（とは言っても、えっと、この状況からすると…）
今、この場から離れるわけにはいかない。それは絶対にＮＧ。
そしてジニーちゃんは今、パートナーのゴーツさんがいないから戦えない。
ポケットから携帯電話を取り出してみたものの、この禍々しい気配の影響なのか、
モニタの右上には無情にも『圏外』の二文字が表示されている。
（なんか、いろいろマズい状だよね）
「先輩！私のケータイ圏外になっちゃってます！これじゃゴーツさんと連絡が！！」
（やっぱりジニーちゃんのもか…）
こうなると、もう選べる道なんて残っていなかった。
「僕のも圏外になっちゃってる。こうなったらさ、ヒューイ！」
「オッケー！変身するんだね？」
「違う！」
「え？」
僕の言葉にヒューイは呆気に取られたようだった。けれどすぐに僕に頷いてくれる。
「わ、わかった。とりあえず撤退するんだね？」
「うん！けど、僕はここに残るから！」
「え？？」
「ジニーちゃんと一緒に逃げて！ケータイ通じる場所まで行って、ゴーツさん呼んで
きて！！」
「え？？？ちょっと、正気！？」
「もちろん！僕はここで、様子を見てるから！」
「様子って…危ないですよ先輩！？」
「大丈夫。何かあっても、何とかするから」
「それって何の説明にもないよね？それにボク、そもそもこっちの世界じゃキミと基
本的に離れられないって事を忘れてない？」
「あ…」
（完全に忘れてた。じゃあどうすれば…）
「先輩！後ろ！！」
「え？」
って、な、なんか黒い手みたいなのが僕の肩掴んでるんだけど！
「アル！四の五の言ってないで変しｎ…」
なんか思いっきり必死な顔したヒューイがそんなことを叫んでいたけど、その言っ
ていることが全部聞こえる前に、僕はなんか、泥沼みたいになった空間に引きずり込
まれていた…
引きずり込まれた先は、不思議な感覚だった。なんかゆっくりと落下していく感覚。
浮力のきかない水中に引きずり込まれていくような感覚なんだけど、幸い息苦しさは
無い。けれど視界もゼロ。１ミリ先の視界も無い、目の前にもってきた自分の指先も
見えないような、本当の暗黒の世界だった。
（カッコつけすぎたかな…）
不思議なまでに落ち着いた気持ちで、今更ながらそんなことを考える。考えたって、
仕方のないことなんだけれども。
それにまあ、この行動が取り合えず誰も他人を巻き込まなかった、それだけでも良
かった。ここから先に何があるのか分からないけど、それだけは前向きに考えること
にしよう。
・
・
・
「わわっ！」
そんな落下を１分くらい続けて、それから急にパッと視界が明るくなった。しかも
２メートルくらい、普通の重力で自由落下して、何の準備も出来ていなかったから思
いっきり尻もちをつく。どっかで聞いたセリフだけど、自由落下ってやっぱり、言う
ほど自由じゃ全然ない。
「い、痛たたたた…さ、財布がモロにお尻の骨に…って、ここは…なに？」
どんな暗闇の地下迷宮やドロドロとした異界、はたまた自分の心を抉るかのような
情景が待っているのかと思ったら、そこに広がっていたのはクローバーの葉に囲まれ
た、色とりどりの花が咲き乱れる庭園だった。
「ヒューイ？」
試しに呼んでみたけど反応は無い。やっぱりここに引きずり込まれたのは僕だけみ
たいだ。きっとあの腕には、何か特殊な力があるんだろう。それにしても
（なんか、想像していたのとだいぶ違う場所だな…花は黄色いカーネーションに黒い
ユリ、それにロベリア…木はこれ、たしかイトスギって言ったっけ）
植物関係は専門じゃないけど、暇つぶしに図鑑は見たことあったし、それくらいは
分かった。自分がいるのはたぶん、この庭園の真ん中あたりなんだろう。さっき口に
出して言った花とか以外にも黒ずんだ赤い色のバラが僕の背よりも高い生け垣を作っ
てて、まるで迷路みたいになっている。
（キレイな花だけど、やっぱりここはダンジョンってことなんだろうな）
それが自分の考えすぎじゃないことはよく分かる。いつもヒューイといたり、何度
か戦ったりしたおかげで、変身とか抜きで違和感と言うか妖気みたいなものには敏感
になった。木とか花とかに隠れるように、ムカムカするような悪意が潜んでいるのは
イヤでも気づく。
（どこだ…敵は、どこにいる？）
心臓がバクバク言っているのが聞こえる。気配の源はつかめないし、その気配から
離れた方がいいのか、むしろ懐に飛び込んだ方がいいのか、それすら分からない。
ジニーちゃんとヒューイはゴーツさんにちゃんと会えたんだろうか？仮に会えて、
合流したとしても、すんなりここに来ることができるのか、正直そこだって不安だ。
（でも今はとりあえず、出来ることをやろう。まず相手に気取られないようにする事
が何よりも肝心で…）
「えっ！？ちょっ、うぇえええっ！！？？？」
（えっ！？）
動き出そうとした僕の後ろから急に聞こえてきた悲鳴、それに自分が落っこちたと
きと同じような衝突音、加えて何より、今の声ものすごく聞き覚えあったんだけど！
（まさか…まさか！）
考えるよりもはやく、僕の足が動き出してた。さっきよりも心臓をバクバクさせて、
気取られないようにとかそんな考えを全部頭から吹っ飛ばして、直感だけで生け垣を
曲がっていって、５０メートルくらい走った先、そこにいたのは
「シェリ姉…」
やっぱり…いや、あの声を聞き間違えるワケはないんだけれど、けどどうして…
「あ、アル…良かったぁ、無事だったのね」
（いや、この状況を無事って言っていいのかは微妙だと思うけど。て言うか、もしか
して僕、心配されてる？）
胸をなでおろすシェリ姉に、なんだかこっちの力が抜ける。
「えっとさ、とりあえずシェリ姉、なんでこんなとこに？」
「それはこっちのセリフよ。道を歩いていたら、あんたのガールフレンドが血相変えて
走ってるから何かと思って掴まえて、話を聞こうとしても大丈夫です心配ないです関係
ないですしか言わないし、動転のあまり誰もいない方向に向かって話しかけそうになっ
たりもしていたしで。私、そんな慌てさせる顔していたつもりもないんだけど」
（誰もいない方向…あ、ヒューイのことか。シェリ姉には見えないもんね）
「んで、あの子が走ってきた方向の先にあるのってアンタがよく行く博物館があったな
って思い出して、とりあえず走ってきたら…」
（…そういうことね…）
ジニーちゃん、きっとすっごく焦ってたんだろうな。僕がヒューイと一緒で変身でき
る状況だったら、ジニーちゃんをそこまで焦らせなくって、結果シェリ姉もこんな風に
巻き込まずに済んだんだろうか。
（って、結局自分の行動が他の人を巻き込んでるじゃんか！よりによってシェリ姉を！）
なんて言うか、思いっきり自己嫌悪。いやシェリ姉を巻き込まないように動いてたら
それはそれでジニーちゃんを巻き込んでいたんだろうし、どっちがマシかなんて答えが
あるハズも無いんだけどさあ…
「ねえアル」
「うん？」
「とりあえず、出口探しましょうよ。こんな悪趣味なところ、長居したくないもの」
「えっ？」
「いやだから出口探しましょうよ」
「そうじゃなくって悪趣味って？」
どういうことなんだろう。ここ、少なくとも花の飾り方、色合いとかのセンスは悪く
ないと思うんだけど。まさかシェリ姉も、ここの嫌な気配を感じ取ってる？だとしたら
なんでそんなことができるの？
「クローバーは復讐、黄色いカーネーションは嫉妬、黒いユリは呪い、ロベリアは悪意、
イトスギは死…バラは色によって意味がぜんぜん違ってくるんだけど、赤黒色は永遠の
憎しみ…もちろんそれぞれポジティブな花言葉も持っているんだけど、そもそも花言葉
なんてネガティブなのがある花の方が少ないのに、わざわざそういうのばっかり揃えて
るなんて、絶対わざとよわざと」
（！！！）
そう…いう意味だったのか、この花畑…
「く、詳しいんだね。ちょっと意外…」
「意外とは失礼ね。とりあえず、出口を探しましょう？」
「うん」
「じゃ、まずは別行動ね。私はこっちで、アルはそっち。その方が効率いいだろうし。
１時間後にあの大きな木の下で集合とかにして」
「ダメだ！」
そんなこと、させられるワケがない。
「絶対、僕から離れないで！！」
これ以上、危ない目に遭わせるわけにはいかない、遭わさせたりはしない。今の僕に
どれだけのことができるのか正直自信は無いけれど、盾や囮くらいならたぶん出来る。
「わ、分かったわよ。分かったから。そんなに強く手を握んないでも大丈夫だから」
「あ゛………ご、ごめん」
言われて気づいて、僕は慌てて手を離してそっぽを向いた。やばい、急に顔が熱い。
「ほ、ほら、シェリ姉だって言ってたし。この庭園は悪趣味だって。そんな庭園、どこ
に何が潜んでいるか分からないから。なんかここ、ケータイも通じないし」
「ホントだ…たしかに、一緒に行動した方が良さそうね」
（ホッ…）
これでまた突っ走られたらどうしようかと思ったけど、とりあえずそれは無いかな。
それに、とりあえずの方針も決まった。出口を探すのも大切だけど、さっきから確かに
存在しているまとわりつくような悪意、そいつからはなるべく距離を取るようにしよう。
ゴーツさんとジニーちゃん、それにヒューイが来てくれるって信じるしかない。
「ねえ、アル」
そんな注意を払いながら十分くらいあちこちを歩き回っていると、シェリ姉が僕に話
しかけてきた。
「なんか、出口が見つかる気がしないわね」
「まあ、ねえ。気長に行くしかないんじゃない？」
「そうねえ。ま、もし変なのが出てきたとしても、そのときは私が飛び蹴りの１つでも
お見舞いするわ」
「飛び蹴り？」
「うん、飛び蹴り。別に正拳突きでもローリングソバットでもいいんだけど」
「そんなことできるなんて初耳なんだけど？もしかしてシェリ姉、実は密かに格闘技を
やってたり」
「しないけどさ。いざとなったら昨日のテレビでやってた映画のを真似してみようかな
って思って、言ってみただけ」
「だよね」
花言葉の件は意外だったけど、さすが裏で格闘技やってたりっていうのは無かったか。
第一そもそもシェリ姉が格闘技やってる姿なんて見たことないし想像も…
（想像も…………）
（………）
（…あれ？）
「どしたの？」
「あ、いや、な、なんでも…」
言えない。なんだか今、不思議とそんな姿が想像できたとか、なぜか全っ然違和感を
感じなかったとか、そんなこと言えるワケはない。
（でも何でそんなこと急に、感じたんだろう）
シェリ姉の色んな姿を想像したことが無いわけじゃない。無いわけじゃなくもなくも
なくもなくもなくもなくもない。けれど今、頭をよぎったのはそういう妄想と全然違う
リアリティっていうか現実味があった。たしかにその映画は自分も観たことあるけど、
派手に暴れていた主役は男の俳優だったのに。別に女優さんが派手に戦ってる映画でも
なんでもなかったのに。
「と、とにかく！また探索続けようよ。早く帰らないとリビアさんも心配するだろうし
早く出口を見つけてここから出ないと」
「出口ぃ？無いよぉそんなのぉ」
（！？）
「アル…今、なにか言った？」
恐る恐るそう聞いてくるシェリ姉に、僕は無言で首を横に振る。
「そんな親切なもの、ボクが作るワケが無いじゃないかあ。あ、もちろん入り口だって
無いからねえ。開くのは、ボクが自分の意志で開いたときだけ」
そう話す声は、たしかに僕らがさっき通ったばかりの道の奥から聞こえてきて、そし
て焦る僕らの気持ちを煽るように、足音と一緒にゆっくりと近づいてきた。
「アル！」
「うん！」
僕らはその声から距離を取るためにまた走り出す。けれど、その先にあったのは、
ひときわ高くて、バラの棘で埋め尽くされた生け垣に囲まれた行き止まりだった。
「この迷路はねえ、人間のパターンを研究して作ったんだ。誰がどう動いても、最
後にはここに行き着くようにね」
「………」
そう言って角から出てきたのは、一見すれば小太りの、冴えない中年男だった。
（見た目は全然、強そうには見えない。けど…！）
けど、なんて言うか、見ただけでこっちがドン引きしたくなるような、そんな空
気を感じる。吐き気を催す邪悪、とある漫画のセリフを借りるのなら、そんな表現
がピッタリと当てはまる。
「な、なんなのよあなた…」
（…シェリ姉…？）
シェリ姉も僕と同じような気味の悪さを感じてる？なんだか、すごく怯えている。
それにコイツ、何かすごく僕らを嫌っているっていうのが雰囲気で分かる。強烈な
までの敵意が、憎悪が、間違いなく僕ら二人に向いている。
（僕が変身できることはバレていない筈なのに、ましてやシェリ姉は一般人なのに、
一体どうして？？？）
「なんでだろうねえ…」
「…？？？…」
「なんでテメエらを見てると、こうも虫酸が走るんだろうねえ…なにか因縁でもある
のかねえ…」
「知らないよ！こっちは初対面なんだから！」
「へっ…お前も同じなんだろ？そのツラ、とても初対面の相手を見る顔には見えねえ
んだよなあ」
「………」
「まあねえ。けど、そんなことはどうでもいいんだよ」
「…？」
「どっちみち、ここに連れ込んだエモノは生かして返さないんだからさあ！」
アル：とりあえず彼がシェリーのどんな姿を想像したことがあるのかについては、一応
主人公ですし本人の名誉のために伏せておきます。あんまり極端な妄想（婉曲表現）は
していないと思いますが。中学生くらいだと好きな相手を神聖視するのはよくあるし。
なお、しょっぱなの「完全に忘れてた」は作者の心の声です。
ヒューイ：ごめん、次回はもうちょっと出番ありますって前回言ったけど嘘でした（汗）
シェリー・ハランツ：祝、ヒロイン復帰。やっぱり付き合いが長いキャラだから話が転
がしやすくなります。本編のシェリーは花言葉とか詳しくないですが。ちなみにこっち
のシェリーは体育５段階評価で４、もちろんマッハパンチとか打てません
ジニー・ランフォード：アルが引きずり込まれてからシェリーに会うまでの彼女はかなり
慌てていました。道を間違えたり転んだり柱に頭をぶつけたり…ヒューイが頑張ってナビ
ゲートしています。
今回の敵：小説本編からの出張。と言っても１０年以上ぶりですが。千年紀のデゾリスで
気象コントロールシステムにいた魔道士なんかを出そうかとかも考えたんですが、アルと
シェリーの二人に縁がありそうだったので、こちらの人にしました。
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