「う・・・うん、一応・・・追試は、避けられそう・・・」
「ふふん、ざまぁねぇなエヴィン、普段サボってるからそんな事になるんだよ。」
「・・・・・・・・・・」
もはや息も絶え絶えなエヴィンに対し、マークはそう言って軽口を叩く。すると
その瞬間、エヴィンの黒目は完全な白目になり、前のめりに倒れ込み、そのまま
動かなくなってしまった。
「ん？どうしたエヴィン？」
「マーク・・・今のあんたの一言で、魂抜けてるみたいよ・・・」
「へ？なんで？」
「なんで、って・・・考えてもみなさいよ。あんたに勉強の事でバカにされる、
世界のどこを探したってこれ以上の屈辱があるワケないじゃない！単に横で
聞いてた私だって魂が抜けかけたのよ。ましてや言われた当の本人の気持ちを
考えると・・・ううっ・・・」
言いながらジェシカは歯を食いしばり、両手の拳を強く握りしめ、そして瞳を
強く閉じる。そして、その瞳からは一筋、二筋の涙が流れ落ちていた。それは嘘
泣きなどではない、本物の涙であった。
「可哀想なエヴィン・・・こんな山猿にあんなセリフを言われるなんて・・・ただの
一回の過ちなのに・・・」
「んだとぉ・・・オイこらジェシカァ！！！」
「やれやれ・・・また始まった・・・ってエヴィン君寝てるし。」
自分の周りの三人の様子を見渡し、呆れた口調でメルは言った。ともあれこの日で
三日間続いた期末試験は終わり、一週間の試験休みを経て正式な夏休みとなる。
しかし生徒達にしてみれば「試験休み」と「夏休み」に感覚的に何ら区別がある
ワケではなく、既に旅行や遊び、それに一部認められているアルバイト等の休みの
予定についての話題で大いに盛り上がっていた。そしてジェシカも、マークとの
口ゲンカが一段落つくと、今年の夏の予定についての話を、マークに持ちかけた。
「ねえマーク、そう言えば、今年はどうする？」
「ん？どうする、って何を？」
「リオの叔父さんの所、今年も行けるんでしょ？」
「あ・・・」
ジェシカに言われ、マークはある事を思い出した。幼なじみとも腐れ縁とも言える
彼ら二人だったが、その付き合いは本人同士だけではなく、家族ぐるみで続いて
いる。そしてジェシカには別名「華やぎの都」とも呼ばれ、夏祭りの盛大さでは
ネオアリサ随一とも呼ばれる都市「リオ」に親戚がおり、マークはそこに毎年、
祭り見物と店番などの手伝いを兼ねて行くのが通例となっていたのである。
従来なら、ジェシカの問いかけはマークにとって迷う物でも何でもなく、二つ返事で
ＯＫする物である。だが、今回ばかりは勝手が違う。三日後にはアレンらと一緒に
家を立とうと心に決めている。そして、いつ帰って来れるのかも分からない。そんな
事をジェシカに対してどう説明すればいいのか、マークは心底頭を抱えたくなった。
「？どうかしたのマーク？ガラにもなく、眉間にシワなんかよせちゃってさ。」
「ん？あ、いや・・・ちょっと予定確認させてくれや。返事、別に急がないだろ？」
「ええ、そりゃま、急がないけど・・・他に予定なんてあんの？」
「お前なぁ・・・そりゃオレにだって多少は予定ってモンが・・・」
そう言いながらお茶を濁し、マークは帰路につく。そしてその道中、彼はここでも
また、懐かしい連中と出くわした。
「おうおうマーク！久しぶりじゃねぇか！」
「ん？お前らは・・・」
「ここ一ヶ月ばかし見かけねぇから、大病したか逃げ出したかとでも思ったぜ！」
「ほぅ・・・そりゃど〜も、ご心配をおかけいたしまして。」
声の主達に対し、マークは嬉しそうな顔でそう返事をした。その相手とは、彼が
毎日のようにケンカを繰り広げていた不良連中である。
「この一ヶ月なぁ！俺達１２人、生まれて一番頭を使って貴様をブチのめす作戦を
練って来たんだ！今こそそれを見せてやる！」
リーダー格の少年がそう言うのと同時に、彼らは一斉にマークを取り囲み、そして
襲いかかる。それは確かに、これまでよりか少しはマシな戦い方であったのだが、
彼らの成長よりもマークの成長の方が数段大きく、しかも元々の戦闘能力が数段
違っていたのである。となると、結果はあまりにも明白だった。
「ば、バカな！なんで俺達の攻撃が当たらねぇんだよぉ！回避不能の筈なんだぞ！
無敵の『ジェットサンダーアタック』はよぉ！」
「あ、いや、でも相手も手一杯みたいですぜ！ホラ、逃げるばっかりで一発も攻撃
して来ねぇ！！」
「おお！そうか！ならもう一押しだな！このまま攻撃を続けるぞ！！」
「ウッス！！」
「・・・・・・」
あまりに見当違いな彼らの言葉に、マークは笑いを堪えるのに必死になった。
自分は攻撃を「出せない」のではなく「出していない」だけなのに、相手はその
事に全く気付いていないのである。マークは、攻撃を避けながらも彼らに言葉を
投げかけた。
「いいねぇ・・・やっぱいいヤツらだよお前ら！」
「んだとぉ・・・」
「最近、ギスギスしたケンカが多かったんでな、お前らとじゃれあってると、
ホントに心が落ち着くよ。ま、『物足りない』っていう点は問題だけどな。」
そう言い終わるとマークは、初めて拳を構える。そして表情を豹変させ、キッと
彼らの事を睨み付けた。
「さあ、そろそろ終わりにしようか・・・」
「な・・・？？？」
マークの急な表情の変化に、不良達は慌てふためく。そしてそこにさらにマークに
「かかって来い、全員、いっぺんにだ。」と言われると、彼らはもう、反射的に、
まるで何者かに背中を押されるかのように一斉に殴りかかった。
が、そんな彼らの眼前に、マークはいなかった。その場から驚くべき跳躍を見せた
マークは、一瞬にして彼らの囲みの外へと抜け出していたのである。しかし、既に
勢いのついていた不良達は急に止まる事などできず、全員が全員、強く頭をぶつけ
あってその場に倒れ込んだ。
「ちょっと、『つなぎ』の演技が下手だったかな？ま、それじゃオレはまた留守に
すっけど、これからもよろしくな！」
頭にコブを作ってうずくまる彼らに、イヤミなほどに爽やかな笑顔とともにそう
言うと、マークはその場から走り去っていった。
だが、そんな感じで約一ヶ月ぶりのシャバの世界を満喫していたマークのような
人間がいる一方で、同じティリアの町の中でも、ある一方では戦慄すべき事件が
起きていたという事は、マークなんかにとっては知る由もなかった。そしてそれは、
アレン・ハランツが一人、人通りの少ない道を歩いている時に発生した。
「いよう爺さん、アンタがアレン・ハランツだろ？」
軽く、年長者への敬意など微塵も感じさせない言葉遣いで男は言った。年齢は３０
よりも少し前、と言った所であろうか？背は高く体の線は細い。髪の色は濃い青で、
腰には一剣を携えている、そんな男であった。
「いかにもそうじゃが・・・貴様は？」
男に対し警戒を強めながら、アレンは尋ねた。その男の体から、抑えようとしても
こぼれ落ちている殺気を感じずにはいられなかったからである。そんなアレンの問い
かけに、男はニヤリと微笑んだ。
「俺かい？俺の名前はヘラルド・ロッソ、トライデント四傑が一人だ・・・アレン、
トライデントの大義のために、貴様の命貰い受けるぜ！」
「大義じゃと？フン・・・嘘をつけ嘘を。」
自分の命を狙いに来たと言う青年、ヘラルドの言葉に、アレンは嘲笑をともにそう
答えた。当然、相手の方は不快感を表に浮かべる。
「ほぅ・・・随分心外な事を言うジジイじゃねぇか・・・何を根拠に？」
「およそ何をするにせよ、大義に生きようとする者は強く、真っ直ぐな瞳を持って
おる物だ。それが世間的な価値観で言うところの『善』にせよ『悪』にせよな。
だが、貴様の目からはそれが微塵も感じられん！貴様の目に宿るのは、人を
傷つけ、苦しませる事を喜びとする、破壊者としての狂気のみ！」
「フフ・・・分かってるじゃねぇか・・・それなら死ね！」
言うやヘラルドはアレンに殴りかかった。しかし、体術においてはアレンが相手を
一歩も二歩も上回っており、戦況は圧倒的にアレン優位に展開していった。
「貴様程度の男がトップクラスと言うのなら、どうやら『トライデント』とやらも
思っていたほど層が厚いワケではなさそうじゃの。」
「ク・・・ククク・・・本当に、そう思うのか？俺はまだ、腰の剣さえも抜いて
いねぇんだぜ？」
「抜いたとてどうなる物でもあるまい、貴様の、素人同然の体さばきではな。」
「・・・言うじゃねぇか・・・後悔しても知らねぇぞクソジジイ！！」
言いながらヘラルドは右手を腰にさしてある剣に手をかけた。だが、この時点で
アレンと彼との間合いは、剣が収められている鞘の倍近くある。ここならばどう
あがいても、テクニック以外の攻撃は届かない、そう思ったアレンだったが、
次の瞬間、彼の脇腹には鋭い切り傷が入っていた。
「！？」
アレンは自分の身に何が起きたのか分からなかった。しかし、分からないながらも
更なる危険を察した彼は後方へとバックステップをする。が、それでも再び、彼は
身体を斬りつけられた。
「こ、これは一体・・・」
「さっきの威勢はどうしたい？ええ爺さんよぉ！」
形勢が逆転した事で、歪んだ笑みをさらに歪めながらヘラルドは言った。そんな
彼の腕には、一本の剣が握られている。だが、その刃の長さはやはり、二人の
間合いに対して圧倒的に短い。
「真空波でも放ったのか・・・？」
「さぁなぁ、なら、もう一回喰らってみやがれ！」
そう言ってヘラルドは剣を振るう。アレンは、相手の剣の切っ先を凝視しながら
回避にかかる。と、そこでアレンは驚くべき物を目にした。
「！？剣が、消え・・・うぐっ！」
その瞬間、アレンは確かに、剣の柄より先の部分が消え、そしてアレンの体の
前に、まるでワープでもしたかのように出現し、彼の身体を切り裂いたのを
目撃した。一瞬信じられなかったが、それが間違いのない現象であった。
「貴様、それは・・・」
「驚いたかい？こいつが俺の力の源、古代アルゴル時代のロストテクノロジーの
結晶、歴史の狭間に埋没した武器、『次元の剣』ってヤツさ。」
「古代アルゴルの・・・ロストテクノロジーじゃと・・・貴様どこからそんな物を・・・」
「そいつは、答える必要の無ぇ事だ。ま、ともかくだ、こいつの出力をフルに
すると・・・こういう事もできるんだぜえっ！！秘剣！海枯石爛斬！！」
その言葉と共に、再びヘラルドの持つ剣の刃が視界から消える。だが、直後に
出現した切っ先は、一つでは無かった。何十もの刃がアレンを取り囲むように
して現れ、３６０度、あらゆる方向からアレンを斬り刻んだのである。その力は
あまりに強烈で、全身血塗れになったアレンはその場に倒れ伏した。
「勝負あったなぁ爺さん。」
「・・・・・・」
「どうするよ？とっとと楽にしてほしいか？」
「・・・ナメるな、若造・・・」
「！こいつ、まだ立って・・・」
「そんな斬撃のカスリ傷、いくらつけてもワシに勝てると思うか！」
「お〜お〜、無理しちゃって。まあいい、その意気に免じて、俺からハンデだ。
十秒やるから、祈るなりなんなり・・・・・・・・！！！？？？」
勝利を確信し、余裕を満面に浮かべた表情で、そう言いかけるヘラルドだったが、
直後に彼は背中に強い衝撃を感じ、その場に倒れ伏した。
「な、何が急に・・・ぐわっ！」
ヘラルドは、自分の身に何が起きたのか分からず、とりあえず自分を襲った相手の
顔を確認しようとしたのだが、そんな彼の顔のアゴ先を、襲撃者のサッカーボール
キックが直撃する。
「て、てめ、後ろから攻撃するなんて卑きょ・・・」
辛うじて立ち上がりながらそう言い、ヘラルドは次元の剣に手をかけようとする。
だが、そんな彼の右腕は、襲撃者の放った関節技でいとも簡単にヘシ折られ、
更には腰に挿していた刀までもが奪い取られていた。
「ぐ・・・ぐぁぁぁあああああっ！！て、てめ・・・この外道が！」
「・・・こんな武器を使う人間に、外道だ卑怯だ言われたくはないな・・・第一、
そちらの人に言っていた『十秒』というのは、パワーを使い切った刀の再充電の
ために必要な時間だったんだろ？物は言い様だと思ったよ。だからこっちも、
再充電される前に奇襲で速攻をかけさせてもらった・・・」
「く・・・そこまで読むとは・・・！貴様！！フィルか！！！」
傷だらけになりながらも、ようやく状況を見極めるだけの余裕が出てきたヘラルドは、
自分を襲った相手をそう認識し驚愕した。
「くそ、ブラング・バーンハイトの一番弟子か・・道理で強ぇハズだ・・・しかも、
容赦ってモンが無ぇ・・・更に二対一ってのは・・・」
「どうする？降伏するか、それともまだやるか・・・」
「フン！どっちも御免だ！！次元刀、戻って来い！！」
ヘラルドがそう叫ぶと、フィルの手にあった次元刀は再び彼の腕へと戻ってくる。
しかし、ヘラルドは既に満身創痍、しかも奥義を使った所で、一人は倒せてもその
間にもう一人にやられるであろう事は明白であり、武器が戻った所で彼には何も
できないかのように思われた。そしてそんな状況が読めない程度の者でもない筈で
あるのにも関わらず、彼はその傲慢な表情を崩していない。やがて彼は、血だらけの
その顔を、再びニヤリと歪ませた。
「・・・次元刀は、空間の超越こそがその真価・・・そして、俺の本職は剣士ではなく
召喚師（サマナー）・・・」
「・・・？」
「手下を、こいつで呼び寄せる事もできるんだよぉっ！来いやフッジーテイル！！」
ヘラルドがそう叫ぶや、次元刀は光り輝き、そしてアレンとフィルの眼前には一匹の、
巨大な恐竜型のモンスターが立ちはだかっていた。
「こいつはなぁ、尻尾に猛毒がある！どんなヤツだろうとカスリ傷で殺せる程度のな！
ヒャハハハ！！せいぜい苦戦しやがれ！」
「・・・・・・」
「それとなぁフィル！貴様も今、この瞬間から『トライデント』がマークした！首を
洗って待っていやがれ！じゃあな！次元刀よ！俺を本部までワープさせろ！！」
・・・捨て台詞を言い終えると、ヘラルドの身体はまるで何かに吸い込まれるかの如く
消え失せ、後に残されたのはアレンとフィル、そしてヘラルドの残したモンスターだけに
なった。そして、置き土産のモンスター、フッジーテイルの猛攻が始まった。
「くっ・・・」
フッジーテイルの猛攻は、二人にとって容易ならざる物となった。何しろ、尻尾の
攻撃はかすり傷程度でも致命傷になるのである。しかも、相手も尻尾のみを使って
攻撃するのではない。腕や脚にも、かなりの強力が秘められている。更に、相手の
体の大きさもまた、苦戦の要因となった。
「すまんの若いの、なんか、巻き込んでしまったようじゃ！」
「いえ、元から多少は覚悟していた事ですから！それよりも、何とかこいつを仕留め
ないと・・・」
「そうじゃな・・・！お前さん、ワシがやつの動きを少しでも止められたら、倒す術は
あるか？」
「？え、ええ・・・たぶん・・・」
「ようし、それじゃあトドメはあんたに任せた！ワシが、こいつの動きを止める！！」
そう言うとアレンは、まずは一歩後退し右の拳を後ろに引いた。そして彼の呼吸の
リズムは急激な変化を見せる。しかもそれは、従来のオーバードライブとは異なる
物であった。やがてその呼吸も止まると、アレンは敵めがけて一直線に突撃した。
「喰らえ！サンダーブレークオーバードライブ！！」
言いながらのアレンの拳が、フッジーテイルの体に深くのめり込む。と同時に、
モンスターはまるで強い電撃ショックを受けたかのような反応を見せて動かなく
なってしまい、それを見るやアレンはフィルに叫んだ。
「今じゃ！決めろぉぉぉおおおっ！！」
「はい！・・・受けてみろ・・・ブラング流格技が奥義！『替身（ティーシェン）』！！」
「！？」
そう言うフィルの『奥義』を目にした時、アレンは驚愕せずにはいられなかった。
一人であったフィルが二人になり、モンスターの前面と背後の両面目がけて飛んで
行ったのである。そして次の瞬間、二人の「フィル」の抜き手突き（※指先を揃え
急所を突く技）がモンスターの心臓部を、前後両方から貫くと、モンスターは苦し
そうな叫び声を一声あげ、地に倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
「ふぅっ、よかった、一撃で決められて・・・」
額に汗をにじませ、少しだけ呼吸を乱しながらフィルは言った。どうやら今の技は、
相当に肉体を酷使するらしい。
「大丈夫か？お若いの？」
「だ、大丈夫です・・・って、お爺さんの方が重傷みたいですが・・・」
「なぁに、これしきの傷、ツバでもつけときゃ治るわい！ところでアンタ、フィル
とか言ったか？ブラング・バーンハイトがどうとか言っておったが・・・」
「はい・・・あの、師をご存じなのですか？」
「・・・まあ、名前くらいはな。特に面識があるワケではないさ。」
「そうでしたか・・・ところで、あなたはもしかしてアレン・ハランツ様ですか？
去年までフレオの開拓責任者だった・・・」
「まあ、な。今はただの隠居じゃよ。」
アレンはそう言ってフィルに対しニコ、と微笑む。だが、間もなく警察のサイレンの
音が聞こえてくると二人は、アテなど全く無いものの、いつの日かの再開を約して
別れ去って行った。
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