「予想通り、神子は自らの力を相当制御できるようになっている
模様です。」
最初の発言を受け、比較的若い女性の声がそう答えると、最初の発言者、
声の調子からして中年の男性と思しき男は再び自分の言葉を続けた。
「そうか・・・ならばそろそろ、次の段階に移る時と言う事か。神子の力が
本格的に制御困難になる前にな。」
言い終えると声の主は何かを考え始めるような素振りを見せる。と、そんな
彼の姿勢に反発を示す者があった。
「制御困難、ねぇ・・・相手はたかだか１５のガキだろう？」
三つ目の声は、呆れたような、からかうような口調で言った。軽口を叩くその
人物の年齢は、声の調子からして恐らく二十代中盤であろう。自分の背後から
発言をそう茶化された中年の男は、ゆっくりと二十代の男の方を振り向いた。
「神子の力を甘く見ん事だ、たとえ表面は子供でも、内面には恐るべき力を
秘めている。数千年にわたり破壊を繰り返してきた邪神、ダークファルスの
力という物をな・・・」
「邪神、ねぇ・・・んな事言ったって、最終的には俺らの手駒なんだろ？そういう
対象を相手にそこまで慎重になるなんて、らしくないんじゃねぇの？」
「何も我々の手に負えなくなるとは言っておらん。だが、これ以上放って
おくと必要な労力は増え、非効率的になると言っているだけだ。」
「へいへい、分かりましたよ。んで、俺は何すりゃいいんで？」
「今は、特に命令は無い。ただ、神子に手出しは無用だ。神子は、私が対処
させてもらう・・・」
「ふぅ〜ん、じゃ、神子に手出しをしなけりゃ何してもいい、と。」
軽口の男はそう言うと席を立ち、扉を開けて表に出る。そしてエヴィンの事を
「自分が対処する」と言った男も席を立ち、残る二人も次々に席を立った。
「準備は整った・・・闇の神子よ・・・トライデント第一の刃よ・・・私の産み出す
絶望が、お前の更なる混沌の力を引き出すであろう・・・」
中年の男は一人そう言うと、静かに歩き出した。
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「おはよ！エヴィン！！」
ラエルの実を採りに行った日の翌日、エヴィンは再びエリーの声で目を
醒ました。その声にエヴィンは、また寝坊したのかと思ったが、時計を
見ると、まだいつも自分が起きる時間の五分前である。
「あれ？エリーちゃん？なんでこの時間に起きてるの？」
「なんで？って・・・と、特に意味は無いわよ。何となく目が冴えちゃって。」
そう言うエリーに半ば無理矢理起こされ、エヴィンは寝室を出た。そして台所に
行くと、意外な事に既に朝食の準備が完全に整っている。
「どうしたの？今日の当番、僕なのに・・・」
「ま、昨日のお礼ってヤツよ。木の実取り付き合ってもらったり、色々助けて
もらっちゃったから。」
「お礼なんて・・・いいのに、そんな事気にしなくって。」
少しかしこまりながらそう言うエヴィンに対し、エリーは朝食が冷めないうちに
早く食べろと催促する。エヴィンはそんな彼女に言われるままに食事を始めたの
だが、彼が食事をしている間もエリーは自分の食事の手はあまり進めず、微笑み
ながらエヴィンの顔を見つめ続けていた。
「エリーちゃんこそ食べないの？冷めちゃうよ？」
訝りながらエヴィンがそう言うと、エリーはようやく自分の食事の手を進め
はじめた。そして食事をしながら、彼女はエヴィンに一つの質問をした。
「ねえエヴィン・・・」
「ん？」
「一つ、聞いていい？」
「え？いいけど、何を？」
エリーの言葉に、エヴィンは訝りながら答えた。エリーがこれまで自分に何かを
聞いていた事はよくあるが、今回のそれは明らかに普段と違う。いつもの彼女に
似つかわしくない、視線を少し逸らしながら、モジモジとした口調での問いかけ
だったのである。
「エヴィン・・・」
「な、なに・・・？」
「リビア先輩っていたわよね、エヴィンが好きな先輩って人・・・」
「え？あ・・・いや、その・・・」
エリーの口から出てきたリビアの名前に、エヴィンは少し顔を赤らめ黙り込む。
だがすぐに平静を取り戻すと、エリーに「いるけど・・・先輩が、どうかしたの？」と
逆にエリーに聞き返した。
「うん・・・エヴィンさぁ・・・」
「？」
「その先輩の事って、まだ、好き・・・？」
エリーのその質問に、エヴィンは完全に言葉を失った。そもそもなんでエリーが
そんな事を今自分に聞いてくるのかが全く理解できていない。ただとりあえず、
質問には答えなくちゃ悪いという気持ちだけが先行し、結果「え、あの、・・・
うん、まあ、とりあえず・・・」と答える事しかできなかった。そしてその答えは、
朝のエリーを不機嫌にさせるのに十分だった。
「・・・まあ、いいわ。とりあえず私は学校行ってくるから、毎度の事だけど
留守番よろしくね。」
それから間もなく、エリーは話もそこそこに荷物をまとめて家を出た。今日の
エリーが出かける時間は、いつものそれよりも三十分は早い。
「変なエリーちゃん。」
エリーを見送った後、エヴィンは一人呟いた。
エリーを見送った後、エヴィンはまた一人、山の中で稽古を始めた。だが、
今日の稽古は、ウェンフィールド流拳法を根底においてのいつもの物とは違い、
自分の中にある未知の力、即ちダークファルスの力の程度の確認のための物
である。本来は自分の奥底にしまいこんでおきたい代物だったが、いざという
時には周囲の人間を守るためにこの力が必要となる事も昨日の事で思い知ら
されたので、現時点での自分の力の限界を知っておく事は必要だと思われた
からである。また、自分の「力」を目の当たりにしたエリーがそれを恐れず、
「良い物」と形容してくれたのも、エヴィンに力を試させようとさせる一因で
あったのかもしれない。ともあれ、エヴィンは瞳を閉じ、精神を集中させ、
思いつく限りの「イメージ」を思い描いた。
そして午前中数時間かけて得られた、彼の持つ「神子の力」についてのエヴィンの
理解は以下の通りである。
・あまり巨大な面積の物にはならない（表面積では背中を覆う「翼」が最大）
・常にエヴィンの体とくっついている（「飛び道具」としての使用は不可）
・一回に作れる形態は一つ（例えばセイバーと盾や翼の併用は不可）
・翼の飛行は高度２、３０ｍ・滞空時間２０秒程度が限界（再充電可能）
・上記の制限の範囲内なら形状の制約は特に無い
「ふぅ・・・」
上記の内容をノートに書き終えた所で、エヴィンはひどい疲労感を覚えた。これ
まで一瞬単位でしか使わなかった闇の力を、色々試しながら使い続けたのだから
無理もない。だから昼食の時間には少し早いようにも思えたが、エヴィンは一息
つくために家に戻る事にした。
山を下りたエヴィンはドアの鍵を開け、中に入る。と、エヴィンは中で物音が
するのを聞いた。
「（誰！？）」
平日の正午前、エリーが学校から帰ってくるには早すぎる。エヴィンは胸の鼓動が
急激に高まるのを感じずにはいられなかった。そしてその物音は台所の方から来て
いた。エヴィンは息を殺し、極力足音を立てないようにしながら台所の方へ忍び
寄る。そしてドアの隙間からそ〜っと台所の中を覗き込んだのだが、中には誰も
見えない。そして扉を開けて更に中に入ろうとした所で、エヴィンは背後から凍て
付くような気配を感じた。
「！！」
エヴィンは反射的に、体を半回転ターンさせながら後ろの飛び退いた。そして目の前を
見るとそこには、一人の中年の男性が立っていた。男の身長は自分と同じくらいで、
体型は痩せても太ってもいない。髪はほんの少しだけ長めで少し癖っ毛である。そして
服装は、茶系のスーツにその身を包んでいた。
「はじめましてエヴィン君。」
中年の男は、微笑を浮かべながら言った。しかし彼の持つ、その微笑とはあまりにも
裏腹な圧迫感が、エヴィンを絶えず刺激する。
「は、『はじめまして』って・・・一体どこから！」
額に冷たい物を感じながら、叫ぶようにエヴィンは言う。と、男は不思議そうな顔をした。
「どこから？人が家に入るときは、玄関からと決まってないか？」
「げ、玄関って・・・それは一般論でしょう！」
「つくづく変な事を言う子だ・・・自宅に一般論を当てはめちゃいけないとでも？」
「え？自宅？？？」
「そう、自宅だ。もしかして君は、私の事を侵入者だとでも思っていたのかい？」
「ち、違うとでも・・・？」
「失敬な。私の名はディルナ・ロックフィールド、この家の主人だ。」
「ディルナ・・・ロック・フィールド！？そ、それじゃあまさか・・・」
「そう、私がエリーの父親だ。そして、トライデント四傑が筆頭・・・」
驚愕するエヴィンに、男はそれまでよりトーンを低くした声でそう言葉を続けた。
「あなたが、エリーちゃんのパパで・・・『トライデント』の人間・・・？」
「そうだ。そして我が娘エリーは、実によく働いてくれた・・・」
「！？」
ディルナの言葉に、エヴィンは驚愕を新たにせずにはいられない。だが、そんな
エヴィンの驚愕を更に上積みするかのように、ディルナは言葉を続けた。
「全て監視していたのだよ。君がレガードを倒し、己の力に恐怖し仲間の元を
離れたのも、そこからこのカオウェイに来るように仕向けたのも、そこで
力の覚醒を促すような行動を君に取らせたのも！・・・全てが、我々の策略の
うちだったというワケだ・・・当然、エリーもこの計画の中心人物の一人・・・」
「・・・・・・」
「どうだね？自分が信じ、心を許していた人間が、実は敵だったというのは？」
ニヤニヤした口調でディルナは言う。それに対しエヴィンは、暫くの沈黙の後
ゆっくりと口を開いた。
「・・・信じない・・・」
「ん？」
「そんな事信じないって言ってるんです！エリーちゃんは、僕の大切な友達だから・・・」
精一杯の勇気を振り絞り、叫ぶようにエヴィンは言う。しかしそれに対する
ディルナの返事は、侮蔑に満ちた高笑いばかりであった。
「な、何を笑うんですかっ！」
「偽善を言うな！小僧！！貴様はエリーの事を信じるのではなく、自分に都合の
悪い事実を否定したいだけなのだろう！！」
「そんな事！」
「そうやってまた否定をする！人間は眼前の都合の悪い事実を言葉で否定し、そして
口で否定語を操りながら体の中で態勢を整えようとする・・・悪い話が、本当の事で
あった場合に耐えられるようにな・・・」
「うるさい！黙れ！！」
言いながらエヴィンはディルナに殴りかかった。しかし、ディルナの体はエヴィンの拳が
ヒットする直前で消え失せる。
「どこを狙っているのかね？」
「！！」
背後からディルナの声が聞こえると、エヴィンは後ろ蹴りを放った。しかし、その一撃も
簡単にかわされ、しかもディルナに足を掴まれたエヴィンは、そのまま投げ飛ばされ、
全身を地面に強く叩きつけられた。
「私が興味があるのは、貴様の中途半端な拳法などではない。」
倒れたエヴィンを、傲然と見下しながらディルナは言った。
「興味があるのは、お前の中の闇の力・・・さあ、使ってみろ！」
「・・・後悔、するな・・・剣よっ！！」
エヴィンがそう叫ぶと、彼の腕から一本の剣が出てきた。蒼とも、紫ともつかない色の
刀身のみの剣である。エヴィンは、ディルナの眼前でそれを一回薙ぎ払った。
「あなた達が欲しがっていた僕の闇の力・・・たっぷりと思い知れ！」
言いながらエヴィンはディルナ目がけて突進する。そしてエヴィンの突進を見て、
ディルナは初めて「構え」を取った。
「むんっ！」
闇の剣で突き刺しにかかるエヴィンに対し、ディルナはかけ声とともに左の掌を
突き出した。そして間もなく、エヴィンの剣はディルナの左の掌を貫き、床に
鮮血が数滴、したたり落ちた。
「ハァ・・ハァ・・・」
「いい力だ・・・今現在の力もさる事ながら、潜在的な力は更に素晴らしい・・・」
血だらけになった腕を見て、満足そうにディルナは言った。エヴィンはディルナの
そんな態度に寒気を覚え、フォトンを解除しようとするのだが、何か強烈な、外部
的な力によってそれは押さえ込まれる。そうして力を強制的に出しっぱなしにされ
顔からどんどん生気が失せるエヴィンに、ディルナはさらに言葉を続けた。
「そして今の戦闘で、お前がどんな精神状態の時に力が発動しやすいのかよく分かった。
こういうデータは、直接触れてみないと断定的な事が言えないのでな。」
「・・・・・・・・・」
「では、続きの研究は本拠地で行う事にしよう。」
言い終わるとディルナはエヴィンの額に右の人差し指をトン、と当てた。当然、その
指には特殊な魔力が込められている。エヴィンは意識を失い、その場にドサと倒れ
込んだ。
そして数時間後・・・
「ただいま！」
ドアを開けながら元気な声でエリーは言った。しかし、誰の返事もない。
「エヴィン？」
エリーはエヴィンの名を呼びながら家の中を歩いた。しかし、やはり返事がない。
「おっかしいわね、いつもはこの時間は家の中にいる筈なのに・・・」
言いながらエリーは台所へ通じる廊下へと足を踏み入れ、そこで目を見張った。
床におびただしい血の痕が残されているのである。そしてその光景に半ば我を
忘れながら駆け込んだキッチンで、彼女は更に意外な物を見る事になった。
「これは・・・」
エリーはテーブルの上に置かれていたティーカップを見て愕然とした。机の上に
置かれたウェッジストーンのティーカップ、それは自分が使わず、エヴィンにも
決して使わせなかった、父専用の物だったからである。
「パパが・・・帰って来てるの？」
混乱した頭で、呆然とした口調でエリーはそうつぶやいた。
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