その筆頭格はディルナ・ロックフィールド、高い魔力と科学の知識、それに
高度な戦闘能力を併せ持ち「混沌の魔術師」と呼ばれ仲間からも恐れられる
人物である。
そして『武神』の二つ名で知られる格闘家ヴァルグ・レイナード、その拳は
岩盤を砕き猛獣をも屠ると呼ばれた人物、老いに抗うためにトライデントに
縋ったと言われているが、その真意の詳細は未だ不透明な部分が多い。
これまで表だってエヴィンらの前に姿を現したのは彼ら二人だけだった。
しかし、四傑の残る二人も、確実にその行動を開始していた・・・
ヴァルグの乱入事件の翌日夜、ギゾの秘書官リィズは自分の住むマンション
への道を歩いていた。手にはコンビニエンスストアの買い物袋を下げ、服も
黒のタンクトップにジーンズとかなりラフな服装になっている。彼女は自宅
入り口のボタンに４桁のパスワードを入力しドアを開けるとエレベーターに
乗り込んだ。そして一日の仕事の疲れからエレベータ内部の壁に背をもたれ
かけ、エレベータの階数表示が自室のある１５階に近づいた瞬間、リィズは
異変を感じ取った。
「！？線が切られた！？」
次の瞬間、リィズの身体はエレベータの天井に叩きつけられていた。自分が
乗っているエレベータは今、一気に落下している。あと数秒でエレベータは
地面に叩きつけられ、そうなれば自分は無事で済む筈が無い。だが、そんな
状況でもリィズは慌てず騒がず、時が来るのを待った。
「今１１階・・・９・８・・・５・４・３・今だ！グラブト！！」
グラブトのテクニックはエレベータの上部に強力な重力場を作り出した。
そして超圧縮された重力場は上部にブラックホールに近い状態を生み、
エレベータを一気に引き寄せる。そしてそれが引き寄せすぎないうちに
リィズはグラブトを解き、エレベータは再び自然落下した。なおリィズが
グラブトを解除した地点での高度は１階と２階の間だったので、衝撃は
無に等しい。
「誰が、こんな事を・・・」
エレベータのドアを手動で開けると、リィズは慎重に非常階段を登った。
ウェンフィールド財団が巨額を投じて作った新築のマンション、断じて
老朽化や手抜き工事の産物ではない。と、なると人為的な物に決まって
いるのだが、それが単なる無差別的な物か、財団に恨みを持つ物の犯行
なのか、それとも自分個人に恨みを持つ物の仕業なのか、それは自分の
目で確かめるまでまるで見当がつかないのである。
ただ、とりあえず彼女の願いは、これが自分を標的にした犯行であって
ほしいという事だった。それならば一般人への被害は防げるし、リィズ
自身何が来ても負けないくらいの自信はあったからである。そして彼女が
再び自室に辿り着いた時、リィズは敵の目的が自分の希望と一致していた
事を悟った。
「久しぶりね、リィズ。」
「エレナ・・・」
リィズは眼前の女性を見るや驚きと共に彼女の名を口にした。リィズが
エレナと呼んだその女性は年齢はリィズとほぼ同じ、髪は背中の中心に
少し届かない程度の水色で、背はリィズより少し低く身体も痩せている。
そして縁の無い楕円の眼鏡をかけたその顔は、理知と同時に冷たさに
満ちた面立ちをしている。そして彼女の背後には、もう夏が近いのに
トレンチコートで全身を覆った一人の大男が控えていた。
「長かったわ・・・」
リィズの顔を見ながら、つぶやくような声でエレナは語りだした
「いつも、貴女が前にいた・・・いつも、貴女の影を追い続けて来た・・・」
「エレナ・・・」
「でも、それももう終わり・・・私は、あなたの前に立つ！！行け！！」
エレナがそう言うと同時に、彼女の背後にいた大男がリィズに殴りかかる。
重そうな、しかしモーションが大きく簡単にガードできるパンチである。
リィズはそれを簡単にかわすと男の神経節目がけ針を投げた。だが、針は
男の腕の痛点を的確に射抜いたのにも関わらず、男は動きを一切緩めずに
今度は蹴りを放った。
「甘いのよ！その程度の攻撃！！」
男の蹴りを後退してよけるとリィズは男の顔面目がけてフォイエを放つ。
そしてそれが直撃し、男の頭を覆っていたフードが焼け落ちるとリィズは
言葉を失った。彼女が戦っていた大男、それは生身の人間ではなかった
のである。
「ホホホホホ！どう、リィズ？これが私の創作物の機械兵、あなたの貧弱な
麻酔針やテクニックなんて受け付けないわ！！」
「・・・たしかに、そうみたいね・・・」
「フフフ・・・どう？あなたが今、その長い髪を剃り落として丸坊主になって、
土下座して負けを認めると言うのなら、あながち知らない間柄でもない
私達、命だけは助けてあげるけど？」
優越感に満ちた、己の勝利を確信しきった表情でエレナは言った。しかし
リィズは却って、哀れみに満ちた瞳でエレナを見つめる。
「先生に何度も言われたわよね・・・災いは頂点にこそ潜んでいるって・・・あなた、
今の状況が分かってないの？」
「今の状況？それを憂慮するのはあなたであって私では無い筈よ！」
「本気でそう思う？じゃあ、試してみなさい！」
「そうやって人を見下した事が言えるのも、これが最後ね！行け！！」
エレナのそのかけ声とともに、機械兵は再び動き出した。しかもスピードは
これまでよりも数段速い。リィズは一発のテクニックも、一本の針も発する
余裕を与えられず、やがて壁に追い詰められる。そしてリィズを追い詰めた
機械兵の渾身のパンチがリィズの顔面を捉えようとした瞬間、彼女は一歩
前に出て、両腕を相手の肩に乗せると、器械体操の選手顔負けの見事な
姿勢の腕立て前方転回を見せ、機械兵の背後に回り込んだ。
「終わりよ。」
抑揚の無いその一言とともに、リィズは機械兵の背中を両腕でドンと押した。
ただでさえ大振りなパンチのために前方のバランスが大きく傾いている身体は
その一押しで完全にバランスを失い前に倒れる。そして倒れ込んだ機械兵の
前方には、数分前に彼がケーブルを引きちぎったエレベータのドアが、まるで
奈落の底への入り口かの如く口を開けていた。
数秒後、遥か下から巨大な爆音と破壊音が、リィズとエレナの耳に響いてきた。
「あんなタフさとパワーだけのデカブツで私に挑むなんて、見くびられた物ね。」
エレナを見ながらリィズは言った。しかしエレナの眼光も、少しも衰えていない。
「そうね・・・少し見くびっていた事は認めるわ。さすが私が、今やトライデント
四傑の一人となったエレナ・バーンハイトがライバルと認め続けたリィズ
だけの事はある・・・」
「！？」
エレナの発した『トライデント』という言葉に、リィズは瞳を大きく見開いた。
「エレナ、あなた・・・トライデントですって！？」
「どうやら、ようやく驚いてくれたみたいねリィズ。ま、今日はほんの挨拶代わり、
次に会う時を楽しみにしているわ。そしてその時こそこの私が心血を注いで再生
したトライデント第二の刃の、究極の破壊兵器の前にあなたが屈する、私の人生
最良の日となるのよ！」
「トライデント第二の刃・・・たしか、アレンさんの孫のエヴィンって子が第一の
刃って言われていた・・・一体何なの？トライデントって！！」
「フフ・・・まあ、そんな事はあなたに関係無いわ。それより、あなたが最近稽古を
つけてあげている女の子、あの子の心配でもしてあげた方がいいかもね。」
「！・・・なんですって・・・？」
「心配だったらウェンフィールドに戻ってみる事ね。ま、もう手遅れかもしれないけど。」
言い終わると同時に、エレナの身体は光に包まれ消え失せた。エレナが去り、
ただ一人場に残されたリィズは一瞬茫然としていたが、すぐに気を取り直すと
もう一台のエレベータで地下駐車場に降り、愛車の赤いスポーツカーにキーを
差し込んだ。
そして場所は変わりウェンフィールド邸・・・
リィズが帰宅し、シャワーを浴び終えたリビアは部屋で一人、本を読んでいた。
ディルナとの戦いで重傷を負ったマークは一命は取り留めたもののまだ意識は
戻っておらず、ギゾは財団の仕事、テオは支部道場の視察でそれぞれ遠方へと
出かけており不在である。そんなわけで今日はあまり話し相手もいない。しかも
エヴィンが拉致されたという話や、昨日出会ったエリーという少女の事も妙に
気にかかる。こんな日は家庭教師の先生に出された宿題をやって早めに寝よう、
そう思い読みかけの本にしおりを差して本棚に戻す。そして同じ本棚の中から
参考書を取り出そうと手を伸ばしかけた時、リビアは窓を叩く「コン・コン」と
いう音を聞いた。
「あれ？誰だろう・・・」
一瞬そう不思議に思ったリビアだったが、彼女が音の正体を知るのに時間は必要と
しなかった。直後に窓ガラスは割られ、中に入ってきたのは細身の男性、いや、
男性の姿をしたロボットだった。ロボットはリビアの方を向くと首の動きを止めた。
「対象物、認識チュウ・・・・・・・・・対象物ハ、ターゲッと、リびア・トうぇイんデ
アルと認識・・・ハイジョ・開始・・・」
言い終わるやそのロボット・・・機械兵は右腕をリビアの方に突き出した。そして
その腕は手首の所から「パカ」と開き、中から銃口が顔を出した。
「拳銃！？」
それを見たリビアは反射的に身を伏せた。結果銃弾は彼女には当たらなかったが背後の
壁は穴だらけになる。リビアはドアから表に逃げようとした。だが次の銃弾が彼女の
右脚を貫通すると、リビアはドアを開けながら前のめりに倒れ込んだ。
「何事ですか！？」
騒ぎを聞きつけた警備員が数人、即座にリビアの前に駆けつける。だが機械兵は彼らを
見るとすぐ、ハンドガンを乱射した。プロの警備員である彼らも、その奇襲には急所を
外すのがやっとで、肩や足を数発撃ち抜かれた彼らもまた、地面に倒れ伏した。
「どうして、こんな事が・・・」
死への恐怖の中、リビアはなんで自分がこんな目に遭わなければならないのか考えた。
本当はそんな事考える暇のある状況ではとてもないのだが、それでも彼女の頭の中を
ここしばらくの出来事が走馬燈のように駆け巡る。レガードにさらわれ、殺されかけ、
強盗に入られ、半ば強制的にニーヤに連れて来られ、そこでも襲われ・・・本気で死ぬかと
思う出来事なんて、一生に一度でも十分すぎるのに、ここ一ヶ月でそんなのが何度もある。
しかもその原因は、全て共通していてただの一件の例外も無いのである。
「エヴィン君・・・」
リビアは後輩の名前を小さな声でつぶやくと立ち上がった。その顔は、いつもの彼女
からは想像もつかないような不快感に満ち満ちている。
「なんで私が・・・後輩一人のために何度も死ぬ思いをしなくちゃならないのよ！
死んで・・・死んでたまるもんですか！」
サンフォースをかけながらリビアは立ち上がり、叫ぶようにそう言った。足の回復も
いつもより段違いに早い。
「私は、こんな所で死ぬのは嫌・・・生きないと・・・生き延びてみせる！」
絶望的な戦力を持つ相手を前に、リビアは自分にそう言い聞かせると次に何をどう
すべきか考えた。そして考えれば考えるほど、リィズの言葉が頭の中に甦って来た。
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「リビア、私が貴女に教えるのは、あくまで『静のテレパス』がメインだけど、世の
中にはそれが通用しない相手もいる・・・例えば機械はその代表例ね。」
「そしてそういう連中に真正面から向かって行くのは、ハッキリ言って無駄だわ。
いかに相手を相手の有利なフィールドから遠ざけ、自分の有利なフィールドで
戦うか、これが戦術と言う物なの。」
「ただ、相手がいつも同じとは限らない、多種多様な相手の攻撃をいかに防ぐか、
それは冷静な判断力に全てがかかっているわ。特にリビア、あなたは格闘技や
攻撃テクニックの経験が無いんだから、それに頼るしかないの。ま、もっとも、
過信する対象が無いって言う事は時によってはプラスにもなるけどね。」
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「・・・相手をよく観察する・・・相手の、弱点を突く・・・それなら！」
一度は完全に立ち上がったリビアだが、機械兵の銃口が再び彼女に向けられるのを
見るとリビアは一度姿勢を屈め、そして地面に転がっていた壁の破片を機械兵の顔
目がけて投げつけた。メインカメラを壊された機械兵は一瞬動きが止まる。その隙に
リビアは、今度は壁の破片をもう一個手にしてそれを機械兵のハンドガンにねじ込んだ。
だが状態の異常に気付きようの無い機械兵はそのまま銃を発射させようとする。が、
弾詰まりを起こした銃は暴発し、機械兵の右手首は爆発して使い物にならなくなった。
「武器は壊した！あとは、動力源さえ止めれば！！」
そう言うリビアの手には、窓ガラスの破片が握られていた。これで体のどこかの
メインコードを切れば機械兵の動きは停止する。たとえ一撃で動きを止める事は
できなくとも、何かしらのダメージを与える事ができるのは間違いない。リビアは
そう考え眼前の相手に突っ込んでいった。
だが、この時のリビアは一つの大きなミスを犯していた。
相手を追い込んだ事から来る油断と、決着を急ぐ焦りが、彼女の心と動作をひどく
隙だらけにしていたのである。
相手は機械兵である。人間とは違う。痛みを感じず、融通の利かない機械兵なので
銃に詰まった石を気付かず暴発させるような事もあるが、右腕を失ったからと言って
痛みで他の動作が遅れる事も無い。リビアの身体は、機械兵の重い右蹴りに咄嗟に
反応する事ができず弾き飛ばされていた。
「く・・・！！！」
機械兵の蹴りに、リビアがの身体は簡単に弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
そして何とか立ち上がろうとした時、リビアは目を見張った。機械兵の足が膝から
開き、そしてそこがミサイルランチャーになっていたのである。今の自分の体勢、
相手との距離、どう足掻いてもかわす術は見つからない。そう思い覚悟を決めた瞬間、
窓の外から一発の火球が飛び込み、ミサイルランチャーの穴に直撃した。
「ガ・・・」
それが、機械兵の発した最後の音声だった。ミサイルに火の玉をぶつけられた機械
兵は直後に大爆発を起こす。リビアは瞳を閉じ、両腕を前に組んで爆風に備えた。
だがいくら経っても熱風は彼女の前に伝わっては来ず、恐る恐る目を開けたリビアの
前にはリィズが立っていた。
「よくやったわね、初の実戦にしては十分合格点よ。最後は、ちょっと不味かったけど。」
「り・・・リィズさん・・・？」
「ザンで相手の周囲に真空状態を作り出して熱が伝わるのを防ぐと同時に、破片を
上空に巻き上げたの。攻撃テクニックは単なる物理的な攻撃だけでなく、性質を
応用すれば防御のバリエーションも広げる、そう教えなかった？」
「は、はい・・・って、見ていたんですか？私が戦っているのを・・・」
「ええ、そうよ。」
リビアの言葉に、リィズは事も無げに頷いた。
「じゃ、じゃあなんで早く助けに入ってくれなかったんですか！こっちは死にそう
だったんですよ！！」
「私は、一人立ちしようとしている人間に要らない手助けをする程無粋じゃないの。
もっとも、死なれちゃ困るから本当に危ないと思ったら手助けもするけどね。」
「リィズさん・・・」
「でも、今の貴女には心に揺らぎが見えるわ。」
「え？」
「せっかく、身を護る術を身につけかけてきたと言うのに、今度は心が不安定になって
来ている・・・顔色も悪いみたいだし、大丈夫？」
「・・・・・・・」
リィズの言葉に、リビアは動きを止めた。そしてしばらく考え込むと再び口を開き、
蚊の鳴くような小さな声で話し出した。
「リィズさん・・・私、ちょっと相談したい事があるんです・・・」
「いいわよ、私の家に来る？ちょっと、散らかっちゃってるけど・・・」
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