レガードとの面会の後、エヴィン達と別れたマークは、一人ティリアの町を
歩いていた。だが、その足取りはいつもの彼と比べ、妙に重い。
「今日こそ言っておかないとマズいよなぁ・・・」
そうつぶやくとマークは、一つため息をついた。
ジェシカと一緒にリオの親戚の家に行く、この毎年の夏の定番行事を、今年は
どう考えても行けそうにない。しかも、ただ行けないのならまだしも、戦いに
行かなくてはならず、それがいつ決着がつく物なのかもまるで見当がつかない
のである。そんな物に自分が行くと言ったら、ジェシカは一体どういう反応を
するだろうか？引き留めるか、行きたいなら行けと言うか、それともこんな
常識離れした話、頭から信じないか・・・もし、信じてくれる可能性が低いの
ならば、どういう風に話をすればいいのか、真実を伝えるべきか、嘘をつき
通すべきなのか・・・いずれにせよ、出発を明日の早朝に控えた身なので今日
中に何らかの結論を出さなくてはいけない・・と、そんな事を考えてながら
歩いているうちに彼は、今日のジェシカとの待ち合わせ場所である映画館の
前に到着していた。
「どうやら、ジェシカはまだ来ていねぇみたいだな・・・」
周囲を見回してマークは言った。時間は一時五分前、約束の時間まであと五分
ほどある。マークは外灯の柱によりかかりジェシカが来るのを待つ事にした。
ジェシカがやって来たのは、それから五分としないうちだった。服装は黒の
Ｔシャツにジーンズ、ちなみに彼女がスカートをはくのは、学校の制服か
フォーマルな場の時くらいであり、いわゆるカジュアルな私服では一着も
持っていないと言っていい。ジェシカはマークを見つけると、足早に彼の
そばへと駆け寄った。
「珍しいわね、あんたの方が先に待ち合わせの場所に来てるなんて。」
「うるせぇな、ちょっと先に寄る所があったからだよ。そうでもなくちゃ・・・
んじゃ早速、中に入るか？」
「中に入るか、って・・・昨日電話で話したじゃない、映画が１時４５分から
だから、その前に食事済ませて、って・・・」
「え？あ、ああ、そうだったな・・・」
呆れ顔のジェシカに対し、やや気の抜けたような声でマークは答える。そして
二人は食事に行き、映画を見て、それからゲームセンターへと足を運ぶのだが、
ジェシカは、この日のマークの、いつもと違う態度にある種の奇妙さと苛立ちを
ずっと感じ続けていた。だがマークは話がその方面に向かうと、すぐにはぐらかし、
そして無理に明るく振る舞う・・・そんな事の繰り返しに、ジェシカのフラスト
レーションは溜まり続け、ついにはそれを爆発させた。
「ねぇマーク！」
「ん？」
「一体なんだってのよ！今日のアンタの、そのミョーなテンションは！！」
「妙なテンション？オレは、いつも通りのつもりだが？」
「嘘ばっかり！！・・・もしかしてあんた、なんか悩みでもあるワケ・・・？」
「悩み？そうねぇ・・・サッカークジが全っ然当たらねぇ事とか・・・」
「誰もそんな事聞いてないでしょ！せっかく人が、真面目に心配してあげてる
って言うのに！もういい！帰る！！」
そう言ってジェシカはマークに背を向け歩き出そうとする。だが、その一歩目を
踏み出そうとしたところで、マークに肩を掴まれジェシカは身動きが取れなく
なった。
「なによ・・・まだ何か、言いたい事でもあるワケ？」
イラつき声でジェシカが言う。だが、直後にジェシカは、マークのいつもとあまりに
違う、何とも言えない切ない表情にハッとして動きを止めた。
「ああ、リオの事でちょっと言っとかなくちゃいけない事があってな・・・」
「リオ？何でそれを今急に？」
「いや、まだ返事をしてなかったモンだからな・・・一応行けるって事だけは
言っておこうと思ってな。」
「ふぅん・・・」
マークの言葉に、ジェシカが抑揚の無い声で頷いた。若干、胡散臭い物を見る
ような視線が混じっていると言えない事もない。だがジェシカはその場でそれ
以上問い詰める事もせず、マークと別れるとそのままスタスタと歩いて行って
しまった。
そして数分後・・・
自宅に帰ったジェシカは、不満そうな顔でカバンをベッドに投げ捨てると、
部屋に持ち込んだ、電話の子機のプッシュホンに手をかけた。
「あのバカ・・・やっぱり気になる！」
ジェシカとマークは、幼稚園の三年保育以来の付き合いである。お互い、表も
裏も知り尽くしていると言っていい。ゆえにマークが嘘をついている事はすぐ
分かった。だが、あの時はマークの態度に必要以上に頭に来ていたために彼と
話す気が起きなかった。しかし今になるとなんでマークが、そんな見え見えの
嘘をつこうとしたのかやたらと気になってきて、ジェシカはその事をマークに
問い詰めるために電話をかけようとしたのだがその時は母親が長電話中で電話
する事ができず、やっとつながってもマークの父親が、彼が不在である事を
ジェシカに告げた。
「まあ、いっか・・・明日また電話しよ・・・」
自室で一人そう言うと、ジェシカは今日はそれ以上、マークの事は考えない事にした。
そして翌日、ジェシカが目覚めたのは昼近くであった。
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一方、ほぼ同時刻、同じく出発を明日に控え、エヴィンは自室で準備を整えて
いたが、母クリスに呼ばれ階段を降り、一階の居間やって来る。と、そこには
彼の大量の写真が収められたアルバムの数々を眺める父の姿があった。
「おお、来たかエヴィン。」
「父さん・・・」
「今、アルバムを見ていたのよ。あなたが、生まれた時からのね。覚えてる？
この写真の時の事・・・エヴィンが３歳の時だったかしら？初めて遊園地に
行って・・・着ぐるみに驚いて大泣きしてたわよね。あと、こっちの写真は
小学校の入学式の時、この後あなたが泣き出して収集がつかなくなった、って
先生から連絡があって・・・エヴィン、子供の頃はよく泣いてたものね・・・」
「・・・そんな泣いた事ばかり鮮明に覚えてなくっても・・・」
クリスの言う事に対し、エヴィンは照れ臭そうに頭を掻きながら言った。だが
その直後に、隣にいる父ジョゼフの「バカを言え」という言葉が、エヴィンの
耳に飛び込んできた。
「そんな事『ばかり』とは何だ『ばかり』とは・・・そんなわけないだろう・・・お前
自身が名誉と感じる事も、不名誉と感じる事も、お前がやってきた全てが、
父さんと母さんにとって大切な思い出なんだぞ・・・」
「父さん・・・ごめん・・・」
「いや、何もお前を責めているワケじゃあないんだ。さあ、入り口で突っ立って
ないで、こっちに来たらどうだ。」
「う、うん・・・」
言いながらエヴィンは父の隣に歩み寄る。と、そこでエヴィンは、ジョゼフの
右手の甲に、大きなバンドエイドがしてある事に気付いた。
「あれ？父さん・・・どうしたの？そのケガ・・・」
「ん？これか？こいつはだな・・・」
「お父さん、お爺ちゃんと喧嘩になったのよ。あなたが出かけてる時に。」
「こっ、こらクリス！！」
父子の会話に、そう言って間から割り込んだクリスに対しジョゼフは慌てて
それを止めようとする。だが、クリスは構わず自分の言葉を続けた。
「実はさっき、お父さんもあなた達の旅について行くって、お爺ちゃんに
直談判したのよ。子供を守るのは親の役目だから、って・・・それをパパ
ったら変な言い方でそれを断る物だから、売り言葉に買い言葉が発展して
掴み合いの喧嘩になっちゃって・・・まあ、どっちが勝ったかは、言わなく
ても分かると思うけど。パパも、全然手加減してなかったし。」
「そんな事があったんだ・・・」
「ただね、これは後からママが電話で教えてくれたんだけど、家に戻ってから
パパ、お父さんの事すごく誉めてたんだって。」
「・・・・・・！」
クリスの言葉に、ジョゼフは目を見開いた。アレンがジョゼフを誉めるなどと
いう事は、極めて稀であると言っていい。いや、むしろ正面切って誉めた事など
２０年近い結婚生活でも皆無だったかもしれない。別に、不仲と言う程仲が悪い
ワケでもないのだが、積極的にどこかに一緒に出かけたり、また食事をするような
間柄でもない、そんな関係である。そして、そんな二人の間柄を改めて説明し直す
かのように、クリスは自分の言葉を続けた。
「エヴィンも知ってるでしょ？パパが私達の結婚式の時に大泣きしたって。
そういう人だから、パパがあの人の事を誉めるって、私の記憶じゃ殆ど
無いのよ。でも、私達が家に帰ってからママに、初めて自分の義理の息子の
事を、 胸を張って誇れる気がするって言ってたらしいのよ。もっとも、
パパは口を滑らせたと思ってるみたいだけどね。」
言い終えるとクリスはクスクスと笑い、ジョゼフは少し照れたような顔を
しながらポリポリと顔を掻く。それからしばらく、一家三人、水入らずの
時が過ぎ、そして時計の針が午前零時をまわった所で、三人は眠りについた。
そして翌日・・・
夜がようやく白みかけてきた時、ウェンフィールド財団の人間が運転する
ワンボックス車が、エヴィンの家の前に到着した。車の中には既にマークに
リィズにアレン、それに見送りのためにやって来たリビアが乗っている。
当初はリビアも一緒に行こうかという考えも無くはなかったのだが、結局同行
するよりもギゾ達の邸宅にいた方が安全という結果に落ち着いたのであった。
「それじゃあ父さん・・・母さん・・・言ってくるね・・・」
「ああ、くれぐれも、身体に気をつけてな・・・無事に、帰って来いよ、エヴィン・・・」
「うん・・・」
「あんまり、他の人に迷惑かけちゃダメよ。それと、何かあったらすぐに
連絡をちょうだいね・・・」
「うん・・・」
両親の言葉に一回一回頷くと、エヴィンは二人と固い握手をかわす。そして
車に乗り込もうとしたところで、エヴィンは遠くから自分を呼ぶ声がするのが
はっきりと聞こえた。
「エヴィ〜〜〜ン！！ちょっと待った待ったぁっ！！！」
「え・・・？」
聞き覚えのある声に、エヴィンはビクとしながら声の方を振り返る。そして
その声は足音とともに大きくなって行き、間もなくその声と足音の主は、
エヴィンの家のすぐ脇の角を曲がると、息を切らしながらその足を止めた。
「よかったぁ、間に合って・・・」
「え・・・エリーちゃん・・・」
自分の前に突如現れた少女の姿に、エヴィンは言葉を失った。
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