数時間前、ディルナとの戦いに敗れ捕らえられた彼は、意識を失ったまま、何処
とも知れぬ彼らの本拠地に連行され、そこで自らの潜在的な力を急速に引き出さ
せるための拷問のような実験を受けさせられていた。
トライデントの調査の結果、エヴィンが自己の防衛よりも他者の防衛に関しての
時の方が、「神子」の力を発揮しやすいという事は完全に立証されていた。
レガード戦でリビアやアレンを殺されたと思った時やカイトカインドとの戦いで
エリーを守った事、そして放浪していた時に警察を追い払う時に使ったのも、
直接的ではないが家族や友人に危害が及ばないようにした結果の物であった。
そしてその実証されたデータを元にトライデントは、昏睡状態のエヴィンに自分の
両親や祖父、友人達が残酷に痛めつけられる映像と音声を何時間も脳に直接流し
続け、また、実体験ではないそのビジョンにより現実的な感覚を与えるために、
両手両足を鎖で拘束されたその体には、映像の状況に応じた肉体的な苦痛を与え続けた。
「う・・・あ・・・うぁああああっ！！」
エヴィンが悲痛な、声にならない声をあげる度に、コンピュータの表示する脳波と
心拍数は激しく乱れる。そしてそれと同時に、エヴィンの身体の周りに発生する
青黒いモヤは、一段と高くなって行く。そしてその様子にサディスティックな笑みを
浮かべる研究員の後ろのドアが開いた。
「経過はどうだ？」
後ろから入ってきたディルナは抑揚のない声で研究員に尋ねた。
「ご覧の通り順調その物です。しかしまさかあんな子供に、これほどまでの闇の力が
秘められているとは想像だにいたしませんでした。」
「うむ・・・ところで私は少しの間だけここを空ける。二日後には帰るので、留守を
頼むぞ。」
「はい・・・お任せ下さいませ・・・つきましては実験が期待通りの成果を上げられた
あかつきには・・・」
担当員はそう言いかけたのだが、彼の言葉が終わる前にディルナはさっさと部屋を出て
行ってしまう。そしてそんなディルナの後ろ姿が消えると、彼は苦々しさを満面に浮かべた。
「けっ・・・四傑の筆頭だか何だか知らねぇけどお高く止まりやがってよぉ・・・こんな
時間ばっかりかかる仕事に手当も出しやがらねぇ・・・クソ、こんな仕事はさっさと
終わりにして飲みにでも行くか。」
男はそう言うとエヴィンにかかる負荷を一気に最大レベルにまで押し上げた。エヴィンの
身体は激しく揺れ、叫び声も大きくなる、脳波の揺れは異常を通り越したレベルに一気に
達し、モヤも部屋を覆い尽くすほどに膨れ上がった。
しかし、それはほんの一瞬の出来事だった。
部屋を覆い尽くすほどあった闇のオーラは完全に消え失せ、エヴィンの声も消えた。
不審に思った担当員が慌ててコンピュータに目をやると、心拍数こそ正常である物の
脳波の方は完全にフラット・・・無反応になっていた。
「ば、バカな！！まさか殺・・・殺しちまったのか！？」
担当員は体中の血が引き、昏倒しそうになるのを感じずにはいられなかった。このまま
被験者を駄目にしたら、自分がどう責を負わせられるのか想像するのさえ怖ろしい物が
ある。彼は研究室のドアに鍵をかけると、エヴィン蘇生のための方策を考え始めた。
そしてそれとほぼ同時刻、カオウェイ山中・・・
「・・・・・・」
エリーは無言のまま自宅の鍵を開けた。家全体の風景は、何も変わり映えしていない
のに、ここしばらく感じられなかった、何とも言えない寂しさが漂っている。
「ただいまを言う相手もいない、か・・・なんかテレビであったな、そんなＣＭ。」
エリーは一人そうつぶやくと、小さくため息をついた。両親が出ていって三年以上
経ち、一人暮らしにも慣れきっていた筈だった。だからエヴィンがいなくなった
事も、ある意味慣れきっていた状態に戻っただけなのに、彼女は耐え難い孤独感を
感じずにはいられなかった。エヴィンとの共同生活は、沢山の楽しい思いを彼女に
与えると同時に、その心を非常に弱くしていた。
と、そんなエリーの視界にペットの小リス、ミーシュが飛び込んできた。どうやら
相当お腹を空かせているらしい。エリーはミーシュに「ごめんごめん、あんたが
いたんだよね。」と笑いながら言うと、食器棚の横にあったペットフードを小さな
ボウルいっぱいに注ぐ。そしてミーシュがそれを一心不乱に食べ始めるのを見
届けると、エリーは台所を出て、両親の部屋の扉を開けた。
エヴィンは、この部屋を自分の寝室に使っていた。しかし、元々持ち込んだ荷物も
多くはなく、しかもエリーに棚や机の中身を勝手に出し入れするなと言われていた
ので、その辺りは実質三年間手つかず状態になっている。エリーはその一つ一つを
開け、中の物に探りを入れた。自分の両親がどこに行ったのか、そして何をしてる
のか、それらの情報を少しでもいいから見つけたかった。
そしてエリーは一晩中部屋をひっくり返して手掛かりを探し続けたが、めぼしい
物は何も出て来ない。そう言えば二人が家を出た直後も同じような事をして結局
何も手掛かりを得られなかった事を、エリーは今更のように思い出した。
「打つ手ナシ、なの・・・？」
窓から差し込んでくる夜明けの光を見て、エリーは茫然とつぶやいた。だが、そう
簡単に諦める事ができる筈もない。だから次にエリーがしたのは、一見関係の無い
ようにしか見えない文書なども、気を取り直して逐一調べ続ける事だった。そして
一心不乱に調べ続けるその間、エリーは徹夜の眠気も、空腹も気にならなかった。
そして何十冊目かの父のノートを調べていると、エリーは、難解な文章の書かれた
ノートと共にある、一枚のフロッピーを発見した。
「何だろう？これ・・・」
エリーは不思議に思いながらパソコンのスイッチを入れた。もっとも彼女はこの手の
機械の扱いはかなり苦手で、ビデオの予約録画も十時間の説明書との格闘と、十回
以上の録画ミスを経験してやっと覚えたほどである。だからエリーは、これまでの
家捜しでグチャグチャになった部屋からパソコンの説明書を引っぱり出し、そして
説明書を何度も読み直し、ようやくフロッピーの読み取り方を理解すると、父の
ディスクの中にあった文書ファイルを開こうとした。が・・・
「パスワードを入力して下さい」
「は？ぱ、ぱすわーど？？？」
パソコンの無情な要求にエリーは唖然とした。もし今、彼女の手元にロッドがあった
ならば、パソコンモニタは粉々に砕かれていたかもしれない。エリーはとりあえず
デタラメにキーボードを叩く
「パスワードが違います」
家族の誕生日を入れる
「パスワードが違います」
家族の名前を入れてみる
「パスワードが違います」
両親の結婚記念日を・・・
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「あ〜もう！！！」
目の前の机を両拳で叩きながら、怒鳴り声でエリーは言った。こんな物、どう
考えても分かるワケがない。エリーは気を落ち着けるために冷蔵庫に飲み物を
取りに行き、グラス一杯のお茶を一息に飲み干した。
「もう、こうなったら諦めるしかないのかな・・・ちょっと待って。」
エリーの頭に一つの考えが思い浮かび、彼女は全速力でパソコンの前に滑り込んだ。
たった一つ残されていた、いかにも関係がありそうな物、しかし、自分の拒絶反応
から、無意識的に一度も入力を試みていなかった物を入力した・・・パスワード名
"ＴＲＩＤＥＮＴ"
パスワードを入力したエリーがエンターキーを押すと、今度は例の言葉は出ず、
何か別のカタカタという音がし出す。そしてモニタに映し出された文面にエリーは
言葉を失った。
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・案件その１ 人体の人工強化に関して
現在より約五十年前、人間の身体を人工的に強化する、いわゆる「強化人間」計画が
政府レベルで進められていた時期があった。しかしこの手法は生命誕生の最初期より
段階的な強化が必要であるため膨大な手間と費用がかかり、また副作用として被験者
寿命を中心とした多大な問題があったようである。
今回私が提案するのは、近代的な科学技術と古代のテクニック・マジックを融合させ、
施術者の記憶を被験者にコピーする手法であり、これが成功すれば安価かつ迅速に優秀な
施術者の部分的な複製を多量に作り上げる事が可能となる。ただし現時点では施術者及び
被験者の脳を中心とした身体の許容量との兼ね合いがあるので、安全性が確率されている
限定的な部分での移植のみを中心とした研究を進める予定である・・・
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・案件その２ 本拠設営に関して
自分及び他者の調査の結果、我々の本拠はやはり「神々の都」ジンドゥが最適である
との結論に達した。人口が多い事へのリスクが論じられるかもしれないが、かつての
リーク王家が神殿を設営した事からも分かるようにかの地の霊的磁場は他に類を見ない
ほどに強力である上、前述の大都市であるという点もむしろ他者の我々への無関心に
つながるので却って隠密行動には適しているとの見方もできる。また、活動拠点の確保に
ついてだが・・・・・・
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「パパ・・・」
エリーは体中が強く震えるのを感じずにはいられなかった。やはり、自分の父は普通の
事をしているのではなかったという事に直面した時、そして両親が去ったのと同時に、
自分の身についていた山の薬草や戦闘に関する知識への説明がついてしまっていた時、
エリーはパソコンモニタの前で茫然とする事しかできなかった。
「知らなきゃ良かった」
ほんの一ヶ月前の自分だったら間違いなくそう思っていた事だろう。だが今の彼女には
それは持ちようのない感情と言えた。エリーはパソコンの電源を落とすと、リュックに
お金と食糧と着替え、手製の薬品各種、それにロッドを入れると麓の町の駅を目指して
駆け出し始めていた。
エリー・ロックフィールド１４歳、己を待ち受ける運命を察するには、彼女はあまりに
幼すぎた・・・
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