雨が降っている。
仕事も入っていない，退屈な雨の昼下がり，ライラは一人外を眺めていた。
「雨、か・・・」
誰に向かっていうわけでもなく，ライラは一人つぶやいた。
「そういえば・・・あのときもこんな風に，雨が降っていたわね・・・」
十年近く前の雨の日，旅行先でそれまでの自分の生活全てを粉々に打ち砕いた
野盗達による襲撃，そして、死の恐怖に震えてた自分を救ってくれた一人の男・・・
「怪我はないか？」
無精ひげを生やした、その熊のような男が震えているライラに話しかけた。
「あ・・・う、うん・・・」
「そうか、ん・・・警察の腰抜け連中が今頃ノコノコと来やがったか，奴らに関わると，
面倒だからなあ・・・ひとまず退散するか。」
男はさもうざったそうに言った。
「ま、詳しい話は家で聞くとしようや。」
そう言うと男は懐から旅のオカリナを取り出した。
・・・モタビア最大の街，アイード・・・
「ま、入れや。あんまりきれいとは言えないところだがな。」
「（あ・あんまり・・・？）」
そう言って通された家は、それまで資産家の令嬢として育てられてきたライラに
とっては『あんまり』どころの騒ぎではなかった。
「（すっごく・・・汚いっ！！！）」
「ん？何か，言ったか？」
「う、ううん、何も・・・」
ビクビクしながらライラは答えた。
「そう言えば，まだ自己紹介してなかったな。俺はガルフってんだ。お前は？」
「あ、・・・ライラ・ブラングウェンです・・・あの、助けていただいてありがとうございます。」
「いらねえよ。そんな堅苦しい挨拶は。それよりブラングウェン家っていうと有名な
資産家じゃねえか。じゃもしかして殺されてたのは・・・」
「・・・父と、母です・・・」
「そうか・・・そいつは気の毒だったな。」
「あ、あの・・・ひとつ、聞いてもいいですか・・・？」
「ああ。」
「あ、あなたは一体・・・」
「俺か？俺は，ハンターだ。」
「ハンター？」
ライラにとっては初めて聞く職業だった。
「ああ、モンスター狩りを筆頭に人捜しまでこなす，いわば便利屋さ。ところで、
これからどうするんだい？」
そう聞いてくるガルフにライラは震えながら答えた。
「戦いを・・・戦いの技術を教えてください・・・」
その答えにはさしもののガルフも驚いたと見えたとみえた。
「ほ・本気か？」
「はい・・・」
「子供のゴッコ遊びじゃないんだぞ！！」
「わかってます。」
「なら，どうして・・・」
「私・・・親戚の人たちは嫌い！！いつも，うちの財産をむしり取ろうとばかり
考えてるから！！どうせ今頃，遺産の分配の話をしてるに決まってる！！私が，
帰ってきたって，厄介者にしか見なされない！！」
「ふ〜ん、骨肉の資産争いってヤツか。他人事とは言え，嫌なものだな・・・」
「それに・・・」
「それに？」
「私、もうこんな思いはしたくない！！目の前で，自分が大好きな人が殺されるのに，
ただ震えてるだけなんて・・・」
「そうか・・・ま、いいだろう。けど、それなりの覚悟はしておくんだな。」
そう言うとガルフはソファーに寝転がり，あとは高いびきであった。
明くる日から、ガルフによる特訓が始まった。その厳しさは大の男でも参るような
厳しいものであり、ライラにとっては地獄以外の何物でもなかった。
しかしその厳しさに何度も音を上げそうになったライラを支えたのはプライドと執念，
そして、「二度と自分みたいな悲劇は，自分の前では起こさせない」という決意だった。
「こいつ・・・思ったより筋がいい。」
予期せぬライラの成長に一番驚いてたのは師匠のガルフである。ガルフは当初は
すぐに音を上げるだろうと思っており、『逃げたら逃げたで放っておこう』位にしか
考えていなかったのである。しかし、必死に食らいついてくるライラを見，いよいよ本気で
ライラに稽古を付け始め，ライラも全力をもってそれに答えていった。
・・・そんな風に数年の月日が流れたある日・・・
ライラが一足先に仕事から帰ってくると，家の中にライラの知らない男が一人，
悠然と座っていた。
「よう、ガルフ・・・どうしたんだい。えらく、片づいてるじゃないか。」
「・・・あ、あんたは？」
「なんだ、ガルフじゃなかったのか。」
「泥棒だったら運が悪かったわね。覚悟！！」
そう言うやライラが殴りかかろうとしたその時，
「よせ，ライラ！！お前にかなう相手じゃない！」
と後ろから怒鳴るガルフの声がした。
「ガルフ・・・こいつは？」
そうガルフに尋ねるライラ。
「ったく・・・来るんだったら前もって連絡ぐらいしろよ，スレイ。」
「スレイ・・・？」
「ああ、お前が来る前の俺のパートナーだ。それでなスレイ，こいつはライラ。
俺の今のパートナーだ。ま、まだ新米の半人前だがな。」
「へえ・・・そいつが。」
さも意外そうに，また、ライラを小馬鹿にするような口調でスレイは言った。
「何よ、文句ある！？」
かみつくようにライラが言い返す。
「よしな、ライラ！で、スレイ，何しに来たんだ？」
「な〜に、アテもない修行の旅ってヤツだよ。それはともかく，しばらくまた世話になるぜ。」
「ああ，いいだろう。」
「ちょっ、ちょっと待ってよガルフ！！」
その言葉を遮るようにライラが言った。
「こんな得体の知れないヤツと一緒にいたら，私の身が危ないじゃない！！」
あわてながらそう言うライラをスレイはさも面白そうに眺めながら，
「な〜に、別に襲ったりしねえから心配すんなよ。」
と笑いながら言った。
ライラも随分反論したが結局押し切られ，ガルフ、ライラ、スレイの三人の
共同生活が始まった。そして、ライラのスレイを見る目が変わるのにも，そんなに
時間はかからなかった。
圧倒的なテクニックの実力は目を見張るものがあり，更には自分が今まで
見たこともない技『マジック』をも使いこなす，そして普段は軽口を叩いている
のに、時折見せる淋しそうな表情には、自分とは比べものにならないほど大きな
十字架を背負っているように感じられた。
しかし、そのことに触れると，またいつもの軽口を叩くスレイに戻る・・・
ライラにとって、今までこれほどまでにつかみ所のない人間もいなかった。
しかしそれでも，ライラにとって彼ほど気がねなくつき合える人物も今まで
いなかったと言える。屋敷にいたときはもちろん，師匠のガルフにさえ、やはり遠慮
と言うものがあったライラにとってスレイは初めての気まま談笑し，相談し，
些細な喧嘩に明け暮れることのできる相手であった。
そして、そんなスレイに対しある種特別な感情が芽生え始めたある日・・・
「ガルフ！！」
ライラとスレイの絶叫があたりを包み込んだ。
「楽な仕事だ，俺一人でカタがつく。」
そう言って出ていったガルフが，血まみれで帰ってきたのである。
「こいつは・・・ひでえ・・・」
ガルフの容態に，さしもののスレイでさえ言葉を失った。
「へっ・・・この俺様も，年にゃあ勝てないモンだな・・・」
「もういい、しゃべるな！！」
「いや、この傷だ・・・もう，助からん・・・」
「誰が・・・こんな事を・・・」
「仕事帰りに，ちっと，サンドワームに出くわしたんでな・・・人を食おうと
してやがったからと、おせっかいしたらこのザマだ・・・ま、ワームは倒したがな・・・」
「何とかできないの！？スレイ！！」
そうスレイに言うライラの声は絶叫にも似ていた。
「へっ・・・いいんだ、いいんだよライラ・・・お前ももう一人前なんだ。
こんな事で泣くんじゃねえ・・・」
「う・・・うん」
ライラは絞り出すような声でそう言い，小さくコクリとうなずいた。
「ライラ・・・スレイ・・・あり・・がと・・・よ・・・」
そう言うとガルフは事切れた。
「また・・・何もできなかった・・・」
呆然と、うつろな目をしてつぶやくライラに，両親を殺された時のことが，鮮明に
思い出され，止めどもなく流れる涙がライラの頬をつたっていった。
「ライラ・・・？おい！！ボーッとしてんじゃねえ！！ライラ！！」
そう傍らで怒鳴るスレイの声で，ようやくライラも我に返った。
「スレイ・・・」
「・・・何だ，ライラ・・・」
「これから・・・どうするの・・・？」
「さあな？自分の生き方は自分で決める，それが一番なんじゃないのか？」
「・・・・・・・・」
そして一晩明けた次の日の朝，気がつくと，そこに、スレイはおらず、テーブルの
上に、一通の置き手紙が残してあった。
「ライラへ・・・」そうスレイの文字で書いてある手紙の封を，ライラは恐る恐る開けた。
「ライラ・・・唐突で悪いが，俺はまた旅に出させてもらう。これからは，自分の道は
自分で切り開け・・・じゃ、縁があったらまたあおう・・・スレイ・・・」
たったこれだけの文章だった。
「もう、頼るべき人間はまわりにいない・・・」
一瞬放心状態になったが、しかしライラの瞳しにはすぐに，今までにない稟としたものが
宿っていった。
「自立，そう、スレイのあの一言は私に自立を促すための物だった！！
自分の道は自分で選ぶか・・・やってやろうじゃないか！！」
そして、その日を境にライラは急速にＮｏ.１ハンターとしての地位と名声を確立
していくのであった・・・
「あれから一年か・・・」
ティーカップを傾けながら、ライラは一人つぶやいた。
「昔のことを思い出すなんて，あたしらしくないことを・・・」
そうつぶやくとライラはティーカップを片づけハンターギルドへと向かっていった。
「何か、仕事は入ってないかい？」
「ええ、一軒，ライラさんに特に頼みたいという仕事が入ってるんですけど・・・」
「へえ・・・どんな仕事だい？」
「ストリートキッズのリーダー格，ルディという少年を捕まえてほしいと・・・」
オンライン小説のコーナーに戻る