スペースクルーザー ランディール
第38話 暴虐のカプリッチョ（狂想曲）
電脳空間内でのつかの間の親子の再開・・・それはアレク達にとってもその両親に
とっても夢のような幸せな一時だった。だが幸せな時は決して長続きはしない・・・。
黄昏に沈む夕日のように電脳空間の奥から夜の帳より尚暗き”気”が忍び寄り漂い
始める。アレク達の両親は気配を感知すると顔を憂いに曇らせた。
アレクの父”・・・・やはり復活したのか・・・”
シンシア、グラントの両親”・・・・・・”
アレク「父ちゃんどうしたの？」
親達の憂いを感じ取りアレクが不安気に尋ねた。アレクの不安そうな声に振り向い
た父がアレクを真剣な眼差しで見つめゆっくりと語り始める。
アレクの父”我が息子アレク・ウル・アゴエ公爵・・・そしてグラント・デュ・グランディ
レクタ公爵殿、シンシア・ノ・サテラ公女殿。今から述べる事をよく聞い
て欲しい。”
父の僅かな表情の変化、そして落ちついた一言にアレクはふいに胸騒ぎを感じ父
に聞き返した。
アレク「な、何だよ父ちゃん・・・・・急に改まってさ」
三人の両親はその問いに一瞬、躊躇うように視線を交わしていたがグラントの父が
三人の視線に肩を落とし諭すようにゆっくりと声をかけた。
グラントの父”３人とも、今すぐここから電脳ネットワークを切断し現実世界に戻るの
です”
アレク「え・・・・・？」
グラント「現実世界に戻れって・・・・」
子供達は最初自分達の両親が何を言っているのか理解できなかった。だが頭の中
で両親の言葉を反芻するうちにその意味に気づき三人の表情が悲しみに曇り堪らず
両親にしがみ付き大声で叫んだ。
グラント「何故です！！父上！せっかく僕達がこうして再会できたのに！」
アレク「そうだぞ！おいらだって・・・おいらだってずっと父ちゃんとこうしていたいん
だぞ！！」
シンシア「もう離れるのは嫌だよぅ！！」
そう抱きつき叫ぶシンシアの瞳には既に大粒の涙が溢れださんばかりであった。シン
シアの母は弱弱しく震える愛娘の姿につられて泣きそうになるのを必死で堪え、あえて
毅然とした口調でシンシアに言い聞かせる。
シンシアの母”私の愛しいシンシア・・私だって本当はあなたと離れたくはない・・・でも
もうすぐそこまであの存在が迫ってきている今、あなた達をここに留め
ておく訳にはいかないの”
非常に思い詰めた沈痛な声・・・・シンシアにあえて毅然とした声で諭したには訳があった。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんん！！！
・・・先ほどまでは微かにしか感じなかった暗黒の気配が言葉を交わしている間にみる
みる大きくなり、もう三人の子供達にも見えるほど近づいてきていたのだ。まるで水平
線の彼方にうっすらと白波を立てる津波のように・・・。
深遠なる暗黒は赤黒い瘴気の触手を電脳空間に絡めながら貪欲に情報を貪りつつ
自らの暗い思考を思念波として発していた。
深遠なる闇”滅ぼせ！！全てを滅ぼせ！！”
怖気が走る暗黒の思念波に子供達は総毛立ち一歩も動く事ができなくなった。
アレク「な・・・何だよあれは」
シンシア「い、いやだ・・・あれ・・・・あれこわいよお！！」
恐怖に震える子供達を庇うように両親達は子供の前に立ち直立不動で”闇”を見据え
たままアレクの問いに答えた。
アレクの父”あれこそ・・・アルゴルに災いをもたらす元凶”闇”だ。闇の魔手がここに
辿り着けば我々の自由意志は奪われる、そして闇にとって利用価値の
ないお前達は即座に消されてしまうかもしれぬのだ。”
３人の両親”我々にはそれが耐えられない”
自分達を庇うように前に立つ両親の背中はアレク達にはとても大きく頼りがいがある
ように感じた。
しかし・・・・その手が微かに震えるのを見た時・・・・子供達は悟った。例え自分の両親
がどんなに勇敢でも挫けそうになる絶対的な恐怖が存在することを・・・。そして恐怖に
挫けそうになる心を必死に堪え自分達を逃そうとする両親の深い愛情を・・・・。それで
もアレクは声をかけずにはいられなかった。
アレク「でも・・・それでもおいらは・・・」
泣きそうになりながら小声で呟くしかないアレクに叱咤するようなアレクの父の強き一
喝が響いた！！
アレクの父”アレク！！！グラント殿！シンシア殿！そなた達は栄光あるシークの血を
引く者としての義務を果たさなければならない！！！！”
落雷のような一喝に思わずアレク達は硬化した。しかし不思議と先ほどまでアレク達を
侵食していた”闇”に対する恐怖が怒声のおかげで霧散したかのように心が少し軽くな
ったのを感じた。アレクは自分達の恐怖を吹き飛ばした父の一喝の意味をゆっくり噛み
締めるように呟く。
アレク「義務・・・・・」
叱られしゅんとしているグラントを彼の父は小さく困ったように笑い落ちつかせ宥める
ように静かに教え諭した。
グラントの父”誇りと栄光を天より与えられた我々はその代償に領民の平穏な暮らしを
守らなければならない・・・。それこそが貴族としての我々が忘れてはな
らない責務・・・わかるね・・・グラント”
自分の視線に合わせて語り掛けてくれる父の穏やかな表情にそしてその教えに心打
たれながら・・・それでもグラントは叫ばずにはいられなかった。
グラント「わかります、オハリオお父さんやアイナお母さんそれに乳母達からその責務
は決して忘れてはならないと教わってきました！！それでも！！」
グラントもシンシアもそして強がっていたアレクも子供ながらに理解しつつあった。これ
が今生の別れであると・・・それでも別れたくない思慕の思いに半べそをかく愛娘の頭
をゆっくりと摩りシンシアの父が優しく語り掛けてくる。
シンシアの父”わかっておくれシンシア、私達はその責務を果たす時がついに来ただ
けの事。私達はこれから何とかしてあの闇に抵抗を試みる。その間に
シンシア達が民衆を率い安全な場所へと導く責務があるのだよ。でも
私達がお前達を愛する心は変わらない”
そう言うと堪らずシンシアの両親は愛娘を強く抱きしめた。二人の愛に抱かれシンシア
が頬に涙を零しながら半泣きの笑顔で明るく答えた。
シンシア「・・・・うん、私も大好きだよお父様、お母様・・・・」
それを見るグラントやアレクもそっと両親にしがみ付く。３人の両親は時間が許す限り
そのまま子供達の抱擁を黙って受け止めていた。
しかし貪欲なる暗黒はその僅かな親子の抱擁すら与えなかった。
深遠なる闇”人を滅ぼせ！・・・・命を滅ぼせ！！・・・・動く時全てを滅ぼし尽くせ−−！！！”
迫り来る”闇”から悪意に満ちた声が次第に大きくなるのを感じた両親達はついに決
意したように三人の両親はアレク達を冷たく突きとばした。
アレクの父”息子達よ、すまぬ！！”
どん！！
アレク「と、父ちゃん！！」
突き飛ばされた衝撃で三人は両親達のいた場所から急速に離れつつあった。そして
狼狽し泣きそうになるアレク達の耳にアレクの父の最後の威厳に満ち朗々とした声が
届いた。
アレクの父”さあもう時間がない！！お前達に我々の思いと責務を託す！大丈夫だ、
寂しくはない！その責務をお前達が背負う限り多くの民がお前達を愛し
てくれるだろう！！行くのだ！！民を護るために！！”
その厳かな声には息子達に対する万感の思いが込められていた。徐々に薄らいで
いく意識の中それを聞きながらアレク達は遠ざかる両親達に必死に手を伸ばそうと
もがく。
どおおおおおおおんん！！
だが無常にも小さくなる両親の影は巨大な暗黒の波涛に芥子粒のように飲み込まれ
ていったのだ・・・。
アレク「父ちゃーーん！！！母ちゃーーん！！！！」
グラント「父上、母上！！！」
シンシア「お父様、お母様！！！」
あまりに突然の別離・・・・それを見てしまった３人は爆発する悲しみの感情に嗚咽に
近い絶叫をあげた。だがゆっくりと、視界が歪み始める。色彩があやふやになって虹
色になっていく。そしてそこで意識がブラックアウトした。
アレク達が再び意識を取り戻した時、ヘッドマウントディスプレイを急に外されたせい
か周囲が眩しく目がうっすらとしか開けられなかった。朦朧とする３人の意識に事務
的でありながらどこか心配する女性の声音が聞こえてきた。
ライラ「・・・・３人ともネットダイブ状態からジャックアウトを確認。心拍数、脳波ともに
正常値に戻りました。」
ミラー「・・・・おはよう３人とも」
三人はさりげない声に現実に引き戻された。目の前ほっと安堵の息をもらすミラー博
士とライラの顔。二人はアレク達の脳波や身体の状況が映し出される端末画像を眺
め懸命に調整していたようだった。
知っている二人の声を聞き、朦朧としていた意識が次第にはっきりとしてくる。グラン
トがどこか寝惚けた顔で、自分達を心配そうに見つめる二人の顔を見て声をかける。
グラント「・・・・・あ、ライラさん、ミラー博士・・・・」
精神的にかなり疲労するまで電脳空間の中で懸命に頑張りレジスタンスの反撃を成
功させたアレク達の健闘を称え優しく声をかけるミラー博士。
ミラー「・・・・まだ意識がぼーっとしているんだね。君達はよく頑張った。でもネットダイ
ブにはかなり精神力を使うから今はまだ寝た方がいいと思うよ」
その声でようやく意識が回復したアレクが、バッと起き上がるとミラー博士に頭を下げ
て頼み込んだ。
アレク「・・・・おっちゃん！！俺達をまた電脳空間にダイブさせて下さい！！」
アレクの必死な訴えにしかし、ミラー博士は首を横に振る。
ミラー「・・・・駄目だ、残念ながら今の君達を行かせる訳にはいかないよ。」
ミラー博士の真剣な返答に何故という顔で必死に目で訴える子供達。特にシンシアは
シンシア「いやいや絶対に行くんですぅ、・・・せっかくお父様やお母様に会えたのに。」
アレク「そうだぞ！！ミラーのおっちゃん！おいら達向こうで父ちゃんや母ちゃんによう
やく逢えたんだ！！今から行けば父ちゃんを助けられるかもしれないんだぞ！」
尚も食い下がるアレク達にミラー博士は溜め息を一つ零すが、子供達の訴えを軽く
あしらったりはせず、むしろ真剣に聞きとめると三人の横に座り穏やかな表情で話し
かけてきた。
ミラー「君達が向こうでどのような経験をしたのか僕には正確にはわからない。でも大
体のところは予想がつくよ。君達は両親にこう言われたんじゃないかな。『現実
世界に戻れ、貴族としての責務を果たせと』」
３人「・・・・・・・。」
ミラー「なるほど貴族にとって民を守るという責務は最も護るべき掟だと思うでも本当は
君達のご両親は君達の安全の事を考えてあえてそう言ったんじゃないのかな。」
自分の推測を子供達の顔を伺いながら語り掛けるミラー博士。そのどこか憂いを感じ
る寂しそうな笑顔に子供達は今際の際に別れる両親達の顔を思い出し
「わかって・・・いたさ・・・」
ポツリ、と乾いた声でそれは紡ぎ出された。
しかしその乾いた声は徐々に嗚咽に濡れていった。
アレク「・・・・わかっていたさ。おいらだってもう１０歳だ！父ちゃんの気持ちは痛えほど
わかったよ！それでもおいら達は・・・・」
グラント「・・・・アレク、それにシンシア、父上に逢いたいのは僕だって一緒です。でも・・・
でもお僕達は貴族だからあ・・・ぐす・・・泣き言は許されないん・・・です！！だ
から・・せめて父上達との約束を・・・・」
シンシア「・・・・そうだよね・・・・私達が我侭言ったらお父様お母様がきっと悲しむよね
・・・ぐす！！」
子供達は両親と交わした約束を口にしそれを護ることを決意に固めた。だが決意した
とはいえ、アレク達はまだ十歳・・・・幼き心に悲しみが溢れ子供達の肩が震え出す。
アレク「畜生・・・・畜生！！なってやる、おいら達は民を守れる立派な貴族になってやる
からなあ・・・・・なって・・・うう・・うわあああああん」
そして感極まったアレクの決意の篭った叫びと共に３人は堰を切ったように号泣した。
うわあああああああん！
恥も外聞もなく大声で号泣する三人の癒されぬ想いが造られた機械である自分にも
痛いほど想いが伝わってくるのを感じたライラ、・・・その瞳にはうっすらと涙が滲んで
いた。
ライラ「・・・・さあ３人とも今は寝室へ行きましょう。お姉さんが一緒に側にいるから・・
・・兄さん後の事よろしく頼みます。」
そして何時までも泣き続ける子供達の頭を優しくさすり抱き寄せると三人を連れて寝
室へと向かった。
妹の涙を見て見ぬふりをしていたミラーにもライラと３人の子供達はまるで母と子のよ
うに思えた。そして静かに見送った。
ミラー「ああ・・・・」
寝室へと向かうライラと子供達を見送ったミラー博士は椅子に深く腰掛けると普段の
堂々たる態度からは思いつかないほど弱々しくうつむいた。
ミラー「・・・・僕はこの限界状況をを前にしてまざまざと実感せざるおえない。・・・科学
はあまりに無力だ。僕の研究して来た知識では親と子の絆を護ることさえ出
来ないのか。まして・・・・この恐るべき悪夢には僕は為す術がまったく思いつ
かない。どうして僕の脳細胞は肝心な時に役に立たない・・・・。」
モニターに映し出される最悪の厄災に頭を抱え苦悩するミラー博士。他の技術士官
達やラシュート神官達もその画像に釘付けになり恐怖で身体が動かせなかった。為
す術がなく画像を見詰ることしかできないミラー博士達。湧き上がる絶望感に支配さ
れラシュート聖堂は水を打ったように静まり返ってしまった。
？？？「やれやれミラー家の元第一後継者ともあろう男がまったく情けない」
重苦しい沈黙に支配された聖堂にその時、白いローブを身に纏った壮麗な雰囲気を
醸し出す老人の一団が足を踏み入れた。その中の１人が屈託のない表情でミラー博
士に声をかける。一方のミラー博士は驚きのあまり目を丸くして呆然と声を返した。
ミラー「・・・・長・・・それに賢者の島の方々も・・・どうしてこのような場所に」
ミラー家は代々宗家が賢者を務める名門でありその末席であるミラー博士も新年の
挨拶で顔を合わせる以外はめったに逢えない人物だった。ましてや家の方針に反対
し家を飛び出し２０年以上音沙汰のなかった自分に声をかけるなど考えられないこと
だったのだ。聖堂の神官達もかの賢者達の突然の来訪に目が飛び出さんばかりに
驚き、姿勢を正し最敬礼する。その中悠々と歩きながら軽く会釈をする賢者達は一転、
”闇”が映し出される画像を見上げるとその表情が鋭くなった。
賢者「お前があまりにも情けないから見るに見かねて飛んできたのだ・・・まあ、封印
から解放されつつあるあの存在を前にすればお前の科学もそして我等の術法
ですら焼け石に水の状態じゃ。」
ミラー博士はかつて科学者としては”闇”の魔族の存在もそれに対する術法を修練する
ミラー家の方針にも否定的だった。存在を実証できないものに対して備えることに合理
的な意義を見出せなかったからだ。それでも宗家のマジックの実力は心のどこかで認
めていた。そして闇が実在すると知った今、その術法に期待している自分がいた。その
長や賢者の方々の大いなる秘術を持ってしてもあの非合理的な存在には到底適わない
という事実にミラー博士は落胆と深い絶望を感じずに入られなかった。
ミラー「長の術法を持ってしてもですか・・・・」
期待があった分、落胆も大きく、どうしようもない無力感にうな垂れるミラー博士それを
見ていたミラー家宗家はある提案を博士に投げかけた。
賢者「じゃがお前達が切磋琢磨して研究して来た科学技術と我等の術法、人間が太古
の昔から学び取った知識が互いに組み合わされれば、もしかするともしかするか
もしれんぞ。」
その提案に驚いて目をしばたいたミラー博士。
ミラー「長は、あれほど僕が科学を専行する事に反対されていたのではないのですか？」
何故なら若きミラー博士が科学者を志すことに頑として反対していたのが当の宗家本
人だったからに他ならない。博士がミラー家を飛び出したのもこの確執が原因だった。
その宗家からのまさかの提案にミラー博士が鳩が豆鉄砲を食らったような顔していると、
宗家はコホンと咳払いをしすっとぼけた口調で語り掛ける。
賢者「ほっほっほ、確かにどうも機械とかは我等の性には合わん、じゃが今ここに到っ
ては意地とか言うとる場合じゃないからのう。”闇”を再び封じるためには人類全
ての英知が必要となる！！」
その素っ気無いながらもどこか優しさを感じさせる言葉に２０年来の心のわだかまりが
すっと解けるのを感じミラー博士は胸がじーんっと熱くなるのを覚えた。
ミラー「長・・・・・そして賢者の方々ご協力感謝致します！！」
お互いの確執を超えて協力をしてくれる宗家と賢者達にミラー博士は心の底から深く頭
を下げた。そして”闇”が映るモニターを今度は恐れることなく冷静に見据えると頭をフル
回転させ対抗策のシミュレーションを始めるのだった。
バヤマーレにおける難民の移送計画は順調に進んでいた。各地のレジスタンスリーダー
に先導され事前に用意された避難船に乗りこんでいく。このまま何事もなくいけば後数時
間でこの地区全ての難民の移送が完了するはずだった。
ＡＭ０：１５
どおん！どおん！
昨夜から続いていた地震がその時を境に一段と激しさを増した。不安に周囲を見渡す
避難民の1人がある方向を見た時そこに何か山のようにも見える巨大な陰が現れたよ
うに見えた。暗雲に閉ざされ不気味な紅い稲妻がその周囲に降り注ぐ遠景を見て何か
うすら寒いものを感じた彼は横にいる避難民に聞いてみた。
市民「・・・・おい、あれは何だよ・・・・」
「山・・・・じゃないよね」
その会話を聞いて周囲の避難民も暗雲の方を見、ざわめき始めた。
市民「あそこはバヤマーレ都心部だからアルカディア総本社ビルがあるはずだろう・・
・・きっとそれだろう」
「でも・・何か動いているように見えないかしら？」
怪訝なざわめきが次第に広がる中、不意に遥か彼方の暗雲が鈍い光が灯り始め無数
の紅い稲妻が蛇の如く大地に天に縦横に駆け巡る中
ぎしゃああぐおおおおどおおん！どおおおん！！ごわおおおお！！！
高層ビル群が隆起を起こし競り上がって来る。なし崩しに倒壊するビル群の座主の頂き
に猛烈なる邪気を放つおぞましき山の様な影が両腕を大きく広げ魂を震わせる破滅の
咆哮を響かせたのだ！！
GGGGGGOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAああああああああああああああ！！！
絶望的な咆哮にそれを見た人間全てが凍てついた。紅い稲妻に照らされ現れる空を覆
い尽くすほどの巨大な怪異！！無数の牙の生え揃った鋼鉄の邪竜の巨大な紅い３つの
眸が静かに開き世界に圧倒的な闇の神気が巻き散られる中、音を超え世界を震わす哄
笑と共に”闇”は神託を告げた。
深遠なる闇「ふははははははははははははははははははは！！自らの欲望に忠実なり
し童達よ、護り人たる使命を忘れ欲望のまにまに自由を求めし者達よ感謝
しようぞ。・・・・汝達の懊悩のおかげで我は星の封印より解き放たれた。」
その神託の意味もわからぬまま人々は心の奥から噴き上がる絶望的な恐怖にある者は
脳が沸騰し血を拭きだし倒れ、ある者は発狂し喚き叫んだ。
市民「山じゃねえよ・・・・ひ・・・・うわあ・・・・」
「ぎゃあああああああああ」
そして多くの者が迫り来る恐怖に堪えきれず逃げ惑いパニックを起こす中”闇”は悩まし
く愛しげに更なる宣託を告げる。
深遠なる闇「汝達はある意味全能の神に等しいと言えよう。己が築き上げた文明の力に
驕り、戯れに生命を造りだし星すらも意の侭に操つらんと欲する汝達・・・。
それは無常なる時に挑む無謀にして称えられるべき抵抗の証・・・。その欲
望こそが星の結界を崩し、我にさらなる力をもたらしてくれり」
楽しそうに歌うそうに告げる闇の三眸は御子を見つめる聖母のように艶然と・・・・逃げ惑
う人々を見下ろしていた。”闇”が見下ろすその場は逃げ惑う人達の地獄絵図と化してい
た。脱出艇に殺到する人達は先導する人の押しのけ我が先にと入ろうとする。縋る人を
振り払い時に殴りつける人の顔は悪鬼のようだった。
市民「もう駄目だ・・・何もかもおしまいだ！！」
「神様・・・・助けてください・・・・」
「うるさい！！神なんてどこにもいないんだ！俺は逃げるぞ！」
「てめえ等邪魔だ！！いい加減に早く俺を乗せてくれ！！！」
「もう後に乗せなくてもいいから早く脱出艇を発進させてよーーー！」
押しのけられた人は恐怖に泣き叫び居る筈のない神に縋るしかなかった。最早人間の尊
厳は”闇”の発するおぞましき恐怖により完全に失われたのだ。人間の浅ましくも悲しいサ
ガを”闇”は狂気を宿した紅眸で見続けていた。その表情はもし闇に恐怖を抱かぬ優しき
者が見たら哀憫の情が浮かんでいるのに気がついたのかもしれない。
されど鋼鉄の瞼を瞬きさせると深遠なる闇は慟哭の憐憫と歓喜の狂笑のない交ぜになっ
た混沌の貌を浮かべ顎門を大きく開いた。
深遠なる闇「我は改めて礼を言おう。我に絶えなき憎悪を与えてくれしこの星系の全ての
命に・・・・・・。汝達の尽きぬ無限の欲望に。故に我はその礼として滅びの祝
祭を与えてやろう。滅びとは即ち永劫なる時の牢獄からの解放！！真なる
己への回帰！！さあ清聴するがよい、我が祝祭の子守唄を、汝等は滅び懊
悩を吐き出し我が胎からに一つの意志として帰るのだ」
鋼鉄の暗黒竜の顎が大きく開かれ夜の闇が飲みこまれていくかのように紅いプラズマを帯
びた瘴気が”闇”の口内に集まってくる。強大なエネルギーが対消滅反応炉の内部のように
エネルギーの爆発的な増幅で光と闇が分離し混ざり合い邪竜の顎門から溢れださんばかり
に膨れあがる。
ごうあおおおおおおおん！！！
そして謳うように”闇”が咆哮すると遥か彼方の地平に向けて収束させた超高密度の暗黒
エネルギーの莫大な奔流を口内から解き放った。
ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーー！！
集束したエネルギーは巨大な荷電粒子の奔流となりバヤマーレ上空を周囲の山脈をいとも
容易く穿ち、粉砕しながら水平線の彼方に駆けて行く。薙ぎ払うように上空を駆けて行く暗黒
の熱線は衝撃波を生み地上を、人々を吹き飛ばしていった。
市民「ぎゃああああ！！」
ＡＭ０：１０ バルテボ
オセロはドラスゴー市を部下に任せ戦艦エクストリアで移動し自分の生まれ故郷であるバル
テボに来ていた。
バルテボ市、対岸にアビオン大陸を臨むこの街は温暖な気候に恵まれた地方都市である。
しかしすぐ近くに幾度も噴火活動を続けた活火山がありそのマグマを利用しゴミを焼却しよ
うと清掃業者がゴミを一時的に置いておく埋立地もあるため他のパルマ都市と比べると開
発も遅れ街の治安は極めて悪かった。
それが３０年前にオセロがマフィアのゴッドファーザーになってからは彼の類まれなる交渉
手腕と裏道を知り尽くした経験から非道な行いをする極悪マフィアを抗争の末追放し、不況
に沈んだ街に産業を誘致した事もあって失業者も減りパルテボはかつてないほど活気を呈
していた。
そのおかげかオセロは街の人達に慕われ、マザーブレインへの依存度も低かったためか
数時間前から住民は避難を開始し１２時現在ほぼ避難を完了しつつあった。最後の避難
船団に次々と乗りこむ避難民達。その列の中から４、５才の少女が花を持って近づいてきた。
娘「おじちゃん・・・・・お花」
おどおどしながらも少し嬉しげに手に持っていた一輪の花を差し出す少女にドン・オセロは
好々爺の笑みを浮かべて少女の頭を優しくさすりながら受け取った。
オセロ「はははおじちゃんにプレゼントとは嬉しいな。だがおじちゃんは悪い人なのに貰って
もいいのかな」
娘の母「悪人だなんてとんでもない！オセロ様は私達バルテボ市民の恩人です。どうか娘
からのプレゼント受け取ってください。」
迎えに来た娘の母親も別に嫌悪する訳でもなく尊敬している様子からもオセロの貢献と人
柄が伺われる。
オセロ「うむ、ありがとうなお嬢ちゃん、お嬢ちゃんはおじちゃんみたいな悪い人になっては
駄目だゾ。さあ脱出艇に乗りなさい」
娘「ばいばーいおじちゃん。」
振り向きながら手を振る少女は親に連れられ避難船へ搭乗する列へと戻っていく。オセロは
それを見送るとほっとしたように溜め息をつき避難を先導する若衆の元に足を運んだ。
オセロ「・・・・よしバルテポ市付近の避難ももうすぐ終わるか・・・」
部下「ご苦労さんっす、ボス！！」
この数日僅かな時間しか寝ずに避難計画の実行に奔走するオセロを若衆達は尊敬の眼差
しで見つめ労いの言葉をかけた。
オセロ「気にするな・・・ここはわしの生まれ故郷だ、今まで散々悪さやってきたせめてもの反
省の印ってところだ。おい、煙草を貸してくれ」
労いの言葉に軽快な口調でありながら少しバツが悪そうに寂しく笑うオセロ。それを見ていた
若衆は親分の求めにさっと煙草を差し出す。
部下「へい！」
煙草を受け取ったオセロはそれに火をつけ軽く一服するとくわえ煙草で若衆の背中をポンッ
と叩き
オセロ「よし、一息ついたところでここはおめえ達に任せる！頼んだぞ、俺の生まれ故郷を！」
部下「任せて下せエ！！ボス！」
戦艦エクストリアに颯爽と乗り込んだ。
噴射しバルテボから離陸する戦艦エクストリア。遠ざかる故郷をじっと眺め感慨深げにオセロ
は呟いた。
オセロ「ふう、ここももう見納めか・・・生まれ故郷が無くなるとなるとさすがに寂しいものだな」
そう言って遠ざかる故郷を瞼に焼き付けるように寂しげに眺める親分の気持ちは艦橋にいる
部下達全員が理解できた。
部下「ボス・・・・・もう少しここに残りますかい？」
その胸中を思いはかり若衆のリーダーが代表して声をかける。一瞬オセロはなんとも言えな
い表情で言葉を詰まらせた。そして穏やかな顔で部下を見渡すと真顔に戻る。部下の思い
やりを心の底で感謝しながらもオセロは顔にそれを出さず威厳に満ちた声で彼らを嗜めた。
オセロ「いいってことよ、それよりまだまだ救援を求める堅気の衆がいるんだ！望郷の思いに
立ち止まっていられねえだろうが」
部下「わかりやした、では次の目的地は・・・・」
オセロの不器用な感謝に苦笑しつつ艦橋にいた部下達が次の目的地への航路を算出しよう
とした時だった。
突如、レーダーオペレーターがセンサー上に急速に接近してくる熱源をとらえ切迫した声を
あげた！！
部下「ボス！！北の方角から高エネルギー反応を確認！！しかしこの数値は」
よく見ると北のアビオンの方角が黒く燃えるように明るかった。燃え盛る赤黒い天にいやな予
感を感じ警告音に艦橋が騒然とする中、オセロは即座に判断し鋭い声で号令下した！！
オセロ「緊急回避！！お前達衝撃に備えろ！！」
部下「了解！！！右舷回頭！！」
オペレーターが悲鳴じみた声で舵を切り艦を大きく回頭させる。そして遥か彼方に黒き光点が
瞬いたかと思うとそれは瞬時に極太の荒れ狂う光条となり空域にあるすべてを貫いた。射線
上にあった避難船、護衛艦がその黒く禍禍しき光にさらされただけで次々と溶け、砕け散り、
爆発していった。
ごあああああおおおおおおおおおおおおおお！！！！
ぎりぎりのところで交わした戦艦エクストリア、揺さぶられる衝撃に半ば半狂乱になりながら
オペレーターが状況を報告する。
部下「・・・・・こ、高エネルギー波着弾、衝撃波来ます！！」
そして哀れな犠牲者を飲みこんだ暗黒の光の災禍はバルテボの街に炸裂すると大地を大き
く抉りながら薙ぎ払っていく！！
ずぎゅごぼああああああああああああああああああああ！！！
炸裂した暗黒のエネルギーは着弾点を熱の渦巻く地獄へと変え雲を薙ぎ払い天をも貫き通し
焦がすかのような火柱・・・いや延々と続く黒き業火の断崖を創りながら大地を抉り駆け抜け
ていく。そしてその炎にはまるで犠牲者達が嘆くかのような苦悶の表情が無数に浮かび上が
っていたのだ。
どおおおおおおん！！
ＡＭ０：２２
この時、惑星パルマが抉られた痛みに悶えるかのように大きく震えた。
着弾した空域で生き残った戦艦のクルー達は一瞬何がおこったのか判らず呆然自失となっ
ていた。目の前で続く恐るべき災禍に戦慄し見入ることしかできなかった。
部下「・・・・・なんてでかい火柱だ・・・しかも表面に浮かび出た文様は・・・」
「・・・・・ひでえ、こんなのあんまりだ！！」
しかし無残に焼き尽くされた故郷を前に怒りと共に我を取り戻したクルー達の中、オセロは
冷徹な眼差しで業火の断崖を見つめていた。
オセロ「・・・・・・」
ただ無言でたった今この世から消滅した故郷を眺めるオセロ、しかし手を微かに震わせる
オセロに部下たちはかけるべき慰めの言葉を失う。
部下「・・・・・ボ、ボス」
自分にかける声に気付きおろおろするばかりの部下を見てオセロは叫びたくなるような憤り
をこらえ、うめくように号令を下した。
オセロ「お前達何も言ってくれるな・・・・あのエネルギー流の発信源を特定してくれねえか・・・・」
オセロの要請に応じオペレーターが熱源を方向から逆探知する。
部下「へい、発信源は・・・・・・バヤマーレです！！」
エネルギー波動の発信源を聞くとオセロは静かに頷いた。おそらく追い詰められたアルカディ
アグループが最終兵器を繰り出してきたことが容易に想像できたからだ。
オセロ「そうか・・・・・・」
オセロは怒りで失いそうになる自制心を必死に働かせ浮き足立つクルーに動揺を見せまいと
冷静な表情の維持に努める。
その時、着弾点の観測をはじめたクルー達が驚いた声でオセロに報告した。
部下「ボ、ボス、エネルギー到達ポイントから動く存在を確認！助かった人達でしょうか・・・」
意外な報告に一瞬、微かな希望がオセロの頭の中でもたげるが目の前に広がる漆黒の大業
火を見て願望にも似た希望を頭から振り払った。
オセロ「いや違う・・・あんな高温度の業火じゃあ人間は絶対助からねえ・・・・お前達ここから急
いで離脱する！！来るぞ！！」
切迫した事態にオセロは矢継ぎ早に指示を飛ばす！！速くここから離脱しなければ”敵”が現
れる・・・鬼気迫るオセロの命令に各クルーもこの事態の危険性を感じ、航行プロセスを急いで
立ち上げる。
部下「・・・了解しました、・・・・次の行き先は」
オセロ「決っている、バヤマーレだ！！」
部下「そうですね・・・・・目標座標指定！！戦艦エクストリア発進！！」
そして急いでこの忌まわしき空域から離脱しようと戦艦群がスラスターをかけた時、
「うああああああああああああああああああああああああ」
聞くだけで耳を塞ぎたくなるすすり泣きの声と共に淡く光る発光体が雲霞の如く空へと舞い上が
る中、黒き山脈の如き業火から無数の異形が飛び出してきたのだ！！
部下「多数のＤ亜生命体の飛翔を確認！！」
翼の生えた蛇スネークロード、子供のように小さい蝙蝠の羽の生えた悪魔、ドラキュル、円盤の
ように変形しながら空を飛ぶデルデプス、黄金の甲殻と鍵爪を持つ巨大な邪竜レウ・アドマそし
て異形達には信じられない物が表皮に張りついていた。
オセロ「・・・・・・・！」
張りついた物を見たオセロやマフィアのつわものもあまりの非条理に言葉を失った
異形だけならバヤマーレで戦った事もあり恐怖に対する耐性もあった。しかしそれは・・・
なぜなら先ほどまで自分達と気さくに語りかけていたパルテボの住人や最後までその場に残り
先導していたオセロファミリーの若衆の顔だったのだ・・・。そのどれもが狂気と歓喜に顔を歪ま
せ非人間的な声で笑っていた。口が裂け血が噴き出しても笑っていた。
「ケタケタケタケタ！！」
かつての仲間や故郷の友人が別のものに変わり、意味不明な狂笑を浮かべる・・・異常な光景
にさしものマフィアも得体の知れぬ恐怖に呆然となった。
部下「・・・・・ど、どうしやすか！！あれは・・・・」
クルーが戸惑っている内に次々と甲板に降下してくる異形！そして艦橋の窓ガラスにべっちょり
とイカのような光る触手を持つ異形ヴァンスが取りついた。
オセロはヴァンスの半透明に透けた内臓部分を見て愕然となる。
「オジチャンモイッショニ闇二ナロウ、キャハハハハハ！」
ドキューーン
オセロは何の躊躇いもなくヴァンス毎、長銃で撃ち抜いた。割れたガラスに反応し次々と防御
シャッターが下りる。それが押し寄せる魔族の攻撃を辛うじて防いだ。
艦橋に非常灯が灯り艦の運行状況や敵の配置がモニターに映し出される。外の異様な光景か
ら解放され空気の流出も止まり、徐々に平静を取り戻しつつある艦内。それでも不安の尽きな
い部下達にオセロの凛とした強い命令が轟く。
オセロ「あれはもう・・・バルテボの民じゃねえ、バルテボの誇りを奪った憎い敵だ！！俺達の
行く邪魔をするなら容赦するな！！！」
オセロの手には先ほど少女からもらった花が強く握り締められていた。どのような状況でも強く
平常心を失わないボスの姿に励まされクルーが各計器類をチェックし立ち上げる。そして加速
スラスターに火がつき何機もの集約されたノズル群は青白いプラズマ炎を噴き上げ艦体を大き
く前面に押し出す。湧き上がり次々としがみ付こうとする魔族を振り払いオセロファミリーの艦
隊はバヤマーレに向け発進した！！
だがこの時彼らは気づかなかった・・・。闇により薙ぎ払われた大地から無数の地割れが網の
目のように広がっていくのを・・・そしてその下には真っ赤に溶けた高温のマグマがまるで星か
ら流れる流血のように噴出そうとしていた事を・・・。
ＡＭ０：２３ バヤマーレ上空
南天の空が腐った血のように赤黒く染まるのを見ながら”闇”は歓喜の衝動に震え、陶酔する
ように狂的な哄笑に身を委ねていた。
深遠なる闇「ふはははははははははははははははははは！！我が胎内に帰るがよい懊悩に
苦しみし童達よ。汝達の尽きぬ無限の欲望を適える場所がここにある。」
腕を大きく広げ両手で愛しき者を招くように抱く仕草をする暗黒・・・紅く燃え盛る三眼は憎悪に
ゆらめきながらその輝きは愛に似ていた。憎むが故に愛するのか・・・濁流の如く押し放たれる
哄笑の波動は大気を揺さぶり暗雲を絵の具のように紅く渦巻かせ、壮大にして禍禍しき光景を
虚空に描き出していた・・・。
暗黒の熱線の衝撃と”闇”の圧倒的な神気にレジスタンスの艦隊『山の騎士団』の艦艇は小波
に浮かぶ船のように揺さぶられていた。旗艦ダークランディールの艦橋では窓の外にたゆたう
悪夢の光景にその場にいる全ての人間が戦慄し異形なる空を仰ぎ見ていた・・・。
スタージェーン「・・・・・あたしは・・・・正直まじで怖いよ・・・・・」
辛うじてスタージェーンが息を吐き出すかのように呟くがその声音に普段の気丈さはなかった・・・。
ルセロ「ああ俺もだ・・・・・見な！南方の空が黒く燃えていやがる、今のエネルギー流、只事じゃ
ねえな・・・。」
ルセロも顔を引き攣らせ横にいた彼女に同意すると、南の方角に一面赤く染まる天空を指差し
た。その指は、先程の暗黒の熱線の鮮烈なる記憶に微かに震えていた。
ルセロ「ち、畜生何びびっているんだ！俺は！！あのロボットですら坊主のために頑張ったって
言うのに・・・・」
震える身体を叱咤し奮い立たせようとするルセロ、しかし得体の知れない恐怖に体が言うことを
きかなかった。気丈で剛毅な二人でさえ恐怖に呟きをもらすのがやっとの事だ。他の人間はその
声さえ聞こえないかのように恐怖で硬直していた。
ツーツーツーツー！！
その時艦橋内に異常を知らせるアラームがなった。 それに気がついたルセロがようやく恐怖か
ら解放され呆然としているオペレーターの肩をたたく。
ルセロ「・・・おい、オペレーターしっかりしろ、通信機器が呼んでいるぞ」
オペレーター「・・・・・は、はいわ、わかりました・・・・」
はっとしたオペレーターはあわてて異常内容を確認した。どうやら戦艦とレジスタンス各支部を
繋ぐ通信網の異常を示す表示がモニターに映し出されていた。オペレーター達はようやく自分
の職務を思いだし通信ログやエラーログを調査し各支部との交信を試みる。その音に今まで
呆然自失となっていたハルがようやく我を取り戻した。気がつくと横には自分の事を心配そうに
見つめるウォーレンの姿があった。
ウォーレン「マスター、マスター大丈夫ですか？」
ハル「「・・・・・・ウォーレン、僕は・・・・どうしたんだろう？」
ウォーレン「・・・・・少しの間、あの存在が放つ衝撃波の光量のせいで気絶していただけです。
もう大丈夫ですよ」
朦朧とする頭でウォーレンを見るハル、しかしウォーレンの身体から伸びるコードがダークラン
ディールの端末にコネクトしている姿を見るとはっとしてウォーレンを見つめた。
ハル「・・・・そうか、僕達が呆然としている間、システムに自分を直結させたんだね・・・・・・・ごめ
ん、ごめんねウォーレン・・・・」
涙を浮かべウォーレンにあやまるハル、しかしウォーレンは優しい表情でハルの涙をそっとすく
った。
ウォーレン「気を使う必要はありません。私はマスターに仕えるために存在しているのですから」
オペレーター達が懸命に働く姿に何とか落着きを取り戻した艦橋。ハルとハックが艦橋のメイ
ンシステムの異常を調べながら不安そうに会話をする。
ハック「全くウォーレン君がダークランディールの端末に自分の身体を直結させて山の騎士団
全体に緊急自動航行モードの発動コマンドを送っていなかったらと思うと正直ぞっとす
るね。」
ハル「・・・でもこの介入アクセスは・・・・未完成でウォーレンのＡＩにもかなりの負担をかけるし
ウィルスに犯される危険性もあるから出きる事なら使いたくなかったのが本当のところ
です・・・」
ハック「それでも彼がその危険を犯してまで君のためにがんばったんだ。その心意気は汲んで
おくべきだと私は思うけどね」
ハル「ええ、そうですね・・・・光学センサー群、リンケージシステム共に正常、先程の攻撃による
ダメージは見うけられません・・・・・・・しかし、あの空・・・一体南の地域で何がおこったん
でしょうか」
ハック「さあねえ・・・だがあれが現れ行動を開始した以上、良い知らせでないことは確かだな。」
遥か彼方で笑い続ける”暗黒”を見つめながら呟くハックの予感が的中したかのようにモニター
を見ていたオペレーターの顔色がみるみる青ざめて取り乱した声で報告してきた。
オペレーター「・・・・・た、大変です、・・・・・ア・アビオンが・・・・・・・・・・ひぃ！」
何とか落着きを取り戻した艦橋にオペレーターの悲鳴じみた声が轟いた。皆が何事かと振り
向く中、艦長席に座っていたアベルが取り乱すオペレーターの方に歩き怜悧な声で語り掛ける。
アベル「・・・・・オペレーター君・・・・・君が怖いのはわかるが我々には正確な情報が必要だ。ど
んな恐ろしくありえない報告でもかまわないから伝えてほしい」
アベルは打ち震えるオペレーターを冷静に宥めた。ようやく落ちついたオペレーターが震える
声で先程の報告の続きを続ける。
オペレーター「は、はは、はい・・・・たぶん今のあの物体の攻撃でアビオン、バルテボ、・・・トリ
アダ・・・・・エピ・・・・ ドラスゴー・・・・・・・・・からの・・・通信が１分前から途絶、以後
応答がありません・・・。」
オペレーターが何とか伝えた報告にダークダンディールの艦橋にいた全員に衝撃が走り、艦橋
は無音に包まれた。報告を受けたアベルは疲れ果てたように艦長席に深く腰掛け額に手をあて
絵空事のようでいて悪夢そのものの事態に苦しく笑うほかなかった。
アベル「ふふふ・・・・ありえないよねえ・・・・・互いの街は大陸すら隔てた距離があるのに・・・・・・
何て化け物だ」
困惑し戸惑うクルー達の中でスタージェーンがふと窓の外を眺めると何時の間にか無数の蛍の
光のような燐光がバヤマーレ上空に集まっていた。しかしその蛍のような淡い光は忌まわしい
ほど恐ろしくそして悲しい気配を発していた。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおんんんん・・・・・
耳を塞ぎたくなるような悲しげな音と共に霧のように拡散したり燐光のように集ったりしながらそ
れは時に嘆き苦しむ人のようなもや状の形を取り闇の方へと流されていた。まるで毒花のフェ
ロモンにつられ集まる子虫のように・・・。
スタージェーン「・・・・・・うん？な、何だいこの蛍のような光は？」
スタージェーンの問い掛けにハルはしばらく考え込んでいたが小さく嘆息をついた後躊躇いなが
ら推測を述べた。
ハル「・・・科学者である僕が言うのも何だけどこれはオーブと呼ばれる現象に似ています。」
ルセロ「オーブ・・・・何だって？」
ハル「科学者の見地ではプラズマだと言いたいのですけど・・・オーブ・・・科学では説明のつかな
い怪光現象つまり一般で言うところの人々の・・・魂です。」
ハルは自分が言っている事が突拍子もない言葉だと思いながらも自分が心で感じた実感を素直
に述べた。唐突に出た言葉にその場にいた全員が目を丸くし視線を燐光が向かう方向に目を向
ける。その先には”深遠なる闇”が鮫のように顎門を大きく広げ蝶々のようにか細い光の魂を次
々と飲みこんでいく。
ぎああああああああああああ
飲み込まれ無数の牙に引き裂かれ噛み潰されていく無数の魂達が悲鳴をあげる・・・。悲哀、嫉
妬、痛み、苦悩、憎悪、絶望ありとあらゆる苦しみがその悲鳴に込められていた。蹂躙されていく
魂を見続けハックはうめくように呟くほかなかった。
ハック「人々の魂だと！！それをアイツは食っていると言うのか！？」
ざきぐちゃばき！
無数の魂を貪り食らい魂達の発する悲鳴に恍惚の表情を浮かべる暗黒の機械竜
深遠なる闇「ああ・・・・なんという安らぎ！！汝達の恐怖と苦痛は必ずや我の力となり”時”の
呪縛を滅ぼす鍵となろうぞ・・・・さあ、我が胎内で憎悪と安らぎの狭間でのたうち
生まれ変わるが良い。我に祝福されし新たなる暗黒として！！」
内なる子宮に溶け合い悲鳴を上げ続ける魂の絶望が力として全身に駆け巡り子宮に取り込
まれた魂が”魔”に造りかえられるのをを実感すると”闇”は消え入るような恍惚の吐息をもら
した・・・。
おぞましき快楽に酔いしれ顎を嘲笑に形づくる”闇”を見つめルセロは怒りに下唇を噛んだ。
ルセロ「畜生・・・・・なんて嬉しそうな顔をしていやがる・・・・。」
あまりにも理不尽な闇の陵辱に対するルセロの怒り、それは全員の共通する思いだった。し
かし、その怒りを反撃の力に変える間もなく”闇”は次の行動を行そうとしていた。闇から急激
なエネルギー反応にセンサーが反応、直ちに警告を発した。
ハル「”闇”から新たなるエネルギー反応を確認！！みなさん避けてください！」
アベル「急速反転全艦急いで予想される射線上から離れるんだ！！」
いち早く危機を察したハルからの報告にアベルは全艦隊に号令を発した。
闇は紅く渦巻くエネルギーを無数に蠢く鋼鉄の触手に行き渡らせるとそれらを縦横無尽に走
らせた。触手はさらに蜘蛛の糸の如く拡散しながらバヤマーレのビルを次々と穿ち始めた。
各艦は触手の動きを舵を大きく切って交わしながら旋回する。その狭間に艦橋から外を見つ
めていたルセロの眼は今にも倒壊しそうなビルの中で頬の煤けた少年が倒壊したに瓦礫に
圧迫したまま動けずにいる両親を助け出そうと瓦礫を取り除く光景を目の当たりにした。
子供「お父さん・・・・・お母さん」
ルセロ「お、おいあそこにはまだ子供がいるじゃないか！！」
堪らず艦橋の外に飛び出そうとするルセロをスタージェーンが止めた。
スタージェーン「ちょっとお待ち、もうあいつは攻撃体勢に入っているんだよ！！あんたが行
ってももうどうにか出来る相手じゃないじゃないか！！」
ルセロ「・・・・・離してくれ！！このままだとあの小僧が・・・・」
そのスタージェーンの静止を振りきってでも子供を助けようとするルセロの眼前で・・・・子供
の側にあの鋼鉄の触手が蛇が鎌首をもたげるように上から突き刺そうとしていた。
ルセロ「・・・頼む・・・・やめろ・・・・・やめてくれーーーー！！！」
ぐぼ！！ぐぼ！ぐぼ！ぐぼ！ぐぼ！ぐぼ！ぐぼ！ぐぼ！ぐぼ！
ルセロの絶叫も虚しく無数に蠢く触手はバヤマーレ中を駆け巡りビルに侵入を開始した。助
かってビルに隠れていた人達は次々と血を吹き出しながら触手に刺されて息絶えていく。
１人として逃さず執拗に突き刺していく触手に山の騎士団のクルー達は改めて”闇”に戦慄した。
突き刺され邪神に対する生贄のように持ち上げられる犠牲者の遺体を闇は陶酔にまどろみ
ながらも愛しげに見つめていた。
深遠なる闇「哀れなる迷い子達よ・・・・御親を失い残酷なる”時の牢獄”に繋がれたるままで
は心辛かろう、されどその妄執と嘆きを贄とし我に奉げたてまつらば時が分か
つ事なく我が胎内にて永遠を結ぶこと出来ようぞ。・・・・故に我が滅びの祝祭を
受け、我が子として闇の中、子々孫々生まれ変わるがよい・・・・それこそが我が
滅びの愛、ふふふ・・・ふわはははははははははは！！」
熱を帯びたように甘く、哀れなる犠牲者達に囁きかける暗黒は数万にも及ぶ躯を天高く掲げ
ると両腕を広げ、陰惨で凄絶を極まるまさしく魔性の哄笑を響かせていた・・・。
笑い続ける極限の邪悪をただ見ることしか出来ない自分の不甲斐なさにルセロは拳を震わ
せることしか出来なかった。
ルセロ「畜生！！！！」
艦の他の者はほとんどの者は暗黒のおぞましき哄笑に怯え、ハル達も自分の無力感に苛ま
れ苦悩するほかなかった。しかしただ１人、アベルだけが目の前にある現実を冷徹な眼差し
で見詰めていた。そこに宇宙からルオン総司令の通信映像が映し出される。モニターの向こ
うのルオン総司令の表情はルセロのように吼えるような荒荒しさはなかったが内に秘めた怒
りは烈火のように燃え滾っていた。
ルオン「今そちらに向かっている・・・・・しかし・・・・こんな事が・・・・こんな事が許されてもいい
のか！！アベル殿！！」
暗黒の暴虐にやるせなさを抱かざるおえないルオンの怒りの声をアベルは静かに聞いていた。
そして開口一言。
アベル「・・・・・確かにあの暴虐を許すわけにはいけない・・・・しかし参謀として言わせてもらう
とこの場は撤退するしかないと私は考えている。」
アベルは氷の冷静さで事も無げにそう答えた。これほどまでの犠牲が出たにも関らず彼の事
務的な口調にルオンは軽く裏切られたと感じ声を荒げる。
ルオン「それはどういう事だ！！アベル殿！！今更臆病風にふかれたか！！」
しかしルオンが怒気を露にモニターごしに睨みつけても、アベルの瞳は一片のゆらぎもなく氷
のように澄んだ眼差しで逆に問いかけた。
アベル「ではルオン総司令官にお聞きしたい。恐怖に怯える兵士達の命をいくらこの星を護る
ためとはいえ危険に晒してもいいものか・・・・もはやお聞きした通り、パルマの主要都
市はほぼ壊滅、あの超常的な存在と戦うための戦力も策も乏しくそして闘う目的さえ失
われた現状では私は例え臆病者と蔑まれてでも、避難が間に合った者達だけでも安全
なところまで避難させることこそ我等の使命なのではないかと考えている。」
静かだが鋭い口調で現状の不利を指摘されぐうの音も出なくなるルオン。
スタージェーン「確かに・・・・あたし達だけじゃあ到底あんな化け物に勝てやしないよね・・・・やっ
ぱ逃げるしかないね！！うんうん！」
押し黙るルオンに対ししれっとアベルの意見に頷くスタージェーンだがアベルは一瞥もせず遥か
彼方の暗黒をモニター越しに見つめ敵の思考の把握に努めた。戦術において敵の思考の分析
は基本中の基本と言ってもいい。
アベル「見たところあの存在は我々を小蟲のようにしか思っていないようだ。我々を今だ攻撃を
していないところから見てもその傲慢な考えが窺える。」
ルセロ「ようするに俺らが何も出来ないとたかをくくっている訳かよ！！！」
ルセロの憤慨にちらりと耳を貸しつつ冷静にこの圧倒的不利な状況からの撤退勧告を続ける
アベル。
アベル「だが、”闇”が恐怖や魂の収拾に専念している今こそが脱出船団を安全に避難させる
最後の機会ではないか・・・・」
しかしアベルの勧告にも今だルオンは納得しかねる顔で反論を口にする。
ルオン「しかし・・・まだ避難活動は・・・・続いているはずだ。」
そう先ほどの報告に上がっていないシオンやカニミートの街では今もレジスタンスが懸命に救
助活動をしているはず。そんな中、自分達が諦めたらそれは彼等に対する裏切行為なのでは
ないかそうルオンは考えていた。アベルはそんなルオンの苦悩を見透かすように憂いを帯びた
表情で見つめると視線を艦橋の外に写る山の騎士団艦隊を見渡しふっと寂しげに溜め息をつ
いた。
アベル「もし勝つ見込みが少しでもあれば私としてもあの暴虐を止めたいさ。・・・・しかしそれ
すらない無謀な命令に部下たちを送り出す権限は私にもルオン総司令官殿にもあり
はしない・・・。アイナ様に使命を託されたあなたなら理解してくれるはずだ。」
そこまで言われてルオンはアベルも自分と同じように苦悩している事に気がついた。例え自分
達が負けようと本来なら地球人であるアベルには関係ない事で自分だけ逃げればいいことで
ある。それなのにルオンを含めたパルマに住む人々が最も救われる方法を必死に模索する
アベルの姿にルオンは自分が恥ずかしくなった。
ルオン「・・・・・アベル殿」
ルオンはアベルの苦悩も見ぬけなかった自分に無性に腹が立った。しかしアベルの指摘が正
しくともアイナ様から避難民の事を託された思いを裏切ることもできない。二律相反する命題に
苦悩の色を濃くするルオンは思わず弱音を吐いてしまった。
ルオン「く・・・・アイナ様なら闇に対抗する方法を知っておられたはず・・・・しかし今や連絡すら
取れない現状ではそれも致し方ないのか！！・・・・・く！」
アイナとの連絡が途絶えたこんな時でもアイナ様に頼ってしまう自分にさらに腹が立つ。あまり
のやるせなさに毒づく事しかできないルオン。同様にタイラー達を待つことしかできないアベル
もルオンの気持ちを察し溜め息混じりに苦笑し呟いた。
アベル「こちらも、タイラー達との連絡が取れない・・・考えたくはないが我々の立場は最悪の場
合も考慮しなれければばらない。・・・・・お互い辛いな。」
二人ともお互いに苦悩を打ち明け気分は少し晴れたがそれでタイラー達との連絡がつく訳でも
なく・・・・１分間、重苦しい時間だけが過ぎていく。そんな沈痛な雰囲気の中、ハルは何か決意
したかのようにそっと手を上げた。
ハル「・・・・・勝てる見込みならあります！！」
アベルは怪訝そうにハルの方に顔を向ける。だが、少年の瞳に今までにない強い輝きを見つ
けると静かな眼差しでハルの意見に耳を傾け真剣に少年の覚悟の程を確かめるべく問いかけ
る。
アベル「ハル君、君に問いたい・・・・・・君の今の言葉にここにいる全ての人間の命を背負う責
任と覚悟はあるか。」
しかしハルはアベルの見通すような鋭い視線にも動じる事無く自分の覚悟と正直な気持ちをア
ベルにそしてその場にいる大人達に訴える。
ハル「僕は今まで全ての責任から逃げてきました・・・・自分の出生、そして僕が造った機械が
どのように使われているか考えず・・・・でもタイラー艦長やレジスタンスの皆さんと出会
って僕は自分の全ての力を賭して守りたい絆が出来たんです！！」
そしてハルは持っていたメモリーカードをアベルに差し出した。差し出したメモリカードにはグレ
ートダロスが観測した”闇”に関する全データが記録されていた。アベルはメモリーカードを受け
とるとハルの強い眼差しと見比べながらその苦労を労わるように優しく声をかける。
アベル「タイラー達との絆か・・・・このデータがその形なんだね・・・・」
メモリーカードにはハルの純粋な思いがひしひしと感じられアベルの心はそれだけで救われた
ような気がした。
ハル「それだけでは不充分かもしれません・・・でも僕を暖かく迎えてくれた世界が仲間が悲し
い思いをするのをもう見たくない！！」
ハルは今までに発した事がないくらい大きくはっきりとした声でアベルに訴え続ける。彼の誠心
誠意心の篭った言葉に、その場にいた多くの人達が期せずして惹かれるもの感じ取っていた。
スタージェーンが先ほどまでの怯えた表情とは打って変って感嘆したかのように声をあげる。
スタージェーン「へえ、なかなか言うじゃないか・・・・坊やも」
そして、ハルを援護するようにあの暗黒の復活の最中最も近くでハルと危険を共有したハック
が頼み込んだ。
ハック「アベルさん、そのデータはハル君が命を危険を侵してまで収拾したあれに関するデータ
だ、不完全なら私もデータの補完作業を手伝うからさ！！」
さらにアリサ３世からもミラー博士が何時の間にかハルとアベルの会話を聞いていたようで軽
薄な声で協力を申し出た。だがミラー博士はそれとは別にある恐ろしい知らせを伝えようとして
いたのだ。
ミラー「・・・おっと僕も協力するよ・・・・それにアベル提督・・・逃げるにしてももう遅いようだ・・・
ネットワークが奴に奪還された以上、すぐにでも結界の裂け目は閉じるよ・・・ほら」
アリサ３世のメインコンピュータから転送されモニターに映し出されるデータは数時間前アレク達
が必死の思いで作ったＧＳＣフィールドの抜け道が深遠なる闇の介入によるＧＳＣ中枢コアシス
テムの復旧により塞がれていく観測データだった。最早希望に通ずる道は完全に閉ざされたか
のように思われた。だがアベルは先ほどまでの悲壮感は不思議と感じなかった。
アベル「人類に逃げ場なしか・・・・・・やれやれ敵の次の策を予想していたとはいえこうも早くこら
れるとはな・・・・・本来なら参謀として撤退を勧告するところだが・・・・」
アベルがさてどうしたものかと考え込んでいるとその言葉を聞いた、ルオン総司令が喜び勇んで
声をあげた。
ルオン「それではやるのだな！！」
まだ作戦を考えてもいないのにルオンの視線には自分に対する期待の眼差しがあった。それ
から矢継ぎ早に山の騎士団、湖の騎士団の各艦長に命令系統の変更を伝えるルオン司令・・・。
もしかしてはめられた？・・・と思いつつアベルは苦笑する他なかった。それでも悪い気がしない
のはある程度この展開を心のどこかで予想していたからだ。手にした紅茶を一気に飲み込み
アベルは艦長席から立ち上がる。
アベル「ふっ、つくづく私は道化だな・・・だがやるより他はないようだ。」
そして観念したかのようにアベルはマイクを取るとレジスタンスの全艦隊に祈りにも似た思いで
レジスタンスに所属する全員に強く訴えた。
アベル「レジスタンスに所属する全員に聞いてもらいたい！！状況は限りなく最悪・・・絶望的と
すら言ってもいい！！しかしあの悪魔を止めなければおそらく我々に未来はないだろう
・・・。あれの目的はわからない。だがそれが達せられた時アルゴルだけでなく銀河の多
くの星が間違いなく終焉を迎える事になりかねない。諸君にも守りたい仲間や故郷があ
るはずだ！！暴虐をこれ以上防ぐためにも我々は今すぐに陣形を立て直さなければな
らない。おそらくこれが最終決戦となる！！」
各艦では演説が終わるまでそれを見入っていたが演説が終わると一気に各艦の昂揚感があが
った。
ハル「僕達も協力させてください！！」
ルセロ「このままなめられてたんじゃ、俺の腹の虫がおさまらねえ！！」
ハック「もうこれはパルマだけの問題じゃない、モタビアの将来もかかっている」
スタージェーン「あたしは怖いけど・・・金をもらえればばっちり働くよ！！」
次々と協力を申し出る仲間達や各艦長の通信を聞いてアベルは胸が熱くなるのを感じていた。
そしてそれに対する感謝の意も込めて強い声で命じた。
アベル「孫子曰く、兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず。・・・・・
今は皆の知識と勇気ある行動が必要となる、私も自分が持てる知略を駆使し全員を
サポートするつもりだ！苦しい戦いになるだろうが互いの持てる力の全てを出して欲し
い！！」
ＡＭ０：５０分
暗雲が大地を覆いつくし世界が混沌の闇に消えつつある・・・。今だ圧倒的な力とまがまがしき
神気を放ち笑い続ける”深遠なる闇”・・・しかしまるで闇夜を照らす一本の蝋燭のように抵抗の
狼煙はあがりつつあった。
第３８話 −終−
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