「ちょっと！どこ行くつもりよエヴィン！」
「分からない・・・でも、僕といる人は不幸になるから・・・」
「は？」
エヴィンは大真面目で言っているのだが、エリーにしてみればその言葉は
何かの冗談か、または寝ぼけか病気ゆえに錯乱した頭での発言としか思え
ない。だからどう対処すべきかと迷いだしたその瞬間、ガラスの割れる大
きな音が二人の耳に飛び込んできた。
「なに！？」
その音に二人は目を見合わせる。だがその音の主が誰かを考える必要は
二人にはなかった。全身黒づくめの男が三人、エヴィン達のいる部屋に
飛び込んで来たのである。
「誰よあんた達！人の家に勝手にあがりこむなんて！」
「神子よ・・・闇の神子よ・・・その力、トライデント成就に捧げよ・・・」
エリーの気丈な声にもまるで無反応なように男達はひたすらにその言葉を
繰り返す。そして彼らの言葉は、ただでさえ蒼白なエヴィンの顔色を更に
青白い物とさせた。
「神子・・・！・・・トライ・・・デント・・・？」
「神子よ！力を捧げよ！！」
三人のうちの一人がそう言ってベッドで呆然とした表情のエヴィンに飛び
かかり、そして男の突き出したナイフが、エヴィンの左頬をかすめた。
「う・・・」
エヴィンは頬を左手で軽く撫で、そして手のひらを見た。赤い血が、手に
べったりとついている。そしてその血に身の危険を覚えたエヴィンは、
再び自分目がけ飛びかかってくるその男の腹に、半起きの姿勢から蹴りで
反撃をした。
「グ・・・グゥ・・・神子よ・・・！」
エヴィンの咄嗟の反撃に一瞬の怯みを見せたものの、男は再び襲いかかる。
そんな男に対しエヴィンはベッドから降りて戦いの姿勢を整えると相手の鋭い
蹴りを二発・三発と体をかすめながらもかわし続ける。そして男が再びナイフで
突きにかかると、今度はエヴィンの方も前に出た。
「頼むから・・・僕の前に来ないでくれっ！」
エヴィンの渾身のパンチがカウンターで相手の頬に入り大きくのけぞり、
それにより生じた隙に一撃、エヴィンに回し蹴りを叩き込まれると男は
フラつき、背後にあった花瓶や小物棚を巻き込みながら後ろに倒れると
そのまま動かなくなった。
「ハァ・・・ハァ・・・！エリーちゃんは！？」
そこでエヴィンはようやくエリーの事を思いだし、息を上がらせながら彼女の
いた方を向き、そして自分の目を疑った。エリーも、戦っていたのである。
「ぐ・・・くくく・・・」
「どうしたの？もうお終い？」
長短二本の金属製の杖のような物で相手の男の短剣を受け止め、余裕の笑み
さえ浮かべながらエリーは言う。そしてそんな彼女の足下には、一緒に侵入
した、もう一人の男が気を失って転がっていた。
「そんなんじゃ、私の命は取れないわね。」
笑顔とともにエリーは言うと、二本の杖を下に振り下ろす。短剣を打ち下ろ
そうと下方向に目一杯力を入れていた男は、急に自分の「支え」が無くなる
と体のバランスを崩し前のめりに倒れ、そして倒れかけた所でエリーの膝
蹴りが深々と食い込んだ。
「それそれそれそれえっ！」
前屈み状になった男にエリーは二本の杖を、まるで太鼓でも叩くかのように
リズムの良い連撃で男に叩き込み、そして十発近く叩き込むと最後に
「フィニッシュ！」
のかけ声とともに右手に持った、長い方の杖の突きを相手の胴体に入れた。
「あ、あが・・・」
その一言を最後に男は気を失いズタボロな状態で倒れた。そして彼が
倒れるとほぼ同時に、エヴィンが倒した男が目を覚まし、残る二人を
抱えて逃げようとする。エリーはそれを追いかけようとしたのだが、
エヴィンは彼女の肩を掴み制止した。
「やめとこうよ！逃げようとしてる相手を！！」
「冗談じゃないわよ！せめて家の修理費貰わないと！・・・って、もう
逃げちゃったじゃない！！ったく逃げ足の速い・・・」
ムシャクシャ混じりの声でエリーは言ったのだが、今の戦いの結果さっき
までよりも更に一段とエヴィンの顔色が悪くなっている事に気がつくと
小走りで部屋の外に出ていった。
「・・・？」
エリーが何をしにどこに行ったのか、エヴィンには分からない。だが
今のエヴィンには彼女を追いかけるどころか立っている事さえ辛かった
のでひとまずベッドに腰かけた。そして間もなくエリーは戻って来たが、
その手には何か得体の知れない、嫌な緑色をした液体が入ったボウルがあった。
「よかった、これは無傷だったみたい。」
ニコニコとしながらエリーは言う。
「・・・それ・・・何？」
恐る恐るエヴィンが尋ねる。
「あ、これ？薬湯よ薬湯。私が調合したんだけど、風邪にすっごくよく効くの！
騙されたと思って飲んでみて！！」
「え？う・・・うん・・・」
ボウルを手渡されたエヴィンは言われた通り薬湯を顔に近づけた。だが
その臭いはおよそこの世の物とは思えず、ボウルの縁が唇にちょっと触れた
だけで、さっきの臭いがマトモさえに思えるような苦さとも辛さとも腐った
ようなともつかない強烈な味がエヴィンの舌を激しく刺激する。そしてその
あまりの凄さにエヴィンが思わず顔を遠ざけようとしたその瞬間、エリーの
両手はエヴィンの腕と顔を掴み薬湯を強引に飲ませようとし、そして突然の
出来事にエヴィンはパニックに陥った。
「あたしの薬が飲めないって言うの！」
「ん・・・ん〜〜！ん〜〜〜！！！」
「これが不味いのは承知の上よ！良薬は口に苦しって言うでしょ！！」
怒鳴るような声で言いながらエリーはエヴィンの口に薬を流し込む。
エヴィンも抵抗しようとするのだが、エリーの力が強い上に彼自身
全然力が出ないので抵抗らしい抵抗が全くできず、一口飲まされる毎に
彼の顔は青から赤、赤から緑、緑から紫、紫から茶色と目まぐるしく
変化し、やがて全てを飲み干す（流し込まれる）と、エヴィンは再び
深い眠りについた（「気絶した」と言った方が正しいかもしれない）
そして眠り続ける事丸二日・・・
「ふ・・・ふぅわぁ〜あ・・・」
木漏れ日の差す朝、エヴィンは再び目を覚ました。
「うう・・・頭いた・・・くない？」
エヴィンはハッとした。頭痛はおさまり、熱もひいている。体の方も
異常なまでに軽い。一昨日までの病気がまるでウソのようである。
「これって、もしかして・・・エリーちゃんの薬のおかげ・・・？」
「ま、そーゆー事！」
エヴィンのつぶやきを聞き逃さず、得意満面な表情でエリーは言った。
「エリーちゃん・・・」
「だいぶ、良くなったみたいね。」
「うん・・・ありがとう・・・」
「それじゃ、そろそろ教えてくれる？」
「教えるって・・・何を？」
「そりゃ決まってるじゃない。エヴィンが、あんな所にいたワケ。」
「・・・・・・」
エリーの言葉に、エヴィンは静かに首を振った。
「しらばっくれるつもり？」
「そんなのじゃないよ。ただ・・・言えないんだ。」
「なんでよ？」
「言えば、きっとエリーちゃんも嫌な目に遭うから・・・助けてくれた
人を嫌な目にあわさせたくないから・・・」
「あんたね・・・」
ボソボソとした声で言うエヴィンに対し、エリーは呆れた口調で話し
はじめた。
「こっちはもう、じゅ〜ぶんイヤな目に遭ってるの！変な人達が乱入
してくるし、それでガラスやら家具やら壊されるし・・・」
「た、たしかに・・・」
「それにアンタにあげた薬、あれの調合って結構手間なのよ。町に行けば
１０００メセタじゃきかないんだから。」
「・・・１０００メセタ・・・」
「あなたが薬代と家の修理費、ペットの世話代とついでに宿泊費、全部
一括現金払いで払ってくれるのなら私も何も聞かないわ。代金はしめて
３０００メセタになるけど、持ってる？」
そう言われるとエヴィンの動きは完全に停止した。今の彼の財布には、
５メセタくらいしか入っていない。もっと言うと預金を全部集めても
あるかどうか怪しい金額であった。
「・・・持って、ないです・・・」
力無く、申し訳なさそうにエヴィンは言った。
「それじゃ、教えてよ。エヴィンがなんであんな所で倒れていたのか、
なんで、変な人達が襲って来たのか・・・」
「・・・・・・・・・」
しばらくの沈黙の後、エヴィンはゆっくりとその口を開き、レガードとの
戦いの事、そしてその中で自分の「闇の神子」としての力が覚醒した事、
それが自分の親しい人に危害を及ぼすことを恐れ、家族や友人達のもとを
離れた事などを淡々と語った。そして話の全てを聞き終えるとエリーは
一人、ウンウンと頷いていた。
「ふ〜ん、色々、大変だったみたいね。」
エヴィンの話を全肯定したような様子でエリーがそう言うのが、エヴィン
には意外だった。そして彼女に「僕の話を疑わないの？」と聞くとエリーは
笑いながら「疑ってほしいの？」と逆に尋ねた。
「べ、別に疑ってほしいワケじゃないよ・・・ただ、こんな現実離れした話を
しても信じてくれないかなって思ってたから・・・」
「ま、たしかに現実離れしているのは認めるわ。でもエヴィンってなんか、
ウソがつけなさそうな顔してるし、だから信じる気になっただけ。」
「う、ウソをつけなさそうな顔って・・・喜んでいいのかな？それ・・・」
「時と場合によりけりじゃない？ま、それはともかく、これからどうする
つもりなの？」
「どうするって・・・また旅に出ようと思ってる。」
「旅に？冗談でしょ？」
エヴィンの言葉を受け、心底意外そうな顔でエリーは言った。
「じょ、冗談なんかじゃないよ！」
「そう？冗談じゃなければ単なる自殺志願ね。」
「じ、自殺志願・・・」
「そう、旅費無し食糧無し、オマケに見たところ服はどっかの制服みたいな
服で、とても人里離れた所での長旅に耐えられるシロモノじゃない。裸で
冬山登山に出るのとそう変わらないわね。」
「そ、そんな・・・」
「第一、エヴィンはどうすればいいって考えてるの？周りの誰も傷つける事が
なくって、それでいてエヴィンも安全でいられる方法って。考え無しに旅を
続けてれば、見えてくる物なの？」
「分からない・・・でも、答えが見つからない今の僕にはそうするしか・・・」
「そう？簡単な事だと思うけど。」
「ほ、ホント！？」
エリーの一言に、エヴィンは思わず身を乗り出した。
「うん、それはね、強くなればいいのよ！」
「へ？・・・強く・・・？」
「そう、エヴィンに手を出すのは損だ、エヴィンに手を出すのは割に合わ
ない、エヴィンの『力』を狙う人がみんなそう思えば、自然とみんな
あなたに手を出さなくなる、そう思わない？」
エリーの言葉にエヴィンは思わず頷いた。たしかに、筋が通っている。
「でも、強くなるってどうすれば・・・」
「そうね・・・」
エヴィンにそう聞かれると、エリーは親指と人差し指で顎の先を掴んで
考えた。
「ま、それはこれから考えればいいじゃない。それまでの間、行く所が
無いんだったらここにいてもいいわよ。」
「ここ、って・・・エリーちゃんの家に？」
エリーの提案に、エヴィンは少し言葉を詰まらせた。
「うん。ま、家事手伝いはやってもらうけどね。パパとママも今は遠くに
出かけてて、私も一人じゃヒマだったし。」
「・・・・・・」
エヴィンはそのままの姿勢で考え込んだ。しかしいくら考えても、家に
戻る事はできないし旅費も無い。また町に出て簡単にアルバイトなり何
なりの仕事にありつけるとは思えなかったし、そもそも今は町に出たく
ない・・・エリーの提案を呑むしか今のエヴィンに道は無いように思えた。
「決まり・・・みたいね。」
エヴィンの表情を見て、満足そうな顔でエリーが言うと、エヴィンも
困ったような顔をしながら小さく頷いた。
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