今日もまた、雪が降っている
雪は音もなく降り積もり、家の中では暖炉のパチ・パチという薪の
燃える音の他には何の音もしない。そんな静かな、時が止まったかの
ような空間の中で、ミューはひたすら「時」を待ち続けていた。
自分が仲間達とともにダーク・ファルスを打ち倒してから、今年で
ちょうど千年になる。闇の胎動はまだミューには聞こえて来ないが
しかしミューは確信していた。この星系に災厄が訪れる事を・・・
「ダークファルスは必ず蘇る・・・」
誰に聞かせるわけでもなく、部屋で頬杖をつき、窓の外の雪景色を
見ながらミューは言った。こうして何をするのでもなく、ただ自分
の待つ「時」を待ち続けながら過ごす日々がこれまで何日続いたの
だろう？その正確な日数も、もう覚えていない。ミューはその日が
来る事に、恐怖とともにある種の期待をも抱いていた。今の自分の
存在意義、それはダークファルスをグランツの力で完全に滅ぼす事
の他にはないからである。ダークファルスがいれば、自分が今日の
日まで過ごして来た年月は無駄にならない。ミューはそんな自分の
考えを不謹慎だと思い、何度も何度もその考えを自分の頭から振り
払おうとした。しかし、それは到底できる事ではなかった。
そして、その日はある日突然、何の前触れもなくやってきた。
自分のいる場所からはかなり遠いが、ミューはそこから強い「邪気」
のような物を感じた。ミューは壁にかけてある地図に目をやった。
この方角と距離感からすると場所はトリアダの旧牢獄跡のあたりで
あろうか？ミューは場所を確認すると、部屋の奥に封印してあった
金色の小箱の鍵を開けた。
ミューはそれから雪道の中を全力で走り続けた。目的地である旧牢獄
までの距離は十数キロ、しかし雪のため気持ちがどんなに急いでも
そこまでの距離はなかなか縮まらない。そうこうしているうちに自分が
感じていた強い「邪気」は消えてしまったが、それでもミューは走り
続けた。半ば意地になっていたと言えなくもなかった。
「デスアーマー・・・」
予定よりだいぶ時間がかかったが、トリアダに到着したミューの前に
五体のデスアーマーがいた。ただしその形は自分が知っている物とは
遠目に見ても少し違うようである。恐らく現代の人間が、どこからか
過去のデータをほじくり出してそれを参考にして作り上げた物なので
あろう。しかしそんな事はこの際ミューには問題ではなかった。
「いくわよ・・・」
ミューはそう言うと小箱の中に入っていた武器、ネイクローを身につけ
デスアーマー相手に戦闘態勢をとった。千年前のミューならば敵でない
のだが、かなりの長いブランクを経ての久々の実戦である。いきおい
ミューは慎重にならざるをえなかった。
ミューはまず気配を完全に消して背後から襲いかかり、一体を始末する。
すると当然他のデスアーマーは異常に気づきミューに襲いかかるが、
ミューは彼らをまとめて相手にする事のリスクを避けるために彼らの
突進に合わせてバックステップで少し間合いを離した。デスアーマー
達はそんなミューの追撃にかかるが、どうやら機体性能は完全に一定
していないらしく、動きにバラつきが見られる。そんな敵を相手に
ミューがしばらく間合いを取ってデスアーマーの動きを見計らっている
と、デスアーマー同士の間隔が少しずつ離れた。ミューはそれを見るや
即座に攻撃に転じ、自分に最も近く、そして他から最も離れた一体の懐
へと潜り込み、エネルギーパイプを一撃の下に引き裂く。そして動きを
停止したデスアーマーの巨体を駆け登るようにして踏み台にすると、
今度は上空からもう一機の動力部を切断した。残るはあと二体、ここ
まで来てしまえば、しかも体が慣れてしまえば小細工を必要とする相手
ではない。ミューが無傷のまま残りの二体を葬るのに、ものの一分と
かからなかった。
そして全ての敵を倒すとミューは後ろを振り返りもせずドアを開けて
トリアダの旧牢獄の中に入り、階段を降りると薄暗い建物の中で男の
聞く者全てを不快にさせるかのような笑い声が響いていた。
その男のいる方からも邪気を感じたが、その邪気は自分が家にいた時
感じた、ある種の威厳さえあるような威圧感とは根本的に違い、ただの
小悪党の物である。本来はそんな小悪党にかまう事は自分の目的の達成
のためには何の利益ももたらさず、この先にこいつ以外いないと言うの
ならば今回出向いたのは無駄骨以外の何物にもならないのだが、しかし
ミューはここに来て初めて、もう一つの「気」がある事に気が付いた。
それは小さな「気」である。大きさで言ったら一般人と何ら変わりは
ないであろう。けれどその「気」にミューは何か懐かしさと重要性を
感じずにはいられなかった。
ミューが駆けつけた時、不快な声の持ち主は自分が来た事に全く気が
ついた様子はなく、嬉々として赤い服を着た、金色の髪の少女を足蹴
にしていた。ミューが感じた小さな気配、それはその少女から感じた
物であった。ミューは手始めにその男の背後にいたデスアーマーを
一瞬にして始末すると、その直後にようやく異変に気が付いた男は
慌てふためいてミューに怒鳴りつけた。
「貴様は知らんだろうがな、こいつは二千年前の魔女ライアの血を
引く者なのだ！ゆえにこいつを生かしておくことは将来の禍になる
恐れがある！だから今ここで処刑せねばならんのだ！」
「・・・そう、この子がライア様の・・・」
ミューはその男の言葉を不自然には思わなかった。かつて自分が共に
戦い、そして戦いの後その身を引いた二代目ライアの面影を、その少女
は持っていた。ミューはこみ上げてくる感情を必死に抑え、青髪の男
を退けると、傷だらけの金色の髪の少女を抱き上げ、自分の名前を
彼女に告げた。
その少女は自分が会った時はまだ意識があったのだが、助けられたと
分かるとその安心からだろうか、自分を抱きかかえたミューの腕の中
で気を失い、そのまま深い眠りに落ちた。全身に傷を負い、この寒さ
の中で真夏に着るような服を着ていたせいか、少し熱も持っている。
ミューは自分が着ていたベストを脱いでそれを少女にかぶせると、大
急ぎで自分の家へと戻っていった。
「ふう・・・」
家に戻り、眠ったままの少女に手当を施し、服を替え、自分のベッド
に寝かし、額に氷のうをのせるとようやく人心地ついたミューは一つ
ため息をついた。自分の傍らで静かな寝息を立てている少女の名前を
ミューはまだ知らない。もちろん知りたいという気持ちはある。けれど
今のミューは、その事が怖かった。
この少女の名前を知ったら自分はその少女を「個人」として見たい気
持ちが強くなる。しかしその事は自分にまた新たな苦しみを与えるの
ではないか？今までミューは多くの人と関わりを持ち、多くの楽しい
思い出を作ってきたが、それらの人はただ一人の例外もなく自分より
先に世を去ってしまっていた。自分と同じ無限に近い命を持つと思い
こんでいたシーレンさえもである。そしてそのたびに自分の心の中を
言いようのない悲しみと苦しさ、そして虚しさが通り過ぎていった。
「こんなにも悲しいのなら・・・苦しいのなら・・・」
そう思ったミューが自分から外界との交わりを絶った事も、無理からぬ
と言えた。しかし、ミューのそんな考えを自分の横で寝ている少女が
知るはずもなく、二日後少女は目が覚めると、やや慌てた様子でミュー
と二言三言言葉をかわし、そして自分の名前をミューに告げた。
「私、アリス・ランフォードって言います。」と・・・
「（アリス・・・アリス・ランフォード・・・）」
ミューはオウム返しにその名前を口に出そうとする。けれどハッと
我に返りその言葉を喉の奥に封じ込め、そして淡々と自分がアンド
ロイドだという事、二代目ライアが長い戦いの末に傷つき、平穏を
求めて野に下った事、そしてその能力が有事の時には千年後の子孫
の代に覚醒されるようになっているという事を話し、そして「ライア
の少女」にルラキルから受け取ったライアペンダントを耳に当てる
ように促し、そして「ライアの少女」がペンダントに残された二代目
ライアのメッセージを聞き終わるのを確認すると、彼女の前にネイ
ボウを差し出し、やや強めの口調で彼女に戦うように促した。だが、
そんなミューに対する少女の反応は、しごく当然な反発だった。
「いい加減にしてよ・・・何が・・・何がライアよ！何がダーク・ファルスよ！！
そんな事私には全然関係ないじゃない！」
「ライア様・・・」
『やはりこうなるか』とミューは思った。「アリス」は自分がライアの
子孫であるという事なんてルラキルに言われるまで夢にも思って
いなかったのであろう。まして自分が世界の命運に担って戦う事
になるなんて頭のどこをどういじくり回してもそんな考えが出ては
来なかったに違いない。ミューがそう思い眉間にシワを寄せる間も
「アリス」は早口にミューへの反論を続けた。
「ミューさんには殺されそうなところを助けてもらったし、その事には
感謝してるけど、結局私をワケの分からない千年前の因縁とかって
いうのに巻き込もうとしてるだけじゃない！ルラキルと同じで！！
「ライア様！」
「ルラキルと同じ」という一言はミューの胸に深く突き刺さった。
勢い声はアリスに張り合うかのように大きくなる。しかしそれでも
ミューはアリスの事を「アリス」とは呼ばなかった。そしてその事は
アリスを更に逆上させる結果となった。
「さっきから私のこともライアライアって！私はアリス！アリス・ランフォード！！
それ以外の何者でもない！！」
と、そこでミューはアリスの頬を左手でひっぱたいていた。何故叩いた
のか、自分でも分からない。ライアの少女が自分の思い通りに動いて
くれなかった苛立ちからか、自分にとって仇敵の一人であるルラキルと
同じ、と言われたからか、それとも自分の運命をただ待つ身となった
自分に対し、その根底にある物がただ単なる戸惑いだったとしても、
あくまで「アリス・ランフォード」である事を貫こうとしている彼女への
嫉妬なのか・・・理由はともあれミューは足早に部屋を出て、鍵をかけ
ると二階にある別室へと駆け込んでいった。
「私・・・どうすればいいんだろう・・・」
ベッドにうつ伏せに身を沈めながらミューは考えた。人間と必要以上の
交わりは絶とう、千年前の自分の戦友達の遺志や血統を受け継ぐ者が
自分の前に現れたとしても彼らに対してはあくまで従者として仕え、
ただ己の最終目的のために歩もう、何十年も前からそう心に決めていた
のに、そしてその通りに生きてきたのに、今は心が、そしてアリスの頬
を叩いた左手が痛かった。そして自分の想いに対する答が出せぬまま、
ミューは眠りに落ちた。
そしてミューは夢を見た。アンドロイドのミューだから、そのシステム
とかメカニズムは人間の見る「夢」とは違うのかもしれない。けれど
ミューが見た物は「夢」としか説明がつかない。その夢の中で彼女は
多くの懐かしい人々と出会った。ケイン、シーレン、ライル、リナ、
マーリナ、アイン、リン、ラン、ノイン、ルナ、二代目ライア、それに
ネオアリサやフレオに来てから出会った人達・・・皆口々に微笑みと
優しさをもって「無理をしなくていいから」とミューに告げる。けれど
ミューは、意固地になってそれらを追い払おうとした。
「・・・みんな、先に行っちゃったクセに！勝手な事言わないで！！」
ミューがそう言って腕を一振りする度に彼らのうちの何人かがミューの
前から消えて行く。ミューは半狂乱に腕を振り回した。そして間もなく
ミューの前から全ての人々は消えて無くなり、いるのは自分一人、そし
て漆黒の闇だった。
「・・・そう・・・結局私は一人なんだ・・・」
暗闇の空間の中で呆然と立ち尽くしてミューは言った。心の中を言い
ようのない虚無感と孤独感が駆け抜ける。
「・・・でも・・・本当にみんないなくなっちゃう事ないじゃない・・・」
ミューは消え入りそうな声でそう言うと、今度は腹の底から出すような
大きな声で、消えてしまった人達の名前を叫んだ。けれどミューの呼び
かけには何の返事もなく、ミューがその場に膝を抱えて座り込んだその
瞬間、後ろから彼女の肩を叩く者がいた。
「ケ、ケイン・・・様・・・？」
やや唖然とした面持ちでミューはケインの顔を見つめた。そんなミュー
に対してケインは少し呆れたような、それでいて憐れむような、複雑な
表情をしながらミューに話しかけた。
「ミュー、君は周りに人がいてもいなくても悲しみ、苦しむんだな・・・
それなら君は何を楽しみに生きているんだい？」
「た、楽しみなんてそんな物は！」
ケインの言葉にミューは声を荒げて反発しようとする。けれどケインは
それを軽く制止すると、また自分の言葉を続けた。
「グランツの事は知っているさ・・・でも、もしミューが完全な「機械」
ならばまだしも、君は限りなく人間に近いし、自分が人の心を完全に
失う事も望んでいない・・・」
「・・・・・・・・・」
ケインの言葉に、ミューは反論できなかった。
「人が人である限り、また、人としてあろうとし続ける限り、苦しみは
避けられない。それならば苦しみの中に少しでも癒しや楽しみがある
道を選ぶ方が何倍もいい・・・僕達が君に言えるのはそれだけだ・・・」
そう言うとケインの姿はどんどん稀薄になって行く。ミューはケインの
体を抱きとめようとしたが、その体はミューの腕をすり抜け、ついには
完全にミューの前から消滅した。そして、それと同時にミューも現実の
世界へと引き戻された。
「今のは・・・何だったんだろう・・・」
ミューは瞳を開け、上半身を起きあがらせるとあたりを見回した。どれ
くらい眠ってしまったのであろうか？外はもうすっかり暗くなってしま
っていた。
「苦しみの中に少しでも癒しや楽しみのある道、か・・・」
ミューは夢の中のケインの言葉を誰に言うともなく繰り返した。そして
自分の気持ちの整理をつけられぬまま階段を降り、ライアの少女がいる
部屋の鍵を開ける。しかしそこの窓の鍵は開き、部屋の中には誰もいな
かった。
「まさか、闇の手の者が・・・！？」
ミューは一瞬焦ったが、辺りに荒らされた形跡も血痕もなく、何より
これまでの間ミューは闇の波動を一切感じなかった。千年の間「時」
の到来を待ち続け、わずかの「気」の流れにも異常なまでに敏感に
反応するようになってしまっていたのに、である。そうなると考え
られるのは自らの意志でここを抜け出した事くらいであろうか。だが
外はこの吹雪である。こんな厳寒の中を何の防寒具もなしに表に出る
とは考えにくかった。
「と、なると・・・」
ホープの村の馬車か何かでもこのあたりを通り過ぎ、それに便乗した
くらいしかミューには考えられず、結果ミューはホープの村へ向かい
出かける事にした。この家からホープまでは馬車でも一時間はかかる
距離である。まして自分の足で歩いたら何時間かかるかわからない。
ミューはすぐに出かける事にした。
しかし思えばこれはミューらしからぬミスであった。ただでさえ雪に
足をとられるのにこの夜道である。雪の明かるさとミュー自身夜目が
きくので道を進むのに普通の人ほどの苦労はないものの、それでも昼
に行く方が何倍も楽である。しかも何度か夜行性のモンスターの襲撃
を受けてはそれを撃退していたので、村に辿り着いた頃には夜はもう
すっかり明け、朝日があたりを照らしていた。そしてその村の中で、
最も沢山の人が集まっている場所の中心に、自分が探している人物は
いた。手には弓が握られており、周囲の人々も口々に彼女の腕前を
賛美していた。
「力が・・・目覚め始めたのね・・・」
ライアの少女を取り巻く周りの様子、それに何より彼女から発せられる
「気」が昨日とはまるで別人のようであった事を見てミューは思った。
昨日、自分の前ではあれだけ否定し、拒絶していたライアの力を今は
使っている、その理由が何であるのかはまだ分からないが、ミューは
そんなアリスに対して少しだけ悔しさを覚えた。それから少しの間、
ミューはその場で身動きが取れずにいたが、すぐに気を持ち直して人
だまりの方へと歩いていった。
「ライア様、探したわよ・・・」
「ミ、ミューさん・・・」
アリスは少し顔を青ざめさえながら言った。明らかに、自分を恐れて
いる顔つきである。そしてアリスを青ざめさせたミューに対し敵意に
近い物を持って接する村人もいた。それらの顔や態度を見ると、胸が
痛む。少し前までは、彼らに好かれ、必要以上の関係を持つ事に対し
恐怖感を持つ事こそあれ、嫌われ、無関心になられる事はむしろ自分
自身が望む事とも言って良かったのに、今のこうした態度はミューを
戸惑わせた。そしてミューは戸惑いを持ったまま、自分の心の整理を
つけぬままに、アリスの手を掴み、言葉少なに村を後にした。
それからしばらく、二人は無言のまま歩いた。気まずい事この上ない
空気があたりを支配する。そしてその沈黙を破ったのは、アリスの方
であった。
「ミューさん・・・話してよ、本当の事・・・」
その一言にミューはドキとしたが、ひとまずとぼけてこの場をやり
過ごそうとした。けれど相手は顔を少し潤ませながら今の自分の胸
の内を正確に言い当てると、今度は目つきを厳しくさせ、ミューに
詰め寄った。
「教えて、私には知る権利があるわ。」と。
「（この子・・・能力の開花が思ったより早い？それとも・・・これでも
まだ序の口だと言うのかしら・・・？）」
アリスの指摘の正確さにミューは狼狽を隠せなかった。そして同時に、
彼女に対して一切の隠し事は無意味だと悟ると、ゆっくり口を開いた。
ミューは全てを語った。メギドの事、グランツの事、リーク王家の事、
そしてかつて自分が苦楽をともにした仲間達の事・・・一言言う度に胸を
突き上げるような感情がこみ上げ、胸をかきむしりたくなるような衝動
に襲われる。その告白は、ミューにとって拷問に等しかった。こんな時、
人間のように涙を流す事ができたら、いくらか気持ちも安まるのだろう
が、その涙もミューには出ない。だからミューは頭の中を空っぽにし、
淡々と事実のみを話すように心がけた。もっとも、それがどれほど彼女
の思い通りに実現できているかは、甚だ怪しい物であったが。そして、
ミューが全ての胸の内を告げ終えた時に、ミューはアリスが自分の手に
額を押し当て、涙を流している事に気付いた。そしてミューは、そんな
アリスの背中を左手で数回、おぼつかない手つきで軽く撫でた。それは、
「人」としての心を拒もうとしていた昨日までの自分では考えられない
事だった。
「感じる・・・私じゃとても耐えられない、ものすごい悲しみがミューさん
の心から流れてくるのが・・・人を愛すれば苦しんで、愛さなくても苦
しんで・・・・・・」
「ライア様・・・」
それからミューは言葉を続けようとしたが、そこから先の言葉が見つから
ない。そしてそんなミューの胸の中で、アリスは相変わらずの涙声で言葉
を続けた。
「私は１５年しか生きていない、だから千年以上生きてきたミューさんの
気持ちは、なんとなくしか分からない。けど、どっちにしろ苦しい思い
をするんだったら、少しでも楽しい事があった方がいいと思うよ・・・」
アリスがミューに言った言葉、それは夢の中でケインが自分に言った
言葉と全く同じ物だった。無論、そんな事をアリスが知る筈はない。
だが、自分にとって最も思い出深い人の言葉と、今目の前で自分に心
からの同情を捧げている人の言葉、この二人の言葉は、ミューの心の
迷いを断ち切るのに十分だった。
「ありがとう・・・・・・アリス・・・」
静かな、しかし力強い声でミューは言った。そして今は、アリスのような
者がライアの力を受け継ぎ、そして自分の前に現れてくれた事を心から
嬉しく思っていた。
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