スペースクルーザー ランディール
第31話 命の輝きの凱歌
イマジオメイジが放った破壊マジック”レジュオン”の青白い光がジョディの身体を飲み
こんでいく。そして彼女にはイマジオメイジの人体実験で陵辱された多くの人達の痛み
や嘆きが流れこんでいた。その中には彼の父の無残な姿もあったのだ。噎せ返るよ
うな血の匂いと傷つけられた父の痛ましい姿にジョディの心は再び正気と狂気の狭間
に追い詰められていた。
ジョディ「お父さん・・・父さん・・・・・パパ」
追い詰められた少女の魂が無残な姿で横たわる父に救いを求めた。押し寄せる痛み
と狂気から逃れる様に少女の意識は幸せだった幼い頃へと退行していく。暗転した視
界・・・少女は夕暮れの森の中で１人泣いていた。父とはぐれたジョディは森の中で根
に足を囚われ踝に痛々しい擦り傷が出来ていた。
幼いジョディ「うえーーん、痛いよ、痛いよ、パパどこへ行ったの？パパ！！」
少女は傷の痛みと１人でいる不安に泣き叫ぶ。その声に森の茂みからようやく彼女
の父親が息を切って駆け付けた。父親の姿はあちらこちらの服が破れ、顔は少しや
つれていた。にもかかわらず彼はその太い腕でジョディの身体をゆっくりと抱き起こす。
ジョディの父「ジョディ・・・・・・すまないな・・・ちょっと待たせてしまって、うん、どれどれ
せてごらん・・・少し血が出てる。これは痛かっただろう・・・ジョディ、パパが
痛みを取る御まじないをかけてあげるからな。」
父親の優しい声に少女は泣くのを止め顔を上に上げた。
幼いジョディ「本当・・・本当に？」
ジョディの父「ああ、・・・・痛いの、痛いの飛んでいけー！・・・どうだい」
ジョディの父親は少女の踝に手を当て眼を閉じると念を込めた。普通傷を治すならテ
クニックのレスタやマジックのヒールがいいはずなのに何故か彼はその時、別の能力
でジョディから痛みと傷を取った。
ジョディ「・・・・・あ、痛いの消えちゃった・・・パパ、すごいよお」
痛みから開放されて素直に喜ぶジョディ。
ジョディの父「・・・そうか、ジョディから痛いのが消えてよかった。」
喜ぶジョディの姿を見て父親は森の木にゆっくりと腰かけた。
振りかえったジョディは木に身体を預ける父の踝に傷を見つけた。
ジョディ「うん！！・・・・あ、パパ、そのあんよの痛いのどうしたの？」
ジョディの父「・・・ああ、これか、ジョディの痛いのをパパが貰ったんだ、」
それは先ほどまでジョディの踝にあった傷とまったく同じものだった。不思議そうにその
傷を見つめていた少女、よく見ると父の身体には他にも何箇所もの傷を塞いだ後があ
った。
後で知った事だが、その数日前からアルカディアの探査プローブやエスパー捕獲部隊
（そのほとんどが下級魔族リッパー）がエスパーである父を捕えようとしていたのだ。父
は家族を娘を護るため家から遠く離れた森で戦っていた。そしてエスパーの素質に目
覚め始めていたジョディを隠すためジョディの回りに結界を張っていた。そのためレスタ
をかけるだけの精神力すら彼には残されていなかった。後は精神力を使わずとも使用
する事が出来る彼の家系に秘められた能力を使うしかなかったのだ。そんな父の苦労
を知らないジョディが気遣う様に父親に質問する。
ジョディ「・・・・痛い痛いない？」
ジョディの父「・・・そうだな、少しは痛いかな、でもパパは日常茶飯事だから慣れっこな
んだ。」
ジョディ「・・・・・・」
父親の少し痛々しい笑顔を見て押し黙った少女はしばらく考え込んだ後、決断した表情
で父の身体に手を当て先ほど父がしたのと同じように念を込めた。すると父親の傷が先
ほどとは逆にジョディの身体に転移していく。痛みに顔をしかめ眼に涙をうるませながら
尚も彼女は父の傷を取ろうとする。慌てた父がジョディの手をのけた。
ジョディの父「・・・そ、それは！？やめるんだ！！ジョディ！！」
ジョディ「・・・痛いのいやだけど・・・ひぐぅ・・パパが痛いのはもっといやだからジョディが
パパの痛いの貰うの・・・・」
父親が止めるのも聞かず痛みに耐えながら父の傷を治療する幼いジョディに父親は小
さく笑って諭すように語り掛けた。
ジョディの父「・・・・ありがとう・・・・ジョディ、だがこの力はなるべく使ってはいけないよ。
ジョディが痛むだけではなく、悪いことに使えば誰かを傷つけてしまうこと
にもなるからね。」
ジョディ「ジョディ、そんな悪い子じゃないもん！！」
自分が悪く言われたと思い唇を尖らせるジョディを見て父親はいつにも増して優しく微笑
んで自分の愛娘を抱きしめる。
ジョディの父「そうだな・・・・ジョディは人の痛みがわかるとっても良い子だ。さあ、お家に
帰ろう、ママが心配するといけないからな」
ジョディ「・・・うん！！」
夕暮れの中、父と娘の陽気な歌声が木霊する。そう、あの頃ジョディはこんなにも愛され
ていたのだ。
狂気と痛みの白い闇の中、昔の記憶を思い出しジョディは平静さを取り戻した。
ジョディ「思い出した・・・・遠い過去にしまった記憶、あの時以来封じていたこの力・・・・・」
右腕に仄かに宿る暖かな緑の光・・・・その光を見ているとどこかから父親の声が聞こえ
てきたのだ。
ジョディの父「・・・・ジョディ、お前は心正しく成長した・・・今ならその力を人を守るために
使えるはずだ・・・・」
声は特定の方向から聞こえてくるものではなかった。だが頭の中で聞こえてくるテレパシ
ーとも違う。周囲のあらゆる方向から懐かしい声が微かに聞こえてくる。ジョディは声の
主を必死になって探した。
ジョディ「お父さん！！！どこ、どこにいるの！！！」
ジョディの父「父さんはもうお前の前に姿を現すことは出来ない・・・・だがジョディ、私と母
さんはお前の心の中にずっといるよ・・・」
姿は見えずとも、その声音に娘を愛する思いがじんじんと伝わってくる。満たされていく心、
それでも少女は叫ばずにはいられなかった。
ジョディ「うん、わかっている、わかっているわ、でも！！」
積もり積もった感情に揺れ動き戸惑う少女の心に父の声は真摯にこれからの彼女の行く
べき方向を指し示した。
ジョディの父「さあ今こそお前の力をお前が本当に守りたい人達に使う時が来た・・・・・お
前の優しい心がきっと未来を照らしてくれるはずだ・・・・」
その声に右手の緑の光が一段と輝きを増し白い混沌の闇を・・・・ジョディの迷いを打ち払
っていく。
ジョディ「・・・・・・はい、ごめんね・・・パパ、心配ばかりかけて、・・・ありがとうお父さん、じゃ
あ私は行きます、タイラー達を護るため、今私が出来ることをするわ！！」
こみあげる熱い思いを胸にジョディは意を決して指し示された光へと歩き出した。それを
後押しするかのように聞こえる父と母の慈愛に満ちた声・・・。
ジョディの両親「・・・・いってらしゃい、私達の可愛いジョディ・・・」
ジョディ「パパ・・・・ママ・・・・・いってきます！！」
心の内にいつまでも響く両親の優しい声にジョディは瞳に浮かんだ涙を拭い光の先へと恐
れる事無く進んでいった。
イマジオメイジ「うひゃははははは！！レジュオンの威力がちいとばかし大きかったか？
耐久力に関しては普通の人間と変わらぬようじゃのー、まあよいわ、そこ
いらに散らばった血痕からいくらでも量産は可能じゃし・・・それに、いっひ
ひひひ切り刻まれ苦痛に悶え苦しむ少女の悲鳴はまた格別じゃからのう
・・・・」
レジュオンの青白い破壊の光を遊弋しながら眺めていたイマジオメイジが頭に浮かぶ嗜
虐的な妄想に狂った様に哄笑をあげる。だが彼の目の前青白い光は引き伸ばされ内側
から膨張するように膨れ消し飛んだ。激しい光の彼方からゆっくりと足を進めるジョディ。
彼女はそれまでに見せた事のない激情を声に込めてイマジオメイジに迫った。
ジョディ「そんな事は決してさせない！！」
イマ「おお！！なんと逞しい生命力じゃあ！！うきょきょきよ、素晴らしいぞ、まさに最高級
のサンプルじゃ、いひひひ捕まえてやるわあ！！」
怒りと強い決意に満ちたジョディの姿にしかしイマジオメイジは内から溢れるどす黒い探求
心を隠そうともせず襲いかかってきた。
ジョディ「悲しいね・・・命をデータとかサンプルでしか見られないなんて・・・」
不気味に哄笑を轟かせ迫る異形の魔導師。しかし不思議とジョディの心に恐怖は浮かん
でこなかった。ただただ己の探求心のためだけに命の尊厳を弄ぶ悪鬼にジョディは怒りと
虚しさを感じずにはいられなかった。
イマ「何をいうか！！此の世の全ての事象はわしの研究対象にすぎぬのじゃ！！うひゃ
はははは、さあ、解剖してやるぞ、お前の全てを調べつくしてやるぞい・・・・・うぎゃ
あ！！」
狂気の醜い形相を銀の仮面に浮かべジョディの手前まで迫るイマジオメイジの鍵爪。だが
その動きがふいと止まる。そして次の瞬間イマジオメイジは激しい痛みに襲われ堪らず絶
叫した。
イマ「ぬう・・・あ、あひああああ！！い、痛い！！な、何じゃ、この痛みはあぎゃあああ！！
まさか・・・これは、お前の能力かア！！」
全身を支配するそれまで感じた事のない痛みに身体を捩じらせ苦悶するイマジオメイジに
ジョディは小声で語る。氷原の風のような刺すように冷たい声で。
ジョディ「・・・そう、今あなたと私の痛覚をリンクさせたの・・・今、あなたが体験している痛み
はあなたが多くの人々に人体実験で与えていた痛みよ！！」
彼女の中に流れこんでくる多くの人の嘆きにより身体の各部から血がとめどもなく流れ出る。
ジョディは怒りで血が逆流していた。胸から溢れ出る烈火の如き怒りにジョディは叫んだ。
イマ「うぎゃあああ！！ば、馬鹿なあ！！これほどの痛み・・・耐えられるわけがなかろう！！
あ・・・あぎゃあああああ」
ジョディの傷に対応するようにイマジオメイジの全身に裂傷が現れ紫色の血を溢れ出させな
がら悲鳴をあげた。仮面が割れ醜悪な顔が苦痛に引き歪む。
ジョディ「・・・闇に囚われた時に与えられた精神汚染のおかげで私には痛みに耐性がついて
いたみたい・・・けど痛い事に変わりがないけど・・・あなたは自分の痛みを知らない
のに人にこれほど多くの痛みを与えてきた・・・あなたはその痛みをしらなければいけ
ないのよ！！」
紫色の血堪りの中で悶え苦しむイマジオメイジにジョディは表情を堅くし鋭く吐き捨てた。彼女
の中に流れこんでくる人体実験で内臓を切り刻まれ毒薬を注入され無残に捨てられ泣き叫ぶ
人達の姿を見て許せるわけがなかった。
イマ「う・・・ぎええええ、あ、ひいや、やめてくれぃ、わ、わしが悪かった、もう、こんな事は二度
とせぬから・・・・ぐぎゃあああああ・・」
だがとうとう苦悶で泣き叫び哀れに懇願するイマジオメイジの姿を、そしてそれを見て無表情
でいられる自分を見てジョディは急に冷水をかけられたように息苦しさを覚えた。父親が悪用
を禁じたこの能力を使いいくら犠牲者の無念な思いに同調したとはいえ相手を徹底的に痛め
つけた自分の心の”闇”にジョディは背筋が凍る思いにかられた。
ジョディ「・・・・・正直私はあなたを許せない・・・まだ苦痛をじわじわと与えたいという”心の闇”
が私の中にはある・・・・・・・でもそれではいつか私は闇に飲み込まれ心を失った化
け物となってしまう・・・あなた達みたいに・・・・・私の最大の敵は私の中にいる事をあ
なた達を見て知る事が出来た・・・・あなた達は相手の痛みを本当に共感してほしい。
気がついていたらこんな痛みを人に与えられることなんて・・・・・けっして出来ないよね。」
ジョディは寂しげに顔を俯かせると右手の光を押さえ静かに呟いた。苦痛から開放されたイマ
ジオメイジが力なく血堪りの中に倒れ付す。
イマ「・・・・うぐ・・・・・・」
それを見て、ジョディは何も言わず後ろへと振りかえりエレベーターの端末に歩き出した。後に
残されたイマジオメイジはたかが人間如きに憐れみをかけられた事・・・それ自体が屈辱的だ
った。怒りで全身をわななかせながらイマジオメイジは立ちあがると恐ろしい形相でジョディの
背後目掛けて死のテクニック”ボルト”を投げつけようとしていた。
イマ「お・・・おのれ！！おのれおのれおのれ！！わしを馬鹿にしおって、背後を見せるなど・・・
もうサンプルなどどうでも良いわあ！！！死ね！！！」
ジョディ「・・・・・ふう・・・最後まで気がつかなかったのね・・・・」
だがその腕が急に止まり、腕が凍り付き始めたのだ。
イマ「な・・・・何？・・・なんじゃ、わしの身体が・・・・凍っていく！？」
凍り付いていく身体に愕然とするイマジオメイジ。ジョディは深く溜め息をつくと凍り付くイマジオ
メイジを悲しげに見つめゆっくりと語った。
ジョディ「あなたのクリスタルは・・・・あなたが苦痛に貧している間にリンクを解除して私が貰っ
たの・・・・どう、これが私達海賊流の戦い方よ・・・・。」
イマ「馬鹿な・・・このわしがこんな低脳な人間ごときに・・・計算が・・・・ち・・が・・・う・・・・・・・・」
知略戦で負けるという屈辱をかかえたままイマジオメイジはとうとう氷の彫像と化した。
ジョディ「お願い・・・・・命の暖かさをその氷の中で気づいて欲しい・・・・そして・・・・・もう二度と
お父さん達にしたような事はしないで」
彫像を悲しそうに見つめ懇願するように呟くジョディ。
ジョディ「・・・・さあ、みんなも今戦っているよね・・・でもみんなの命の波動が弱まっているのを
感じる・・・・私に手助けができるかどうかはわからないけど・・・駄目だよね、まずは自
分の力を信じないと！！」
戦いが終わり、彼女はようやく仲間達の危機を感じ取った。離れた場所にいて直接助けること
のできないもどかしさに駆られるが、ジョディは今、彼女だけに出来る事を成し遂げようと決意
した。両親から託されたこのテレパシー能力を使って・・・。
ジョディ「・・・・・みんな、そしてタイラーに私や彼等を愛する人の想いが届きますように・・・。」
彼女は仲間達のことを思いながら全身全霊を込めて祈りを奉げた。
灼熱の業火が互いの武器で串刺しにされたアレスとミカを激しく燃やし尽くそうとしていた。滾る
熱気と熱風が身を焦がす中、アレスは力なく呟く。
アレス「ミカ・・・・・すまねえな・・・・俺が、俺がもっとしっかりしていれば」
ミカ「アレスお兄ちゃんが謝ることなんてないよ・・・・それにしても熱いよね、あたしこのままここ
で死ぬのかな・・・・・。」
そう言ってミカはアレスの顔をじっと見つめ、寂しげに呟く。だがアレスは力を失いそうになる
ミカの腕をそっと握り締め優しく微笑んだ。
アレス「今度はおまえを１人にはさせない、俺も一緒だ・・・・・・」
ミカ「うん、ありがとう・・・・・でも、あたし、死ぬのはやっぱりやだよぅ。アレスお兄ちゃんが死ぬ
のはもっといやだよぅ・・・だってせっかくいろんな人とお友達になれたのにここで消えてし
まうなんていやだよぅ！！！」
アレス「ミカ・・・・・・」
涙でさえすぐに蒸発する灼熱の地獄、二人の肌は焼け爛れ、もはや意識が朦朧としはじめて
いた。このまま、二人は絶望の業火に燃やし尽くされるというのか・・・。その時、奇跡がおこった。
？？？”諦めちゃだめだよ・・・・ミカ”
ミカの猫耳に清らかな少女の声が木霊する。それは記憶の中にある悲しくも懐かしい声だった。
ミカ「ほえ？・・・・・この声は？」
？？？”私達の妹が弱音を吐いていては駄目だ、こんな邪な炎に、命を弄ぶ邪悪な思念に！！”
さらに励ますかのような力強い声がミカ達の意識を呼び戻した。
ミカ「・・・・・・・ね、ネイお姉ちゃん達、どうしてここにいるの？」
何時の間にか熱さが消え業火が光に打ち消される中、ミカは目の前に立った二人の天使の姿
を見て呆然となった。ネイとネイファースト・・・・先ほど見せられた幻がいま実態となってミカ達を
邪な炎から護っていたのだ。
ネイ「私達はジョディさんのテレパシー能力を借りてこうして少しの間、実体化する事ができたの。」
ネイファースト「人間の力を借りるなんて私はいやだった・・・今でも自然を自分の都合で変えよう
とする人間たちを許した訳ではないわ。でも私達の妹を人間より卑劣な奴等に消さ
せる訳にはいかない、だから・・・・・。」
言葉で言うほどネイファーストの顔は険しくはなかった。吹っ切れたようなネイファーストにネイが
寄り添い優しい微笑を見せる。二人の姿にミカは感極まって涙を流しながら二人に駆け寄った。
ミカ「うええええええん、ネイお姉ちゃん！！あたし、あたし嬉しいよぅ」
いつまでも泣きじゃくるミカを二人のネイが優しく頭を撫でる。それを見てアレスは息絶え絶えに
なりながら、穏やかな表情で二人のネイにミカの事を頼んだ。
アレス「ミカ・・・・良かったな、あんた達のお陰で助かったぜ。だが、俺ではとてもミカを救う事は
できねえ。頼む、ミカを連れてここから逃げて欲しい。」
それを聞いたミカが愕然とした表情でアレスの元に戻った。
ミカ「！！いやだよぅ、アレスお兄ちゃんも一緒じゃなきゃ。」
アレス「いいからてめえは逃げるんだ！！」
離さないと駄々をこねるミカを力ずくでもネイ達のところへ押し戻そうとするアレス。二人の押し問
答は唐突にアレスの後ろからきた強烈な蹴りで終わりを迎える。
？？？”アレス！！あんたはいつからそんな弱虫になったの！！”
蹴りを受けて頭をさするアレスは忘れられぬ声を聞いて後ろを振り返った。そこにはミカと同じ年
頃のモタビアンの女の子が居た。
アレス「お、・・・・・・おめえはミカル！！」
唖然とするアレスを尻目にミカルはミカの側に歩み寄り、意地悪そうにアレスの方を見た。
ミカル「こんなに可愛いミカちゃんを一人残して負けちゃうんだー。昔は俺様は無敵だって自慢し
ていたくせにー！！」
アレス「う、うるせえよ、畜生昔のこといちいち持ち出しているくるじゃねえ！！」
ミカルに昔の自分の話をされ、アレスは顔を真っ赤にして意地になって言い返す。そんな二人の
和気藹々とした様子を見てミカは胸がざわつく気分を覚えた。
ミカ「・・・・・・・・」
やはり昔の彼女の方がいいのか、そんな微かな嫉妬心に無言になるミカ。そこにミカルが親しげ
に話し掛けて来た。
ミカル「あなたがミカちゃんね、アレスはほんとーにどうしようもない甲斐性無しだけどどうかこれか
らも支えてあげて、・・・もう私には何も出来ないから・・・・。」
ミカは陽気に語らうミカルの言葉の端に悲しみを感じた。そして彼女がもうこの世ではアレスに会
えないことを今更ながら思い知ったのだ。ミカは自分の矮小な嫉妬心が恥ずかしくなった。
ミカ「ミカルちゃん・・・・・うん、あたしミカルちゃんの分も頑張るから。」
お互いに相手のことを理解できた喜びで笑いあうミカとミカル。そんな二人の頭をネイファーストの
手が覆い励ますように声を大きくしてこれからアレスとミカが成すべき事を語った。
ネイファースト「ミカ、命を弄ぶこんな下らない演劇に付き合う気はないだろう？・・・・・奴達は私達
が本当に倒すべき心の闇そのもの・・・・・・・もう二度と、これから生まれる仲間達
が私の様にならないようにミカ、あなたに私の力を託すわ」
ネイ「さあ、行って、あなた達やそしてユーシスの未来を創るために・・・・・」
ミカル「あたし達も応援するからね！！」
ネイ、ネイファースト、ミカルを始め何時の間にか多くのモタビアンやバイオモンスター達までもが
集まり心の力をアレス達に託した。暖かな思いがアレスとミカの胸に勇気となって漲ってくる。
ミカ「ネイお姉ちゃん達・・・・・みんな・・・・・・」
アレス「ミカル・・・それに俺の村のみんな・・・・・畜生、俺達生き残ろうな！！ミカ」
ミカ「うん！！アレスお兄ちゃん！！」
多くの魂に励まされアレスとミカは灼熱の業火へと躊躇わず走り出した！！
闇の淵から呼び寄せた炎魔レムレス達が燃え盛る地獄の祝宴そして消え行く二人の哀れなる命
を思って恍惚の絶頂に酔いしれるシェイドミラージュ。
シェイドミラージュ「ああ、炎の中でデクレッシェンド（だんだん弱く）に消え行く恋の徒花達♪悲哀
の果てにグラーヴェ(重々しくゆるやかに)冥府の底に永久に堕ち行く魂・・・あ
あ〜♪なんと美しい♪まさしく珠玉の如き悲哀の魂よ〜♪これこそ私が求め
ていた闇の悲劇！！」
カオスブリンガー「そう・・・他者の絶望こそ我等にとって最高の喜び、なれば至高の悲劇に相応し
い最高の幕を葬送のブリンガーライフルで送ってやろう・・・運命に放浪された
滑稽で哀れなる三流役者よ、さらばだ！！！」
その側でカオスブリンガーが倣岸に嘲笑を浮かべると手を砲腕に変え二人を飲みこんだ炎に必
殺の一撃を放とうとしていた。だが二体の悪魔の愉悦の時はついに終わりを迎えた。燃え盛って
いた炎魔達の様子が揺らめき、絶叫をあげながら膨張すると爆発をおこし、炎が吹き飛ばされて
いく。
アレス「誰が三流役者だって！！」
爆音よりも大きく響くアレスの声、そしてアレスとミカは炎の底から不死鳥のごとく蘇ったのだ。
シェイド、カオス「な、何ぃ！！」
シェイド「・・・・ありえないわ・・・こんな番狂わせ、私の脚本にありえるわけがない！！！」
カオス「何故だ、運命の敗北者である貴様達が何故生きている！！！」
いまやカオスとシェイドは完全に茫然自失し、つぶやくのみだった。目の前に立っている二人が
なにものなのか理解できない。
アレス「運命、運命ってうるせえんだよ、いいか！運命なんてものは俺達の生き方次第でどうと
でも変えていくことができるんだぜ！！」
アレスは運命を弄ぶ絶対者の傲慢な自負を啖呵を切って強く否定した。アレスから漲る生きる
力に満ちたオーラにカオスブリンガー達は気に負けて後退っていた。
カオス「戯言を吐くな！！」
自分でも気づかないうちに後退していた事に気づきついにカオスブリンガーは怒りに我を忘れ、
戦斧で激しく斬りかかる。再び迫る衝撃波。だが心に余裕を取り戻したアレスはその死角を見
ぬき、さっとかわした。
だがそこにシェイドの冷たく鋭い魔手がアレスに襲いかかる。その時アレスの背後からミカが飛
び出し、ピンクの疾風となってシェイドの動きをかき乱した。
ミカ「アレスお兄ちゃん！！お兄ちゃんは無敵だよ！！だってあたしやみんながついているんだ
もん」
シェイド「下らない！！ここは悲劇の舞台！！私の演出に従わない愚かな観客や役者は滅びる
のが定め！！」
シェイドから放たれる銀の閃光を側転してかわし分身しながらシェイドの動きを牽制しアレスから
逸らした。
ミカ「命は諦めないかぎりど〜んな悲劇でもへっちゃらになれる力があるんだもん！！お兄ちゃん！
シフタ！！」
ミカから攻撃力強化テクニックシフタがアレスにかけられ彼の筋肉に電流がかけめぐりみるみる
腕に力がはちきれんほど溢れ出してくる。
アレス「そうだ！！俺達はこいつらと違って運命に縛られたりはしない、」
アレスは心の底からあがってくる叫びと共に手に斧を持つと全力でカオスブリンガーの間合いに
飛びこんだ。
カオス「ほ、ほざくなあ！！我等は運命を操る絶対者だ！！それが運命に縛られる訳がなかろう
！！！」
アレスが下段からカオスが上段から叩きつける様に斧を震い両者の刃がほぼ中間で激突した。
光が散り共に弾かれる。だがアレスの攻撃はまだ終わっていない。
アレス「だからお前達は前を見ることができねえんだ！！他人の運命を弄ぶ暇があるなら自分
の足元を、生き方をしっかりと見やがれ！！」
弾かれた反動を利用し地を蹴るとアレスは上段から渾身の一撃を放った。それを絶対防御の
金色の盾で防ぐカオス。
カオス「馬鹿め、貴様の攻撃は我が盾には一切通じぬと何度試せばわか？・・・な、そ、そんな
馬鹿な！！我が盾にヒビだと！！」
だが絶対防御で在るはずの金色の盾は鈍い音とともに縦横にひび割れそれは盾全体に拡散
していった。
アレス「言ったろう、俺達の生き方こそが運命を変える力になることを・・・・・ブレイクアックス！
！！」
ひび割れた盾にさらに腕の力を込めて斧に強い衝撃を与えるアレス。盾はもろく崩れその破片
が恐怖に見開かれたカオスの両目に突き刺さった。
カオス「ぐあああああああ・・・・・目が、目があああ・・・・・・・」
眼を押さえ絶叫と共に仰け反るカオスを見てシェイドは発狂しそうなほど髪をかき乱し
シェイド「あああ・・・・そんな・・・私の・舞台が・・・・私の悲劇が・・・・こんな茶番・・・認めないわ・・
・・せめておまえだけでも、切り刻んであげるわあああああ！！」
ミカに目掛けて襲いかかってきた。迫り来る白い幽鬼にミカは静かに息を吸い込むと両手につ
けたラコニアクローと口に咥えなおしたシルバータスクを静かに掲げる。何時の間にかミカの隣
にはネイとネイファーストの幻影が現れていた。二人の幻影はミカに微笑むと光となって鋼鉄の
爪と同化していく。
ミカ「感じるよ・・・・ネイお姉ちゃん達の命の力を、あたしは勇気を持って明日に進むね・・・・・
トリ二ティアタック！！！」
二つのラコニアクローが紫色にシルバータスクが銀と黄金に混ぜた光の刃に変わり光の爪を身
に纏ったミカは背中に白い翼を生やして、シェイドミラージュの間合いに一気に詰め輝く三つの
爪を振り下ろした！！
シェイド「ぎああああああああああああ！！！」
断血魔の叫びをあげシェイドの身体のほとんどが切り裂かれ消し飛んだ。残った身体を霧と化し
シェイドはカオスの方へと逃げ延びた。
カオス「ぐぅあああああ・・・・おのれぃ！いまいましい負け犬が、こうなればここが一部壊れようと
かまわぬ！！貴様達、奈落に突き落としてやる！！ブリンガーライフル！！！」
追い詰められた二体の悪魔は苦悶と狂気に顔を歪ませ全身にブリンガーライフルを生やしなが
らそれを無造作に乱射し始めた。あまりにも凄まじい悪魔の執念にアレス達は絶句する。
アレス「や、奴等、やけになりやがった。このままだとエレベーターが崩壊してしまうじゃねえか！！」
ミカ「お兄ちゃん、あたしの足に捕まって！！」
ブリンガーライフルの乱射で音を立てて崩れ落ちるエレベーターホール。ミカは白い翼を持つピン
ク色の獣の姿に身を変じ足にアレスが飛び乗った。
虚空に漂う二組、だが先ほどの全力の攻撃で疲弊したアレス達はもう空中で戦う余力はなかった。
シェイド「う・・うふふ・・・ふふふ・・・果たしてそのような傷ついた体でいつまで恋人を支えることがで
きるのかしら・・・・・私達は空を自由に飛行することが出来るのよ・・・」
カオス「そうだ・・・貴様達虫けらには地べたに這いまわり潰れるのが相応しい、味わうがいい、この
屈辱を、やり場のない怒りを、そして死ね！！」
悪魔達は嗜虐的な笑みを浮かべ手を掲げる。砲腕に集まる禍禍しい光をアレス達は睨みつける
ことしかできなかった。
だが、その時、無数の光が集まるとその光が百足状のグリティペドラや綿菓子のような細胞状生命
マンカバー、蟷螂のバイオモンスター、グラスアサッシンに変じ悪魔の身体に複雑に絡みついていく。
シェイド「ひ、む、蟲が・・・」
カオス「な、何だ、バイオモンスターの、虫けらの魂が、離せ！！離すのだ！！や、やめろーーーー
！！！」
次々と折重なるバイオモンスターの重みについに悪魔達は転落を始めた。
ミカ「みんな・・・・ありがとう」
ミカは己の魂を犠牲にミカ達を救った仲間達の姿に涙がとめどもなく溢れそれを拭う事をしなかった。
アレスも心の底から彼等に感謝した。
命の重みで奈落の底へと崩れる壁と共に落ちるカオスとシェイド、だがこの後に及んで彼等の顔には
不気味な嘲笑が浮かんでいた。
シェイド「あぁ・・・・・カオス、どうやら私達が悲劇になるしかないよーね・・・♪だけどこの先あなた達
には想像を絶する更なる悲劇が待っているのよ・・♪」
カオス「・・・・そうだな、お前達が絶望に苦しむ様を見れぬのは残念だが・・・・我等は混沌へと消える
・・・・だがお前達はこの先きっとこう思うだろう、ここで死んでおけばよかったとな・・・・さらば
だ、三流役者の諸君。」
悪魔は最後まで悲劇の主役の様に互いを抱きながら奈落の底へと落ちていく。
カオス、シェイド「うふふふ・・・あはははははははははははは・・・・・・・ぐぎゃアアア」
そして凄まじい哄笑を届かせ最後に絶叫と共に彼等は混沌の闇へと消えた。
最後の哄笑に気味悪さを感じミカが心配そうに尋ねる。
ミカ「・・・・・・アレスお兄ちゃん」
アレス「・・・・・気にするな、ただの負け惜しみだ・・・・」
同じ不気味さをアレスも感じていたがミカの心配を軽くしようと空元気に答えた。
ミカ「そうだね・・・・・それと少しはダイエットしてよね！！重いんだから」
アレス「ば、馬鹿やろう、そんな女みたいな真似できるかよ。」
釈然としないものを振り払うかのようにいつもの口喧嘩を繰り返す二人。
ミカ「もう・・・本当お兄ちゃんは勝手なんだから・・・じゃあ上に行くよ。」
アレス「おう！！」
そんな他愛のない会話を終え二人は明るい顔で最上階へと飛翔していった。
全てを極微へと消し去る雷迎と竜巻の刃がもうすぐ底まで迫ってきているにも関らずオハリオと
アイナはいたって冷静であった。目を閉じ周囲の魔力の流れに意識を集中させる二人。その流
れから総本部ビルの各所で行われているタイラー達の戦闘の行方を掴んでいた。
オハリオ「見えるかい・・・・ジョディの願いが、そしてアレス達の生きようとする意志が奇跡をおこ
したんだ」
アイナ「ええ・・・はっきりと見えるわ。彼等の強く輝く意志が邪神天王の闇を払いのけた・・・・。
でも、光が輝くほど”闇”もまた濃さを増す危険性を秘めている・・・・正直、いやな予感
がする・・・・・。」
アイナはこのビル全体を包む闇の瘴気の微かな揺らぎに漠然とした不安を抱かざるおえなか
った。
オハリオ「そうか・・・・彼等の意思が”闇の力”に誘われないためにも闇に通じたシークの血と
知識が必要になる・・・・”闇”とその力を一刻も速く封印しなければいけない・・・僕達
はもう迷う事無く進むしかない！！」
意を決して二人は竜巻の刃に腕を近づけると鎌いたちの原理で腕から血が飛び出た。そして
それはアイナの背負っている矢筒に大量に振りかかったのだ・・・。
凄まじい雷劫が絡み付く巨大な竜巻はその色を血の紅に染めつつあった。竜巻の色を見て二
人の死を確信したギ・ル・ファーグは冷笑、嘲笑、哄笑をそれぞれ浮かべつつ慇懃な態度で口
上を述べていく。死者に奉げる弔辞のように・・・。
ギ・ル・ファーグA「哀れで愚かなるシークの末・・・”闇”に傅いておればその命永らえたものを・・・」
ファーグB「所詮、彼等は下等な人間に過ぎませぬか・・・せめてその魂が”闇”の最高の供物に
ならんことを期待しています・・・」
ファーグC「ふはははは！！”闇”の高尚が理解できぬ存在に相応しい末路だ！！複合結界の
中で塵芥と貸すがいい・う、うん？」
肩をゆらしながら笑うファーグ達、だがその嘲笑は竜巻の底から聞こえる聖句の厳かな声音に
かき消された。エレベーターホール全体に響く聖句の波動に周囲の魔力が揺らぎファーグが驚
きで呆然とする中、二人の聖句の詠唱が終わりに指しかかり
アイナとオハリオ「シークを守護せし五柱の龍神よ・・・万物に宿る息吹の象徴よ我が赤き血の
印を盟約とし汝等の秘めし力全て解き放たん・・・・・」
その詠唱が終わると同時に凄まじい魔力の渦が形成され竜巻を内側から破壊、その渦の中か
ら五色の龍が咆哮と共に暴れ狂った。あまりにも凄まじい魔力の嵐に結界が五色にぶれ動き
激しくショートすると結界を構成した光がついにばらばらに弾け飛んだ。
ファーグABC「な、なにい！！！」
驚愕の悲鳴を上げ、ファーグが外装に飛ばされた。
ファーグC「ば、馬鹿な人間如きに私の複合結界が破られるというのか！！」
複合結界が完膚なきまでに破壊された事、そして光の中から屹立するアイナとオハリオを見て
ファーグは愕然とした。
オハリオ「この結界の弱点を既に僕達は見ぬいて居たんだ！！」
ファーグB「じゃ、弱点など！！あろうはずがありませぬ、よしんばあったとしても”それ”が人間
如きに出来る訳がないではありませぬか！！！」
アイナ「調子にのりすぎましたね・・・あなたは先程から、複合させることを馬鹿にする言動を繰り
返していたわ・・・・裏返せばそれは三つ以上重ねればこの複合結界を打ち破れることを
あなた自身が説明したことになる！！」
オハリオ「そして僕はしっかりと見ていた！！複合奥儀がぶつかったとき一瞬結界の反応が鈍っ
た事を！！貴様はその後言葉を詰まらせていた！お前の性格ならすぐにでも嘲笑う
はずなのにそれをしなかった！！それがなによりの証拠だ！！！」
慌てふためくファーグにアイナとオハリオはこれまで感じていた不自然さを指摘していく。
ファーグA「うぐぐぐ！！たかが人間人間人間の分際で！！！」
論破され追い詰められたファーグ達が再びロイヤルサンダーブラストの印を結ぼうとした。だが
それを行う時間を二人は与えない。
アイナ「五色の龍は我が血の印によりこの矢全てに宿っているわ・・・今こそ人々に行った非道
に対する罰を受けなさい！！」
アイナが血のついた矢を何十本も手に取り黒き弓の弦に魔力を込める。オハリオもアイナの手
に自分の手をあてがい共に聖句を詠唱した。
アイナとオハリオ「至高にして地を海を天を巡りし五色の龍神よポウムの力今こそ束ね我に刃を
向けし者に八旁の裁き与えられん！！シーク究極奥儀！！五式龍神閃光乱
撃！！！」
ファーグの印とアイナ達の詠唱、先を制したのはオハリオ達だった。矢が虹色に輝きながら周囲
の魔力を取りこみ二人の周囲に巨大な魔方陣を形成していく。そして矢が天空に向かい放たれ
た。天空に昇った矢は無数にひしめく矢群れとなって五色の龍神を形成し凄まじい光と咆哮を共
にエレヴェーターホールに向かい床にギ・ル・ファーグごと穿かれた。
ファーグＡＢＣ「ぐぎあああああああああああああああああ！！！」
絶叫と共に消滅していくギ・ル・ファーグ・・・。そのあまりの衝撃にエレベーターの端末が壊れ、
ゴンドラは１２５０ｍのところで停止した。光が薄れると同時に訪れる静寂・・・。
アイナとオハリオ「・・・・・・・・・」
だがアイナとオハリオはエレベーターの扉は開けたもののそのまま動かずに居た。どこかから
ともなく嘲笑が聞こえてきた。
ファーグ「くくく・・・・なぜ最上階に行かぬ・・・・・」
声の主、ファーグがゆっくりと床から姿を現す。先ほど倒したはずのその姿は半透明の幽体と
化していた。しかしアイナ達はそれに驚く様子はなかった。
アイナ「やはり・・・この状況ではすぐにあなたは復活してしまうのですね。」
静かに自分の考えを告げるアイナにファーグは肩をゆらしながらせせら笑った。
ファーグ「知っておられましたか・・・ふふふ、そうだ・・・人間がもがき足掻こうとする意志・・・それ
は時として他者を押しのけてでも生きようとするカルネデアスの板・・・・高慢そのもの・・・
そして私は人間の高慢の意識の具象した存在・・・即ち？」
侮蔑を含んだ口調のファーグの問いにオハリオは苦渋に満ちた顔で答えるほかなかった。
オハリオ「人間に悪意がある限りおまえ達は不滅・・・」
そう言って押し黙る二人をここぞとばかりにファーグの酷薄な高笑いが響く。
ファーグ「ふははははは、そう、あなたの言う通り、今のこの阿鼻叫喚の世界がある限り我らが精
神は不滅・・・貴様達はダークファルス様にお目通りすることすら叶わずここで終末を迎え
ることとなるのだ」
そう高らかに宣言するファーグに対しオハリオは黒き剣を構えるとアイナを先に階段に向かわせ
ようとした。
オハリオ「それでも僕達は決して諦めない！！アイナ、結界が壊れた今なら階段で上にいくことが
出来るはずだ！！」
だが階段の手前にファーグの幽体が数十と現れアイナの行く手を完全に塞いだ。
ファーグ「おおっと逃しませぬ！！このエレベータを破壊さしてもらうぞ！！」
幾重に纏まったファーグの包囲網、もはや絶体絶命のピンチにアイナ達は陥った。
？？？我の末に随分と惨い事をしたものだな・・・・。”
その時だった。ファーグとは別の闇の底から響く厳かな声が響いてきた。空間が雷撃と共に開き中
から黄金の杖を握り蒼きマントと兜を身に纏った男が忽然とその姿を現したのだ。
アイナ「あの杖は・・・・・レイバート・ラ・シーク・・・・・」
アイナとオハリオはその姿を見て呆然自失となった。彼等の先祖が今その場に威風堂々と目の前
に立っているのだ。驚かぬほうが無理であろう。一方のファーグは急に慌てふためき、ラ・シークに
怒声をあげた。
ファーグ「き、貴様はラ・シーク！！何故ここにいる！ゼ・ア・スールめはどうした！」
ラ・シーク「あやつ達なら、ポゼッションでしばらく動けぬ様にした」
嘯くラ・シークに尚も食い下がるファーグ。
ファーグ「貴様、それはどういうことだ！！ぐぎゃああ！！」
だがラ・シークは杖を上に上げそこから凄まじい稲妻が走り黒き異空間へのゲートを形成すると、
ファーグの幽体達を雷撃で捕え空間の歪みの中へと吸い込んでいった。
ラ・シーク「私の末がどこまで運命に逆らえるか見たくなった、ただ、それだけだ・・・さあ私が押さ
えてやっているうちにお前達は行くがいい」
自分の祖先であるラ・シークに同族であるが故の複雑な思いを込めてオハリオは礼を告げた。だが
その表情は険しいままである。
オハリオ「”闇”に意識を吸収されたあなたを僕達は我が祖とは思っていない・・・・だが今の行為に
対し素直に礼を言わせて頂く！！」
自分の存在を子孫に否定されたにも関わらずラ・シークは王者の風格を持って自分の子孫達を赤
い瞳孔で見つめると不敵に笑った。
ラ・シーク「ふ、よく言う・・・・・だが覚えておけ！シークの血筋からいずれまた闇に魅入られる者が
現れよう！さあ、行くが良い！！お前達の目的とやら果たせぬとは思うが地の底から
見ていてやるぞ！！」
ラ・シークはアイナとオハリオの見ている前で残ったファーグの最後の幽体を捕まえると自分もろと
も異次元の歪みへと沈んで消えていく。
ファーグ「お！おのれい御方様にこの事報告させてもらうぞ！！やめろ！！は、離せーーーーーー
ー！！！」
喚き散らすファーグの声も歪みの彼方へと消え、その歪みもすぐに空虚なまどろみの中に霧散して
いった。後に残された二人はもう動かなくなり静寂に包まれたゴンドラを二人は苦い無力感を感じな
がら静かに見つめどちらからともなく呟いた。
アイナ「・・・・・・・レイバート様・・・・どう・・・思う、オハリオ？」
オハリオ「行こう・・・・・例えこれが罠だとしても！！もう時間は限られているんだ。」
アイナ「ええ！！」
沈痛な表情を振り払いアイナ達は毅然と顔を上げると最上階に向け勢いよく走り出した。
剣に絡まった大量の水流を怒涛の刃に変えタイラーは身体を捻り、剣を腰に据えると魔剣を砕き
ながら迫るダークライダーの流星雨にも似た超神速の剣戟の”結界”に向け渾身の一撃を解き放
った。
タイラー「メイルストロームブレイザー！！！」
ダークライダー「秘剣！！シャリオデュランダル！！！」
十二芒星の軌跡を描く神速の刃の輝きと斬檄に乗り洪水の如く突き進む波涛とが激しく衝突すると
光り輝く粒子を爆発と共にばら撒きながら、タイラーとライダーの影が瞬間交差した。水流は二人の
影を飲みこみながら通りすぎ勢いを保ったまま壁面にぶち当たった。硬化テクタイトの壁面が衝撃
で激しく揺さぶられ微かなひびが走った。
水流も超神速の剣の煌きも収まり虚空に交差した二人の影だけが静かに残った。”刹那の静寂”
・・・だが次の瞬間、タイラーは身体の各所から血を噴き出した。
タイラー「ぐはああ！！」
切り裂かれた痛みに意識が混濁しながらもタイラーは辛うじて残された魔剣のうちの１本を掴み墜
落を免れた。
しかし、危機的状況にあることに変わりはなかった。鋼鉄の腕であるとはいえ魔剣の切れ味に手の
装甲がカン高い音と共に擦り切れ、タイラーの身体は徐々に奈落の底に引きずられていく。ダーク
ライダーはその魔剣の柄に脚をつけるとタイラーを見下ろし、血だらけの相手をむしろ褒め称えた。
ライダー「・・・・・勝負あったな・・・・・貴公はよく戦った。それは賞賛に値する。しかし私のあの御方
への想いの方が勝ったのだ・・・・・」
静かにそう言うライダーに勝者の驕りはなかった。むしろここまで互角に戦えた者に対する賞賛の
情があった。だがライダーにはあの御方への思いの方が何より優先した。手に光の槍を出現させ
それをタイラーの眉間に突き立てる。まさに絶体絶命の状況のなか、タイラーは不敵に笑みを浮か
べた。
タイラー「へ、・・・・・へへ、それはどうかな！！！」
ライダー「いまだ諦めぬ闘志は素晴らしいものだ。だが戦局を見れぬ未熟者は戦いの場において
死を向かえるほかない！！！」
まだ諦めない闘志を秘めたタイラーの姿を見てライダーの胸中に躊躇いが生まれる。この男とは
もっと正々堂々とした騎士の戦い方で決着をつけたい。その思いを振り払う様にダークライダーは
光る槍を手に大きく振りかぶった。
その瞬間をタイラーは待っていた。タイラーは手に力を込めるとそれまで掴まっていた魔剣を壁面
に向け投げつけそして叫んだ！
タイラー「いや、戦局が見えていないのはお前の方だ！！！」
ライダー「なに！！長剣を投げつけただと！！！」
足場を失い体制を崩したライダーが驚きの声をあげる。そして投げつけられた魔剣が硬化テクタイ
トの壁面の一部を粉々に粉砕した。外との気圧の差にたちまち乱気流がおきた。吹き荒れる気流
に巻きこまれ、ライダーは姿勢を正常に戻すことができない。そして壁面へと流されるライダーはタ
イラーの狙いを咄嗟に悟った。
ライダー「く！！乱気流が・・・・体が自由にならない・・・タイラー！これが・・・！」
タイラー「そうだ！！乱気流で体制が乱れたその一瞬を・・・・俺は穿つ！！メイルストロームシュート
！！！」
剣を投げつけた反動で跳躍したタイラーが気流に身をまかせ、ライダー目掛けてソードを向け突進
した。そして再生する硬化テクタイトの壁面に押しつけるようにタイラーはダークライダーに刃を突き
たてたのだ！！
ライダー「ぐはぁああ！！！」
身体を深深と穿った剣と再生していく壁面の切り縁に貫かれ堪らず吐血するダークライダー。勝負は
決した。気流が収まり静けさを取り戻したホールの中ソードを握りぶら下がるタイラーはあえてダーク
ライダーの昔の名を呼んだ。
タイラー「・・・・・・ライダーク」
ライダーク「ぐふ・・・・・さすがだな・・・・・機を捉える事で技量の差を乗り越えるとは・・・・な・・・・お前ら
しい勝ち方だ・・・・・」
息も絶え絶えになりながらもライダークはそれまで敵に見せたことのない穏やかな表情で語り始めた。
はやる気持ちを押さえてゆっくりと尋ねるタイラー。
タイラー「ライダーク、約束だ。教えてくれ、俺の親父のことを。」
ライダーク「ふ、そうだな・・・・・、騎士に・・・・・二言はない。いいだろう。お前の父親は・・・・・・生きて
いる・・・・・」
ライダークの口から飛び出た言葉にタイラーの心は凍りついた。
タイラー「・・・・う、嘘だろう・・・・俺の親父は母さんと同じ墓に入れられるのを俺はこの眼で見たんだ
！！！」
タイラーは新事実を認めようとしなかった。父との確執、昔の思い出、自分が父を助けられなかった
という悔恨が頭の中で駆け巡り彼は激情のまま叫んだ。
ライダーク「信じられぬのも・・・・ムリハあるま・・・・い。だが・・・・事実・・・・ダ」
その苦悩を察してか、ライダークの言葉に優しさが宿る。だが彼の言葉は急にぎこちなくなった。
タイラー「お、おい・・・・どういう事なんだ！！それは！！！」
ライダークの異常に気がついてタイラーはわなないた口調で声を荒げた。その時、下からジョディの
声が聞こえタイラーは、はっと我に返る。
ジョディ「タイラー！！！」
ゴンドラがようやくタイラーの居る高さまで昇ってきたのだろう。ジョディの微笑んだ顔が見えた。タイ
ラーはジョディの姿を見て、ほっと安堵する。だがジョディの背後に迫る影を見てタイラーは叫んだ。
タイラー「・・・・・ジョディか？・・・・・・・！？ジョディ危ない！！後ろだ！！」
ジョディ「ええ！？」
タイラーと会えた事により一瞬、ジョディの心に隙が生まれた。その隙に氷をぶち破りイマジオメイジ
が最大の破壊マジック、レジュオンをジョディに放とうとしていたのだ！！
イマジオ「うひゃははははは！！小娘が油断しおってからに！！！細胞の一かけらさえ残さず消し
去ってやるわ！！！！ぐぎゃははおえははは！！！」
檄昂し襲いかかるイマジオメイジにジョディは反撃する余裕がなかった。タイラーがソードを引きぬき
ジョディを助けようとするが間に合わない！！その時、ライダークは周囲に漂う魔剣に命令を発した。
ライダーク「敵の後ろから狙うトは！！！魔剣ヨ！！！私ごと奴を貫ケ！！！」
ライダークの指令通りに魔剣はライダークの身体を幾重にも貫いた。そして神速でイマジオメイジに
魔剣ごと衝突したのだ。
イマジオ「ひ・・・・ダ・ダークライダー！！！何故じゃああああぐぎゃえびああああああアア！！！！」
ライダークの身体を貫いた魔剣がイマジオメイジをも穿った。腐臭とともに溶けていく邪悪な魔道士は
断血魔の叫びとともに泡立ちながら溶けて消滅した。そしてライダークの身体も光と共に塵になってい
く。その様をタイラーとジョディは息をのみ見つめることしか出来なかった。特に父をさらわれ不幸な生
い立ちを歩み今、その男に救われたジョディは当惑と悲しみが入り混じった表情を浮かべるほかなか
った。
ジョディ「・・・・・・・・」
タイラー「ライダーク・・・・お前・・・・・・」
消え行くライダークを見てタイラーが呆然と声をかけようとする。
ライダーク「フ・・・・人間の時ノ記憶か・・・・どうしても・・・アノヨウナ卑劣なやり方が気に食わなかッタ
だけだ・・・・・・・・・モウ・・・コノ器ハモタナイ・・・・スマヌ・・・・君達の父君の・・・事・・・」
だが誇りと信念を持った騎士の謝罪の言葉にタイラー達は言葉を失った。
タイラーとジョディ「・・・・・・」
無言で見つめる二人を見てライダークは少し瞑目するとかっと眼を見開き二人を叱咤激励した。
ライダーク「私ハ・・・混沌ヘト帰る・・・・だが貴公は私と同じ道を歩むな！！！進め！！貴公の信じる
明日とやらをめ・ざ・・し・・・・て・・・・・・・」
ライダークはそう言い残すと一塵の風と共に完全に塵となって消滅した。
残された二人は虚しさと感傷の入り混じった複雑な思いに取り残された。
タイラー「くそ馬鹿やろうだぜ・・・・ライダーク・・・・」
そう毒づくタイラーの背後にその時ジョディは何故か得たいの知れないオーラを感じ漠然とした不安
にかられた。
ジョディ「・・・・タイラー・・・・」
（胸がしめつけられるように痛い・・・この暗い感情は何なの？タイラーに聞かないといけない
のに言葉が出ない・・・・私はどうすればいいの！？）
だが二人には感傷に浸っている暇も不安を確かめる時間も残されてはいなかった。ゴンドラが最上
階に到着したのだ。
タイラー「・・・・どうやら最上階に到着するようだな・・・・・行くぞ！！ジョディ！」
ジョディ「え・・・・・は、はい！！」
エレベーターホールの扉が開き二人は不安と苛立ちを抱えつつ最上階へと進んでいく。
無人となったゴンドラの中で不気味に揺らめく二つの影が現れる。それは器が消滅したイマジオメ
イジとダークライダーだった。
イマジオ「・・・うひょひょひょひょ、実にいい演技だったのう・・・・・ダークライダー。器を失ったのは誤
算じゃったが後は概ね計算通り計算通りじゃわしらの受けた痛みがテレパシーから我等の
真の意図を隠すのを含めてのう？」
イマジオメイジの冷笑を聞き流し慙愧に耐えぬ顔で１人呟くライダーク・・・。
ダークライダー「・・・・・・演技ではなかったさ・・・・だが奴を謀ったことに変わりはない・・・・・・・しかし、
御方様の為ならあえて私は蛇蝎になる！！！・・・・・タイラーよ、すまぬが貴公に期
待している・・・・おまえの●●●こそ・・・・」
不吉な予言ともとれるその言葉は闇の中に消え二つの陰は姿を消していった。
ｐｍ１１：１２分
激動の一日が終わるまで後４８分・・・・・。
-第３１話 終-
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