元からリビアは、エリーの事が嫌いではない。会って直接話をした時間は
極めて短かったが、その短い会話の中でもリビアはエリーの持つ、素直さや
飾らなさというのは感じていたし、だからエヴィンの話を聞いてリビアも
エリーの安否は心から心配していたし、無事が分かった時は素直に嬉しかった。
だが、今のリビアが持っている感情はそれだけではなかった。
リィズの言葉の影響で、今はリビアもエリーに対し一抹の猜疑心を抱いて
いるし、それは打ち払おうと思ってもなかなか打ち払える物ではない。
だが、それ以上に今のリビアの心を侵している物があった。
嫉妬・・・
本来、それはリビアが持つ筈の無い感情だった。少なくとも、エヴィン絡みでは。
一週間前、エヴィンに告白された時にはドキドキもしたし、以来二人の関係は前
よりかは親密になったとは言えども、それとてハタから見る所の「恋愛関係」
とは程遠く、むしろ「仲間意識」の方が強かった。しかし今の自分は、エリーが
まとわりついているのを見て、明らかに不機嫌になっている。リビアは、そんな
自分に戸惑いを感じながらもユラリと体を動かした。
「やべぇな・・・こりゃマジ修羅場か？」
さっきまでのニヤケ顔から、若干表情を強ばらせてマークが言った。彼にしても
リビアの行動は予想外である。強いて理由付けをするのであれば、今まで何の
かんのでエヴィンの、自分一筋な所しか見ていなかったリビアが、ここに来て
急にそれ以外の事を見せつけられ、心の中の安心感が崩されたからとか、そんな
事が言えるのだが、今はそんな事よりも目の前の事態である。軽い修羅場ならば
外野でポップコーンを片手に傍観を決め込む事もできるが、本格的な修羅場に
なればそうも言ってられない。だが、そんなマークが助太刀に入るよりも早く、
リビアはエヴィンに話しかけていた。
「エヴィン君。」
「先輩・・・」
リビアの表情に、エヴィンはたじろいだ。たじろいだまま、エヴィンはリビアの
方をむき直す。そしてエリーも、そんなエヴィンにつられる形でリビアの方に
その体をむき直させた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
以来数分、三人ともそのままの姿勢で身を動かす事ができない。誰も心の整理が
ついておらず、誰も何を言えばいいのか分からなかった。そしてその膠着状態を
破ったのは、その三人の誰でもなく、後ろからやってきたアレンだった。
「なぁ〜にを睨めっこしておるんじゃ！もう出発予定の時間はオーバーしてると
いうのに・・・」
「お爺ちゃん・・・」
「お爺・・・じゃあ、この人がアレン・ハランツだったの！？」
この老人がアレンであるという事を初めて知り、驚きとともにエリーは言った。
そして、そんなエリーに対しアレンはニコと笑い首を縦に振る。
「ああ、ワシが、エヴィンの祖父、アレン・ハランツじゃ。あんたには、うちの
バカ孫が色々と世話になったようじゃの。」
「え？あ、はい・・・」
優しく語りかけるアレンの言葉に、エリーは照れと緊張が入り混じった声で答える。
アレンはその答えに対しても微笑みと共に頷くと、首だけ後ろに振り向かせ、再び
リィズを呼び寄せた。
「何か・・・？」
突然呼ばれた事を少し訝りながらリィズは言う。アレンは、そんなリィズに対し
再び、なぜ彼女がエリーを疑わしく思ったのかを尋ねた。
「・・・前述の通り、この子は目下『トライデント』の最上級幹部と目される
ディルナ・ロックフィールドの一人娘です。テオさんの判断から、彼女が
当初からトライデントのプロジェクトに関わっていたという可能性は薄く
思われますが、現在もそうであると言い切る事はできません。また、
彼女は自分が単身トライデントの本部に乗り込み、エヴィン君を救出
したと主張していますが、その際助命と引き替えにスパイとしての役を
強要されたという線も・・・」
「ちょっと！さっきから好き勝手言わないでよ！！このオバサン！！！」
「・・・・・・」
リィズの言葉に心から腹を立てたエリーは、再びリィズをオバサン呼ばわりする。
そしてそんなエリーを、エヴィンが止めに入った。
「だからやめなよエリーちゃん！リィズさんまだ２６なんだから！！」
「にじゅうろくぅ？私と一回り離れてるんじゃない！じゅ〜ぶんオバサンよ！」
エヴィンに取り押さえられながらも、そう言ってエリーは口汚くリィズを
罵る。そしてそんなエリーの言動を見て、アレンは大声で笑い出した。
「ハッハッハ！そうかそうか、この子にかかったらリィズもおばさんか・・・
そうかそうか・・・」
「・・・お爺ちゃん・・・」
アレンの態度を見て、エヴィンは唖然とする。やがてアレンは笑い終えると
リィズの方へ一歩足を運び、一つの提案を持ちかけた。
「どうじゃリィズさん、この子をワシの所に預けさせてはくれんかの？」
「え・・・？」
「正直、ワシもお前さんの予感はもっともじゃと思う。だが、もしこの子が
純然たる味方であったら、これほど貴重な情報源はあるまい？」
「・・・それは、たしかにそうですが・・・しかし、そうなるとエヴィン君の、
トライデントの言う所の『闇の神子』の行動が筒抜けになる危険が・・・」
リィズはそう言いかけるのだが、そこでアレンはニヤリと笑った。
「ワシは、この子をワシに預けさせてくれと言ったんじゃぞ？何もお前さんに
面倒を見てくれとは言っておらん。」
「？それって・・・！まさか・・・？」
「ああ、当初の予定を変更し、ここからは二手に分けて行動しようと思ってな。
５人で動いたら目立つと思うしの。ワシは、このエリーという子と行動する。
リィズさん、あんたはエヴィンと行動してくれ。」
「・・・・・・・・・」
アレンの提案に、リィズは一瞬呆気にとられた。しかし、よくよく考えると、
これは確かに最上の策かもしれない。そう考えるとリィズはすぐに首を縦に
振った。
「了解しました・・・私に、任せてください・・・」
「ああ、お前さんなら間違いは無いじゃろう。よろしく頼むぞ。」
リィズの言葉に、アレンは満足そうに頷いた。エリーは、自分の処遇が勝手に
決められた事に対し不満をあらわにしかけるが、アレンの「イヤならギゾに
頼んで牢屋にでも入ってもらうが？」と言われると返す言葉が無い。そして
話が散開行動に移るという風に流れて来るのを見ると、マークも腰を上げて
話の輪の中に入ってきた。
「なあ爺さん、それじゃオレは、どっちのチームに入ればいいんだ？」
「ん？おお、そうじゃったの。目下２対２でお前さんが入った方が三人で・・・」
マークの言葉を受け、アレンはそう言いながら考え始める。だが、そんな
アレンに対し後ろからリビアが声をかけた。
「あの・・・アレンさん・・・」
「ん？」
「よろしかったら、私もご一緒していいですか・・・？」
「！？」
リビアのあまりに唐突な言葉に、他の一行の目が点になる。だが、そんな
面々に対し、リビアは淡々と自分の言葉を続けた。
「私、あれからも色々考えていたんです。本当に、これでいいのかな、って・・・
ギゾさんの家にいても、二度も襲われて、その時もリィズさんやエヴィン君が
いなかったら危ない所だった・・・あ、別にギゾさんの家が悪いって言う気は
ないんですけど・・・」
自分の口から出かけた言葉を、リビアはそう言って慌てて訂正する。そして
一呼吸おくと、リビアは再び語りだした。
「・・・けれど、こういうの、あまり好きではないんですけれど、リィズさんの
指導で少しは自分の身を護れるようにはなってきた・・・それを、ここで中断
してしまうのも怖くって・・・」
「・・・・・・」
リビアの言葉に、アレンとリィズはともに無言で考え込んだ。そして再び沈黙の
時間があたりを支配するが、やがてリィズはポン、と手を叩いた。
「まあ、私は構わないけど。」
「ホントですか？リィズさんっ！」
リィズの言葉に、リビアの顔がパァッと明るくなる。だがリィズは、そんな
リビアの表情を戒めるかのような顔をリビアに見せた。
「ただし、今回は私のできる事にも限界があるわ。なるべく短い時間で、効率
良く教えるつもりだけど、トレーニングは今までよりも厳しくなるからその
つもりでいるように。それと・・・エヴィン君。」
「はいっ！」
「あなたも、そこで他人のような顔をしてないように。さっきも言ったけど、
私の力にも限界がある以上、あなたの役割も大きくなるわ。しかもあなたは
他の誰よりも『自分を護る』事へのウェイトが大きい・・・この決定で、一番
負担が増えるのはたぶんあなただけど、それでも構わない？」
「・・・はいっ！自分も、決めてる事ですから・・・これ以上、自分の心を傷
つかせるような事はしないし、させないって・・・」
「そう・・・それじゃあ、改めてよろしくね。エヴィン君。」
エヴィンの力強い言葉に、リィズはにっこりと微笑んだ。
だが、そんな彼のそばで、マークは一人ふてくされていた。
「ったく・・・なんでエヴィンは今好きな人＆初恋の人と一緒で、オレは爺さん＆
男勝りのじゃじゃ馬女と組まなきゃならねぇんだよ・・・差別だぞ差別！」
「・・・なによぉ・・・じゃじゃ馬って誰の事よ！私にＫＯされたクセに！！」
「そこでそういう話が出てくるのがじゃじゃ馬だってんだよ！第一あれは騙し討ち
以外の何物でもねぇだろうが！正攻法ならオレの圧勝だったんだぞ！」
「ったくそっちこそ男らしくないわねぇ！なんならここで決着つける？」
「えぇ〜い、やめんか二人とも！・・・まったく、先が思いやられるわい。」
初っ端から先行き不安な旅立ちに、アレンは思い切り頭を抱えたくなった。だが
気を取り直し、自分の車を取りにエリーとマークを率いて一時自宅へ引き上げる。
そして一方のエヴィンとリィズ、それにリビアの三人は予定通りワンボックス車に
乗り込み、運転手にエンジンをかけさせると、車は静かに動き出した。そして、
車の中でリビアは一人、誰にも聞こえない声で静かに呟いた。
「嘘つき」と・・・
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