スペースクルーザー ランディール
第26話 慟哭のセレナーデ
バヤマーレ時間 ＰＭ7:35
タイラーはランディールの医務室にいた。
衛星軌道上の脱出船団とは敵がジャミングしているためか連絡が取れない。対消滅反
応を何とかしようにも参謀であるアベルとの連絡もとれないため仕方なくガンツとハルに
対消滅反応の爆心地の分析をまかせると各自に休憩命令を出しタイラーは、監獄衛星
ガイラの中で倒れていたユーシス達の状態を確認するため医務室にいた。
医務室では簡易式メディカルカプセルの細胞治療蘇生液の中で浮かんでいるユーシス
達の健康状態をディスプレイで確認しながらラガンが治療を続けていた。
ラガン「収容された若者達は医療ポットで治療を受けているズラ。おまんらの救出が早か
ったおかげでジョゴスウイルスの方もほとんど駆除できたずらよ。」
どうやらユーシス達の容態は危機的状態を脱したらしい。腕で額の汗を拭うとラガンはほ
っと息をついた。ユーシスの容態が安定した知りタイラーはラガンに感謝する。
タイラー「助かったよ・・・ラガンさんがいてくれたおかげでユーシスを助ける事が出来たん
だから」
タイラーからの感謝の言葉にラガンは照れたように微笑んで言った。
ラガン「何いっちょるずら。医者が命を救うのは当然の責務ずら。それにジョゴスウイルス
にリベンジする事も出来ただし感謝しちょるのはむしろこっちずらよ。」
お互いに安堵の表情を浮かべカプセルの中で静かに眠るユーシス達を見る二人。だが気
になることもあった。一番先に完治した仲間はもう目覚めてもいいはずなのに睡眠状態が
続いていたのだ。
タイラー「しかし病状が回復したのにいまだに目覚めないのは何故だろう？」
ラガン「そこがようわからんとこずら・・・もう意識がとっくに目覚めちゅうてよか時間ずらに・・
・・どうしたずら？タイラー艦長」
いつまでも眠り続けるユーシス達の容態に頭をひねりながらふとラガンはタイラーの方を見
た。ラガンの目の錯覚だろうか・・・・呆然とユーシスを眺めているタイラーの瞳の奥にぬるっ
とした影が蠢いているように見えたのだ。だがラガンが瞬きした後タイラーの瞳に当然なが
ら影など見当たらなかった。ラガンが声をかけるとそれまで呆然としていたタイラーはハッと
して答える。
タイラー「・・・・・・・・！あ、ああ、そうだな。」
タイラーは慌てて答えるが、それまでの心ここにあらずの様の姿にラガンは何か釈然としな
いものを感じていた。
丁度その時、ドアの向こうからミカの陽気な声が木霊した。
ミカ「タイラーお兄ちゃん助けた人達は大丈夫なの？」
アレス「こら馬鹿猫！！まだ静養中なのに勝手に入ってラガンに迷惑かけるな！！」
医務室のドアが開き興味津々で中に入るミカ。治療の邪魔になるとアレスが怒鳴り声をあ
げるがミカの耳には入らないらしい。ミカはユーシスの入っているカプセルを見上げ嬉嬉と
した表情を浮かべる。
ミカ「いいじゃない。うわあこのお兄ちゃんかっこよくて優しそう。どこかの誰かさんとは大違
いだよね」
アレス「・・・・け、顔なんか赤くしちゃってよ、ああ、いやだいやだ！！やってられねえぜ！！」
顔を少し赤らめてユーシスを見上げるミカに苛々しながら愚痴を喚くアレス。
ジョディ「ふふふ・・・アレスさん心配しなくてもいいですよ。ミカちゃんの心はもう決っています
から。」
クルー達「ひゅーひゅー」
「アレス隊長何やっとるんですか！がんばですぜ！！」
「俺達はいつでも隊長を応援してるぜ！！」
声がして振りかえると何時の間にかジョディを始め多くのクルーがドアに殺到していた。みん
なユーシスを見に集まったのだがアレスの慌てふためく様におおっと低いどよめきがおきる。
クルーの好奇な視線に見つめられ言葉が詰まってしまうアレス。顔を引き攣らせたアレスは
恥ずかしさに顔を赤面させながら何とかこの場を誤魔化そうと一気に捲くし立てる。
アレス「！な、なな、何誤解していやがる！！お、俺は別にミカがどうしようといいんだぜ・・・」
ミカ「ん、どうしたのアレスお兄ちゃん？」
アレスの落ち着かない態度を不思議そうに尋ねるミカ。だがアレスにはその顔が自分を軽蔑
する眼差しに見えるらしい。なんとも複雑な表情で弁明しようと言葉を考えているアレス。
アレス「え・・・・お、おおおお、俺はだなあ！！」
その様があまりに可笑しいのかクルーの間からくぐもった笑い声が聞こえる。ジョディも面白
がってアレスににこにこしながら問い掛けた。
ジョディ「ふふふ、別に・・・・何でもないですよね〜☆アレスさん」
アレス「（ジョディ、てめえ！！）・・・・お、おう」
何とも言えぬ表情のまま拳を振るわせるアレス。
ミカ「ふ〜ん、変なの」
苦笑するクルー達と憮然とした表情のアレスを交互に見比べ首を傾げるミカ。アレスが好きだ
とはいえまだ複雑な恋愛事情がよく理解できないお年頃なのだ・・・・。
その時微かに医療カプセルから声が聞こえた。声の主は未だに目がさめぬユーシスだった。
ユーシス「・・・・ネイ・・・・」
悪夢にうなされているのかその顔は悲しみに包まれ、じっと閉じたままの目じりから涙がこぼれ
ると蘇生液に混じりながら消えていく。ミカはユーシスが言った名前にハッとなった。忘れるはず
がない。バイオシステムで共に生まれ自分を助けてくれた紫の髪の少女・・・・。
懐かしく悲しい記憶にミカは悲しげな表情となりユーシスのカプセルをどんどんッと叩いた。
ミカ「え！？・・・・ネイって、まさかネイお姉ちゃんの事！？このお兄ちゃんネイお姉ちゃんの事
を知っているの？」
ジョディ「ミカちゃん・・・・わかったわ、今起こすといけないから私がテレパシーで調べてみる」
ジョディが混乱しているミカを宥め、そして彼女の代わりにカプセルに近づくと手をユーシスの額
が映っているカプセルの上に当てると、目を閉じユーシスの心に自分の意識を重ねた。
ジョディ「ユーシスさん、少し心を覗いてしまうけどごめんなさい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・そう、そうだったのね・・・・・。」
心の中に浮かぶユーシスとネイの出会いから最後の悲劇的な死別に至るまでを見たジョディの
心にどうしようもない悲しみとやりきれなさが溢れ出しそうになる。
ミカ「ジョディお姉ちゃん、ネイお姉ちゃんは・・・彼とどうしていたの？」
ジョディ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ネイさんは最後まで幸せに暮らしていたわ。死ぬ間際までユー
シスさんと共に・・・・・・・・・・・・・・・」
だが今に泣き出しそうなミカを見てジョディは胸の中の悲しみを押さえミカにゆっくりと笑顔で語り
かけた。・・・・それは明らかな嘘、だがミカには自分が今感じている悲しみを持たせたくはなかっ
た。ミカはそんなジョディの顔を静かに見つめていたがやがて寂しそうな笑顔をジョディに返す。
ミカ「・・・・・・・・・・・・・・・・う、うんわかったよ。ネイお姉ちゃんが幸せならそれでいいもん。・・・・・
ジョディお姉ちゃん嘘下手だよね・・・でもありがとう！先にブリッジに戻っているよ。行こう
アレスお兄ちゃん。」
アレス「お、おい手を引くなよミカ！！」
それだけ言うと医務室から飛び出すミカ。後を追うアレス、そして静かに持ち場に戻るクルー達も
皆いたたまれぬ顔でその場を後にした。
医務室はひっそりと静まり返った。後に残ったのはカルテの執筆や医療機器の調整に忙しく動く
ラガン以外は未だ眠り続けるユーシス達とタイラー、ジョディだけとなった。
ジョディは俯いたまま思い詰めた表情でユーシス達を眺めていた。そんなジョディにタイラーは優
しく声をかける。
タイラー「ジョディ、いいのか本当の事を告げなくて」
それを聞いたジョディはゆっくりと顔を上げ、タイラーの方を見ると静かに語りかけた。
ジョディ「・・・・そうかタイラーはオコーナー総督から聞いていたんだよね。でもミカちゃんはもう気づ
いていると思う。ユーシスさんと二人のネイさんの事・・・・うう、ひどいですよね・・・・・なんで、
なんでこんなに悲しみだけが増えていくんだろう。・・・うう・・うわああん」
ミカに悲しい顔を見せまいと我慢していたのだろう・・・。ジョディはこみ上げる嗚咽を堪えきれず、
タイラーの胸に飛び込んだ。そして胸の奥に秘めていたやるせなさを全て吐き出す様にすすり泣
いた。胸の中で泣きじゃくるジョディをタイラーが優しく抱きしめる。そして静かに言った。
タイラー「ジョディ・・・1人で悲しみを背負わなくてもいいんだ。それでは心は悲しみの重さに耐えら
れなくなってしまうからさ。俺達みんなで頑張って背負っていけばそうすれば・・・いつかは
悲しみを喜びに変えられる。だが悲しみがこれ以上増える前にその元凶を俺達は絶たな
くてはいけないんだ。」
静かに・・・しかし強く語りかけるタイラーの言葉を聞いているうちにジョディの胸の奥に熱い勇気が
湧き上がる。・・・・・悲しんでいるだけじゃ何も変わらない、自分でそれを変えていかなくては・・・・・
手で涙を拭いジョディは顔を上げ笑顔で答えた。
ジョディ「・・・・・ええ、そうですね、艦長！！」
その時・・・・・
二人だけの静かな時間は、艦内に響く緊急アラートで時間切れとなったようだ。胸ポケットのビジフ
ォンが振動したため、タイラーが回線を開くとガンツが慌てふためいた様子で、タイラーに緊急事態
を伝える。
ガンツ「おい、タイラー艦長ちょっくらブリッジまで来てくれ、どうやらすこぶるやべえ事態になりそう
だぜ！！」
直ちにブリッジに駆けつけるタイラーとジョディ。既にアレスとミカは緊迫した面持ちで自分の席につ
いていた。騒然としたクルー達の視線の先、ブリッジの窓の外には・・・・・対消滅反応で照らされる
バヤマーレ市街が揺らめきながら長い影を地上に伸ばしている。だがタイラーはその影が不自然な
ことに気がついた。影が動いていたのだ！！
超高層ビル群が一斉に動き出すと地下から巨大なハッチが市街各地に現れ中から巨大な船影が空
中に浮上し始めていた。
駆逐艦・・・巡洋艦・・・戦艦・・・空母・・・政府軍の大艦隊が暗雲漂うバヤマーレの空に出現した。
タイラー「こ・・・これは・・・・・バヤマーレの地下から戦艦が・・・・ジョディ直ちに状況を確認してくれ！！」
状況を確認しようと報告を求めるタイラー。ジョディは席に駆け寄りながらコンソールに指を走らせ緊
張した面持ちで周囲のサーチを開始する。
ジョディ「了解！！・・・・サーチ終了しました。現在バヤマーレ地下から艦隊が出現するのを確認・・・・
駆逐艦７８、巡洋艦１８、空母３、戦艦５が上空１０００Ｍに待機、敵旗艦・・・・第１機動艦隊ゴ
ルゴン級旗艦「メデューサ」です！！」
タイラー「第１機動艦隊・・・・ロウの指揮する艦隊か！！」
メインモニターに不気味にその禍禍しく黒い巨体を露にするゴルゴン級旗艦メデューサが映し出された。
住みなれたデゾリスの基地を壊滅させた大艦隊の威容にタイラーが歯噛みして呟く。
・・・・・突如、メインモニターに人影が映った。
空に浮かぶ軍艦の中に現れたその人影にランディールクルー達の視線が釘付けになった。その人物
こそパルマ政府軍司令官にしてアルカディア最高幹部の1人ロウだった。彼は冷笑を浮かべ、空中に
浮かんでいた。
ロウ「いかにもその通り・・・・ごきげんよう、ランディールの諸君そしてようこそ恐怖の理想郷（アルカデ
ィア）へ！！」
戦艦メデューサを背景にし、芝居じみた仕草で一礼をするロウ。
ハル「ひ、人が空を浮いているよ！！」
タイラー「ロウ・・・・これは何の真似だ！！！」
あまりの非常識な光景にさらにクルー達が騒然とする中、タイラーは怒気を込めて強く叫ぶ。
ロウ「なあに、愚かな人民達が各地で暴動を起こしているので、それを鎮圧するために我等が動いたの
だが・・・・。彼等の様子を見てみるかね・・・・」
ランディールを見下した目つきで見るロウは酷薄な笑みを浮かべると指を鳴らした。それを合図に彼の
周りに次々と光の映像ホログラフィが投影されていく。画像に映し出される光景にジョディが思わず目を
そむける。
ジョディ「・・・・人が人を殺しあっている！！」
ミカ「あんまりだよ・・・・これじゃあ、あたしの仲間が何の為に死んでいったかわからないじゃない！！！」
アレス「いかれてやがるぜ・・・星が危ねえっていうのによ！！」
ミカがバイオハザード事件で制圧されたバイオ生物達の事を思い涙するのもアレスが歯噛みしてその
画像を食い入る様に見つめるのも無理はなかった。
画像に投影される光景には各地で殺し合いを始めた一般市民の姿があったのだ。互いに手に武器を
とり殺し合う人達の目には狂気の輝きが宿っていた。人は追い詰められるとここまで残虐になれるの
か？混乱の中親が傷つき倒れている側で泣いて助けを呼ぶ子供の姿にタイラー達はやりきれなさで
胸がはちきれそうになる。
別の画面では暴走し一般市民に襲いかかるグランバスターの攻撃をレジスタンス側のアンドロイドであ
るサイレンやブラウレンが身を呈してかばっていた。
だが己を犠牲にして人々を救おうとしているサイレン達の行為は人々には届かない。猜疑心に囚われ
た人々はサイレン達にも襲いかかったのだ。サイレンシリーズは三原則により凶行に及ぶ人間の手か
ら自分を護ることが出来ない。人と暴走するセキュリティシステムに板ばさみになりスクラップと化してい
くサイレン達を見てガンツは肘を付き物憂げな表情で悪態をついた。
ガンツ「こいつはひでえな・・・・サイレンシリーズは俺達がずっと前からマザーブレインとは独立したシス
テムになるよう回路を組み込んだってのによぉ・・・・無理ねえか・・・・・セキュリティシステムがああ
いう風に暴走をしてちゃあな」
ハル「そんなこんなのって・・・こんなのってひどすぎるよ！！！サイレン、ウォーレン達は人達を必死に
助けようとしているのに・・・・・。」
ウォーレン「・・・・・・。」
だがハルにはサイレン達が壊されていく様が正視に耐えきれなかった。怒りとやるせなさに身を奮わせ
るハルと壊されるサイレンを交互に見つめるウォーレンにまるで心があるかのような複雑な表情が浮か
ぶのを気がつかない程に。
胸から湧き上がる憤りを押さえタイラーがロウに問いただす。
タイラー「・・・・この暴動を影で操っているのも貴様等だな！！」
ロウ「さあて、どう取るかは君達の自由だが・・・・暴動は鎮圧せねば軍としては示しがつかないのでな・・・
全艦隊・・・側面の全砲門を地上に合わせよ・・・」
ロウはそんなタイラーの反応を面白がる様に悠然と答えると手を天高く翳した。
それを見てロウが何をするのかを咄嗟に感じたタイラーは、大声で叫ばざるおえなかった。
タイラー「やめろーーーーーーーー！！貴様等はあのガシコの惨劇をまた繰り返すつもりか！！」
タイラーの頭にあのガシコの悲惨な悪夢の記憶が蘇っていく。
一方殺し合いを続けていた市民達もようやく空の異変に気づき空を指差した。１０年前に特定航路
以外は運行が禁止されていた宇宙船、しかも戦艦が空に浮かぶ様子に腰を抜かす人達。
市民「お、おいあれは何だ！！」
「あ、あれは宇宙戦艦だぜ！！う、撃ってくるぞー！！逃げろー」
無数の恐怖が湧き上がり人々はその感情の命ずるままに逃げ出そうとしていた。
タイラーが直ちに号令をかける。
タイラー「ランディール緊急発進！バリアフィぃールドを最大限に展開しつつ敵艦隊の正面に回り込
んでくれ！！！」
だがその声には普段の冷静さが完全に消えていた。タイラーの動揺を察したガンツが力強くそれを
制する。
ガンツ「落ち着け！！！タイラー、ただでさえパルマ衝突の衝撃でガタが来ているんだ！！そんな
こと無茶したらランディールにどういう影響が出るかわかったもんじゃねえんだぞ！！」
だが常軌を逸したタイラーは制御コンソールに強制的に航行プログラムを移譲しようとした。
タイラー「今度こそ！！今度こそ護るんだ！！！頼む！行かせてくれ！！！」
アレス「ば、馬鹿やろう、ガンツの言う事聞こえなかったのか、タイラー、少しは落ち着きやがれ！！！
おいミカ、ジョディも押さえるのを手伝え！！！」
ぎりぎりのところでタイラーの動きを押さえるアレス。だがそれでもタイラーの動きを押さえきれずジョ
ディやミカも押さえるために駆け寄った。
ジョディ、ミカ「は、はい！！！」
タイラー「離せ！！離してくれ！！」
三人に押さえられ半狂乱になりながら泣き叫ぶタイラーの眼前で・・・・。
ロウ「さあ・・・・狩りの時間だ・・・・やれ！！」
ロウは半狂乱となるタイラーの様子を見て嘲笑を浮かべつつ天高く掲げた手を地上の逃げ惑う人達
に向けて下ろした！！指令に従い第１機動艦隊の各艦が地上に向けパルスレーザー砲を放った。
空から無数の光の雨が降り注ぐ。
市民「きゃああああ」
「ぐわあああああ」
恐怖の絶叫をあげ次々と人が死んでいく。
ある者はビームに貫かれ、ある者は倒壊したビルの下敷きになり肉塊と化す。慟哭の合唱が流れる
中次々と人が死んでいく・・・・。
ロウ「ふははははははは！！見たまえ！人がごみの様だ！！逃げ回れ！！泣き狂え！！苦痛にの
たうちまわり恐怖を吐き出すがいい！！！ふははははははは！！！」
ロウは阿鼻叫喚の地獄絵図を見下ろしながら狂喜乱舞していた。嘲りの狂笑が死に行く全ての者に
向けられていた。
タイラー「やめろ・・・・頼む、もうやめてくれ・・・・・・」
タイラーはこみ上げる後悔に低くうめき嗚咽を噛み殺すしかなかった。ジョディ達クルー一同誰もそ
んな彼にかける言葉がなかった。
静まり返るランディールのブリッジにロウの嘲りの声がこだまする。
ロウ「悔しいだろう・・・・だがこれも仕事の内だから仕方がない・・・・最も緒君らが一つ条件を飲めば
やめてやってもいいのだが・・・。」
アレスはやりきれない怒りをメインモニターに映るロウに向けて言い放った。
アレス「条件だと・・・・てめえ達のお遊びに付き合う気なんざさらさらねえよ！！」
だがそれをタイラーは立ちながらゆっくりと手で制した。
タイラー「アレス・・・・・頼む、今は少し黙っていてくれ！！・・・・・条件を窺おう。・・・・・ロウ軍司令官殿」
アレスは言い返そうとするがタイラーの鬼気迫る顔に押し黙る他なかった。
だがその表情を見てもロウは悠然とした構えを崩さず、タイラー達を挑発するような表情で胸のポケッ
トから手紙のようなものを取り出すとそれを投げつける。
ロウ「なに、簡単な事だ。君達に出す条件・・・それは我等のディナーパーティにぜひとも来てもらいたい
のだよ。但し戦艦やパワードスーツではなく君達レジスタンスの代表六人が君達の足で我がアル
カディア総本部ビルに来る事を期待しているがね・・・・・」
投げた手紙はテレポートしながらランディールのブリッジの床に落ちた。タイラーがそれを拾って中身
を確かめる。それはディナーパーティーの招待状だった。ロウの笑えない冗談についにアレスの堪忍
袋の尾が切れた。
アレス「ディナーパーティだと！！！ふざけんなよ、てめえら人を殺しておいて、俺の村みたいに街を
焼き払っておいて宴を楽しむのかよ！！！・・・おい、タイラーこいつはどう考えたって罠だ！！
行くんじゃねえ！！」
アレスは怒気を込めてモニターに映るロウに向かい叫ぶと振り向きざまタイラーにも詰め寄った。だが
タイラーはそれでも尚、黙ってロウの言葉に耳を傾けていた。
ロウ「もし招待状を無下に断ったり約束を違えた場合・・・・・時間の速度を元に戻す・・・・それがどう
いう事になるか・・・・わかっているはずだなあ、タイラー君？」
ロウは薄笑いを浮かべて返答を待つ。ブリッジに重苦しい緊張感が流れる中・・・・・タイラーは俯いた
顔を上げ沈痛な顔でそれを了承する。
タイラー「時間が元に戻れば・・・対消滅反応により生じた核爆発の一万倍のエネルギーがこの星全
てを飲み込む。そうなればもう誰も助からない・・・ わかった・・・・その条件を飲もう。」
ロウ「ふふふ君は父上と違い物分りが良くて助かる・・・後は我等、真・邪神天王が責任を持ってパー
ティ会場で君達を歓迎しよう。さあ、今宵の祭りを共に楽しもうではないか・・・ふふふふわーはっ
ははは！！」
タイラーの了承の言葉を受けロウは満足げに笑いながらその姿を消していく。ロウの哄笑はブリッジ
にしばらく響いていた・・・・。
後に残されたランディールのクルー達の胸中を重い敗北感が支配していた。そんな中アレスは怒りの
形相でタイラーの方に歩み寄りタイラーの襟元を掴んだ。
アレス「おい・・・・・タイラー・・・・・ちょっと歯をくいしばれ！！！」
ミカ「お、お兄ちゃん達・・・喧嘩はやめようよ」
アレスは拳に力を込めていた。ミカが慌てて仲裁に入ろうとするが間に合わない。アレスの思いきった
パンチがタイラーの頬にあたり凄い音とともにタイラーはブリッジの壁まで殴り飛ばされた。
ジョディ「アレスさん！！！いきなり殴るなんてひどいじゃないですか！！！」
ジョディはタイラーに駆け寄り殴られた傷を手当てしながらアレスに対し非難がましく声を張り上げる。
だがそれをタイラーが制した。手でゆっくりと口元の血をふくと寂しげに呟やく。
タイラー「ジョディ・・・いいんだ。あの時俺はこの艦がどうなろうと奴等を止められればいいと考えてい
た。俺があれほど嫌っていた全体の為に一部を犠牲にする考え方に囚われていたんだ・・・・・
ここにはジョディやアレス、ミカそして多くの仲間達がいるのに・・・・・俺は殴られて当然さ。」
タイラーの懺悔の言葉をじっくりと聞いていたアレスは無表情のままタイラー達に歩み寄った。ジョディ
が複雑な表情でアレスを遮るがアレスの真意を悟ると道をあける。アレスは腰をかげめると倒れたま
まのタイラーと視線をじっと合わせ語りかけた。
アレス「タイラー、勘違いするな・・・俺達はもうおまえと一心同体なんだ。おまえが嬉しいときは俺達も
嬉しいしおまえが怒る時は俺達も怒るときだ・・・だがおまえが迷っていたら俺達は戦えない！！
ジョディにいったじゃねえか・・・・悲しみはみんなで背負えばいいって・・・それは迷いや怒りだっ
て同じだろうが！！！」
それを聞いたタイラーは恥ずかしそうに顔を俯かせ静かに答えた。自分がさっきジョディを慰めるた
めにいった言葉が自分にそっくり重く返ってきたことでタイラーはようやく心の安静を取り戻し始めて
いた。
タイラー「聞いていたのか・・・・恥ずかしいな。自分でいったばかりなのに。」
そんな彼の様子を見てアレスはふっと笑いながら立ちあがると耳の穴をかっぽじりつつタイラーに手
をさしのべた。
アレス「悪かったな、俺は地獄耳なんだよ・・・・さあ行こうぜ、艦長！！」
アレスのさしのべる手を呆然と眺めるタイラーの心は揺れ動く。自分のミスは取り返しのつかないも
のだ。もしアレス達が止めてくれなかったら自分達は確実に死んでいた。そんな間違いをおこしてし
まったにも関わらず自分に手をさしのべてくれるアレスの暖かさがタイラーにはとても眩しく感じられ
た。
タイラー「おい、おまえはこの招待状が罠だとわかっているだろう。それでも・・・・一緒に行ってくれる
というのか？」
いい加減じれったくなったアレスは強引にタイラーの手を握り締めるとにやりと微笑んで見せる。
アレス「向こうさんは６人と指定しているんだ、それに約束破ればこの星がドカ〜ンといっちまう。俺は
モタビア出身だが同じアルゴルに生きる者としてそれはいやだからよ・・・・・・。」
タイラー「・・・・すまないな、アレス。」
握ったアレスの拳から勇気の力が流れこんでくる。タイラーはゆっくりと立ちあがりそして素直に自分
の気持ちを伝えた。
ミカ「アレスお兄ちゃんが行くならあたしも付いて行くもん。」
アレス「ふん、勝手にしろ。但しパーティに出てくる（料理）は全部俺が平らげるからな。」
ミカ「あ〜ずるいずるい！！せめてハンバーグぐらいは残しておいてね。」
タイラーが立ちあがるのを待っていたかのようにミカが明るい声でアレスに飛びつく。アレスは照れ
くさそうに頭を掻くがそれでも軽く悪態をつく余裕が出来た様だ。二人の夫婦漫才にブリッジがぱっ
と明るくなる。タイラーは二人の心からの励ましに決意も新たに立ちあがった。そこにハルがある思
いを秘めてタイラーに声をかける。
ハル「ぼ、僕も一緒に行きたい・・この日の為にいろいろ隠し武器も用意したんだ。」
リュックサックのなかから怪しげな武器をいろいろ取りだすハル、だがタイラーはその表情に見える
微かな恐怖を見逃さない。
タイラー「おまえは駄目だ・・・戦闘経験がないおまえでは足手まといになる。この先奴等の本拠地
にどんな罠が待っているかわからないんだぞ」
いくら才能があるとはいえ戦闘経験がなく、まして恐怖が微かに見えるハルをこれから何がおこる
かわからない激戦に連れていくことはタイラーにはためらわれた。自分も先ほどまで過去への恐
怖に囚われていたからこそハルにはその辛い思いをさせたくはなかった。普段なら強い口調で叱
咤されればそれでしゅんとなるハルだが今日は違った。足が小刻みに震えるのを踏ん張ってハル
はそれでも尚も食い下がる。
ハル「でも・・・・僕も戦いたいんだ・・・そりゃあ怖いよ。足がガクガク震えている。けど・・・もう罪も
ないロボット達があいつらに操られているのを見るのはいやなんだよ！！」
ウォーレン「・・・私が必ずマスターを護衛します。だからマスターのご同行をお願いします！！」
つい最近まで戦闘経験がなくいつもタイラーを見守ることしか出来なかったジョディにはハルの気
持ちが痛いほどわかった。そこでジョディはハルに助け舟をだす。
ジョディ「艦長・・・ハル君も私達の仲間ですよ。ここのクルーはみんな頑固だから一度言い出した
ら聞かないことは艦長が一番知っているでしょう。無論私も同じですけどね☆」
ジョディの説得についにタイラーも折れるほかなかった。
タイラー「やれやれしょうがない・・・・じゃあ艦長代理はガンツおまえに任せる・・・俺達は・・・行って
くるぜ！！！」
意を決したタイラーはジョディ、アレス、ミカ、ハル、ウォーレンを連れてアルカディア総本部ビルに
いく決意を固めると艦長代理にガンツを指名し転送装置に駆け出した。
後に残されたガンツは祈るような面持ちで六人を見送る。そして在らん限りの声援をタイラー達に
送った。
ガンツ「おうよ、もうこうなったらうだうだ言ってもはじまらねえからな。だが艦長代理としててめえら
に一つだけ言っておきたい！！全員、生きて帰れよ！！以上！！！」
第２６話 -終-
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