スペースクルーザー ランディール
45話「天空に掲ぐ、光と闇の相克」
…リーダーは常に冷静沈着に全体を俯瞰し、時に冷酷とも思える決断を下
さねばならぬ決断力が必要なのだ…
父タイロスの教えがまるで幻聴のようにタイラーの頭の中でリフレイン木霊
している。
「父さんの言葉が今更ながら身にしみる…決断…今がその時なのか…」
タイラーは自嘲気味にそう呟くとゆっくりと立ち上がる。そして、目の前にある、
共に戦ってきた仲間の突然の変貌を強い眼差しで見据えた。
その視線の先で闇と同化した少女は暗黒の女神とも言える自らの巨大な本
体が映る艦橋の窓を、舞台の背景とし…壇上の女優のように優雅な振る舞い
を見せ周りに語りかけた。
深遠なる闇「ふふふ・・・汝が我の封印の楔を解き、そして汝の愛するこの娘に
秘められし心の闇が我を導いてくれた。…汝らはつくづく愛おしい
童よ」
降り注ぐ雨のような赤い稲妻に照らされ、黄昏に微笑む少女ジョディが、いや、
その姿をした『深遠なる闇』が自分の圧倒的な神気を受けて、それでも尚も立ち
上がろうとするタイラーを興味深げに見定めると、艶然と笑った。
深遠なる闇「ほう…我が眼を受け、動けるとは……そうか、汝の中に我が宿りし
身、耐性を得ていたとしても不思議ではない…」
魔性の笑みを浮かべ静かに尋ねる闇の少女。彼女から発せられ続ける圧倒
的に凶悪な神気にタイラーの身体に神経を掻き毟るような怖気が走った。
闇の一部を数時間前まで植えつけられ体内に宿していたタイラーだが改めてそ
の力の化身ともいえる、今のジョディと向かい合うと内から恐怖と狂気が湧き上
がり、人工心臓の鼓動が早鐘を打つ続ける。
このまま狂気と絶望の中に堕ちるのではないかそんな恐怖すら這い上がって
くる。少しでも気を抜けば精神と肉体が引きちぎられてしまうかもしれない。
………
静寂が流れる。
闇の神気に押えつけられていた、ランディール艦橋にいた全員が両者の対峙
を見つめてた。魅入られていたと言ってもいいかもしれない。結界防壁を張り続
けているアイナですら声を出せずにいた。
惑星すら滅ぼしかねない壮絶な存在感を放つ『深遠なる闇』、金縛りに合い動
けずにいる仲間達、状況は絶望的といっていいのに、何故かタイラーの思考は
その危機感に反比例するように研ぎ澄まされていく。
彼は何故かこの絶望的な状況そのものに対するある種の『違和感』を彼は感
じていたのだ。
タイラー“なぜ奴はこの優位な状況で……そうか！！”
思考が目まぐるしく回転し 脳内で瞬時に洞察が行われタイラーは一つの結論
を出した。希望的観測かもしれないがこのまま動けずにいるよりは遥かに良い。
タイラー「父さん、すまない、俺はやっぱり冷酷にはなれそうもない。でも…俺は俺
なりのやり方で熱く、激しく、そして…冷静に戦わせもらう！！」
ドン！
決断した後の彼の行動は素早かった。床を蹴り、跳躍したタイラーは、途中で方
向を微妙に変えつつ、一気に間合いを詰め、鋼の拳をジョディに叩きつける。
タイラー「生憎、諦めが悪いほうでね、ジョディは返してもらうぜ！！」
まずは彼女のわき腹に一気に衝撃を与え、気絶させることでジョディを闇から開
放するのがその目的だった。
深遠なる闇「ふふふ…愛する者を手に掛けようとはな…嘆かわしいまでの無謀な
行動…個の命とは何と浅ましく愛おしいものよ」
しかしその浅はかな考えを一笑すると、彼女は向かってくる拳を右手で軽く受け止
める。そして愛しげに左手を軽くタイラーのわき腹に当てた。
ごおおおおおおっ！！
ただ、それだけでタイラーの体内に致命的な衝撃が走った。彼は向かって行った
方向とは逆に弾き飛ばされコンソールに激しく叩きつけられた。
タイラー「ぐふ！！」
サイボーグである鋼鉄の身体が悲鳴を上げる程の強烈な衝撃に気を失いけるが、
タイラーは何とか意識を繋ぎとめ、コンソールに手を掛け立ち上がろうとした。
オハリオ「……な…んという無謀なことを…」
深遠なる闇の注視がタイラーに向かったためか闇の神気がそちらに殺がれ、防ぐ
ことで精一杯だったオハリオが苦しげに声を紡いだ。
深遠なる闇がオハリオの声に再び顔を振り向こうとしたその時…突如、艦橋窓枠の
防御シャッターが次々と降ろされ、深遠なる闇本体の視線が遮られていく。
同時にランディール号の周囲にバリアフィールドが展開、闇本体から発せられる破滅
的な神気を防ぐ事に成功した。
深遠なる闇「…これは…」
急な事態の変化にジョディの姿をした闇が軽く驚きの声をあげる。
訝しむ彼女の反応を見て、肩で息をしてコンソールに凭れ掛かっていたタイラーが
答える。
タイラー「あんたの本体の邪眼、防護シャッターで防がせてもらったぜ…バリアフィー
ルドと同時展開なら多少はあんたの力を防ぐことくらいは出来るはずさ」
彼はただ闇雲に彼女に突撃した訳ではなかった。彼女が反撃することを予想し、弾
かれる方向に艦の制御コンソールがあるように、突撃する方向を計算していたのだ。
タイラーの咄嗟の作戦の成功で、ランディール号に向けられていた闇本体の圧倒的
な神気と三つ目の邪眼、”イビルアイ”は防がれ、アレス達は漸く我を取り戻した。
アレス「…う、動けるのか！？」
ミカ「あたしたち、見ていることしかできなかった…」
アベル「…恐ろしいことだ…アイナ殿の守護結界がなければ、闇の視線だけで我らは
全滅していた。」
絶望的な事態から開放される仲間達。しかし受けたダメージの大きさからぐったりと
肩で荒い息をし立っているのがやっとの状態だった。
アイナ、「ええ、ですが…多少力を使いすぎました…く！！」
守護結界を展開していた、アイナのダメージはアレス達より大きく口から大量の血が吐
き出される。
オハリオ「アイナ！！しっかりするんだ！！」
身体から力が抜け落ち意識が遠のく彼女をオハリオが支えた。
一方、闇の少女は咄嗟のタイラーの機転にも、さして驚きもせず、ランディールの艦
橋を見渡し状況を確認する。
深遠なる闇「…ふふふ、これで我の眼を防ぎ、仲間を護った…か…だが、」
事態を把握した後、ぎりぎりの状態で肩で息をするタイラー達を、ジョディの形をした
『闇』は余裕の笑みで見下ろしていた。
カツン…カツン…
そしてゆっくりとした足取りでタイラーに近づくと彼女は内に蓄積していた憎悪の念で
タイラーの身体を持ち上げ見えない万力で機械を押しつぶすように彼の身体をひき潰
しにかかる。
ギギギギギギギギギギギ！！
鋼の肉体が次第に拉げていく…。身体を捻り潰すような圧力が全身に絶え間なくかけ
られていた。全身の神経を刃物で突き刺すような激痛と悪寒に、タイラーは堪らず苦悶
の声を上げた。
タイラー「ぐああああああ！！」
ミカ「タイラーお兄ちゃん！！」
アレス「畜生！この身体が動けば！」
ミカとアレスが助けようとするが身体が疲弊しているためか思うように動かせない。
深遠なる闇「ほぅ、我に立ち塞がる飽くなき闘争心は見事…、だが今この娘御の闇を介
し、我が力幾ばくか、使えることを忘れたのが汝の愚かさなり」
アレス達の事など気に留める事もなく、闇はまるで子供が捕まえた蟲を弄ぶような笑
みを浮かべた。
ギギギガガガ…バシ！！
念力はさらに強まり、タイラーの鋼鉄の身体から火花が飛び散る。このままでは確実
に彼は殺されてしまう。悪夢のような光景にミカは堪らずジョディに涙ながらに訴えた！！
ミカ「ジョディお姉ちゃん！！しっかりして！闇の呪縛になんか負けちゃ駄目だよ！今…
今、タイラーお兄ちゃんを助けられるのはお姉ちゃんだけなんだから！！！」
彼女の悲痛な叫びに、深遠なる闇の手がふと止まった。タイラーを捕らえていた念力が
消え去り、どっと、その身が床に落とされる。
なんとか駆け寄る、ミカ達に支えられながらタイラーはジョディの顔をじっと見据えていた。
深遠なる闇「……ふ、未だ、仲間の絆を信じているというのか…諦めぬというのか……我
が救いを求めた時は誰も来なかったのに……」
刹那、深遠なる闇の表情に寂寥感と羨望の眼差しが浮かび誰にも聞こえないような小声
で呟いた。
だがその微妙な表情に誰かが気づく前に闇は、微かな苛立ちを見せ始めた。
深遠なる闇「詰まらぬ…、汝達を全員くびき殺しても、この憎悪の乾きは止まることはない。
ならば、汝等の絶望を見るのもよかろう！我が真の力を見るがいい！！」
ふと得心したジョディの言葉に、同調するように闇本体が顔を上げ、天空を睨みつける光
景が、故障していたモニターに映し出された。
八対の巨大な翼のような鍵爪に蠢く、複数の赤い目玉から光が放射され額にある第３の瞳
に収束されていく。
ギュオオオオオオオオ！
それが何を意味するか、暗澹たる絶望と共に理解したオハリオが焦燥に我を忘れて、思
わず黒い剣を握り締めた。
オハリオ「よくも！アイナを……この星を壊させてなるものか！！我がシークを守護せし光神
金竜ゴールドドレイクよ、願わくば我が剣に宿り我等が前に立ちふさがりし敵を打ち
払いたまえ！奥義、烈光竜撃剣！！」
オハリオの闘気が剣に宿り、そして振るわれた斬激が金色の龍となってジョディへと向かう。
深遠なる闇「無粋な真似を…そのような児戯など今の我には効かぬというに…」
だが金色の龍は闇の少女の冷ややかな視線の前にたちどころに霧散してしまった。敵の
あまりの強大さに絶句する一同。
そんな緊迫する状況の中でも努めて冷静に収束するエネルギー波動を分析していたアベル
だが、闇本体に収束するあまりに膨大なエネルギー量にセンサーが異常を示した後、システ
ムがダウンしてしまった。相手の放つ重力、電磁波、光度など周波数帯やセンサーの種別に
よってはわざと感度を下げたにも関わらずである。
アベル「闇の本体に高エネルギー反応が収束している…このエネルギー数値は！？計測機器
すべて逝かれるほどの桁外れなエネルギー量だと！？これはまずいぞ！！」
感度を落とした電子機器のいくつかが計測中に焼かれたという事は今、深遠なる闇の瞳には
常識外れの破滅的なエネルギーが収束しているという事であり、アベルは血が凍えるような戦
慄を感じ思わず叫んだ！！
センサーが逝かれるほどの莫大過ぎるエネルギーが向かう先は、天空にあるコロニー群…
その事実に、全員、言葉を失った。
艦橋に漂う絶望的な空気に満足した深遠なる闇は、両手を大きく広げ高々と誇らしげに宣
言した。
深遠なる闇「さあ活目して見るがよい！！我が暗黒の魔光（デストロックレイ）を！！！そして
滅びの慈悲を受け入れるのだ！！」
そして闇本体の第３の瞳に収束していた莫大なエネルギーが赤黒く渦巻くと一気に弾け、巨
大な紅く禍々しい光条となり天高く放たれた！！
ゥヴァァアアアアアアアシュゥ！！！
パルマ上空で脱出船団の宙域からの脱出を指揮していたルオンが地上から駆け上ってくる
圧倒的なエネルギーを感知し、顔色を失った。
ルオン「な、何だこの圧倒的な邪悪な力は！？まさか深遠なる闇が完全に復活したというのか！！」
彼が叫んだのと前後して、極太の紅い強烈な光条が、視界を覆い、空間が激しく振動した。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ！！！！！
空母マリーチャ艦橋に怒号と悲鳴が木霊し、騒然とする状況の中、辛うじて平静を保ってい
たオペレーターが切迫した声でルオンに状況を報告する。
士官「報告します！！」
「パルマより飛来したエネルギー光により防壁として配置された未使用コロニー郡の５０
隻が消滅！！」
「脱出船団が離脱までしんがりを勤めていた艦隊も７割が消えました！！」
どこか現実味のない、それでいて悲惨な現実をオペレーターから告げられたルオンが茫然
自失となる。
ルオン「…数十キロメートル級のコロニー数十隻がたった一撃で…だと…」
彼の前にあるディスプレイには、艦艇や移民船コロニーが赤い光に晒されただけで次々と
溶け、砕け散り、爆発する光景が、再現ＣＧとして映し出されていた…。
士官「さらにエネルギー光は…角度を曲げ…」
オペレーターの一人が報告を続ける。しかしその後が続かない。まるで報告をためらうかの
ように…。
ルオン「報告を続けろ！！」
ルオンの叱責にようやくオペレーターは報告を続ける。
士官「は…はい！！分散後、惑星パルマ各地に着弾！！地殻を突破、このままでは…」
ディスプレイに投影される映像の中で移民コロニーを飲み込んだ赤い光線はいきなり折れ
曲ると、無数に分裂し、破滅の光雨として惑星パルマの地表に降り注いだ。
降り注ぐ光の雨は焼け爛れたパルマの大地を容易く抉り、無数の爆発の光球が惑星を瘡
蓋のように覆い尽くし飲み込んでいく。
……それは世界の終末の光景そのものだった。
モニターから同じく報告を受けていたミラー博士も只ならぬ状況に顎に手を当て、悲痛な表
情で今後起こりうる現実を類推する。
ミラー「核に到達、…ただでさえ、ガイラの対消滅エネルギーが核に送り込まれ急速に破壊が
進行していたのをぎりぎりＧＳＣ現象で平衡状態を保っていた、惑星パルマはこの一
撃で完全にバランスを失ってしまった。おそらく持って、後３０分でこの亜空間もろとも
消滅だろう…」
予言者のような彼の冷徹なる言葉に士官たちにも動揺が広がっていく。
士官「つまり、パルマが…私たちの故郷が…消えるというのか」
「畜生…俺達は闇の前に無力に過ぎないのか」
生まれ育った故郷が破滅の業火に包まれ消滅していく、…その冷酷すぎる事実にクルー達
は無力感に打ちひしがれ立ち尽くすしかなかった。
ドン！！
しかしルオンは艦橋に仁王立ちになり有無を言わさぬ口調で、レジスタンス全員を叱咤激励
した！！
感傷にひたる暇などない。今は一刻も早くこの危険な宙域から脱出する事こそ最優先だった。
ルオン「うろたえるな！！例え母星は消滅しようとも、我々はまだ生きているのだ！！後３０分…
移民コロニーの離脱作業を急がせろ！！」
ミラー「それに不思議なことに今の一撃は、住人がいるコロニーは全て外している。これを幸運
と呼べばいいのか…とにかく急いだほうがいいだろう」
確かにミラー博士の指摘した通り、何故か赤い光は住人がいるコロニーをわざと外したようだ
った。
絶望を人々に見せつけ、恐怖の糧を得るためか…それとも……
だがそんな疑問よりも、今は人々が生きている事の方が遥かに重要だ。
士官「は、はい！！」
ルオンの力強い鼓舞とミラー博士の後押しによりクルーの士気は戻りつつあった。
ルオン（確かに避難民に犠牲が出なかったのは幸いだが。パルマが消滅するのが確定となった
今、パルマの星霊であるポウムの力に期待はできない…アイナ様！！我々は…人類は
一体、どうすればいいのですか！！）
しかし…次々ともたらされる悪夢のような現実に、さしもの気丈なルオンをして…天を仰ぐ他な
かったのだ。
ランディール号艦橋でもモニターを通し、この終末の光景は映し出されていた…。天から降り
注ぐ破滅の光の驟雨が、大地を跡形もなく打ち砕いていく光景を目の当たりにし、誰もが挫折
感に打ちひしがれていた…
ただ一人を除いて…
………
そして外の惨状と共鳴するかのように、アイナの手の中で仄かに輝いていた星霊の光の内…
赤い光ポウムが急激に輝きを弱めていく。それは取りも直さず惑星パルマの終焉を意味してい
た。
アイナ「パルマが…崩れる…見て！！オハリオ…ポウムの赤い輝きがみるみる失われていく…
私たちが…私達が！！！もっと早く封印の儀式にとりかかっていれば…」
弱まる光を見て、誰よりも気高い強靭な精神力を持っていたアイナですら、成す術を全て失い、
取り乱した声を上げるほかなかった。
深遠なる闇「諦めよ…我が愛する人よ、汝らはよくここまで我に抗った。だが無駄な労苦は絶望
を熟成するための糧としかならぬ事を理解せよ。己の非力を恥じる必要はないぞ、
さあその絶望と共に我とひとつになれ…」
少女の形をした闇が憐憫の眼差しで運命に打ちひしがれる者達を見下ろし、静かに告げた。
彼女の声に宿る魔力に影響されてか、闘志がまだあったオハリオでさえ、手に持った剣を床
に落とし絶望に膝を屈っしてしまった。
オハリオ「仲間達の今までの犠牲はなんだったんだ…僕たちは絶望の前に膝を屈するほかな
いのか…！！」
その場にいた誰もが、闇に反論する言葉を失い、うなだれていた。
最早、深遠なる絶望を前に希望の光は潰えたのか…
「………」
いや、ただ一人この終末を前に微かな希望を確信した漢がいた。
タイラーはそれまで、激変する状況を真剣に見続けていたが、納得したように目を閉じると、
不敵に笑い始める。
タイラー「そうか…やっぱりな…ふふふ」
タイラーの苦笑に、ジョディに宿る深遠なる闇は怪訝な表情で尋ねた。
深遠なる闇「何が…可笑しい」
タイラー「…いや、ただ今ので確信しただけさ。あんたの中でまだジョディの意識は戦ってい
ると！！」
タイラーは肩をすくめた上で闇を、確信した眼差しで見返した。一瞬、その全てを見通す
かのような熱い視線に、闇の少女の顔に困惑が浮かぶが、彼の希望を否定するように、
甲高い、上ずった声で嘲りの笑いを響かせた。
深遠なる闇「…戦っている！？ふふふ、はははははははは！！これは異なことを…娘御
の魂は既に我とひとつになった。汝の希望は露と消えうせたのだ！！」
微かな希望にすがる彼に、『深遠なる闇」は、改めて絶望を見せ付けるように、自分と同
化した娘の胸に手を当て、口の端に侮蔑を刻んだ。
だがその嘲笑を目にしても、タイラーは落ち着いた眼差しで意味ありげに微笑みすっと
ぼけた口調で挑発する。
タイラー「へえ、そうかい…だとしたら何故、先ほど俺を握りつぶせるはずの念力を止めた。
何より、お前の本体は何故、無防備のランディール号を攻撃しないんだ。全ての
消滅がお前の目的なら俺達は当の昔に、滅びているはずさ！！！」
深遠なる闇「うぐ！！」
タイラーからの鋭い指摘に『深遠なる闇』が始めてたじろいだ。彼女の狼狽を助長するよ
うにその時艦橋に、ルオンからの通信が入る。
ルオン「ランディール号聞えているか？アイナ様が苦戦しておられるなら伝えて欲しい。こち
らはコロニーに被害甚大も…住民にほとんど犠牲は出ていない。だから絶望せぬ
ようにと！！」
タイラー「ほらな…さらに聞くけど何故、今のデストロックレイは住人がいるコロニー郡を外し
た…それはジョディがお前と戦っているからさ！！」
タイラーはコンソールを叩きながら、通信の音声を、ランディール号全員に聞えるように音
量をあげた。
自分があずかり知らぬ内に認識を奪われている。指摘された事実に、闇は戸惑いを隠せ
なかった。
深遠なる闇「……」
タイラーはその深遠なる闇の僅かな動揺を見逃さなかった！！即座に大声でハルに向
かい叫ぶ！
タイラー「ハル！！今だ！！！」
ハル「了解です！！！」
闇が戸惑っている僅かな時間にタイラーはコンソールに素早く指令を打ち込んだ。そして
工作室にいたハルが応答の通信を返す。
深遠なる闇「何！？」
咄嗟の事に身構える深遠なる闇。
ドン！
その刹那、再びタイラーは床を蹴る。最早、立つことすら間々ならぬはずなのに、跳躍し
渾身の一撃を闇の少女に叩きつける。
深遠なる闇はそれを手の指で挟んで受け止め、言い放った。
「我を動揺を誘ったか…だが、無意味な事を」
小馬鹿にしたように相対するタイラーを闇は一瞥する。しかしそれすら囮だった。
ゴゴゴゴゴゴ！！ドバアアアン！！
床が大きく揺れ動き、二人の真下から鋼鉄の大きな手が床を突き破ると二人をガシッと掴
んだ。
それはパワードスーツ、『グレートダロス』のマニピュレーターだった。グレートダロスはハル
からの遠隔操縦で二人を自身のコックピットに押し込むと突き破った穴を降下し、艦の外へ
バーニアを吹かし飛び去っていく。
直後に外の灼熱の外気が吹き上げようとしたが艦の防御機能が働き穴を防ぐことで事な
きを得た。
グレートダロスが突き破った穴を心配そうに見下ろすミカ…。
ミカ「タイラーお兄ちゃん…」
スタージェーン「まったく…あんたらも無茶するね…こんなどうしようもない状況下で」
ようやく自由になったスタージェーンが皮肉たっぷりに、肩をすくめながらグレートダロスが
飛び去ったであろう方向を眺めた。
その横でぼろぼろになった艦橋を見渡しながらアベルはティーカップを取り出すと紅茶を
入れ苦笑する。
アベル「ふっ確かに…おかげで艦橋はぼろぼろだ。だがこれで…」
アイナ「ジョディとタイラー、二人だけで闇と戦うなど…あまりに無謀です！！」
二人のお気楽振りが信じられない様子でアイナが声を荒げる。
しかし苦楽を共にしたランディール号のクルー達に不安などなかった。
ミカ「大丈夫！、絶対何とかなるよ、あの二人なら」
アイナ「え！？」
アレス「おう！！何たって俺達のリーダーだからな」
アイナの戸惑いをよそに、アレスやミカそしてランディール号のクルー全員が確信に満ち
た表情で二人が飛び去った方向を見続けていた。
灼熱に焼き尽くされる大地に浮かぶ自分の本体を間近にしてようやく平静を取り戻した
闇が侮蔑を刻む。
深遠なる闇「ふふふ…これで我が寄代を封じ込めたつもりか…先ほどの策、見事なり、
だが、このような鋼鉄の棺桶で我の寄代と刺し違えようとは気でもふれた
か！？」
本来一人乗りのコックピットにタイラーとジョディの二人が押し込まれたため機器や操
縦装置に囲まれ只でさえ、狭い空間がより一層狭く感じられる。窮屈な姿勢で二人は顔
を間近に見詰め合っていた。
闇が呆れ果てた表情でタイラーを見下ろし一笑に付した。
タイラー「何度も言うが、俺は諦めない性分でね、ジョディ！！」
しかし相対するタイラーに諦めの表情はない。そして唐突にタイラーはジョディを抱え
深く口付けをした。
深遠なる闇「貴様！！…何をする！！」
タイラーの予期せぬ行動に闇が彼を押しのけ、驚愕の声を上げた。しかし言い終える
前に再びタイラーが再び彼女の唇を奪う。
ドクン！
とろけるような熱い濃厚な感覚に、闇に身体を奪われていたジョディの鼓動が大きく響
いた。
深遠なる闇「この鼓動は…それにこの熱さは…い、一体…何がおきているというのだ」
始めて味わう人間の胸の高まりに戸惑いを隠しきれない闇の心の中で、封じたはずの
少女の声が響いてきた。
ジョディ「この熱さは私を思うタイラーの想い。その強い思いが痛いほど伝わってくる」
深遠なる闇「…ば、馬鹿な。たかが数十年しか生きぬ命のか細き“絆”が我の呪縛を跳
ね除けているだと！！」
……年端も行かぬ心も弱い少女を器に現世への完全復活を果たす。彼女の心の奥底
に広がる影は、深遠なる闇の慟哭と似た悲しみの波動を秘めていた。闇が自ら動き、
ジョディに会ったのもその悲しみが沈殿した憎悪に自分と同じ憎悪を見たからだ。彼女の
憎悪は我が生贄となるに相応しい、そう思っていた。
しかしそれは間違いだった。ジョディの人格は闇のあずかり知らぬ深層意識下で頑健
に抵抗を示し、闇の破壊活動を抑えていたのだ。闇が食らい続けた多くの魂に働きかけ…
ジョディ「あなたは一つ大きな過ちを犯した。…あなたは無数の人々の魂を食らった。そ
れは言い換えれば多くの人達がここに存在しているということ…」
ジョディが闇の最大の過ちを強く指摘し……その事実を闇が認識した時、数十億年の
時を生きてきた精神生命体が初めてジョディという少女に戦慄を覚えた。
深遠なる闇「…まさか、汝は…」
強すぎるテレパシー能力のため、いつも、他人の心の悪意に傷つけられてきたジョディ
はその痛みに耐えながら戦い、ついに己の影と対話を果たし、憎しみをや悲しみを抱擁
する本当の強さと優しさを身に着けた。
だからこそ彼女には今出来ることがあった…。
ジョディ「そう、私にはテレパシー能力がある。あなたに囚われている人々に呼びかけるこ
とが出来る力が…そして私の声にみんな応えてくれた！！！」
ジョディの願いの波動が小波のように伝わっていき闇に囚われていた多くの魂がざわめ
き始める！！
うおおおおおおおおおおお！！
ジョディ「…今こそみんなの力をあわせて！！」
そしてジョディの心からの呼びかけに合わせるかのように深遠なる闇の中で次々と魂が
無数の星のように輝きだしたのだ。
無数の魂の咆哮は『深遠なる闇』本体に直ちに影響を与え始めた。
深遠なる闇「身体が焼けるように熱い…なんだこれは！！大いなる光に受けた屈辱と痛
みを超える痛み……これはまるで…まるで無限の輪廻の中で聖剣エルシデ
ィオンに我の身体が打ち砕かれた時と同じ…同じというのか！！うおおおお
おおおおおお！！」
暗黒の女神が突如、苦悶の表情を浮かべ、身体をくの字に折り曲げ苦しみ始めた。内
部からの魂の氾濫に、闇が耐えられなくなったためだ。
その激痛は、闇にとって、無限の輪廻の中で過去の自分を滅ぼした忌まわしい聖剣の
斬戟を思い起こさせていた…。
『深遠なる闇』が身を捩るたび、身体から白い、青い、光の玉が何千、何万と蛍のように
淡く光りながら飛びかう。
「ああ…これで楽になれる」
「ゆっくりと眠れる」
「ありがとう」
「これで我等は闇の戒めから解き放たれた…」
「おかげで私たちは残された子供達の運命を閉ざす闇の糧とならずに済んだ。礼を言おう」
ゆっくりと魂の光は天高く舞い上がっていく。ジョディに感謝の言葉を残して…
「ジョディ、よく頑張ったな、おまえは私たちの誇りだ…」
その声の中にジョディは父の声を聞き、ジョディは天を仰ぎながら涙ぐんだ。
ジョディ「父さん、みんな…本当にありがとう…」
一方、自分の中から去っていく魂の蛍光を必死に縋るように手を伸ばす深遠なる闇。
しかしそれは追いかけても追いかけても魂の光は手に届かず、儚く消えてしまうだけ…
彼女は孤独に耐え切れずとうとう狂わんばかりに絶叫した。
深遠なる闇「、我の愛が…愛が…拒絶された…！我が愛が…！離れるな！！我を再び
孤独の戒めに閉じ込めるなああああ！！！」
ランディール号の艦橋の防御シャッターはいつの間にか上げられていた。
空高く多くの光が淡く輝きながら消えていく美しい光景をその場にいた全員が神妙な面
持ちで見続けていた…。
アイナ「見てオハリオ…深遠なる闇に囚われた魂たちが解き放たれていく」
オハリオ「ああ、まさか深遠なる闇の呪縛を打ち破るとは…これがあの子の力だというの
か…」
アイナ「奇跡がおこったとしか思えないわ。ジョディさんとタイラーさんの強い絆が闇をも超
える奇跡をおこしている！！オハリオ、そして聖域の長様、今です！！！」
アイナとオハリオは人間の絆が起こした奇跡を信じられない面持ちで眺めていたが、ジ
ョディとタイラーの絆に素直に感銘の言葉を漏らすと、ついに決断したように両手を合わ
せる！！
そして通信回線を通じてラシュートで陣を構成している聖域の長老達に呼びかけた！
バヤマーレ時間ＡＭ９：５５分アリサ3世、ラシュート地区
長達はこの時を待っていたとばかりに即座に行動をおこした。
長「各々方、アイナ殿の声聞こえたな！！」
「今こそ闇を封印する絶好の好機！！」
「我らの命を賭して暗黒の恐怖を打ち砕いてくれよう」
「闇の力を封じる星霊封魔陣を発動する！！」
長老が矢継ぎ早にそれぞれの封印の魔法陣で待機しているエスパーやデゾリアンの
僧侶に指示を送る。
エスパー「マジックを絶やすな！！」
長「我らの祈祷に全人類の命運がかかっていると心せよ」
長の一喝の元、術士達は封陣を起動させるべく、霊力を練り上げていく。
「火の捕縛封陣「ヌイ」
水の捕縛封陣「コンル」
雷の捕縛封陣「カンナ」
土の捕縛封陣「トイトイ」
闇の捕縛封陣「クンネ」
光の捕縛封陣「ピリカ」発動！！」
一番奥の巨大な封縛の魔法陣の手前に3対の小さな（それでも町よりでかいが…）封
陣が６色に輝きながら、互いに干渉しあい、封印の魔法陣の効果を高めていく。
長「六星霊の陣の霊力により深遠なる闇の呪力を封縛！！闇を囲い込め！！」
同時刻
絶叫に取り乱していた深遠なる闇の周囲に、６色の円陣が輝きながら現れ、周りを
取り囲んでいく。この事態に、初めて、己の力が封じられていく事に気が付いた闇が
当惑していた。
深遠なる闇「こ…これは、我が力が押えつけられる…だと」
エスパー「封縛第２段階へ以降、深遠なる闇の呪力と封陣の霊力拮抗しています！！」
長「よしこれでアイナ殿が行う封魔陣の邪魔はなくなった。後はアイナ殿の術式さ
え発動すれば！！！闇を淵に追い返し封印できる！！」
その隙に６色の円陣は互いに光のラインで結ばれながら闇を縛る光の鎖を構築した。
封縛の陣の形成成功に沸き立つ、術師達。
オハリオ「各捕縛封陣は順調に発動し問題はない…後はこのままうまくいけば…」
アイナ「ええ…私たちが…」
そしてアイナとオハリオも封陣の起動に後押しされるように、最終封印に向けて精神
を集中していく。
光の鎖が、範囲を狭めながら自身を捕らえていく光景に、ついに追い詰められた深
遠なる闇はカッと目を見開き今にも燃え上がらんばかりの憎悪の情を瞳に浮かべ、
怨嗟の叫びを上げた。
深遠なる闇「おのれぇえ…おのれえええええ！！！我を再びあの虚無の虚空に押し込
めようというのか！！この深遠なる闇が暗愚どもの思うままになると思う
かああああ！！！！」
怒髪天を尽く闇の女神の憎悪が消滅の波動（キャンセレーション）となって、一気に
光の鎖を押しのけ逆流した。
ラシュート地区の６封陣の輝きが一斉に失われ、陣の中央から闇の汚泥があふれ
出してくる。暗黒の汚泥は徐々に作り損ねた彫像のような、〜エウダラベイル、ザフォ
ボスダイナ〜といった異形の姿を取り、術師たちを襲い始めた。
長「何！！呪力が膨張し…ているだと！！」
エスパー「長！！封魔陣の中枢から闇が…闇が溢れ出して魔族が！！！」
エスパー達が対抗して、神聖マジックで異形を葬り続けるが異形はさらにより集まり、
百足と龍を合わしたような巨大な赤、黄緑、青の邪龍サンテミリオン、コンドリュー、シ
ャンベルタンとなり、上空に漂った暗雲は、巨大な暗黒飛竜オルガディランとなりてエス
パー達を食らい押しつぶそうと迫ってくる。
ぎゃおおおおおおおおおおおおおおおお！
この緊急事態に、長老達も、己の身を紅龍王、蒼龍王、赤龍王へと変じる！
グアアアアオオ！
そして術師達を護るように、迫り来る邪龍に絡みつき、食らいあった。
長「封陣を何としても護りきれ！！我々も己が身を竜と化し魔族を防ぐ！！」
「ここが封印の正念場ぞ！！人類の命運はこの一戦にかかっていると心せよ！！！」
龍と化した長老達が邪龍達を食い止めながら、術師達を叱咤激励した。
闇の憎悪の暴走は、暗黒と灼熱の嵐となってランディール号にも襲い掛かった。
ランディール号もバリアフィールドを最大出力で展開しているがバリアにかかる、闇の
圧倒的な憎悪の波動を前に動力炉が耐え切れず、危険領域を示す警告灯が点灯をは
じめ、このままでは破られるのも時間の問題だった。
ハック「凄まじい力だ…このままではバリアフィールドが破られる！！」
整備士「駄目です！！動力炉の出力が低下！！！」
整備士達が懸命に、動力炉の出力調整をするものの、緊迫する事態に絶望感すら漂
い始めた時、主任ガンツの怒鳴り声が響いた。
ガンツ「諦めるなってんだ！！タイラー達が命を賭して戦っていやがるんだぞ、俺らが意
地を見せんでどおする！」
ハル「タイラー艦長、僕はもう決して挫けたりしません、だから艦長も！！」
そしてこの中で一番若いハルの懸命に作業を続ける姿に整備士達も励まされ出力調
整作業に戻った。
深遠なる闇は邪眼を通して自らの運命に懸命に立ち向かう彼らの動向をすべて見て
いた。
彼女は信じられなかった…こんな絶望的な状況的で尚も懸命に立ち上がろうとする人
間の強さが…。
深遠なる闇「何故だ！何故諦めぬ！！何故、絶望と諦観にその身を委ねぬ！！！」
悪鬼の形相で自らに立ち向かう全ての存在を睨み付け恫喝する、闇にジョディが再び穏
やかに語りかけた。シンクレア院長が言っていた言葉を今更ながらに思い出しながら…。
ジョディ「憎む心は本当は寂しんぼう…あなたも本当は寂しいのでしょう。まるで子離れで
きない母親のように」
普通の人間だったら発狂しそうな憎悪の視線にもジョディは怯まずに、逆にを闇を注視
し続ける。
深遠なる闇「くっ！！」
いくらテレパシー能力を持つとはいえ所詮は人であるジョディと絶対的な力を有する精神
生命体。なのに『深遠なる闇』は優位を保てない。
ジョディ「寂しいからこそ絆を求めている。でも、あなたは一方で絆を紡ぐことを恐れた。だか
らこそ、諦観の果てに魂を食らい同化しようとした！！そんな弱い心に私たちは負
けはしない！！」
ジョディの全てを見透かす視線と、怯まず、訴える真摯な姿勢に…闇は狼狽して己が内に
最後まで秘めていた激情を喚き始めた。
深遠なる闇「…貴様に何がわかる！！！我は未来から来た我が子（ダークファルス）の記憶
から全てを知った！！人の愚かさを！三千世界で我の子が！闇が全てに拒絶
される光景を！！千年の後、我が聖剣に倒され、常しえに記憶の牢獄に、無
限の輪廻に閉ざされることを！！！！」
どんなに足掻いても、絶望の輪廻に永遠に囚われ続けなかればならない運命に『深遠なる
闇』は身体をわななかせ、泣きながら悲痛な絶叫を上げた。自分や生み出した子供達が受け
入れられず全てに拒絶される記憶に絶望した闇が意識化に沈殿させた想い…未来に希望を
持てる全ての生命が羨ましく、妬ましかった…。
ジョディは闇の慟哭を黙って聞いていた。闇の悲しみが共感できるからだ。その上で、彼女は
意を決しまるで母が娘を叱るように、心の奥から溢れた言葉を語気を強め叱責した！
ジョディ「どうしてそこで諦めるの！！自分から話しかけないと、人の心は動かせないよ！！
！」
深遠なる闇「何故だ！！我が…この我が怯えるというのか！？この満身創痍の娘御を…そ
れに連なる人の想いを、我が…この我が恐れているというのかああああ！！！
！…」
ジョディの心からの叱責に、闇は精身体を小刻みに震わせ、ジョディの精神から逃げるよう
に姿を消した。
ジョディ「…違うよ、あなたが本当に恐れているのは誰にも受け入れられない自分の姿…絶
望を恐れて自分の殻にこもっていては何も変えられないのに…」
精神世界に一人取り残されたジョディは闇が消えた方向を寂しく見つめ呟くほかなかった…
そこに自分がもっとも愛している男性の声が聞えてきた。
タイラー「ジョディ！！！」
ジョディ「…艦長」
意識を取り戻すと間近に心配そうなタイラーの顔があった。
思わず赤面しうずくまる少女を優しく抱き寄せるタイラーの身体は、鋼鉄の身体なのに仄
かに温かかった。
ジョディ「思い出したよ私、初めての艦長と…ううん、タイラーと交わした口付けの暖かさを…」
彼に身を寄せ嬉しそうに答えるジョディが瞳にぽろぽろと嬉し涙を浮かべ、あの月光の夜
の気持ちを再確認するように自分の今の素直な気持ちを告白した。
タイラー「ああ、前のキスもこんな慌しい最中だったな。俺は今度こそお前を離さない。死が
二人を分かつまで共に生きよう。ジョディ…」
彼女の告白をタイラーは優しく受け止めた。彼は二度とその手を離さないと誓うように、ジ
ョディを強く抱きしめた。
お互いに一番安心できる場所だったとでも言うように、二人は安らかな安堵感に包まれる。
ジョディ「嬉しい…タイラー！」
タイラー「さあ、戻ろう俺達の船に…。最後の仕上げだ」
そして二人を乗せたグレートダロスは、多くの仲間達の待つランディール号へと帰還していく。
遠ざかるグレートダロスの後姿を闇の女神は憎悪に燃え上がる、紅き三つ目で追いながら、
揺らぐ眸に怨念と憧憬を様々な思いを浮かべ…錯乱したかのような呪詛の大絶叫をあげた。
深遠なる闇「許さぬ、我等を永遠に孤独に追いやる者を…！！許さぬ！！我が慈悲を理解
せぬ者を！！！！！許さぬ！！！我等を拒絶するありとあらゆる全ての命よ
！！滅べええええええええ！！！！」
呪詛の慟哭に反応するように周囲の膨大な瘴気と灼熱の炎が彼女に集まり、暗黒の女神の
身体が赤く発光し始める。
ギュォォオオオオオオ
オハリオとアイナは錯乱する女神を冷静に見つめ最終封印の好機を伺っていた。…しかし
闇が憎悪を高め、究極の破壊テクニック、メギドをランディール号にぶつけようとしている事
に気づくと意を決し、封印の印を結び始めた。
オハリオ「深遠なる闇が取り乱している今こそ心を一つに」
アイナ「…オハリオ…行きましょう」
オハリオ「わかっているよ…」
二人は手を重ねあいお互いに複雑な術式を編成し手を通して交じらせ再編成する。二人
の手には数億の魔術文字が帯のように幾重にも重なり合いながら、より高度な術式を形成
していく。
アイナ「今こそ心をひとつに！！光ありて影を成し、対ありて 対無く…」
アイナは手にした術式秘術の呪文を唱える事で八旁星の形に整えていく。
アイナの歌声にあわせ空から大地から光明が現れた。
いまや消え入る蝋燭の火の如くか細い赤い輝きの光……ポウム、
神妙なる蒼い輝きの光……ムゥト
穏やかな緑の輝きの光……ディッツが飛んできて言霊に従い幻惑的に輝きながら八旁星の
巨大な結界をさらに幾重にも重ね術式の効果を高めていく。
「不在の在、かかる姿の 転生の宴 無限なる律 今ここに印を結びなさん！」
第４５話 −終−
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