二つの「闇」 〜時の交差後伝〜

第三話 相まみえる血統

「おはよ〜」
教室に入り、やや眠そうな目を擦り、カバンを机の上に置きながら
エヴィンは言った。
「あら、おはようエヴィン。」
「おはようジェシカ、どうだったの?昨日のコンサートって。」
「え?どうだった、って?」
キョトンとした面持ちでジェシカはエヴィンの質問をオウム返しに
聞き返した。
「いや、盛り上がってたか、とか歌が良かったか、とか・・・」
エヴィンがそう聞いた瞬間、ジェシカはその目の色を変えた。

「いい、エヴィン?歌が良いとか悪いとか、上手いとか下手とか、
 そういうレベルを完全に超越してるのよフィルは!」
そう語り始めたジェシカの目は完全に本気になっている。
エヴィンは彼女の気迫に押され、一歩後退した。
「声の強さに伸び!力強さに美しさ!!何もかも他の歌手とは
 根本的にレベルが違うの!」
「は・・・はぁ・・・」
「それにファンにもすっごく丁寧だし、アンコールにも何回も応えて
 くれるし・・・」
機関銃のような口調でジェシカはエヴィンにそう言い立てる。そんな
ジェシカの肩を、メルが数回人差し指で叩いた。

「ジェシカジェシカ・・・エヴィン君ひいてる・・・」
「え?そうなの?」
メルにそう言われるまで、いやそう言われてもジェシカはそんな事に
全く気付いていなかったらしい。けれどメルにそう言われ、実際に
エヴィンの顔が少しひきつったまま固まっているのを見ると少し
だけ気まずそうな顔をし、今度は自分がエヴィンに質問をした。

「ところでエヴィンの方はどうだったの?部活見学とやらは。」
「えっ・・・」
「何か良さそうなトコあった?」
そう聞かれるエヴィンの脳裏に昨日吹奏楽部の教室で出会ったリビアの
事が真っ先によぎった。

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「楽器とかやった事は?」
フルートを脇の机に置きリビアは尋ねた。けれどエヴィンは楽器なんて
学校の音楽の授業で縦笛を使った事くらいしかなく、しかも下手だった。
成績は5段階評価で2と3の間をウロウロしていた。けれどエヴィンが
楽器の演奏の経験なんてまるで無い事や成績が良くなかった事を言っても、
リビアはエヴィンを笑ったり、呆れたりはしなかった。

「いいのよ、最初は誰だってそうなんだから。それに音楽の授業でしか
 やってないんだったら、あんな週3回くらいで、おまけに色々な楽器
 とか歌とかをやらされるんだから、どんなにすごい才能を持ってる人
 でも上手くなんてなれっこないわ。」
エヴィンを励ますような感じでリビアは言った。けれどその言葉には
この新入生を部に引き入れようとか、そういう感じの物ではなく、純粋
にエヴィンを励ます物のように感じられた。

そしてしばらく二人きりで話をした後、リビアはエヴィンにフルートを
吹いてくれた。遠くで聴いていた時も上手に思えたが、すぐそばで聴く
音色はまた格別の良さがあった。その優しく繊細な音色に、エヴィンは
生まれて初めて、音楽を聴く事を「楽しい」と心から思っていた。

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「どうしたのエヴィン?ボケ〜ッとして。」
昨日の出来事を思い出し、半ばあっちの世界に行っていたエヴィンの意識は
ジェシカのその一言で現実の世界に引き戻された。
「あ、ご、ごめん。ちょっと考え事・・・」
「あんたねぇ、人と話してる時に考え事しないでよ。」
「ごめん・・・」
ジェシカに叱られ、エヴィンがバツが申し訳なさそうにそう謝った
ところで、後ろのドアからマークが入ってきた。

「よぉ、どうしたんだ三人とも。」
妙に薄く、荷物の少なそうなカバンを机に置き、自分の席に腰かけながら
マークは言った。
「あ、おはようマーク。」
「あら、あんたが遅刻せずに来るなんてどういう風の吹き回しかしら?
 今日カサ持ってきてないのよね〜・・・雨でも降らなきゃいいけど。」
「遅刻してもしなくても小言かよ・・・」
ジェシカの嫌味に少しいじけながらマークは言う。けれどすぐに元に
戻り、三人の話の話題が何だったのかジェシカに聞いた。

「エヴィンが昨日部活巡りしてきたらしいからどんな部を見てきたの
 かなって思って、その事話してたの。」
「ふ〜ん、部活ねぇ。俺には関係のない話だな。」
ジェシカの答えにあまり関心が無さそうにうなずきながらマークは言う。
けれど関心が無さそうなその態度とは裏腹に、すぐにエヴィンに昨日の
事を聞いてきた。ただし、どうやらマークの関心はジェシカやメルとは
別の所にあったらしい。

「可愛い子いたか?」
それがマークがエヴィンに真っ先に聞いてきた質問だった。

「え・・・・・・・・・」
マークの質問に、エヴィンは否定できず、肯定もできず、そのままの姿勢で
硬直する事しかできない。そしてその硬直をマークが見逃す筈は無かった。

「エヴィン、黙秘は肯定と見なすぞ」
表情が完全に固まったエヴィンにマークはさらに追い打ちをかける。
そこでエヴィンはトイレに逃げこもうとしたのだが、マークはそれを
許さずプロレスの首締め技であるスリーパーホールドをかけてエヴィンを
取り押さえた。そこに面白がったジェシカも加勢するからタチが悪い。

「へぇ〜、エヴィン、じゃあさっきボケッとしていたのは、マークの言う
 所の『可愛い子』の事でも考えていたのかしら〜?」
顔に満面の意地悪っぽい笑みを浮かべ、エヴィンの顔に自分の顔を近づけ
ながらジェシカは言った。エヴィンもこうなる前にマークの質問に「しれ
っ」とした表情で「別にそんなのいやしなかった」と言えばここまで窮地
に陥る事は無かったのだが、そういう事ができない素直さと馬鹿正直さが
良くも悪くもエヴィンの性格だった。

「う・・・うぐぐ・・・」
マークのスリーパーホールドはまだ続いている。技の威力は窒息する程の
物ではないのだが、それでも少しずつ息は苦しくなってくる。そしてホーム
ルーム開始までの時間はまだたっぷりとあり、時間切れで逃げる事も簡単
にはできそうになかった。
「なあジェシカ、で、コイツは何部に行ったんだ昨日?」
「えっと、たしか吹奏楽部って言ってたわね。」
ジェシカの言葉にマークはニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「決まりだな。おいジェシカにメル、今日の放課後その吹奏楽部ってのに
 行ってみて、こいつの好みがどんなモンか見てみようぜ。」
「あんたも悪趣味ねぇ・・・」
呆れ顔で苦笑いをしながらジェシカは言う。しかしその直後に「でも、
それも面白そうね」と言葉を続けた。そうなるとエヴィンは更にいても
たってもいられなくなり、マークの首締めを強引に振りほどいた。

「だ、だからぁ!僕は別にリビア先輩にそういう気があるワケじゃ!」
三人が自分をからかうのをやめさせようと必死になってエヴィンは言う。
しかし、この言葉が相当なヤブヘビである事に気がつくのにそう時間は
かからなかった。

「ほ〜う、リビアって言うんだ。しかも”先輩”って事は二年生以上か。」
「あ・・・」
その瞬間、エヴィンは深さ数十メートルの墓穴を掘った事を悟り、顔は
火がついたかのように真っ赤になる。が、今日が吹奏楽部の活動が無い日
だというのがエヴィンにとってせめてもの救いであり、今日のうちに三人が
この事を忘れてくれる事を心から願った。

そしてその日は何故かマークと二人で下校する事になり、道中色々と話を
しながら歩いていると、二人の前に数人の、ガラの悪そうな学生達が立ち
ふさがった。

「よぉマーク」
「お前、ティリア一高に行ったのか。」
「てっきり俺達と同じ高校に来てくれると思ってたんだがなぁ」
彼らは口々にマークにそう声をかける。そして彼らがマークに対して友好
的でない事は、エヴィンにもすぐにわかった。

「マーク・・・この人達は?」
少し不安げな声でエヴィンが尋ねる。
「ん?ああ、単なる身の程知らずのバカどもだ。気にしなくていいぜ。」
そう言うとマークは彼らの事を無視してまた歩きだそうとする。けれど
その学生達はマークにそのまま行かせようとはせず、マークの前に回り
こんだ。

「だ、誰が身の程知らずのバカだ!」
顔を怒りで真っ赤にしながら学生達の一人がそう言うと、マークは彼らの
態度を鼻で笑い、また彼らをからかった。
「身の程知らずだけじゃねぇな、夕焼けをバックに河原で数人がかりで木刀
 その他の武器を持ってかかって、しかも髪型はリーゼントやモヒカン、
 お前らここで俺にやられるよりも博物館にでも行った方がいいんじゃねぇ
 のか?きっと絶滅危惧の特別天然記念物として手厚く保護されるぜ。」
言いたいだけ言うと、マークは自分の言った事が余程おかしかったらしく
大笑いしだす。そしてそんなマークの態度は、ただでさえ気の短い相手を
完全に怒らすのには十分だった。

「ヤロウ!ナメやがって!!」
「ブッ潰してやる!!」
マーク曰く「旧時代的な連中」はそう言うや一斉にマークに襲いかかる。
するとマークはまず木刀を持った相手の懐に潜り込むとその胸ぐらを掴み、
頭突き(いわゆる「パチキ」)をかまし地面に沈めると、次のターゲット
目がけ姿勢を低くし急接近した。

「くっ・・・これでも喰らえ!」
敵の「不良」は言うや一握りの砂をマークの顔に投げつける。しかしその
行動はマークに完全に読まれていた。
「砂を投げたがっているのが見え見えなんだよ!」
言いながら二人目もマークは低姿勢からのアゴ先へのアッパーカット一撃で
倒すと、三人目の相手にもまず一発右ジャブを顔面に入れ、怯んだ所に更に
立て続けに十発近くのボディブローを一瞬にして相手の腹に叩きこんだ。

「ま、これで三日はメシが食えねぇだろうな。」
腹部を抱えながらズルリと崩れ落ち、苦しそうな顔でまったく立ち上がれ
そうにない敵を前に、やや満足げな顔でマークは言う。そして四人目の胸
ぐらを掴み、その顔面に全体重を乗せた右ストレートを叩き込もうとした
その瞬間、突如マークの動きが鈍り、苦しそうに咳き込みながらうずくまった。

「うぐ・・・ゴ・・・ゴホッゴホエホッ・・・テメェ・・・」
「ほう・・・マーク・フランは煙草の煙が大の苦手だってのは本当だったか。」
苦しそうに咳き込むマークを見下しながら、煙草を片手に持った学生は言った。
どうやら口の中に含んでいたタバコの煙をマークの顔に吹きかけたらしい。
そして形勢が逆転したと分かると、それまで遠巻きに状況を眺めていた三人
ほどの彼の仲間達もマークに群がってきた。

「最初聞いた時はにわかに信じられなかったがなぁ!オラッ!」
言いながら彼らはマークにケリや突きの嵐を入れる。そしてまだ火の
消えていない煙草をゆっくりとマークの顔に近づけた。
「テメーのツラに『根性焼き』でもしてやろうか・・・」
勝利を確信し、愉悦の表情でタバコの煙を吹きかけた学生はマークにそう
言った。しかし彼がマークの左頬にタバコを押し当てようとした次の瞬間
には手にしていたタバコは手の中から無くなっており、そして、彼らの前
にはエヴィンが立っていた。エヴィンはムッとした顔で地面にタバコを
地面に捨て、足でその火を踏み消すとその吸い殻を拾い上げ、ポケット
ティッシュにくるんで制服のポケットにしまった。

「なんだ?お前、俺達にケンカを売ろうてのか?」
「先にケンカをふっかけて来たのはそっちじゃないか!」
稟とした表情でエヴィンは即座に言い返した。
「んだとぉ!こっちがどれだけこいつにやられて来たのか知ってもいない
 くせに分かったような口をきくんじゃねぇ!!」
「だからって大人数で一人にケンカ売っていいワケじゃないだろ!」
「う、うるせぇんだよ!ナヨっちぃガタイしてデカい口ききやがって!
 痛い目見たくなかったらとっとと失せろ!」
「やだ!」
エヴィンがそう言うと、しびれを切らした不良達はエヴィン目がけ一斉に
殴りかかってくる。どうも集団でしかケンカができない連中らしい。
けれどエヴィンはそんな連中に対して全く慌てず騒がず、左に一歩移動
するとまず一人目のみぞおちに深々と膝蹴りを叩き込んだ。

「貴様!」
言いながら別の一人がエヴィン目がけ後ろから襲いかかる。だがエヴィン
は背を向けたまま相手に後ろ蹴りを叩き込むと、体勢の崩れた相手に
ダッシュで接近し、そのまま体重を乗せたストレートをボディに叩き
込んだ。そして仲間の一人が殴られている隙を狙い背後からエヴィン
に襲いかかる者もいたが、彼が拳をエヴィン目がけて突き出した瞬間、
彼の視界の中の天地は逆さになり、そして次の瞬間には彼の体は残る
もう一人の仲間の体に激しくぶつけられていた。そしてこの一撃で相手の
グループは全滅していた。

「もう、やめにしない?」
静かな、しかしはっきりとした口調でエヴィンは言った。だがエヴィンが
わざわざそんな事を言わなくても、彼らの戦意はもう完全に無くなって
おり、よろよろと立ち上がると一目散に逃げ出した。

「大丈夫?マーク。」
心配そうにエヴィンが尋ねた。短い間だったが相当殴ったり蹴られたりして
いたように見えたので内心不安だったが、どうやら大したケガはしていない
らしい。むしろ彼にとってはタバコの煙の方が遥かに「痛かった」ようだ。

「くそ、ま〜だ頭がガンガンしやがる・・・あんな連中屁でもないんだが。
 しかしお前、強かったんだな。こりゃ迂闊にからかえないか?にしても
 ・・・さっきの動きは、もしかしてウェンフィールドか?」
マークの質問にエヴィンは素直に首を縦に振った。エヴィンの登校初日に
欠席をしていたマークは、彼がウェンフィールド総帥であるテオの愛弟子
だという事をまだ知らず、この時初めて知ったのである。

「なるほど、道理で強ぇワケだ。」
制服についたホコリをパンパンと払いながらマークは言った。そして二人は
また何事もなかったかのように一緒に帰り道を歩き、マークの家はエヴィンの
家への帰り道の途中にあった。そしてマークとエヴィンがそこで別れようと
した時、中から出てきた一人の中年男性と出くわした。濃い無精ひげを生や
した、中柄ながらがっしりとした体つきの男性である。

「げっ・・・親父・・・」
ものすごくバツの悪そうな顔でマークはその中年男性に言った。
「今日は珍しく遅刻しなかったらしいな。」
表情を全く変えず、マークの父親が言う。
「じ、ジェシカだけじゃなく実の親まで『珍しく』とか言うか普通!?」
「事実だから仕方ないだろう。言われたくなければそういう行動をとる
 ようにする事だな。」
ふてくされる息子にマークの父親は言った。そして、マークの隣に自分の
知らない顔がいる事に気が付いた。

「ところでこっちの子は?見ない顔だが・・・」
「ああ?こいつか?コイツはエヴィンって言ってな、ニーヤから越して
 来たんだって言ってた。」
「はじめまして、エヴィン・ハランツと言います。よろしくお願いします。」
マークの紹介に続く形で彼の父親にお辞儀をしながらエヴィンがそう言うと
マークの父親はハッとした面持ちになった。

「エヴィン・・・ハランツだと?」
「え?は、はい・・・」
「エヴィン君、失礼だが君の親戚にアレン、という人はいないかね?」
「どうしたんだ親父?エヴィンに何聞いてるんだ?」
「え?アレンなら僕の祖父ですけど・・・」
「そうか・・・道理でいい目をしている筈だ。真っ直ぐな目をな・・・以前
 聞いた通りだ・・・」
エヴィンもマークも彼の真意が全くつかめない。そして彼が「聞いたとおり」
だと言ったのに対し、エヴィンは自分を知っていたのかと彼に質問をした。

「あ、いや失礼。エヴィン君自身、という意味ではないんだ。」
「???」
「エヴィン君はお爺さんに・・・アレンさんに似てると言われた事はないかい?」
「え?たまにありますけど・・・」
「そうか・・・やはりな・・・」
エヴィンの答にマークの父親は一人合点にうなずいた。
「祖父を知っているんですか?」
「ああ、私自身が顔見知りというのではなく、私の祖父が君のお爺さんと
 知り合いなのだ。」
「へぇ・・・世の中どうつながってるか分からないものなんですね・・・」
「ああ、そうだな・・・しかしそんな話は君にとっては昔話でしかないだろう。
 しかもそれは表の歴史としては記されていない話だからな。そしてその
 裏の歴史を君のお爺さんのアレン、そしてお婆さんのアリスが君に語って
 いなければエヴィン君、君にとってこれから私が話す話は昔話どころか
 おとぎ話でしかないだろう。」
「え?あの、失礼ですが言ってる意味が・・・」
「君のお爺さんが『フレオの父』を呼ばれたのなら、私の祖父は『ネオ
 アリサの父』と呼ばれ、人々の崇拝を受けていた。しかし、いつしか
 世界の平和と安定を願う祖父の想いは微妙に歪み始め、世界の粛清を
 願うようになった。そしてそれを止めようとした君のお爺さんアレン・
 ハランツとの壮絶な一騎打ちの末敗れ、自らの考えの過ちに気付かせ
 られた・・・祖父は最後まで自分が世間に英雄視される事を嫌いながら、
 しかし君の祖父との約束を果たすために歩み続けた・・・」
「そ、その人って・・・マークのひいお爺さんって・・・」
「ティーズ・ド・フラン・・・元ネオアリサ総督だ・・・」

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