スペースクルーザー ランディール
第22話 闇のリュクロス
”ラグオル・・波動係数・・古よりのコプトの支配者カプロン・・テクニック発祥の地ライドス・・
四刀の牙オロチアギト・・ ディラックの海・・大いなる・・パイオニア・・ 光・オルガ ・・・
なざらりし・・ネイ ・・・深遠・・・・地球・・・なる・・・フォトン・・・闇の淵”
そこは莫大な知識の奔流が混沌に流れる場所だった。いや混沌の中でデータが螺旋状に
絡み合い遺伝子にも似た巨大な構造を作り上げるようにも見えた。移ろい、たゆたい、
無限に消滅と生成を繰り返す知識の波、その中にタイラー達は投げ出された。
空間そのものが無作為に振動する知識の海の中、ただ胎児のように漂うタイラー達。
彼等は言い知れぬ快楽とも不快とも取れる不思議な感覚に囚われた。
と、それまで無作為に流動を続けていた知識の流れが磁石に吸い付けられる砂鉄の
ようにタイラー達に吸い寄せられ吸収されていく。ミカは思わず驚きの声をあげた。
ミカ「うわ・・・な、なにこれ・・なんか気持ちわるいよ。」
ジョディは吸収された知識にただ戸惑うばかりであった。
ジョディ「何・・・これは・・・私の中に知識が流れ込んでくる。・・・意識よりも不明確で・・・
今知ったばかりなのに・・・・昔から知っているかのようなこの感覚は・・・。」
アレス「これって本の中・・・だよな。」
アレスの疑問にオハリオがゆっくりと神妙に答える。
オハリオ「真実の書はただの入り口にすぎない・・・。ここはラシークの無意識とそこに
繋がるあらゆる異世界の無意識の接点といえる場所とも言える。」
入ってくる知識の量に漠然とした恐怖を覚えるタイラー。
タイラー「様様な異世界の知識ってやつか・・・・。俺達には手に負えないお宝だな・・・
シーク家が封印したがるのもわかるような気がするぜ。」
莫大な知識の光の天蓋を見上げていると気が遠くなるような眩暈を覚えてしまう。 その時、
突如としてジョディの顔色が悪くなり、頭を押さえうめき出した。
ジョディ「頭が・・・頭が割れるように痛いです。知識があ、頭から溢れ出しそうで・・・・・うぅう！！」
頭が割れるように痛み出し蹲ったジョディにタイラーが肩を貸した。
タイラー「ジョディ、大丈夫か！！ち、・・・やっぱりまだ具合が完全によくなっていなかったのか？
アイナ、すまないけれどジョディを本の中から出してくれ！！」
苦痛に顔を歪ませながらもタイラーに心配をかけさせまいと気丈にふるまうジョディ。
ジョディ「・・・・心配しないで、タイラーこんな苦痛ぐらいもう・・何ともないから・・。」
タイラー「・・・しかし！！」
気遣うタイラーの後ろからアイナが近寄りジョディの額に手を当て諭すように指示を与えた。
アイナ「落ち着いてジョディさん・・・いい、心を集中させて、自分が今、必要と思う情報だけを求めるの」
ジョディ「は、はい・・・。」
ジョディが目を閉じ瞑想に入るとアイナは茫然と見つめる
タイラー達にも鋭い言葉で同様の指示を与えた。
アイナ「他のみんなも今言ったことを遵守して下さい！無作為に情報を吸収してしまうと頭はすぐに
オーバーフローしてしまいますから！！外の死霊みたいになりたくないのなら心を集中させて」
アレス「・・・お、おう」
ミカ「うん、よくわからないけど心を集中させればいいんだよね。」
アイナの指示に従いその場にいる全員が心をある思いへと集中させてゆく。
”闇の魔の手からアルゴルを護りたい”その思いへと心を研ぎ澄ませると先程まで洪水のように
押し寄せていた知識の奔流がしだいに整然と清流のせせらぎのように穏やかになっていった。
そしてその中には歴戦の勇者達のいろいろ想いが詰め込まれいた。
ジョディ「・・・不思議な感じがします。それでいてとても安らかな気持ちになるんです。」
タイラー「ああ、それに俺達と同じ思いで闘った勇者達の記憶が俺の体の中で熱く感じられるよ・・・・。」
アレス「へへ・・・何だか、記憶な何だか、記憶なのに身体の中にまで力がみなぎってきやがる。俺の
先祖も闇と闘ったと昔話で聞いていたがその時の感覚や戦闘技術が身近にビンビン感じられ
るぜ！！」
ようやくいつもの元気を取り戻したタイラー達を見つめるアイナとオハリオ。その顔にはほっとした表情が
浮かんでいた。
アイナ「どうやら・・・取り越し苦労だったみたいね。真実の書の瘴気から今この空間に入るのは
危険だと思ったけれど。」
オハリオ「でも、今僕達は往くしかない。レイバート様がもしもの時の為に残した禁断の知識を継承
しなければならない。例え・・・それで命を落とす事になったとしても。」
アイナ「・・・・ええ、破滅の刻は近づいているのだから。」
二人は迫り来る脅威に対し悲壮な決意で望む覚悟をしていた。そんな想いを胸に秘めながらタイラー
達の前では努めて冷静に振舞うアイナとオハリオ。
アイナ「皆さん、私達はこの奥に進みます。ですが皆さん! 皆さんはある程度知識を得たらここから
引き返してください。ここはあまり長居していい場所ではないのですから。」
アイナの微妙な様子を訝しげに思いつつタイラーは飄々と返事をを返した。
タイラー「ああ、そうさせてもらうよ。そう言うあんたらも必要な知識を得たら早く戻ってくるん
だぜ。あんた達には帰りを待っている子供達がいるんだからな！！。」
飄然とした口調の中に咎める意図がある事はアイナも気づいていた。だがアイナはあえて曖昧に
笑いながら答える。
アイナ「・・・・ええ、そうさせてもらいますわ。」
自嘲するアイナの表情にタイラーはそれ以上の言及を避けた。ただ光の回廊の奥へと向かうアイナ達を
黙って見据えていた。
それから多くの剣技やテクニックなどの情報を自分達なりに取捨選択し鍛錬したタイラー達には溢れる
ような自信が漲っていた。知識の継承を終えたタイラーは明るい笑顔で言った。
タイラー「さあて、かつての勇者達の思いや戦闘に関する知識は俺達が継承した。アイナの言う
とおりここにこれ以上いるのは危険だ。今すぐ戻ろう！！」
アレス、ミカ、ジョディが小さく頷き四人は帰途につく事にした。
アレス「おう、頭を使ったらお腹が減ってきたぜ！！戻ったらたらふく食いまくるか〜！！」
ミカ「もう・・・アレスお兄ちゃんの頭の中には食うことと闘うことしかないんだから。」
アレス「なんだと〜。そんな事いうんならお前の好きなハンバーグが出ても俺がみんな
食っちまうからな！！」
ミカ「ああ〜！！もう、アレスお兄ちゃんのばかちん！！ほんっとレディの気持ちが
わかんないんだから！！」
とりとめもない会話でいつもの如く喧嘩を始めてしまう二人をジョディは笑顔でタイラーは
肩を竦めて見ていた。
ジョディ「ふふふ、二人とも相変わらずですね・・・。」
こんな不安定な空間の中でもいつもどおりの二人の様子にこの平和な日常がいつでまでも
続くよう心の内で願うジョディ。だが一瞬の安らかな時は脳の深淵より湧き上がるどす黒い
”声”により夢幻のごとく打ち砕かれた。
？？？”来れり・・・来れリ・・来れり！！！”
タイラー達は圧倒的な悪意に身を突き刺され動けなくなった。知識の光り輝く螺旋が竜巻に
飲み込まれる木の葉のように散らばり霧散してゆく。おびただしい根源的邪念がタイラー達の
身体を蛇のように駆け上がり、嵐の烈風のように宇宙的邪悪なエネルギーが身体に打ち付け
激しい痛みを喚起した。ジョディとミカは恐怖のあまり声にならない叫びを上げた。
ジョディ「・・あ・・あぁぁぁ！！」
ミカ「来るよ・・・怖いものが来るよ！！」
アレス「あ、ああ・・・怖え・・・圧倒的ないやな物が迫ってくる感じだ・・こ、この俺様が
ふ、震えがとまらねえぜ。」
鋼のような度胸を持つアレスですら全身の震えが止まらない。目の前で光輝く知識の螺旋を
押しのけ暗黒の小さな渦が現れた。渦は周囲の光を飲み込み瞬く間に巨大に成長する。その
奥から蛇の舌のように”闇”が関を切って溢れ出した。
・・・・”闇”は色に溢れていた。
どす黒く混沌に入り乱れる色が粘土細工のようにどろどろと巨大な手を形成してゆく。やがて
胎児の赤子のような巨大な手がゆっくりと蠢動したかと思うと次の瞬間、落雷のような轟音と
共に恐怖のあまり動けないでいるジョディの身体を掴み混沌の色の海へと引きずり込んで行った。
ジョディ「いやーーーー！！！」
タイラー「ジョディーーーー！！！」
渦に飲み込まれ豆粒の様に小さくなるジョディを追い、タイラーが暗黒の渦の中に飛び込んだ。
ミカとアレスも後を追おうとしたがタイラーを飲み込んだ渦は周りの知識の空間を破壊しながら
急激に小さくなりやがて消滅したのだ。その衝撃で真実の書の内在空間は急速に崩壊しようと
していた。
ミカ「タイラーお兄ちゃーん！！ジョディお姉ちゃーん！！」
アレス「ミカ、この空間はもうもたねえ！！急いで外へ出るぞ！！」
ミカ「でも！！・・・」
アレス「あいつらなら大丈夫だ！！きっと俺達の元に戻ってくるさ！！今までそうだったよう
にな！！！もし嘘だったら針千本でも飲んでやるよ！！」
アレスは困惑気味のミカを抱え外への出口へと向かった。一方、アイナ達も空間の激震から
異変を感じ取っていた。
アイナ「この気の流れは！？”闇”が次元の壁を超えてここまで来たというの・・・。」
オハリオ「この千年間ここまでの異常は無かったはずだ。やはり封印の陰りが原因なのか！？」
アイナとオハリオはお互いに顔を見合わせる。憂いを帯びた目で手を見下ろす二人。
二人の手には三色に輝く淡い光が握られていた。
アイナ「もう・・・禁断の知識は手に入れたわ。急いで戻りましょう！！いやな胸騒ぎがするのよ！！」
オハリオ「ああ、急ごう。今ならまだ間に合うかもしれない！！」
意を決した二人は取り急ぎ振動し崩壊してゆく光の回廊を引き返すのであった。
闇に包まれた意識が再び自己を取り戻したのは一瞬かそれとも永劫か・・・・ジョディは朗らかな
日の光に照らされ目を覚ました。
ジョディ「う・・・・うん、ここは・・・どこ・・・。」
うっすらとぼやけた視界が次第に輪郭を取り戻すと驚きのあまり声を上げた。
ジョディ「ここは・・・そんなまさか・・・ここは私が八年前までいたシンクレア孤児院じゃない・・・。」
丘の上のこじんまりとした三階建ての館その運動場の中で子供達が楽しく遊ぶ様子が見えた。
シンクレア孤児院・・・・十三年前ライダークに父を奪われたジョディにはその後も不幸が
続いた。父が拉致されたショックでジョディの母は病を患いそのまま息を引き取った。親戚に
預けられるがエスパーである事が判断するとたらい回しに預けられ罵られ虐待された。行き場を
無くしたジョディが最後に預けられた場所がこのシンクレア孤児院だったのだ。
だが、そこもジョディにとって安住の地ではなかった。胸の奥が痛みに疼く。そんな彼女の
耳に幼い少女の泣き声が聞こえた。その方向を振り向くとそこには嗜虐的な笑みを浮かべる
子供達と泣き叫ぶ幼かった自分の姿がそこにあった。
子供の声「やーいやーい泣き虫ジョディ！！」
幼いジョディ「返してよ・・・私のぬいぐるみ返してよ！！」
足蹴にされるぼろぼろの熊のぬいぐるみ。それは彼女が指を傷だらけにして必死になって作った
ものだった。
子供の声「へ、こんな小汚いものがぬいぐるみだって笑わせてくれるぜ。気落ち悪いジョディが
作った人形なんてきっと呪われているにちがいねえぜ。」
幼いジョディ「お願い・・・お願いだから返して・・。」
泥だらけになり目のボタンが取れた熊のぬいぐるみを必死に取り上げようと懇願する少女。
ジョディ「ぬいぐるみを返して！！くう、どうして触れられないの！？もうこんな思いをするのは
いやなのに！！」
幼かった自分を助けようとしても触れられない自分に涙するジョディ。その耳元に蚊が呟く
ような小さな響きが聞こえてきた。
？？？”我が創りし愛しきものはいつも我の半身に奪われた・・・”
ジョディはその羽音のような小さな呟きが一体どこから聞こえてくるのか分からなかった。
いつもの心の声のように明確に聞こえてくる訳でもないそんな小さな小さな呟き・・・・空耳か？
ただ自分と同じ悲しみの波長をその呟きに感じとりより心が悲しみに染まっていくのを覚えた。
一方、幼いジョディに対するいじめはより陰惨さを増す。
子供の声「こんな気味悪いもの壊してしまおうぜ・・・。」
子供の声「ああ、そうしないとジョディの頭のイカレタばい菌が俺達に移るかもしれないからな。」
幼いジョディ「やめてよ・・・この子はなにも悪いことなんてしてないじゃない。・・・お願いだから
壊さないで。」
泣き叫ぶ幼いジョディの姿を虐めていた子供達はニヤッと笑いぬいぐるみを両手で持ち引っ張り始めた。
・・・・ぶちぶちぶち・・・・・・・布が破ける音が妙に耳に残る。やがて・・・ばりばりばり・・・・・
という激しく引き裂かれる! 音と共にぬいぐるみの手から真綿が血の様に飛び出してきた。
？？？”光は己が創りし物を愛でてなどいなかった。悪しき想念が見つかれば光は惑う事無く
そを壊したのだ・・・・”
その音に混じり、先程より囁きが大きく耳の中で木霊し始めた。悲哀と憎悪が入り混じったそれは身体に
這い寄る黒蟻の群れの如くジョディの心の底に侵入し同調しようとしていた。ジョディの脳裏に干渉した
それが見せたビジョン。幼いジョディの涙が赤黒くどくどくとした血に変わっていく。
・・・・ぼたぼたぼた・・・・
血の涙は頬を伝い服を赤黒く汚していった。ジョディは恐怖を感じ始めた・・・。まるで嘲け笑う
子供達の言う通り自分がみすぼらしく呪われた存在のように見えそれが彼女の心をより深い悲しみ
へと突き落として行く。
子供達は泣き続けるジョディに飽きたのか、ずたぼろに引き裂かれたぬいぐるみを投げ捨て悪態をさらに
続ける。
子供の声「ああ〜せいせいした。もう二度とこんな気味悪いぬいぐるみ造るなよな。ばい菌ジョディ」
悲しみと孤独に覆われた二人のジョディを救ったのは館から出てきた人柄の良い老女のいじめを叱りつける
声だった。
シンクレア「こらあ！！あんた達またジョディちゃんをいじめているね！！！今日はお説教じゃあすまない
からね！！」
老女が館から出てくると子供達は慌ててその場から逃げ出した。
子供の声「やべぇ！！おいシンクレア先公にちくるなよ、いったらただじゃあおかねえからな。へ、行こうぜ。」
子供達が捨て台詞を吐き逃げ出した後その場に残ったのは
引き裂かれたぬいぐるみの真綿を泣きながら集めるジョディだけだった。ジョディは悲しみと怒りと虚しさを
感じ客観的に見つめるほかない今の自分の無力さを呪った。
ジョディ「そう私はエスパーである事がばれてからいつもいじめられていた。・・・そしてお友達代わりに
作ったぬいぐるみをいつもいつも壊されたんだ・・。」
？？？”幾星霜、幾度も幾度も愛しきものが壊され我は光の中にいるのが耐えられなくなった。故に
我は、深・profound・遠・・na・闇と呼ばるる我は、ワレは大INAる・light・・光から決別したのだ！！！”
さきほどから心のなかで聞こえてくる声がさらに大きくなる。ジョディはようやくそれが自分の思考
ではない事に気がついた。別の何者かが彼女の意識にアクセスしようとしていた。
ジョディ「さっきから語り掛けてくるあなたは・・・誰！？」
？？？”滅ボｓｅ・・・生命・・・・我・・・GRUUUUUU”
ジョディの問いを拒絶するように”声”は段段と意味不明な音と化していった。ジョディは声の主と
コンタクトを取るのを諦めざるおえなかった。意味不明な音はそのまま闇の底に消えてゆき、暗転した
後ジョディは見覚えのある部屋にいた。
八年前まで使っていた自室。使い古された机、息を吸うといろいろと懐かしい思い出が胸から溢れ出す
のを感じた。その半分はいやな思い出、でも・・・・振り返るとベットの上でシンクレアが泣き崩れる
ジョディを膝枕の上に乗せ、慈愛に満ちた眼差しで頭をそっと撫でていた。
幼いジョディ「ひどいよぅ・・・みんなひどいよぅ・・・。」
シンクレア「おやおや、みんなにいじめられたのかい。よしよし可哀相に〜。さあぬいぐるみを見せて
御覧なさい。私が縫ってあげるから。」
部屋には先程の子供達がやったのだろう。引き裂かれた人形が散乱していた。
幼いジョディ「くやしいよぅ・・・・先生どうして私だけならともかくベティちゃんやテディちゃん
までいじめられるの？」
ジョディは部屋でぼろぼろにされた人形の一体を手に取り頬に寄せた。肩が震え自然と涙が零れ落ちる。
ジョディ「ベティちゃん・・・私が作った始めてのお友達、それを壊されたとき・・・本当にくやしかった。」
シンクレアは哀しげな瞳で幼い少女の訴えを聞いていたがそっとジョディの涙を指で拭うといい事を
閃いたような表情で語りかけてきた。
シンクレア「そんなに悔しいのかい。ならいい事を教えてあげる。」
ジョディ「そんな時シンクレア先生はいつもあのおまじないを私と一緒に唱えてくれたっけ。すると気分が
いくらか軽くなった事を覚えている・・・。その言葉は・・・・。」
ジョディは記憶の内にあるその言葉を想いおこし胸を押さえる。そして温かみのある老女の話をただ
静かに訊いていた。
・・・・・・だが老女の口から出てきた意外な囁きにジョディは驚愕する。
シンクレア「・・・悔しいのなら殺してしまえばいい・・・。」
にこにこと優しげな微笑みを浮かべながら口元から悪意に満ちた毒のある言葉が飛び出てきたのだ。
ジョディ「え！？ち、違うわ、そんな言葉じゃないはずよ。」
目を白黒させ慌てて今の会話を否定するジョディ。
シンクレア「違わないねぇ・・・そんなに憎いのなら相手を惨たらしく殺してしまえばいいんだよ
・・・・ねえ、私の可愛いジョディや。」
信じられないことに、シンクレアは幼いジョディではなく今の自分の方に顔を向けた。微笑をたたえた
穏やかな笑顔、だがその瞳の奥には粘着質のどろどろとした”何か”がうねっていた。あまりの異様な
光景にジョディの背筋に悪寒が走る。
ジョディ「・・・・あなたはシンクレア先生じゃない・・・あなたは一体誰なの！？」
しかしその問いかけに答えたのはシンクレアではなく彼女の膝で蹲り泣いていた筈の幼い日のジョディ
だった。首を・・ぎ・ぎ・ぎ・・・とあらぬ方向に捻じ曲げながら耳まで届くような半月形の笑みを形
作る。その口元から出でる言葉はアルゴル中の悪意を集めたよりも深く忌まわしい悪意に満ちた哄笑だった。
幼いジョディ「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ・・・
・・・・あなたは気がついているはずよ。あなたの心のうちにある”闇”私は・・我はその闇そのもの也」
少女の髪が金色からどす黒い緑色の髪へと変わる。それと同時にシンクレアだったものがごぼごぼと泡立つと
ゆっくりと蝋人形のように溶けてゆき幼かったジョディと・・・いや闇よりいでし翠色の髪の少女と交じり合い
別の存在へと変貌してゆく。悪夢のような光景のなかそれは紅き三つ目を持つ完璧な女性体として立ちあがり
ジョディを見下していた。美しさとグロテスクを併せ持つ恐怖がそこに存在していた。
ジョディは”闇”の瞳に射すくめられ太古から人間が抱いていた闇に対する畏怖が身体の奥底から湧き
上がるのを感じた。その恐怖がジョディをゆっくりと縛り上げる。
深遠なる闇「そう”光”だけで創りし護り人の中にも悪しき、そしていとおしき心”闇”は存在する。
恐怖・・憎悪・・・絶望・・・悪意、他者を否定する心こそ意思あるものの本質、嘘偽りの
なき真実なのだ・・・・！！故に汝ラの醜くあさましき心こそが我が力となりそして我の愛する
子供達の血肉となるのだ・・・。」
恍惚とした彼女の声に応じ”闇”の周りには先程までジョディを虐めていた子供達を含め多くの人間が
集まってきた。彼等はみんな不自然なまでに明るい笑顔を称え、妖艶なる魔性の美女の形を取る”闇”を
見つめていた。
”闇”は聖母のような笑みを浮かべある者の頭を撫で、ある者の肩をさすった。母が子供にするかのような
愛情表現。だが”闇”が触れた途端人間の姿をしたそれは歓喜の表情のままでずるりと顔が溶けていった。
ぼた・ぼたぼたと・・・・人の肉片が腐臭を発しつつ溶け落ち内側から暗黒が噴出すると蒼い髑髏としか形容
できない異形の悪魔へと変貌していった。
ジョディ「・・・・・ダークファルス・・・・。」
それは遥か昔に闘った勇者達の記憶だろうか。自分でも知らない内に忌まわしき名称を口にするジョディ。
と同時に彼女の中に宿る勇者の意思が彼女に闇に立ち向かう勇気を与えた。恐怖に足が竦みながらも”闇”の
狂気に反論するジョディ。
ジョディ「・・・・・・あなたの言っている事は矛盾しているわ！！他者を否定する心があなたの愛に
答える訳ないのよ・・・。」
”闇”は仮面のような無表情のままジョディの真摯な反論に耳を傾けていた。やがて・・・”闇”の口の
端が笑みに攣りあがる。
ジョディ「うぐぅ・・・う・・うぁぁぁあああああ！！！」
凄まじき憎悪だった・・・・窓ガラスが一勢に割れ、壁が音をたてて崩れ落ちる。空が黄昏に曇り天が裂け雷鳴が
轟く。闇から一瞬だけ発せられた憎悪にジョディは身が引き裂かれる痛みに喘いだ。やがて崩れた窓からどろ
どろと粘着した液体のような黒い物体が滝のように部屋に流れ込むと蠕動を繰り返し蛸の触手のようにジョディの
手足を捕ら吊り上げた。”闇”はジョディに歩み寄ると彼女の腰から首にそっと爪を走らせて行く。
深遠なる闇「他者でいるから否定されるのだ・・・。なれば光の欺瞞に満ちたその身体を破壊し滅ぼし融合
すればよい・・・。融合し、ひとつになればもう否定される必要はなくなる・・・。我はそなたを愛
することがデキルノダ・・・。・・・・我ノ御子トシテ・・・・さあ何を恐れる必要がある・・・。
この母の憎悪という名の慈愛を持って! そなたを滅ボシ・・・・・愛シテヤロウ・・・・、。」
”闇”はジョディにしなだれかかり耳元で囁きかけた。死の息吹が迸りジョディはあがらう事の出来ぬ恐怖に
耐えかね身を捩じらせた。
ジョディ「い、いや・・・・こないで！！」
彼女の恐怖に引き攣った顔を楽しむかのようにダークファルス達は嘲笑を浮かべると”闇”を称える讃美歌を
歌い始めた。聞いていると吐き気がし背筋が凍る暗黒の声明が部屋を埋め尽くして行く。
ダークファルス達「gruuuuuuu・・・THATAｅよtaタえよ！！たタエヨ！！讃えよ！！今、来れ・・・来れよ
闇の母の身元へ。憎悪と恐怖を撒き散らし闇に我等に奉げよ！！傅き讃えよ！讃えよ！
讃えよ！讃えよ！！地の底におわし偉大なる存在願わくば全ての光に生きとし生ける
存在に甘美なる滅びが与えられんことを闇の慈愛が与えられんことを」
”闇”とダークファルス達の声がはもりながら一つとなりジョディの耳に不気味な反響を響かせる。夥しい
までの悪意の奔流がジョディの精神に注ぎ込まれた。それはどんな人間でも耐えきれないほどの莫大な悪意
だった。蟻の大群のような悪意の群れに心のうちにある穢れたものを見透かされるような感覚を覚えジョディは
ついに廃人寸前にまで追い詰められた。
深遠なる闇とダークファルス「・・・汝の憎悪が我を呼び寄せたのだ・・・・感じる・・・感じるぞ・・・汝の闇の声を
悲しみに満ちた憎悪を、ああぁぁぁ愛しき我がジョディよ、我に汝を愛サセテオクレ・・・
滅美の愛ヲ受けトッテオクレ・・・。」
”闇”が、ダークファルス達が、黒い液体に浮かぶ無数の嘲りの顔が、そして真綿が神経や血管に変わった
人形やぬいぐるみが身体に絡み付きながらジョディの顔に迫って来る。ジョディは気が狂うのを感じながら
最後の理性で愛すべき人たちに助けを求め絶叫した！！
ジョディ「た・・・助けて・・・お父さん、お母さん、タイラー！！」
そのひと欠片の理性までもぷつりと切れそうになった時奇跡はおこった。
タイラー「ジョディーーーー！！！」
天空を覆う闇を引き裂く閃光と化しタイラーは闇の空間へと突入した。ジョディの元に急いで駆け寄ると
手にしたライトセイバーで彼女を縛る黒き触手を切り裂いた。ジョディはあふれる涙を拭きもせず自分に
命懸けで駆け寄るタイラーを見ていた。
ジョディ「タイラー・・・・来てくれたの？これは幻じゃないのよね？」
タイラーの力強い手がジョディの震える腕を捉えた。ようやく安堵したのかあふれ出る少女の涙をタイラーは
そっと指でふき取った。
タイラー「ああ、俺は幻なんかじゃないよ。こうしておまえの傍にいる俺の想いは本物さ・・・・幻だとすれば
それは・・・人間の心に巣くう”闇”お前達の方だーーーー！！！」
振り向きざまタイラーは妖麗な微笑を浮かべる”闇”を光り輝く古の剣技レイブレードで切り裂いた。
だが一閃に裂かれた”闇”は壮絶な笑みを浮かべながら暗黒の瘴気へとその身を変じていく。
タイラー「何！？レイブレードが効かない！？」
暗黒の瘴気は姿を変幻自在に変えながら禍禍しき触手で光り輝くレイブレードを絡めとリ、タイラーを
暗黒の瘴気の中枢へと引き寄せる。闇の中枢はぶよぶよとした竜のような肉塊を作りだした。その肉塊が
しゃがれた声で不気味に囁いた。
深遠なる闇「ミ・ツ・ケ・タ」
凄まじいまでの微笑のイメージがタイラーの脳に送られてきた。その微笑が瞳に焼きつきタイラーは呪縛が
かかったように動けなくなった。”闇”の中枢と周囲にいる闇の魔王ダークファルス達が同時に言葉を発した。
言葉自体が歓喜に打ち震え周囲の空間を紅く歪めてゆく。
深遠なる闇「見つけたり・・・・我等を解き放つ者。聖なる血統に宿る炎のような憎悪の結晶、我の力”○○○”を
使うもうひとつの楔を・・・・・ふふふふふふふ・・・・あははははははははははははは！！」
歓喜の波動は闇を巨大に活性化させた。星を、銀河を、宇宙を飲み込もうとする巨大な紅い暗黒星雲が
うねりとなってタイラー達に津波の如く押し寄せてくる！！
ジョディ「危ない！！」
ジョディがそう叫びタイラーを母親のように抱き寄せる。闇の津波が二人を飲み込もうとしたその刹那上空から
アイナとオハリオの抑揚のない詞が闇の空間に木霊した。
アイナとオハリオ「・・・・・ムゥト、ディッツ、ポウム！！！」
神聖なる言霊が三色の光を生み出す。光はタイラー達を覆い隠すと眩く輝き闇の空間からその姿を消した。
輝く光に"闇"は顔を歪ませるがすぐに落ち着きを取り戻すと妖艶に笑いだした。
深遠なる闇「逃したか・・・・だが愉快なり・・・・まもなくだ・・・・まもなく二つの最後の楔のどちらかが
我を解き放つ・・・シークの末が封印の言葉を手に入れたようだが星の聖命なくばもはや意味を
なさぬ事。そしてその刻こそ我はすべてを”愛する”ことが出来るのだ・・・・滅ぼせ・・・・
人を滅ぼせ！！生命を滅ぼせ！！！動くもの全てを滅ぼし尽くせ！！！！」
”闇”のの呪詛に満ちた声が玲瓏と響き渡りアルゴル太陽系に破滅をもたらすアルカディアの最終計画の
開幕を告げていた・・・・・。
第２２話 -終-
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