「ねぇ、エヴィン君って言うんだ。」
「どっから来たって行ってたっけ？」
「趣味は？足速い？」
「部活どこに入ろうと思ってるの？」
「え・・・えっと・・・」
昨日引っ越してきたばかりで友達はまだおらず、かと言って焦る気もなく
今日はのんびりとこのティリアの街を一人で散歩しながら帰ろうと思って
いたところのクラスメート達の突然の質問責めにエヴィンは驚きと戸惑い
を隠せなかった。もっとも、彼は別に普段人付き合いが苦手というような
事は全然無い。子供の頃から物静かでクラスの中で特に人気があるという
ような生徒でもないが、素直で誠実、そして謙虚な彼の性格は周囲の人間
から決して嫌われもしなかったし、友達もそれなりにいた。だから、その
ニーヤを離れる事になった時も随分寂しい思いをしたというのは、母親の
言う通りだった。だから今、クラスメート達が自分にこうして声をかけて
くれる事はエヴィンにとっては素直に嬉しかったし、彼らの立て続けの質
問にもできる限り答えようとした。
「えっと、父さんと母さんの仕事の都合でニーヤから昨日引っ越してきて、
趣味は・・・歴史の本読んだりするくらいかな？部活はまだ決めてないよ。
それで足の速さは・・・まあまあかな？」
「『まあまあ』ってどのくらい？」
「う〜んと・・・確か去年計った時が・・・１００ｍで１１秒３くらい・・・」
「１１秒３って・・・メチャクチャ速くないか？そのタイム。元陸上部とか？」
少し予想外だったエヴィンの答えに多少驚きながらクラスメートの一人は
エヴィンにそう聞いたが、エヴィンは首を横に振った。
「ううん、中学の時は史学部、足の方は別の所で鍛えさせられたから・・・」
「別に鍛えたって？」
「ウェンフィールドの道場で・・・僕の母方のお爺さんとお婆さんがそこの
師範と古い友達だったからって半ば無理矢理通わされたんだ。それなりに
楽しい事もあったけど、学校で部活に入って続けようとは思わないかな？」
エヴィンがそう答えるとクラスメートのうちの一人の顔色が変わり、そして
彼は恐る恐るエヴィンに尋ねた。
「ちょっと待てよ・・・ニーヤのウェンフィールドの師範と知り合いでお前の
名字はハランツって・・・まさか、その祖父さんと祖母さんの名前って・・・」
「アレン・ハランツとアリス・ハランツだけど？」
「・・・・・・マジで？」
「うん、もしかして知り合い？」
呆気にとられるクラスメートにエヴィンは尋ねた。しかしこのクラスメートが
アレンやアリスの事を知っていても、アレンやアリスが彼や彼の親戚を知って
いるという事ではない。エヴィン自身アレンやアリスとは最低でも一、二年に
一回は会っているが、その時フレオの仕事の話を家庭に持ち込む二人ではない
のでエヴィンにとって二人は良き祖父良き祖母以外の印象は無い。無論彼らが
フレオで仕事をしているという事は知っているが、そんなネオアリサの普通の
高校生までもが驚くほどの有名人だという意識は皆無だったのである。だから
自分が彼らの孫だと言った時の周囲の反応はエヴィンに理解できなかった。
そして一瞬の沈黙の後クラスメート達がエヴィンにもっと質問を浴びせようと
した矢先に担任が教室に戻ってきてエヴィンに渡し忘れた物があるから一緒に
職員室に来るようにと言い、そこでエヴィンはクラスメート達と別れ、担任に
連れられて職員室へと向かった。
「ねぇジェシカジェシカ、エヴィン君ってどう思う？」
始業式後、エヴィンが教室に入ってくる前から彼に興味を示していたポニーの
少女、メルは帰り道少し興奮した口調でそうジェシカに話しかけた。
「なんなのよメル、あんたあの転校生そんなに気に入ったの？」
少し呆れた口調でジェシカは言う。しかしメルはそれをすぐに否定した。
「そういう意味じゃなくって、人好さそうだから当番頼めそうだし、足速い
って言うから体育祭とかで使えそうだし、何より『フレオの父』アレンと
アリスの孫でしょ？絶対金持ちよ金持ち！仲良くなっておけば将来のコネ
とかも期待できそうじゃない！！」
ジェシカにはそう言うメルの目が＄印に輝いているように見えた。
「・・・あいつの言う事が全部額面通りなら、ね。」
興奮気味のメルとは対照的な、覚めた瞳とぶっきらぼうな口調でジェシカは
言った。けれどメルにしてみればそんなジェシカの反応は甚だ面白くない。
「あんたも随分夢がないわね〜・・・」
今度はメルが、呆れた口調でジェシカに言った。
「あんな言葉を全部額面通りに受け取る方がどうかしてるのよ！それにメル、
入学したばかりなんだからあんまり誰が利用できそうだとか、そんな事
言わない方がいいわよ。私はあんたが本気じゃないって知ってるから別に
どうとも思わないけど。」
ジェシカのお説教にメルは少し不服そうな顔をした。この二人、子供の頃
からのかれこれ十年来の付き合いなのだがやや堅物的なジェシカと噂話や
流行り物などに欠かさずチェックを入れるメルは性格的に正反対のコンビ
であった。いや、性格が正反対であるゆえに気があったのかもしれない。
「ま、あんたにはマークがいるもんね。」
まださっきのジェシカの言葉に不満を持っていたメルは、小声でボソッと
そう言った。そして次の瞬間、その言葉を聞き逃さなかったジェシカの
鉄拳がメルの頭上にさく裂していた。
「ば、バカ言わないでよ！あんな山猿の事言ったら殴るわよ！！」
「・・・殴ってから言わないでよ・・・」
頭のコブをさすりながらメルは言った。
そうこうして、他の全てのクラスメートが帰路についた後もエヴィンは、
担任の長話と相まって本来なら五分か十分で済ませられるような用事を
済ますのに３０分ほどかかり、ようやく解放された頃にはまだ部活も
始まっていない校内はかなりガランとしていた。結局エヴィンは当初の
予定通り（とは言えない面も多々あるが）一人で帰る事となり、その道
がてら本屋やパン屋、文房具屋、それにコンビニなどの場所を確認し、
そしてそろそろ帰ろうかと思ったその時、自分と同じ学生服を着た生徒に
ばったりと出くわした。しかもよくよく見ると学年・クラスともに自分と
同じである。しかし教壇からクラスを見渡した時はこんな生徒はいなかっ
たのに、と思い、そしてそこでエヴィンはようやく自分の座った席の他に
もう一つ、空席があった事を思い出した。
「あれ？お前も１年Ｃ組？お前、入学式の時いたか？」
相手の生徒もすぐにエヴィンが自分と同じ学年の色の校章とクラスバッジを
付けている事に気がつき、エヴィンが彼に尋ねるより先に尋ねてきた。背は
エヴィンより少し高く、茶色がかった髪は短く切り揃えられ、てツンツンに
立っていて左耳にはピアスをあけている、エヴィンには無い「軽さ」がある
人物である。そんな彼の質問にエヴィンは首を横に振った。
「ううん、今日転入してきたから・・・ところで今日クラスに一つ空席があった
けど、もしかして・・・」
「ああ、そりゃ俺だ。学校に行こうと思ったまでは良かったんだが、途中で
面倒になってな。ま、気が向いたらまた学校には顔出すさ。」
短髪のその少年は笑いながらそう言い、手にした缶コーヒーを一口飲むと
また言葉を続けた。
「そういや、まだ名前も聞いてなかったな、何て言うんだ？」
「え？エヴィン・・・エヴィン・ハランツ・・・」
「へぇ〜、エヴィンって言うんだ。あ、悪ぃな、本当はこっちが先だったか。
俺はマーク・フランってんだ。よろしくな、転校生。」
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