「よぉ転校生、お前俺の隣だったのか。」
カバンを机の上に置きながらマークはエヴィンに言った。
「あ、おはようマーク、調子でも悪かったの？」
「ちげーよ、眠かっただけ。」
エヴィンの言葉に笑いながらマークは言う。そしてこの二人が顔見知り
である事はジェシカにとって少なからず驚きだった。
「マーク、あんたエヴィンと知り合いだったの？」
「ん？ああ、昨日そこのコンビニの前で会ったんだ。入学式の時に
いなくて同じクラスのバッジ付けているヤツがいるのにはちょっと
驚いたけどな。」
「そうなんだ・・・エヴィン」
ジェシカは今度はエヴィンの方を向き、真剣な眼差しを彼に向けた。
「な、なに？」
ジェシカの厳しい視線に戸惑いながらエヴィンは返事をした。
「じゃあまだ知り合って間もないのね。だったら悪い事言わないから、
こんなヤツと付き合わない方がいいわよ、バカが伝染るから。」
「ちょっとオイこらジェシカ、そりゃ一体どういう意味だ！？」
「あら、いたのマーク？」
自分の一言にムキになって反論するマークに、ジェシカは「しれっ」と
した顔でそう言った。
「いたの、って・・・お前今絶対俺に聞こえるように言っただろ！」
「わかった？」
「わかるに決まってんだろ！大体なんで高校になってまでお前と同じ
高校で、しかも同じクラスにならなきゃいけないんだよ！」
「それはこっちのセリフよ！！あんたみないなバカザルと小中あわせて
十年連続同じクラスだなんて、神も仏もありゃしないわ！」
「そうバカバカ言うんじゃねぇ！第一、中学まではともかく高校まで同じ
所に入った分際で俺の事バカ呼ばわりする資格はねぇんだよ！」
「なんですってぇ！？」
ジェシカとマークの口げんかを少し遠巻きでエヴィンは見ていた。お互い
かなり口汚く相手の事を罵っている。しかしどうも本気で憎んでケンカを
しているようには見えない。そしてそんな二人を指さし、メルがエヴィン
に言った。「いつもああなのよ、あの二人。」と
「あれがあの二人の日課兼挨拶なのよ、私もあの二人とは付き合い長い
けど、いっつもそう。要は仲がいいのよね。ケンカするほどってヤツ？」
メルがそう言うと同時に、ジェシカはメルの頭にゲンコツを見舞っていた。
「馬鹿な事言うと殴るわよ！」
「・・・お前、いつも殴ってから言うよなそのセリフ・・・」
横で呆れ顔のマークがジェシカに言う。するとその一言を皮切りにまた
二人の口げんかが始まった。ここまで来るとエヴィンも苦笑いして二人の
ケンカを眺めるだけである。そしてメルの言った事に間違いはないと確信
したが、それを口に出すと間違いなく自分の横で頭にタンコブを作って
うずくまっているメルと同じ結果が自分にも訪れると思ったのであえて
黙っている事にした。
そして四時間目が終わり昼休みとなった。エヴィンにジェシカ、メルは
家から弁当持参なのだがマークは購買部にパンを買いに行こうとする。
と、後ろからジェシカが声をかけた。
「なぁ〜にマーク、あんたまたカレーパンか何か買いに行くつもり？」
「悪いか？」
少し不機嫌そうな声でマークがそう答えると、ジェシカは大きく頷く。
そしてマークの前に自分用とは別の、もう一つの弁当箱を置いた。
「なんだ？これ？」
「あんたの分のお弁当、見てわからない？」
「これ・・・お前が作ったのか？」
意外そうな顔をするマークに対しジェシカはコクリと頷いた。
「・・・毒でも入っちゃいないだろうな？」
弁当箱を指さしながら恐る恐るマークが尋ねる。
「そうしたいのはやまやまだけどね、私も檻の中で青春浪費したくないし。
それに偏食は体だけじゃなくって脳にも悪いのよ。もっともあんたの頭が
これ以上悪くなるとも、到底思えないけど。」
「んだとぉ！？」
「言っとくけど、あんたがバカやったツケは私にも来てるんだからね！その辺
ちゃんと自覚しておいてよ！」
「お、お前なぁ・・・ま、これ以上怒鳴ると空きっ腹に響くし、せっかく
だから貰っておくわ。今月小遣いピンチだしな。ま、缶ジュースくらいは
おごるよ、ストレートティーでいいか？」
マークの言葉にジェシカは首を縦に振った。
そうした二人のやりとりを見ながらメルは「やれやれ」という表情で苦笑い
しながらエヴィンの方を見た。そしてエヴィンも苦笑いを浮かべる。ただ、
それを表に出すと殴られそうなのでそれはやめておく事にした。
そして放課後、今日から各クラブも活動を開始する。だからエヴィンは三人に
一緒にクラブでも見て回らないかと誘ったが、三人ともいい返事をしなかった。
「部活？興味ねぇな、文化系のチマチマしてるのは性にあわんし、体育会
系は一年か二年長く人生やってるだけで威張り散らす連中がウゼぇしな。」
エヴィンにそう答えたのはマークである。彼は中学時代も部活という物をした
事がないらしい。またジェシカとメルも今日は町の中心から少し外れた所にある
小さなライブハウスで行われるコンサートを見に行くとの事だった。歌手の
名前はフィルと言い、まだ世間的には無名だがそのライブハウスに彼が来る
時は必ず満員になる、との事である。「悪いわね、明日は必ず付き合うから」
ジェシカとメルはエヴィンにそう言う最中から気もそぞろで、コンサートが
今から待ちきれない、という感じであった。
そんなこんなでエヴィンは一人で部活を見に行く事になった。ただ、彼も
どこを見ようとかそういう事は全く決めていない。本当は歴史部か何かが
あればそこにと思っていたのだが、どうやらこの高校にそれに該当する部は
ないようなのである。だから本当に何のアテもなく、学校の部活一覧と睨め
っこしながら校舎の中を歩き回っていたのだが、そんなエヴィンの耳にある
楽器の音色が流れ込んできた。
「・・・フルート？」
エヴィンはその場に立ち尽くし、フルートの音色に耳を傾けた。少し淋しさの
ある、しかしそれでいて非常に透き通った音色である。エヴィンはもっと近くで
その音色を聴きたいと思い、またフルートを吹いているのがどんな人なのかも
気になり、音の出所の方へと向かっていく。そしてフルートの音色が聞こえて
来る教室の前にやってくると、少しだけ開いている扉からエヴィンはそっと、
中を覗き込んだ。
「女の子だ・・・」
そこには一人の女子生徒がいた。髪はツヤのある黒の長髪で、瞳の色は深い蒼、
そして胸の学年証を見ると二年生のようである。背はやや高めの１６０台後半で
少しだけ大人びた、物静かそうな顔をしていた。そして、自分以外誰もいない
教室の中で、彼女はしばらくフルートの演奏を続けていたが途中でピタと自分の
手を止め、フルートから口を離すと反対側にエヴィンがいる方のドアに目をやった。
「誰？表に誰かいるでしょ？」
その言葉にエヴィンはビクッとして反射的に逃げ出そうとした。しかしここで
逃げるのも何か違うと思い直すと静かに教室のドアを開け、一礼をした。
「あら？新入生？」
フルートを吹いていた二年生はエヴィンの学年証を見ると少し意外そうな顔を
して言った。
「は、はい・・・」
「入部希望者？」
「あ、いえ、そういうのじゃなくって、廊下にいたらすごくきれいなフルートの
音が聞こえてきたから、つい・・・練習の邪魔をしてごめんなさい。」
エヴィンが顔を赤くしながらそう言って頭を下げるとその女生徒は口元に少し
笑みを浮かべた。
「ふふ、ありがと。いいのよ、ちょうど一息つこうと思ってた所だから。ここは
吹奏楽部の練習室なの。もっとも幽霊部員ばかりだけどね。それで・・・あ、そう
言えばまだ自己紹介もしてなかったわね。私はリビア・トゥエインって言うの。
あなたは？」
「あ・・・エヴィンって言います。エヴィン・ハランツ・・・」
やや上擦った声でエヴィンはそう返事をした。
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