〜始まりの終わりとなる日々に〜

スピンオフ 第1話 遭遇

チチチ、チチチ…
「う、うん…」
 寝不足でまだスイッチが入っていない体を何とかベッドの中から引きずり出しながら、
僕は机のスマホに手を伸ばした。
「あと10分…あとスヌーズ1回分…って…え?」
 液晶を見た瞬間、僕は凍りついて飛び起きた!なんで!?もう40分も遅れてる!?
て言うか、もうスヌーズ4回めなの!?
「うわああああ!」
 一瞬で眠気が吹き飛んだ。僕はとにかく寝間着を脱ぎ捨てて制服に着替える。ハン
ガーからシャツとズボンを引ったくって、鏡の前に行く時間も勿体無いからネクタイは
適当に締めて、靴下履いてジャケット羽織ってメガネをかけて、タイミングよく目の前
に置いてあったヘアブラシをカバンに投げ込んで、戸締まりだけ確認すると全力で走
り出した。
(遅刻遅刻遅刻!)
 こういうとき、トーストでもくわえながら走るのがお約束なんだろうけど、そんな余裕も
僕には無かった。今日は月初、校門の番人をしているのは剣術部の顧問もやってる
美術のバード先生、遅刻した生徒は斬り殺され…はさすがにしないけど竹刀での一閃
が待っている!

 あ、走りながらの自己紹介になっちゃうけど僕の名前はアル。まあ、名前って言って
もアダ名なんだけど、友達どころか親や先生までみんなアルって呼んじゃって、今や
本名以上に定着しちゃってる。職業は中学二年生、家の近所にある、夢幻之星学園
の中等部に通っていて…ってマズい!バード先生が時計の時間を確認しだした!腰を
落として居合いの体勢に入った!先生の居合い斬りは校門の正面全体をカバーする
ガード不能の画面全体攻撃!!もう背中にお腹は代えられない!
「ラ…ク…ス…タ!」
 僕の声を合図に、革靴の金具が強く輝いた。そして足が軽く…と言うかほとんど勝手
に動き出して、校門までの直線残り50メートルを一気に駆け抜けようと加速する。
「あと5秒…4…3…」
 そして僕は、50メートルを5秒ぴったりで駆け抜けてカウントダウンしてる先生の横
を、逃げ足の速さに驚かせながら通り抜けた。ギリギリセーフ!

 は、いいんだけど…

「ま、曲がって、壁はホントに死ぬからせめてそこの生け垣にでもぉぉぉっ.....」
 言葉にならない叫び声をあげながら、背後でバード先生の居合いが生み出す衝撃
波の音と、それに吹き飛ばされる他の生徒の悲鳴を聞きながら、僕はオリンピック
女子400メートルの金メダリストのように、頭から生け垣に突っ込んだ。そう、この靴
最大かつ未解決の問題点それは、どこかにぶつかるまで止まらないことなんだよね…
「あ、あた、あいたたた…」
 どうにか止まってくれた…朝からもう帰りたい気分でいっぱいだけど。ええと、とり
あえずメガネメガネ…って、え?うわっ!
 そんな僕を、生け垣に上半身突っ込んだままなんとかメガネを見つけて、あとはこ
こから抜けだそうとばたつかせていた僕の足を、後ろから誰かが掴んで引っ張り出
してくれた。
「誰かと思って引っ張りだしてみたら…朝っぱらから何やってんのよ」
「あ…おはよ、シェリ姉」
「学校でその言い方はやめなさいっての。人に聞かれたらこっ恥ずかしいから」
「う…うん」
「まったくもう、全身葉っぱだらけじゃない。ネクタイの長さも全然揃ってないし。どうせ
鏡も見ずに適当に締めてきたんでしょ。あわてんぼぶりが目に浮かぶわ」
 呆れながらそう言うと、シェリ姉は僕の髪の毛や背中を軽くはたいてネクタイも結び
直してくれた。いや呼び方よりもこっちの方が他の人に見られたらよっぽど…いいや、
言わないどこ。
 シェリ姉、本名はシェリー・ハランツ。僕が生まれたときからずっと近所に住んでる
幼なじみで、3つ年上の高校二年生。ちなみに僕のことを最初にアルって言い出した
張本人でもある。
「じゃあ私ホームルーム行くから、アルも急ぎなさいよ」
 そう言い残すと、シェリ姉は高等部の校舎の方に走って行った。色々大変な目に
遭った朝だけど…今ので全部帳消しかな。
「面白いもの持ってるねえ、キミが作ったのかい?」
「え…?」
 あれ?今誰か、僕に話しかけてきた気がするんだけど…誰もいないよね?空耳?
まあいいや、ホームルームも始まるし…あ!本鈴まであと10秒切ってる!
 …鳴り始めた本鈴のチャイムを聞きながら、僕はまた走り出した。

 それから放課後、掃除当番を終えての帰り道、僕は商店街でまたシェリ姉に会った。

「あら、アルも今帰り?」
「うん、高等部ももう授業終わったんだ」
「時間配分は中等部と同じだしね。ところでアンタが朝寝坊ってことはおじさんとおば
さん、また出張してんの?」
「うん。金曜の夜遅くまで帰って来ないって。ってシェリ姉、今僕が一人じゃ寝坊する
って決めつけてなかった?」
「だって事実じゃない。毎度のパターンだし」
 え?もしかしてそんなイメージ持っちゃってる?
「ど〜せ部屋でいつもみたいに夢中で実験とかしてたんでしょ?それで夜が明けてき
て、さすがに不味いと思ってベッドに入った結果寝過ごしたと」
 …ぴったりだ…1ミリのズレも無い…もしかしてエスパー?
「アルのやってることがワンパターンなのよ。そんな調子だと、ご飯もちゃんと食べて
ないんでしょ」
 失礼な。ご飯くらいはちゃんと食べてる。
「たとえば?」
 たとえば?えっと、昨日の夕飯は…引き出しの中にあったペロリーメイト1箱と冷蔵
庫に入ってたバナナを1本、それにミネラルウォーターだったかな?
「アル…それ“ちゃんと”って言わないから。ダイエット中のOLだって下手したらもう少
し食べてるわよ?おばさん達、食費とか置いてかなかったの?」
「置いてったよ?フライやシチューも小分けにして冷凍庫に入れといてくれたし」
「それでそうなるってことは…そうね」
「?」
「今晩うちに、ご飯食べに来なさいよ」
「え…今日?」
「うん今日。パパも今日は急に夕飯いらなくなっちゃったみたいだし。ママが材料余る
ってメールでボヤいてた」
「えっと、でも…」
 急にそんなこと言われても、心の準備が…
「アルさあ、最近ちょっと付き合い悪くなってない?」
「え?」
 ドキ
「遠慮とか似合わないわよ?小学校のときにはもっと小まめにうちに来てたんだから。
そう言えば中学に上がってから、泊まりにも来なくなったわよね」
「あ、いや…」
 泊まりって、それはあくまで昔の話で今それは…ってヤバい、顔が熱くなってきた。
「とにかく」
 シェリ姉はそう言うと、身を屈めて僕の顔をじっと見てきた。さっきよりも顔が近く
なって、僕はますます顔の熱を抑えるのに必死になる。
「今日の六時にうちに来ること。来なかったらそっちに押しかけるからね?」
「………」
「返事は?」
「はい…」
「よろしい」
 そう言うとシェリ姉は、僕の目の前でニッコリ笑って肩を叩く。
「アル、また後でね!お腹すかせといてよ!じゃあ私はその前に銀行行ったり用事
済ませてくるから!」
「………」
 …そんなワケで僕は今日、ちょっぴり久々にハランツ家で夕飯をご馳走になること
になった。小走りに商店街に駆けていくシェリ姉を見送ると僕はしばらくどうしていい
のか分からなくなる。
「ハァ…」
 何度も溜息をつきながら、僕はトボトボと家に帰って部屋に戻った。それからまず
最初に、部屋の戸締まりを確認する。よし、窓はちゃんと閉まってる。それじゃあ大
きく息を吸い込んで…

「シェリ姉の、どんかぁ〜んっ!!」

 ありったけの声で叫ぶと、なんか涙が出てきた。ハァ…約束の時間まで、ちょっと
寝ようかな。寝過ごしたら大変なことになるから、目覚ましちゃんとセットして…
「なるほどなるほど。キミはあのシェリ姉って女の子のことが好きなんだ」
「そうだよ好きだよ大好きだよ文句ある?」
「いやいや、そんなムキになっていじけた声を出さなくたって、誰も悪いなんて言って
ませんよ?」
「じゃあ何なのさ?」
「部屋の中で叫ぶくらいだったら、思い切って告白してみたらいいんじゃないのかな?
殺し文句は“お前が欲しい”あたりがオススメだね」
「で、出来るわけないし言えるわけないでしょ!そんなこと!!」
「なんで?」
「だって、ずっと弟みたいに見られてきたのに…今だってそう思われてるのに…」
「キミだって、ずっとお姉さんみたいに思ってきたんだろう?」
「そうだよ!でも、中学に入ったくらいのときに………………」
 ってあれ…?ちょっと待って?
「僕いま、誰と話してた…?」
 ま、まだ夕方なのに、なんだか急に寒気が…く、クーラー入れてたかな?
「やれやれ。ボクの存在に気づかず話し続けてたのかい?」
「!?!?!?うわぁぁぁっ!!!???」
「おやおや、大丈夫かい?」
「が、ああ…」
 ベッドから転げ落ちた、真っ逆さまで我ながらカッコ悪い姿勢で僕は上の方を見た。
やっぱりなんかいる…頭に紫色の髪の毛をカツラみたいに載っけた、目つきの悪い
ゴムマリくらいの大きさの太った青いヒヨコが浮かんでる…
「ああ、自己紹介がまだだったね。ボクの名前は魔法青じそラッピーのヒューイだ。
フルネームはヒューイ・マーレイなんだけどね。特別にファーストネームで呼んでく
れて構わないよ?」
「…やっぱり疲れてるな。マボロシが見えるだけじゃなくって引き続き声も聞こえてく
るんだし。うん、ちょっと顔でも洗ってこよう(そしてラクスタ全開でひとまず家から離
れよう。決して後ろを振り返っちゃいけない…)」
「ああそうそう、ドアなら開かないよ?ボクの力でロックしちゃったから」
「………」
 ちょっと待って?なんかホントにドアノブがピクリとも動かないんだけど…
「3Dダンジョンでも、ドアの前って基本的にニゲルを選べないよねえ」
 なんかお化けヒヨコが言ってるけど、まさか僕の人生、ここで終わるの?よりに
よってこんなワケ分からない、名前からして絶対に強烈なヘタレ属性持ってそうな
ナマモノに食い殺されるの?
「キミ、今もしかしてものすごく失礼なことを考えていないかい?」
 ギク
「悲しいねえ、ボクはキミのことをすごく買ってるんだよ?朝のあの靴とか、自分で
作ったんだろ?」
「え?うん、そうだけど…」
 じゃあもしかして、朝聞こえたあの声も空耳じゃなかった?
「そういうことだね。やれやれ、声が聞こえてたんだったら、返事くらいしてくれても
よくはないかい?」
 いや、そういう問題じゃないし。
「まあいいや、とにかく本題なんだけど」
 本題?
「うん、ボクと契約して、魔法少年にならない?」

第1話 完




登場人物紹介:

アル:主人公。要は最終章のアルケミスト。特技は妙な研究やら発明のいわゆる
ギークでナード。本編より能力控え目、色ボケ強め。性格は主人公補正入ります。
本名はたぶん永遠の謎。「涼宮ハルヒの憂鬱」のキョンみたいなものとお考えくだ
さい。あの小説も終始一人称だし。本編と違ってメガネ着用。

シェリー・ハランツ:通称シェリ姉。こっちじゃヒロインで高校二年生。弟や妹がいる
かどうかは不明。性格は基本的に同じだけど、人間離れした戦闘力は持っていま
せん。あくまで一般人です。描かれないけど本編と違ってスカート着用

ヒューイ・マーレイ:自称魔法生物、自称魔法青じそラッピー。詳細はこれから

バード:ちょい役。月初には彼の居合いを破ろうとあえて遅刻する生徒もいるけど
100%例外なく返り討ち。

※このお話は時の交差最終章本編とは何のつながりもありません。登場人物の
基礎設定だけを残して、あとは全部リセットしています。スピンオフと言うよりも、
リビルドとかスターシステムに近い?ついでに言うと、深いことはあまり考えてい
ません。作者の気分転換で書いています。



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