リィズについて行きながら、そんな空間に見とれている間に、二人はリィズの
部屋の前についた。しかし何故かここだけ、他とは違い荒らされたかのような
形跡がある。リビアがその事について気にしながらも触れられずにいると、
リィズは横から「知り合いが遊びに来た直後だったから。」と苦笑いしながら
リビアに言った。
それからリィズはリビアを居間に案内して自分は台所に行き、しばらくすると
コーヒーの入ったカップを二つ乗せたお盆とともにリビアの前にあらわれた。
リビアは目の前に置かれたコーヒーの、インスタント物ではとても出せない、
香ばしい香気を吸い込み、そして一口飲んだ。
「おいしい・・・」
リビアは小さな声で一言そう言うと、しばらくの間黙り込んだ。しかしそんな
彼女に発言を急がすリィズでも無い。リィズは無言のまま、リビアが次に口を
開くのを気長に待ち続けた。
「それで、話なんですけど・・・」
数分の沈黙の後、リビアはようやく口を開いた。
「私、何してるんだろうって思えてきて・・・」
「何をしてるんだろう、って？」
「私、この一ヶ月で、何度も殺されかけました・・・それで、私の事を襲った人達が
みんな私がエヴィン君の・・・彼らが言うところの『闇の神子』の知り合いだから
っていう理由だものだから、それでさっき、変なロボットに襲われた時は本当に
頭に来たんです。なんで、エヴィン君のために私がこんな目に遭わなくちゃなら
ないんだ、って・・・」
「・・・・・・」
「でも、そんな風に考えちゃ可哀想ですよね・・・エヴィン君だって、いえ、エヴィン君が
一番苦しんでるのに違いないのに・・・」
言い終わるとリビアは小さくため息をつき、再び黙り込む。そんなリビアを見た
リィズは、少しぬるくなったコーヒーを一口飲み、乾いた喉を潤すと自分の言葉を
リビアに語り始めた。
「その事なんだけどねリビアさん、私、あなたに謝らなくちゃいけないの。」
「え？あやまる・・・？」
「ええ、さっきあなたを襲った機械兵、あれの狙いは私だったのよ。」
「・・・？？？」
リィズの言葉の真意が掴めず、リビアは目を見開いた。
「あの機械を作った張本人はエレナ・バーンハイトって言って、昔の私の同門
だった人間、そして今はトライデント四傑の一人だって言っていたわ。」
「！？」
「エレナは私の師匠の娘で・・・そして下世話な言葉になるけど、三角関係の相手
でもあったの・・・」
「え？三角・・・関係？」
リィズの言葉に、リビアは少しの間我を失った。まさかリィズの口からそんな
単語が、しかも実体験の物として出てくるとは思っていなかったのである。
リィズは放心状態のリビアが我に返ったのを確認すると、再び口を開いた。
「あれからもう、十年になるのね・・・」
「子供の頃の私は、テクニック・マジックの潜在能力が高いって言われてたわ。
それで周囲からも随分期待されたし、私もそれに応えようと努力していた。
でもある日、重傷の友人を助けようとした私はあまりに大量のエネルギーを
その友人に注ぎすぎて、殺しかけてしまった・・・」
「・・・・・・！」
「幸い、彼女は一命を取り留めたけど、全快までに数年の時間を必要とした。
そしてその一件以来、周囲の私を見る目も急に悪くなって、いたたまれなく
なった私は家を飛び出した・・・旅費もなく、行くあてもなく・・・」
「当然そんな状態で出た旅が長続きする筈もない、途中で病気になり、力が
尽きかけていた私を保護してくれたのが私の師匠、ブラング・バーンハイト。
そして師匠の一人娘のエレナだったの・・・私はテクニック・マジックと格闘
技の融合を目指していたブラングに見込まれ、しばらく彼の元で腕を磨く事に
なったわ。そして年の近いエレナとも、すぐに仲良くなる事ができた・・・」
ここまで一息に言うと、少し喋り疲れたリィズは再びコーヒーを口に含む。
そして呼吸を整えているリィズに、リビアは一つの質問をした。
「その、ブラング、って人とエレナって人と三人で暮らしていたんですか？」
リビアの質問に、リィズは静かに首を振った。
「あ、そうですよね、ブラングさんの奥さんを数に入れるのを忘れ・・・」
リィズの反応を見て、しばらく考えるやリビアはポン、と手を叩いてそう
言いかける。だがリィズはブラングが既に離婚していた事を告げ、彼女の
答えを否定した。
「え、それじゃあ・・・」
「・・・私の他にも弟子はいたのよ。そしてその人の名前はフィル・・・今、
あなたの故郷のティリアで歌手をしているフィルよ・・・」
「・・・・・・！？」
リィズの言葉に、リビアは驚きを新たにせずにはいられなかった。フィルは
ティリア有数の有名人である。彼の歌はリビアも何度か聴いた事があるし、
彼女もそれなりに気に入っていた。しかしそんなフィルがリィズと同門で
あったという事なんか、それこそ予想だにしておらず、世間の狭さという
物をリビアに感じさせるのには十分であった。
「フィルは、今でこそ音楽稼業みたいだけど、かつては師匠ブラングの一番
弟子、その総合戦闘力は師をも超えると言われていたわ。」
「そ、そうだったんですか・・・なんか、信じられないけど・・・」
「そして私は、結果的にエレナからフィルを奪い取る形になった・・・」
「え？奪い・・・取る？」
リィズの言葉に、リビアは目を丸くせずにはいられなかった。だがリビアの
そんな反応もすぐに元に戻る物と分かってか、リィズは変わらぬペースで
自分の言葉を続けた。
「エレナは、言っちゃなんだけどテクニックや格闘技の才能は無かった。
でも、機械工学とかいわゆる理系の分野には滅法強くて、彼女の作った
発明品は日常生活や戦闘で、随分助けになっていた・・・でもエレナには、
焦燥感があったみたい。私はフィルと同じ感覚を共有できるのに、自分
にはできない、そんな焦燥感が・・・そしてそれは、現実の物となったの・・・」
「え？て事は・・・」
「・・・私とフィルは、いつからか戦闘のパートナー以上の気持ちを持つように
なった・・・勿論、エレナのフィルへの気持ちは気付いていたし、後から来た
私がそれを邪魔しちゃいけない、ましてや自分の恩人なのに・・・って理屈の
上では分かっていたんだけど、あの頃は誰もが若すぎた・・・」
リィズの発する言葉は、その一つ一つがリビアにとって衝撃だった。リビアの
知っているリィズは知的でクールでスマートで・・・これまでの話のような事は
到底想像のつかないような女性だったのである。だが、これらの話もまだ、
次にやってくる本筋の話に比べたら序章に過ぎないのだと言う事を知るのに、
リビアはあまり時間を必要としなかった。
「そして、私とエレナ、そしてフィルの訣別が避けられない事件が起きたの・・・」
「・・・事件？」
「ええ、邪神クルウェルとの戦いという事件が・・・」
「邪神・・・クルウェル・・・？なんですか？それ・・・」
「知らないのも無理は無いわ。私とクルウェルとの戦いも、５０年前のアレンに
アリス、ギゾとテオ、そしてミューやガズニによるダークファルスとの決戦と
同様に、歴史の表に出なかった、いわば記録に残らない戦いだったから・・・」
------------------------------------------------------------------------
「こいつは・・・思っていた以上に厄介な化け物みたいだな。」
「このネオアリサに太古より潜むと言われる邪神クルウェル、約一千年前に
ノイン王がアリサ三世によりこの星に到達した時この地に跋扈していたと
言われる者だ・・・そう、開拓の困難は表向きは過酷な自然環境だったと
伝えられているが、その真相はこの化け物だったと言われている・・・」
「エレナ！ワシとお前はヤツの手下を叩き潰す！フィル！リィズ！！お前は
ワシらがヤツを引きつけている間に本体を叩け！」
「はい！」
ブラングのかけ声とともに四人は本格的な戦闘態勢に突入した。エレナの持つ
散弾銃が周囲から飛来する、クルウェルの放つ小型のガードモンスターを叩き
落とす。と同時にブラングが独自の攻撃テクニックを放った。
「降り止まぬ雨よ・・・水龍となりて敵を刺し貫け！！」
ブラングが天を指さし、降りしきる小雨に対しそう命じると、雨はたちまち
鋭い水の槍と化し、敵モンスターを次々と叩き落とす。そして二人の攻撃に
よって周囲が開けたリィズとフィルは、クルウェルの身体の中心部、コアと
思しき部分目がけ突撃をかけた。
「こいつっ！」
先端部に猛毒を塗ったラコニアニードルがコアに命中すると、クルウェルは
苦しげな声をあげる。しかしその攻撃も次のフィルの攻撃の布石に過ぎない。
「これでどうだっ！」
つま先に鉄板を仕込んだ靴をはいたフィルの蹴りが、クルウェルの体に突き
刺さった針を更に根本まで押し込ませる。眼前に迫ったフィルに対して敵は
触手でその足を絡め取ろうとするが、それを完全に読んでいたフィルは逆に
フォイエでその触手を焼き払い、加えて「行き掛けの駄賃」と言わんばかりに
コアにもう一発蹴りを叩き込むとその反動で元いた所に着地した。
「ナイス！フィル！！」
言いながらリィズがウィンクをして親指を立てるとフィルも微笑を浮かべて
親指を立て返す。だがそんな二人の光景が、背後で見ていたエレナに面白い
筈が無い。そうして三人に生じた隙を見逃す程、敵も甘くはなかった。
「・・・滅ビヨ・・・」
その言葉とともに飛来した無数の光の槍が四人を捉える。心に隙の無かった
ブラングだけは唯一それを防御する事に成功したが、残りの三人は光の槍に
撃ち抜かれ、咄嗟の判断で急所こそは外し、即死こそは免れたものの、それ
でも致命傷に近い深い傷を負ってしまった。
「バカ者どもが・・・スターフォース！！」
ブラングは三人に対しスターフォースを放った。しかし一回のテクニックでは
とても彼らが再び動き出せるだけの回復を行う事ができない。やむなく彼は
再びスターフォースを放とうとするが、それを待ってくれるほど甘い敵でも
ない。今度は先が槍のように鋭い触手が、満足に身動きのとれない三人に
襲いかかった。
「やらせはせん・・・やらせはせんぞっ！！」
敵の動きを見るやブラングは飛び、フォイエで触手の一本を焼き払う。そして
続けてもう一本焼き払うと同時に、ブラングは激しい痛みを感じた。残る一本の
触手が、彼の心臓を刺し貫いていたのである。
「師匠！」
「先生！」
「パパ！」
三人の絶叫が周囲にこだました。だがブラングはまだ息絶えておらず、最後の
力を振り絞り、傷ついた三人目がけスターフォースを放った。
「こいつっ！」
直後にエレナのレーザー砲が触手を断ち切り、ブラングを解放させる。そして
急いでサンフォースをかけるが、もうブラングの身体に回復テクニックを受け
つけるだけの余力は残されてはいなかった。
「先生・・・どうして自分をサンフォースを使わなかったんです！あのタイミング
なら、まだ間に合ったかもしれないのに！！」
「・・・ワシもそうしたかったが、そうするとお前達に致命の攻撃が・・・」
「・・・・・・」
「行け・・・早く・・・クル・・・ウェル、を・・・」
息も絶え絶えな声でそう言ったのを最後に、ブラングは動かなくなった。そして
残された三人は文字通り鬼神の表情となり、一気にクルウェルを叩きつぶす。
だが、勝利の快感がそこにある筈も無く、悲しさと虚しさだけが残されていた。
「リィズ、あなたが・・・あなたが余計な事を言うから！・・・私は・・・私は一生
あなたを許さない！」
動かなくなったクルウェルに、なおも攻撃の手を緩める事をせず、血涙を流し
ながら手持ちの全ての銃火器の、全ての弾丸を撃ち尽くすと、エレナは、
リィズを指さしそう捨て台詞を残すと何処へともなく走り去る。そして残された
リィズとフィルも、暫くの沈黙の後、互いに背を向け歩き出した。そして二度と、
振り返る事は無かった・・・
------------------------------------------------------------------------
「そして私は、再び放浪の旅に出て、ギゾと出会い、彼の元で数年勉強し、
そして正式に雇用されたのが二年前だった、という事よ。」
言い終わるとリィズは、すっかり冷たくなったコーヒーを一気に飲み干した。
「・・・・・・」
リビアは話が本題に入る前の最後の質問以来、一言も話す事ができなかった。
この世界にダークファルス以外の邪神がいた事、それをリィズ達が倒した事、
しかしその戦いがその時の仲間達の、決定的な決裂のきっかけとなった事・・・
そのどれもが、これまでの自分の生活と比べるとあまりにも現実離れしていた。
「もう、現実離れした話は慣れていたつもりだったんですけど・・・」
そう言いかけた所でリビアは口をつぐんだ。そして考えた。今回の話は確かに
事象だけを見れば非日常的な話である。だが、その中で起きた様々な出来事の
原因は、三角関係やそれによる嫉妬、人情ゆえの判断ミスに若い人間の事を思う
ブラングの心、と相当に人間臭い。超常的な事だろうと、日常の些細な事だろう
と、人間が関わっている以上そこには人間の心ゆえの共通点が生じてくる、この
言葉にすればごく当たり前とも言える真理を、リビアは再認識させられた。
「・・・結局、どんな状況でも人の心次第で物事はどうにでも変わるんですね・・・」
「ええ・・・リビアさん、それを、貴女に分かってもらいたかった・・・」
「それで、今の話を聞いていて思ったんですけど、エレナさんが一番の被害者
だと思いました。リィズさんには悪いんですけど・・・でも、もしエレナさんが
自分の被害者意識だけで一杯になっていたら、それは間違いですよね・・・」
「・・・・・・」
「私も、気をつけないと・・・いくら自分が苦しいからって、自分だけが苦しい
んじゃないって事を、忘れないようにしないと・・・」
リビアがそう言うのを聞くと、リィズは少しだけ微笑んだ。この子なら、自分一人の
怒りや憎しみ、悲しみの為に自分を見失う事は無いだろう、そう思えたからである。
そして気がつくと、時計の針は１２時を回っていた。リビアは今日はこのままリィズの
家に泊まる事となり、そして二人は朝まで話し続けた。
「時の交差後伝」のトップに戻る
トップページに戻る