スペースクルーザー ランディール
第37話 深遠なる闇・・・降臨！！
”それ”は悠久の時を無限の悪意の中でまどろみながら待っていた。己の願いが
適う日を幾星霜もの長い時間を待ちつづけていたのだ。そしてついにその日が訪
れた・・・。
タイラーの心のビジョンの中ですっかり成熟した女性体として進化した”それ”は
妖艶な微笑を浮かべ彼の憎悪を煽り焚き付けていく。
？？？「さあ、仲間を救うかされば常しえに失うか・・・今、この時がそなたの運命の
分かれ道ぞ・・・・故に己を心を偽るな・・・・童の思うた通りにやれ」
己の憎悪の激しさにタイラーは恐怖し戸惑いを見せる。
タイラー「俺は・・・・」
すると”それ”の声は激しい叱責へと代わりタイラーへと怒りの水路を形成すると
それに溢れんばかりの憎悪の奔流を押し流した。
？？？「・・・・やれ！」
新たに加えられた無尽蔵の憎悪にタイラーの心は溺れそうになる。”それ”は憎悪
に錯乱しそうになるタイラーを冷ややかに見下ろすと今一度命令を下す。恐怖と不安
と怒りが巨大な影となりタイラーの心を絶望へと閉じ込めていく。目の前では今にも
ダークファルスに引き裂かれんとするジョディの痛々しい姿だけが映っていた。
タイラー「俺は！！」
憎悪に溺れ頭をいやいやするように首を振ることしか出来ないタイラーに”それ”は
最後の通告をつきつけてきた。逆らいようのない暗黒の示唆が彼の心の最後の堰を
粉々に打ち砕いた。
？？？「やるのだーーーーー！！！」
その時昏睡していたはずのジョディが瞼を開き大声で叫んだ！！
ジョディ「それを言ってはだめーーーーーー！！！」」
タイラーの眼に耳にジョディが飛び込んでくる。だが憎悪の洪水に押し流されるタイ
ラーにはもう口から溢れそうになる呪言を押し留めることはできなかった。
タイラー「俺はーーーー！！！・・・・・メ・ギ・ド！！！！！！」
絶叫とともにタイラーは古より封印されし憎悪を力に変える禁断の秘術メギドの力を
解放した。
どどっかーーーーーーーーーーーん！！
内から湧き上がる激しい憎悪が爆発へと変換されていく。凄まじい光と轟音が見る
ものの目を眩ませ、視界を白く覆う。エネルギーの奔流が渦まき莫大な熱量が屋上の
全てを焼いていく。小型核に匹敵する大爆発がアルカディアビル屋上の全てを飲みこ
んだ。
爆発による閃光が消えた時タイラーは荒涼となる光景と化したアルカディア総本部
ビル屋上で呆然と立ちすくんでいた。
タイラー「俺は・・・・今何をした・・・・」
自分が今何をしたのかさえ覚えておらずその場に立ち尽くすタイラーの耳に微かな
声が聞こえてきた。振りかえるとそこには爆発に巻きこまれ全身に火傷を負いと倒れ
伏す仲間達の姿があったのだ。
アレス「いてえ・・・・み、ミカ・・・・・」
ミカ「アレス・・・お兄ちゃん」
アイナ「私達の・・・選択がこんなことになるなんて・・・・」
アイナは自分達の予想を遥かに超えた事態に打ちのめされ、ただ自分達の選択が
誤りであったと悔やむことしか出来なかった。ましてや、自分の憎悪がこの惨状を作り
出してしまったことにタイラーは全身を小刻みに震わせ悲痛な絶叫をあげるしかでき
なかった。
タイラー「俺は・・・・俺は・・・・何て事を！！」
絶望にうちのめされ満身創痍に倒れ付すタイラー達・・・。そのみすぼらしい姿を嘲笑
うかのように歓喜に満ちた声が響き渡った。全員がその声に振りかえるとそこには顔
から右腕に到る部分が剥ぎ取られ全身血と腫瘍で覆われたイアムが痛ましく凄惨な哄
笑を響かせていたのだ。
イアム「・・・・素晴らしい選択をしたのだよ・・・タイラー君・・・・・君の怒りが、憎悪こそが
・・・・」
？？？、イアム「我にとって必要だったのだ。」
イアムの嘲笑に混じり別のさらに悪意を感じる声が空間全体に響き渡る。邪悪な歓喜
にゆれるその声はタイラーの心を侵食し憎悪に塗りつぶしていた女性の声だった。今度
はその声がその場に呆然と見つめることしかできない全員を嘲笑った。
オハリオ「それは・・・どういうことだ。」
顎を開いたまま呆然と問い掛ける事しかできないオハリオの姿を憐れむようにイアム
は嘲笑を浮かべ暗黒の真の罠を教え諭す。
イアム「ふふふ私は嬉しいよ・・・・君の憎悪がここまで激しくなるとは・・・・・・能にして・・
・・愚かなる我が母が君の中にいたとはいえ・・・」
血だらけの指に突き刺されタイラーはくぐもった声で聞き返した。
タイラー「俺の中に？・・・・うぐあああああ！！」
その時彼の右目に凄まじい激痛が走った。目が黒く変色し徐々に腫れ上がっていく。
瞼が縦に裂け、そこから夥しい血ととも黒い塊が噴出し始めた。身体をありえない方向
に仰け反らせ絶叫を上げるタイラーの体の異変にジョディは自分の火傷も省みず泣き
顔で声を張り上げた。
ジョディ「タイラー！！」
しかし全身の火傷が足の筋肉の自由まで奪いタイラーの元に駆け寄る事ができない。
その間にもタイラーの眼球は飛び出さんばかりになり目じりから涙のような漆黒のぶる
ぶると惷動する”闇”が溢れ出したのだ！！
イアムに取りこまれていた勇士達はメギドの衝撃で弾き飛ばされ屋上の床のいたると
ころで痛ましい姿を晒していた。
たまたまアイナの側にいたタイロスは息子の激変に目を見はり恐怖に震えながらアイ
ナに尋ねた。
タイロス「うう・・・・タイラー・・・アイナ殿・・・愚息の中に一体何がいたのです。」
タイロスの問いにアイナは自分やアレス達の火傷をスターフォースの光で回復させつつ
静かに自分の推測を答える。しかしその声は恐怖の余り、震えかすれていた。
アイナ「・・・ダークファルスが母と呼ぶ存在、私が知る限りですがそれは一つしかありえま
せん。全ての魔を生みし母・・創造主の影たる半身・・それは”闇”と呼ばれるもの」
イアムはあのアイナですら怯えが走る様子を見透かすと、くつくつと含み笑いを浮かべ
ながら勝利の余韻を噛み締めていた。そしてたたみかけるようにアルカディアグループが
５００年もの時間を掛けて張り巡らした計略の全貌を得意げに語ったのだ。
イアム「そうだ・・・・我が愚かなる母は悠久の時間をこのアルゴル太陽系に封じられてきた
・・・・だが・・・我等の手により護り人は己の使命を忘れ、封印の要であるパルマも
まもなく崩壊しようとしている。後は・・・・強い憎しみが愚かなる母と同じ強い憎しみ
が結界の結実点であるここ、バヤマーレの塔において共鳴すれば「闇」の封印は
一部であれ脆く崩れ去る。」
？？？「そう・・・我が愛しき愚かなる子供達・・・ダークファルス・・・・そしてアルカディアの楔
たるタイラーよ。そなた等は実に母思いの素晴らしき手駒であった。」
得意げに勝ち誇り笑うイアムを”闇”は子供の成長を慈しむ母のように慈愛に満ちた声を
イアムにかけた。だがその言葉の端にはタイラー達だけでなくダークファルスをも嘲笑する
毒があったのだ。
アレス「何何だよ・・・・こいつら・・・・絶対におかしいぜ！！」
お互いに嘲笑しあいつつ愛し合うダークファルスと”闇”の異常な愛にアレス達は戦慄すら
覚えた。
そうして全ての役目を終えたイアムは満足し片手を広げるとタイラーの体から抜け出て空
中に渦巻き漂う巨大な暗黒の塊に向け自身を晒した。
イアム「さあ愚かなる母よ・・・・私を・・・今のアルゴルの悪意を食らい蘇るのです。全てを闇
へと帰すために・・・ふふふ」
”闇”は子供を迎える母のように慈愛に溢れる声をダークファルスに掛けるとアルカディア
総本部ビルに吸い込まれていく。
？？？「さあ・・・かえるがよい・・・我が胎内に・・・・・そなたを愛することが出来るのは我のみ
・・・ふふふ」
イアムと”闇”二つの暗黒が惑星と恒星アルゴルが合わさり影を落とす日食そのままに声を
はもらせながら重なっていく。
イアムと？？？「今から全てが終わる・・・そして我の意思があらゆる”時空”全てを満たすの
だ！！ふはははははははははははははははははははははは！！」
そしてイアムは恐ろしく凄惨な笑みを張りつけたまま自分の背後に出来た巨大な顎門の中
にその身を投じたのだ！！
ぐちょばきばきばき・・・
巨大な口はイアムを飲みこむと、聞くだけで怖気が走るような咀嚼音を響かせビルの中に
消えていく。
タイラー達は異常な光景を悪夢でもみるかのように呆然と見続ける他なかった。
アレス「・・・ダークファルスの野郎・・・ビルに食われやがった・・・」
意外な結末に呆然と呟く他ないアレス。しかしオハリオは柄になく声を張り上げ叫んだ。その
顔にはこれから起きるであろう未曾有の災厄に対する恐怖がありありと張りついていた。
オハリオ「違う・・・これから始まるんだ！！」
オハリオが注意を促してすぐ、タイラー達を圧倒的なプレッシャーが上から圧し掛かって来た
！！恐怖、憎悪、嫉妬、悪意ありとあらゆる負の感情がない交ぜとなったあまりにも強大な威
圧感と衝撃がタイラー達を貫いた！！全身を恐ろしいまでの悪寒が走り、ジョディは恐怖に這
いつくばりうめくしかなかった。
ジョディ「・・・何・・・この巨大な憎悪と悪意は・・・ああ・・・タイラー！！」
ジョディだけではない。タイラー、アレス、ミカも上から貫く悪意の強大さに口の中が乾き声す
ら出せないでいた。立つ事すらままならなかった。辛うじてその威圧感を防いだアイナとオハリ
オが、上から圧し掛かるプレッシャーに冷たい汗を滲ませるも、声を枯れるまで全霊に張り上
げ恐怖に金縛りにされたタイラー達に指示を飛ばした！！
アイナ「タイラーさんのいいえ、アルゴル中の憎しみと絶望を食らい”闇”が目覚めようとしてい
る。ジョディさん気をしっかり持ちなさい！！今すぐここを離脱します！！」
アイナの一喝でようやく我を取り戻したジョディ。気がつくと屋上の雰囲気は一変していた。地
鳴りがして足元が大きく揺れた。降り注ぐ雨のように幾筋もの紅い稲妻が下へと走った。大地が
鳴動し天が泣き叫んでいた。ジョディはその光景に目を見張り今ここにいるのがあまりに危険
だと理解したのだ。
ジョディ「・・・は、はい！！」
そんなジョディを優しい眼差しで見つめながらアイナは師匠のごとく厳しい口調でジョディと心を
合わせるように指示した。
アイナ「心を一つに、行きますよ！！」
そして二人の精神がシンクロし転送テクニックが輝きながら発動した。
アイナとジョディ「リューカー！！」
リューカーの光に飲みこまれ”闇”を残しその場から全ての人間が別の場所へと転送されたのだ！！
どぉん・・・
衝撃は大気と地表のみならず地下をも振動させた。
ハック「なんだ・・・この振動は？大地震の余波か？」
ハックは揺れを感じ取り訝しげにそう呟く。しかしハルがその推測を強く否定した！
ハル「・・・・違います・・・・僕には分かる・・・今、とてつもない何かが目覚めようとしている。」
ハルの身体は恐怖に震えていた。歯がガチガチと噛み合わず震え、身体がおこりのようにわな
ないていた。自分が魔族の器として造られた存在だからこそハルにはわかったのだ。あまりにも
恐ろしく強大な”闇”が目覚め様としているのが・・・。
ウォーレン「現在、ビル全体に振動を感知しました。同時にこのビルを構成するナノ素材アセンブ
ラーが異常な速度で活性化していきます！！」
恐怖にうちふるえるハルに成り代わりウォーレンが推測にグレートダロスのデータ観測結果と自
分のセンサーから取得したデータを照らし合わせ冷静に告げた。ハックがハルの尋常でない怯え
と観測されたデータに眉をひそませているとトンネルの向こうに偵察にやらしていたモタビアンの
仲間達が息を切って駆け戻ってきた。
モタビアン「ハック！！向こうから巨大な触手が迫ってきているぞ！！」
その証言を証明するかのようにトンネルが再び揺れた。そして揺れる感覚が徐々に大きく近くな
っているのを感じ、ハックは怯えながらも解析作業に没頭するハルの肩に手を掛けた。
ハック「ち、ハル君状況が変わった、俺達もここから脱出しよう！！」
ハックは状況の変化に舌打ちしハルや仲間達に撤退を促した。しかしハルはすぐ側まで危険が迫
っているにも関らずナノマシンの解析をやめようとはしなかった。
ハル「いいえ・・・後少しなんです・・・ここにはまだ隠された秘密がある！それこそ決戦の行方を左
右するような何かが！！ハックさん達だけでも逃げてください！！」
キーボードをせわしなく叩き続け解析を続けるハルに、ハックから厳しい叱責の声が飛んだ。
ハック「データよりも君の命の方が大事だ！！命を粗末にするな！！死んだら何もかも終わりなん
だぞ！！」
僅か数時間の出会いではあったがハルの技術者としての熱意と優しさに共感したハックはこの
若者に生きてもらいたいと思った。その為には今のこの状況は例え今後いかなる災厄が待ちうけ
ようと研究に命を奉げてこの若者が死ぬという悲劇はどうしても避けたかった。強い願いを込めて
訴えるハック。しかしそれでもハルは動くのを躊躇した。
ハル「でも！！」
ハックは意固地になっているハルに嫌われるのも覚悟で怒りの表情を見せハルに詰め寄った。
ハック「何を意固地になっている！！科学者は冷静な判断力が必要なんだ！君やケン・ミラー博
士の頭脳なら不完全なデータからでも完璧な推論を立てられるはずだ！！」
怒声で一気に捲くし立てるハック、ハルはその鋭い眼光にすっかり毒気を抜かれてしまった。し
かしそんな厳しい叱責の中にもハルの事を思うハックの配慮が滲み出ていた。
ハル「・・・・ハックさん」
ハルはハックの真意を理解し思わず涙ぐんだ。 そして横にいたウォーレンも自分に芽生えたマス
ターを思う感情を強く訴える。
ウォーレン「私もハック氏の意見に賛同します。私はマスターの命令に従うこと、それが３原則の
第１項としてメインプログラムに組み込まれています・・・ですがもしも・・・私に感情と
いうものがあるのなら私もあなたに生きていてもらいたいのです。」
二人の感情の篭った強い訴えが意固地になっていたハルの心の恐怖を解きほぐしてくれた。ハ
ルは目じりに溜めた涙を人に見せまいと拭いながらグレートダロスの操作パネルを起動した。
ぐはぎゃおおおおおお！！
トンネルの向こうから大音響と共に無数の鋼鉄の触手が迫ってくる！！トンネルを砕きながら
迫る触手に慌てるハック達。ハルは席に深く越しかけ計器類をセットアップすると少し緊張した面
持ちでハック達にグレートダロスに掴まるよう指示を送った！
ハル「ハックさん、ウォーレン・・・ありがとう。・・・・分かりました。・・・・みなさんすぐにグレートダロ
スに掴まってください！！全速力で飛ばします！！」
ハックはその勇姿を嬉しく見つめながらグレートダロスにしっかり掴まった。後ろから触手が今
にもグレートダロスに襲いかからんとしていた。でもハルは恐れる事無く正面のモニターを見つめ
るとスロットルレバーに手をかけフルバースト発進をかけた。背中のバー二アが火を吹き鋼鉄の
触手焼き払う。それでも後から次々と迫ってくる触手を振り払いグレートダロスは全速力で駆けぬ
ける。やがて目の前出口が見えてきた。しかしそれを前に触手が上の壁を突き破り進路を塞ごう
とする。
ハック「目の前防がれたなあ！！大丈夫か、ハル君！」
そうくだけて語り掛けるハックにハルはコントロールパネルを叩くのと同時に笑顔で切り返した。
ハル「大丈夫です！！この時のために２６の機能のひとつドリルミサイル「貫通君」があるんです
から！！」
ハルの操作に合わせてダロスの胸部パックが開かれ中から鋼鉄のドリルが付いたミサイルが
装填された。
ハル「貫通君！！出番だよ！！いっけーーーーーー！！」
ハルは手を高く掲げ貫通君の発射ボタンを勢いをつけて押した。ミサイルが火を吹き発射される
と先端部のドリルが回転しながら触手を絡めとり引き裂いていく。そうして出来た穴をグレートダロ
スはぎりぎりの間合いでかわした。崩れ落ちるトンネルを切りぬけハルは加速ブースターで最後の
２０ｍを通りぬけ無事に脱出に成功した。
ハル「出口まで後２０ｍ・・・１０・・・・５・・・・やった！！無事に脱出しましたよ！！」
歓声をあげるハル君・・・しかししがみ付いていたハック達はへろへろになりぼやいた。
ハック「ハル君・・・加速する時は頼むから前もって言ってくれよ」
ハル「・・・・・ごめんなさい」
一方で都心部からの撤退を図っていたスタージェーンは後方を振り返るとあまりにもおぞましく
恐ろしい光景に目を見開き危うく我を忘れかけていた。スタージェーンが見た恐るべき光景・・・
それは巨大なアルカディア総本部ビルが膨張しでぼこぼこに歪みながら巨大な毒蛇のような鎌
首を無数に形成すると高さ数百メートルの他の高層ビル群に鎌首を伸ばしながらかぶり付き
ムシャムシャ・・・
ムシャムシャと咀嚼し噛み千切り貪り食っている悪夢そのままの異様な光景だった。スタージ
ェーンは見ていて身体がぞくぞくと震えた。寒気と言うより怖気が身体全体を支配した。
スタージェーン「あああ、あたしゃあ夢でも見ているのかねえ・・・・ビルがビルを食っているよぉ」
ルセロ「そればかりじゃねえ！！見ろ血が、化け物どもの血が模様となっているぜ・・」
どぉん、どおん・・・・
断続的に激しくなる地震の揺れと、張り詰めたようなぴりぴりとした空気にさしものルセロの顔も
緊迫に汗ばむ。そしてルセロの言う通り辺りに散乱した魔族の紫色の血が泡立ちながら無数の
ヒルのように蠢き、
びちょびちょ・・・・どくどくどく・・・・。
まるで一筆書きのように地上を這いずりまわり巨大な文様を・・・・魔法陣を形作ろうとしていた。
その紫色の粘液質の血が触れるとあらゆる物が腐食し溶解し最もおぞましき形へと再構成され
ていくのが見えた。あまりのおぞましい光景にスタージェーンは拒否反応で全身に発疹が広がる
ような錯覚を覚えた。
スタージェーン「いやあああ！何だいあのきしょいのは・・・・」
ルセロ「やべえぞ・・・最悪にいやな予感がしやがる！！とっととここをずらかるぞ！！」
ルセロはこの尋常ならざる状況にこのままでは仲間を探すどころか自分達が恐るべき災厄に
巻き込まれる危険性をを考慮すると表情を一層、緊迫で強張らせ大声で叫んだ。それでもスター
ジェーンは今だ合流できない仲間の事を気遣い珍しく不安に消え入りそうなかぼそい声で呟いた。
スタージェーン「でもだねえ可愛いあたしの舎弟が・・・まだこの中にいるかもしれないんだよ！！」
しかし、躊躇している間にも事態は確実に悪化の一途を辿っていた。地上の巨大魔法陣が鈍く
光り、雷鳴轟く暗雲に魔法陣の形を投影していく。そして闇の光に照らされ植物が芽吹くように原
色の奇怪な花が成長し花弁を開くと金色の微小な花粉を放出し始めたのだ。スタージェーンの部
下は幻惑的な光に恐れおののきながら彼女に助けを求めた。
部下「あ・・・姐さん、模様が光って・・・空に得体のしれない模様が・・・・」
「へ・・・へへ姐御、こんなところに花が、花が咲いていやがる。」
スタージェーン「う、うるさいね！！あたしの舎弟ともあろう男がこれぐらいの事で肝っ玉の小さい
事をぬかすんじゃないよ！！」
スタージェーンは部下の虚ろな声を腹立たしげに怒鳴りつける。それは不安の裏返しだった。
ルセロは苛立たしげに怒声を上げるスタージェーンを制しようと言葉を重ねた。
ルセロ「諦めるんだ！！でないと俺達まで全滅だぞ！！」
もうこんな所でいつまでもうだうだ喧嘩している場合ではなくなっていた。空の魔法陣が一層鈍く
輝き、奇怪な花が花粉を撒き散らすにつれ彼らの身体に変化がおこっっていた。生気が急速に
奪われるような脱力感に襲われ立っているのも侭ならなくなってきたのだ。
部下「姐御、この光浴びているとなんだか身体がきちい。まじに、や、やべえ・・・・」
胸の中に込み上げる吐き気と視界が霞むのを感じ部下たちがその場にうずくまる。ルセロにも
同じような症状が襲っていた。それでもルセロは息を荒くしつつ苦笑を浮かべ諭すように口を開い
た。
ルセロ「・・・・いけねえ、俺もだ・・・ち、奴等の腹が読めてきた。この光や花粉は俺達の生気を吸
い取る物だ。・・・ここにいつまでもいたら動けなくなるのも時間の問題だぜ・・・」
スタージェーンは絶句した。もはや自分の我侭を通す場合ではなくなっていた。彼女は諦めたよ
うに大きく溜め息をつくと気持ちを切換える。そして憔悴するルセロを肩に担ぎ部下に撤退の指示
を出した。
スタージェーン「わかったよ・・・このスタージェーン逃げる潮時を見誤るほどすたれちゃいねえんで
ね、お前達とっととずらかるよ！！」
しかし、憔悴した足取りでは数歩歩いただけで息をつき立ち止まるしかなかった。
ごあああああああああああ！！
その時後ろから何かが爆発するような大きな音が響いた。振りかえると紅い巨大な衝撃波が大
地を縦横無尽に亀裂を刻みつけながらこちらに迸しってくるのが見えた。スタージェーンは諦観に
涙を浮かべながら呟く。
スタージェーン「あーあ、あたしもとうとう年貢の納め時のようだね・・・」
ルセロ「馬鹿やろう！！ここまで来てそんな様でどうする！」
ルセロが叱責の声をあげるが彼自身、今の憔悴した自分達ではもう逃げられないことを半ば理
解していた。紅い衝撃波が目前まで迫ってきた・・。もう駄目だと彼らは目を閉じる。
ピーーーーーーー！！
猛禽の鳴き声が聞こえてきた。翼長４ｍの紅い三つ目の猛禽のそれはスタージェーンのペット
であるスカイティアーラだった。
スタージェーン「ティアーラ！！」
スタージェーンは仲間を探すためティアーラを偵察に飛ばしていた。ティアーラはご主人の危機を
感じ全速力で飛んできたのだ。頼りになる仲間を連れて・・・。
ハル「スタージェーンさーん！大丈夫ですかー！」
スタージェーン「あんたは！？タイラーのところの坊やじゃないか？」
唖然とするスタージェーン達を助けるべくグレートダロスに乗りこんだハルはグレートダロス２６の
機能の一つを作動させた！！
ハル「救助ユニット「トラクターＵＦＯ君」起動！！その子機にしっかり掴まってください！！」
ダロスの肩から子機がその場に居た人数分射出され、それらは人が乗り易いよう円盤状に形を
変形させるとルセロ達を衝撃波から救い出し、その場からダロスの牽引ビームの引っ張られ間一
髪のタイミングで離脱していく。危うく難を逃れたルセロ達だが、浮遊円盤ユニットの乗り心地は最
悪だった。右に左にぶれ動くユニットに危なっかしくつかまるルセロが非難がましく声をあげた。
ルセロ「おいこの射出ユニットもう少し何とかならなかったのか？」
ハル「ごめんなさい人数分作るにはあまりにも時間がなかったので精密には出来ないんです！」
平謝りするハルに舌打ちするしかないルセロは横で滑空しているスカイティアーラの足につかまり
大笑いしているスタージェーンに怒鳴った。
ルセロ「ち・・・・おいスタージェーンも笑うな！！」
スタージェーン「ぷ、ぷははははは最高にださい格好だよ、ルセロのおっさん、ああ、腹がよじれそ
うだよ」
ルセロ「そこ馬鹿笑いしてんじゃねえ！！」
こうして辛うじて危険を脱したハル達はアベルが待つダークランディールの方向へと急いだ。
同時刻、地上の「山の騎士団」艦隊、宇宙の「湖の騎士団」艦隊の各艦橋は蜂の巣を叩いたよう
な大混乱にみまわれていた。突如バヤマーレ市街地に観測された巨大なエネルギー反応は即座に
各艦及び脱出船団に観測され、各種データが超高速回線で送られてきたのだがその数値は多量の
放射線、電磁波、赤外線その他観測できる全ての値がどれもあきらかに異常な高い数値を示して
いたのだ。
士官「非常事態！！非常事態！！バヤマーレ都心部に巨大なエネルギー反応を計測！！」
「重力異常、磁場異常を観測、異常値上昇を続けています！な、尚も上昇！・・・・な、何だ！！
この数値は・・・・」
「エネルギー放射パターン、各周波数域の電磁波走査値、いずれもデータ測定限界値を越え
ているだと！！モニターに投影しろ！！」
手早くパネルを動かしながら計測した数値をオペレータから報告を受けて上司が顎に手を当て考
えて命令を下した。
士官「都心部の映像を超高感度実写光学映像に切り替えます・・・・ひ！」
オペレータはモニターに指を走らせ直ちに超高感度光学映像で実写画面に切換える。そしてモニ
ターに”それ”が映し出された時、その場に居た全ての人間が人間が耐えられる限界を遥かに超越
した恐怖と絶望に絶叫をあげていた・・・。
全員「こ・・・これは・・・・う、うわ・・・あ・・・ああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああ！！」
アベルも咆哮する”それ”を目撃した。 そして冷静な彼をして”それ”を見た衝撃と恐怖で自我が喪失
しかけ、思わず母国語で振るえながら呟いた。
アベル「・・・・・・・・・・・・・・无法相信（信じられない）・・・・・是妙我可怕(私は怖い)・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。あ、あの巨大な質量体はアルカディア
の最終兵器なのか？」
アベルが震える声で誰に聞かれるでもなく虚ろに呟くと通信が入り同じく恐怖で震える声でミラー博
士が辛うじて推測とデータの説明を行った。
ミラー「・・・・・あれが最終兵器なら僕は作った奴の正気を疑うよ・・・・脱出船団数隻分のコンピュータを
並列処理させて得られた観測データを見てみるかい・・・・。」
アリサ３世から送られた脅威のデータ観測結果はどれも最高値を示していた。
アベル「エネルギー総量が小規模星雲クラスだと・・・・ありえない・・・・」
やっとの思いでそう呟いたアベルにルオンから連絡が入った。モニターに映るその顔には悲壮な表情
が窺われた。
ルオン「信じられないのも無理はない・・・・あれこそ名前を口にするのも憚られる封じられし”闇”の根源
・・・・」
胸に溜まった息を吐き出すような思いでその事を告げたルオンの手は震えていた。あの気丈で恐れを
知らぬように見える彼をも震わせるあの存在は・・・
アベル「・・・震えているのか、ルオン副司令」
アベルには彼の恐怖に共感できた。”あれ”を見たらどんな人間でも同じような恐怖を抱くだろう。アベ
ルの憐れみの篭ったその言葉にルオンは憮然となり一喝しようとしたが、再び”それ”を見ると自分の中
にある恐怖を認め自嘲的に笑って呟いた。
ルオン「・・・・震えているだと？・・・そうだな・・正直、私は今ほど恐ろしいと感じたことはない・・・・。」
ルオンの恐怖を認める発言を受けアベルはそれを恐怖の眼差しで見上げる。
アベル「・・・ではあれが同朋が言っていたアルゴルに眠る莫大なエネルギーそして”闇”の正体なのか・・
・・ノアの同朋よ・・・この様子を伝えられないのが残念だ・・・あれは我々が制御できる範疇を遥か
に凌駕する・・・とうてい手を出していい存在ではなかった。」
アベルは人間の理解を超えた存在に恐怖と絶望による虚脱感を抱かざるおえなかった。
”それ”は遠くからは巨大な山脈のように見えた。
だがその巨大な暗黒は両腕を大きく広げるとヤマビコのように嘲笑を空間全体に響かせその恐るべき
姿を徐々に現そうとしていた。
ふははははははははははははははは！！！
雷鳴が轟く世界で”それ”は全ての滅ぼされる存在に向け哄（わら）っていた。
邪竜の如く天に聳え立つ巨大な双角と全てを飲みこむかのような裂けた口から牙を覗かせその邪眼に
魔王の如き悪意を浮かばせるそれは狂相の下に高さ１３００ｍもの天にも届く威圧的な金属の身体を
ユルリと起こした。紫紺色の金属装甲の表面には不気味な動脈が脈打ち今にもはちきれんばかりに膨
れあがっていた。
装甲は腹部までその下に脚部や腰部はなく無数のチューブや配線が触手のように蠢いていた。そして
胸部の真中にはぶよぶよと赤色の肉隗や内臓が鼓動を響かせ蠢き第二の口が獲物を今にも飲みこもう
と口を大きく動かしていた。
それは巨大な金属の羽根にも見える砲塔や皮膜を広げ幾星霜もの太古に封じられていた自らの名を
高々と宣告したのだ！！
「我が名は『深遠なる闇』！！！その名の元に森羅万象の全てよ・・・・我が滅びの愛に答えるのだ！
人を滅ぼせ！生命をを滅ぼせ！！動くもの全てを・・・・そして残酷なる”時”そのものを・・・・・滅ぼし
尽くせ！！！」
バヤマーレ時間ＡＭ０：１５分
激動の一日が終わり、そして生きとし生ける全ての魂の前に、今、絶望と終末の『黙示録の夜』が降臨
して来た・・・・。
第３７話 −終−
第３８話を読む
投稿の広場に戻る
トップページに戻る