「エヴィン・・・」
マークは、そんなエヴィンの後ろ姿を見たまま、しばらく身動きを取る
事ができなかったが、やがて何かを思い出したかのように立ち上がると
ヨロヨロとした足取りでアレンとリビアの方に歩いていった。
「！エヴィン！！二人ともまだ息があるぞ！！」
二人の口元に両手を軽く当て、かすかな息づかいを感じ取るとマークは
驚きと喜びの入り混じった声でエヴィンに向かってそう叫び、二人に
スターフォースをかけた。もう、これ一回分のＴＰしかマークには残されて
いない。そしてそれでは止血が精一杯だった。なお、エヴィンは回復系の
テクニックの扱いは全くの不得手である。
「エヴィン、一応止血はしといたけど、二人とも相当血を流してるし傷も
完全に塞がっているとは言えねえ。救急車を呼ぶなり何なりして、病院
とかにに連れていった方が良さそうだな。俺にはこれが限界だし。」
マークはエヴィンにそう言うのだが、エヴィンはさっきのままの姿勢で、
マークの話も全く耳に入っていないかの如く動かない。そんなエヴィンに
やや苛ついた声色でマークは再び声をかけた。
「聞こえてんのかよエヴィン！救急車呼ぼうぜ救急車！！人間二人、俺らで
運べるモンじゃねぇだろ！！」
「うん・・・」
エヴィンは弱々しい声でそう言うのだが、相変わらず顔をマークに見せない。
「お爺ちゃんのポケットに携帯電話が入ってる筈だから・・・悪いけど、それで
呼んでよ・・・僕は・・・僕は・・・」
「チッ・・・」
エヴィンの妙な態度にマークは腹を立て、立ち上がるとエヴィンの方へと
歩み寄る。そして彼の右手で左肩を「グッ」と掴んだ。
「さっきっから何なんだよその態度！話す時はこっちを見て・・・！」
そう言いながらエヴィンの首を無理矢理自分の方へと向かせた所でマークは
ハッとした。エヴィンが・・・泣いていたのである。エヴィンはマークの手を
払いのけると再び後ろを向き、そして肩を震わせた。
「エヴィン・・・お前・・・」
「・・・やっぱり僕は・・・レガードの言う通り『闇の神子』だったんだ・・・」
震える声でエヴィンは言う。その声は完全に涙声だった。
「んな事関係ねぇだろ！レガードにも言ってたじゃねぇか！エヴィンは
エヴィン、それ以外に何があるって言うんだよ！！」
「・・・色々あるよ・・・僕が『闇の神子』の力を持っていて、それを狙う人が
いた・・・それで、リビア先輩やお爺ちゃん、マークが危ない目に遭った・・・
嫌なんだよ・・・耐えられないんだよ！そんなの！！」
「エヴィン・・・」
「それに僕がみんなのそばにいると、これからもみんなを危ない目にあわせる・・・」
「レガードは倒したんだぞ！それなのになんで・・・」
マークがそう言うと、エヴィンは静かに首を横に振った。
「これで終わりじゃない・・・終わりじゃないんだ・・・何があるって言い切る事は
できないけど、それが実感としてある・・・もしかしてこれも、僕の闇の神子と
しての力が教えてくれているのかもしれない・・・」
「・・・・・・」
「だから、それに全部決着がつくまで、僕がいる事でみんなが苦しんだりしないって
分かるまで・・・僕は、みんなの所には帰らない。」
エヴィンが小さな声でそう言うと、それとは対照的な大きな声で、エヴィンの名を
呼ぶ声が彼とマーク、二人の耳に飛び込んできた。
「エヴィン！」
「・・・お爺ちゃん・・・？」
「爺さん、喋るなよ！傷が開くぞ！！」
マークはそう言ってアレンが話すのを止めようとする。だがアレンはそんな事は
全く意に介さず話し続ける。
「エヴィン・・・祖父であるこのワシが、お前の父さんや母さんを差し置いてこの
ような事を言うのはあまりに無責任かもしれん。だが、お前が旅に出ると言う
ならば、ワシはお前を止めたりはせん・・・」
「！爺さん！！何ボケた事言うんだよ！！」
当然エヴィンを止める物と思いこんでいたマークは、アレンの言葉に非常に驚き
怪しみ、彼に発言の訂正を求める。だがアレンは、静かに自分の言葉を続けた。
「エヴィン、前が出る旅はともすれば非常に辛く、苦しい物になるかもしれん。
また、危険もあるかもしれん。だが、どんなに苦しい事や嫌な事、全てを投げ
出したいと思うような事に出くわしても、必ず生き延びるという事だけは約束
してくれ・・・お前を失う事の苦しみや悲しみは、ワシやクリスティー、ジョゼフ
達にとって、お前が闇の神子であるが故に持ってくる苦しみや悲しみよりも、
遥かに大きいのだから・・・」
「うん・・・」
エヴィンは小さな声でそう言うと、初めてアレン達の方を振り返る。そして地面に
倒れているリビアの元に歩み寄ると膝を屈め、リビアの顔をじっと見た。
「（先輩・・・）」
エヴィンの頭の中をリビアとの色々な思い出がよぎる。初めて会った時の事、
フルート選びを手伝ってもらった時の事、初めて曲を一曲演奏できた時の事、
一緒にコンサートに行った時の事・・・それらを思い出すと、胸が締め付けられる
ような衝動を感じずにはいられない。
「（僕は、リビア先輩の事が好きだ・・・でも・・・）」
そこでエヴィンは、ほんの少しの間考えた。
「（当たり前の事だけど、僕と先輩は血がつながっていない・・・だから、僕が先輩の
事を忘れれば、先輩はもう、僕が『闇の神子』だからって狙われたりしない・・・）」
・・・
・・
・
「さようなら、リビア先輩・・・」
蚊の鳴くような声でそう言った彼の言葉は、意識を失っているリビアの耳には入って
いない。その事は彼も十分わかっている。だけどその言葉を言うのは、エヴィンに
とって告白するよりも何倍もの勇気と決意がいる事だった。
そして言葉が終わると同時にエヴィンは立ち上がり、一直線に、無我夢中で走り
出した。何処に行けばいいのか、何をすればいいのか、全く分からないまま走り
出した。そしてアレンとマークは、そんな彼の後ろ姿をただじっと見る事しか
できなかった。
「（五十年前、ダークファルスにアリスをやられ、ワシはメギドに目覚めた。
そしてエヴィンは神子としての力を・・・歴史は、繰り返すという事か・・・
だが、その繰り返された歴史によってあの子が背負った物は、あまりに
重すぎる・・・・・・あまりにも・・・）」
走り去るエヴィンの、段々遠くなる足音を聞きながら、アレンは静かに考えた。
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そして、そんな彼らとは全く違う場所・・・
暗い部屋で、数人の男女が水晶玉に映る映像を見つめていた。全部で何人いるのか、
男女比は、年齢や風貌はどのような物なのか、それは何一つ正確に分からない。ただ
一つ言える事は、どう考えても彼らが尋常な集団ではないという事だけだった。
「やはり神子は出奔したか・・・」
「ええ・・・」
彼らのうちの男性の一人がそう言うと、傍らにいた女性はそう言ってうなずいた。
「全てはお前の計画通りだな・・・ティリアの近くで最も負の力の強いレガードに中途
半端な闇の神子に関する情報と力を与え、神子の力の覚醒と暴発を誘う・・・」
「そして神子は、生来の性格から必ず仲間の元を離れようとし、そこに我らの付け入る
隙が生じる・・・作戦は、全て予定通りのプロセスで第二段階へと移行した・・・」
「ええ・・・我らの崇高なるプロジェクト、『トライデント（三つ又矛）』の・・・」
女性がそう言って暗い笑い声で笑い出すと、また別の一人が笑い出す。そしてその笑い
声は、すぐに部屋中の全ての人間に伝染した。
「我らがトライデントの完成を願って・・・乾杯・・・」
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そして自分をそのような形で傍観している者がいる事なんて知る由もないエヴィンは
ティリアの町外れにいた。とは言っても何か目的があってここにいるのではない。
あれから屋敷を出て山を下り、道に迷いに迷いまくっていたらいつの間にか市街地に
出ていたのである。レガードの屋敷に着いたのが昨日の夕方、それから気がつかない
間にかなり時間が経っていたらしく、翌日の朝日が昇りはじめていた。まだ店も開店
しておらず、道行く人もほとんどいない。いるのは石畳の上で何かをついばんでいる
小鳥くらいの物である。
「こんな所にいて、誰かに会ったりしちゃいけない・・・」
エヴィンはそう思い早くここから離れようとする。そしてそこからさらに数百メートル
進んだ所で一人の男性が、まだ水の出ていない噴水の縁に座り歌を歌っている事に気が
ついた。年は２７・８くらいだろうか？伸びやかでそれでいて力強い歌声の持ち主である。
「早く人から離れなくてはいけない」
理性ではそう思っていたエヴィンだったが、その歌声のきれいさについ、その場で足を
止め、そして歌に耳を傾けた。全体の曲調はポップスなのだが少しバラード色が入って
いる、そんな歌だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「去らねばいけない」とあなたは言うが、その足取りは重い。
情は消え、愛は熄(や)み、残されたこの空っぽの心に一体何が
できるのか・・・
春は去り、花も散った。それを取り戻そうとどんなに心を砕き、
どんなに心を苦しめても、それは全て虚しい物にしかならない・・・
私の痛みはどのように表現すればこと足りるのだろうか？
一生の愛を、貴女の腕を、誤って手放したこの痛みを・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「・・・・・・！」
歌が終わった所でエヴィンはその場に立ち尽くている自分に気付いた。
去らないといけないと思いながらも重い足取り、誤って手放した腕・・・どこか
今の自分と似ている物がある。周りには自分とその男性以外には誰もいない。
そんな中で歌を歌っていた男性はエヴィンの存在に気がつき、彼の方を見ると
口元にうっすらと笑みを浮かべ、手招きをした。
「僕・・・ですか？」
「他に誰もいないだろ？気に入ってくれたかい？今の歌」
「え・・・・・・ええ、すごい綺麗な・・・でも、寂しい歌詞ですね・・・
誤って手放して・・・取り戻そうとしても手に入らない・・・」
エヴィンが寂しそうな顔でそう言うと、男はニコと微笑んだ。
「そうだね。けど、それで終わりだと思うかい？」
「え？」
「・・・たしかに、この歌の主人公は『これで終わり』と思っている。でも気付いて
いないだけなんだよ。散った花や過ぎた春を取り戻す事はできなくても、待って
いれば春は巡るし花も咲くって事を。」
「あ・・・！」
「ただそれが『新たに』咲く花か、それとも『再び』咲く花かまでは誰にも
分からない、その人次第だけどね。」
「そっか・・・」
男の言葉にエヴィンは数回うなずき、そして歌の礼を言うと、再びアテの無い
まま走り出した。春が巡り、花が咲く、そんな時がまた自分に訪れる日を願い
ながら・・・そしてそんなエヴィンがティリアを出ると同時に、初夏の到来を
告げるそよ風がティリアの町を吹き抜けた。
こうして、エヴィンは一人ティリアを旅だった。
彼を影で見つめ、操ろうとするのは誰なのか？
プロジェクト『トライデント』とは何なのか？
様々な未解決の問題を残しながら、物語は第二部へと向かう・・・
アレン・ハランツとアリス・ランフォードの戦いから五十年、ネオアリサの
火種はまだ消えてはいなかった・・・
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筆者注釈：