二つの「闇」 〜時の交差後伝〜

第三部第四話 「日常」への別れの挨拶(前編)

「これが、前回の作戦における、闇の神子の戦いの全記録だが・・・どう見る?」
モニタに映し出された映像を見終わると、ディルナは部屋の中の、他の人間に言った。
部屋は狭く、中にいる人数は合計四人。その人間とはディルナの他に「武神」ヴァルグと
リィズの旧友、エレナ、そしてもう一人、青年の男の顔があった。そしてディルナの問い
かけに対し、真っ先に口を開いたのはその青年であった。

「そうねぇ・・・最初の戦いでは二人がかりで30人の相手を倒すのに20分、次の戦闘
 では10人の相手を潰すのに約30秒・・・最初の戦闘が広場で敵が分散しやすかった
 のに対し、二度目は狭い廊下での戦闘のおかげで一気にたたみかける事ができた、って
 事を差し引いても、随分戦闘能力に差はあるな。ま、結論を言うと『エヴィン・ハランツ』は
 恐れるに足らないが、『闇の神子』の方はちょっとは警戒が必要、ってトコか?」
男がそう言うと、ディルナは無言で頷き、そして自分の言葉を始めた。

「神子の逃走を許したのは計算外だったが、代わりに、追討作戦と銘打つ事で今後の
 計画では無用な兵隊もその大部分を始末する事ができた。それで今後の方針だが、
 まず第一に残る二枚の『刃』の覚醒、次に敵の戦力の削減と真の本拠地への移転、
 そして『闇の神子』の再捕獲となる。各作戦の担当者は、先に話した通りだ、各々の
 奮闘を期待する。」
ディルナはそう言うと、その場の会議を閉会とした。

そして場は変わってウェンフィールド邸・・・・・・

「戦闘員・非戦闘員あわせて重傷者が15名、軽傷者が32名か・・・死人を出さなかった
 事が、唯一の幸い、と言うワケか・・・」
昨日の邸宅襲撃事件に関し、関係者の名簿の確認を一通り終えるとギゾはそう言って
ため息をついた。ちなみに昨日一日で出た、襲撃側の逮捕者の数は150名超に上り、
その数を考えれば死人が出なかった事は奇蹟以外の何物でもないし、戦果を見れば大
勝利である。だが、そんな事を言ってみても何の慰めにもならない事は、当のギゾが
一番痛感していた。そして頭を抱え込んでいるギゾの部屋に、アレンが入り込んできた。

「なんだ、アレンか・・・ノックぐらいはしてくれや・・・」
「ノック?んなモンしたさ、何回もな。」
「そ、そうか・・・」
アレンの言葉に、気の抜けた声でギゾは答えた。そしてしばらくの沈黙の後、アレンは
口を開け、ギゾに語りだした。

「ギゾ、今回の件、お前さんとテオには色々と迷惑をかけた・・・だが、それも今日までに
 しようと思う。」
「・・・・・・?」
「どうやら、ワシらが倒したと思ったダークファルスの芽はまだ潰えておらんかった
 ようじゃ。そして、それがワシの可愛い孫にも及んでいる・・・」
「・・・・・・」
「そして周囲を見回せば、お前さんは財閥の頂点として多くの人間の命を預かり、テオ
 さんもまた、武術を通じての青少年の健全な育成、という大仕事があり、アリスは
 50年前の戦いで全ての力を使い果たし、ガズニさんはもう90過ぎだ・・・こうして
 見ると、どうやら身軽なのはワシ一人のようじゃな。」
「!アレン、お前、まさか・・・」
アレンの言葉に、ギゾはハッとした表情を見せた。そして驚きの表情のギゾに、アレンは
無言のうなずきをもって答える。

「一人で『トライデント』を潰しに行く気か!アレン!!」
「ああ、これ以上お前さんに迷惑をかけるワケにはいかんし、第一防戦一方と言うのは
 ワシの性にあわんからな。」
「・・・無茶な事を言うな!アレン!!ガズニは確かに別格かもしれんが、お前だって
 もう60過ぎの爺さんだ!歳を考えろ歳を!!」
「そ〜そ〜、年寄りの冷や水、って言葉はあるけどさ、冷や水どころか死に水になったら、
 シャレにならねぇぜ、爺さん!!」
「!!」
ドアの外側から聞こえてきたその声に、アレンとギゾの視線は一気に注がれる。そして
二人の眼前に立っていたのは、マークとエヴィンであった。二人はドアを開けて部屋の
中に入ると、後ろ手に扉を閉めた。

「貴様ら・・・話を、聞いていたのか?」
「ああ、悪ぃけど、オレも、エヴィンも、話は全部聞かせてもらったぜ。爺さん、トライ
 デントを潰しに行くんだろ?だったら、オレ達も連れて行ってもらわなくちゃな。」
「!!何を考えておるお前ら!遊びじゃないんじゃぞ!!」
マークの発言に対しアレンはそうどやしつけるのだが、二人とも全く怯む様子は無い。
まずはエヴィンが、絞り出すような声でアレンに対し反論した。

「お爺ちゃん・・・僕、もう嫌なんだ・・・僕のせいで、誰かが傷ついたりするのは・・・
 だから、僕も戦う事にしたんだ・・・これ以上、他の人の体も、自分の心も、傷つけたく
 ないから・・・」
「・・・エヴィン・・・」
エヴィンの言葉に、アレンは返す言葉が見つからなかった。「この子がもっと、冷たい
子供だったら」と思わずにはいられない。だが、間髪入れず次に来たマークの言葉は、
そんなエヴィンの悲壮感とはかけ離れた物だった。

「んで、オレがついてく目的は・・・リターンマッチ目当てかな?」
「リターンマッチじゃと?誰に?」
「ヴァルグ・レイナード、爺さんも名前くらいは知ってるだろ?」
「ああ、「武神」と呼ばれた男じゃろ?彼がトライデントの中にいるというのは、ワシも
 昨日になって初めて知ったがな。」
「それで、その武神に一度、コテンパンにやられたからそのリベンジがしてぇんだよ。
 今はまだ無理かもしれねぇけど、実戦を重ねれば何とか、って思ってる。」
「・・・お前なぁ・・・そんな理由で・・・」
「いや、理由はそれだけじゃないさ。爺さんと同じで、オレも防戦一方ってのは性に
 合わないんだよ。どうせオレも、しっかりと敵の標的にされてるんだろ?」
「・・・・・・」
マークの言葉に、アレンは返す言葉が見当たらなかった。確かに、彼も『トライデント』の
標的とされているのは間違い無さそうなのである。また、孫のエヴィンはもちろんの事、彼も
また昨日の戦いの記録を見る限りでは初めて出会った時と比べ戦闘能力が飛躍的に向上して
いるのも、そしてまだ限界が見えていない事も認めざるを得ない事であり、近い将来の戦力
として期待しても問題が無いようにも思われたのである。そんな客観的な分析と、自分自身の
心情の間でアレンは悩まずにはいられなくなり、そして黙り込み始めたアレンに、ギゾが
後ろから声をかけた。

「アレン・・・二人を連れて行ってやったらどうだ?」
「ギゾ!貴様何を・・・」
「・・・お前も分かってるんだろう?この二人は、近い将来かなりの戦力になる。それに
 エヴィンの存在は敵を誘い込む有効な手段になるし、マークのヤツも近くに置いておく
 方がお前さんも安心だろう。」
「ギゾ・・・そりゃ確かにそうだが・・・」
ギゾの言葉にまだアレンは反論しようとする。だが、そんなアレンにエヴィンとマークが
再び横から口を挟んだ。

「ねぇ、そうしようよお爺ちゃん、正直、これ以上ギゾさんや、ここで働いてる人達に
 迷惑かけたくないし・・・」
「ま、諦めろよ爺さん!3対1じゃ、勝ち目はねぇぜ。」
「・・・お前ら・・・しかしなあ・・・」
二人の言葉にそう言ってなおも思い悩もうとするアレンだったが、ギゾはそんな彼を安心
させるため今の彼の考えをアレンに告げた。

「グループ内のエージェント組織で、常にバックアップと情報収集の体制は整えておく。
 また、何か必要な物資があれば遠慮なく言ってほしい、それと・・・」
「それと?」
「財団から一人、助っ人をつける事にした。きっと、役に立つだろう。もうそろそろ
 こちらに戻って来る筈なのだが・・・」

ギゾがそう言いかけるのとほぼ同時に、ドアをコン・コンと数回、軽くノックする音が
四人の耳に入って来る。ギゾはノックの音で既にそれが誰なのか分かっているらしく、
それが誰なのかも確認せずに入室を許可すると、長く美しい緑髪をたずさえた女性が、
部屋の中へと入り込んできた。

「会長、リィズ・ファラシュ、現場監察よりただ今戻りました。」

「あ!リィズさん!!」
「あら・・・久しぶりね、エヴィン君。」
「はい!ご無沙汰してました!!」
思わぬ所で出くわしたリィズに、エヴィンは張りのある声で答える。だが、二人が
旧知の間柄である事を知らなかったマークは、少し意外な顔で事実関係をエヴィンに
確認した。

「なんだエヴィン、お前リィズさんと知り合いだったのか?」
マークが尋ねるとエヴィンはコクリと頷き、事の経緯を説明しようとする。と、即座に
横からリィズが口を挟んできた。
「エヴィン君とは、財団主催のパーティーとかで何度か会った事があるわ。それと、
 ちょっとした変わり種の話としては・・・」
「変わり種の話?」
「わ!ちょ、ちょっと!!そこから先は言わないで下さいよ!リィズさんっ!!」
リィズの『変わり種の話』という言葉に、何か直感的に悟る物があったらしく、エヴィンは
彼女の発言を止めにかかる。だが、そんな彼の行動は、「ここから先、何か面白い話が
来るに違いない」と同じく直感的に悟っていたマークの腕によって抑えられ、その結果
リィズはさっきと変わらないペースで話を続ける事ができた。

「この子が九歳の時に私にラブレターよこして来た事があったわね。」
「へ?ら、らぶれたー???」
「それで、あなたも彼の友達なら知ってると思うけど、この子結構からかいがいがある
 でしょ?だから誤字を赤ペンで直して送り返したら一晩泣いてた、って話を前に、彼の
 お母さんのクリスさんから聞いたわ。どうやら、それがこの子の初恋だったみたいね。」
「・・・そ、そんな事わざわざ言わなくても・・・それもよりによって、よりによって・・・」
「・・・・・・お前がガキの頃・・・?リィズさんに?それで・・・ぷっ・・・ククク・・・
 ギャ〜ッハッハッハ!!!」
リィズの話を聞いた途端、マークは涙を流し、腹をよじれさせながら笑い出した。
文字通りの「爆笑」というヤツである。そして笑い続ける事約五分、笑いすぎで
咳こみながらもようやく笑いを止めると、マークは真っ赤な顔のエヴィンの背中を
数回叩いた。

「そ〜かいそ〜かい、エヴィン少年の初恋物語ってか?そりゃご愁傷様な事で・・・
 クックックック・・・しかしお前も何だな。年上趣味は昔から、ってヤツか?」
「べ、別にそう言うワケじゃ・・・て言うかマーク笑いすぎ!!」
マークの反応に、すっかりふてくされた様子でエヴィンは言う。そしてそれからしばらくは
しごく和やかな雰囲気の中話は流れたが、やがて話が本題に戻ると、アレンは残る三人に
今後の計画を告げた。

「それじゃあ、出発は一週間後だ。それまでの情報収集はギゾの所のエージェントに頼む
 事にする。そして・・・」
「そして・・・?」
「今度いつ戻って来れるのか、ワシらにも皆目見当がつかん。今のうちに、せいぜい
 羽根をのばしておく事だな。あと、会っておきたいたい人間には、今のうちに会って
 おく事だ・・・」
「お爺ちゃん・・・」

アレンのその表情に、エヴィンは祖父が直接的には言葉に出していないながらも、それが
下手をしたら今生の別れになるかもしれないから、という意味が含まれている事を感じ
取らずにはいられなかった。そしてこの日、エヴィン達は全員ウェンフィールド邸を引き
払い、ティリアの町への帰路についた。

そして翌日・・・

「マーク!それにエヴィン!!あんたら一ヶ月も何やってたのよ!!」
二人が教室に入ると、開口一番そう言ったのはジェシカとメルだった。思えばこの二人
とも、もうずいぶん長い事会っていない。そしてその感情は、当然ながらエヴィンより
マークの方が数倍強い。だがマークは、そんな自分の感情を真正面から表に出すのは
彼のプライドが許さなかったので、あえてとぼけてみせた。

「そっか?いや、てっきり三日くらいしか空けてなかったと思ったんだがなぁ・・・」
「三日ぁ?あんたねぇ、カレンダー見てみなさいよ!明日からもう期末テスト!!
 ダブっても知らないわよ!二人とも!!」
ジェシカがそう言うと、エヴィンは青くなったがマークの方は根本的に気にしている
様子という物が見られない。そしてそうこうしているうちに授業が始まったのだが、
そこでもこれまでの遅れから半ばパニックになっているエヴィンとは対照的に、彼は
いつも通りの高いびきであったが、そんな彼の眠りは先生の怒声で覚まされた。

「マーク・フラン!立て!!」
「ん〜〜〜?」
「さんざん休んだ挙げ句高いびきとはいい度胸だな!123ページの6行目からの
 一文を訳してみろ!できなきゃそのまま立ってろ!!」
「はいはい、そんなに怒鳴りなさんなって・・・えっと、『男は女と終生をともにできる
 物だと思いこんでいた。だが、彼が何を与えても、彼女はそれを拒み続けた。彼女は
 言った”自分の中の愛情は、急速にしぼみ続けている、今の私には、自由が何よりも
 重要なのだ”と・・・』こんなトコでいいか?」
「・・・・・・」
マークが言われた文章を訳し終えた時、教室内にざわめきが起こった。これまで彼が
授業中に指されてマトモに答えられた事など一度も無かったからである。しかも今の
文章は、全体の中でもかなり難しい部類に入る。ゆえに授業終了後、ジェシカが彼に
驚きの声で話しかけて来たのは、至極当然の事であった。

「どうしたのよマーク、何か悪い物でも食べたの?」
「それとも、過去の自分の、星の数のような悪行を悔い改めてどっかの予備校か何かの
 集中講座を受けてたとか・・・なワケ無いわよね。あんたがそんな事していたら、今頃
 この星は無くなってるわ。」
「お、お前なぁ・・・そこまで言うか?」
「だってマーク、あんた自分のした事が分かってるの?天地開闢以来の事をしたのよ!」
「だ・か・ら!それが言い過ぎだって言ってるんだよ!幼稚園から進歩の無ぇヤツだな
 相変わらず!!」
「なんですってぇ!?」
・・・こうして二人の、約一ヶ月ぶりの口ゲンカが幕を開ける。そしてそれを横から
見守るエヴィンとメルというのもまた、随分と懐かしい光景であった。そして観戦の
最中に、メルがエヴィンに話しかけた。

「でもエヴィン君、実際何があったの?マーク・・・」
「えっと・・・なんでも随分カンヅメにされてたらしいよ。ギゾさんとテオ先生の下で。」
「え?ギゾさんとテオ先生って・・・まさかマーク、ウェンフィールド夫妻の家に!?」
メルの問いかけに、エヴィンはこくりと頷く。
「じゃあ、エヴィン君もそこにいたの?」
「ううん、僕はちょっと別の所。」
「ちょっと別の所、って、どこ・・・?」
「ん、まあ、ちょっとね・・・色々とあって・・・」
エヴィンはそう言って、下手な言い逃れで場をやり過ごそうとする。そしてその言葉の
中で彼は、一人の少女の事を思いだしていた。

(そう言えば、エリーちゃんどうしたんだろう・・・?一度ギゾさんの家に来たとか
 来なかったとか言ってたけど、そう言えば連絡してなかったし・・・怒ってるかな?)

そう思い出すとエヴィンはいてもたってもいられなくなり、学校一階にある公衆電話へ
走ろうとしたが、直後にチャイムが鳴ったので彼の行動を次に持ち越しとなった。

だが、次の休み時間、彼は重大な事に気がついた。エリーの家の電話番号を知らなかった
のである。その事実に少し青ざめた彼だが、青ざめたからと言ってどうなる物でもない。
しかも明日からは期末テスト、中間試験での貯金があると言っても僅かである。戻り際に
ギゾ達に「事情が事情だから出席日数は面倒見てやるが、テストの点数まで面倒見ない」
という宣告を受けている。そして極めつけに、また発作的に急に一人走りをしだすと、と
いう理由から、両親の手によって貯金も一時的に凍結させられている・・・となると彼に
とって残された選択肢は、とりあえず眼前の期末試験を全力で乗り切る事だけであった。

「僕って、もしかして信用されてないのかな・・・?いや、今回の件に関しては当たって
 るんだけど・・・」

夜明け間近になりながらも一ヶ月分の貯まりに貯まったプリント類と格闘しながら、
エヴィンはボソと呟いた。

第三部第四話 完

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