「とりあえず、元気そうで何よりじゃないエヴィン。」
「え？あ、うん・・・」
「まあ、おかげで、こっちはエラい苦労しょいこまされたワケだし、元気そうに
してくれてなくちゃ割に合わないんだけどね。」
「え、エラい苦労って、それじゃあ、やっぱりエリーちゃんが、僕の事を
『トライデント』から・・・？」
エヴィンの言葉に、エリーはコクリと頷いた。
「まあね。でも、その後が大変だったんだから！『トライデント』の本拠地で
兵士連中と大乱闘になるわ、敵の親玉には捕まりかけるわ・・・それで実家に
戻る事もできなくなって、野宿したりしながらやっと、ここに来る事ができた
ってワケよ。エヴィンの家、ティリアにあるって事しか知らなかったから、
苦労したわ。」
「やっぱり、そうだったんだ・・・エリーちゃん・・・とにかく無事で、無事で
良かった・・・本当に、ありがとう・・・」
エリーの言葉に、エヴィンは何度も頭を下げた。しかも、その礼を言う言葉も、
次第に涙声になっていく。そんな二人の様子を見て、先に車に乗っていた
仲間達も、続々と車の中から降りてくる。そしてその中で真っ先にエリーに
声をかけたのはリビアだった。
「エリーちゃん！無事だったのね！！」
「・・・リビアさん・・・」
自分を呼ぶリビアの声に、エリーはピク、と反応しながら彼女の方を向いた。
若干、怖い物を見るような眼差しが、その瞳に無いとは言えない。しかし、
当のリビアは、そんなエリーの態度に気付くよしもなく、エリーに向かって
微笑みかけた。
「よかったわ、私も、エヴィン君から話を聞いて、エリーちゃんの事心配
してたから・・・」
「・・・ありがと・・・」
リビアの言葉に、うつむきながらエリーは答えた。だが、エリーがそんな
素っ気ない態度をとっても、リビアにはその理由がよく分からず、困惑する
ばかりである。だが、そんな中でただ一人、エリーの態度の事情を理解し、
かつ１００％他人の立場でいられるマークだけが、二人から離れた距離で
笑いを噛み殺しながら二人のそんな様子を眺めていた。
と、そんな二人の間に割って入る人間がいた。リィズである。リィズは、
リビアの事を左腕で制し、エリーの真正面に来ると、無言でエリーの事を
見下ろした。
「何・・・？エヴィン、誰、このオバサン・・・」
「お、オバサ・・・」
エリーの言葉に、リィズは一瞬顔をひきつらせるが、すぐに子供の言う事と
割り切って表情を元に戻すと、エリーに自分の名を名乗った。
「はじめまして・・・私はリィズ・ファラシュ。ウェンフィールド財団の人間で、
今回の旅のサポート役を務めさせてもらっているわ。そして、あなたの
事を調べるのが、今の私の役目なの・・・」
「へぇ・・・！？」
言いながらエリーは、リィズの中にあるかすかな気配の変化を感じ取り、
動物的とも言える反応で後方に飛び退いた。しかし、その瞬間に彼女の
右腕はその感覚を無くしている。だがその事に驚く間も無く、リィズの
第二、第三の針がエリーの残る四肢の神経節を貫いた。
「これで、動かれる心配は無いと・・・」
「リィズさん！なんて事をするんですか！！それに、今のは一体・・・」
リィズの突然の行動に、何が何だか分からないまま、反射的に彼女の肩を
掴みエヴィンは言った。だがリィズは、そんな風に動揺しているエヴィンと
対照的な、静かで抑揚の無い口調でエヴィンに対し説明をはじめた。
「疑わしきは捕らえる、これからの旅路は、それが鉄則だという事よ。」
「え・・・？それって、どういう意味ですか・・・？」
「考えてもみなさい。たしかに、彼女はあなたの友人だったかもしれない、
けれど、今も友人であるという保証がどこにあるの？」
「え・・・？それって、エリーちゃんが敵かも、って事ですか？そんな事、
いくらリィズさんでも言っていい事と悪い事が・・・」
「エヴィン君・・・」
エヴィンがそう言いかけると、リィズは静かにそう言ってエヴィンの肩を
掴んだ。そして、ただ肩を軽く掴んでいるのにすぎないハズのリィズに、
まるで全身を束縛されたかのような窮屈さを感じる。こうして、エヴィンの
動きを制したところで、リィズは再び自分の言葉を続けた。
「あなたのその優しさは、平時なら長所かもしれないわ。でも、その事で
判断力を失うようじゃ、これから先の旅は非常に苦しい物になるわね。
この エリーって子が偽者なんじゃないかとか、敵に洗脳されてるかも
とか、そういう事を少しでも考えた？たとえば、なんで敵に追われてる
最中にこの子から財団への連絡が一度も無かったのか、とか・・・」
「・・・・・・・・・・」
「分かったら、私の邪魔はしないでね。」
言い終わるとリィズは振り返り、身動きのとれないエリーの元へと歩み
寄ろうとする。それを見たエヴィンは、リィズよりも先にエリーの所へ
行き、針を抜こうとするのだが、直後に彼の四肢にも激痛が走った。
「邪魔をしないで、って言ったでしょ？私にしてみたって、あなたを傷
つけて楽しい事は何も無いんだから・・・」
「リィズさん・・・」
自分の行動を、全て見抜いていたリィズに対し寂しそうな声でエヴィンは
言った。だが直後にエヴィンは再び、今度は強く、ハッキリとした声で
リィズの名を呼んだ。「リィズさんっ！！」と・・・
「リィズさん、分かってないよ・・・さっきの体術や、この程度の針じゃ、
僕の手足を縛る事はできても、僕の翼までも縛る事はできない！」
「！？エヴィン君・・・あなた・・・」
エヴィンの言葉に振り返り、そして彼の姿を見た時、リィズは目を見開いた。
リィズがエヴィンに彼女の体術を披露するのが初めてであったのと同じように
エヴィンがリィズの前で「闇の翼」を使うのも初めてだったのである。そして
翼がエヴィンの全身を覆うオーラのような物に変わると、エヴィンの体に刺さ
っている針は全て、ポロポロと抜け落ちた。
「お願いです、リィズさん・・・僕、エリーちゃんを信じたいんです・・・
たしかに、リィズさんの言う事は正論なんでしょうけど・・・」
「エヴィン君・・・」
エヴィンの真剣な眼差しを見て、リィズは少しだけ寂しそうな顔をする。
だがその直後、リィズはエヴィンに対し両手を構え戦闘の態勢に入る。
そしてリィズの右脚が地面を踏みつけると、強烈な圧迫感がエヴィンを
襲った。
「！！」
その強烈なまでの闘気を受け、エヴィンの顔つきもかわる。そして彼女が
自分の「闇の力」を全開にしないと太刀打ちできない相手である事を悟ると
エヴィンも一気に自分の体内の力を爆発させた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そして構えを取ったまま、二人は動かない。一撃を狙うリィズと、それを
防ぐ事を目的としたエヴィン、そんな二人の間を重い沈黙が支配する。
だが、そんな一触即発の空気の中で、リィズはエヴィンより先に闘気を
収め、両手の構えを解いた。
「やっぱり、やめましょう。」
「リィズさん・・・」
リィズの行動を見て、エヴィンの顔がパァッと明るくなる。だが、そんな
エヴィンの事を、リィズは厳しい眼差しで見つめた。
「勘違いしない事ね、私があなたとの戦闘を回避する事にしたのは、敵の
本来の目的が私達の戦闘データの収集である可能性を考慮しての事だから・・・」
「・・・・・・！」
「本来なら、この子の身柄はウェンフィールドで拘束するのが一番である
という考えは今でも変わらないわ。ただ、この場は私が退くわ。ここで
味方同士いがみ合っていてもラチがあかないものね。」
「・・・はい・・・」
「それと、エリーって言ったかしら？あなたが私にとって、今でも限りなく
黒に近い灰色の存在である事は、忘れないでね。」
依然として身動きの取れないエリーに対し、冷たい表情でリィズは言う。
エリーは、そんなリィズの事を睨み付けるのだが、リィズはそんな事を
気にする風もなく、再び車の中に乗り込んだ。
「大丈夫？エリーちゃん・・・」
リィズが車に乗り込んだ後、エリーの体に刺さった針を抜きながら
エヴィンは言った。だが、当然ながらエリーの機嫌はまだ全く治って
おらず、エヴィンに対してもグチを連発した。
「まったく・・・何なのよあのオバサン！初対面の相手に対して・・・」
「・・・ごめん・・・でも、悪い人じゃないんだ。ちょっと、厳しい所が
ある人だけど・・・」
「・・・・・・」
エヴィンの弁明に、エリーは無言で頷く。それからエリーは、唐突に
自分の右腕をエヴィンの左肘に滑り込ませた。
「え、エリーちゃん・・・？」
突然、自分に体を密着させてきたエリーの意図が読めず、顔を赤面させ
慌てふためいた様子でエヴィンは言う。だが、そんなエヴィンに対し、
エリーはニコ、と微笑んだ。
「ありがと！エヴィン！！」
「え？あ、う、うん・・・」
エリーに対し、多分に緊張した顔と声でエヴィンは言う。そしてエリーは、
そんなエヴィンの表情を楽しむかのような笑顔を、エヴィンに向けていた。
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