三人が三人とも、それぞれの戦いの疲れがあり、またそれ
ぞれの胸の中を交錯する思いがあり、すぐに動き出す事が
できない。だがそんな中で、まずエヴィンが立ち上がり、
ヘインの亡骸のポケットを調べだした。
「何してんだエヴィンのヤツは？」
マークとアレンはそう思いながらエヴィンの事を見ていたのだが、
エヴィンはやがてヘインのポケットから何かを見つけると、血相を
変えて走り出した。
「どこ行くんだよエヴィン！」
マークはそう言ってエヴィンを止めようとするのだが、言っている
間にエヴィンの姿は完全に見えなくなっていた。
「まったく・・・気持ちは分かるがあんなに焦る事もなかろうに。」
相変わらず地面に座ったまま、呼吸を整えながらアレンはそう言う
のだが、マークはその言葉の意味が分からずその意味を尋ねた。
「爺さん、『気持ちが分かる』って？」
「ん？大方ヘインの言っておった、地下の書斎の鍵とやらでも見つけ
たんじゃろうて。その書斎の場所も分からず、敵がどこにいるのか
さえもよくは分からん敵地じゃと言うのに。」
「・・・それってヤバいんじゃないのか？早く追いかけないと・・・」
「いんや、ヤツの服の発信機はついたままになっておる。エヴィンの奴が
無事地下室に辿り着ければそれで良し、そうでなければ危なそうに
なってから助っ人に入れば良かろう。単独行動の危険さを分からせる
意味での。おお、おお、早速道に迷ってるようじゃわい。」
発信機に映る、エヴィンをあらわす小さな光の点が同じ所を行ったり
来たりしているのを見て、アレンは意地悪そうに微笑んだ。
そして、その当のエヴィンはと言うと・・・
「・・・あれ？ここはさっきも通ったような・・・」
周囲を見回し、困惑した面持ちでエヴィンは言った。あまり飾り気の
ない、曲がり角の位置など以外は景色にほとんど変化が見られない
屋敷である。そんな中をもう三十分以上、時には敵と出くわし、戦っ
たり逃げたりもしているのでそれによる体力の消耗も少なくない。
しかも今はリビアが近くにいる事は分かっているし、そこへの鍵も
持っているのに入り口を見つける事ができないのだから、ある意味
さっきまでより余計にフラストレーションがたまる状況だと言えた。
「こんな事なら、焦って駆け出したりしなけりゃ良かったかな・・・」
エヴィンはそう後悔するのだが、アレンとマークがいた場所は完全に
分からなくなっているし、そもそも彼らがそこにまだいる保証も全く
無い。まるっきり「後の祭り」である。しかしそんな状況の中、彼は
一つのアイディアを思いついた。
「そうだ！目印が無ければ自分で目印を作ればいいんだ！」
そう考えたエヴィンは、制服の一番上のボタンを外し、窓際のカーテン
に結びつけた。
「こうすれば、ここがさっき来た所かそうじゃないかが分かる。」
エヴィンはそう思い満足そうにうなずくと、また歩き出した。なお、
自分の制服のボタンに発信機が着けられていた事はきれいさっぱりと
忘れ去っており、その声を聞いたアレンとマークは焦ってエヴィンの
事を追いかけたのだが、二人が発信機の光る場所についた時には、
窓際に制服のボタンが置いてあるだけだった。
だがそんなアレンとマークの焦りをよそに、エヴィンの方はボタンの
目印が功を奏し、またあわせて自分の進んだ道もチェックしておく
ようにした事もあり、自分のいる階の様子を着実に把握できるように
なり、そしてとうとう、地下へと通じる階段を見つけた。
「（この先に、先輩がいる・・・？）」
そう思うと同時に、エヴィンは自分の心臓の鼓動が自分の耳に聞こえる
ほどに大きくなるのを感じずにはいられなかった。ここまで何度も敵に
襲われているし、それで受けたダメージも少なくない。もしもここが
「ハズレ」だったら更に捜索を続けるだけの体力が持つか分からない。
いや、仮にここが「アタリ」だとしても、それから先どうなるのか全く
分からない。けれどそんな事を考えるよりも先に、エヴィンの手はドア
ノブをひねり、足は全速力で階段を駆け下りていた。
「・・・足音？しかも、ヘインさんのじゃない・・・？」
地下の廊下の一番奥で、リビアは何者かの足音がするのを聞いた。
かなりの駆け足で、慌ただしい足音である。ヘインの足音のよりも
だいぶ若い。そしてその足音と共に大声で自分の名前を呼ぶ声が
聞こえてきた。
「先輩！いますか！？いたら返事をして下さい！リビア先輩！！」
「！・・・今の声・・・まさか・・・・・・？」
聞き覚えのある、しかしここで聞くはずの無い声にリビアは一瞬
我を失う。だが、すぐに我に返り、リビアも大声で叫んだ。
「エヴィン君なの！？」と・・・
「先輩！？」
エヴィンは声のした方の扉の前に行くと、手に持っていた鍵束の
鍵を一つ一つ、一心不乱に目の前の鋼鉄製の扉に試してみる。
その間、声を出す余裕さえもエヴィンには無い。そしてようやく、
最後の一つの鍵が鍵穴を回転し、「カチャ」という音がすると同時に
エヴィンは大急ぎで扉を開けた。
「先輩・・・」
「エヴィン、君・・・？」
その瞬間、二人は何も言葉を発する事ができなくなった。エヴィンは
喜びで、リビアは驚きで、体を小刻みに震えさせながらその場に立ち
尽くすのみである。
そしてようやく、エヴィンの方から一歩、二歩と溢れそうになる涙を
必死に堪えながらリビアの方へ歩もうとするのだが、折からの疲れや
ケガに加えてここに来て緊張の糸が切れたのもあり、前のめりに倒れ
そうになる。そしてそんなエヴィンを、リビアは慌てて抱き止めた。
「エヴィン君・・・どうしたの・・・？こんな、傷だらけになって・・・」
「・・・すみません先輩・・・僕のせいで、先輩をこんな目に・・・」
「何言ってるのよ、あなたのせいなわけないじゃない・・・さ、傷
見せて。」
腰を落とし、エヴィンをその場に座らせながらそう言うと、リビアは
自分の手のひらをエヴィンの傷口に当てた。
「サンフォース！」
エヴィンの傷口にあてた、リビアの手が光ると同時にエヴィンの傷口が
ふさがっていく。回復の速さはマークのそれよりやや遅いが、彼のより
遥かに暖かく、優しい感じがするようにエヴィンには思われた。そして
その気持ちよさの中でエヴィンは瞳を閉じ、座ったまま眠り出した。
「エヴィン君・・・？」
エヴィンが眠りだした事に気がつくと、リビアはテクニックの手を休め
その体を地面に横たえさせ、そして無邪気な寝顔でクゥクゥと寝息を
立てるエヴィンの顔をじっと見つめた。
「・・・よっぽど、疲れてたのね・・・でも、あんなにケガしてたなんて・・・
もしかして、外に何かあるの？」
リビアの頭の中を、そんな予感がよぎり、彼女は眉を曇らせた。もしそう
だとしたら、自分とエヴィンはこれからどうなるのか？それを考えると、
たまらなく不安になってくる。そしてそんなリビアの不安は、それから
ほんの数秒後に現実の物となって現れた。虚ろな目をし、手には刃物を
持った人間が数人、部屋に入り込んで来たのである。
「あ・・・ああ・・・」
リビアは自分の足腰、そして歯がガタガタを震えるのを感じた。目の前に
いる人達はどう考えても普通ではない。しかも窓もない地下室で、唯一の
出入り口は彼らによって固められているので、逃げ場は無かった。
「何とか・・・何とかしないと・・・」
かなり錯乱した精神状態で、そう思ったリビアは、足の震えを抑えながら
立ち上がると、書斎の椅子を彼らに投げつけた。そして椅子は先頭にいた
男の顔面に直撃するのだが、男は額から血を流しながらも、表情には何の
変化も見られず、そして次の瞬間、リビアはその男の左手に顔を掴まれていた。
「ぐ・・・うう・・・」
顔を握り潰されるかのような強烈な握力を前に、リビアは声を出す事も
できず、また男の右腕は手にしたナイフを振り上げ、今にも振り下ろそう
としている。何もできない状況の中で、リビアは恐怖でその瞳を閉じた。
だが、彼女を掴んでいた腕は急にその握力を失い、そこでリビアが瞳を
開けると同時に掴んでいた本人も崩れ落ちるように地面に倒れ込む。そして
リビアの目の前には、さっきまで寝ていたエヴィンが立っていた。
「・・・・・・」
エヴィンは無言のまま半開きの目で眼前の敵を睨み付ける。だが敵はそんな
眼光に臆せず斬りかかってくる。その数は三人。だが彼らはエヴィンの懐
に潜り込んでの肘撃ちで一人が倒れ、その背後を狙った一人は後ろ蹴りで
倒れ、そして最後の一人は全体重を傾けての右ストレートで倒された。
「先輩！この鍵でその足枷を外して下さい！」
怒鳴るような声で、鍵束を投げ渡しながらエヴィンは言い、その言葉の
勢いにリビアはびっくりしたような口調で「は、ハイ！」と答えながら
足枷を外す。そして二人で書斎から出て、階段を上り、更に少し歩いた
所で、かなりの大人数の敵が集結しているのに出くわしてしまった。
周りにドアや部屋は無く、身を隠せるような所も無い。そんな状況で
エヴィンは自分の拳を「ぐっ」と握り直した。
「先輩・・・絶対に、僕から離れないでください・・・」
「う、うん・・・」
「（相手の数は大体１５人くらい・・・やれるの？いや、やるしかない！）」
そう思いエヴィンはまず自分に接近してきた一人を殴り倒し、続けざまに
二人を蹴り倒す。そうして敵の第一波を防ぐと第二波に備えた。
「（負けられない・・・僕一人の命じゃないんだ・・・いや、僕のせいで
苦しい目に遭ったリビア先輩を、もうこれ以上苦しめられない・・・）」
自分一人じゃ絶対にどうにかなりそうにない相手を前に、エヴィンは強く
そう思った。そしてそう思えば思うほど、彼の動きは速くなり、一撃一撃の
攻撃は重くなっていく。そして敵の動きが、まるでスローモーションがかか
ったかのように見えてくる。だがエヴィンにはその自覚症状は無くただ一人
リビアだけが、エヴィンの動きが異常なまでの速度を持ってきた事に気付き
はじめていた。
「エヴィン君って、コインを指で曲げたりしたからケンカとかも弱くないと
思っていたけど、これは・・・」
リビアの頭の中を、先週友達に見せられた、格闘技の試合のビデオの選手の
事がよぎる。それはアマチュアの大会などではなく、れっきとした世界大会
のビデオだと友人は言っていた。だが、エヴィンの動きは、それよりも更に
速い。そして、エヴィンの異変はそれだけには収まらなかった。
「目の錯覚かしら・・・？さっきから、エヴィン君の周りに、黒いような、蒼い
ような・・・そんな、モヤみたいな物が・・・？」
最初は、気のせいだと思った。しかしエヴィンが戦えば戦うほど、自分に向かう
多くの敵を退ければ退けるほど、その「モヤ」は濃くなってくるように見える。
しかし、そんなエヴィンにリビアが気を取られている間に、リビアの背後に一人
迫り、金属バットを振り上げ、そして全力で振り下ろしにかかった。
「きゃっ！！」
リビアは恐怖で硬直し、その場から動けない。だが、そんなリビアの頭を飛び
越え、相手の顔面に跳び蹴りを入れたエヴィンの一撃により、敵はかえって
カウンター攻撃を喰らう事となり、派手に吹っ飛ばされていた。
「大丈夫ですか！？先輩！！」
「（え・・・エヴィン君・・・さっきまで、５メートルくらい前にいたのに・・・
一瞬でここまで・・・？）」
「逃げ道は確保しました！逃げましょう！！」
そう言うとエヴィンはリビアの手を握って走り出す。そしてドアから別の部屋に
うつり、そこに敵がいない事を確認すると一息つく事にした。
「ケガとかしてないですか？」
自分の呼吸を整えながら、心配そうな声でエヴィンは尋ねた。
「ええ、私は大丈夫よ。でも、エヴィン君の方こそ・・・」
言いながらリビアはエヴィンの方を見た。さっきまで見えていた「気がする」
黒いモヤは今のエヴィンには見えない
「（やっぱり気のせいか、それとも何かの見間違いだったのかしら？ここ
二日間、何も食べてないし・・・）」
そう思いリビアはエヴィンの「モヤ」の事を忘れようとした。
「あの・・・先輩？僕の顔に何かついてますか？」
リビアが自分の方をじっと見ている事を不思議がりながら、そして少し照れ
ながらエヴィンが尋ねた。
「え？あ、ううん、何でもないの・・・それにしてもエヴィン君って、本当に
強かったのね・・・十人以上の人とケンカして勝っちゃうなんて。」
「・・・・・・絶対に、負けられませんから・・・」
「え？」
「僕がやられたら、先輩も危なくなっちゃうから・・・そんなの、絶対に耐え
られないですから・・・絶対に・・・」
「エヴィン君・・・」
エヴィンの言葉にリビアはしばらく考え込む。そして小さくうなずくと、諭す
ようにエヴィンに言った。
「いい、エヴィン君？いざとなったら、あなた一人でも助かる事を最優先に
するのよ？二人で逃げようと思って、二人ともダメだったら元も子も無い
んだから。」
しかしエヴィンは大きくかぶりを振った。
「そんなの、絶対イヤです！」
「エヴィン君！」
「そんなの、ダメなんです・・・だって僕は・・・僕は先輩の事が！」
エヴィンがそう言った途端、館内に爆音が響き、床が激しく揺れる。地震
かと思ったが、どうやらそうでもない。
「何・・・？何が起きてるの・・・？」
強い不安の衝動に駆られながら、二人は顔を見合わせた。
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