二つの「闇」 〜時の交差後伝〜

第二部第一話 神子去りて後

エヴィンがティリアの町を飛び出したのとほぼ同時刻、アレンとマークは
ティリア中央病院にいた。二人は既に自分達の診察と治療を済ませ、病室
の中の椅子に腰かけていた。

「二人ともまだ意識は戻らず、か・・・」
前後逆に椅子に座り、背もたれの上に組んだ両腕と頭を置きながらマークが
言った。
「ウム・・・」
アレンはそううなずくと傍らのベッドに横たえられている二人、リビアと
レガードに目をやった。二人の容態を比べてみると、リビアの方は負傷と
栄養失調、それに若干のショックを受けている事が原因で、命には何ら
別状は無い。またレガードの方は一時期非常に危険な状態であったものの
今は少しずつ回復に向かっている。しかし意識が戻るのにはまだかなりの
時間を必要としそうであった。

「しっかし、なんでこいつに手当てなんかするんだ?」
不思議そうな面持ちでレガードを見ながらマークがアレンに尋ねる。
「こいつは、何かを知っておる。それを聞き出す必要があるのでな。
 それに孫を・・・エヴィンを人殺しにさせたくない・・・」
「そっか・・・そうだよな・・・」
アレンの答えにマークはそう言って小さく頷くと、今度はアレンの方が
マークに質問を投げかけた。
「ところでマーク君、こっちからも一つ聞いていいかの?」
「ん?何だ?」
「さっきワシがレガードにやられていた時、なんで逃げなかった?お前さん
 一人なら、逃げる事は不可能ではなかっただろうに。」
アレンの質問に、マークは少し考えた。

「何て言ったらいいのか分かんねぇけど・・・」
「分かんないけど?」
「イヤだったんだ・・・あそこで爺さんに死んでほしくなかったし、逃げた
 なんて言ったらエヴィンやジェシカに顔向けできそうにないし・・・」
「フム・・・」
「それに、爺さんにケンカを教えてもらいたかったし!」
「け、ケンカ?ワシに・・・じゃと?」
マークの急な言葉にアレンは戸惑わずにいられない。だがそんなアレンに
全く構わず、マークは自分の言葉を続けた。

「な、いいだろ?俺にとって爺さんは三人目なんだよ!!」
「・・・お前さん、人と話す時に一度深呼吸でもして、頭の中を整理して
 話をせんかい。そんな事言われたって何が『三人目』なのか、ちっとも
 分からんわい。」
「あ、ああ悪ぃ。」
アレンにそう指摘されてマークは少し照れ臭そうに後頭部を掻いた。
「いや、戦ってる所見て鳥肌が立ったのが爺さんが三人目だったって
 事だよ。ちなみに一人目がビデオで見たテオ・ウェンフィールド、
 んで二人目が・・・」
と、マークがそのように話を続けようとした時、誰かが病室のドアをノックした。

「アレン様はこちらですか?」
「ああ。」
ドアの向こう側からする、若い女性と思しき声にアレンが答える。
「ウェンフィールド財団よりギゾ様の使いで参りました。」
「そうか・・・入ってくれ。」
「ウェンフィールド?」
その名前を聞くと、マークは意外そうな顔をした。

「ウェンフィールドって、テオ・ウェンフィールドのダンナがやってる
 あの大財閥の?そんな所の人間が何しに・・・」
と、マークはそう言いかけた所で息を呑んだ。ドアを開けて入ってきたその
女性は、年齢は25、6くらいであろうか?ストライプの入ったグレーの
スーツに身を包み、髪の毛はエメラルドのような色をした長めのストレート、
そして稟とした瞳を持ち、背も170を超えていて女性にしてはかなり高い。
どこかの有名なモデルだと紹介されても何も疑わしい事はない、そんな感じ
のする女性である。マークはその女性に思わず見とれたが、そんな彼の事は
全く気にとめずアレンの前に歩み出ると、彼女は深々と頭を下げた。

「はじめましてアレン様、リィズ・ファラシュと申します。以後、お見知り
 置きを。」
「リィズさんと言うのか・・・いや、こちらこそ無理を言って済まなかった。後で
 ギゾにも礼をせんとな。それと、”様”はよしてくれんかのう?どうも照れ
 臭くていかん。」
「分かりました・・・それはそうとアレンさん、こちらの子供は?」
「ん?ホレ、自己紹介くらいせんかい。」
「ん?お、おう。」
アレンにそう言われるとマークはやや緊張した面持ちで立ち上がった。
「俺はマーク・フラン、まあ、何て言うか・・・エヴィンのダチだ。」
アレンに突然自己紹介を促され、マークは何を言うべきか言葉に窮し、
その短い言葉しか言えなかった。

「エヴィン?」
「ああ、ワシの孫の名前じゃ。こいつはそのバカ孫のクラスメートの悪ガキ
 と言ったところかの。」
「そうですか・・・それで、今回のご依頼と言うのは?」
「ん?うむ・・・」
リィズの言葉にアレンは一回頷き、そしてベッドで寝ているリビアの方に
目をやった。

「この子の、ここ数日の記憶を消して欲しいのじゃ。まだ目が覚めないうちにな。」
「記憶・・・ですか?」
「ああ・・・この子のここ2、3日の記憶をな。少しばかり、辛い思いをして
 しまったんでの・・・やってくれるか?」
アレンがそう言うと、リィズは静かに首を数回横に振り、そして鋭い視線を
アレンの方へ投げかけた。

「アレンさん、記憶の操作は脳という、人間にとって心臓と並び重要度の高い
 器官への施術です。ゆえにその扱いには慎重に慎重を要し、中途半端な情報
 量で術を行えば被験者にどのような災いが起こるか予想できません。現在の
 情報量では、術は行いかねます。」
「・・・・・・」
「術を行わないと言うのであれば詮索はいたしませんし、行うのであればより
 多くの情報が必要です。いかがなさいますか?」
「・・・分かった・・・」
アレンは少し考えてからそう言うと、リィズに自分が知る限りの全ての事の
経緯を話した。そしてその話は、リィズにとっても少なからざる驚きを与えた。

「闇の神子・・・ダーク・ファルスの力の継承者・・・」
「ウム・・・」
「ダークファルスの名前は聞き及んでおりましたが・・・分かりました。術を、
 行わさせていただきます。」
そこまで言うとリィズは少しの間動きを止めたが、やがて瞳を閉じ、小さく
深呼吸をすると、突き出した右手の二本の指、人差し指と中指に魔力を集中
させはじめた。

「・・・・・・」
右手の指二本を突き出したままの姿勢で、リィズはピクリとも動かない。
しかし額には汗がにじみ、呼吸も乱れはじめてきている。そしてその状態
が五分ほど続いた後、リィズは指先にできた小さな光の玉をリビアの額に
そっと当てると、光の玉はリビアの頭の中にゆっくりと吸い込まれて行き、
そして全てがリビアの頭の中に入った所で、リィズはドサと椅子に腰かけた。

「お・・・終わったのか?」
「はい・・・」
「成功・・・したのか?」
「97%の確率で。彼女がここにいるのは町の店で階段から転げ落ちたと
 いう事にしてあります。」
「そうか・・・いや、ありがとう。」
そう言うとアレンは席を立ち、廊下のトイレに行こうとする。だが扉を
開けた時そこにいたのは、非常に険しい顔をしたクリスだった。

「クリスティー・・・何故ここに・・・?」
「家に電話があったのよ、パパがケガ人三人連れて病院に来てるって!」
「そうか・・・いや、心配かけて済まなかったの。ワシはこの通り・・・」
「悪いけど、パパがそこのリィズさんって人にした話も全部聞いたわ。」
「!!」
「どういう事なの・・・エヴィンが、私の子が『闇の神子』って・・・しかも、
 パパがエヴィンに『行くなら行け』って言ったって・・・どうしてそんな
 勝手な事するのよ!!」
「・・・確かに、出すぎた言葉だったかもしれん・・・じゃが、場にいた者として
 言うのならば、あの時はそれしかエヴィンにかける言葉が無かった・・・」
「そんなの、関係無いわよ!とにかく、警察に捜索願を出さないと!」

クリスはそう言うと受付の所の公衆電話目がけ、来た道を一直線に引き返した。

第二部第一話 完

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