「大丈夫ですか！？」
言いながらリビアは運転手にサンフォースをかけた。どうやら、ただ気を
失っているだけで、特に重傷という物でもないらしい。そう気付くと
リビアはまず安堵のため息をもらした。そしてその一方で、エヴィンと
リィズは壊された車の状態を確認していた。
「これって・・・かなり、まずいですよね？」
「ええ。」
エヴィンの問いかけに、リィズは視線を逸らしたまま頷いてみせる。
だが次にエヴィンが、一度町に戻ってレンタカーか何かでも借りよう
かと提案した時には、リィズは首を横に振った。
「エヴィン君、さっき気付かなかった？車、無いのよ・・・アーパスには。」
「え？」
リィズの言葉に、エヴィンは少し首をかしげる。と、リィズは自分の
言葉の意味の詳細を、エヴィンに説明し始めた。
「アーパスは避暑地や高級住宅地であるとともに環境保護のモデル地区
でもあるの。だから石油や排気ガスを使用する製品は厳しく制限を
されている・・・本来は、私達が今いるこの区域も、余程の事が無い
限り車両の進入が許されない所だわ。」
「そう・・・だったんですか・・・」
リィズの言葉にエヴィンと、そして途中から二人の話の輪の中に加わった
リビアは半ば茫然としながら首を上下させる。そしてリィズの言葉は更に
続いた。
「だから、アーパスは流通も複雑になっていて、それゆえに物価も他の
地域の倍近くなっている・・・唯一人力じゃない交通手段と言ったら
この地域限定の電気自動車だけだけど、それも完全に登録制だから
簡単に手に入るかどうか・・・とりあえず、一度引き返すしかなさそうね。」
言い終わるとリィズは、エヴィン達と一緒にこれまで来た道を引き返そうと
する。だが、そんな彼女に木陰から声をかけて来る者があった。
「お困りのようねぇ、車のエンジン、私が直してあげようかしら？」
「！？」
背後からの声に、三人は一斉に振り返る。だが次の瞬間、リィズはその
表情を一気に強ばらせた。
「エレナ・・・」
「久しぶりね、リィズ、一ヶ月くらい前に、あなたのマンションで会って以来に
なるのかしら？」
「ええ・・・」
エレナの言葉に、リィズは静かに頷く。するとエレナは、優越感に満ちた
表情で自分の言葉を続けた。
「しかし大変ねぇ、エンジンブロー程度で立ち往生なんて。」
「・・・そのエンジンブローの張本人に言われたくはないわね。」
「あら、ずいぶん人聞きの悪い・・・ま、何とでも言うといいわ。所詮
今のあなた達は、孤立同然の状態なんだから。」
言い終わるとエレナは、ニヤリとした笑みを口元に浮かべた。
「先輩・・・なんか・・・嫌な感じの人ですね・・・」
リィズの背後２メートルほどの位置で、エヴィンが小声でリビアに言う。
だがリビアは、そんなエヴィンの言葉などまるで耳に入っていないかの
ように、じっとリィズの話し相手にその視線を注いでいた。
「・・・先輩？」
そんなリビアの態度を不審がりながら、エヴィンは再度リビアに声を
かける。するとリビアは、今度もまたエヴィンの言葉に耳を傾けず、
ツカツカとエレナの方へ歩み寄り、そして彼女に声をかけた。
「あなたが・・・エレナ・バーンハイト？」
「ええ、まさかこうやって直接、あなたと話ができるとは思わなかったわ。」
険しい表情で問いかけるリビアに対し、相変わらず余裕に満ちた表情で
エレナは答える。そしてその場にいた四人の中で唯一、全く話の輪の中に
入れず、ただ成り行きを見守っていたエヴィンだったが、リビアがエレナに
対し『それじゃあ・・・私を殺そうとした張本人！』という言葉を発すると、
彼の目もカッ、と見開かれた。
「先輩を殺そうとした、って・・・先輩！この人は一体・・・」
「エヴィン君、気をつけて・・・この人、『トライデント』の人間よ！！」
「！？」
リビアの一言で、エヴィンは瞬時に首をエレナの方へと振り向かせる。
だがエレナは、そんなエヴィンの反応をあざ笑った。
「情報が遅いわねぇ、闇の神子さん。」
「・・・・・・！」
「それじゃあ、改めて自己紹介するわ。私の名前はエレナ・バーンハイト、
あなたの追捕という指令と、私自身のリィズとの決着のためにここまで
来た、トライデント四傑が一人・・・」
「・・・トライデント・・・四傑・・・」
「ここが、あなた達の旅の終着地点だと思う事ね。ま、アーパスの青空の下で
永眠する事ができるんだから、まだ幸せだと思うけど。」
「なにを・・・！」
言いながらエヴィンは戦闘態勢を整え始める。だが、リィズはそんな彼の
行動を即座に制止した。
「こんな安い挑発に乗るようじゃあまだまだよエヴィン君・・・さがってなさい。」
「リィズさん・・・」
リィズの言葉に、エヴィンはたじろいだ。口調は静かで、抑揚も無いのだが、
その裏には強烈なまでの闘志を感じる。そしてその闘志が、自分以外の者が
戦いに参加する事を強く拒否しているように、エヴィン達には感じられた。
「エレナ・・・十年前の事は、今でも悪かったと思ってるわ・・・けれど、
今はあなたを全力で倒す！」
「倒す？私を？フフ・・・やれるものならやってみなさい！出てこい！私の
最終兵器！！」
エレナがそう怒鳴ると、彼女の背後の森から一つの人影が姿を現した。
その人影の髪は黒く、身長は１８０センチ近い。しかし全身を機械に
覆われ、関節など所々ではケーブルさえ見えているその身体は、それが
明らかに人間以外の何かである事を物語っていた。
「これは・・・」
眼前に現れた存在に、リビアは言葉を失う。そしてエレナは誰に聞かれた
ワケでもないのに、自慢げに解説をしだした。
「今から千年以上前のダークファルスとの戦い・・・そこであるアンドロイドの
戦士は修理不能とも言える大ダメージを負った・・・」
「ゆえに間もなくその機能を停止したそのアンドロイドは、リーク王家の
者によって人間同様に埋葬されたが、長い年月の中で人々の記憶も、
そして墓地そのものもどんどん風化していった・・・」
「そんな物を再発掘するのは容易な事じゃなかった・・・けれど私は、ついに
その位置を突き止め、数少ない文献と破損だらけのボディをベースにした
復活作業に取りかかった・・・」
「作業は、困難を極めた・・・けれどエレナ、貴女への復讐を誓う私の心が、
不可能を可能にした！」
「今こそ、復讐の時は来た！これが我々の・・・トライデントの第二の刃！
最強の戦闘用アンドロイド、シーレン！！」
言い終えると、エレナは周囲１０メートルは響きそうな声で高笑いをする。
だが、エレナの口にしたシーレンの名に最も強い反応を示したのは、リィズ
ではなくエヴィンであった。
「！？シー・・・レン・・・？」
「エヴィン君？大丈夫？」
シーレンの名を口にしながら、頭を痛そうに抱えるエヴィンに対し、心配
そうに口調でリビアが声をかける。だがエヴィンは、そんなリビアの声が
まるで届いていないかの如く、深く自問自答を繰り返していた。
「なんでなんだ・・・僕は、あの人の事を知っている気がする・・・初めて
会った人じゃない気がする・・・」
「僕が、『闇の神子』だから？・・・千年前に、ダークファルスがあの人と
戦った事があるから・・・？」
「いや・・・そうじゃない・・・それだけじゃ説明しきれない、この感覚は・・・」
言いながらエヴィンは思い悩む。そしてシーレンもまた、そんなエヴィンに
一瞬視線を向けるのだが、エレナによってリィズへの攻撃を命じられると、
即座に、無言のままリィズへと襲いかかった。
「機械人形なんかに、いつまでも頼っているから！」
言いながらリィズは、向かってきたシーレンの拳をかわし、胸部に両手を
使った掌打を叩き込む。しかし、鋼鉄の装甲に覆われたシーレンが生身の
人間の、ただ一回の攻撃でダメージを受ける筈もなく、今度はもう片方の
拳がリィズに襲いかかる。だがリィズの方にしても、今の攻撃は「効いたら
ラッキー」程度の意識で放った攻撃だったので、次の攻撃に対する防御の
姿勢は完全に整っていた。
「遅いっ！」
言いながらリィズはバックステップでシーレンの攻撃をかわすが、次の瞬間、
リィズの肩を熱い物体が掠めた。レーザーガンである。どうやら左腕の攻撃を
リィズがかわしている間に、右手は、恐らく体内のどこかに隠し持っていたで
あろう小型のレーザーガンをセットしていたらしい。シーレンは、今度はリィズの
身体に照準をあわせると再び引き金をひいた。そして対するリィズも、その右腕
から攻撃テクニックを放った。
「バータ！」
リィズの掌から発せられた水槍と、シーレンの放ったレーザーの光が空中で
衝突する。だがその衝突は一瞬の事で、お互いがお互いを貫通し、相手の
胸へ直撃するが、シーレンが若干なりともダメージを受けたように見えるのに
対し、リィズは全くの無傷であった。
「な、なんで・・・」
「電子ビームの類は水質中ではその威力を大きく減衰させられる・・・その事を
私が知らないとでも思ったの？」
呆気にとられるエレナに対し、今度はリィズの方が余裕に満ちた表情で言った。
そしてそんなリィズの態度に逆上したエレナは、シーレンに更なる攻撃を命じる。
するとシーレンの攻撃はその激しさを増し、リィズは完全に防戦一方となった。
「ホホホホホ！手も足も出ないようね！」
防御に徹するリィズを見て、満足そうにエレナは言う。そしてそんなリィズを
助けようと、エヴィンも攻撃の準備を整えるのだが、リィズは顔に笑みさえも
浮かべながら、そんな事は無用だとエヴィンに告げた。
「さっきも言ったでしょう？こんな機械人形、私一人で十分だって。」
「え・・・でも・・・」
「いいから！さあエレナ、次はこれにどんな動きを見せてくれるのかしら？」
「く・・・その生意気な口、永遠に閉ざしてあげるわ！シーレ・・・！？」
憤怒の表情でそう言いかけたところで、エレナの口が止まった。シーレンの
何十回目かの攻撃をかわしたリィズが、シーレンの背後に回っていたので
ある。リィズはシーレンの背中に手を当てると、再び攻撃テクニックを放った。
「グラブト！！」
「・・・・・・」
リィズがグラブトを放つと、シーレンはピタリとその動きを止めた。傍らで
それを見ていたエヴィンとリィズは、何が起きたのか理解できない。だが、
一気に青ざめたエレナの顔が、状況が自分達に一気に傾いた事を証明していた。
「これで、チェックメイトね。」
「そんな・・・なんで、そこが・・・」
「あなたの動きを見れば、これが遠隔操作だという事はすぐ分かったわ。
でも、あなたがコントローラの類を使っているようには見えなかった。
と、なると一番確実な線は音声認識・・・動力のコアとかはいくらでも中に
入れられるけど、音声を拾う部分だけはどうしても、声を正確に拾うために
外部に出さざるをえない・・・」
「くっ・・・」
「私の勝ちね、エレナ。」
リィズのその一言で、エレナは地面に膝をつきかける。だが、寸前で踏み
止まると、よろよろとした足取りで、全く動かなくなったシーレンの方へ
歩み寄った。
「動け！動くんだよシーレン！！」
「・・・・・・」
「なんで動かない！たかがメインセンサをやられただけでしょうが！」
「・・・・・・」
「この、役立たずのポンコツが！」
「・・・・・・」
エレナが何を言おうとも、シーレンは動こうとしない。その様は、敵である
エヴィンとリビアにさえ、哀れにも感じられた。やがてリィズは、エレナを
シーレンから引き剥がすために歩み寄り、その襟首を掴む。と、エレナは、
シーレンの足にしがみつき、見栄も外聞もなく泣きじゃくりながら叫んだ。
「お願い！動いてシーレン！」
「・・・・・」
「私は・・・リィズに負けたくない！これ以上負けたくはないのよ！！」
「・・・・」
「だから・・・お願いだから動いてシーレン・・・お願い、だから・・・？」
そこでエレナは、自分の頭上にこれまでに無い感触が来ているのを感じた。
ゴツゴツとしていて、金属的で、冷たくて・・・しかし、なぜか心に暖かみを
感じさせるような感触である。そしてエレナが上を見上げると、シーレンが
その手を自分の頭の上に載せていた。
「シーレン？」
「命令を受領しました・・・指令を、続行します・・・」
そう言うとシーレンは、まずエレナの襟首を掴んでいるリィズの右腕を
掴みにかかる。だがリィズも敵の攻撃を無防備に待っていたりはしない。
即座に自分から手を離すと、後方に飛び退いて距離を取ろうとする。だが、
そんな彼女の眼前に、既にシーレンはやってきていた。そのスピードは、
これまでのシーレンを遥かに凌駕していた。
「バカな・・・」
瞬間、全身の骨を砕かれるかのような衝撃がリィズを襲った。シーレンの、
全体重を乗せたボディスラム、その攻撃で何メートルも弾き飛ばされた
彼女は、その場で傷をサンフォースで治癒しにかかる。だが、テクニックの
力を込めた右腕を患部に当てる前に、シーレンのレーザーガンはリィズの
肩を撃ち貫いていた。
「ぐ・・・」
苦悶の表情を浮かべるリィズ、しかし一つの傷の痛みを気にする間もなく、
残る四肢もシーレンのレーザーガンが貫くと、リィズは完全に身動きを取る
事ができなくなった。そして最後に、リィズの額に対しレーザーガンの照準を
合わせようとしたところで、彼の右腕は急に外側へと引っ張られ、その標的を
完全に外した。
「先輩！こいつは僕が引きとめます！その間にリィズさんの手当を！」
「ええ！」
エヴィンの言葉で、リビアはリィズの方へと一直線に走る。シーレンはそんな
リビアに対しても銃を向けようとするのだが、その右腕は再び、エヴィンの掌
から発せられ、自分をつないでいる黒とも紫も言えぬ、半透明状のロープに
よってあらぬ方向へと引っ張られた。
「シーレン・・・今度は、僕が相手だ！」
「・・・・・・」
エヴィンの声に、シーレンは無言のまま彼の方へと向き直す。そして数秒間の
沈黙の後、彼の瞳はその険しさを増した。
「ターゲット認証完了・・・ターゲット、ダーク・ファルス・・・」
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