二つの「闇」 〜時の交差後伝〜

第三部第十四話 回帰する「心」(中編)

エヴィンの放った渾身の必殺技「ゼロ射程セイバー」しかしそれもシーレンに
致命の打撃を与えるには至らなかった。

急速に塞がって行くシーレンの傷、だが今のエヴィンにそれを食い止める力は
既に残されておらず、シーレンのリペアが終わるのを、そしてその次に攻撃が
来るのを、待ち構えている事しかできない。

「やらせるかっ!!」
修復の隙を見て、リィズが飛びかかる。だが、シーレンはそれをも難無く弾き
返すと、地面に落ちていたレーザーピストルを拾い上げエヴィンに向けた。

「ダークファルス・・・」
抑揚の無い声でシーレンはつぶやき、レーザーサイト(赤色可視レーザによる
照準用の光)をエヴィンの眉間にあわせ引き金を引こうとする。が、その瞬間
シーレンは苦悶の表情を浮かべた。

「!?・・・この、感覚は・・・」

「何故だ・・・何故、ダークファルスからお前を感じる・・・」

「理解できない・・・何故・・・」

「シーレン!?」
エレナを含め、場にいた全員がシーレンの異常を感じ取った。攻撃の手を止め、
エヴィンに背を向け頭を抱えうずくまり、そして暴れ出す。その姿は皆にとって
あまりにも異常であった。そして、この偶発的に訪れた大チャンスを、リィズが
見逃す筈はなかった。

「グラブトっ!!」
助走をつけ、ジャンプしながらリィズはその言葉とともにグラブトを放った。
すると圧縮された重力は玉のような形状でシーレンの頭上に止まる。リィズは
着地すると同時に、腰を落としてシーレンの腰部に両腕をまわすと、いわゆる
バックドロップの体勢に入った。

「この一撃でっ!!」
その言葉とともに、50キロにも満たないリィズの手によって、数百キロの
重量を持つシーレンの体躯が宙を舞った。本来なら到底投げられる相手では
ないのだが、技を仕掛けるリィズの抜群の技量とタイミング、そして何よりも
二人の頭上にあるグラブトの球による引力が、シーレンの身体を持ち上げた。

直後、シーレンは受け身も取れず、頸椎から真っ逆様に落ちようとする。
数百キロの重量が、加速をつけて一点に集中し叩き込まれたら、その衝撃は
想像に絶する物がある。ピンポイントでの威力なら、他のどんな技よりも
強力だと言っていい。だが、シーレンの頭部が地面に激突する寸前、突然
横から加えられた強い力により、リィズの技は不完全な物となり、二人とも
横倒しに地面に倒れ込んでしまった。

「くっ・・・何が・・・!?」
即座に立ち上がりながら、リィズは衝撃が来た方向を見る。と、そこで彼女は
言葉を失った。そこに、エヴィンが立っていたのである。今、自分にかかった
衝撃も、エヴィンによる物とリィズは判断するしかなく、そして直後のリビアの
「何してるのよ!エヴィン君!!」という言葉が、リィズのその考えが正解で
ある事を証明していた。

「エヴィン君・・・?なんで・・・」
「・・・すみません・・・でも、シーレンを助けたかった・・・」
「・・・?エヴィン君・・・?あなた、本当にエヴィン君なの・・・?」
リィズはエヴィンに、そう尋ねずにはいられなかった。口調・物腰・そして醸し
出す雰囲気の全てが、いつものエヴィンと何か違うように思えたのである。
だがエヴィンは彼女の質問には答えず、その横をスッと通り抜け、シーレンの
前へとやってきた。

「シーレン・・・」
「・・・やはり・・・何故・・・何故、お前とダークファルスが・・・」
口元にうっすらと、柔らかい笑みを浮かべ自分に語りかけるエヴィンに対し、
再度驚愕の表情でシーレンは言う。しかしエヴィンは、シーレンのその問いに
対しても何ら返事らしい返事をする前に、出血多量のためか気を失い前のめりに
倒れ込む。そしてシーレンは、そんなエヴィンの体を無言のまま受け止めた。

「シーレン!何をしている!!」
シーレンの予想外の行動に苛立ったエレナが叫ぶ。だがシーレンは、そんな
エレナの言葉には何の反応も見せず、突如その背中にハンググライダーの
羽根のような翼を発生させた。

「・・・スカイシーレンモード準備完了・・・テイクオフ・・・」
「!?」
シーレンのその言葉と共に、粉塵が巻き上がり皆の視界を塞ぐ。そして視界が
晴れた時、シーレンの姿はエヴィンの姿とともに忽然と消え失せていた。

「・・・な、なんなの一体・・・エレナ!」
「わ・・・私にも分からないわよ・・・何が一体どうなったのか・・・」
「・・・これって・・・エヴィン君がシーレンに連れて行かれた、って事
 ですよね・・・?」
「それくらいは言われなくても分かってるわよ、問題は、なんでこんな事が
 起きたのかって事!」
リビアの言葉に、リィズは即座に言い返す。しかし、どう考えても三人には
理由をつかむ事ができず、リィズはエレナに、シーレンの体に発信機か何かを
つけていないのかと訊ねた。

「そ、そりゃあ、GPSくらいはつけてるけど・・・」
「GPS?」
「グローバル・ポジショニング・システム、早い話が現在地を知らせる
 装置よ。エレナ、あまり専門用語使わないでよね。」
エレナの言葉の意味が分からなかったリビアに、リィズがそう言って補足
説明をする。そして続けざまにリィズは、エレナに一時休戦し、手を組む
事を提案した。

「な、なんで私があなたなんかと!」
「だって仕方ないでしょう?そうするしか、エヴィン君を捜す手だてが
 無いんだから。それに・・・」
「それに?」
「エレナ、これであなたが、(たぶん)大枚はたいて再生させたシーレンと、
 トライデントの言うところの『闇の神子』であるエヴィン君を行方不明に
 させたりしたら、引責は免れられないと思うけど?」
「ぐ・・・・・・」
リィズの言葉に、エレナは一言も言い返す事ができない。こうして一行は、
まず乗ってきた車を修理する事に取りかかった。

そして、そんな三人から南に離れる事およそ百キロ・・・

「う・・・僕は・・・何を・・・」
「・・・気がついたか・・・意識が戻るまで、九時間三十七分・・・」
「!シーレン!?」
まだ視界が定まらない中で、シーレンの声を耳にしたエヴィンは反射的に
起きあがろうとする。が、何かに押さえ付けられているらしく起きあがる
事ができない。そこでエヴィンは、自分の身体がベッドごと鎖で縛られ、
拘束されている事に気付いた。そしてさらに見回すと、エヴィンはここが
人が住まなくなって久しい、廃屋である事の見当をつけた。

「死なれると尋問が不可能になるから、最低限の手当は施しておいた・・・
 だが、お前は私の捕虜だ・・・ゆえに私の尋問に答えてもらう・・・そして
 尋問への回答いかんによっては、今、この場でお前を殺す・・・」
銃口をエヴィンの方に向けながらシーレンは言う。そしてエヴィンがシーレンの
言葉に同意すると、シーレンは再度その口を開いた。

「まず、最初の質問だ・・・お前は、何者だ?」
「僕はエヴィン・・・エヴィン・ハランツ・・・」
「エヴィン・ハランツだと?ダークファルスではないのか?」
「いいえ・・・」
シーレンの言葉に、エヴィンは窮屈な姿勢で首を横に振った。
「たしかに、僕はダークファルスの力を受け継いでいる・・・けれど、僕は
 ダークファルスじゃない・・・僕は、エヴィン・ハランツ。それ以上でも
 それ以下でもない・・・」
「・・・・・・」
エヴィンの言葉に、シーレンは、少なくとも表面上は無反応だった。彼の
言葉を理解できたのか、できていないのか、同意しているのか、していない
のかエヴィンには理解できない・・・ただ一つ言える事は、シーレンが右手に
持っている銃の引き金を引かない事を、心から祈っているという事だった。
そしてしばらくの沈黙の後、シーレンは次の質問に入った。

「今は・・・いつなんだ?」
「???」
「今はAW暦の何年なのかと聞いている。」
「あ・・・えっと、AW4333年です。AW4333年の7月25日・・・」
「AW・・・4333だと?私の体内データと、千年以上のズレがある・・・」
「あなたは、千年以上前に一度、ダークファルスとの戦いで機能を停止
 したって話ですから・・・」
「・・・そうか・・・ならば、当時の大戦の時の人々も、もはやこの世には
 いないという事か・・・」
エヴィンの言葉に対し、シーレンは寂しそうにつぶやく。そんなシーレンに対し
「やっぱり、寂しいんですか?」
と聞くエヴィンだったが、その言葉の直後にシーレンは再度、銃口をエヴィンの
方へと向けた。

「私は、お前の質問を許可していない・・・それに、私に『感情』などという
 回路は存在していない・・・ミューとは違う・・・」
「ミュー・・・?それって、50年前のお爺ちゃんの仲間だった人と・・・?」
シーレンの答えに対し、つぶやくようにエヴィンは言う。するとシーレンは、
その身を大きくエヴィンの方へと乗り出させた。

「!!ミューを!ミューを知っているのか!?教えろ・・・ヤツは、ヤツはまだ
 生きているのか!!」
さっきまでとはうって変わった、明かに興奮した口調でシーレンは言う。だが
エヴィンも祖父から多くを聞いているワケではなく、ミューの細かい所までは
分からない。ただダークファルスとの戦いの末、この世の存在ではなくなった
事だけはエヴィンも分かっており、そしてその事を率直に告げるとシーレンは
暫し考え込んだ。

「ミューは・・・既にこの世にない・・・そして、ダークファルスも同時にこの
 世界から消え失せた・・・そして、お前からは・・・そうか・・・」
エヴィンに背を向けながら、シーレンは一人考え込み、頷く。そして数分が経過
したところで、シーレンは再度振り返った。

「千年の間に・・・あまりに多くの事が変わりすぎた・・・」
「シーレン・・・」
「お前に対する尋問を行いながら、常に私のセンサーは働いていた・・・だが、
 エヴィン・ハランツ、お前に対するセンサーの反応は、千年前の敵性生物の
 それとは明かに異なっていた・・・」
「・・・・・・」
「最後の質問だエヴィン・・・先の戦闘の状況下で、あのリィズという女は
 間違いなくお前の味方、そして私は間違いなく敵だった・・・なのにお前は・・・
 なぜ・・・!?」
そう言いかけた所でシーレンは急に後ろを振り返り銃を乱射する。そしてその
行動の意味は、エヴィンにもすぐに分かった。リビアにリィズ、そしてエレナが
ドアの前に立っていたのである。

「あなたの言う通りね・・・『走路有風』でバリアを張っておいてよかったわ。」
「・・・別に、あなたを守るつもりで言ったんじゃないわ。ハチの巣になるのは、
 私もゴメンだもの。」
マジックでシーレンの攻撃を全て防ぎきると、互いの顔を見合わせながら二人は
言った。そしてシーレンの注意が二人に注がれている隙に、リビアがシーレンの
横を走り抜けようとする。だが、それを見逃すシーレンでもなかった。
「敵の行動は、全て阻止する・・・」
「え?あ・・・!」
シーレンの強烈な手刀を首筋に受け、リビアは前のめりに倒れ込みながら気を失う。
そしてシーレンのその行為は、エヴィンの激情を促すのに十分だった。

「先輩っ!!」
腹の底から絞り出すようなその言葉とともに、エヴィンの闇の翼が彼を縛る鎖を
一瞬にして鉄の灰と言っていいほどに細かい鉄屑に変えると、シーレンは当然
次に来るであろうエヴィンの攻撃を迎撃せんと身構える。だがエヴィンはシーレン
には目もくれずリビアの方へと駆け寄った。

「先輩!大丈夫ですか!リビア先輩っ!!」
「う・・・うん・・・」
「よかった・・・意識がある・・・早く逃げましょう!ここにいると危険です!」
リビアの怪我が、思っていたほど重傷でない事を確認すると、エヴィンは安堵の
表情を見せ、そしてリビアを抱え上げて走り出す。そしてシーレンは、そんな
エヴィンの、あまりにも無防備な背中に対し何をする事もできなかった。

「分からない・・・」

「エヴィン・ハランツ・・・今、彼から感じた力は、間違いなく、ダークファルスの
 波長と一致していた・・・それなのに・・・」

「彼の行動は・・・私がともに旅をした人間の取った行動と・・・」

「エヴィン・ハランツ・・・人なのか、ダークファルスなのか、それとも・・・」

第三部第十四話 完

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