二つの「闇」 〜時の交差後伝〜

第九話 戦いの波へ

アレンは、エヴィンに五十年前の全ての事を話した。旅に出たきっかけから
始まり、仲間達との出会いや幾多の戦いの事、そして旅の終わりに戦った
総督やダークファルスの事・・・それら全てを話しきるにはかなりの時間を
要したが、エヴィンはそれを「長い」とは思わなかった。
だが、全ての話を聞き終えても、それが実際にあった話だなんて、しかも
それを目の前にいる自分の祖父が、自分とそう年齢の変わらない時にやり
遂げただなんて、エヴィンは素直にそれを受け入れる事ができなかった。

「急にこんな話を聞かされても信じられない、って顔じゃな。」
呆然とした様子のエヴィンの顔を見て、笑いながらアレンは言った。
「え、いや、別にそういうつもりじゃないんだけど・・・」
「なぁに、無理をせんでもいいさ、こんな話、信じろと言う方が無理な
 注文というモンじゃからの。しかし・・・」
「しかし?」
「何故にレガードがお前の事を『闇の神子』だなどと言ったのかは
 このワシにも皆目検討がつかんのだ。」
「・・・そうなんだ・・・」
アレンの言葉に、エヴィンはホッとしたような、それでいてがっかり
したような、そんな複雑な思いが駆け巡る。そしてアレンは言葉を続けた。

「それにしてもあのレガードという男、ただの勘違い野郎にしては
 ワシやアリスの事を知っておったし、ダークファルスに関しても
 ある程度の知識を持っておるようじゃった。あの事件はほとんど
 表沙汰にはなっておらんにも関わらず、だ。しかもワシと戦った
 時には人間技とは思えないスピードを駆使し、そしてお前さんと
 戦った時には特殊な技を駆使した・・・もしかしたら、背後に何かが
 おるのかもしれん。」
「『何か』って・・・?」
「すまんが、それはワシにも本当に分からん。ダークファルスの力
 なのか、それとも別の何かなのか・・・」
「それも・・・レガードも『闇の神子』と何か関係が・・・?」
心底不安そうな面持ちでエヴィンがそう問いかけると、アレンは
ポン、と孫の背中を叩き、そしてニコと微笑んだ。
「ま、いずれにしても、お前が心配してどうなる問題じゃない。
 ご執心の先輩をさらわれて焦る気持ちはわかるがな。」
「ご、『ご執心』って・・・別にそういうのじゃ・・・」
アレンの一言に、エヴィンは顔を真っ赤にし、あたふたしながら
言い訳をする。だがアレンはそんなエヴィンの狼狽をまるっきり
無視して自分の言葉を続けた。

「ワシの時は、相手が政府だったから警察をアテにする事はできん
 かった。だが、今回はそういう意味じゃワシらの方が有利な立場
 じゃからな。元フレオ開拓政府ナンバーワンで、ウェンフィールド
 財団ともパイプを持つこのワシをを敵に回した事を、たぁ〜っぷり
 と後悔させてやるわい!」
アレンはあえて快活に、笑いながらそう言って部屋を出た。しかし、
ドアを閉めるとアレンは、さっきとはうってかわり難しい顔をし、
これからどうするべきかを考えはじめた。

「(警察を動かすのはたやすい、しかし、もしあのレガードという男が
 何らかの特殊な力を持っているとするのならば、一般人の警察が
 束になっても無駄に犠牲者を増やすだけになるかもしれん・・・)」

「あら?どうしたのパパ?難しい顔して・・・エヴィンともずいぶんと
 長話していたみたいだけど・・・」
「ん?おお、クリスティーか、いや、孫とじっくり話すのもずいぶんと
 久しぶりだったからの、それだけじゃよ。」
考え事をしている最中に、クリスに急に声をかけられたアレンは、内心
かなり慌てながらも表面上は平静を装い、そして二言三言話をしてから
一人リビングに向かい、そこのソファーに腰かけた。そしてまた、先の
事についての考えを巡らせはじめた。

「(それにしてもエヴィンが『闇の神子』とはどういう意味なんじゃ・・・?
 ワシもそう長いことエヴィンと一緒にいたワケじゃないが、その中では
 エヴィンからダークファルスと同一の波長のような物は感じなかった。
 唯一関係づけるとすればあの子の髪の色が、母であるクリスティーとも
 父のジョゼフとも違うばかりではなく、ダークファルスの体の色と完全に
 一致している・・・しかし、それだけでエヴィンをダークファルスを関連
 づけるのは、あまりにも強引すぎはせんか・・・?)」

「どうしたのアレン?難しい顔して・・・」
「ん?おお、今度はアリスか。」
「どういう意味?『今度は』って。」
「いや、さっきクリスティーに会ったところだったんでの。」
「ふ〜ん・・・」
そう言うとアリスはアレンの顔をじっと見た。昔からアリスが
アレンを疑っている時にする目つきである。
その目つきにアレンはソファーに座ったまま少し身を反らし、
そしてアリスはアレンが反った分だけ自分の体を前に倒した。

「な、なんじゃ・・・ワシの顔に何かついとるか?」
「アレン、あなた、何か私に隠してるでしょ。」
「ん?はて、何の事やら・・・」
右手をあごにあてながらアレンがそう言ってとぼけようとすると、
アリスはニヤリとほくそ笑んだ。
「だってあなた、私に隠し事をする時に必ず右手をあごに軽くあてるもの。」
「え?・・・ほ、ホントか?それ・・・」
アリスのその言葉に、アレンは慌てて右手をおろしポケットの中にしまう。
そうするとアリスは再びアレンの顔を見ながらニヤリとほくそ笑んだ。

「フフ・・・ウソよ嘘、でも、これでハッキリしたわね。あなたって、昔から
 カマかけにひっかかりやすくって、嘘がつけない性格で、そうでなくても
 隠し事が顔に出るタイプで、結婚して四十年、浮気の心配は無かったのよね。
 ・・・で、何があったの?」
アリスにそこまで言われると、アレンも観念せざるをえない。彼はしばらく
考え込み、口を開くとモゴモゴとした口調で話し出した。
「・・・・・・ちょっと、エヴィンの悩みを聞いてての・・・」
「悩み?たしかにあの子、何か思い悩んでるみたいだったけど・・・」
「うむ・・・」
「相当、深刻な悩みなの・・・?」
アリスの問いに、アレンは一回だけ、ゆっくりと首を縦に振った。
「アリス、済まないが、この一件はクリスティーやジョゼフには黙って、
 全てワシに任せておいてくれないか?」
「子供の事で親には黙っておいて、って・・・まさか、アレン?」
その瞬間、アリスは自分の顔から血の気が引くのを感じた。

「ウム・・・ワシらが戦ってから五十年、消したと思った火は未だ消えては
 おらんかったらしい・・・そしてその火種が未来の大火とならんようにする
 ために、そしてワシらのたった一人の孫息子のために、この老いぼれが
 できる限りの事をしてやるのがスジと言う物じゃからな。」
「アレン・・・」
「なぁに、ワシにも老後の楽しみという物がある。そう簡単に命を捨てる
 ような真似はせんよ。」
アレンは快活に笑いながらアリスに言った。しかしアリスにはアレンが
かなり無理をしてその笑いを作っている事が容易に感じ取れ、沈痛な
面持ちで語られる事の何倍もの痛々しさを感じずにはいられなかった。

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「行ってきまぁ〜す・・・」
翌日、朝食中の両親に元気のない声でそう言うと、エヴィンはトボトボとした
足取りで学校に向かった。

昨日の晩はほとんど眠れていない。眠いし気落ちはするし、おまけにそんな気分を
助長するかのように空には雲が厚く垂れ込め、朝なのにまるで日の入り前のように
薄暗く、雨もシトシトと降っている。こんな日に学校に行きたくないのはやまやま
だったが、だからと言って学校を休めるようなエヴィンでもない。ただ、学校に行っ
ても授業中リビアの事ばかりが気になり全くと言っていい程授業の内容を聞いて
いなかったので先生に注意されたり、体育の授業ではパスされたバスケットボールが
顔面に直撃したりでロクな事がなかった。

「どーしたのよエヴィン、どっか悪いの?」
呆れとも心配ともつかない顔で昼休みにジェシカとメルが声をかけた。
「ん?いや、そんな事ないと思うけど・・・」
「そんな事なくないわよ、朝からボケッとしているって言うか、他の事で頭が一杯
 みたいって言うか・・・なんか元気ないし・・・もしかして、例のリビア先輩と何か
 あったの?」

メルに悪意はなかった。ただ純粋にエヴィンの事を心配してそう言ったのだが、
今のエヴィンにその一言はかなり重かった。エヴィンは二人から目を逸らし、
無言のままうなだれるとメルとジェシカは気まずさを感じ、言葉をなくす。その
気まずい時間は、始業のチャイムによって一応救われる形となったが、それから
放課後になるまで、彼らは一言も口をきけなかった。

そして放課後になり、部室に行ってもやはりリビアは来なかった。また、今日は
珍しく来ていた他の部員達に聞いても今日は誰もリビアの姿を見ていないらしい。
こうなると自分の心の中で、なんとか否定したくてしょうがなかったリビアがさら
われたという事実を、信じざるを得ないように思えてくる。

「(やっぱり、先輩は・・・でも、何のために?・・・僕が『闇の神子』だから?)」

そんな事を考えていて、マトモな練習なんかができるワケがない。エヴィンは、
珍しく参加していた他の部員達に用事があると言って部室を去ると、トボトボと
帰り道を歩き出した。自分が好きな人が危ない目に遭っているかもしれないのに
何もできない、何もしようがない、ただ無事を祈る事しかできない、そんな自分が
情けなくなってくるし、イヤにもなってくる。そんな負け犬モード全開で歩いて
いる姿は、本人は気付いていないもののハタから見たらかなり目立つ。だから
学校をサボり、商店街をほっつき歩いていたマークがエヴィンに気付くのは、
何も難しい事ではなかった。

「なんだ?エヴィンのヤツ、エラく落ち込んでるみたいだけど・・・」
エヴィンの姿をいぶかしく思ったマークは駆け足でエヴィンの事を追いかけ、
商店街の出口を出て少し離れた所でエヴィンに追いつくと、肩をポン、と軽く
叩きながら「どうしたんだ?」と声をかけるのだが、エヴィンは全くの無反応
のまま歩き続けようとする。そんなエヴィンにマークは少しムッとし、今度は
もっと大きな声で「おいエヴィン!」と言いながらエヴィンの肩を強く叩くと
エヴィンはようやく後ろを振り返った。

「あ、マーク・・・いたんだ・・・」
「『いたんだ』じゃねえだろ、まったく!どうしたんだよ、幽霊みたいな足取り
 しやがって・・・」
「・・・マークには、関係ないよ・・・」
気のない声で、面倒くさそうにそう言うとエヴィンはマークの腕を振り払い、
また歩きだそうとする。だが、マークはそれを許さなかった。

「無視すんな!」
エヴィンの首根っこを掴み、強引に自分の方へ引き寄せ、苛立ちを声と顔の両方に
あらわしながらマークが言う。だがそれでもエヴィンは、なぜ自分が落ち込んで
いるのかを話そうとしなかった。
「・・・誰にでも、一人でいたい時はあるよ・・・」
「エヴィン・・・」
その一言に、マークは力無く腕を放した。
「そうか・・・そうだよな・・・ま、気が変わったら電話でもしてくれや。グチなら
 いくらでも聞いてやっからよ。」
「・・・ありがとう、マーク・・・」

エヴィンは小さな声でそう言うと、また歩きだそうとする。が、その時、昨日も
見た、そしてその出会いはほんの数分だったがおそらく一生忘れようのない顔が
彼の前に姿を現した。

「昨日はよく眠れたか?闇の神子よ・・・」
「レガード・・・ベネット!」
彼を前に、エヴィンは自分の中にある、抑えようのない感情が噴き出してくるのを
感じずにはいられない。そしてそれは、レガードの挑発により更に爆発的に膨れ
上がった。

「ふふ・・・私が憎いか?ならば憎め!憎みたいだけ憎んでみろ!そしてお前の
 中に潜む、闇の力を私に見せてみろ!」
「え、エヴィン・・・?」
レガードがエヴィンを挑発すればするほど、エヴィンの目つきはこれまでマークが
見た事のないような、険しい物に変わっていく。そして同時に、エヴィンの体から
何か得体の知れない、寒気のするような「オーラ」のような物が立ちこめだした。

「エヴィン!」
その瞬間、マークの直感が彼に「マズイ!」と働きかけた。「このまま放って
おくと何かとんでもない事がおこる」という感覚とエヴィンが自分の知っている
エヴィンではなくなるような感覚・・・それを瞬時に感じ取ったマークは急いで
エヴィンの元に駆け寄ると背後から彼の後頭部目がけ平手打ちを叩き込んだ。

「・・・マーク?」
マークの平手打ちでエヴィンは我に返りマークの顔を見つめ、その目がいつもの、
自分の知る友人の物であった事にマークはホッと胸を撫で下ろすと、呆れた口調で
エヴィンに言葉を投げかけた。

「ったく・・・お前とあのオッサンの間に何があったか知らねぇけど、熱くなりすぎると
 ケンカってモンは確実に負けるようにできてんだよ。」
「・・・それは分かっているけど・・・でも・・・」
「ま、お前があそこまで腹を立てるのなら、どうせロクでもないヤツなんだろ?
 ・・・エヴィン、お前の心の準備ができるまで、お前の怒り、俺が預かるぜ。」
マークはそう言うと一歩前に進み、レガードの前に立つと彼の事を睨みつけ、そして
右の拳で左の手のひらを「パン」と叩いた。

「小僧・・・貴様なんぞに用はない・・・」
「生憎、そっちに用が無くてもこっちにはあるんでね・・・マーク・フラン、行くぜっ!」
「マーク・・・フラン?ほぅ・・・」
マークの名前を聞き、レガードは少し意外そうな顔をした。
「その名字、その射るような眼光・・・今は亡きティーズの血縁と見える・・・」
「だったら、どうしたって言うんだ?」
マークは拳を握り直しながらそう言うと、レガード目がけ攻撃をしかけた。

「こいつは挨拶代わりだ!」

マークの浴びせ蹴りがレガードの顔面を狙うが、レガードはそれを屈んで難なくかわす。
そして屈んだ状態からの突き上げる掌打で上空のマークのみぞおちを狙うが、マークは
慌てない。両手でレガードの腕を受け止めると着地体勢を整えながら空中で体を回転
させると、レガードの体もマークの体の動きに従うように宙を舞った。しかしそれでも
彼の体勢は全く揺らがず、両足で着地しようとしたのだが、彼の両足が地面につく前に
その体はマークの両腕の力で強烈に引っ張られ、そして引き寄せられた体の先には
マークのヘッドバットが待ちかまえていた。

「喰らえ心意把!」

どうやらまたどこぞで覚えたらしいマークの新技がレガードに命中すると、レガードは
足をふらつかせ数歩後退し、マークは後退するレガード目がけ、体をねじりながら大きく
一歩踏み込み、そしてねじった体の遠心力を最大限に活かした裏拳をレガードの顔面に
叩き込むと更にそこからスカイフックに肘アッパー、最後に正拳突きへとつなげた。
アレンも一目を置いたマーク最強の連携技ブロンコラッシュである。これだけの攻撃を、
しかも全て防御らしい防御をせずに喰らったら、どんな相手だろうとひとたまりもない、
マークはそう思い構えを解いたのだが、次の瞬間彼の首根っこは恐るべき握力を持つ
レガードの右腕によって捕まえられていた。

「なかなかやる・・・さすがティーズの血縁、獅子の血を受け継ぐ者という事か・・・だが!」

言うやレガードは片手一本でマークの体を軽々と放り投げ、その体を地面に叩きつけた。
そして「ぼつぼつ消えるか?」の一言とともに右の掌を妖しく、紅く光らせ、マークに
止めを刺すためにその腕をマークの心臓目がけ振り下ろした。

「!!マーク!危ないっ!!」

掌に集中されたパワーがまさにマークに叩き込まれようとするその瞬間にエヴィンは
二人の間に割って入った。まず手に持っていた学生カバンをレガードに投げつけ、
彼の体と腕をほんの少し反らさせ、そしてレガードが体を反らせた事によって
マークとレガードの間にできた隙間に潜り込むや自分の両腕でレガードの右腕を掴み
ながらそのアゴに頭突きを喰らわせた。

「友人の危機に、いよいよ神子のお出ましと言うワケか・・・」
自分を睨みつけるエヴィンを、むしろ満足そうに見つめながらレガードがそう言うと、
エヴィンはありったけの声で一言怒鳴りつけた「黙れ!」と・・・

「僕は・・・僕は自分があなたの言うような『闇の神子』だなんて思わない・・・でも、
 これ以上あなたが僕の大切な人達を傷つけるのを許すわけにはいかない!」
「フン・・・今はほざきたいだけほざけ・・・所詮人間は、事実から目を背けて生きる事は
 できんのだからな・・・フム、他の連中が騒ぎを聞きつけたか・・・今日は、去るぞ。」
そう言うやレガードの体はまたもや暗黒のオーラに包まれ、消えそうになる。しかし
エヴィンはそんなレガードに反射的に飛びつき、マークも思わずエヴィンにしがみつく。
そして三人が三人とも闇の渦に呑まれるようにして帰え、場には何も残されなかった。

第九話 完

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