の技。それでマークさんと互角。つまり僕が昨日、姉さんに動きについて行けなかったのはあくま
でも自分の鍛錬不足、ってことだ。あの、リィズさん、すみませんこの映像をもう一度」
そう言いかけるアーサーにリィズは笑顔でリモコンを渡した。
「好きなだけ復習しなさいな。あなたはすでに基礎は出来ている。昨日、あなたは確かに叩きのめ
されていたけれど、それでも愚直に何年も何百回も真面目に練習を繰り返してきた動きだったって
いうことは感じられたわ」
「………」
「そこに最も正しい形を見たんだから、理解できる筈よ。テオ・ウェンフィールドが遺した動きと
貴方の動き、そのわずかな、しかし大きな違いがどこにあるのかを」
「…やってみます」
優しげな表情で自分を励ましてくれるリィズに、アーサーは静かに、強くそう返した。
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「ムワーラ！」
物理攻撃を防ぐマジックのワーラと対を成す、魔力による攻撃に対し障壁を展開するムワーラ。
ジニーはそれをなぜか、物理攻撃しか持っていないシェリーのプログラム相手に展開する。
「………」
アーサーを少し攻めあぐねていると感じたのかプログラムシェリーはジニーの方に視線をやり、
同時に音速脚で飛びかかった。
「ヒューン！」
大気を切り裂く真空の刃による攻撃マジック、けれど今度もジニーはそれを目の前の敵には撃た
なかった。自分の足元に打ち出し、その浮力を利用して高く上空へと飛翔する。
「それで…フレエリ！！」
上空からの火球による攻撃マジック、今度はそれはプログラムシェリー相手に発射したが、遠く
離れた所から撃った予備動作も大きいうえに直線的な攻撃マジックが当たるワケもない。
「………」
プログラムシェリーは右腕に魔力攻撃を無効化するアイテムも持ってはいるのだが、それを使う
までもないと判断したのか普通に軽くかわしながら、上空から自由落下してくるジニーに狙いを定
める。
だが次の瞬間、ゴウッ！！という轟音を立てながら巨大な火球が背後からプログラムシェリーを
襲った。最初にジニーが出していたムワーラ、その壁がフレエリを反射し、狙っていた。
「………！！」
プログラムシェリーは今度は右手に装着していた籠手状の武器、レブヒートで受け止めていた。
だがそれが予定通りに受け止めたのではなく、焦ってとっさに受け止めたのだということはジニー
にもすぐに分かる。
（私だって頑張ったんだからね！そんなに…そんなに簡単に！！）
狙った攻撃を受け止められたジニーだったが、その顔に絶望感は無い。
（えっと、こういう時なんて言うんだっけ…うん！『憧れるのをやめる』だった！）
スポーツ中継で前に見かけたその言葉、それを噛み締めながらジニーもまた、昨日のことを思い
返していた。
「全力で…全力で行くよ！お姉ちゃん！！」
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「ジニー・ハランツ」
アーサーをホールに放置してジニーと一緒に部屋を出ると、リィズは静かにジニーの名前をフル
ネームで口にした。
「は、はい」
昨日出会ってから初めてリィズと二人きりになって、いきなりフルネームで呼ばれジニーは少し
緊張し、背中に冷たい汗が走る。
（わたしまだ、中学生です！）
必死で切ったさっきの啖呵のことを思い出して、やっぱり叱られるのかなとか思ったりもする。
「３月３日生まれの１２歳でハランツ家の次女で３人兄弟の末っ子。今年から地元の中学に入学。
過日、教団のＡ急幹部であるキース・ドーシュにさらわれ、彼の指導の下で失われた古代の呪法、
マジックの才能を開花させる」
（え？えっと…）
「その後、一度はキースに洗脳されるもお父さん達の助けにより救出される。魔術の能力は父方の
曾祖母アリス、ひいては二千年前の魔女であり女神、ライアから受け継いたものと推定」
「あ、あの、何を急に…」
「なかなかに波乱万丈な数ヶ月だったわね。大変じゃなかった？」
リィズはそう言ってクスと笑った。
「は、はい…」
「けれどあなたは、降って湧いたような波乱万丈の道をそのまま突き進む事を選んでいる。そうさ
せたのは突撃気質なハランツ家の血筋、家族のみんなに認められたいという承認欲求…他にも何か
あるかしら？」
「何か…え？えっと、それは…」
「ごめん、答えなくていいわ。よく分かったから。なんて言うか…ごめんなさいね」
顔を真っ赤にして口ごもりうつむくジニー、その顔を見れば誰だって他にも理由があってしかも
それがどんな理由なのか想像はつく。
「ねえジニーさん」
少し呆れたような口調でリィズはジニーに語りかける。
「エヴィン君とリビアさんからあなたは三兄弟の中でいちばん控えめで自己主張が弱いって聞いて
いたんだけど…正直そういうイメージ無いのよね、あなたと話していると」
「え゛…」
「そうなるとあの二人が親バカフィルターかかりまくっているのか、それともあなたが家ではとこ
とん猫を被っているのか…」
「！そんな！わたし、そんな事！！」
「それとも最近の環境の変化と自分が持っている力の変化、それがあなたを根本的に変えて来てい
るのかのどれかでしょうね」
リィズはそう言ってクスと笑う。
「あなたは三人の中でいちばん若い。そして若い子はちょっと目を離すと、一瞬で成長する。男子
三日会わざれば刮目して見よ、なんて言葉もあるくらいだしね」
「えっと…あの、わたし、女なんですけど…」
「知ってるわよ。でも別に女の子だから急に成長しちゃいけないってこともないでしょ？」
「あ、はい…」
「そして、アーサーさんにはその急成長のためには拳聖、テオ・ウェンフィールドが何より優れた
先生になると思ったけれど、あなたは彼みたいに長年積み重ねた下地は無い。となるとそうね…」
リィズはそう言って、ジニーを焦らすかのようにワンテンポおいた。
「ジニーさん、あなたはシェリーを、お姉さんをお手本にするのがいいわ」
「え？？？？？？」
そのときの自分はかなり変な顔をしていたと思う、後日ジニーはそう語っていた。
「いやいやいやいや、無理！無理ですよう！！」
「あら？なんでそう思うのかしら？仲も良いって聞いてたけど」
「だってわたし！お姉ちゃんみたいにケンカしたことないですし逆にお姉ちゃんはわたしみたいな
マジックは使えないし！！あれでお姉ちゃんがマジック使えていたら今ごろは大魔王みたいになっ
ちゃってるし！ぜ、全然得意なもの違いますよね！？！？！？」
「落ち着きなさいジニー・ハランツ。いま何気にさらっと、お姉さんに失礼なこと言ってたわよ」
「あ゛」
「まあ、そう否定はしないけどね。でも私が言いたいのは、そういうことじゃないわ」
そう言ってリィズは、自分の意図を説明しはじめた。
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（わたしは…お姉ちゃんみたいになってみせる！）
ふわりと着地し、軽く息を吸い込んでジニーは自分にそう言い聞かせる。
（次は…これで！）
ジニーがマジック発動の構えを取ると、それを警戒してプログラムシェリーの動きが一瞬止まる。
そして静止した相手にアーサーが側面から挑みかかるが、それをいなしながらプログラムシェリーは
横っ飛びに飛んだ。
「音速…脚」
前、後ろ、斜め右前、そして横、短い移動距離と無軌道にも見える動きで、プログラムシェリーは
少しずつ、アーサーに追いつかれない速度でジニーとの間合いを詰めて行った。それが攻撃マジック
の狙いを絞らせないためだというのはジニーにも理解出来る。
「だからって…タンドレ！！」
ジニーが放てる最強の攻撃技、落雷のマジック『タンドレ』を放った瞬間、もっと言うとそれが自
分の次の軌道から完全に外れていると分かった瞬間、プログラムシェリーは音速脚で一気に真正面に
飛び、最短距離で殴りにかかった。が
「！！！！！」
プログラムシェリーはとっさに右腕を上に上げた。タンドレの落雷は、まさに今、自分がいる場所
めがけて落ちてきていた。ジニーが狙ったのは相手ではなく、誰もいない自分の真正面だった。
（リィズさんが言ってた…お姉ちゃんがいちばんすごいのは単なるスピードとか単なる技じゃなくて
色んなことを出来るところだって！だからわたしもそうする！攻撃のための技とか守るための技とか
分けて考えないで、全部何にでも使えるようになる！！）
（………）
右腕につけた装置でタンドレを無効化するため、プログラムシェリーは右腕をあげて真正面がガラ
空きになっていた。そしてそんな隙だらけの胴体に向かって、ジニーは大きく一歩踏み込む。
「えいっ！」
ジニーは両手で相手のことをドン！と突き飛ばしていた。小柄で非力で、何の格闘技の経験もない
女の子の、何の魔力もこもっていないただの突き押し。それは魔力を使った攻撃しか警戒していなか
った相手にとっては完全に予測の範囲外の一発で、プログラムシェリーも尻もちをつきそうなくらい
に大きく、グラと後ろに傾いた。
（よくやったジニー！）
そして心の中でそう叫びながら、決定的とも言える隙をさらす相手にアーサーは渾身の蹴りを叩き
込むべく猛進する。
「お兄ちゃん！」
だが次の瞬間、ジニーは表情を変えてそう叫んでいた。そして同じタイミングでアーサーの身体は
側面からの強烈な一撃で弾き飛ばされる。
「痛っ…何が…！！」
「えっと、これって…」
そのとき、アーサーもジニーも言葉を失っていた。そしてワンテンポ置いて、ようやく口が動く。
「お、お姉ちゃんが…」
「ふたり…？」
「仮想空間だもの。仮想空間でなくちゃ出来ないことをやらないと面白…意味は無いでしょう？」
現実空間でモニタを観ながら、リィズは楽しそうに微笑んでいた。
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