「レガード・・・」
「・・・闇の神子か・・・久しぶりだな・・・私を、嗤いに来たか・・・」
かつての仇敵を前に、何を言えば良いのか分からないエヴィンに対し、自嘲的な
口調でレガードは言った。
彼が意識を取り戻したのは、今から約二週間ほど前になる。当初は随分混乱して
いた部分もあったが、ここ数日は精神状態も安定方向に向かっており、そのため
アレンらに対してもようやく面会の許可が降りたのであった。なお、何らかの力に
よって一時的に怪物化した彼であったが、現在は体重が１０キロ以上も減った
事を除けば、外見的な変化は特に見られない。レガードは、エヴィン達が発言を
しないのを確認すると、自分の言葉を続けた。
「誘拐罪一件に殺人未遂罪が二件、退院したら最大で７年の懲役か・・・そして
どうやら、今の私の身体は、刑期を終える事ができるらしい。」
「・・・？それって、どういう・・・」
退院したら最大七年の刑務所生活が待っているという事に対し、レガードは特に
不満そうな顔を見せていない。エヴィンは、そんな彼の言葉の意味が分からず、
レガードに聞き返す。すると彼は、右手親指で自分の上半身を指し示した。
「意識が戻った後に知ったのだがな、どうやら今の私からは、かつて私を蝕んで
いた病原体が、完全に消え去っているらしい。クルウェルの力に身を任せた時
でさえ、縮小こそはすれ消滅はしていなかったというのにな・・・」
「・・・！！クルウェル・・・じゃと？」
レガードの出した名前に、三人の中で唯一反応する事のできたアレンは、眉を
強ばらせて言った。邪神クルウェル、ネオアリサの大地と共にあると言われる
存在。そして十年近く前にリィズとフィル、それにエレナ達により滅ぼされた
筈の存在である物。もっともリィズ達の戦いについては、アレン達が知る由も
ないのだが。ともあれクルウェルの名を聞いたアレンは、一瞬の沈黙の後再び
口を開いた。
「お前さん、たしかワシらと戦った時に『この星に眠る二つの闇の力を手に』と
言っておったよな？それがクルウェルと、ワシの孫の持つダークファルスの
力であったと言うワケか？」
アレンの問いかけに、レガードは無言で頷き、そしてそれを見たアレンも頷いた。
「なるほど・・・道理で、お前さんから出ていた闘気は、ダークファルスのそれとは
違っていたハズじゃ・・・」
「ああ、そして私に、その力を貸した人間の名が、たしかディルナ・・・」
「！！」
レガードの出した名前に、今度は三人が顔を見合わせた。
「ディルナじゃと・・・・・」
「前に、エヴィンを誘拐したってヤツか・・・」
「そして、エリーちゃんのお父さん・・・」
それから三人はまた、レガードに質問をしようとしたのだが、看護婦から約束の
時間が経過した事を告げられると病室を後にせざるをえなくなった。
そして病室を出て歩く事数歩・・・
「なんか、拍子抜けするくらいに素直じゃったな・・・」
「ああ、オレも、まず殴りかかってくるか、掴みかかってくるかと思ってたぜ。」
「まあ、でも、向こうが戦う気が無いって言うのならそれはそれで・・・病気も
治ったって言ってるし良かったんじゃないかなぁ・・・」
「・・・うむ、それなんじゃがな・・・」
エヴィンの発言を受けて、アレンが再び口を開いた。
「レガードの言う病原体と言うのは、ヤツがここに担ぎ込まれた時は確かに存在
していたらしい。が、意識が戻って来るに従い、自然に消滅していったという
話を、ここの医者から聞いたんじゃ。前例の無い事だと言っておったがな。」
「そうなんだ・・・」
「そして前の戦いで、ヤツを打ち負かしたのはエヴィンだったが、その力の源と
なっていたのはダーク・ファルスの力、いわば数千年前から人々を恐れさせて
来た闇の力じゃ。しかし、それの直撃を受けながら生きのび、極めて短期間の
うちに意識が戻ったという事だけでなく、病原体が消滅するなどという事は・・・」
「・・・なあ、それなんだけどさぁ爺さん。」
アレンの言葉を遮るようにマークが横から口を挟み、そしてアレンに尋ねた。
「ダークファルスって、そんなにヤバい物なのか？」と・・・
「？どういう意味じゃ？」
マークの言葉の意味を即座に理解する事ができず、聞き返すアレンだったが、
それに対するマークの回答は、至極明快な物であった。
「いやさ、ダークファルスって、そんなに危険な物なのか、って思ってさ。」
「き、危険かってお前さん、そりゃ・・・まあ、戦った事の無い身ならば知らん
でも無理は無いかもしれんが・・・しかし、何故今更そんな事を？」
「なんで、って・・・ちょっと不思議に思っただけさ。レガードにしろ、『トライ
デント』の連中にしろ、エヴィンの事を闇の神子闇の神子って言うけどさ、
そんなガラか？コイツ・・・」
右手の人差し指で隣にいるエヴィンの事を指さしながらマークは言った。一方
指を刺されたエヴィンの方は、何とも言いようが無いと言った感じの、困惑の
表情をし、それから暫くして、ゆっくりと口を開いた。
「確かに、僕の持っている闇の力が、危険な物じゃなければ、それに越した
事は無いけれど・・・でも、僕にもよく分からないんだ・・・これまでも戦いの
中で何度かこの力を使って来たけれど、自分の中で相当セーブをかけて
いたから・・・レガードと戦った時以外は・・・でも、その時が自分が初めて
力を使った時だから、それが全開の力だったのかも全然分からない・・・」
「・・・恐らく、まだ底があるじゃろうな。レガードを一撃で倒した程度の力で
あれば、もっと強力な兵器がこの世にはゴマンとあるからな。」
「・・・・・・・・」
アレンの言葉に二人は黙り込んだ。たしかに、敵が、しかも組織ぐるみで奪いに
かかる力が、通常兵器程度の力である筈が無い。そして再び考え込むエヴィンを
見ると、アレンはポン、とその肩を叩き、優しく、しかし力強く声をかけた。
「何が起きようと恐れるな、お前さんは、一人じゃない」と・・・
そして間もなく病院を出た三人だったが、マークとはまずここで別れ、アレンも
自宅への道を歩いて行く。そして一人になったエヴィンは、そのまま通りを
真っ直ぐ、せわしなく歩いて行った。
なお、この日の時点で期末テストの終了から三日が経過している。その三日間の
経過の中で、既に語られた部分を整理すると、以下の通りになる。
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三日前：期末試験終了、マーク、不良集団とケンカ。アレン＆フィル、ヘラルドと対決
二日前：アレン、ニーヤでギゾと面会、『次元の剣』に関する情報を収集
一日前：アレン、アリスと二人で買い物に行った後、ティリアの丘の上で帰還を約束
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なおマークはこの二日間、特に目立った行動は起こしていない。ジェシカと会ったりも
しているのだが、彼が旅に出る事についても、未だ切り出せずにいる。一方エヴィン
はと言うと、彼は昨日、日帰りでエリーの住むカオウェイへと足を運んでいた。
本当は試験が終わってすぐにでも行きたかったのだが、試験期間中の三日間で睡眠
時間が十時間を切るという極限状況だったため、三日前の夕方から死んだように
眠り続けてしまい、目を覚ましたのが夕暮れ時だったため行こうにも行けなかった
のである。
そして今日もまた、確認のためにカオウェイに行こうと考えているエヴィンであるが、
時計は既に午後一時を指している。ここからエリーの家まで、特急を使えば一時間半
程度で行けるが、鈍行ならば四時間近くかかってしまう。そして親による預金の凍結が
一部解除されたとは言えども、手持ちのお金は１０００メセタで特急の片道の運賃が
４５０メセタというのは、この時のエヴィンにとってはかなり痛い出費であった。
「こんな事になるんだったら、ゲームなんて買うんじゃなかった。」
数ヶ月前の出費を思い出し、そう言ってエヴィンはため息をつくのだが、既に「後の
祭り」である。しかも考え込んでいるうちに時間は刻一刻と過ぎて行く。と、そんな
エヴィンに後ろから声をかける者があった。
「あら・・・？エヴィン君じゃない、どうかしたの？」
「！・・・リビア先輩・・・」
リビアの声に我に返ったエヴィンは、慌ててリビアに挨拶をする。そしてリビアに、
何を考え込んでいたのかと尋ねられると、エヴィンは一瞬答えに窮した。好きな人の
前で、女の子の所に行く費用の計算をしていたなんて、いくらエヴィンでも少々バツが
悪い。だが、もう一度リビアに問い詰められると、エヴィンもたどたどしい口調ながら
答えざるをえなくなった。
「実はカオウェイに行こうと思っていたんですけど、手持ちが微妙だったから鈍行に
しようか特急を使おうか迷ってて・・・」
「？カオウェイって・・・何でそんな所・・・・・・あ！もしかして、エリーちゃんとか
言う人の所に行こうと思ってたの？」
リビアの指摘に、エヴィンは素直に頷く。そして自分がディルナに拉致されて以来一度も
会っていないどころか、電話一本の連絡さえ取れていない事をリビアに告げた。
「なるほど・・・それは確かに、心配しているかもしれないし連絡した方がいいとは思う
けど・・・ギゾさんとかだったら何か調べる方法があるんじゃないの？わざわざ電車を
使って、２００キロ近く離れた所まで行かなくても。」
「あ・・・そ、そう言われてみれば・・・」
リビアの言葉に、エヴィンはポン、と手を叩いた。そして早速目の前にある公衆電話に
テレホンカードを入れ、ギゾの自宅に電話をかける。そこで彼の会社の電話番号を教えて
もらい、続けざまにギゾのオフィスへと電話をかけた。そしてコールする事数回・・・
「もしもし、あ、エヴィン・ハランツです。・・・はい、この前は本当に・・・それで、
一つお聞きしたい事があるんですけど・・・」
話をしながら、エヴィンは受話器を左肩で挟みメモを取る。そして最後に一言ギゾに礼を
言うと、丁寧に受話器を元に戻そうとするのだが、受話器の先でギゾがまだ何か話して
いると分かると、再び受話器を耳元に戻すしたが、直後にエヴィンの顔は急速に強ばって
行った。
「え？エリーちゃんが行方不明？僕が、ギゾさんの家の前で倒れていた日の前の日から・・・？
それ、詳しい事何か分からないんですか！？・・・・・・すいません、急な話だったから
びっくりしちゃって・・・はい、・・・はい、・・・分かりました、それでは失礼します。」
言い終わるとエヴィンは受話器を戻した。しかし、その顔からは血の気が若干失せている。
リビアは、そんな彼に恐る恐る声をかけた。
「エヴィン君・・・今のギゾさんとの電話の内容って、まさか・・・」
「・・・はい・・・まさか、エリーちゃんもトライデントに・・・いや、エリーちゃん『が』
トライデントに・・・・・・？」
「・・・・・・？」
エヴィンの言葉の意味が理解できず、だからと言ってその場から立ち去る事もできず、
リビアはその場に立ち尽くす事しかできない。そんな重い空気の中、数分の時間が経過
した後、エヴィンは自分の拳を、眼前の石壁に思い切り叩きつけた。
「・・・なんで、気付かなかったんだ・・・」
「・・・エヴィン・・・君・・・？」
「『トライデント』から僕を助けてくれたのは、エリーちゃんだったんだ・・・それで、僕は
助かったけど、代わりにエリーちゃんが・・・そう考えれば、全部つじつまがあう・・・」
「・・・・・・！！」
「どうして、もっと早く気付けなかったんだ・・・あれから、もう一週間も経つのに・・・
もし、エリーちゃんの身に何かあったら、僕は・・・僕は・・・っっ！」
「エヴィン君！落ち着きなさい！！」
声を完全に涙声にし、全身を震わせるエヴィンの耳に、リビアの凛とした声が響いた。
エヴィンがこれまで聞いた事の無い、リビアの強い口調の声に、エヴィンは一瞬身体を
ビク！と震えさせ、そしてリビアの方を振り向く。リビアは、エヴィンに一回深呼吸を
するように促し、呼吸と、気持ちもいくらか落ち着けさせると、リビアは再び口を開いた。
「エヴィン君、私もエリーちゃんにはちょっとだけど会った事があるわ・・・だからすごく
いい子だっていうのは私も知ってるし、何かあったら、ってエヴィン君が不安になる
のもよく分かる・・・」
「・・・先輩・・・」
「でもエヴィン君、冷たい事を言うようだけれど、今日、今すぐエヴィン君が何かを
しようと思って、ムキになって動いても、状況は悪くなっても良くはならないと
思うの・・・」
「・・・・・・・・・」
リビアの言葉は、痛いくらいに的を射ている。そして、もしこの場にリビアがいなければ、
今頃自分は深い考えも無く、特急券を買って駅のホームにいた事も容易に想像がついた。
しかし、だからと言って今のこの感情の高ぶりを抑えきれるのかと言うと、とても抑え
きれる物ではないし、素直に引き下がりきれない物も感じる。と、そんなエヴィンの額に、
リビアはそっと右手の指先をあてた。
「せ、先輩・・・？」
指先からほのかに伝わってくるリビアの感触に、エヴィンは自分の胸の鼓動が高まって
行くのを感じた。リビアが一体何をしようとしているのか、彼にはまるで分からない。
だが、エヴィンが考えを整理する前に、リビアの指先は一瞬、ほんの少しだけ光り、
そしてその輝きが消えると同時に、リビアは指先をエヴィンの額から離した。
「気分はどう？エヴィン君。」
「き、気分は、って・・・あ、少し、気が楽になったような気がします・・・」
「そう、良かった。」
エヴィンの返事を聞くと、リビアはニコと微笑んだ。
「今の、リィズさんから教わった『静のテレパス』の一つなの。まあ、使い方と
しては軽い精神安定剤って所かしら？」
「へぇ・・・先輩、リィズさんにそういうのを教わってたんですか・・・」
「ええ、エヴィン君初恋の、リィズさんにね。」
「い゛っ・・・せ、先輩、どうしてそれを・・・？」
「マーク君から聞いたの。エヴィン君のその後の顛末までね。」
顔を茹でダコのように真っ赤にするエヴィンに対し、悪戯っぽい笑みを浮かべ、
ウィンクをしながらリビアは言った。それは、さっきエヴィンを一喝した人間と
本当に同一人物なのかと疑いたくなるような、無邪気で屈託の無い笑顔だった。
そしてそんなリビアの顔を見て、エヴィンの心も完全に落ち着きを取り戻す。
するとリビアはエヴィンの肩を軽く叩き、話しかけた。
「前にエヴィン君、自分の心を傷つけたくないって言ってたけど、そのためには
エヴィン君自身が動く事だけじゃなくって、誰かの力を借りる事で傷つかずに
済む場合もあるわ。これくらいの事で良ければ、いつでもしてあげるから。」
「先輩・・・ありがとうございます・・・」
リビアの言葉に、エヴィンは深々と頭を下げた。
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