スペースクルーザー ランディール
第39話 贖罪のレクイエム 謡え鎮魂の聖歌を
AM０：４５
アルカディア総本部から決死の思いで脱出したアイナ達はリューカーでバヤマーレの
郊外のビル屋上までワープした。
しかしダークファルスとの壮絶な死闘、深遠なる闇の復活による瘴気の影響で彼らの
身体は満身創痍、立っているのもやっとの状態だった。
それでもジョディ、ミカ、アイナが懸命に回復テクニックを施したおかげでアレス達は
ようやく普通に立てる状態まで回復する。そして立ちあがったアレス達がバヤマーレ
の方角にようやく意識を傾け見た光景は・・・・・・・・・悪夢そのものだった。
南天が赤黒く燃えバヤマーレ周囲の天空は紅く暗雲が渦巻き暗く忌まわしき大気が
淀み、吐き気すらしてくる。大地は破壊の業火に焼き尽くされ繁栄を誇ったバヤマー
レの街並みは今や見る影すらないないほど荒廃していた・・・。廃墟と化した摩天楼、
その瓦礫を幾重にも渡り無数の触手が覆い尽くしている。原色の奇怪な花”ブルーメ”
”ゾーマ”がその回りに咲き乱れ周囲を瞬く間に腐敗させていく。
どおん！どおおん！！
絶望の暗雲に閉ざされた世界で紅の稲妻に照らされた山脈の如き巨躯、紫紺色の
金属装甲に覆われた忌まわしき暗黒の邪竜、元凶たる”深遠なる闇”は狂ったかの
ようにいつまでも果てることのない哄笑を続けていた・・・。
ふはははははははははははははははははははははは！！
数万の哀れなる犠牲者の躯を突き刺した無数の触手が勝ち誇るようにそれを天に
掲げる”闇”の正視に堪えぬ暴虐をアレス達は”闇”に抗することのできなかった無
力感とはらわたが煮え繰り返るような怒りで見つめていた。
アレス「・・・・ひでえ！・・・こんなのってあるかよ！！！こりゃあいくらなんでもあんま
りじゃあねえか！！」
アレスは人を人とも思わぬ”闇”の暴虐非道な行いにただただ激しい怒りと憤りを感
じていた。それはミカも同じだ。しかしミカの場合は、さらに暗黒が行う生命に対する
冒涜にやるせなさと悲しみで胸が張り裂けんばかりに叫ぶしかなかった。
ミカ「アレスお兄ちゃん・・・あたし・・・悔しいよ！！闇をあたし達は止める事が出来な
かった・・・その罰がこんなひどい事になるの？・・・・だからってこんなのひどすぎ
るよ！！命はなくなったらもう二度と帰ってくることができないんだよ！それなの
に・・・・なのに！！」
自分やネイ達、ハルが造られた生命であるからこそミカは生命の輝きに対する憧れ
があった。それをいとも容易く踏み潰し蹂躙していく”闇”の傲慢な悪意に対し血が逆
流するような怒りを覚え、悔しさのあまりうめくことしかできなかった。瞳からとめども
なく溢れる涙がいくら手でぬぐってもまだ零れてくる。
アレス「ミカは決して悪くねえ！！・・・・悪くねえよ・・・・止められなかったのは・・・・俺
も同じだ」
心のうちに溢れるやるせなさに涙ぐむミカを受け止め労わるように声をかけるアレス。
しかし彼もまた、世界を今にも飲み込まんとする不条理に、そしてミカの心の支えに
なれない自分の無力さに歯噛みするほかなかった。
”闇”の周囲に展開される虚ろな暗黒の光により構成された巨大魔法陣をアイナ達は
ビルの屋上から厳しい表情で眺めていた。
アイナは手を翳し封印のための術式をくみ上げようとした。しかしアイナの手に現れた
光り輝く魔術文字は暗黒の魔法陣が鈍く輝くとたちどころに霧散した。
アイナ「オハリオ・・・・やはり今のままではだめみたいですね・・・」
オハリオ「ああ、あの魔方陣は僕らの封印術に対抗する術式だと思う。陣の光り方か
ら見ておそらくファーグの陣をさらに強化したものだろう。もしかすると、あの
複合結界すらも僕達の術式の波動を調べるための罠だったのかもしれない。
今、封印を発動しても無意味だ・・・。」
あくまで冷静に術式の失敗を考察しようとするアイナ達、しかしその言葉に端にはかつ
てないほどの焦燥感が滲み出ていた。
アイナ「私達がその事に早く気がついていればこんな事にはならなかったのに・・・。」
オハリオ「く・・・・・このままでは僕達に命を託してくれた仲間達の思いが無駄に終わっ
てしまう、どうすればいい！どうすれば・・・・・」
”封印”という最終手段すら失い今だ解決策すら思い浮かばない目の前に広がる絶望
にさしものアイナやオハリオも気持ちの余裕を失っていた。
それでも希望を求めアイナやアレス達が懸命にこれからの行く末を考えようとした時
だった・・・。
ジョディにラレスタで介護を受けていたタイラーがポツンと呟いた。
タイラー「・・・・・ミカ、アレス、ジョディ、アイナさん、オハリオさんあれは・・・・ある意味
俺の憎しみが生み出してしまったんだ。俺にはもうどう償っていいのかわから
ない！！償う資格すら俺にはない・・・・」
しかし彼の言葉にはいつもの飄々とした明るさも、不条理に対する義憤もなかった。
あるのは自分勝手な憎悪にまかせてあの災厄”闇”を解放してしまったこと、・・・・そ
してその時におこしたテクニック『メギド』で守るべき仲間を傷つけてしまった事に対
する堪えがたき自責と悔恨の思いだった。うなだれ呆けたように呟くタイラーにアレ
スは怒りの表情で激しく詰め寄った。
アレス「おいてめえ！それでいいのかよ！！この惨状を見ておめえは止めようとする
気概すら忘れちまったのかよ！！」
後ろに広がる死の都と化したバヤマーレの凄惨な光景を指差しアレスはタイラーに
食って掛かる。その怒りはタイラーならこの惨状を何とかしてくれるというアレスの信
頼の裏返しであった。しかしその信頼は裏切られる。怒気を込めたアレスの訴えにも、
タイラーは自分の犯した罪に対する後悔の念に心を閉ざしたままだった。
タイラー「・・・・俺がその悲劇を食いとめようとしてきた決断がこんな事態を招いてし
まったんだ、みんなを俺の間違った判断を巻きこんでしまった事は本当に
すまないと思っている・・・」
無力な己を自嘲しつつ目を伏せ消え入りそうな声で謝り続けるタイラーにアレスは激
しい苛立ちを覚え声を荒げた。
アレス「何を情けねえ事いっていやがる艦長！！」
しかしアレスの怒気を込め叱責にもタイラーは死んだような目で空しく呟くばかりだっ
た・・・。
タイラー「・・・・情けない・・・か。・・・・確かにアレスの言う通りなのかもな。」
自嘲するタイラーにアレスは思わず言葉を失った。
アレス「・・・・な？」
アレスが言葉を失い一瞬その場はなんともいえない重苦しい空気に包まれた。
タイラー「俺は・・・俺は！リーダーとしての役割すら結局果たせなかった。こんな俺
にみんなを導く資格なんてあるはずがないじゃないか！！・・・・どうしよう
もない俺など見捨てて・・・みんな自分の判断で行動してほしい。その方が
今の俺の指示に従うよりは生き残る確率が高いはずだ。」
震える自分の両手を見つめ自分の犯した罪業に絶望し頭を抱えるタイラー。もう彼
にはどうしていいのかすら思い浮かばず重なる疲労に思わず愚痴がこぼれてしまっ
た。そんなタイラーの捨て鉢な言い方に、アイナとオハリオは落胆したかの深く溜め
息をつくとゆっくりと立ちあがる。二人の氷のように鋭く軽蔑と落胆の入り混じった視
線がタイラーを見下ろした。
アイナ「そうですわね・・・心神喪失状態のあなたではここにいるみんなの命すら危険
に晒される事態は必定と言えるでしょう・・・行きましょうオハリオ！私達には
恐怖にかられ震えている臆病者に身を任せられる命の余裕などないのです
から。」
オハリオ「そうだな・・・この命はアルゴル太陽系の人々の為に奉げるもの。君には失
望したよ・・・・タイラー提督」
きっぱりと断言し、冷たい一瞥を投げてその場から去るオハリオ達。二人にとっては
自分の殻に閉じこもるタイラーよりもダークファルスから解放されたが傷ついた勇士
たちを手当てする方が優先だったからだ。
アイナ達が立ち去って尚、いつまでも心を閉ざしているタイラーの姿にアレスやミカも
さすがに深い失望感を抱かざる終えなかった。もはやどうしようもない絶望の前に二
人は悔しさのあまり怒りを剥き出しに声を荒げてしまった。
アレス「て、てめえは今までの判断さえも間違っていたというのかよ！！アルカディア
との戦いの中で体験した苦しみや悲しみまで否定するというのか！！くだら
ねえ、ああ、くだらねえぜ！！へん！！」
タイラーの胸倉を掴み自分のやるせなさをぶつける他ないアレスだがそれでも呆然と
したままのタイラーにあきれ果て匙を投げるかのように、その場から走り去った。
ミカ「タイラーお兄ちゃんの意気地なし！！そんなお兄ちゃんなんかだーい嫌いだ！！」
憧れていた人物の憔悴した姿にミカもタイラーを思いっきり睨みつけてそっぽをむくと
アレスの後を追う。二人の怒りもタイラーの絶望に閉ざされた苦悩も理解できるジョデ
ィは何とも言えぬ表情でタイラーを見つめていたが・・・・自分では今のタイラーの心を
開く事ができない無力感で自己嫌悪に陥りその場を離れるほかなかった。
ジョディ「・・・艦長」
アイナの所へ行く前に振り向き声をかけるジョディ、しかしその声はあまりにか細く
タイラーもその声に耳を傾ける余裕すらなかった。
そして一人取り残されたタイラーは自分の心の弱さが招いた見放された孤独を深く
噛み締める。みんなの期待を裏切り自分の罪に怯える事しかできない自分の脆さを
初めて意識し、タイラーは心の中で皆に謝り続けるほかなかった。
タイラー「みんな・・・・・すまない」
自分の罪をどうしていいのか判らずみんなに謝るべきなのに立ちあがることすら出来
そうにない。から回りする心情に押し潰されそうになるタイラー。
そんな息子の苦悩する姿を父は黙って見続けていた。そして厳しくも穏やかな眼差し
でゆっくりと息子に語り始めた。
タイロス「・・・・・息子よ、お前はあのガシコ事変を経験してから償いの人生だった。」
タイラー「償いの・・・・人生？」
唐突に父から１０年前のガシコの事件の事を話し掛けられタイラーは驚愕に目をしば
だたせた。あの時、墓の下で眠っていた（もしくはダークファルスに取りこまれた）父が
どうしてその後のガシコの悲劇を知っているのか？
目を丸くし自分を見つめる息子を前にタイロスは、経緯をゆっくりと語りながらも全てを
見通すような力強い言葉を向けた。
タイロス「ダークファルスは人間の怒りや悲しみなどの負の感情の集合体に”闇”が
身体を与えた者・・・だからこそ見えるものがある。私はダークファルスを
通してお前の苦悩を、心の悲鳴を断片的にだが見続けていた・・・だから
あえて言おう。おまえはこれまでの償いすら否定しおうと言うのか・・・・」
タイラー「・・・・・親父、俺をずっと見ていたのか・・・・」
父の言葉に驚き、聞き返すタイラーにタイロスは息子が心の奥に抱えたまま黙っていた
深い苦悩を引き出させるようにゆっくりと重く言葉を続けていく。
タイロス「お前は自分が間違った判断であの惨状を招いてしまった事を後悔し二度と
あのような事を繰り返さぬために誓いを立てたはずだ。では誰にその誓い
を立てた？自分にか・・・」
静かに、しかし強い意志が込められた言葉で父はタイラーが意識下に抱えていた苦
悩と心のねじれを指摘した。
タイラー「俺は・・・・・あの時もう二度とこんな悲劇を繰り返さないと誓った。ガシコの人
達に、でも俺は！俺は約束を護れなかったんだ！！」
それまでタイラーの心の奥底に鬱積し捻じ込まれるように彼の心を苛んでいた過去の
記憶・・・そして今再び自分の憎悪が闇の封印を解き放ちまきおこった暴虐・・・繰り返
される心の痛みが父の指摘により一気に氷解し心の中に溢れ出す。恐れていた自分
が犯した過ち・・・その間違いによりおこった惨劇の記憶が彼の心をかき乱し、タイラー
は溢れ出す激情に怯えたように叫ぶしかなかったのだ。息子が見せた激情の吐露・・・
その胸中に去来するさまざまな痛みを叫びの中から、父は感じとっていた。しかしタイ
ロスはあえて息子に対し厳しい言葉を投げかける・・・・獅子が子を谷底に落とすかの
ように！
タイロス「いや違うな！！誓いと償いとは自分以外の誰かに立ててこそ意味を為すもの
・・・・他者を見ずして自分だけに償いを貸したのではそれは単なる自己満足
だ。自分の内に閉じこもったままでは償いを果たすべき者に対する裏切りに
他ならない！！」
淡々としかしはっきりと言い放たれた父の言葉。畳み掛けるように辛辣な言葉が全てを
射通す眼光と共に投げかけられた。容赦なく心に突き刺さるその言葉にタイラーはすっ
かり毒気を抜かれてしまった。そして言い返す言葉など出てこない。なぜならそれは真
実でありタイラーの心の弱さ、そして脆さを言い当てていたからである。
タイラー「・・・・やっぱり裏切りだよな・・・・・親父」
そう呟くタイラーは力なく項垂れ、その背を微かに震わせていた。取り返しのつかない事
態を招いた自分の精神的な甘さが今更ながらに悔やまれ後悔に打ちひしがれるしかな
かった。その時、微かに震える息子に父が初めて優しく声をかけた。
タイロス「・・・・お前が自己満足で終わっている内はな・・・・・だがお前が真摯に償おうと
したいままでのお前の決断をお前の思いを私は否定しない、そしてあのガシ
コの人達もな。」
そう言うと父は息子の苦悩を受け止めるかのように微笑んで見せた。父の厳しくも真摯
な声がタイラーの心を打つ。しかし自分を包みこむような暖かな言葉を聞いてもタイラー
の心は今だ晴れない。
タイラー「・・・・・・親父！でも俺はあの時もそして今も誰も守り切れなかったは確かだ・・
・・そんな俺でも・・・・・彼らは許してくれるだろうか？」
自分が身勝手な行動に出たため多くの人の命が失われた事に対する深い悔恨・・・過去
に囚われすぎて、今の自分を、未来に進む道を完全に見失った息子に対し父はまるで思
い出話を聞かせるかのように穏やかな声で語り掛ける。
タイロス「多くの者がアルカディアの陰謀で命を落とした。彼らの心には多くの夢や護りた
い者に対する思慕の情があったはずだ。だが彼等にはもうその思いを遂げる
事は出来ない。その悔恨は一度死に、ダークファルスの手で蘇らされた私が心
底実感した思いだ。」
唐突に語り掛けられる父の言葉だが感慨深げに語るその言葉には彼自身と同じくアルカ
ディアの犠牲となり亡くなった者達に対する哀悼の意があった。そして父の言葉を聞く内に
タイラーの脳裏に何故か母の事が思い浮かんだ。
タイラー「夢や思慕の情か・・・・・・親父・・・死んだ母さんもそうだったのかな」
母と過ごした１０年間・・・短いながらも暖かな思いに抱かれた思い出が甦ってくる。暖か
な記憶・・・そしてそれが失われたあの日の喪失感・・・・それらが疼きとなって、罪悪感に
囚われたままだったタイラーの表情に変化をもたらした。それは先ほどまでの死人のよう
に凍てついた表情ではなく己の心の中で内省し迷いもがく・・・・・生きているからこそ出来
る感情の顕れだった。
タイロス「妻にも夢があった。それはお前が立派な人間として成長してくれる事だ。お前は
苦しさを悲しみを知り成長した。死んでしまった者にとって自分の意志を忘れぬ
者がいる事は何よりも幸せなことなのだ。そう・・・・忘れずにその意志を繋ぎ次
の者に受け継いでいく・・・・それこそ残された者の責務なのだ。」
タイラーの表情の変化をを見て取ったタイロスは安堵したかのようにほっと溜め息をつき
穏やかに語り掛ける。己の生きることに対する責務を教えようとする重い一言一言が耳
を震わせタイラーの心に深く染み渡ってきた。
タイラー「！！！・・・・責務・・・・忘れない事が生きている者の責務か・・・・」
己を鑑みもがいていたタイラーは父のその言葉で確かな答えを見出したようにはっとした。
タイラー「・・・どうやら俺は忘れかけていたようだな。親父の言葉で今思いなおしたよ。いろ
んな人から受け継いだ絆の重さを・・・・・」
そして父の言葉でようやく我を取り戻したタイラーがふと回りを見まわすと・・・・そこには、
今さっき自分に失望し去っていったはずの仲間達の姿があったのだ。
ジョディ「タイラー・・・・艦長の苦悩は今の私にはよくわかります・・・・でも今ここで立ち止ま
っていたらこの地獄は何も変わりません。」
肩に触れるジョディの手が暖かった。タイラーはみんなの顔を見渡すと感極まって言葉を
つまらせる。
タイラー「ジョディ・・・・・」
アレス「タイラー、何度も言っているだろう、一人でなんでも背負い込むなって。俺も昔大き
な罪を犯した。だが俺はその罪をかならず償う。ただしそれは自分自身が生きて
償わなければ意味がないんだ・・・。そしてそのためには支え合う仲間が必要なん
だぜ艦長！」
罪を犯したがそれでも断罪を受け入れ償おうとする心強き者の言葉・・・自分に力強く語り
掛けるアレスの姿が今日はいつもよりもさらに大きく頼りありげに見えた。
タイラー「アレス・・・・」
ミカ「そうだよ、タイラーお兄ちゃん、あたし達は１人ぼっちじゃないんだよ。死んでしまった
命、今を生きる命、そしてこれから生まれる命、みんなのためにもあたし達が頑張
らなくちゃいけないと思うんだ」
ミカがタイラーを励ますようにあどけない顔に笑みを浮かべ懸命に自分の気持ちを伝えよ
うと言葉を重ねる。その瞳には小さく輝く光が滲んでいた。
タイラー「ミカ・・・・・・・みんな・・・そうだ、俺は忘れていたんだ。絆の大切さを、仲間達の思
いの強さを」
ジョディ、ミカ、アレス、そしてここにいないはずのアベル、ハル、ウォーレン、ガンツ、ラガン
達の熱い思いがジョディの手からタイラーの胸に染み渡ってくる。みんなの気持ちに触れ、
タイラーはただ罪に怯え、償うことすらせず心の殻に閉じこもっていた自分の矮小さを恥じた。
凍てついた心が溶け出し熱い思いが迸ってくる。そしてこんな自分を支えてくれるアレス達
の思いにタイラーは心の底から頭を下げた。
タイラー「アレス、ジョディ、ミカ、そして俺が出会ってきたみんな・・・・本当に・・・・ありがとう。」
素直に頭を下げるタイラーに最初は戸惑いながらも今までのタイラーと父親の会話を聴覚
のいい猫耳で聞いていたミカが、涙を浮かべながら微笑みかける。
ミカ「ぐす・・・もう謝らなくてもいいよ・・・お父さんの事大切に思うタイラーお兄ちゃん・・・・やっ
ぱり素敵だもん。」
伝えたい言葉を言い終え堪らずべそをかくミカの頭を撫でながらアレスもタイラーに近寄り
寂しく笑った。
アレス「家族を大切に思う気持ちに嘘はねえだろ。その言葉の意味もう忘れるんじゃねえぞ」
ジョディ「艦長今の気持ちを大切にしてください。」
そしてタイラーの心からの謝罪にみんなの気持ちを代弁するようにジョディがタイラーの身
体をそっと抱きしめた。彼女の身体から伝わる懐かしい温もり・・・それは赤子の時タイラー
を優しく抱いてくれた母の温もりを思い起こさせた。全てはこの温もりから始まりそれが、人
々との触れ合いでさらに大きく広がっていく・・・・絆の大切さを再確認したタイラーが覚醒し
たように立ちあがり支えてくれた仲間を見渡しながら感謝の思いを込めて 静かにしかしはっ
きりと言った。
タイラー「みんな・・・・・・・・・・・・そうだな、俺が罪に怯えたままじゃその罪の苦しみを変える
ことも俺達にあらゆる感情を託した命の思いに答えることもできない！今更なが
ら気が付いたよ、俺・・・が勇気を持って前に歩いていくしかない事に・・・・・みんな
がいてくれたからこそそれを思い出す事ができた・・・ありがとうな」
最後の当たりは感謝の気持ちが胸にあふれ、思わず言葉をつまらせる。それでもタイラー
の言葉はアレス達に確実に伝わったようだ。意思を汲み取ったアレス達は敬意を表すよう
に彼を再び艦長と呼んだ。
全員「タイラー艦長！！」
再び仲間として絆を取り戻したタイラー達の姿をアイナ達は少し寂しそうに笑いながら暖かく
見守っていた。
アイナ「・・・・ようやく思い出したようですね彼も・・・・」
オハリオ「・・・・・・ああ、一度失われた絆が再び縁を結ぶ時、それは前よりも遥かに強固な
ものになる。・・・・もう彼らは大丈夫だ、僕達がいなくなったとしても・・・」
アイナの素直な心情の表明に小さく頷いたオハリオ、その表情からもタイラー達に対する
労わりの思いが窺われた。
ぴき・・・・
しかしその一方でムーンフォースで回復させようとした勇士達の身体の変化を見てアイナと
オハリオは一転、顔を曇らせる。
アイナ「ええ、そうですわね・・・・・・・それにしてもオハリオやはりこれは・・・・」
オハリオ「構成する細胞は同じものだ・・・・・・・もう僕達にはこれ以上・・・・・・・・・何度でも立
ちあがれる彼らと引き換え僕達はつくづく無力だな・・・」
彼女達はその変化の意味を悟った。どうしようもない無力感がこみ上げてくる。胸から込み
上げる慙愧に堪えぬ思いにアイナ達は歯噛みするほかなかった・・・。
タイロスは息子とその回りに集い心を通わせる仲間達を見詰めていたが万感たる思いで片
手で目頭を押さえ言葉を詰まらせた。その言葉にはタイラーの元に集まったアレス達に対す
る感謝の念と立派に成長した息子に対する感慨に溢れていた。
タイロス「お前は本当に良い仲間に巡り合えたのだな・・・・父親としてこれほど嬉しい事はな
い・・・・・・だが軍人としての私にはお前に言わなければならない事がある。」
だがタイロスは自身の身体の異常に気付き、タイラー達の後方、遥か彼方で凶笑を続ける
深遠なる闇を見やると表情を冷徹な軍人の顔へ変えタイラーに神妙な重い声で語りはじめ
た。
タイラー「俺はもう軍人ではないけど・・・戦う者の覚悟として聞こう。親父」
父の声の変化から強い覚悟を感じたタイラーは父の側へと歩み寄り、彼の言葉に静かに耳
を傾ける。その表情にかつてのような反抗心はなかった。
タイロス「タイラー・・・・・お前がこれから向かう戦場は熾烈を極める生き地獄。いつ誰が死
んでも不思議ではない。だが、リーダーは常に冷静沈着に全体を俯瞰し、時に冷
酷とも思える決断を下さねばならぬ決断力が必要なのだ・・・・お前は否定するだ
ろうが即座に判断せねば仲間全体の命が危険にさらされる事になる。残念ながら
これが現実だ。」
タイロスは時間が許す限り息子に自分が長い人生で学び取った知識や経験を伝えようとした。
命の灯火がいつ消えてもおかしくない状況の中、それでも父が懸命に自分に伝えようとする
その姿にタイラーは胸が熱くなるのを感じた。若い頃は反発しか起きなかった父の言葉・・・・・
今の自分には痛いほどよく理解できる。それでも譲れない思いがタイラーにはあった。
タイラー「親父の言う事・・・・今はわかる、でもそれでも・・・・出来ることなら俺は仲間を見捨て
る判断を下したくはない。」
タイラーがその事を正直に話すと、厳しかった父の表情がふと和らぐ。いつまでも頑固な息子
に対するある種の諦観から思わず苦笑が混じったのだろうか。それでもどこか息子の成長を
喜ぶ穏やかな表情でタイロスは決断の大切さをタイラーに教え諭した。
タイロス「・・・・・どうしても変えられないのならそれでもかまわぬ、だがお前の判断に大切に
思う者達の命が掛かっている事を忘れてはならない。全てがお前の決断に掛かっ
ている・・・・のだ。安易な判断がどのような・・・・事になるのかわかる時が来たようだ」
タイロスの重々しい声が皆の胸にしんと響き渡る。決断を迫られる時はおそらくすぐそこまで
迫ってきている。それはここにいる誰もがひしひしと感じていた。それを暗示するかのように
父の声が急に掠れはじめる。父の異変を察したタイラーが慌てて声をかけた。
タイラー「お、親父！？」
ぴきぴき・・・・
タイラーの見ている前で父の身体が見る見るうちにひびが走り劣化した石膏のようにひび割
れながら崩れていくのが見えた。驚愕に眼を見開くタイラーとは逆にタイロス自身は刹那、瞑
目した後、穏やかな表情で崩れていく自分の右腕を見つめていた・・・。
タイロス「どうやら私の身体も・・・・これまでらしい・・・・本当はお前にもっといろんな事を伝え
たかった・・・・・」
タイラー「親父！！気をしっかり持つんだ！ランディール号に戻ればすぐに治療できる・・・」
徐々に崩れていく父親の身体を必死に集めるタイラーの耳にミカ達から悲鳴のような叫びが
聞こえてきた。振り向くと呆然と見下ろすミカの目の前で勇士達も父と同じように崩れていくの
が見えた・・・。
ミカ「タイラーお兄ちゃん！！他のおじちゃん達も・・・みんなみんな！！」
アレス「畜生、おい死ぬなよ！！あんた達はようやくダークファルスから開放されたんだぞ、
これからって時に死ぬなんておかしいじゃねえか!!」
泣き顔になったミカが手に取った勇士の腕が砂のように崩れていく。崩れていく様子を見続
けるしかなかったアレスはどうしようもないやるせなさに捲くし立てるほかなかった。自分達の
ために泣いてくれるアレス達を見て勇士達は取り乱す彼らを宥めるように微笑みながら語っ
ていく。
勇士「いいのだ、ここは我等がいた時代とは違う時・・・だが滅ぶ前に君たちに出会えて良か
った・・・・」
「これでようやく家族の元に・・・・みなさん本当にありがとうございます。」
勇士達の言葉には、自分達を闇から救ってくれた上にこんな自分達のために泣いてくれる
アレス達への深い感謝の思いがあふれていた。そして崩れ去る口で最後の言葉を残すと、
アレス達が見つめる中で彼らの身体は塵のように崩れていった。
ミカ「そんな・・・・うあ・・・・・うわああああん！」
ミカは彼らのために大声で泣いた。自分みたいな作られた儚い存在に意思を託して消えた
彼らのために。アレスも押し黙ってそれを見つめるしか出来なかった。
彼らの感謝の思いを、耳と心で聞きながらジョディは悲痛な思いでなんとか最後に残ったタイ
ロスだけでも助けようと蘇生テクニックをかけようとした。
ジョディ「・・・・今すぐリバーサーをかけます！！タイロスさん！！！」
しかしそれをアイナが手で止める。何故と言う顔を浮かべるジョディにアイナは悲しみを押
さえ厳しい表情で、ジョディを止めた理由を語った。
アイナ「ジョディさん・・・・残念ながら彼らの身体はＤ因子で造られた仮初の物。回復テクニ
ックをかけるとすぐに崩壊してしまう・・・・それにタイラー提督も本当は気が付いて
いるはずです・・・・これが今生の別れだと。」
思わず絶句するジョディの横で、アイナは悔しそうに顔を横に振る。アイナとジョディの会話
を背中で聞こえているのかいないのか・・・タイラーは悲痛な表情で父が崩れていく様子を
見つめている。自身の死を感じつつ父は悟ったような優しい声で息子に囁く。
タイロス「アイナ殿の言う通りだ・・・・おまえも・・・元軍人・・この状態が手遅れだという事は
判っているはず」
タイラー「・・・・・畜生、親父は卑怯だ・・・・俺に今でも理不尽な教えを残していくなんて」
父の言葉にタイラーはただ俯くほかなかった。俯き肩を震わせるタイラーを見て、タイロスは
最後の気力を振り絞って毅然とした表情をつくり念を押すように強い口調で教訓の言葉を重
ねた。
タイロス「世の中は常に理不尽に満ち溢れれているものだ・・・今一度言おう・・・・・これから
間違いなく待っている極限状態に対しお前は即座に決断しなければならない。仲
間達が何を望んでいるのか・・・常に変化する大局を把握しお前が最善と思う道を
熟考することだ・・大丈夫、悲しみを経験し乗り越えたお前ならそれがわかってい
るはずだ」
そんな冷徹な言葉の中に、そして彼を見つめる父の強い視線の中に息子のことを信頼する
親としての愛情が見え隠れする。
タイラー「・・・・俺は今でも何が一番いいのかたぶんわかっていないと思う・・・・・・そんな俺で
も最善な道が選べると親父は信じてくれるのか」
手厳しい言葉の中に父親の深い信頼を感じたタイラーは少し照れ臭そうに父に問いかける。
タイロス「当然だ、お前は私と母さんの大切な息子なのだから・・・ああ・・・・風が心地よいな」
タイロスはさも当然というように息子の存在を全肯定した。それだけでタイラーは心の底から
嬉しく思った。それは父と子の２０年にも渡る確執が消えた瞬間でもあった。
ひゅううー
先程まで深遠なる闇の発する瘴気で噎せ返るような息苦しさに覆われた屋上の空気がその
瞬間だけ爽やかな春のそよ風に包まれていた。悲しみと嬉しさが混じった何ともいえぬ顔で
見つめるタイラーの前で父は安堵した表情で瞼を閉じ爽やかな風を感じた。崩れた身体の
欠片が塵となって風に流されていく。
タイラー「親父・・・・」
もう一度開かれた父の眼はもはや朦朧として焦点があっていなかった。タイロスはそれでも
動かなくなった唇を必死で動かそうとする。タイラーはその言葉を一言でも聞き逃すまいと耳
を近づける。
タイロス「なんだタイラー泣いているのか・・・もう言葉も聞こえなくなってきたが・・・泣くな・・・
お前は武門の誉れオーレスン家の猛き血を受けつぐ子・・・・・・・強く・・・・強くあれ」
労わりと信頼に満ちた父の言葉がタイラーの胸をしめつける。それに堪えきれずタイラーは
思わず声を荒げた。
タイラー「・・・親父、しっかりしろよ・・・まだ喧嘩も途中じゃないか・・・この１０年愚痴の一つも、
まだ言っていないんだ。俺を・・・・俺をおいていかないでくれ・・・・父さん！！」
息子の最後のわがままを父は微笑んで聞いていた。そして最後にうわごとのような言葉を残
す。その言葉は息子に対する慈しみの情に溢れるものだった。
タイロス「大丈夫だ・・・・私はいつでもお前の側に・・・・・・・・」
言葉を風に載せ、父は目を閉じると身体が塵となって消えていった・・・・。
タイラー「・・・・・・・・・・・・・父さん？」
呆然と見つめるタイラーの横にオハリオが歩みより静かに頭を下げ弔意を示した。
オハリオ「オーレスン家頭首タイロス様の強き思い・・・・確かに受け取りました。」
的確な助言をくれたタイロスの死を悲しみ悼むオハリオの横でいまだ放心状態にあるタイラ
ーの肩をアレスがそっと軽く叩く。
アレス「タイラー・・・・親の別れの時ぐらい男は泣いてもいいんだぜ。誰もそれを責めたりは
しないさ。」
アレスのタイラーを心の底から気遣う言葉がタイラーの心の底で噴き上がりそうになる深い
悲嘆を涙として流すことを許した。タイラーは頭を垂れ喉から引き攣るような嗚咽をもらした。
タイラー「父さん・・・・・う、うわあああああああああああああああああああ！！」
嗚咽はやがてむせび泣く号泣へと変わる。仲間達が労わるように見つめる中、彼は幼子の
ようにただただ泣き続けた・・・。
ミカ「タイラーお兄ちゃん・・・・かわいそうだよ、どうして悲しいことってこう続くのかな」
泣きじゃくるタイラーの姿をミカはいたたまれぬ思いで見つめていた。尊敬していた人間が
見せる人間としての弱さ、ミカはタイラーの気持ちを考えると不憫で堪らない思いにかられ、
このような悲しい事象を作る世界をただ虚しく感じた。ジョディは憤りと虚しさに佇むしかない
ミカの側に歩み寄り励ますように声を掛ける。
ジョディ「ミカちゃん・・・・大丈夫だよ。今は悲しいけど人はそれを乗り越える強さを１人１人が
持っているから。」
ジョディの励ましの言葉にミカが寂しそうな笑顔で応じる。
ミカ「うん、そうだよね！お姉ちゃん、タイラーお兄ちゃんのところに行って上げてお兄ちゃん
を励ますことができるのはジョディお姉ちゃんだけだから！」
かつてジョディに感じていた嫉妬はもう何も沸きあがらなかった。ミカはジョディとタイラーの
愛を応援するように朗らかな笑顔をジョディに向けた。
ジョディ「ええ・・・」
励ますつもりが逆にミカに励まされたジョディは意を決してタイラーの元に駆け寄る。自責の
念に打ちひしがれるタイラーに寄り添い肩に手を回すと立ちあがらせようとタイラーの身体を
引っ張り、凛とした声で強く語り掛けた。
ジョディ「艦長・・・・さっきあなたのお父様が言ったはずですよ。この世で生を遂げられなかっ
た人達にとっての希望・・・・それは誰かがその人のことを覚えている事・・・・」
ジョディの励ましの言葉が胸にしみわたる。そう、ジョディの言う通りだ。自分はさっき気がつ
いたはずだ。自分の肩には父の、母の命、そしてジョディ達の夢と信頼が託されていることに
・・・ならこんなところでくよくよ泣いている場合ではない。タイラーは涙を拭うとジョディの手を
優しく握り力強く立ちあがった。
タイラー「・・・・ああ・・・・そうだなジョディ。」
ジョディ「それに私には今はっきりと見えます。艦長の横にお父様の魂が・・・・・。だから・・・・
一緒に戦いましょう！」
ジョディの言葉の通りタイラーは自分の側に父の強い信頼の思い・・・・熱い魂を感じていた。
タイラーは父の熱き魂に背中を押され大いなる決意を胸にジョディを・・・・みんなを見渡し涙
に微かに濡れた顔を上げ、心に強く誓った。忘れない、もう逃げない。二度と自分の迷いで
大事な命を失わせたりしない！
タイラー「ジョディ・・・そしてみんな。ありがとう。俺は・・・・もう迷わない！！」
迷いを吹っ切ったタイラーを仲間達が頼もしげに見つめる。もう大丈夫・・・誰もがそう思った
矢先・・・・
ふははははははははははははははははははははははは！！！！
タイラー達の強い決意を嘲り笑うかのような悪しき哄笑が空間に響き渡った。
？？？「悲・哀・憎・悔の深奥に溺るる魂達よ・・・・・」
振りかえると深遠なる闇が自分達の姿を遥か彼方からじっと見下ろしていた。
アイナ「・・・・・・深遠なる闇！！」
アイナが怒気をもって見つめる中、深遠なる闇は邪悪なる機械竜の顔に運命を操る絶対
者の余裕を浮かべ、タイラー達を、いや失われた全ての命とそれを悲しむ人達を揶揄する
ように泰然と微笑み囁いた。
深遠なる闇「無力にして哀れなる童達よ・・・己が御子に触れられず慟哭する魂よ。安ずる
がよい・・・・まもなく全ての魂が我が胎からで一つとなる。滅びの愛を受け入れ
我が力と化せば汝達は永遠に別るる悲しみを感じずに住むのだ。さあ来れ・・・
我が元に汝達が真でいられる場に・・・無限の欲望と悪意渦巻く我が座す御簾
に・・・」
そして巨大な鋼鉄の腕が手招きすると抗いがたい力に巻きこまれるようにタイラー達を暖
かく包んでいた風・・・・タイロス達の魂が闇に引きずりこまれていく。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんん！！
魂が悲痛な叫び声を上げるのを聞き、冷静なはずのアイナの中でなにかが切れた。
アイナ「１２の御座におわす偉大なる星霊よ光神金竜の輝ける翼に力を与え迷える魂を闇
の力から護りゆく力をお与え下さい！！」
アイナは魂を護ろうと防御術式を展開するが
深遠なる闇「愚かな・・・・戯れにもならぬぞ童よ」
深遠なる闇が指を軽く動かすと周囲の魔法陣が光り防御術式の力場が霧散した。
アイナ「くっ・・・・闇に・・・人々の魂が飲みこまれていく・・・・でも今の私達に闇を止める術は
ない・・・あの魔法陣をどうにかしない限り！！」
アイナは激昂し普段の穏やかな素顔からは考えられないほど怒気を露にしていた。蛍火の
ように淡く儚い輝きを必死になって追いかけるミカ。だが追いつけず転倒するミカをアレスが
抱きかかえる。ミカは悲痛な表情で闇に引きこまれ食われていく魂を見つめ叫ぶ事しかでき
なかった。
ミカ「おじさん達の魂もタイラーお兄ちゃんのお父さんの魂もみんなあいつが持っていちゃう
よ！！」
タイラー「・・・・父さん！！！」
タイラーは自分の背中から遠ざかる父の魂を声をあげて手を伸ばす。
ぐははははははははははは！！
しかし無情にもタイラーの見ている遥か彼方で父の魂は無残にも深遠なる闇の顎門に飲み
こまれ・・・・食われたのだった。
タイラー「・・・・・。」
タイラーは父の魂が食われるのを目の当たりにし深い絶望で一瞬我を忘れていた。その横
でオハリオとアイナが走り出そうとしていた。二人の顔からは普段の冷静さが完全に消えて
いた。これまで抑えられていた激情が悲劇をおこしてしまった自責の念と焦りにより一気に
噴き出し理性を完全に押し流していたのだ。そう先程までのタイラーと同じように
オハリオ「アイナ・・・・僕があの魔法陣の破壊を試みる・・・・そして僕とアイナの二人の魂で
”闇”を封印するんだ！！」
アイナ「ええ！！」
責任感にかられ無謀な行動を起こそうとする二人を見てタイラーは怒りの果てに何がおこっ
たのかを改めて思い出し二人の前に駆け出した。もう二度と怒りに我を忘れて自分のように
後悔してほしくなかったのだ。
タイラー「・・・・・・待てよ・・・・今の消耗しきった二人ではとてもあいつを封印できるとは思え
ないけどな」
タイラーはあえて挑発的な言葉を投げかけて冷静な判断ができなくなったアイナ達の無謀さ
を指摘する。タイラーの指摘にしかし、最早アイナ達は極論しか語ることが出来ないほど追い
詰められていた。
アイナ「タイラー提督・・・・今更私達を止めようとしてももう手遅れです。今すぐにでも封印を
発動しなければアルゴル太陽系が滅びてしまう。」
タイラーにはアイナ達の耐え難き焦燥感が理解できた。理解できた上で不遜な笑みを湛え
タイラーは二人の考えを了承してみせる。
タイラー「まあ、聞いてくれ、俺はもう二人を止めようとはしないさ、父さんが言った通り大局
を俯瞰すれば封印は確かに必要だ」
その答えにアイナ達は一瞬戸惑う。しかし今度はアレスとミカが声を荒げ抗議した。
アレス「・・・タイラー！！てめえっさっきは二人を止めるって言っていたじゃねえか！！」
ミカ「もう誰も犠牲にはさせないって言っていたよね・・・・それなのにおかしいよ！！」
今までのタイラーの主張とは全く逆の言動にアレス達は納得できないものを感じていた。そ
こにジョディが声をかけてくる。
ジョディ「アレスさん・・・・ミカちゃん・・・・」
そしてジョディは二人の心にテレパシーでタイラーのある考えを伝えた。
アレス「ジョディ・・・・あんた・・・・・」
ジョディから送られたイメージにアレスは驚きを隠せなかった。それでももしかしたらという思
いに自然と笑みが出る。
アレス「け、うちの艦長が決断したんならしょがねえか・・・」
アレスの突然の心情の変化に戸惑っていたミカもジョディの笑顔を見て合点したようにうん
うんと頷く。
ミカ「あ！・・・うん、悲しいけれどタイラーお兄ちゃんが決めた事・・・・だしね☆」
二人の心情の変化を訝しげに見つめるアイナとオハリオ。
アイナ・オハリオ「？」
しかし二人がそれを問いただそうとする前にタイラーが飄々とした態度で聞き返した。
タイラー「だが、二人の結界だけで今の闇が封印できるとも俺には思えないんだがな。あの
魔法陣だけじゃなく”闇”自体も今や幾重にも重装備を施した強大な要塞と化して
いる。結界を壊すにしても作戦を立てなければ無駄に死にに行くようなものだ。
・・・そうだろうご両人。」
余裕の笑みで二人の無謀さを各事象に照らし合わせて指摘していく。その言葉を聞くうちに
アイナ達の気持ちが徐々に落着きを取り戻した。そして改めて自分達の行おうとした無謀さ
に気付き自らを恥じたのだ。
アイナ「確かに・・・・言われてみればあなたの言う通りです。・・・・私達も・冷静な心を忘れて
いましたね。」
オハリオ「しかしこれからどうすればいいんだ・・・・タイラー提督」
非礼を詫び不安げにこれからの指針を尋ねるオハリオにタイラーはジョディと示し合わせた
ように屈託のない笑顔を二人に向けた。
タイラー「それなら心配無用だ・・・・もうすぐだよな、ジョディ」
ジョディ「ええガンツさんにテレパシーを送りましたから」
ごおおおおおおおおお！！
ジョディの声に合わせるかのように空の彼方から瘴気を裂き白銀の戦艦が飛来してきた。
宇宙戦艦ランディール・・・・父の、そしてタイラー達の思いが込められた船が今タイラー達
のいるビルの屋上に滞空していた。
しゅごおおおおおお！！
スラスター音が大気を震わせる中・・・。ランディールからガンツ主任のばかでかい声がアナ
ウンスで聞こえてくる。
ガンツ「待たせたな！！タイラー艦長・・・・ようやくランディールの修理も終わったところだ！！
今からビルに強制接岸するからジャンプして飛び乗ってきやがれってんだ！！」
微妙なコントロールでビルの側面に降下しハッチを開いてランディールを接岸させる無茶な
やり方に半ば呆れる一同。
アレス「まったく無茶苦茶いってくれるな・・あのおやじは」
それでも頼もしげに自分達の船を見上げていたタイラーが勢いよく号令をかける。
タイラー「ふふ・・・・・さあ行こうぜ！！俺達の明日を守るための戦いに！！俺達の未来を
全員「おお！！」
号令に大きく返答し次々と船に飛びのるアレス、ミカ、ジョディ、遅れて躊躇いがちにアイナと
オハリオも飛び移った。
タイラーは胸に手をあて父が未来を守るために残してくれた白銀の船を見上げる。
タイラー「父さんが残してくれた言葉が決して無駄にならないよう俺は今から行くから・・・・待
って居てくれ父さん！！」
そしてタイラーはランディールと向かうべき悪意の根源を見渡すと意を決して白銀の竜へと
飛び乗った！！
ＡＭ１：２０
ジョディ「コンディションオールグリーン！第1.第2エンジン圧力上昇」
エンジンの音が艦内に木霊する。
ガンツ「対慣性中和システム作動じゃい！！」
タイラー「目標”山の騎士団の集合空域！これが俺達の最後の戦いだ！！宇宙戦艦ラン
ディール発進せよ！！」
タイラーの号令に艦内中のクルーが一斉に頷く！黒雲を貫き宇宙戦艦ランディールはパル
マの空を駆け上る。託される思い、受け継がれる未来を翼に乗せ白銀の竜は未来を食らう
深遠なる闇との決着をつけるべく大空へと飛翔した！！！
第３９話 −終−
第４０話を読む
投稿の広場に戻る
トップページに戻る