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「行って来まぁ〜す」
眠たそうな声で両親にそう言うと、リビアは家を出た。何かまだ、頭が痛い。
「結局、三日も休んじゃったのか・・・はぁ」
灰色の空を見上げ、ため息交じりの声でリビアは言った。町の階段で足を踏み
外し頭を打って意識を失い、それから意識が戻るまで二日を要した。結果これ
まで一年以上続いていた皆勤も途切れてしまったし、クラスメートの話だと
どうやら今日テストがあるらしい。そんな事に対しても憂鬱な気持ちになり
ながら、リビアはトボトボとした足取りで学校への道を歩いていった。
そしてその憂鬱な気持ちは学校に着いたからと言って晴れる物でもなく、何を
するにも気乗りがしない。そんな気だるい気持ちの中、ただ漫然と一日が過ぎ、
そして放課後のチャイムが鳴ると、リビアは自分のロッカーからフルートと楽譜を
取り出した。
「こんな気乗りのしない日は、自分の好きな曲でも吹いて気を紛らわそう」
そう思いながらリビアは部室へ入っていったのだが、今日は珍しく人が多い。
普段幽霊率が高い部員が５、６人も顔を出しているのである。だがその中に、
常連中の常連の部員の顔は無かった。
「あれ・・・？」
「ん？」
「エヴィン君は・・・今日来てないの？」
「あ、そう言えば見てないな。」
二年生で、部の副部長でもある男子部員、アーロンは素っ気なくそう答え
ると、再び手にしていた雑誌に目を向けようとしたが、急に何か思い出した
らしくリビアの方にもう一度その首を向けた。
「そう言えばリビア、エヴィンって言えば・・・」
「エヴィン君って言えば？」
「この前お前とデートしてなかったか？」
アーロンの突然の言葉に、リビアは飲みかけていた缶ジュースを気管に入れ、
苦しそうに咳き込み、他の部員達もざわめきだした。
「な・・・何よいきなり・・・」
「違うのか？二人で正装して通りを歩いてんのをこの前の日曜見たんだけど。
結構、いい雰囲気だったぞ。遠目で見た限りではな。」
「え？そりゃ、確かに一緒にいた事はいたけど・・・」
アーロンの発言にリビアはどう対応したものかと更に言葉を詰まらせ、そして
そんなリビアにいつもはあまりやる気の無い他の部員達も目を輝かせ、一斉に
リビアの前に押し掛けた。
「本当にデートしてたの？」
だの
「実はもう付き合ってるとか？」
だの
「リビアって年下趣味だったの？」
だの、やかましい事この上ない。リビアはしばらく耐えていたのだがやがて
「うるさぁ〜いっ！！」の一言で周囲を黙らせた。
「まったく、その勢いを少しは練習の方に向けてって感じよね・・・いい？
エヴィン君はコンサートのタダ券が余ったから声かけただけ！」
「そうなの？」
声を荒げたリビアの反応に、部員達は若干釈然としないような、心底残念
そうな反応を示した。
「そう。だから別に付き合ってるとかそういうのは全然無いの！」
「ふ〜ん、そうなの？」
「そうなの！」
「でも、エヴィン君はリビアの事好きだよね。」
「え・・・？」
部員うちのの一人の発言に、リビアは呆気にとられた。そしてリビアのその
反応は、他の部員達にとってもかなり意外だったらしい。
「まさか・・・気付いてなかったの？」
その問いかけに、リビアは首を横に振る。
「リビアって・・・もしかして、鈍感？」
「鈍感？私が？」
「だって、たまにしか部活に来ない私達でも何となくそう感じてたのよ？
当の本人がそういう意識が全く無いって・・・」
「リビアと話している時、声のトーンが違ってたもんな、エヴィンのヤツ。」
「そうそう、本人にその自覚は無いみたいだったけど。」
「・・・・・・」
部員達の止めどなく出てくる、エヴィンに関する『証言』にリビアは何を
言っていいのか分からず黙り込んだ。
リビアだって別にエヴィンの事が嫌いではない。好きか嫌いかと聞かれたら
間違いなく好きだろう。けれどそれは、恋人としての「好き」ではなく、
あくまで部活の先輩後輩、フルートの練習仲間、友人としての「好き」である。
そしてエヴィンが自分の事をどういう風に捉えているか、なんて事を考えた
事は一度もなかったと言っていい。そして完全に頭の中が混乱したリビアを、
部員達はさらに面白がってからかいにかかった。
「ね！リビアって彼氏いないんでしょ？付き合っちゃったら？」
だの
「悪くないと思うんだけどなぁ〜エヴィン君、お人好しだし。」
だの
「顔もまあ、及第点だと思うし・・・」
だの
「しかもフレオのハランツ夫妻の孫なんでしょ？金持ちよ金持ち！」
だの、再びやかましい。またリビアも普段ならからかわれてもムキになる
事は無いのだが、今日は妙に気が立っていたので顔を真っ赤にして怒り、
荷物をまとめて部室を後にした。
「何だ？あいつ・・・」
リビアが去った後、唖然とした顔でアーロンは言った。
「ちょっと、からかいすぎたかしら・・・？」
「かも、な・・・そうでなくても昼間っから暗そうな顔してたらしいし、
どっか虫の居所が悪かったんじゃねーの？」
「ふ〜ん・・・でも、実際どーなんだろーね。」
「何が？」
「リビアと、エヴィン君の事。」
「さあ？どうなんだか・・・ま、部内カップルとかできるとある意味すごく
面白いんだけどな。」
部員達は口々に二人について好き勝手な事を言い合う。やがてそれにも
飽きると、好き勝手に適当に演奏したり、雑談をしたりし時間を過ごした。
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「ただいまぁ〜」
「あら？お帰りリビア、今日は部活じゃなかったの？」
「うん、ちょっとね・・・」
リビアは母親に素っ気なくそう言うと自分の部屋に戻っていった。今日の
行動は、多少大人気なかった気もするが、だからってあれからまた部室に
戻る気にもなれなかったのである。制服を着替えたリビアは、本棚から
一冊の本を取り出すとそれを持ったままベッドに寝転がり、そしてまた
一つ、ため息をついた。
「エヴィン君が、私の事を、か・・・」
まだ半信半疑のままでリビアは今日の部員達の言葉や、これまでのエヴィンの
言動を頭の中で反復させると、部員達の言っていた事が正しいと思えるような
気もするし、彼らがただ単にからかっているように気もするし・・・そんな事を
あれこれ考えていたのだが、やがてそのまま眠ってしまい、一時間ほどして
母親に起こされた。
「リビア！こんな時間に寝たら夜眠れなくなるよ！もうすぐご飯だから、その
前にお風呂に入って来てちょうだい！」
「・・・はぁ〜い・・・」
母の言葉で起こされ、リビアはボーッとした頭をひきずりながら浴室の扉を
開ける。そして上着を脱いだ所で偶然、鏡に映った自分の背中にこれまで
見た事の無い物がある事に気がついた。
「え？」
リビアがもう一度、鏡に映った自分の背中を見ると、そこには傷跡があった。
何か火傷跡のような、しかも比較的新しい傷跡である。
「こんなの・・・いつ・・・？」
自分の背中の傷跡にリビアは何とも言えない気味の悪さを感じずにはいられ
なく、リビアの頭の中を掻き乱す物がもう一つ増えた。
そしてそれからリビアは背中の傷に気を使いながら入浴を済ませ、食事の
ために居間の扉を開けた。そして目の前の光景に、リビアは目を疑った。
「いたか・・・」
大柄な男とやや小柄で痩せ形な男、いずれも自分とは全く面識の無い者達で
ある。男達はリビアの顔を見るとニヤリとほくそ笑んだ。
「な・・・け、警察を呼ぶわよ！」
「呼んでみろよ、その前にこっちがカタをつける・・・」
そう言う男達の目は完全にイっており、そしてその二人の足下にはリビアの
両親が、血を流して倒れていた。
「パパ・・・ママ・・・どうして・・・どうしてこんな事・・・」
「上層部の悠長なやり方には馴染めないんでね。あんたを手に入れちまえば、
闇の神子のコントロールもトライデントの成就も簡単だってのによぉ！」
「闇の・・・神子・・・？」
「とにかく！アンタは黙って俺らについて来ればいいんだよ！・・・がっ・・・！」
足が震え身動きの取れないリビアを相手に小柄な男は威勢良くそう息巻いて
いたが、急に言葉を止めるとその場に倒れ込んだ。
「ど、どうした！・・・針！？」
相棒の大男が慌てて小男の方を見ると、その首筋には長さ３０ｃｍほどの、
太い針が突き刺さっている。そこで慌てて後ろを振り返ると、自分達が侵入
した窓枠に、一人の女性が腰をかけていた。
「女性を外に連れ出そうって言うのなら、もう少し礼儀をわきまえる事ね。」
窓に腰かけていた緑髪の女性は冷ややかな口調でそう言うと窓の内側に足を
おろした。リビアにはもう、完全に何が何だか分からなくなっている。
「んだとぉ！貴様何様のつもりだ！！」
頭に血が上りきった男は粗暴さ丸だしといった口調で女性にそう怒鳴るのだが
女性の方は全く動じず、着ているスーツの左襟に右手をそえ、次の瞬間には
その右手で男に何かを投げつけるような動作を見せた。
「貴様何のつも・・・ああっ！？」
言葉の途中で男は自分の右手に一本の針が突き刺さっている事に気付いた。
しかし一瞬慌てたものの男は痛みを全く感じておらず、余裕の表情で腕に
刺さった針を抜こうとした途端、異変が起きた。腕が自分の意志と関係なく
上に上がり、そこで硬直したのである。
「な、なんだぁ！？う、動かねぇ！？！？！？」
「私の針は、寸分違わず貴方の神経節を貫いた。そして私の手にあるもう
一本の針を右腕の別の神経節に突き刺すと、ナイフを握ったその右手は
貴方の腹部目がけて振り下ろされる・・・」
「ば、バカな・・・ハッタリだ・・・ハッタリに決まっている・・・」
「そう思う？じゃあ、その目で確かめてみる事ね・・・命と引き替えに。」
緑髪の女性は冷ややかな笑みとともに男に言った。そして言われた男には、
その微笑みが悪魔の微笑みにしか見えなかった。
「あ・・・ま、待ってくれぇぇぇええええ！」
「フフ・・・さよなら。」
顔中に脂汗を浮かべた男の叫びなど全く耳に入ってないかの如く、緑髪の
女性は冷たい一言とともに右手を再び振りかざした。
「う・・・うわぁぁあぁああ！！」
彼女のモーションと同時に男は白目を剥き、口から泡を吹きだし気絶する。
そんな男の姿を見ると、女性はニコと微笑んだ。
「お嬢さんの前で流血ショーは、ちょっと残酷ですものね。」
「あ、ああ・・・」
女性はいたずらっぽい笑みを浮かべ、リビアにウィンクしながらそう言うの
だが、リビアの方はもう言葉もない。女性はそんなリビアをとりあえず
置いておく事にし、彼女の両親を見た。結構深手を負っているが、命に
別状は無いと判断すると、彼女は二人にスターフォースをかけた。それは
およそスターフォースとは思えないほどの強力な回復力で、傷口は瞬く
間に塞がって行く。そして間もなく二人の傷を完治させると、彼女は入って
きた窓から再び外に出た。そして出たところで、彼女は考え始めた。
「アレンさんの話を聞いて、もし『闇の神子』の力を狙う組織があるとしたら
神子を状況に任せ放っておくハズは無いと思ってたけど・・・でも、今回の
件は犯人の口調から組織の上層部とは無関係・・・だとしたら、どんな風に
神子をマークする？どんな風にコントロールする・・・？」
そんな事を考えながらリビアの家の中庭を通り、表に出ようとしたのだが、
そこで彼女の前に一人の大男がまた立ちはだかった。彼女は後ろに飛び跳ね
間合いを取るが、男はそれでもピクリとも動かず、間もなく地面に倒れ伏した。
「そいつは、もう片付けてあるよ。どうやら後発部隊だったらしいな。」
「・・・・・・！」
物陰から聞こえてきた声に彼女はハッとした。それが見覚えのある声だった
からである。
「久しぶりだな、リィズ・・・ティリアに来ているとは思わなかった・・・」
「・・・フィル・・・こっちこそ、ここでアンタに会うとはね・・・」
「ティリアは僕の故郷なんだ、いても不思議じゃないだろう？」
「・・・そう言えば、そうだったわね・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人の間に重い沈黙の空気が流れる。
「・・・今は、音楽やってるのね。ポスター見た時、びっくりした・・・」
「ああ・・・色々悩んだし、あちこちに行ったけど、これが自分の進む道、
そう感じたから・・・」
「・・・・・・」
「それにしても、ここ何日かこの町に嫌な雰囲気がある・・・これは一体・・・」
フィルがそう言いかけた時、パトカーのサイレンが二人の耳に飛び込んできた。
呼んだのは恐らくリビアかその両親だろう。ともあれ二人の話はそこで打ち切り
となり、二人とも別々の方向に逃げ去っていった。
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