「勝てるの？僕に・・・」
という至極当然な疑問であった。相手は、不意をついていたとは言えリィズを
一瞬で戦闘不能にさせたシーレンである。どう考えても、普通の戦い方で勝てる
相手ではない。しかし、そんな事を考慮して手加減をしてくれたり、戦い方を
じっくりと考えさせてくれる相手である筈もなかった。
「・・・ダークファルス排除開始・・・」
「！！来るっ！！」
その言葉とともに、重さ数百キロはあると思われるシーレンのボディスラムが
エヴィンを狙う。エヴィンはそれを間一髪でかわすと、即座にリーインフォースを
発動させた。
「勝てるか勝てないかじゃないんだ・・・どうやって勝つか、なんだ・・・」
言いながらエヴィンは両手の拳をグッと握りしめた。しかし相手は機械である。
人型をしているとは言え、どこに武器を隠し持っているのか、どんな動きをする
事ができるのか、エヴィンにはまるで分からない。それに、そうでなくてもパワー
スピードともにエヴィンを大きく凌駕しているのである。そんなシーレンを相手に
するだけのパワーとスピードをエヴィンが持つための唯一の手段であるリーイン
フォースの持続時間はほんの数分しかない。そんな状況下でどう動くべきなのか・・・
だが、その時のエヴィンの決断は意外なまでに早かった。
「じっくりと、様子を見ながら・・・速攻でたたみかける！」
それが、エヴィンの辿り着いた結論だった。自分の持ち時間をフルに活かし、
相手の特性を探った上での速攻である。だが、特性を探ると言っても、ただ
遠くから相手の様子を眺めていたのでは何にもならない。銃器という圧倒的な
射程を持つ物を主力武器としているシーレンに対し勝負を挑むのには、距離を
詰めた接近戦しか勝機は無いのである。エヴィンは、前方防御に自分の力の
全てを集中させると、ダメージ覚悟で一直線にシーレンへと立ち向かっていった。
この時、エヴィンにとって幸いだったのは間合いを詰める自分に対し、相手が
間合いを離そうとしなかった事である。エヴィンにとっては知る由もない事で
あるが、彼をダークファルスと認識した時から、シーレンの体内プログラムは
極度に攻撃的となっており、そしてそれがシーレンに逃走を許していなかった。
こうして二人の間の距離が２メートルほどに縮まったところで、エヴィンは次に
立ち位置の調整にかかった。負傷しているリィズと、リビアが自分達の戦闘に
巻き込まれるのは何としても避けたかったのである。やがて、二人のいる場所が
リィズ達のいる場所から２０メートル以上離れた事を確認すると、エヴィンは
本格的な戦闘態勢を整えた。
こうして、シーレンとエヴィンの戦いの幕が開く一方で、リビアは負傷した
リィズの元へと走る。だが、そんなリビアの前に拳銃を片手にしたエレナが
立ちはだかった。
「悪いけど、邪魔はさせないわ。」
「くっ・・・」
「リィズに拳銃が通用するかは分からないけど、あなたになら１００％
通用するでしょうからね。」
余裕の表情で、リビアに拳銃を突きつけながらエレナは言った。リビアは、
それでもリィズの所へ駆けようとするが、そんなリビアの足をエレナの放つ
銃弾が貫くと、リビアはその場で片膝をつき倒れた。
「う・・・あぐっ・・・」
「・・・今のは警告・・・次は、躊躇無くあなたの心臓を撃つ・・・ヘラルド
なんかと違って、人殺しを楽しむつもりはないけど、私も四傑の一人
・・・甘く見ない事ね。」
「・・・・・・」
「しかし、あなたもつくづく因果な子ねぇ・・・『闇の神子』に愛されて、それが
原因で私達に命を狙われて・・・なのにあなたは、自分からこっちの世界に
首を突っ込もうとする・・・知らん顔してれば、無関係でいられるのに・・・
およそ正気の沙汰とは思えないわね。」
「わ、私は・・・」
哀れみを多分に含んだ声でそう言うエレナに対し、自分の足にサンフォースを
かけながら、リビアは反論しようとする。だがエレナは、そんなリビアの回復
テクニックは止めようとしなかったが、口の方はリビアの反論がきちんとした
形になる前に、彼女の発言を遮るかのような言葉を発した。
「エリー・ロックフィールド・・・」
「！？」
エレナが唐突に出したその名に、リビアは敏感に反応する。と、エレナは
満足そうな、嫌味に満ちた笑みを浮かべた。
「フフ・・・やっぱり気にしてるのね、ディルナの一人娘の事。」
「な・・・言いがかりよ！誰だって、急に脈絡のない名前出されたら・・・」
「フン、無理しなくていいのよ？あなた、不安なんでしょう？自分よりも
直接的な攻撃面ではエヴィン・ハランツのパートナーと成りうるあの子の
存在が・・・」
「！そんな事！第一私は・・・」
「・・・似てるわね・・・十年前の私とリィズと。似てるわね、あなたと私・・・」
「だ、誰があなたなんかと！」
エレナの言葉に、リビアは必死の形相で掴みかかる。そんなリビアに対し、
リィズは再度拳銃の引き金を引こうとするが、急にその手は感覚を失い、
銃は彼女の手から抜け落ちた。
「人の所の人間つかまえて、変な仲間に引きずり込むのはやめてくれない？
第一、リビアが何も知らないうちから、あなた達『トライデント』は何度も
この子にちょっかい出していたと思ったけど？」
「リィズ・・・！」
「リィズさん！・・・怪我は？」
「・・・あんだけ長い時間一人でいたら、少しくらい靱帯を傷つけられてても
全身の回復くらいできるわよ・・・なめられた物ね、私も。」
呆れ顔でため息をつきながらそう言うと、リィズは視線をエヴィンとシーレンの
方へと向けた。既に戦闘が開始して三分近くが経過しているが、両者ともまだ、
ダメージらしいダメージを与えている様子は無く、お互い無言の戦闘が繰り広げ
られている。そして戦いの中で互いの距離は１メートル以内にまで詰まっていた。
「・・・・・・」
眉一つ動かさず、シーレンのレーザーがエヴィンの眉間を狙う。だが、その時
既にシーレンの右腕はエヴィンの攻撃の射程距離内に入っている。エヴィンは
左の裏拳でシーレンの銃を叩き落とすと、右の拳がシーレンの喉元を捉えた。
「ウェンフィールド流・・・正中線四連突きっ！！」
闇の力を両手の拳に集中させた、強力な正拳突きの連続がシーレンを襲う。
だが、エヴィンは見落としていた。アンドロイドに生身の人間と同じ位置に
急所があるという保証がどこにもないという事を・・・シーレンは、ほんの一瞬
身体をグラつかせたが、すぐに踏みとどまるとその背中が異常な動きを見せた。
「！？何か来るっ！！」
エヴィンが構える間もなく、シーレンの背の、事後になって見ればやや不自然に、
細長く外側に膨らんでいる一部分は、上端を残し背中から分離し、腰の位置まで
落ちてくると前方に９０度スライドする。そしてシーレンがその細長い金属棒を
両腕でしっかりと固定すると、その先端から二門の、極太のレーザーが放たれた。
「Ｆ型九一式ツインライフル・・・発射・・・」
「く・・シールドっ！！」
エヴィンは咄嗟に全ての力を前方の防御に集中させる。だが、シーレンの二門の
ビーム砲はエヴィンのシールドを軽々と貫通した。反射的に身体をひねっていた
ため、致命傷こそ避けられたが、それでもダメージは大きい。
「ぐ・・・あがっ・・・」
「エヴィン君！」
「ホホホホホ！どう？闇の装甲をも突き破るあの威力！シーレンも、昔の物を
ただ復活させただけじゃない・・・全身に多数の追加武装を施してあるのよ！
古代の力と私の技術が一体となれば、ダークファルスなんて目じゃないわ！」
負傷したエヴィンを見て、自慢げにエレナは言う。そしてエレナが解説している
間に、再度シーレンの腰のレーザー砲がエヴィンを襲うのだが、今度は遠くから
リィズの放ったバータによりその威力は無効化され、エヴィンにダメージを与える
事はできない。そして、その隙にエヴィンは立ち上がった。
「ぐ・・・」
立ち上がりはしたものの、出血はひどくダメージも大きい。エヴィンはチラ、と
リィズ達のいる方向へ目をやったが、距離は１０メートル以上離れている。
テクニックによる回復量と回復対象との距離が正比例するこの世界では、
こう距離が離れていては傷を一瞬で塞ぐほどの回復テクニックは期待できない。
しかも、リィズはどんどんこちらに近づいてくれてはいるものの、シーレンが
相手では自分の所まで来るのは容易ではないだろうし、またその過程で仲間に
攻撃の被害が及ぶのはエヴィンとしては絶対に避けたかった。
「・・・この出血だ・・・僕が戦えなくなるまで、きっとそう長くない・・・」
「そうなると、一撃であのシーレンを倒せるような技を・・・」
「翼はダメだ・・・隙が大きいし当て方も難しい・・・」
「そうなると・・・実験段階のあの技を・・・」
「・・・リーインフォース、解除・・・」
「何を一人でブツブツ言ってるの！来るわよ！！」
「！？」
リィズの一言で咄嗟に我に返ったエヴィンだったが、それでもシーレンの
蹴りが出血している彼の脇腹をかすめた。リーインフォースをしていれば
無傷でいられた攻撃だったが、解除しているためそのダメージは大きい。
しかし、それでもエヴィンはシーレンとの間合いを広げようとせず、逆に
今の蹴りでさっきまでよりもさらに接近してきたシーレンに対し、自分から
間合いを詰めにかかった。
「一かバチか・・・いくぞシーレン！」
左脚を大きく前に踏み出し、エヴィンはシーレンとの間合いを極限まで
詰めた。そして大きく開いた足にあわせるかのように、エヴィンは腰を
落とし、左肩はシーレンの右の脇腹にくっつかんばかりである。また
エヴィンは、右の握り拳と左の握り拳を縦に重ね、それをシーレンの
下腹部にトン、と押し当てた。
「いっけぇぇぇええっっ！！ゼロ射程セイバー！！」
エヴィンがそう叫んだ瞬間、従来の物よりも縦横ともに二倍近くに膨張した
闇の剣がシーレンの身体を刺し貫いた。体内に全ての闇の闘気を戻し、凝縮
させ、それをセイバーという形で一気に放出させる事で、瞬間的な攻撃力は
通常の闇のセイバーを大きく上回っている。そして、それがシーレンの身体を
大きく貫通した瞬間、エレナの顔からは血の気がひいた。
「いやあぁぁっ！シーレン！！」
蒼白な顔でエレナは叫ぶ。だが、その叫びはシーレンにも、エヴィンの耳にも
届いていない。エヴィンは、消え入りそうな闇の力を必死で押し止めながら、
その剣を大きく上に斬り上げた。
「うわぁぁぁぁああああっ！！！」
絶叫とも言えるかけ声とともに、シーレンの身体が下から上に、袈裟掛けに
切り裂かれる。そして剣が肩まで切り裂いた所で、エヴィンの腕の先から
闇の闘気はフッと消えた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
途端にエヴィンの膝がガクンと落ちかける。だが、シーレンの機能停止を
見届けるまではという、彼の本能的な防衛反応が、エヴィンをギリギリの
所で踏みとどまらせた。
「や・・・やったの・・・？」
言いながらエヴィンは、祈るような気持ちでシーレンの顔を見た。しかし、
身体の一部から、バチバチと音を立てながらも、シーレンはまだその機能を
停止してはおらず、攻撃姿勢も失っていない。しかも、最初は目の錯覚かと
思ったが、その傷は塞がり始めていた。
「・・・！？傷が・・・？・・・まさか、自己修復能力？」
エヴィンは、自分の目の前で起きている出来事を信じたくはなかった。
超高速の自己修復能力を持つ機械・・・もし、ここでシーレンの傷が完治し
再び襲いかかってきたら、今の自分にはどう考えても勝ち目はない。だが、
かと言って傷が完治する前にもう一撃加える力も、もはやエヴィンには
残されていなかった。
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