移動を開始してから既に小一時間、エヴィン達三人の乗った車の中は、重い
沈黙の空気に包まれていた。元から口数の多くないリィズに、突発的に旅の
同行を申し出たリビア、そして思わぬ形で今想いを寄せている人間と初恋の
人との三人での旅が決まり緊張のため助手席で縮こまっているエヴィン・・・
そんな彼らの間に豊かな会話を期待する方が無茶という物であろう。そして
大した会話もないまま車は高速道路へ入り、走ること数十分、朝食と休憩の
ために車がパーキングエリアへと立ち寄ったところで、エヴィンはリィズに
話しかけた。
「あの・・・リィズさん。」
「なに？」
「僕達、結局どこに行くんですか？まだ、何も知らされてないんですけど・・・」
エヴィンの質問に、リビアも「そう言えば」という顔をする。リィズはそんな
二人を前に手にしたティーカップの紅茶を一口飲むと口を開いた。
「二人とも、アーパスって知ってる？」
「アーパス・・・？」
「『雪と緑のアーパス』ですか？ウィンタースポーツで有名な・・・」
リビアの回答に、リィズは小さく頷く。そして二人に、そのアーパスが目下の
目的地である事を告げた。
「もっとも、アーパスその物に用があるワケじゃあないけどね。訪問の目的は、
あくまでそこに住んでいる人に会う事なの。」
「住んでる人？誰です、それ？」
「ガズニ・プライム元准将、初代総督ティーズ・ド・フランの右腕的な人物で
かつ、五十年前のダークファルスとの対決における最大の功労者の一人・・・
二十年以上前に高齢を理由に職を辞してからは、サンドラ夫人と一緒に
アーパスに隠居しているの。」
「・・・ガズニさん・・・」
リィズの口から出たその名を、エヴィンは小さな声でつぶやいた。
「エヴィン君、ガズニさんと会った事は？」
「いえ・・・お爺ちゃんの昔話くらいでしか・・・でも、それも沢山は話して
もらってないですし・・・あの、どんな人なんですか？」
「さあ・・・私も、直接お会いした事はないから、会長（ギゾ）の話でしか聞いた
事はないけれど・・・剛直さと包容力を兼ね備えた人だと言っていたわ。」
「へぇ・・・」
リィズの言葉に、エヴィンとリビアはコクコクと頷いた。もっとも、それ以上に
どんな反応もしようが無かったのだが。そして車は再び北へと走り出した。
数時間後、高速道路を降りてさらに数十分走り続けると、窓から見渡す風景は
目に見えて変わってきた。彼方には頂が夏なお白い巨大な山が見え、近くを
見れば広大な草原が目につく。さらにしばらくすると、先の草原にも匹敵する
広さの一面紫色の花畑が一行の目に飛び込んできた。
「うわぁ・・・綺麗・・・」
予想もしなかった風景に、まずリビアが感嘆の声をあげる。そしてエヴィンも
すぐにその景色に魅了された。
「これが、アーパスのラベンダー・・・」
「すごい・・・リィズさん、ちょっと降りてみてもいいですか？」
広大なラベンダー畑を前に、エヴィンはリィズに尋ねる。だがリィズは、今は
ガズニに会う事が先で、ラベンダー見物はその後でも十分間に合うからと言い
それを許可しなかった。
「どうせなら、用が済む前にせかせかと見るよりも用事が済んでゆっくり
見た方がいいでしょ？少なくとも、私はそうしたいんだけど。」
「え？リィズさんは、って・・・リィズさんも花とか好きなんですか？」
「ええ、何かおかしい？」
「い、いえ！べ別にそういう意味じゃあ・・・」
リィズの反応に、エヴィンは慌ててフォローをした。
そして間もなく車は山中へと入り、中腹に差し掛かったところで車を
止めて徒歩に入る。そして歩く事約三十分、小さな集落の中心部に
ある、一軒の清洒な家の前で、リィズは足を止めた。
「ここが、ガズニ元准将の家よ。」
「ここが・・・」
リィズに紹介されると、エヴィンは眼前の家をじっと見た。木造白塗りの
その家は、決して華美な装飾は使われていない。しかし手入れは十分に
行き届いており、表庭や玄関の小物なども質素ながら品良くまとめられて
いるため、貧相な感じは全くしない。そんな家のチャイムを一回鳴らすと
すぐにドアは開き、中から一人の大柄な老人が顔を出した。老人の髪は
既に真っ白で、一部薄くなっている。また手には杖を持っているが、背骨は
曲がっていない。そして老眼鏡をかけたその顔には、深い皺が何本も刻み
込まれているその老人は、エヴィン達を見るとニコ、と微笑んだ。
「これはこれは・・・待っておったよ。さ、お上がりなさい。」
「あの・・・ガズニさんですか？」
「ああ、そうじゃよ・・・ところで、そう言うお前さんは？」
「あ、すみません・・・あの、エヴィン・ハランツって言います。祖父が、
色々とお世話になってみたいで・・・」
「なに、お互い様じゃよ、お互い様。しかし、アレンの孫がワシの事を
尋ねて来るとはのぉ・・・時の流れを感じるわい・・・ところで、そちらの
お嬢さんは？」
ガズニの話が、急に自分に振られたリビアは、一瞬言葉に窮する。だが
すぐに気を取り直すと、自分の姓名、そしてエヴィンの学校の部活の
先輩である事を手短にガズニに告げた。
「そうかそうか・・・ところで部活とおっしゃったが、一体何の？」
「吹奏楽です。フルートをやっていまして・・・」
「ほぅ・・・おお、そう言えばギゾも笛をよく吹いていたのぉ・・・なんか、
何もかもが懐かしく思える・・・」
昔を懐かしむ、少し遠い目をしてガズニは言った。それから彼は、三人を
家の中へと案内すると、そこで夫人に入れ立てのお茶と、手作りと思しき
スコーンを勧められる。そしてその間一時席を外していたガズニは、戻って
来るとエヴィンとリビアの前に小さな紙袋を一つずつ差し出した。
「これは？」
ガズニが自分達に何を渡したのか、即座には理解できず二人は袋を
開ける。と、中には１００メセタ紙幣が数枚入っていた。
「え？ガズニさん、これって・・・」
「いいから取っておきなさい。ワシらも孫が独立して随分経っての。
ひ孫の顔もそう見れる物ではないし・・・」
そう言うガズニに、二人はお金を返そうとするのだが、ガズニは全く
受け取ろうとしない。やがて二人は丁寧に礼を言い、のし袋を洋服の
ポケットにしまうと、ようやくリィズは話の本題を切り出す事ができた。
「ガズニさん、本日お伺いさせていただきましたのは他でもありません。
五十年前の戦いでお使いになられて最強の銃ネイショット・・・あれを、
ウェンフィールド財団に一時お預けいただけないでしょうか？」
そう言ってリィズは頭を下げてガズニにお願いをする。だが、ガズニは
少し困った表情をし、そして首をゆっくりと横に振った。
「ネイショットか・・・すまんのぉ、貸し出したいのは山々なんじゃが
生憎それはもう、ここには無いんじゃよ。」
「！？」
ガズニの言葉に、リィズはサッと顔色を変える。そして慌てた口調で
彼にネイショットの現在の在りかを尋ねるのだが、それに対する彼の
回答はリィズを更に愕然とさせるのに十分だった。
「実は昨日、『トライデント』のエレナと名乗るお嬢さんが、全く同じ
用件でワシの所に来られての・・・」
「！？エレナが！？」
ガズニからその名を聞いた瞬間、リィズの瞳はカッと見開かれる。そして
昨日一体何が起きたのか、テーブルの上にに両手を置き、身を乗り出して
問うリィズに、ガズニはゆっくりと昨日の出来事を話し出した。
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「元総督直轄軍第一部隊長、ガズニ・プライムの家はここでいいのかしら？」
「はい・・・あの、どちら様でしょうか？」
突然の見知らぬ人物の来訪に、出迎えたガズニの妻サンドラは不思議な物を
見るかのような表情で尋ねた。水色の髪の、少し痩せた女性と、初夏なのに
黒いコートに身を包み、フードで素顔さえもよく見えない、男性と思しき人間
という二人組の来訪・・・サンドラは、改めて二人に用件を尋ねようとしたが、
水色の髪の女性はサンドラにそのような質問をする事を許さず、ガズニを
呼べと再度言う。だがサンドラが呼ぶまでもなく、ガズニは奥からやって来た。
「ワシが、ガズニじゃが・・・あんた方は？」
ガズニが言うと、女性は鼻でため息をする。そして『本当はあんたなんかに
名乗りたくはないんだけど』という雰囲気を満面に満たした、傲慢な顔と
口調で自分の姓名と目的をガズニに告げた。
「私の名前はエレナ・バーンハイト。『トライデント』実現の大義に生きる
四傑が一人・・・ガズニ・プライム、あなたの持つネイショットを、私の
手に取り返すために来た・・・」
「？ネイショットを？ワシから取り返す？ふむ・・・”取り返す”とは解せない
物言いじゃのう・・・もっと詳しく、説明してもらえんかの。」
「説明？これ以上言う価値があなたにあるとでも・・・」
「説明して、もらえんかの？」
そう言って一度は発言を拒否しかけたエレナだったが、ガズニの言葉の裏に
ある、異様なまでの威圧感に彼女は一瞬で気圧された。これが、軍人として
数十年を戦い抜いてきた者の持つプレッシャーなのかと思うと、エレナの頬に
一筋の冷たい汗が走る。だが、かと言って引き下がる事のできるエレナでは
なく、首を後ろに向かせ背後にいた大柄の男に目くばせをすると、男はスッと
前に出て、右の拳をガズニの額に突きつける。しかし、その拳は普通の人の物
とは明らかに違っていた。
「これは鋼鉄の腕・・・まさか、機械兵？」
驚きの表情を浮かべそう言うガズニに対し、エレナは満足そうな笑みを浮かべた。
「ええ、しかもそこらのガラクタとは格が違うわ・・・私は、長年ロストテクノロジーの
研究を続けてきた・・・そしてついに、二千年以上前に製造され、千年以上前に
活動を停止していた最強の戦闘用アンドロイドを現代に復活させる事に成功した
・・・それが彼・・・私達の、トライデントの第二の刃・・・」
「そうか・・・」
エレナの言葉に、ガズニは静かに頷いた。
「これで、お分かりになったかしら？私がネイショットを、あなたから「取り返す」と
言ったワケが。短い余生をさらに短くしたくなかったら、言う通りにする事ね。」
「そうじゃのう・・・しかし残念じゃのぅ・・・」
「・・・？」
「いやお嬢さん、あなたが世に出るのが五十年早ければ、と思っての。そうすれば
あの人の孤独も、もう少しは癒されたのではと思ってな・・・」
「・・・？？？」
「だが、孤独を語るのならばお嬢さん、貴女もとても哀しそうな瞳をしている・・・
何があったのかは、ワシには分からんが・・・」
「・・・・・・」
ガズニの言葉の意味を、エレナは正確に掴む事はできない。しかし、それでいて
時折、人の心の琴線に触れるような事を言ってくる。そんなガズニの言葉に彼女の
フラストレーションは急速に高まり、ついにはガズニに怒鳴り散らした。「命が惜し
ければ、ネイショットを渡せ」と・・・だが、ガズニは静かに首を横に振った。
「・・・ワシはもう、十分に生きたと思うておる。ティーズ殿が亡くなってもう随分
日が経つし、一世代どころか二世代くらい新しい力も、着々と成長してきておる・・・
功成り、名を上げ、心の平安も得た・・・」
「・・・そう・・・それなら、覚悟はできているようね・・・」
ガズニの言葉を聞くと、エレナはそう言って「第二の刃」にガズニを襲わせようと
する。だが、そこで再び、彼女はガズニの射抜くような視線にさらされ、攻撃を
命じる事ができなくなった。そして、そんなエレナに、ガズニは自分の言葉を続けた。
「しかしお嬢さん・・・あなたの心はまだ平安を見ていない・・・あなたの心に、
戸惑いと苦しむが浮かんでいるのがワシには見える・・・」
「な・・・・・・」
「じゃが、心配はいらんよ。あなたの心の闇は、もうすぐ晴らされる。そこにいる
アンドロイドの人と、ネイショットがあなたの心の闇を照らし出して・・・・・・
さて、少し、そこで待っていてくれんかの？」
言い終わると、ガズニは家の奥へと消えた。そしてエレナ達が待つ事約五分、
巨大なライフルのような形状をした銃を持ち、ガズニは再びやってきた。
「これが、ネイショットじゃ・・・もう長年手入れもしておらんがの。」
「フン・・・これしきの手入れ、私にできないとでも思っているの？」
言いながらエレナは、「第二の刃」にネイショットを奪い取らせる。そして
クルと振り返りガズニ達に背を向けると、無言のまま走り去っていった。
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「・・・そう、ですか・・・そんな事が・・・」
ガズニの言葉を受けて、リィズは口元には安堵の笑みをうっすらと浮かべ
ながらも眉間は焦燥のため少しひきつった、複雑な顔をした。リィズ自身
今でもエレナに対しては様々な負い目や責任を感じている。だが、今の
ガズニの話を聞くと、エレナは殺戮と暴力をを好むような所にまで落ちて
いるようには感じられない。しかし、たとえ今のエレナがどうであろうと、
ネイショットがトライデントの手に渡ってしまった事に対しては、未来への
危惧と恐怖を禁じ得ず、その事を考えると自然と気が重くなる。
そんなリィズの表情を見ると、ガズニは少し、心配そうな顔をした。
「リィズさん・・・あなたも、疲れていらっしゃるようじゃの。何があったのか、
ワシには分からんが・・・」
「・・・・・・」
「人の心とは、弓や弦楽器の弦のような物じゃ、たるませっぱなし
では何の役にも立たんが、張りっぱなしでも使い物にならん。」
「・・・しかし・・・」
ガズニの言葉を受けて、リィズは何かを言いかける。だが、彼女が
次の言葉を言う前にガズニの次の言葉が出てしまい、リィズの次の
言葉は封じ込められてしまった。
「走り続けないと不安でしょうがない、人間誰しもそういう時期は
ある。ワシも、そういう時期はあったからの。しかもあなたは、
ワシの察する所その若さでは過分と言えるほどの荷を、その背に
背負い込んでしまっている・・・」
「だがのリィズさん、人は時には休む事も、甘える事も必要じゃよ。
ワシらの目から見たら、あなたもまだ、限りなく若いんじゃから・・・
・・・ちょっと、説教くさくなってしまったかの？」
言い終わると、ガズニは照れ臭そうに微笑んだ。
そして、しばらくの後三人はガズニの家を去る事にした。だが玄関の
前でガズニは再度エヴィン達を引き留める。そしてリィズに家の近くに
ある大通りを抜けて、３つ目の角を左に曲がって２００メートルほど
行ったところに公園があり、そこからの眺めは、観光ガイドなどには
載っていないもののなかなかの景観だから、帰る前に少し寄ってみたら
どうかと勧めてみた。しかしエレナの事が気がかりなリィズは、先を
急ぐから寄れるかどうか分からないと言うと足早に家を出、それを見た
エヴィンも慌ててリィズを追いかける。そしてリビアも二人を追って
去ろうとするのだが、そんなリビアをガズニが引き留めた。
「あの・・・何か？」
「リビアさん・・・そう言えばあなたとリィズさんはどんな関係だったかの？」
「え？どんな関係って・・・先生とでも言ったらいいのでしょうか？護身術とか、
物の考え方とか、そういう事の・・・」
戸惑いながらリビアがそう言うと、ガズニは何か納得したかのように頷く。
そして自分の右手を、ポン、とリビアの左肩に置いた。
「リビアさん・・・」
「は、はい・・・」
「ワシは、三人とも今日会うのが初めてじゃ・・・だから、こんな事を言うのは
筋違いじゃし、見当違いなのかもしれんが・・・」
「？？？」
「あのリィズさんというお嬢さんは、ワシの目にはひどく焦っている
ように見えてならんのじゃ・・・”生き急いでいる”と言ってもいい
ほどに・・・」
「・・・・・・」
ガズニの言葉に、リビアは何も言い返す事ができなかった。確かに、そう
思えてしまう時も無いわけではないし、特に今はそれを強く感じていた。
そして返答に窮するリビアに対し、ガズニは自分の言葉を続けた。
「そしてなぁ、お嬢さんならそんなリィズさんにブレーキをかけられる
ように思えてならんのじゃ・・・迷惑な見立てかもしれんがの。長い
年月をかけて磨いてきたワシの第六感が、そう言っておるんじゃ・・・」
言いながらガズニの脳裏に、かつてのアリスとミューの事が浮かぶ。だが、
それは二人ともリビアにとっては他人以外の何物でもない事を思い起こすと
ガズニはその言葉を胸の中にしまい込んだ。
そしてリビアもガズニに別れを告げ、二人の事を追いかけるが、幸い二人は
ガズニの家のすぐそばで待っていてくれた。
「それじゃあ、行きましょうか。」
リビアが来たのを見ると、すぐにリィズはそう言って歩き出そうとする。
だがリビアはそんなリィズに、さっきガズニが話していた公園にちょっと
立ち寄らないかと持ちかけた。
「リビアさん・・・」
リビアの提案を受けて、半ば呆れ顔でリィズが言った。
「悪いけど、その時間は無いわ。ネイショットが敵の手に渡った今、一刻の
猶予も私達には無いの。」
「で、でも・・・」
「でも？」
「さっきガズニさんも『たまには休憩も必要』って言っていましたし、現状
報告だけならとりあえずは電話で事足りますし、それに相手がどこにいる
のかも分からないで闇雲に動いても・・・」
「・・・・・・」
リビアの言葉に、リィズは即座に返す言葉が出てこなかった。そしてそんな
リィズの心を後押しするかのように、エヴィンもリビア弁護の言葉を出した。
「先輩の言う通りですよリィズさん。リィズさんがトライデントのエレナって
人と友達だったっていう話は僕も聞きましたけど、リィズさん、そのせいか
何かですごく焦ってるみたいですし・・・」
「・・・（焦ってる？私が・・・？）・・・」
エヴィンにそう言われたリィズは、しばらく無言で今の自分を振り返った。
アレンに一方のリーダーを任された事への責任感や、エレナがネイショットを
手に入れた事への不安感で、確かに今の自分はいつもの自分よりも「焦って
いる」と思われても仕方の無い部分があるかもしれない。リィズはしばらく
考え込むと、やがてエヴィン達の方を向いた。
「そうね・・・それじゃあ、少しだけ見て行きましょうか？あんまり、時間は
取れないけど・・・」
「リィズさん！」
リィズの言葉に、エヴィンとリビアは満面の笑みを浮かべた。
それからガズニの言う場所に三人が到着するのには、それほどの時間を
必要とはしなかった。そこは町の外れ、絶壁に位置した公園で、種々の
草花が芽吹き、芝生の中ではピクニックを楽しむ家族連れや、ベンチで
本を読む老人、そして心地よい太陽の光の下で昼寝を楽しむ人達などで
賑わいを見せている。その風景は、一見ティリアのそれとよく似ていたが、
アーパス自体ティリアほどはまだ開発が進んでいないため、ティリア
よりも自然の景観をいかした造りとなっている。そして、その最たる物が、
公園の端から見渡せる下界一面のラベンダー畑だった。
「うわぁ・・・」
「僕達が車から見たのって、ほんの一部だったんですね・・・」
下界に広がる、一面のラベンダー畑を見て、エヴィンとリビアは感嘆を
隠せず、二人はしばらくその景色に見入った。美しい風景と心地よい
初夏の風に吹かれていると、これから起こりうる全ての事を、一時的に
忘れられるような気がしてくる。そしてそんな風景を前に、エヴィンは
リビアに声をかけた。
「先輩・・・」
「なに？エヴィン君。」
「僕達・・・もしかしたらリィズさんの友達だった人と戦う事に
なるんですよね・・・」
「ええ・・・」
エヴィンの問いかけに、リビアは残念そうに頷いた。
「その時には、私達も頑張らないとね。もっとも、私の場合、自分が
やられちゃわないようにするので精一杯かもしれないけど。」
「そんな事ないですよ！先輩、前に一度僕を助けてくれましたし
今だってリィズさん説得してましたし、すごく、強い人ですよ！」
リビアの言葉に対し、エヴィンはそう言って反論する。だが、女性に
対し『強い』と言うのは、場合によっては誉め言葉にならないのでは
ないかと思い、慌てて前言に対しフォローを入れようとし、だがその
結果さっき言っていた事ともまた矛盾が生じ・・・とリビアの前で見事な
自爆をやらかす事になってしまった。リビアは、そんなエヴィンを見て
しばらくクスクスと笑い、そして口を開いた。
「大丈夫よエヴィン君、私だって、最低限の護身くらいは勉強した
つもりなんだから。ただ、いざという時はお願いね。」
「はいっ！」
笑顔とともにそう語るリビアに対し、やや緊張した面持ちと声で
エヴィンはそう返事をする。と、その時になってようやく二人は
リィズが自分達の近くにいない事に気がついた。
「あれ・・・？リィズさんは？」
「さあ・・・一人でどこかに行ったって事もないとは思いますけど・・・」
言いながら二人は、場を離れてリィズを探しに歩き回った。
そしてそのリィズは、一人公園の木陰にいた。しかし彼女は、他の
二人と違い自然の風景を見ても、そよ風に身を委ねても、安堵感を
得る事はなかなかできなかった。
「エレナ・・・」
リィズは再度、自分の旧友の名をボソと呟いた。そして、間もなく
起きるであろう旧友との決戦を思うと、武者震いにその身を震わせた。
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