「ふぅあ〜あ・・・暇だ。」
朝の礼拝が終わり、シェスはすることもなく一人自分の部屋にいた。
シェス・ティアニー、現在十四歳、術者としての素質は極めて高く、大人のエスパーも皆
シェスには一目置いているほどである。しかし、その行動的な性格が災いし、謹慎処分
をくらった事も一度や二度ではない。特に一昨年館を脱走した時は折り悪くタイラーの
村祭りにあたっており、そこで間違って酒を飲み、泥酔して帰ってきたため、あわや
除名になりかかったことなんかもあった。ただしその時は仲間の嘆願と、
その素質を惜しむ声のため、辛くもその首がつながったのである。
その時の祭りの細かいことはシェス自身酔っていたためあまり覚えていない。
しかし非常に賑やかで、楽しいものだったということは覚えていた。そして確か，
一昨年の今頃だったということも・・・
「よーし、ちょっと行ってみるか。」
そう思い立つやシェスは外出着に着替え、腰にスライサーを帯び、いくらかの小銭を
懐にねじ込むと、窓を開け外に脱出していった。
「おい、シェス・・・？」
仲間のエスパーの一人が彼女の部屋にやってきた時，既に部屋はもぬけの殻でった。
「やれやれ、またか・・・」
そのエスパーは一人，苦笑いをしていた。彼に限らず、その奔放さもシェスの
魅力の一つとしているのが同年代のエスパー達の特徴でもあった。
さて、無事にエスパーの館を抜け出したシェスだが館を出た時から、
何か嫌な空気を感じていた。人の悲しみ、嘆き、そういった気配を・・・
だから今は出かけるときの期待感とは全く逆の感情で、その気配がする所、
タイラーの村に急いでいった、自分の予感が、外れていればと祈りつつ・・・
しかし、残念ながらシェスの予感はあたっていた。壊れた家，傷ついた人々・・・
村は朽ち果て、見る影もなくさびれている。
「これは・・・」
シェスは言葉を失った。そして数少ない村人の一人を捕まえて、何が起きたのか
問いつめた。
「一年半ほど前だったか、突然野盗が出没し始め、沢山の者が殺されおった・・・
ツテや金がある者は村を捨て、ここにいるのは、ワシらみたいな、引っ越すツテも,
金もない連中だけだよ・・・」と、そう力無げに，つぶやくように言った。
そう聞くとじっとしていられないのはシェスの生まれ性と言っていい。
話していた村人の胸ぐらをつかみあげ、
「野盗は、どこから来るの！！」
と、問いただした。その剣幕に驚き、村人が
「み、南の方からで・・・」
と言うと南の方に一直線に駆け出していった。計画性なんかありはしない。
「近づいてきた・・すごく、嫌な気配が・・・」
シェスににわかに鳥肌が立った。野盗のアジトというのが近いのだろう。けれど，
ここまで来たら引き返す気は毛頭無かった。
と、その時いかにも悪党面した男が二人迫ってきた。
「何だあ、お前は。」
「あなた達が、タイラーの人達を苦しめてる野盗なの！！」
「だったらどうするって言うんだ？ええお嬢ちゃん？」
「あなた達を、倒す！！」
「倒す？俺達を？へへっ、こいつは面白い冗談だ。おい、こいつによぉ、
世間っていうモンを教えてやろうぜ。」
「ああ、だけど顔は傷つけんなよ、まだガキだが素材としては悪くない、こいつなら，
売れば三万メセタは堅そうだ。」
そう言うや襲いかかってくる二人だったが、シェスのマジック「ヒューン」をくらい、
口ほどにもなく倒された。そして騒ぎに気付いた野盗十数人が次々に襲いかかってきた。
「こんのおおおおぉぉぉっ！！」
シェスは野党に周りを囲まれても全く臆することなく立ち向かっていった。
しかし，限界がある。マジックを使えるうちはシェスにとって圧倒的に有利だったが、
ＴＰも尽き、白兵戦になると、次々に現れる大男たちを相手にしては手も足も出ず、
ついには力尽き、目が覚めたときには手は後ろ手に縛られ、猿ぐつわを噛まされ，
狭い部屋閉じこめられていた。
「わ、私は・・・」
シェスは辺りを見回した。何もない、目の前にあるのは、少しさびた鉄の扉だけである。
「・・・（私も、見くびられたモンね）。」
そう心の中でつぶやくとすぐにヒューンで縄を切った。体の方も，あちこちに打撲傷を
負っていたが，それもすぐにレスタで治した。
ただ、難敵は扉の方である。こればかりは今の自分の力では破れそうにない。
思案に暮れていると遠くから荒々しい声とともに足音が聞こえてきた。
「随分手こずったらしいじゃないか、今回のガキには。」
「まったくだ、あんなんじゃ人買いの奴が買ってくれるか・・・」
どうやら自分のことらしい。そしてその足音が自分の方に近づいてくるのを聞き、
急いで猿ぐつわを締め直し、手を後ろに回し縛られているフリをした。
「なんでえ、どんなじゃじゃ馬がでてくるのかと思えば・・・」
「気ぃつけろよ！！あれで結構凶暴なんだ！」
「なんでぇ、たかがガキ一人に、そんなにビクビクやがって・・・」
「お、おい、よせ、やめろ！！」
片方の男がドアの鍵を開け、部屋の中に踏み込んだその瞬間、
シェスは相手に飛びかかり，難なく二人をねじ伏せた。
「ったく・・・レディを化け物みたいな言い方してえっ！！」
シェスは相当不機嫌そうに部屋を出ていった。
「さあてこれからどうするか・・」
シェスは少し考えた、
「ひとまずエスパーの館に帰ろうか・・・いや！！」
シェスはその考えをすぐに否定した。
「オカリナもない、右も左もわからない、第一有無をいわさず”また”謹慎処分を
くらうかもしれない！！」
そう考えると結論は早かった。
「ボスを倒す！！」
あらゆる意味でもっともシェスらしい判断だった。ただし、
今度はさすがに慎重になり、なるべく物音をたてず、静かに行こうとしたその時、
「よくきたね、エスパー君。」
と後ろから声がした。
「気配に・・・気がつかなかった・・・あたしが・・・」
そうシェスに話しかけた男は、背は１８０位、その服装はどことなくエスパーの
それに似ている。そして黒い長髪は，ラフに後ろに束ねてあった。
一見すると線も細く，優男にさえ見えるが，シェスはその男に戦慄を覚えた。
「！！あ・・あなたは・・・？そ、それよりどうして私がエスパーだって！？」
シェスその男の醸し出す雰囲気に押しつぶされそうになりながら話した。
「簡単なことだ、俺が、元エスパーだったからだ。」
「！まさか、二年近く前に破門されたのが一人いたって聞いたけど・・・」
「まさしく、それが俺、レオンだ。」
「まさか、あなたがここのボス！？」
「いかにも。」
「ど、どうしてこんなことを・・・」
「俺は、エスパーの館の連中が嫌いだった！！ダーク・ファルスだかなんだか
知らないが、そんなことばかりこだわり、町や村で何が起きてようが、意にかけん
連中がな！！」
「そ、そんなあなたがどうしてこんな事してるのよっ！！」
「館を出た俺は様々なところを回った・・しかし、誰も俺を認めやしない！！
ならば思ったのさ、俺の力を認めさせてやろうとな！おまえも、こんな所に一人で来る
など、館の意志ではあるまい、おまえみたいなのは、きっと、厄介者に見なされるだろう。
どうだ、俺の従わないか？」
さっきよりやや口調を和らげ、レオンは言った。
「嫌よ！！」
シェスはかみつくように言い返した。
「たしかに・・・上の人たちに、あなたがさっき言ったようなものを感じた事はある・・・
けど！！だからって、自分の思い通りにならないからって力に訴えるなんて・・・
そんなの間違ってる！！」
「そうか・・・」
レオンは少し寂しそうな目をした。しかしその目はすぐに冷酷なものに変わっていった。
「残念だよ、将来有望なエスパーかと思ったら、所詮はやはり館の犬だったか・・・
まあ、いい。ならば・・・死ね！！」
「・・・来る！！」
そうシェスが思った瞬間、全身を雷撃が駆け抜けていった。
「今のは・・・タンドレ！？熟練したエスパーでも至難の・・・」
シェスは改めて自分が戦っている相手がタダ者ではないことを悟った。
「くっ・・フレエリ！！」
シェスの手から火炎球が連発で発せられる、しかしレオンはそれをよけるでもなく、
片手で受け止め、握りつぶした。それでもシェスは立て続けに，もてる技すべてを
叩き込んだが、全く動じる様子を見せずシェスの必死の攻撃を薄笑いを浮かべながら
全て片手でさばいていた。
「もう、気は済んだか？」
レオンの冷酷な言葉がシェスの耳に響いてきた。
「（か、かなわない)・・・」
シェスにはもうどうしていいのかわからなかった。
「気がすんだのなら、いくぞ。」
悠然と腕に力をため始めるレオン、と、その時、シェスの脳裏に閃くものがあった。
「（あった・・・一つだけ）・・・」
シェスの頭に一つの伝承が思い出された。
エスパーは自らの生命エネルギーを使い、人を癒すことが出来る。ただし、その力を
最大限に放出したとき、その力は破壊の力となる・・・エスパーにとっての禁じ手，
「エナジェテイックボム」、その破壊力はかのメギドにも匹敵するが、
使い手の命も無事ではすまない，文字通り捨て身の戦法・・・
「（どうせ・・・このままじゃ殺されるんだ！！）」
そう思うとシェスはほんの少し気が楽になった。
「ほう・・まだ闘気が・・・何をしても無駄だというのに。」
「お、同じかどうか喰らってから言いなさいよ！！」
シェスが持てる生命エネルギーの全てを右腕に込め、相手に向かって突撃しよう
としたまさにその瞬間だった。
「がっ・・・」
シェスは後頭部に強い衝撃を受け、ドサリと倒れた。
「ふう、どうやら、まにあったみたいだな。」
「お、おまえは・・・スレイ！？」
レオンは一瞬言葉を失った。
「テメエ・・・落ちるトコまで落ちたな！！」
「だ、黙れスレイ！！俺がこうなったのも元はといえば・・・」
そう言いかけたレオンに対しスレイは哀れむような口調でいった。
「まだ・・・そんなことを言ってるのか？おまえが持っていたのは、正義感
じゃなく、単なる英雄願望にすぎなかった。それを見抜いていたからこそ、
長老は館の中でも随一の能力を持つおまえにルツを継がせなかった・・・」
「ええい、黙れ！！俺に，一度も勝ったことがないくせに！！」
さっきとはうって変わり逆上した面もちで叫ぶようにレオンは言った。
「人間は、成長するモンだ。それが、わからないのか？」
「減らず口はそれまでだ！！タンドレ！！」
レオンの手から雷撃が発せられる。
「フン・・・甘い！！」
そのかけ声とともにスレイは相手の技をそっくり跳ね返した。
「ばっ、馬鹿なっ！！」
その声を最後に、レオンは地に崩れ落ちた。スレイはレオンを縛り上げ、
道中倒した彼の手下と一緒に数珠繋ぎにした。
そして、傷ついたシェスを抱きかかえて、エスパーの館へと向かっていった。
シェスの意識が戻ったのは、それから三日ほどしてからのことだった。
「う、うん・・・ここは？」
「シェス！！気がついたのか！！」
辺りを見回すと、そこは見慣れた自分の部屋だった。そして，仲間の
エスパーたちが心配そうな面もちでシェスを見つめていた。
「野盗の集団を一人で倒したんだって？すごいじゃないか！！」
「え！？けど、私は・・・」
「なんか、背の高い，青い髪の人が，お前を届けてくれたんだよ。
それと、後からタイラーの村の人達がさんざん礼を言いにきてたぜ。」
シェスには何がなんだかわからなかった、ただ、自分の手によってではないにせよ、
タイラーの人たちが助かったという事がわかっただけでも安心し、
いつの間にか出来た後頭部のコブをさすりながら仲間達と，とりとめもない話を
はじめていた。
・・・そのころ、奥の院にて・・・
「お帰りなさいませ・・・五代様。」
「ああ。」
「いかがでしたか、久々にデゾリスにお戻りになられて。」
「なんにもかわんねえよ、ただ・・・」
「ただ？」
「・・・いや、何でもない・・・(ユーシス達の戦いからもうすぐ千年か・・・
嫌な感じが少しずつアルゴルに広がってきていやがる・・きっとまた、大きな戦いが
来るだろう・・・その時までに・・・強くなれよ・・・シェス！！）。」