パンドラの箱

アルゴルの全てを管理する超高性能コンピューター、マザーブレイン。その作られた技術力から考えれば、
そのセキュリティ能力・・・戦闘能力も恐らく最強だろう。果たしてそれを壊せるのか、自信がない。しかし
その恐怖よりも、壊した後の事を考えるとユーシスは背筋の凍る思いがした。

「全ての電気が止まる・・・ドームファームも、アメダスも・・・モタビアはまた砂漠の星に戻るだろう。
　そうしたら・・・アルゴルの何割の人が死ぬんだ？二割？三割？いや、もしかして・・・五割以上？」
ユーシスはネイソードと、自分の掌をじっと見つめた。自分がこの手で、そしてこの剣でマザーブレインを
破壊した瞬間から悲劇が始まる。何の罪もなく、家族を持って、平和に、そして幸せに暮らしている人達は
一気に地獄へと叩き落とされるのだ・・・

「僕は、何のために戦っていたんだ？アルゴルの平和のためじゃなかったのか？その僕がアルゴルの人の命と
　生活を奪おうとしている・・・けどルツは言った。マザーブレインは邪神、全てを滅びに導くと。現にパルマは
　マザーブレインに滅ぼされた。モタビアとデゾリスがそうなっても、何の不思議もない・・・」
自分が剣を振り、マザーブレインを倒さなかったら、いずれアルゴルは滅ぶだろう。マザーブレインが攻撃に
出た場合、抗う術が今のアルゴルの人間にない事は明白である。しかしそれでもユーシスは怖かった。

三十分ほど前は、ユーシスは館の中にいた。そしてルツに提案した。今のうちにマザーブレインに匹敵する
システムを作れないかと。しかし皆の反応は決していいものではなかった。

「マザーブレインをナメちゃいけねぇ、このアルゴルのどこかで、そんな大規模な物を作っていたら、ヤツは
　すぐに嗅ぎ付ける。そうしたら生き残った技術者達も殺されちまう。」
これはカインズの言葉である。しかし理論的に反論するための言葉は、ユーシスには浮かばなかった。

またルツも言った。

「ユーシス・・・仮に私達アルゴルの人間がマザーブレインに匹敵する物を作ったとしても、それでは何の
　解決にもならないのですよ。一部の人間、一部の機械、そんな物でアルゴルは導かれるべきではない・・・
　この戦いが終わったら、私も、そして館の住人達も、人の中にあって生きるつもりです。外部の人間と
　交わりあい、そしてその上でアルゴルの戦いの歴史を語り継いで行く事が、これからのエスパーの館の役目、
　私はそう考えています。」
カインズの言葉もルツの言葉も正論である。反論の余地はない。しかし理論でなく怖かった。なんでみんなは
平気な顔をしているのか、不思議でしょうがなかった。ユーシスは、そんな彼らから逃げるように無言のまま
表に出たのであった。

「いつまでもそんな所にいると、風邪ひくよ。」
館から出てきたアーミアはそう言うとユーシスの横に腰掛けた。
「アーミア・・・君は、平気なのかい？僕たちの手で、アルゴルの人間を奈落の底に突き落とすんだぞ？
　僕は史上稀にみる大犯罪人として歴史に名前を残すだろう・・・いや、そんな事はどうでもいいんだ、
　ネイが死んで、アメダスが暴走して、セキュリティを敵に回す事になった瞬間から・・・　ただ、苦しい
　んだ。ネイが死んだとき、どうしようもなく悲しく、苦しかった。その時思ったんだ。もうこんな悲しい
　思いは誰にもさせたくないって、僕で最後にしたいって！でも・・・」
「なにウダウダ言ってるんだよユーシス！」
にらみつけるような目と激しい口調でアーミアが言った。
「アルゴルはマザーブレインに支配された。そして、誰もそれを止められなかった！アンタも、私も、みんな
　アルゴルにマザーブレインっていう名前の邪神をのさばらせた共犯者なんだよ！！」
「共犯者・・・そうかもしれない・・・けどアーミア、君は割り切れるのか？それで！！」
「割り切れるワケないだろう・・・けどね、町のチンピラとケンカする時でも、考え事しながらケンカするヤツが
　真っ先にやられる、違うかい？まして今回は、『神』が相手なんだ！迷いは、戦いの後だ！！」
「・・・・・・」
「ブッ壊さなくちゃならなくなった物の事を考えても仕方ない、マザーブレインを倒して、それで終わりに
　なるワケじゃないんだ。そこから、新しいアルゴルが始まる、違うかい？」
「ああ・・・そうだな・・・」
ユーシスはそう言うとアーミアと館に戻った。しかし気が完全に晴れたわけではなかった。ただ今は、目の前の
敵をひたすら倒して行こう、そう思った。

四人は、ルツの力により宇宙船「ノア」へと転送された。敵の攻撃は激しい。しかし仲間と力を合わせ、何とか
宇宙船の最深部へと辿り着いた、そう思ったとき、足元に一つの小箱があった。
「なんだ？これ・・・」
ユーシス達はその何て事のないただの箱に、妙に惹きつけられた。何か開けずにはいられない魅力を持って
いるようにさえ感じられた。そしてユーシスが箱を手に取り、開けた瞬間、箱が開き中からまがまがしい気が
流れ出してきた。そしてそれはやがて集まり、一つの形をなした。ユーシスが夢の中で見た化け物によく似て
いる。しかし大きさは夢の中で見た物の比ではない。青黒い巨大な体に、３つの顔を持つ化け物である。
そいつは高笑いし、言った。
「よくぞ、パンドラの箱を開けてくれた・・・我が名はダーク・ファルス！！」
「ダーク・ファルス！？ルツが言っていた化け物を同じ名前！！」
「マザーブレイン云々言う前に、コイツを倒すことが先決みたいだな。」
「ああ・・・喰らえっ！！」
ユーシスがダークファルスに斬りかかる。その渾身の一撃は確かに敵の体を切り裂いたかに見えた。しかし
全く手応えがない。そして気がつくと辺り一面、ダークファルスの顔に囲まれていた。怒りの顔、憎しみの顔、
哀れみの顔、蔑みの顔、顔、顔、顔・・・ユーシスは自分の体が重くなり、無意識のうちに地に膝をついた。

「ユーシス！てめえが箱を開けるから！」
カインズはそう言いユーシスの胸ぐらをつかみ殴り飛ばした。辺りを見回すと、アーミアとルドガーの顔からも
戦意は消えている。もっとも、彼らを叱咤激励する気持ちも、ユーシスからは消えかけていた。ユーシス達は
もう死を恐れなくなっていた。いや、今の現実から解放してくれるのなら死んでもいいと思った。

「・・・シス・・・ーシス・・・ユーシス！！！みんな！！！！」
ユーシスの頭の中に声が語りかけてくる。それは懐かしく、暖かい声、自分を慕う者の声、紛れもないネイの
声であった。姿は見えない、しかしユーシスは叫ばずにはいられなかった。「ネイ！！」と・・・
「ネイ！ネイ！！！今、僕の名前を呼んだのはネイなのか？・・・待ってろ、僕もすぐにそっちに・・・」
「何言ってるのよユーシス！立ち上がって！！ホラ！！！」
ユーシスの心に響いてきたその声と同時に、ネイソードが眩いばかりの光を放った。まぶしく、暖かい光で
ある。その包み込むような暖かさは、ユーシス達の心の闇を一気に取り払っていった。

「バカな・・・我が術が破られるとは・・・」
ダークファルスの表情に動揺が見える。倒すチャンスは今を置いて他にない、みんながそう思った。そして
持てる力の全てをもって、ダークファルスに斬りかかっていった。
「化け物風情が！俺達を殺そうなんて百億年早えんだよ！ナガージ！！」
カインズのテクニックによる爆風が辺りを包む、それと同時にルドガーとアーミアは左右から攻撃をしかけた。
しかしダーク・ファルスは微動だにせず、強力な念動力で三人を弾き飛ばした。

「とどめだ・・・」
ダーク・ファルスがニヤリと笑う、しかしその勝利を確信した笑みが、ダーク・ファルスの最後の表情だった。
次の瞬間、ユーシスのネイソードがダーク・ファルスの脳天に柄の部分まで突き刺さる、さらにユーシスは
剣から手を離し、右腕をダーク・ファルスに押し当てた。

「集え！負の力！！我が心の中に秘められし怒り、憎しみ、哀しみの力よ！！破壊の業火となりて眼前の敵を
　滅せよ・・・メギド！！」
轟音と振動が宇宙船を包む、そしてその衝撃がやんだ時にはダーク・ファルスの姿は塵一つ残さず消えていた。

「勝った・・・」
その場にぺたんとしりもちをついてユーシスが言った。
「まだ、終わりじゃないけどな。最後の大物、マザーブレインが残っているだろ？」
アーミアの言葉にうなずく三人。
「ああ・・・けど、みんなも聞こえたか？」
「ネイの声・・・か？」
「ああ・・・そしてネイソードが光った。あれは一体・・・」
ユーシスそう言うと、再びネイの声が皆の中に響いてきた。
「まただ、またネイの声が・・・」
「ユーシス・・・みんな・・・」
「ネイ！どこにいるんだネイ！！頼む！幽霊でもいいから、姿を見せてくれ！！」
ユーシスがそう言うと、みんなの前にネイは姿を現した。消え入りそうな、蜃気楼のような姿である。しかし
彼らの前にいるのは、紛れもないネイであった。
「ネイ！」
ユーシスは涙を流しながらネイに抱きしめようとした。けれどその腕はネイの身体を素通りした。
「やっぱり、幽霊なのか？ネイ・・・」
「うん・・・そんな所かも・・・」
「そうか・・・でもこうしてもう一度会えただけでも・・・」
ユーシスがそう言いかけると、ネイは首を横に振った。
「私、いつもいたよ。みんなと一緒に。表に出られなかっただけ・・・」
「それが今、どうして僕たちと話ができるんだ？」
「力を、もらったから・・・ユーシス達が負けそうになった時、何か助けになりたいと強く思ったら、
　パンドラの箱の中にあったもう一つの、小さな、小さな力が一緒になってくれて・・・それで、ネイ
　ソードの持ってる退魔の力を増幅できたの・・・」
「パンドラの箱の中に？ダーク・ファルス以外の物があそこに入っていたのか？」
ユーシスの問いかけに対し、ネイはニコと微笑み、首を縦に振った。
「希望・・・世界が闇に包まれても、どんなに小さくなっても絶対に消えないもの・・・希望・・・でもね、
　私はもう行かなくちゃいけないの。」
「行く！？どこになんだネイ！」
「アルゴルに住むみんなの中・・・そうしたら、今みたいに目に見える形は保てなくなっちゃって、みんなと
　こうして話すことはできなくなっちゃう、それでもみんなの中にいるから・・・ね？だからユーシス、怖がら
　ないで。これからのアルゴルはきっと、みんなにとってとてもつらいものになるだろうけど、希望さえ心の
　中にあれば、手を取り合えるから、どんなに苦しい事でも、乗り越える事は絶対にできるから・・・私、さよなら
　は言わないよ。だって、私はずっと、ずっとみんなと一緒にいるから・・・ずっと、一緒に・・・」
その言葉を最後にネイの姿は消え、無数の光の粒が辺りを漂った。そしてその光の粒多くは、ノアの外へと飛び
散ってしまったが、まだいくつかはユーシス達の体の周りを漂っていた。

「希望、か・・・」
「古臭い、もう化石のような言葉だと思ってたけど・・・」
「ネイ・・・」
ユーシスの頬に涙が走る、けれどすぐにユーシスは涙を拭い、顔を見上げた。
「さよならじゃない、さよならじゃないんだよな・・・ネイは生きている。何千、何万のネイになって・・・」
「ああ・・・」
「もう・・・迷わない！行こう・・・みんな！」