その事実に興奮が冷めやらないアレン達八人だったが、その中心にいる当のエヴィンは
困惑を隠せずにいた。
そもそも彼が家を出たのは自分の家族や友人に迷惑をかけまいとしたからである。
そして紆余曲折の末帰ってきた自分を、彼らは暖かく迎え入れてくれた。だが、その
暖かさは、今のエヴィンにはとてつもなく痛かった。
（僕は、どうすればいい・・・？）
周囲を見渡し、エヴィンは考えようとする。そして母クリスが何か欲しい物はあるかと
聞いてきたのを好機と見たエヴィンは、彼らに「特に何もいらないから。まだ体調が
あまり良くないから少し横にならせてくれ」と言いみんなに病室から出てもらった。
「ハァ・・・」
誰もいなくなった病室で、エヴィンは一人ため息をつき、そして頭の中を整理する事に
した。彼の記憶は、カレンダーで言う限り３日前から途切れている。
エリーの家の中でエリーの父を名乗るディルナという人物と戦い、敗れた所までの
記憶は鮮明に残っている。そして長い時間にわたり、言い様のない悪夢を見続けた
という事も、おぼろげながら覚えている。そしてその悪夢の中で突然、朱色の髪の
女性が自分の前に現れた所から、今に至るまでの記憶が一切無いのであった。
「なんだったんだろう、あの女の人は・・・なんか、随分前から知っているような・・・」
エヴィンはそう思い、頭の中をもう一度ほじくり返して記憶を探るが、どうもうまく
考えをまとめる事ができない。やがて彼は朱色の髪の女性について考えるのをやめ、
自分の現状について再度見つめ直す事にした。
「結局、あれからみんなは何をしてきたんだろう？」
それが、エヴィンの頭に浮かんできた最初の疑問であった。家族や友人のためを思い
ティリアを飛び出してからの約一ヶ月、彼らはどんな暮らしをしてきたのだろう？
今現在無事であるのは見れば分かるが、それでも襲撃されたりした事は無かったの
だろうか？そんな不安が頭をよぎる。と、再び彼のいる病室のドアをノックする音が
聞こえ、そしてマークが病室の中へと入ってきた。
「マーク・・・」
エヴィンは茫然とした表情でマークの名前を呼び、マークはそんな彼に手に持っていた
ジュースの缶をパスする。そしてエヴィンが自分の投げた缶をキャッチしたのを確認
すると、彼も手にしていた缶コーヒーの栓を抜いた。
「少しは、落ち着いてきたか？」
「うん・・・・・・」
マークの問いかけに、エヴィンは首を縦に振りながら小さな声で答える。そして両手で
まだ栓の抜かれていないジュースを握りしめたまま、痺れを切らしたマークが次に口を
開くまで、沈黙し続けた。
「アレン爺さん達に、お前の様子を見に来てくれって言われてな。ホントはリビア先輩も
一緒に、って思ったんだが、なんかエラく疲れた様子だったんでな。」
「・・・そうなんだ・・・」
「なんかお前、暗くならねぇか？元から口数の多いヤツじゃなかったけどよぉ。」
「・・・・・・・・」
「『トライデント』とのケンカに疲れちまった、ってか？」
「！！！マーク！なんでトライデントの事を！？レガードも言ってなかったのに！！」
マークから『トライデント』の言葉を聞くや、エヴィンは態度を一変させ、叫ぶような、
怒鳴るような口調で彼の発言に反応した。マークがトライデントの事を知っている。と
なれば彼がトライデントと何らかの接触をしたとしか考えられない。またマークがそう
だとすると、他の人間にも彼らが接触を仕掛けて来なかったと考える方が不自然だった。
「ねぇ、マークも『トライデント』の人間と戦ったの？他の人達も！？」
エヴィンはマークに、興奮が醒めやらず、若干「ろれつ」がまわらないまま彼がトライ
デントの人間に襲われたりしたのかを尋ねる。そして彼の質問に対し、マークはすぐに
首を縦に振った。
「ああ、ケンカしたよ。それでちょっとヘマしてな。オレも今日まで入院してた。」
「そんな・・・」
マークの返答にエヴィンは絶句した。自分が彼らから離れても、『トライデント』はその
標的を自分のみに止めてくれてはいなかった。そしてその結果、かけがえのない親友
にまで重傷を負わせる結果となってしまっていた・・・自分がどうすれば良いのか、その
答えを完全に見失ったエヴィンは放心状態に陥り、誰に聞かせるのでもない独白を始めた。
「逃げても・・・彼らはやってきて・・・一緒にいても・・・僕は・・・」
「・・・おいエヴィン？もしも〜し」
「どうすればいいんだろう・・・どんなに強くなろうとしたって、あのディルナって人には
手も足も出なかったし・・・」
「エヴィン・・・聞いてるか？人の話・・・」
「そうだ・・・僕が『トライデント』の所に行って、協力するから仲間にはって言えば・・・」
「！妙な事口走ってんじゃねぇ！！」
エヴィンのあまりにも物騒な発言に敏感に反応し、マークは右の拳をエヴィンの頬に
叩き込んだ。殴られたエヴィンはベッドから転がり落ち、左頬を押さえ立ち上がる。
そしてそんな彼を、マークは見下した目で見据えていた。
「な・・・何するんだよいきなり！」
「変な事考えてるんじゃねぇよ！このボケエヴィン！！」
「変な事、って・・・こっちはみんなの事を考えて！」
「それが変だって言ってんだよ！いいかエヴィン、人間なんてモンはなぁ、所詮自分を
一番大切に考えるようにできてるモンなんだよ！だから自分を犠牲にして、なんて事
ほざいてるヤツの言ってる事なんざ、オレは信用しねぇ。だから今のお前の言ってる
事も、いや、今のお前その物が、オレには信用できねぇな。」
「な・・・」
立て続けのマークの言葉にさすがにカチンと来たエヴィンは拳を握り身構える。そして
エヴィンのそんな反応を見ると、マークはニヤリとした笑みを口元に浮かべた。
「お、来るか？そういや、お前と本気でやり合った事って一度も無かったよな。」
「・・・・・・」
「来るなら来いや！インチキエヴィン！！」
「うるさい！黙れ！！」
言うやエヴィンの膝蹴りがマークの胴を狙う。それに対しマークは片足を上げ、蹴りを
ブロックしにかかるがエヴィンの蹴りは突如軌道を変えて上段蹴りとなりマークの首を
捉えた。
「ぐっ・・・」
エヴィンの蹴りに体勢を崩しかけるマークだったが、辛うじて踏み止まり、エヴィンの
片足がまだ地面についていないのを確認すると素早くエヴィンの軸足を払った。
「なっ・・・」
マークの突然の動きに完全にバランスを崩したエヴィンだったが、そんな彼が再び体を
立て直す前にマークの裏拳がエヴィンの顔面を捉えようとした。エヴィンはそれを紙
一重でかわすが、息をつく間もなく今度はスカイフックが彼の鎖骨を狙い振り下ろされた。
（ブロンコラッシュ！？）
エヴィンはすぐにマークが今自分に放っている技の正体を見極めた。そうなると次に
来るのは下段からの上昇肘撃ちだと読めてくる。エヴィンはそれをもかわすと最後の
正拳突きに対しカウンターを取るべく身構える・・・が、そこでマークの体はエヴィンの
予想に反し再び沈み込んだ。
「え・・・？」
「甘ぇんだよ！」
再び沈み込んだ状態からのアッパーカットがエヴィンの顎を的確に捉える。その強烈な
一撃にエヴィンは後ろ向きに倒れ込んだ。そして立ち上がりかけるエヴィンにマークは
余裕に満ちた表情で言った。「暴れ馬が、いつも同じ動きをするとでも思ったか？」と・・・
「オレにも勝てねぇ現状で、一人でトライデントとやり合おうなんて無謀じゃねぇか？
ええエヴィン君よぉ。」
「・・・・・・」
「第一だなぁ、オレに言わせりゃ・・・」
「隙ありぃ！」
嬉々として講釈をたれるマークの虚を突いたエヴィンの膝蹴りがマークの大腿部に命中
した。大腿部への膝蹴り、小学生が級友同士の悪戯でよくやる攻撃だが、実際相当痛い。
マークは思わず声が出なくなり、エヴィンはそんな彼目がけさらにもう一歩踏み込むと
彼の胸ぐらを掴み、背負い投げに投げ飛ばした。
「黙って聞いてればさっきから偉そうに！同い年のクセに！！」
「・・・お前なぁ・・・全っ然『黙って』聞いてなかったじゃねぇかよ。第一、オレはもう誕生日
過ぎて１６になってるんだ！あと一日遅けりゃ学年一コ下だったお前とは違うんだよ！！」
「・・・マークって、意外と細かい？」
「るせぇ、とにかく第二ラウンドだ！行くぞエヴィン！！」
マークのその言葉を皮切りに二人のケンカの第二ラウンドが幕を開けた。だが今度のは
最初に二人が仕掛け合った時に見られたようなトゲトゲした物はなく、言ってみれば
子犬のじゃれ合いのような雰囲気さえある取っ組み合いである。そしてそれが数十分
続き、お互い完全に力尽きるとほぼ同時に立っていた場所に倒れ込んだ。
「・・・どうやら、引き分けみてぇだな・・・」
入り口脇に置いてあった、飲みかけの缶コーヒーを一口飲んでマークが言った。対する
エヴィンもマークからもらっていた缶ジュースの栓をようやく抜き、一気に半分を飲み
干して首を縦に振る。
「しっかしお前、昔オレが見た時より格段に動きが良くなってねぇか？」
「・・・マークこそ・・・」
「でも、トライデント四傑の一人には歯が立たなかったんだろ？」
「う・・・あ、あれの強さは別格だったんだよ！そんな事言うのならマークも一度戦っ・・・」
「分かってるよ。」
エヴィンの言葉が終わらないうちに、苦虫を潰したような顔で吐き捨てるようにマークは
言った。だがエヴィンはその言葉の意味が全く掴めず、マークの言葉の意味を尋ねた。
「オレもやったんだよ、四傑の一人とな。ヴァルグ・レイナード、お前も格闘技やってる
人間なんだから、名前くらいは知ってるだろ。」
「うん・・・でもヴァルグって、消息不明だったんじゃ・・・それに年齢だって・・・」
「ああ、けど、それを何とかできちまうのがトライデントの怖ぇ所なんだよな。そんでオレは、
ヴァルグ必殺の『武神の咆哮』を喰らって肋骨八本骨折、内臓損傷で病院送りって事。」
「・・・そうだったんだ・・・ごめん、マーク・・・」
「オイ、勘違いするなよエヴィン。オレが戦ったのは、昔からファンだったヴァルグと
戦ってみたかったから、負けたのは、オレが弱かったから、それだけなんだからな！」
マークの言葉に再び落ち込みかけるエヴィンに、マークは慌ててフォローを入れた、実際
彼の言葉には一片の嘘も入っていない。だがマークはその後に「けどな・・・」と付け加え
再び自分の言葉を続け始めた。
「オレは好きで戦ってるフシもあるけど、リビア先輩なんかはそうじゃねぇからな。」
「！・・・リビア先輩も・・・？」
「ああ、それでオレと先輩は、お前がいなくなった直後から今まで、ギゾの爺さんの家で
暮らしてたんだ。身の安全の確保って名目でな。ま、それでもヴァルグが侵入したりで
完全とは言えねぇみたいだけどな。」
「そうなんだ・・・」
マークの言葉を聞き、エヴィンは再びため息をつく。と、マークはエヴィンの肩をポンと
軽く叩いた。
「だからさ、足りない分は、お前が守ってやれよ。先輩のことをな。」
「え゛・・・僕が・・・先輩を・・・？」
マークの発言に、エヴィンは頬を少し赤らめる。と、直後にマークにツッコミが彼に入った。
「なに赤くなってんだよ！この二股野郎が！！」
「へ？ふ、フタマタ・・・？？？？？」
「そ、二股。エリーって言ったっけ？オレもちょっと会ったけど、すげぇじゃじゃ馬の。」
「え？マーク、エリーちゃんにも会ってるの？」
「ああ、ちょっと、『諸般の事情』ってヤツでな。んであの子、お前に惚れてるだろ。」
「え？いや・・・別にそんな風には思わなかったけど・・・」
マークの言葉にエヴィンは眉をしかめて考え込む。そんなエヴィンの様子を見て、
今度はマークがため息をついた。
「お前・・・もしかして、鈍感？」
「う〜ん・・・何度かそう言われた事はあるけど、そういうつもりも無いんだけど・・・」
「ダメだこりゃ・・・お前、つくづく天然・・・」
エヴィンの反応を見てマークは再びため息をついた。ちなみに今回の方が大きなため息である。
「ま、とにかく、お前がどこにいようと連中はお前もオレらも狙ってくるって事はどうやら
間違いねぇらしいからな。こうなったら、共同戦線張るしか無いんじゃないのか？」
「・・・・・・うん・・・・・・」
少しの間考え込んだ後、エヴィンはマークの言葉に頷いた。
・・・
・・
・
「どうやら、上手く行ったようじゃな。」
「ええ・・・」
「ワシの言った通りじゃったろ？こういう時は、一番話のしやすい、同年代の友人と
話し合わせた方が解決が早い。たとえ、多少の衝突はあってもな。」
「ええ、途中本気の殴り合いになった時は相当焦ったけど・・・」
「ホント『持つべき物は良き友』よねぇ・・・」
別室からモニタで彼らの様子を見ていたアレンとアリス、ギゾとテオ、そしてクリスと
ジョゼフの六人は、顔を見合わせそう言い合うとニコリと微笑んだ。
「時の交差後伝」のトップに戻る
トップページに戻る