「ん？ああ、なんか妙に顔色が悪くってな。一足先に車でウェンフィールド邸に帰る
って言ってたぜ。」
「そうなんだ・・・」
「ん？やっぱ気になるか？」
からかい口調でそう言うマークに、エヴィンは無言のまま小さく頷いた。するとマークは
立ち上がり、さっきのケンカで服についた埃をはたき落とすとエヴィンの肩をポン、と
叩いた。
「じゃ、オレらも屋敷に行くとするか。こっからなら、歩いてもそんなにかからないだろ？」
「え？あ、うん・・・でも僕達一応入院患者なのに、いいの？勝手に行っちゃって・・・」
「そ〜ゆ〜事は気にするなって！些細な問題だよ些細な問題！！」
若干行動を遠慮がちなエヴィンにそう言うと、マークは彼の腕を掴み強引に外へ出る。
そして二人とも駆け出して行き、屋敷についたのは病院を出てから約１５分後だった。
「おお？エヴィン君じゃないか！！意識が戻ったのかね！？」
門をくぐった所で、エヴィンの姿を見た庭師の老人は驚きながら言った。彼がここでの
自分の第一発見者である事はエヴィンもギゾ達から聞かされている。エヴィンは庭師に
丁重に礼を言うと屋敷の中へ入り、マークの案内でリビアの泊まっている部屋へと歩いて
行き、その道中、エヴィンはマークにリビアの事をひっきりなしに尋ね続けるのだが、
マークはそんなエヴィンをはぐらかし続けた。
「だからぁ、そういう事は直接本人の口から聞けよ。そっちの方が誤解が無いだろ。」
「あ、まあ、そりゃそうだけど・・・でも本人に聞く前に少しくらい情報を・・・」
「ん〜〜〜じゃあ・・・あ、話してる間に先輩の部屋の前に着いちゃったみてぇだな。
いや残念残念。」
全て予定通りに事が運んだ事に対し嬉し笑いを隠しきれず、口元をニヤニヤさせながら
そう言うマークだったが、次の瞬間に彼はもうリビアの部屋をノックしていた。
「あ、リビア先輩？今入って大丈夫か？」
「え？マーク君？え、ええ・・・ただ、ちょっと散らかってるけど・・・何？」
「いやエヴィンのヤツがさ、ちょっと話がしたいって言うんでな。後は頼むわ。」
マークは早口でそう言うや左手でリビアの部屋のドアを掴み、右手はエヴィンの手首を
強く掴む。そして左手でドアを開けながらエヴィンの足に足払いをかけ、よろめいた
エヴィンをそのまま投げ捨てるかのようにリビアの部屋に入れると、表から背中で
がっしりと扉を押さえ付けた。
「ちょ、ちょっとマーク！！」
部屋の内側からエヴィンは慌ててドアを開けようとするがドアはビクともしない。
エヴィンは一分近くドアをガタガタと動かしたが、表のマークの「こんな事して
先輩待たせていいのか？」という声に我に返り、ゆっくり後ろを振り向いた。
「先輩・・・」
呟きながらエヴィンは室内の机の脇の椅子に腰をかけているリビアの顔を見つめた。
自分の病室で会った時はまだ自身の意識がはっきりとしておらず気付かなかったが、
リビアの顔がほんの少し痩せたようにエヴィンには感じられた。そしてその「痩せた」
という感覚は、リビアがエヴィンに対して抱いていた感覚でもあった。
「エヴィン君・・・もう、動いて大丈夫なの・・・？」
「はい・・・」
心配そうに尋ねるリビアに、エヴィンは小さく首を縦に振る。そして立っているのも
何だからと机の脇にあるもう一つの椅子に座るようリビアに促されると、エヴィンは
そちらにゆっくりと歩き、左手で椅子を引いて静かに腰を降ろした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
椅子に腰を降ろしたものの、二人とも何から話を始めたら良いのか分からず、沈黙の
まま時間だけが刻一刻と過ぎ去っていく。そうしてしばらくした後、まずエヴィンが
口を開いた。
「あの、先輩・・・ごめんなさい、僕のせいで、先輩を沢山嫌な目に・・・」
「・・・・・・」
「・・・怒ってます・・・よね・・・？」
エヴィンが謝りの一言を行っても無言のままのリビアに対しエヴィンは恐る恐る言う。
するとリビアも口を開き、「そういう時もあったわね」とエヴィンに告げた。
「・・・？そういう、『時もあった』って・・・？」
リビアの言葉の意味が掴みきれずエヴィンは再度リビアに尋ねる。と、リビアは
口元にうっすらと笑みを浮かべ言った「言葉の通り、今はもう怒ってないわよ」と・・・
「そりゃあ私だって、何度も命を狙われれば、頭にも来るわよ。けれど、一番
苦しんでるのはエヴィン君なんだ、って事が分かったからね。」
「先輩・・・ごめんなさい・・・本当に、ごめんなさい・・・」
微笑みながらそう語りかけるリビアに、エヴィンは目元にうっすらと涙を浮かべ、深く
頭を下げながら何度も何度も謝り、リビアはそんな彼を見て、少し困った顔をした。
「・・・ねぇエヴィン君、そう謝られても私もどうすればいいか分からないし、第一話が
ちっとも先に進まないんだけど・・・今は、これまで起きた事よりもこれから何をする
のか、って方が大切なんじゃないの？まだ、問題が解決したわけじゃないんでしょ？」
「・・・そうですよね・・・」
リビアの言葉にエヴィンはようやく頭を上げ、リビアの顔を見た。そして少しの間だけ
何かを考えるような素振りを見せてから、リビアに一つ質問をした。
「先輩・・・その前に一つ聞いていいですか？」
「？ええ、私に答えられるのなら。」
「あの・・・僕を助けてくれたのって・・・リビア先輩ですよね・・・？」
「え？」
エヴィンの急な言葉に、リビアはドキとした。自分が半ば無意識的に発動させた「静の
テレパス」それを使い潜り込んだエヴィンの精神世界で行った事は、全てではないが
一応覚えているし、今の自分の疲労感がそれに因る物だという事も感じている。だが、
まだそれが夢か現実化の区別がつききっていないリビアに、今のエヴィンの一言はある
種の「極めつけ」のような物を感じずにはいられなかった。だが、まだエヴィンの言って
いる話の内容と彼女自身の認識にズレがあるといけないと思い、どういう意味なのかと
エヴィンに尋ねる。と、エヴィンは一言夢を見たのだと答えた。
「夢を・・・見た・・・？」
「はい・・・先輩の、夢を見たんです・・・最初は、すごく悪い夢を見ていて、苦しんでたら
急に夢の中の自分の意識が無くなって・・・それからどれくらい経ったのか分からないん
ですけど、しばらくして夢の中の自分の意識が戻って・・・その瞬間先輩が目の前にいて・・・
夢の中に自分の知り合いが出てくるなんて、よくある話ですけど、あの時の先輩だけは
なんか、僕の想像の先輩じゃなくって本物の先輩に見えたんです・・・本物のリビア先輩が、
僕の所に来てくれたように・・・」
「・・・（やっぱり、夢じゃなかったのね）・・・」
エヴィンの言葉が、自分の取ったと思われる行動とあまりにも一致していた事に、リビアは
改めて本当に自分が「静のテレパス」を発動させていたのだと確信した。だがリビアは、
自分の表情のかすかな変化を敏感に読みとったエヴィンの「やっぱりあれは、僕を助けて
くれたのは先輩だったんですか？」という問いかけには、肯定もせず、また否定もせず、
ただ一言答えた。
「あなたを守っていたのは、もっと別の人よ」
と・・・
「もっと別の人・・・もしかして、紅い髪の女の人ですか？」
「・・・・・・」
「先輩も、見たんですね、あの女の人を・・・」
「ええ・・・」
エヴィンの新しい問いかけに、リビアは今回の会話の中で初めて、わずかながら首を縦に振った。
「あの人・・・僕にも誰なのかよく分からないんです・・・ただ、ずっと昔から、そう、自分が
子供の頃から僕を見守っていてくれた、そんな気がしてならないんです・・・」
「そうなんだ・・・誰なんだろうね？あの女の人・・・」
リビアがそう言ってから、二人の間を再び沈黙が支配する。そして黙り込む事数分、今度もまた
エヴィンがその沈黙を破った。
「先輩・・・」
「何・・・？」
「話、元に戻すんですけど、さっき先輩が言った通り、まだ問題は何も解決してないんです・・・
『トライデント』がどういう組織なのかさえも、何も・・・」
「ええ・・・それは、私も分かってるわ・・・まだこれからも、大変な事がある、って・・・」
「はい・・・だから先輩・・・」
「？だから・・・？」
「だから・・・」
「だから、何・・・？」
少し緊張で上擦った声で、何度も「だから」を繰り返すエヴィンに、少し緊張と苛立ちを持った
声でリビアが聞き返す。するとエヴィンは、静かに、しかし深く息を吸い込み、意を決したかの
ような表情を見せるとゆっくりと、噛みしめるように残りの言葉を吐き出した。
「だから問題が解決するまで、僕に、先輩の事を守らせてください・・・これ以上、自分のために
先輩を危ない目に遭わせたくないんです・・・僕の大好きな、リビア先輩を・・・」
言い終わるやエヴィンは歯を食いしばり、呼吸を少し乱れさせ、顔は耳まで真っ赤にさせて思考を
完全に硬直させる。そしてリビアも、金縛りにあったかのように身を動かす事ができなくなった。
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