スペースクルーザー ランディール
第29話 激突！！真・邪神天王
エントランスホールの奥にある大時計が１０：１３分を指し示すと共に地獄へと続く金色に
輝くドアがぎぎぎと開く。タイラーとジョディは周囲を警戒しながら中へと足を踏み入れた。
視界が開け中の様子が見えてきた。そこはエレベーターというよりは大きなラウンジという
感じの空間だった。大きさにして四方３０ｍぐらいはあろうか・・・・。タイラーとジョディが完
全に中に入るのを見計らったかのように扉が急に閉まるとゴウンと大きな音がして軽い重
みを感じた。エレベーターが最上階に向けゆっくりと動き始めたのだ。
タイラー「なるほど・・・・もう、退路は絶たれたっというわけだ。」
そう言って面白そうに笑うタイラー。だが瞳は笑っていなかった。このエレベーターを支配
するそれまでのものとは比べ様がない圧倒的な殺気にいやがうえにも身体が緊張に震え
る。
タイラーとジョディはこの殺気に覚えがあった。
ジョディ「艦長、気をつけて、この気は・・・・」
タイラー「ああ、わかっているさ・・・。よもやいきなり本番だとはな」
二人が身体で覚えている殺気を証明するように床から1人の醜悪な老人がその姿を現した。
イマージュ「うひょひょひょひょひょ、ようこそわし達の待つ空間へ。実験素体の君達を迎え
るには少々機材が足りないがわしの実験室へようこそ、改めて自己紹介しよう
かのう・・・・わしの名はイマージュ・マージスいや、それは人間体の名かのう・・・・
うひょひょう」
老人は卑屈に笑うと白衣の中から仮面を取り、それを顔につけた。白衣がヒラヒラとしたピン
ク色の長衣に代わり機械化した手には禍禍しい形の杖が実体化したのだ。
「わしの真の名は異界最高幹部が1人魔道師団参謀イマジオメイジじゃよ。この無限なる知識
を持つわしの実験素体に選ばれるとはおぬしらは幸せ者じゃて・・・・・うひょひょひょひょひょ」
空中で遊弋するイマジオメイジに召還されるように複数のクリスタルが回転しながら床から現
れた。
タイラー「来るぞ！！」
紫電を絡ませながら手をにぎにぎと弄ぶイマジオメイジに二人は戦闘体制を整え身構える。
その時・・・・円筒状のエレベーターホールの遥か上から鋭い声が木霊した。
？？？「タイラーは私が相手をする！！」
イマジオメイジ「・・・・ダークライダーか・・・・やれやれしょうがないのう。まあ、わしはこの小娘と
遊んでやるとしよう」
上から鋭い声にイマジオメイジはつまらなそうな顔を浮かべるがジョディに狙いを定めると再び
下品な嘲笑を浮かべ襲いかかる。
タイラー「ジョディに汚らわしい手でさわるなあ！！」
タイラーがジョディを庇う様に前に立ちイマジオメイジに切りかかろうとする。だがその動きが止
まり急にタイラーは遥かエレベーターホールの上層へと見えない力で持ち上げられていった。
タイラー「な、何だこの浮力は！？体の自由が利かない」
ジョディ「タイラーーーー！！」
ジョディが必死に手を伸ばそうとするがタイラーを持ち上げる力の方が遥かに上回り二人の距
離は次第に離されていく。だがタイラーはジョディに届くよう必死になって叫んだ。
タイラー「ジョディ！！俺はお前を信じている！！・・・・お前には人を護る力が両親から託されて
いるはずだ。その強い心が人を弄ぶ弱い心に負けるはずがない！！」
ジョディ「タイラー・・・・ええ了解です！！私は決してこんな力には屈したりしません。だって私に
はみんなの心とともにあるんだから・・・・タイラーこそ気をつけてね！！」
タイラー「心配要らないぜ。ジョディ、こんな力、すぐに打ち破ってお前の元に帰ってくるからな！！」
次第に離れていく二人の距離、しかしそれに反比例して心の繋がりはより強くなっていくようだ。
そんなジョディを嗜虐的な眼差しで舌なめずりしながら眺めるイマジオメイジは
イマジオメイジ「うひょほほう・・・信頼・・・愛情など、精神が闇に蝕まれればすぐにでも消去され
てしまうものなのにのう・・・ふむ愛情という精神活動が活発な脳のホルモン分布
を解剖して調べてみるのも一興じゃなあ」
下劣な笑みを浮かべる。
道化師の様に配置された複数のクリスタルを間を飛び回るイマジオメイジ。だがただ遊弋してい
るだけではないらしい。配置されたクリスタルがざまざまな色彩に彩られ、浮遊する。ジョディは
その輝きの中に魔力の流れを感じ取った。イマジオメイジの手から魔力が送られそれをクリスタ
ルが増幅しているのだ。ジョディは魔力を防ぐ防壁ムワーラを周囲に張るとハルから貰ったコラ
ボレーションガンを手に取りそれをイマジメイジに向ける。
ジョディ「ハル君、あなたの想いの篭ったこの銃さっそく使わせてもらうね。」
イマジオメイジ「うひょひょ賢い娘さんじゃあなあ。魔力の流れを感じ取り、さっそくムワーラを展開
するとは益々解剖意欲がそそられるわい。じゃがこれはどうじゃな？」
言うが早く浮遊するクリスタルを直列に二列でならべると杖を手から離しその真中に配置する。
左右のクリスタル群が青と黄色に輝き冷気と放電現象が交互に干渉しあう。その干渉による放
電現象が活発になると同時に杖が微妙に振動を始め次の瞬間ロケットの様にジョディの方角に
向け急速なスピードで射出されたのだ。咄嗟の事に、ジョディはムワーラを解除し、デバンドを展
開するが判断が遅れたためかそれを尽きぬけ杖がジョディの鳩尾に直撃した。
ジョディ「ぐはあ」
白く光る防壁に威力がかなり削がれたもののそれでも凄い勢いで衝かれた衝撃にジョディはたま
らず身体をくの字に曲げ口から吐血した。ジョディの苦痛に歪む顔を見てイマジオメイジは本当に
楽しくてしょうがないみたいに肩を揺らしてあざ笑った。
イマジオメイジ「うひょほほほ・・・何が起こったか知りたいかね？杖より放出された金属分子がフ
ローゼにより冷却され、それに雷のマジック、タンドレの膨大な電磁気に振れて磁
極化する。急速な冷却により抵抗力を失った杖はプラスとマイナスの反発により
容易にレールガンと化すわけじゃよ。さあ・・・実験はまだまだこれからじゃて。生体
活動を停止してもらっては困るのう？小娘や。うじひゃははははは！！」
吐血し壁に叩きつけられるジョディ。イマジオメイジの嘲笑がゴンドラ内を支配する中それでも彼女
はふらつきながらも立ち上がる。
イマジオメイジ「ほう、まだ立つ元気があるのかね。」
おどけながら興味深げに尋ねるイマジオメイジにジョディは悲壮な笑顔で答えた。
ジョディ「こんな苦痛なんて・・・あなた達に命を奪われた人達の悲しみと比べれば耐えられない痛
みじゃないわ。私にその悲しみを癒せるかどうかはわからない。でもあなたに囚われた
命の叫びが私には聞こえているんです”負けるな！！”って・・・・だから私はあなたと戦
います！！」
夜空に摩天楼の明かりと上空で戦う艦隊戦の激しい攻防がガラス張りの壁面に映る空虚な空間
を見えない力で持ち上げられているタイラーは上を見上げ呟いた。
タイラー「おかしい・・・もうとっくに１３００Mを過ぎているのにこのエレべーターはまだ続いている・・
・・。空間が捻じ曲がっているのか？」
やがてその先に無数の光る物が目に止まった。近づいてくるつれそれは先が尖った刃物だとわか
り慌てて方向を転換しそれをかわすタイラー。
タイラー「な、なんなんだ。この奇妙な空間は」
そこは無数に長剣が浮遊している空間だった。金、銀、碧色と鈍く輝く長剣はそのどれもが禍禍し
い瘴気を放っていた。切っ先に触れればすぐに切られそうな異様なまでの殺気。その殺気の中心
に緑碧と闇色を混ぜたような輝きを持つ鎧に身を纏った騎士がそこにいた。中世の騎士物語に出
てきそうな出で立ち・・・・下半身が馬の半身半馬のその姿から周りの呪われた長剣よりも遥かに
恐ろしい殺気が放たれていた。だがタイラーはなぜかその殺気にデジャヴュを感じハッとして尋ねた。
タイラー「おまえはまさか？ライダークか！！」
ライダーク「ふ、この姿で貴様に会うのは初めてだったな・・・・。だが私はその人間の名を遥か昔
に捨てている・・・・・。今の私は異界遊撃隊指揮官ダークライダーだ！！」
兜を自ら取り棚引く銀色の髪を掻き揚げた青年は誇りを持って力強く自らの名を答えた。鷹のよ
うな眼光は以前とは比較にならないほどの鋭さでタイラーの身体を貫いた。一瞬金縛りに陥るが
それを力を込めて跳ね返すタイラー。
タイラー「今日こそおまえとの決着をつけてやる！！ライダーク！！」
ダークライダー「ほう、我が眼光を跳ね返すとは成長したな！！それでこそ私が全力をあげて戦
う相手に相応しい。」
眼光を打ち破ったタイラーをダークライダーが賞賛する。だがタイラーは納得のいかない顔でキッ
とダークライダーを睨み付けた。理由は下でジョディとイマジオメイジが戦っていてそれを助けるこ
とが出来ないもどかしさともう一つ・・・・
タイラー「ライダーク、ここにある剣はみんな魔族だろう！！貴様は１対１を望む正々堂々とした
戦いをする男と思っていたが失望したぜ・・・・。」
ダークライダー「ふ、何を勘違いしている。これはあくまでお前をこの空間に持ち上げるための結
界の要に過ぎない。貴様が今ここで浮かんでいられるのもそのおかげだ。私はた
だ貴様との決着がつけたい。それだけの事だ！」
己の誇りを傷つけられたダークライダーは一瞬顔を眉間に皺をよせるがすぐに冷静な表情に戻
ると浮かんでいた長剣の一本を手にしそれをタイラーに投げた。呪われた剣を手に取るが使う
事を躊躇するタイラーにダークライダーは腕組みをして毅然と答える。
ダークライダー「その証拠に貴様にその剣デスロウナーを渡そう。安心するがいい。魔族としての
意志と呪いは抜いてある。それを使いこなせれば少しは私と貴様の差も埋まるは
ずだ。」
確かに目の前にいるダークライダーの放つ殺気から彼がこれまでにない尋常ならざる実力の持
ち主という事はわかる。その彼から与えられた剣は気味が悪い雰囲気はあるが、持っているだ
けで力が何倍にも溢れる感じを覚えた。それでもあえて、タイラーはその剣を投げ捨てた。
ダークライダー「何故、それを捨てる！！」
声を荒げるダークライダーにタイラーは毅然とした態度で答えた。
タイラー「別におまえの好意がいやだから捨てたわけではないさ、ただ俺はガンツ達が造ってくれ
た剣に込められたこの想いでお前と戦いたいのさ。」
そう言うと彼は腰にさしたガンツ特製の強化ラコニアソードを掲げ刃をかざした。自分の好意を無
視されたにも関わらずタイラーの決然とした態度にダークライダーは不敵な笑みを浮かべた。
ダークライダー「ふ、貴様がそう望むなら、それも良かろう。だが後で後悔しても知らぬぞ！！」
タイラー「へ、後悔なんてするものか。俺は、今下にお姫様を待たせているんでね。決着は早め
につけさせてもらうぜ！！」
ダークライダー「果たしてそう上手く行くかな！！行くぞ！！タイラー！！」
それを最後に互いに無言のまま後へ跳躍すると間合いを取りながら仕掛けるタイミングを窺う両
者。先に仕掛けたのはダークライダーだった。馬のように蹄で浮遊する剣の芯を地として八双に
駆け飛ぶダークライダー。
「ははは、私のスピードについてこれるかな！？」
タイラーはなんとか相手を捕らえようとするが速すぎて残影すらも見えなかった。目視で追えない
以上相手の出方を待つしかない。それがタイラーにはもどかしかった。
タイラー「クッ、なんて速さだ。目で追いかけられない。」
その時背後から強烈な殺気を感じ、その場を飛びのいた。ほんの数瞬の内にダークライダーの
前脚の蹄が結界を構成する魔剣の内の一本を踏み砕いた。しかし姿を現したのは一瞬で一秒
後にはまた姿を晦ましていた。タイラーが先ほどまでいた場所の透明な床のような力場が音を立
てて崩れていく。あと数秒対応が遅ければタイラーはそのまま奈落へと落ちていたことだろう。体
勢を立て直し再び身構えるタイラー。だがダークライダーは雷光よりも速く駆けあがりながら手を
上に上げ光の槍レイスピアを形成する。狙うはタイラーの頭上。素早く剣の階段を八双飛びに駆
けあがり上から複数のレイスピアを同時に放つと、自らも腰を据えて剣を手に疾風の如き急降下
で駆け下りる。そして激しく切りつけた。だがタイラーも真実の書で歴戦の勇士の剣技を受け継い
だ身、その感覚が上空から襲いかかるダークライダーの殺気を感知し複数の光の槍を巧みにか
わしながら最後にダークライダーの一撃を剣の一振りで跳ね除けた。
タイラー「どうだ！！かわしたぜ！！」
タイラーの斬撃を跳躍して交わしたライダークはまたも闇の中に消える。タイラーは微かに揺れ
動く風の動きに全神経を集中させ上を見上げる。その目には溢れんばかりの闘志が漲っていた。
ダークライダーもその輝きを見て嬉しそうに頷く。
ダークライダー「そうだ・・・・それでいい。」
だが一瞬の心の交流は途絶え、再び剣と剣による火花が飛んだ。そう、お互いの誇りと想いを
賭けた死闘はまだ始まったばかりである。
同時刻
アレスとミカもまた四方３０ｍの空間にいた。しかしタイラー達がいたエレベーターとは様子が多少
違う様だ。あたりがねっとりとした霧に覆われた空間・・・・ミカはそれに既視感を感じ何故か背筋
に寒気がするのを感じていた。
ミカ「この霧、見覚えがあるよ、あたし怖い」
震えるミカの肩をアレスの太い腕が支える。
アレス「大丈夫だ！！今度は俺が側に居る。」
前に悪夢の中で見た霧の時と違い今度は側に頼り甲斐があるアレスがいる。ただそれだけでミカ
の心に暖かな想いが灯る。
ミカ「うん、アレスお兄ちゃん励ましてくれてありがとう。お陰で元気が出たよ！！」
ミカの素直なお礼にアレスも少し紅潮してしまう。そんな仄かな二人の一時はあざ笑う男女の声に
より唐突に終わりを迎える。
？？？・・・・・・ふふふふふ・・・・・・・・・・
アレス「誰だ！！」
霧の中から鈍く銀色に輝く女性のような影が現れた。影は軽やかに二人の周りをくるくる舞い踊る。
見れば見るほど引き込まれて行くような神秘的な舞いに二人が見とれていると影から伸びるしなや
かな指先がアレスの喉に擦り寄ってきた。
？？？「うふふふ、顔は不細工だけど・・・あらぁ、心には引かれる影を感じるわあ。いい男ねえ〜♪」
手が触れた瞬間ぞっとするような冷気が感じられアレスは我を取り戻した。
アレス「て、てめえ、ふざけるな！！」
慌てて顎に触れた影の手を振り解き、斧で一閃した。だがその一撃を華麗に交わしながら影は尚
もくるくる舞い踊る。ようやく気がついたミカがアレスの背後に隠れるようにして震えながら言った。
ミカ「お兄ちゃん・・・・前に話したと思うけどあの影・・・」
アレス「ああ、わかっている！！あの影がおまえが話していた銀色のお化けだな！！よくもミカの
心を弄びやがって！！俺は貴様を絶対に許さねえ！！」
アレスは以前から溜めていた怒りをここぞとばかりにぶちまけた。無論ミカを護ることも忘れていない。
しかし影は支え合う二人の姿を陶酔して見つめながら歌うように甘美なる嘲笑を響かせた。
？？？「うふふふお姫様を護るナイト・・・・なんて素敵な愛の歌劇かしら〜♪でもまだアジダート（激
しく）それでいてアッパショナート（情熱的）な演出が見てみたいわ〜♪」
？？？「そうだな、今のままでは奴は三流役者にすらなりきれんかもなあ・・・ふふふ」
影の嘲笑にもう一つの男の影の嘲笑が重なり悪意のハーモニーを奏でる。アレスはその声を聞い
て男の影の正体に気がついた。
アレス「その反吐が出そうな声はてめえ、ロウかあ！！」
霧が薄れる同時に男の方の輪郭が見えてきた。引き締まった肉体に軍服を纏い酷薄な笑みを湛
えるその姿は一度見たら忘れられない。それはまぎれもなくさっきまでバルコニーにいたロウ軍司
令官だった。
ロウ「確かにパルマ政府のコンピュータバンクには私はロウ＝ブリンガルと登録されているがね・・・」
「そして私はアルカディアグループの会長シャルルゴーニュ＝ミラージュと登録されているわあ♪
うふふ・・・・でも本当の名前は邪精霊の巫女シェイドミラージュよお♪」
銀色の影は妖艶なる美女の姿となってロウにからまった。その姿を見てミカの身体がガタガタと震
え出す。思い出したのだ・・・彼女にジョゴスウイルスを植えつけた魔性の女性が目の前に立ってい
たのだ。まだ幼いミカにとって怖がるなという方が無理だろう。だがあえてアレスは叱責する。
アレス「ミカ、お前のいい所は太陽みたいに明るく強い心を持っているところだ。だから、恐怖なんて
お前の心の太陽で吹き飛ばしてやれよ！！」
アレスの叱責にミカの猫耳がしゅんと垂れる。だがアレスはしっかりとミカの手を握ると優しく立ち
あがらさせた。
アレス「太陽が燦燦と輝くにはでっかい青空が必要だよな。俺がその青空になってやるよ」
ミカ「お兄ちゃん・・・・」
アレスの心の篭った励ましの言葉はミカに立ち上がる勇気を与えてくれた。差し伸べられた手を
強く握り微笑んで見せるだがそんな二人を馬鹿にするようにロウとシェイドは嘲笑を浮かべた。
ロウ「くくく・・・青空か。ならばそれを夜よりも暗い闇色に変えるのが我等の趣きというもの・・・・。」
シェイド「うふふ、そうねえ、そうねえ〜♪さあ、あなた達の心を闇色に染める悲しみと絶望のオペ
ラの開幕よお〜♪」
二人の嘲笑が開幕ベルのように鳴り響き霧が晴れあがる。霧が薄らぐと同時にアレスとミカの眼
前に今までの場所とは違う光景が広がっていった。鋼鉄の壁面に複雑に絡みあったパイプやハン
ドル・・・水を満々とためたいくつもの貯水槽、各所にあるディスプレイにはモタビア上空の気圧や
降水量などが映し出されている。薄やみの中、ディスプレイと誘導灯の灯りがアレスとミカを仄か
に照らし出していた。
アレス「こ、ここは・・・・アメダスじゃねえか！？」
ミカ「アメダスって・・・モタビアの気象コントロールセンターだよね。」
アレス「ああ、俺がゲリラ活動をしていた時に忍び込んだ事があったが・・・・なんだってこんな所に？」
唐突にアメダスに飛ばされたことに不自然さを感じながらもアレスはミカを庇いながら周囲に警戒
の眼差しを向ける。その時、ミカの猫耳がピクピクと動いた。通路の奥から誰かの声が聞こえたのだ。
ミカ「ちょっと待って！！お兄ちゃん、何か聞こえるよ！！」
この場に居てもどうにもならないと考えたアレスとミカは声がする方へと駆け出した。そしてアメダス
の制御室と思われる巨大な端末のある空間へと脚を踏み入れた時・・・・そこでミカは信じられない
光景を目の当たりにした。
ミカ「ここは・・・・え？ネイお姉ちゃん！？・・・・二人いる？なんで！？」
相克する二人の少女、それは共に天使の如き美しい容姿と紫色な長い髪そして・・・人間とは明らか
に違う長い耳を持っていた。ミカはそれを見て愕然とさせられた。忘れられる訳がない。生まれて間
もない頃より自分を暖かく見つめていたあの眼差し、非人道的な研究をする研究所の中で自分と同
じ造られた存在としてミカにとってはネイはお姉さんであり心を委ねられる大きく暖かな存在であった。
その少女が今自分の目の前に相対する形で二人立っていた。双子というより同一の存在が二つあ
ると言った方がいいだろうか？だがそのうちの片方は憎悪に顔を歪ませ恐ろしい形相で人間を弾劾
する。
ネイファースト「人間は実験が失敗だと言って私を殺そうとした。でも私は逃げ延びてバイオシステム
からDNAデータを引き出してモンスターを作った。自分勝手に自然を弄り命を弄ぶ人
間に復讐するために！！だけど私の中に私を邪魔するもうひとつのネイがいた。」
怨嗟の念を込めて・・・人間を・・・アルゴル社会の全てを弾劾する少女に対し同じ顔を持つもう1人の
少女は悲しく俯き、周りに居たユーシス達はただ愕然と二人のネイを見つめる事しかできない・・・・・。
ユーシス「そ・・・・それはひょっとして？」
ネイファーストの言葉を聞いているうちにユーシスにある疑念が生じていた・・・・・その疑念を一度口
に出してしまったらもう二度とネイとの平穏な生活には戻れない・・・・わかっていたはずなのに・・・・
ユーシスは恐る恐る自分の胸の奥から湧き上がる疑念を口にするほかなかった・・・・・。
そんな彼を見てネイファーストは嘲りを込めて真実を告げた。
ネイファースト「そう、あなた達がネイと呼んでいるその娘の事よ！！あなた達はそのネイを仲間だ
と思って連れて歩いているけど本当は醜いモンスターと同じ・・・・人間を憎んでいる
に違いないわ！！」
ネイファーストの口から紡がれる真実の過酷さにその場にいる誰もが言葉を失った。ただ１人それ
まで悲しみに俯くことしかできなかったネイが顔をキッとあげると、それまで心の内に秘めていた感
情が堰を切ったかのように言葉として飛び出した！！
ネイ「・・・・私はネイファーストの中にいるのが辛くて分裂したのよ・・・・確かにモンスターとして生ま
れてきたことはとても辛いし悲しいわ。だけど私はモンスターを作って人間に復讐するあなた
の事を認めるわけにはいかないの！！」
瞳に涙を滲ませ叫ぶネイ・・・・だがその想いはネイファーストの孤独な魂には届かなかった。
ネイファースト「生意気な！！そんな事を言ったって私と戦うことなんてできないくせに。さあやれる
ものならやってごらん！！」
ネイ「私はあなたにこれ以上モンスターを生み出してほしくないの！！分かって！！姉さん！！」
そして・・・・魂を分けた二人の天使の悲しい戦いが始まった。手に装備したクローで互いを傷つけ
合う二人を見てミカは居ても堪らず飛び出して二人の戦いを止めようとした・・・・。
ミカ「・・・・ネイお姉ちゃん達、やめてよ！！」
だがネイ達に触れようとしたその手はネイ達の身体をすり抜けていった。何が起こったかわからず
呆然とするミカにネイファーストのライトサーベルが迫る！！
アレス「ミカ！！あぶねえ」
間一髪のところでアレスがミカを抱え刃をかわした。
ミカ「どうして・・・・どうしてネイお姉ちゃんが二人に分かれて戦わないといけないの！！」
ミカが悲痛な叫びをあげるがそれは決して二人のネイに届く事はなかった。・・・・・・・そして訪れる
結末・・・・・・・・二人は互いの命を削り・・・・やがて二人は相打ちとなった。
すべてが終わったときユーシスは何よりも先に倒れているネイの元に向かった。
ユーシス「・・・・ネイ、しっかりするんだ。ネイ！」
生気のないネイを抱きしめ必死に励ますユーシス。しかし彼女がすでに虫の息だということは仲間
達やアレスそしてミカの目から見ても明らかだった。ネイは震える腕をユーシスの方へと伸ばす。
ネイ「私は・もうだめ・・・・ユーシス・・・・お願い・・・・もう私達みたいな悪魔を二度と造らないと・・・約
束して・・・・平和なアルゴルで・・・みんな・・・・幸せになってね・・・・・・・。」
死の目前でありながら、人間にひどい迫害をうけながらそれでも尚、みんなの幸せを願うネイの姿
がその場に居たすべての者の心に焼きついた・・・・。そして・・・・ネイの手から力が抜けていき・・・
するりとすり抜けるようにユーシスの手から抜け落ちた。ネイの瞼が静かに閉じていきそして眠る様
に息を引き取った・・・・。
ユーシス「ネイ・・・・ネイ、ネイーーーーーー！！！」
後にはユーシスの絶叫だけがアメダスに木霊していた。その絶叫が闇の中に消えると同時にその
場で映画の映写機が止まるかのようにすべての動きが凍てついた。すべてが過去の幻だったのだ。
ミカ「ネ・・・・・イ・・・・・お姉ちゃん！！！」
ミカは悲しみで胸が張り裂けそうになり叫ばずにはいられなかった。アレスはミカに言葉をかけてや
ることが出来ない。彼もまた悲しみで胸が押しつぶされそうになていったからだ。だがそんな二人の
様子をあざ笑う様にユーシス達にスポットライトが当たりシェイドが遊弋しながらユーシスとネイの頭
上に現れた・・・・。
シェイド「うふふふ、これは私のオペラ劇場に最近加わった演目よ〜！人間への憎しみで二つに分
かたれた天使の魂が互いに殺し合うの〜♪特に最後のこの娘の言葉なんて・・・ああ〜・・・
ゾクゾクしちゃうほど哀れで美しいわあ♪私が演出した悲劇の中でも最高の傑作よ〜♪」
恍惚とした表情でユーシスやネイの顔を撫でまわし舌なめずりするシェイド。愛する人の死別を嘲り
恍惚に酔うシェイドを見てミカは耐えようもない悲しみに全身を震わせ叫ぶほかなかった・・・・。
ミカ「・・・・・ひどいよ・・・こんなのって、こんなのってあんまりだよーー！！」
アレス「ああ、ミカ・・・・俺もそう思うぜ・・・・こんなのたまんないよなあ・・・・てめえらよくもミカにこん
な残酷な運命見せやがって！！ミカを泣かせる奴は俺が許さねえ！！」
あまりの非道にアレスは怒りのため、頭の奥が鈍く痛むのを感じながら眉を逆立てロウ達を睨み
付ける。
ロウ「・・・・ふふふ、君がそんなに怒るのはあの時の代償行為かなあ・・・・」
だが、ロウはアレスに睨み付けられても意に介さず肩をすくめて葉巻に火をつけた。そして葉巻を
口に咥えると囁くように呟やきはじめた。それはアレスにとって忘れられようもない悔恨の記憶を
引き出すものだったのだ。
アレス「あの時だと・・・・てめえ、！！」
ロウ「そう２３年前のあの日君の村は政府軍に襲撃され焼け打ちにあったそうじゃないか。その時
に君は大柄の巨人に大切な幼馴染を殺されたそうだなあ・・・・。」
ロウがアレスの触れられたくない過去を笑いを含んだ声で語り出した。アレスは絶句していた。あ
の日の事は政府の記録を調べたときにもなにも調べることができなかった。それを得意げに話し
ているこいつはやはり・・・・・・・・・・アレスの困惑を見透かすかのようにロウは嘲笑を浮かべると手
にした葉巻を床に落とした。床に落ちた葉巻が鋼鉄の床を紅蓮の炎に変えていく。アメダスの光景
が紅蓮の炎に飲みこまれ舞台が変わっていく。燃え盛る炎に包まれる簡易式の白いテント・・・・・
炎に赤く照らされた草原にはモタビアン達の死屍累々の無残な光景が映し出されたのだ。
アレス「てめえ何でそれを知っている！？そ、それにこの光景は俺の村、まさか・・・」
アレスが薄々感じていた推測を肯定する様に紅蓮の炎を背に人外の嗜虐的笑みを浮かべてロウ
は得意げに語った。
ロウ「あの時の部隊は実は私が指揮していたものだよ・・・・。そして君がみた巨人はこんな姿をし
ていなかったかな。」
ロウの身体が変貌を始めた。メキメキという異音と共に身体が一際大きく膨れ上がる。軍服があわ
立つと粒子に変わる。それが金色の鎧に変化し手にも粒子が集まり巨大な金色の戦斧と盾が出現
した。そして何よりも頭部には魔獣を思わせる巨大な角が生えてきたのだ。その異形がアレスの記
憶と重なりあの時の影と一致した。
アレス「やっぱり・・・・・やっぱりてめえかあーーーーーーー！！！」
凄まじい怒りが身体の奥から突き上げてくる。怒りで全身の血が逆流したアレスは全身の毛を逆立
てわなないた。両手に斧を掲げ力の限りロウに切りかかるアレス。だが悪魔の本性を現したロウは
余裕の表情を浮かべていた。ロウが戦斧を振り下ろした瞬間、空間が圧縮され、飛びかかるアレス
にまともに押しつぶされた空間の衝撃が圧し掛かって来たのだ。アレスは地面に叩きつけられつぶ
された蛙のように動けずにいた。何かボキッと鈍い音がした。激痛がアレスの身を襲う。それでも怒
気に全身を震わせるアレスを見下ろしロウが愉悦の声で慇懃に振舞う。
ロウ「改めて自己紹介しよう、私の名は異界重戦士団将軍カオスブリンガー。君の村を焼き払い・・・・
そして君の幼馴染をいたぶり殺したものだ・・・・・このようになあ・・・・！！」
そう言うとカオスブリンガーは何かを掴み持ち上げた。それを見たアレスは逆流した血が凍てついた。
カオスが持ち上げたもの・・・・それは頭が血まみれになったアレスの幼馴染の女の子だったのだ。
アレス「あ・・・・ああ、ミカル」
アレスが虚ろに呟いた名前にミカは自分の名前と同じ響きを聞き取り、心の奥に小さな不安が湧き
上がった。
ミカ「アレスお兄ちゃん・・・・ミカルってあたしと同じ名だよね・・・どういうこと」
微かに震えるミカの声にアレスは何も答えることができなかった。代わりにシェイドがミカの耳元に
吐息を吐く様に嗜虐的に囁く。
シェイド「うふふ・・・・教えてあげましょ〜う♪おそらくアレスはミカルの代償としてあなたにその名前
を与えたのでしょうね〜♪可愛そうに・・・・あなたは所詮ミカルの代償人形に過ぎないわ〜」
シェイドから悪意に満ちた推測を吹き込まれミカの心が絶望に凍り付きそうになる。自分を必要と
していると思っていたのにそれが幼馴染の代わりに過ぎなかっただなんて・・・・・。
ミカ「・・・・・・お兄ちゃん？あたしはそのミカルって子の身代わりなの？」
アレス「それは違う！！」
カオス「いや違わぬな・・・・それが証拠にこの亡骸を見た奴の慌て様を見るがいい。」
ミカ「ねえ、答えてあたしはミカルの代わりにしかすぎないの！？」
目に涙を溜めすがるような目で見るミカを見て
アレスは横面を叩かれたような気がした。ミカを俺が護ると約束したのにミカの心を傷つけた事に、
己がやるせなかった。アレスは意を決してミカの瞳を正面から見据え、勇気を持って自分の今の気
持ちを正直に告げた。
アレス「・・・確かに最初はそうだったかもしれねえ・・・・・・でもミカ・・・・これだけは信じてくれ！！！
お前はミカルの代わりなんかじゃねえ！今、俺はてめえだけを・・・・愛しているんだ！！」
嫌われてもいい・・・ただ今の自分の気持ちを伝えたかった。一瞬の沈黙の後・・・・・・ミカは戸惑い
ながらも優しく微笑んだ。
ミカ「・・・・・・・・・・・・お兄ちゃん・・・・・うん、そうだよね。でもいいんだよ。そのミカルっていう人の
大切な人の名前をあたしにくれたんだもん！！それだけであたしはうれしいよ。」
まだ心の中にわだかまりがあるのだろう・・・・・それでも微笑んでくれるミカの心の強さがとても眩
しく愛らしかった。
アレス「ミカ・・・」
ミカは涙を手で拭い、明るい笑顔を作りアレスの側に立つと元気一杯に腕をぶんぶん振りまわし
ながらアレスに声をかけた。
ミカ 「よおし、アレスお兄ちゃんに護られているだけじゃあ駄目だよね、お兄ちゃんが戦うのなら
ミカルちゃんの分もあたしがお兄ちゃんを援護するもん」
アレス「ミカ・・・・すまねえな・・・・ミカル・・・それに村のみんな俺にミカを護る力を与えてくれ！！」
太陽のようなミカの明るさに照らされアレスは再び戦う勇気を取り戻した。そして近くで眠る同胞
そしてミカルに向け祈るように精一杯の想いを込めて叫ぶと倒すべき敵に向き直りミカと共に戦
闘態勢を整えた。再び勇気を取り戻したアレス達に対しシェイドはくるくると舞い踊り、カオスは手
にした巨大な戦斧を構える。二体の悪魔の瞳に残忍な喜悦が滲んでいた。
シェイド「あらあらあ〜悲劇の開幕のベルが鳴ったのにそんな三流の喜劇芝居をしては駄目だわ〜♪
脚本に従わない役者には退場してもらうしかないわよねえ〜♪」
カオス「ふふふ力なき蟻ども少しは抵抗してくれたまえ！！でなければ踏み潰しがいがないから
なあ！！」
そして戦いが始まった・・・・。
同じ頃
アイナとオハリオの前にも悪魔がその狡猾な姿を現そうとしていた。
？？？「私の相手がかのシーク本家の最後のご息女アイナ様とオハリオ様とは光栄の至りです。」
執事の様に深深と礼をする赤いローブを纏った紳士。だがバイザーをつけたその顔には嘲りの
表情が見て取れる。
アイナ「そこをどきなさい・・・・・などと言っても立ち退いてなどもらえないようですね・・・・・。」
アイナは淡々と静かな言い方で相手を牽制する。ただしこれが通じる相手とはアイナも思ってい
ない・・・。
ファーグ「その礼節のある言葉静かなる物腰、さすがはラ・シーク様の血を継いだ高貴な血筋で
あらせられる・・・・ですが愚民達に肩入れするとはシークの名を受け継ぐ者としていさ
さか問題があるかと」
ファーグはあからさまに肩をすくめ冷笑を浮かべた。
・・・・・愚民という言葉にオハリオが強く反応した。それは明らかにこちらを挑発する意図が明白
だったのだがオハリオは静かに剣を構える。
オハリオ「明日を必死になって取り戻そうとする人達を・・・・僕は決して愚民とは呼ばさせはしな
い！真に高貴なる精神とは今を必死になって生きようとする存在全て宿っている！そ
れを愚弄する資格などお前達にはない！！」
静寂だが内に激しい怒りをもって剣を翳すオハリオ
「南方を守護せしシークの守護神火神赤竜よ、汝の炎我が剣に宿し邪悪なる魂を焼き払え、奥
義紅蓮竜撃剣！！」
その怒れる魂に呼応するかのように黒い剣に赤い炎が巻きつく。オハリオはそれを一気にファ
ーグに向け薙ぎ放った！！炎が巨大な赤い竜と化しファーグに迫る！それでもファーグは避け
ようとしなかった。いやむしろ余裕の笑みさえ浮かべている。余裕の原因はすぐに明らかになっ
た。床が闇赤色に光ると炎の竜がファーグの眼前で勢いを失いそして消滅したのだ。
オハリオ「く！！」
アイナ「・・・・・・・オハリオ、気をつけて！！ここには結界が幾重にも張り巡らせられているわ！！」
アイナが指摘するようにゴンドラの床には様様な色に光輝く幾何学的な文様が幾重にも渡り張
り巡らされていた。奥義が効かないことに唖然としているアイナ達を馬鹿にするようにファーグ
の声には多分に嘲りの感情が含まれていた。
ファーグ「やれやれ・・・・かのラ・シーク様の子孫がここまで愚かでしたとは何とも嘆かわしい。
ご覧なさい。あなたが高貴な魂という愚民達のあの哀れなる末路を・・・・・。」
そう言うと透明な壁面に映る外の艦隊戦の方を指差した。
遊撃艦隊「山の騎士団」は追い詰められていた・・・。圧倒的な物量で迫る第１機動艦隊に対し
こちらの戦力はあまりにも心許なかった。
「駆逐艦「エルメル」より入電、パルスレーザーが主砲に直撃、戦闘能力を失った。これより我
が艦は戦線を離脱する。」
「現在敵主力艦隊に包囲陣形で囲まれ我が艦隊は光球へ追いやられています。このままでは
対EMP装備を装備していても影響は免れません！！」
次々と入ってくる報告は味方の不利を伝えるものばかりだった。いくら相手が威力を弱めたパ
ルスレーザーしか撃ってこないとはいえ多大な戦力を前に徐々に追い詰められていく遊撃艦隊。
パルスレーザーによる小規模な爆発でダークランディールの艦橋が微かに振動する。ついに耐
えかねた海賊がアベルに怒鳴り込んだ。
海賊「おい、アベルの旦那！！俺達はスタージェーンの姉さんがあんたに任せるといったから
命令に従っていた。だがこの結果はどうだ！！下手したらこっちは全滅してしまうぞ！！」
ジロリと睨み付ける海賊達の鋭い視線にだがアベルはいたって静かな表情で答えた。
アベル「孫子曰く・・・・動かざるごと山の如し・・・・・・豪傑無双な海賊にしては度胸がないな。」
海賊「な、何い」
海賊達の恨みがましい視線にも動じず、アベルは無表情のまま静かに溜め息をついた・・・。
アベル「未だに我が艦隊は大破した艦はでていないはずだ。それなのに浮き足立っていては
相手に足元を見られるぞ・・・・だが不安な気持ちは理解できる。もし、ここで敗れたら
私のあらゆる尊厳を君達の自由にしていい・・・・。」
自らの命を差しだしてもいい・・・・そう決然とした目で語るアベルに何も言い返せなくなる海賊
達。もう負けることは許されない・・・・アベルの自らに課した十字架の重みを海賊達はその瞳
から感じ取ったのだ。
海賊「う・・・・へ、ここで負けたらどのみち全てお仕舞いなんだよ！！てめえの命なんているか
！！それより速くこの戦局を覆すような策を考えてくれよ・・・・もう俺達にはあんたの頭し
か頼る物がねえんだ・・・・」
最初に怒鳴り込んだ海賊が悪態をつきながらも席に戻っていく。言葉に刺があるものの、そこ
にはある種の信頼関係が構築されていた。
アベル「ふ、わかっているさ。私はもう負けることは許されないことぐらいな・・・・・諸君安心して
欲しい、作戦は既に動いている。知りたがきこと陰の如く・・・・・後少しだけ待ってくれ、
風が吹き始めるのはもうすぐだ・・・・・。」
敵は圧倒的な軍勢で尚もこちらに迫ってくる。だがすでに戦局の変化の兆しが現れていた。対
消滅反応の光球に微かではあるが紫電が絡み付き始めていた。アベルはその兆しを紅茶を
すすりながら見守っていた。
一方その様子を見つめていたオハリオ達には焦りの表情が浮かんでいた。追い詰められる味
方の艦隊を見て焦りを感じるなと言う方が無理な話しであろう。
ファーグ「くくく・・・・いいですね。その焦りに満ちた表情。私はねえ・・・・・待っていたんですよ・・・・・
あのふてぶてしいラ・シークの子孫に耐えがたい屈辱を与えられる事が出来るこの
日を！！」
二人の表情を見て愉悦に浸っていたファーグがその本性を現していく。赤いローブが顔まで
覆うと、手が鍵爪のようにやせ細っていく。その異形の姿にオハリオ達は見覚えがあった。
アビオンの塔で戦った魔族と同じ姿そしてファーグという名前・・・・・
オハリオ「その姿は・・・・やはりお前は闇の親衛隊隊長ギ・ル・ファーグだったんだな。」
ファーグ「ふふふ、私の名前を知っているとはそれはシーク家の知識かなあ。ラ・シークめ、
真実の書だけではなく子孫にも我等の情報を教えていたとは小賢しいものよ・・・・・。
（（ゼ・ア・スールの監視下にはあるがやはりあの男は信用におけぬわ。いくら闇の
御方様のお気に入りとはいえ・・・いつかは始末せねばなるまい。その手始めとして
・・・・））まずはこやつ等に死んでもらうとしよう！！」
ギ・ル・ファーグが鍵爪で韻を結ぶと邪な風が巻き起こりそれが変化の引き鉄となってエレベ
ーター内の気圧が異様に下がっていく。やがてそれは巨大な竜巻となってオハリオとアイナを
飲み込んでいった！！二人に風の刃が迫る！！アイナが対抗して素早く韻を踏むと朗々たる
声で祈りを奉げる。
アイナ「東方を守護せし、シークの守護神、風神青竜よ、あなたの風の力でこの邪なる風を防
ぐ防壁を与えてください」
アイナが全身全霊をこめて竜の形を成した青い風を召還し、巨大な竜巻を防ぐ防壁を築こう
とした。さらに青い風は黒い凶風を静めていく。だが床の幾何学文様が闇青色に光るとその
防壁が消えてしまったのだ！！一瞬静まった竜巻が再び猛威を震いアイナに迫ろうとしてい
た！
オハリオ「アイナ、危ない！！」
言うが早くオハリオがアイナを抱えて竜巻の凶刃からかばった。だがそれは吹き荒れる風の
刃に背をさらすことでもある。
アイナ「オハリオ！！」
アイナが悲鳴に近い叫びをあげた。オハリオの背から刃で切られたようにばっさりと血が流れ、
それが微かに竜巻を赤く染める。
ファーグ「ふわっはははは！！いかにお前達が竜神達の力を借りようと同じこと。この多重結
界では通じぬぞ！！貴様達はこの暴風の牢獄で私にじわじわと苦痛を与えられ、
もがきながら死んでいくのだ。まずは食らうがいい。タンディラ！！」
ファーグはそれを見て愉悦の哄笑を上げ狂える竜巻にさらに雷撃を加えた。狂風と雷撃が絡
み合いさらに勢いを増す竜巻は徐々にアイナとオハリオの間合いを狭めつつあった・・・・。
だが二人の顔に恐怖は浮かんでこなかった。ドヒールでオハリオの背中の傷を治療するアイナ
にオハリオが声をかける。
オハリオ「タンディラとラザンの合成技か・・・・・さすがに一筋縄ではいかないな・・・・」
アイナ「・・・オハリオ、まだ傷の治療が終わっていないのよ。少しだまっていて」
オハリオ「ああ、すまない、だがあまりムリはするな・・・・・今戦っているみんなの為にも・・・・・そ
してアレク達の為にも・・・・・・僕達は成し遂げなければならない事がまだあるだろう。」
アイナ「・・・・・・・・・・・ええ、わかっているわ。」
迫り来る竜巻を目の前にして恐れることなく立ちあがる二人・・・・。その瞳には恐ろしいほど澄ん
だ輝きがあった・・・・・。
激動の一日が終わるまでバヤマーレ時間で
後１時間２２分・・・・・。
第２９話 -終-
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