二つの「闇」 〜時の交差後伝〜

第十二話 闇を切り裂く闇

館全体を襲う強烈な揺れが収まると、エヴィンとリビアは顔を見合わせた。

「な、なんだったの?今の・・・」
「地震・・・とは、ちょっと違うみたいですけど・・・」
そう言いながらエヴィンの脳裏をアレンとマークの事がよぎる。リビアと
違い二人とも、特にアレンはかなり戦い慣れているので大丈夫だとは
思いたいが、二人の無事な顔を見ない限り心の中の不安を完全に消し
去る事はできそうにない。そんな事を考え込んでいるエヴィンにリビアは
横から声をかけた。

「どうしたのエヴィン君、難しい顔して・・・?」
「え?ええ、実は、ここに一緒に来た、祖父と友達とはぐれていて・・・」
「そうだったの?」
エヴィンにそう言われ、リビアは意外そうな顔をした。けれどその表情と
声は、今のエヴィンの耳には入っていない。

エヴィンは頭脳をフル回転させた。アレンとマークの事は気になる。だが
この広い屋敷で再び彼らにうまく出会うのは難しいように思えるし、その
ために屋敷の中をウロつけばそれだけ敵に遭遇する確率も増える。だが、
かと言って出口がどこか分かっているワケでもないし、うまく彼ら二人を
見つけられればそれは間違いなく最上の結果になるのである。そこをどう
決断するか自分が決めなければならないのに、エヴィンにはその場で決める
事はできなかった。

「エヴィン君?」
「え?あ・・・すみません、なんですか?」
再び話しかけられるとエヴィンは我に返り、そしてリビアの方を向いた。
「そう言えばさっき、何か私に言いかけてなかった?」
「『さっき』って・・・?」
「あの爆発みたいな揺れと凄い音がした時の事。何か言いかけていた
 みたいだけど・・・」
「・・・・・・」
リビアの言葉にエヴィンはさっきの事を思いだし、そして顔の温度がみる
みる上がって行くのを感じずにはいられなかった。異常に心が高ぶっていた
さっきまでならまだしも、妙に平静を取り戻してしまった今の彼にさっきの
言葉の続きを言える筈がない。そしてその事をリビアに感付かれないように
と慌てて顔を逸らす。そしていぶかり、自分の顔を見ようとするリビアの
視線を避けながら何とか「な、何でもないです!」と言う言葉を絞り出すと
立ち上がり、また歩きだそうとした。

「あ、ちょっと待ってよエヴィン君!」
急にスタスタと歩きだしたエヴィンを、リビアは慌てて追いかけた。彼女は
エヴィンが自分に対して抱いている想いに全くと言っていい程気付いてない。
エヴィンの事を気に入ってはいるが、それも「良き後輩」としての話である。
そしてエヴィンもその事に気付いているし、その事にある種の残念さも感じ
てはいるのだが、それを表に出す事によって今の関係が崩れる事も怖かった。

「(いつかは、僕の気持ちを伝えたい・・・)」
エヴィンがこう思ったのは、別に今が初めてではないし、二人っきりの今は
ある意味「チャンス」かもしれない。だけど、今はそれよりも先輩を連れて
安全な場所に逃げるのが先だという事も分かっている。もしここでどうにか
なったりしたら、告白どころの騒ぎではなくなってしまう。そんな事をあれ
これ考えながらエヴィンは歩いていたのだが、考え事の方に気を取られすぎ
ていたため、角の柱に思いっきり頭をぶつけ、その場で頭を抱え込んだ。

「大丈夫?エヴィン君。」
「はい、一応・・・」
「まだ、さっきの喧嘩の時の疲れが残っているんじゃないの?」
「いえ、そんな事も無いと思うんですけど・・・」
照れ臭そうに頭を掻きながらエヴィンは言った。そしてここからどうやって
話をつなごうかと思い始めたその瞬間、彼の全身を急に、何とも言えない
感覚が駆け抜けた。自分を不安がらせるようでいて、かつ胸を高鳴らせる
ような感覚、その正体が何なのかエヴィンには分からない。だが、どこに
行けば良いのか全く勝手が掴めていないエヴィンにとって、今の直感はある
種の指針を指し示してくれるような気がしてならず、だからエヴィンはその
直感の指し示す方向へと、リビアと一緒に歩いていった。

そして時間は少しさかのぼり、アレンとマークはどうしていたかと言うと・・・

二人はエヴィンのつけた学生服のボタンの目印を追いかけ彼の足取りを辿ろう
としていた。しかし発信機が付いている物以外全て同じ形をしている制服の
ボタンである。その区別は本人以外には容易につかず、これから彼の通った
道筋を辿るのは容易ではない。それでも何とかエヴィンの順路を探り当て、
地下室に行った時には、そこはとうにもぬけの殻だった。

「行き違いか・・・」
舌打ちをし、左手の親指の爪を噛みながら悔しそうな声でマークは言った。
「ウム・・・」
行き違いが続く状況にアレンもため息をつきながら不満そうな顔をする。
そして再び一階に戻り、ドアを一つ開けた所で、二人は強い圧迫感を覚えた。

「じ、爺さん・・・」
額から冷や汗を流しながら、不安げな声でマークはアレンに声をかけるの
だが、アレンは顔をより一層険しくさせ、その場から一歩も動かない。
こうして完全にその場に硬直した二人の耳に、隣の廊下から「カツーン・
カツーン」という足音が耳に入ってきた。

「(何だ・・・何が来やがるってんだ・・・)」
「(・・・この感じは・・・分からん・・・解せん、解せんぞ・・・)」
廊下の足音が一歩、また一歩と近づいて来るにつれ、二人の緊張感も加速度
的に上昇してくる。本当ならば全力で逃げ出すのが最良なのだが、まるで
蛇に睨まれた蛙のように、その場から全く体を動かす事ができなかった。
そして足音が扉の前で止まると、扉は鈍い音と共に開く。そして彼らの前に
長身の、冷たい瞳を持った男が姿を現した。

「レガード・・・」
アレンとマークは異口同音に目の前の相手の名前を口にする。そんな二人を
前にレガードはその氷のような瞳を、さらに冷たい物とさせた。

「・・・ヘイン・・・」
「・・・・・・?」
「ヘインが死んだか・・・」
レガードはそう言うと瞳を閉じ、小さく、寂しそうなため息をつく。だが、
直後に彼は場にいる者を凍てつかせるような声で笑い出した。

「愚かだ・・・愚かだぞヘイン!己の命を投げ出しても敵の首一つ取る事も
 できんとは!・・・犬死とはヤツのためにあるような言葉だな!」
「なんだと!」
レガードの言葉に、マークは反射的に殴りかかる。その一拳はレガードの
顔面を正確に捉えるのだが、レガードの顔には傷一つついておらず、逆に
マークの拳の方が痛みを感じた。

「獅子の血を受け継ぐ者よ・・・お前は今、荒ぶる怒りをもって私に攻撃を
 仕掛けた・・・だが、私に傷一つつけられなかった・・・」
「な・・・それなら効くまで攻撃するだけだ!」
言うやマークは再びレガードに攻撃を仕掛ける。だが、レガードの首筋を
狙った蹴りはレガードの左手によって簡単に受け止められ、そして右足を
掴まれたマークは、レガードにそのままの体勢で投げ飛ばされ、全身を
石壁に強く叩きつけられた。

「所詮、力が無ければ何もできんのだ・・・幼い頃の私のようにな・・・」
レガードは自嘲気味に言った。
「・・・ヘインは、力を得る機会はいくらでもあった・・・高い執務能力に
 格闘技の免許皆伝・・・だがヤツは、ちっぽけな義に殉じ、犬死にと
 いう無様な結果しか残す事ができなかった・・・」
「・・・ちっぽけな義に殉じる、か・・・それが、彼の望んだ生き方では
 なかったのか?十年以上一緒にいたお前さんなら、ワシなんかより
 よっぽど、そんな彼の気持ちを理解できると思うのだが・・・」
「黙れ!アレン・ハランツ!!」
レガードはアレンの言ったその言葉に多大な嫌悪感を示し、そしてアレンの
顔を鋭い目つきで睨み付ける。そして小さく、深く息を吸い込むと、まくし
立てるようにアレンの言葉を非難した。

「所詮貴様は、ダークファルスを打ち倒し、フレオでは開拓政府主席として
 万民に慕われた人生の勝者!そんな者の、勝者の優越によって語られる
 詭弁なんぞ、聞く耳持たぬわ!私は・・・私はヘインの轍は踏まぬ!!」
「レガード!」
「・・・なんだ・・・この、ドス黒い感覚・・・」
急激に様子を変化させたレガードに、アレンとマークは一歩後ずさりした。
ずっと虐げられてきた者の執念とか、そんな物では説明がつかないほどの
強烈な圧迫感である。

「私は・・・もはや手段を選ばない・・・この星に眠る二つの闇の力、その
 全てを手に入れる!!」
レガードの体から発せられるプレッシャーは更に巨大な物となり、彼の体から
ドス黒いオーラのような物が発せられる。そして間もなくそのオーラは彼の
全身を包み込み、そして形を成していった。体の中心から上の部分に以前の
彼の体のうちの上半身のみが残り、それ以外の部分はおよそこの世の物とは
思えない、全長5メートルはあろうかという禍禍しい姿をした「怪物」・・・そう、
「怪物」と言うしか今のレガードの姿を言い表す術はアレン達には無かった。
そしてその怪物は掌で暗黒の玉を形成すると、アレン達の方へと投げつける。
二人は間一髪でそれをかわしたが、その威力の衝撃で建物は大きく揺れた。

「・・・ダークファルス・・・?いや、違う!五十年前にワシが戦った連中とは
 明らかに邪気の波長も、見た目も違う!・・・この星に、ダークファルス以外の
 闇の者がいたというのか・・・?」
アレンは眼前にいる相手の存在を信じる事ができなかった。ダークファルスとは
異質な「闇」がいる。一体これは何処から来たのか、何故、存在するのか。だが
敵の苛烈な攻撃はアレンにそんな事を考える暇を与えない。アレンは体勢を立て
直すと、振り下ろされた怪物の腕に乗り、そして自分を振り落とそうとする相手
の力を逆に利用し加速をつけて怪物の懐に飛び込んだ。

「オーバードライブ!」
アレンの拳が怪物化したレガードの胴体に深々と突き刺さる。だが、レガードに
全くこたえた様子は無く、逆にアレンの腕は相手の胴体から抜けなくなった。
そして慌てるアレンを見てレガードは「ニヤリ」と笑うと、両腕でアレンの体を
メッタ打ちに殴りまくった。

「爺さん!」
アレンの危機に血相を変えたマークは飛び出し、レガードの腕に飛びついた。
そしてそこを起点としてレガードの胴体の、アレンの腕を掴んでいるあたりの
部分目がけ連続攻撃を加えるのだが、レガードの表情にはやはり何の変化も
見られず、マークに攻撃したいだけ攻撃させると右腕で彼の体を弾き飛ばした。

「つ・・・強ぇ・・・」
口の中を切り、口元から血を流しながら悔しそうにマークは言った。どこを
どう考えても、自分とはレベルが違いすぎる。勝ち目なんかがある筈がない。
「逃げようか」
マークは思った。だが、この怪物を相手に逃げ切れる自信は全く無いし、逃げ
たら当分メシは不味く、寝起きは悪くなりそうな気がする。それならば、玉砕
覚悟でもう一度ぶつかってみた方がまだマシ、マークはそう自分の考えをまと
めると拳を握り直した。

「ったく・・・厄介な友達と難儀な性格を持っちまったもんだぜ。」
マークは自嘲気味にそうつぶやくと、指の関節をパキパキと鳴らした。
そして呼吸を整え、最後に一言、自分が想いを寄せる幼なじみの名前を
小さな、しかしはっきりとした声でつぶやくと、レガード目がけ一直線に
突進し、目の前の強大すぎる敵に殴りかかっていった。

・・・・・
・・・・
・・・
・・

そしてそれから数分、ドアを開けたエヴィンが見たのは、天上まで壊れた
部屋の中で傷だらけで地面に倒れ伏しているアレンとマークの姿だった。

「これは・・・」
地面に倒れる祖父と親友、そして怪物、目の前の光景の全てが、エヴィンの、
そしてリビアの言葉を失わせるのには十分だった。
「来たか・・・闇の神子よ・・・」
「え・・・?」
レガードの言葉に、まずリビアが耳を疑った。目の前の怪物は、明らかに
エヴィンを指して「闇の神子」と言っている。エヴィンが以前ヘインが自分に
言っていた闇の神子?一体どういう意味なのだろうか?と。

「言うなっ!」
レガードの言葉に反応し、エヴィンは絶叫のような声で言葉を返した。
「僕は・・・僕はあなたの言う『闇の神子』なんかじゃない・・・僕は・・・
 僕はエヴィン!エヴィン・ハランツ!!それ以外の何者でもない!!!」

エヴィンがそう言うと同時に、エヴィンの体から再び蒼黒い「モヤ」が沸き
上がるのがリビアには見えた。二度も見えたとなると目の錯覚の可能性は
かなり低くなる。そしてまた、エヴィンのスピードはおよそ自分の常識では
考えられない物だった。眼前の怪物の一撃をバックステップでかわし、飛び
上がって蹴りを入れる。そして更に数発の突きを打ち込むと反撃が来る前に
再び間合いを離し相手の攻撃に備える。目の前の、身長が5メートルは優に
超える怪物を相手に一歩もひけを取っていないのである。

「なかなかやる・・・さすがは神子と言った所か・・・」
エヴィンと少し間合いを離し、口元に微笑を浮かべながらレガードは言った。
「・・・あなたは・・・なんで、こんな事を・・・」
「細かい過程を説明する義務は無い・・・ただ、お前の持つダークファルスの
 力を手に入れたい、それだけだ・・・そして、私が満足するだけの力を得る
 ためには、貴様の力と怒りはまだ足りん・・・」
言い終わると、レガードは右腕を自分の背後にいるリビアのいる方へ向けると
糸のように細い熱光線を発し、リビアの右足を貫いた。

「うっ・・・!」
「先輩!・・・どうして・・・あなたの目的は僕なんだろ!!」
「そうだ・・・だが、人質を取るだけでは、お前の怒りを引き出すのには足り
 なかったようだな。」
「先輩!逃げてっ!!」
レガードが再び右腕にエネルギーを集中させ始めたのを見るとエヴィンは血相
を変え、瞬間移動のような速度でリビアの前に行こうとする。だが冷静さを
失い、隙だらけのその動きは、レガードが軽く足をひっかける程度でつまずき、
エヴィンの体は派手に転がりながら壁に叩きつけられた。

「想いを寄せる人間が目の前で殺された時、どのような感情が貴様の中から
 飛び出して来るのか・・・」
口元に残酷な笑みを浮かべながらそう言うと、レガードは腕からボールペン
ほどの太さの熱光線を放った。しかしそんなレガードの行動を予見している
者が、もう一人いた。

「させるかあっ!!」
執念の叫び声とともにそれまで倒れていたアレンが飛び出し、リビアの所へ
駆ける。リビアまでの距離は、エヴィンよりアレンの方が近い。だが負傷した
彼の足ではリビアの所まで間に合わず、却ってリビアと一直線上に並んだ
形になった所で、レガードが放った光線はアレンの胸を貫き、そしてリビアの
胸も貫いた。

「がっ・・・」
「・・・エヴィン・・・君・・・」
二人の体からおびただしい血が流れ、そしてその場に倒れこみピクリとも
動かない。そんな光景を前に、エヴィンの中で、何かが起きた。

「レガード・・・僕はあなたを許さない・・・」
エヴィンが小さな、しかし地の底から湧き上がって来るような声でそう言うと
彼の体を覆っていた蒼黒い「モヤ」はさらにその量を増やし、そして今までは
エヴィンの全身を覆うような形だった「モヤ」は、やがて一つのはっきりとした
「形」を成した。

それは翼だった。

エヴィンの背には二枚の黒い翼、ただ一人意識を保ち、横で見ていたマークは
最初それを目の錯覚だと思った。何かの見間違いだと。だがそれが錯覚でない
事を理解するのにマークは時間を要さなかった。エヴィンの背の闇の翼が一回
大きく羽ばたくと周囲に風が起こり、そしてエヴィンの体は天高く舞い上がった
のである。

「うわぁぁぁあああああっっっ!!」
翼をまとったエヴィンは、怪物化したレガードの胸部を目がけ一直線に急降下
する。そんなエヴィンを見て、レガードは満足そうな笑い声をあげた。

「ついに闇の神子としての力の正体を現したか!ならばその力の全て、
 私の手で喰らい尽くしてくれるわ!」
言いながらレガードは両腕を重ねながら前に突き出し、エヴィンを受け止め
ようとする。だが、それは何の意味もなさなかった。エヴィンの体は一瞬に
してレガードの手を突き破り、その胴体に巨大な風穴を開けていたのである。

「・・・え・・・?」
レガードは目の前の光景が信じられなかった。突き破られた腕、風穴の
空いた体、そしてその後からやってくる激痛、その全てが信じられなかった。
やがて彼は、自分の体が崩れ去るのを感じた。

「馬鹿な・・・全て、予定通りに行っていたのだぞ・・・全てが・・・だのに
 何故・・・何故、最後の最後で計画が狂ったのだ・・・何故、私が敗れ
 なくてはならないのだ・・・」

「あなたの敗因だって・・・?」
上空から急降下してレガードの体を貫いたエヴィンは、地面への激突を防ぐ
ためにそこから緩やかな角度の「V」の字を描くような軌道で一度少し高度を
上げていた。そしてそこから地面に静かに降りる途中でエヴィンはレガードの
言葉を聞いた。そしてレガードの方を振り返りもせず、最大の嫌悪感を込めて
彼に言葉を返した。

「そんな物は一つしかない・・・あなたは僕の力を欲しがって、僕の大切な
 人を沢山傷つけ、苦しめた・・・そしてリビア先輩とお爺ちゃんを手にかけ
 た・・・あなたは・・・あなたは僕を怒らせた!!」

第十二話 完

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