二つの「闇」 〜時の交差後伝〜

第三部第十五話 回帰する「心」(後編)

「待て!」
リビアを抱えて逃げようとするエヴィンの背後から、怒鳴るような口調で
シーレンは言った。そしてエヴィンがシーレンの声に慌てて振り返るのを
見ると、シーレンは自分の言葉を続けた。

「エヴィン・・・お前は一体何者なんだ・・・」
「・・・さっき、答えた通りです・・・僕はエヴィン・ハランツ、それ以外の
 何者でもない、って・・・」
「嘘だ・・・私はお前から・・・」
エヴィンの言葉にシーレンは反論する。だが、エヴィンは眉一つ動かさず
自分の言葉を続けた。

「嘘じゃないですよ・・・けど、あえて言うならシーレンさん、あなたが僕の
 中に見いだしている色々な力・・・その全部が僕を、エヴィン・ハランツと
 言う人間を作り上げている、欠かす事のできない大切な要素なんです。」
「・・・・・・・・」
「・・・エヴィン君、あなた・・・」
エヴィンの言葉に、シーレンだけでなく、リィズもその目を見開いた。自分の
中にある闇の力、エヴィンは今それを、明らかに肯定していたからである。
リィズはダークファルスを見た事がない。しかし邪神クルウェルという、
ダークファルスと極めて近い性質を持つ者と死闘を繰り広げた経験はある。
そしてもし今自分、または自分に近しい者がクルウェルの因子を受け継いで
いるとか言われたら・・・そんな事はリィズにとって、考えたくもない事である。
そしてそのような困惑はリィズだけでなく、同じ経験を、ある意味より辛い形で
経たエレナも感じていた。

「闇の神子・・・貴様、自分の中の闇の力を否定しないのか!数千年にわたり
 多くの人間を死に至らしめてきた邪神に対する、恐怖は無いのか!」
「・・・恐怖が無いわけじゃない・・・けどエレナさん、あなただって自分の事を
 全部理解しきってるって言えますか?」
「こ・・・子供のくせに酸いも甘いも知ったような口をきくんじゃないわよ!
 シーレン!ヤツを黙らせなさい!!」
「了解しました。」
逆上したエレナの言葉を、シーレンはすぐに承諾し、そしてエヴィンに向かって
銃を構える。そしてエヴィンは、驚きながらもリビアを再び地面に下ろし身構えた。

「シーレンさん・・・なんで・・・」
「危うく、忘れそうになったが・・・私を蘇生させたマスターはエレナだ・・・
 そのマスターの命令に、私は従う・・・倒すべき相手が、私にとって何の
 ゆかりもないエヴィンという人間ならば尚更拒否の理由はない・・・」
「シーレン・・・」
「フルパワーで挑む・・・」
その言葉とともにシーレンはエヴィンに襲いかかった。エヴィンは最初の一撃を
辛うじてかわすが、直後に彼は強いめまいを感じ片膝をついた。

「エヴィン君!」
「無理もないわ・・・傷は一応塞がっているとは言えども、前回の戦いで彼は
 限界を超えた出血をしている・・・本来ならすぐに輸血が必要な筈だわ。」
「そんな・・・!」
リィズの言葉に、リビアはサッと青ざめる。だがその間もシーレンの猛攻は
続き、そしてエヴィンは防御も満足にできなかった。

「くっ・・・」
「もらったぞ・・・ターゲット・ロック・・・」
「させるか・・・ゼロ射程セイバ―!!」
銃を構えたシーレンの懐に潜り込み、エヴィンは再度ゼロ射程セイバーを発動
させようとする。しかし足がふらついたため技は不完全な物となり、その隙に
自身の両手を握り合わせたシーレンのパンチ、いわゆる「スレッジハンマー」が
エヴィンの背中へ叩き込まれると、エヴィンは全身を激しく地面に叩きつけられた。

「ぐはっ・・・」
「ターゲットの体温異常、心拍数異常、反撃行動に移る可能性25%、それが
 こちらへの大きな打撃となる確率0.1%未満・・・」
地面に倒れ伏したまま、動こうにも動けないエヴィンを見下ろしながら、抑揚の
無い声でシーレンは言った。だが、そんなシーレンに今度はリィズが挑みかかる。
リビアはその無謀を諫めようとするが、彼女は聞き入れようとしなかった。

「リビア、ここは私が引き止めるから、エヴィン君を早く病院に連れていきなさい。」
「でも・・・それじゃリィズさんが・・・」
「なに、あんなデカブツ、私一人なら勝てなくても時間を稼いだ上で「まく」事
 くらいできるわよ。さぁ!早く!!」
「・・・・・・」
リィズの言葉に、リビアは一瞬考え込むがすぐにエヴィンの所へと向かう。そして
またリビアの行動をシーレンが狙うが、今度はリィズの強力なグラブトに遮られ
彼女の行動を止める事ができなかった。そしてリビアに肩を貸されたエヴィンが
建物の外へと走り去るのを確認すると、リィズは本格的な戦闘態勢を整えた。

「さあ、第二ラウンドといきましょうか?」
「・・・・・・」
冷笑と共に自分を挑発するリィズに、シーレンは無言で突進する。だが次の瞬間、
シーレンの突進の勢いを利用したリィズの投げ技によりシーレンの体は宙を舞い、
建物の薄い木製の壁を突き破った。
「この勝負・・・私から攻める気はないわ。距離を取り、向かってきた全ての攻撃を
 カウンターで返す!!」
「・・・・・・」
言い切るリィズにシーレンのレーザーガンの引き金が引かれる。リィズはそれを
またバータで迎撃すると、シーレンは今度はロケットランチャーを構えた。
「ファイア・・・」
「甘いっ!」
バータによる無効化がきかない実弾兵器に対し、リィズは右手で放ったフォイエで
迎撃する。至近距離でそんな物で迎撃すれば当然、爆風や鉄片が周囲に散乱するの
だが、リィズが即座に左手で放ったザンは、それらを全て上空へ巻き上げた。

「爆風があなた達の方にも行かないようにしたのは私の慈悲よエレナ!もう相手の
 スピードにも慣れた・・・私の力じゃ、シーレンを倒すことはできなくても負けたりも
 しない!」
「くっ・・・」
凛とした表情で言い放つリィズに、エレナは歯がみする事しかできない。だが
シーレンは、リィズに背を向けエレナの方を向いた。

「マスター・・・ネイショットを・・・」
「あ・・・!」
シーレンの言葉にネイショットの存在を思い出したエレナは、即座にそれの入った
ケースを渡す。シーレンはネイショットを箱から取り出すとそれを普通の銃のよう
には構えず、右腕全体にその巨大な銃身を「装着」した。

「まずい!」
シーレンの行動に本能的に恐怖を感じ取ったリィズは、窓を蹴破り逃げにかかる。
だがそのほんの数秒の間に、シーレンの準備は整っていた。
「ネイショット・体内永久機関への接続開始・・・完了・・・エネルギー充填120%
 ガルバナイズバスター・・・発射!」

・・・
・・

「リィズさんっ!」
「う・・・り・・・リビア・・・?エヴィン・・・?あなた達、なんで・・・」
「しゃべらないで!・・・背中の火傷と出血がひどい・・・先輩!」
「ええ!今すぐ!!」
言いながらリビアはリィズにサンフォースをかけた。回復系を得意とするリビアの
テクニックだけあり、傷は即座に塞がっていくが、さすがにすぐに動けるように
する事はできない。そしてそんな三人の前に、シーレンとエレナがやってきた。

「さすがに凄まじい威力ね・・・ネイショット・・・私の想像以上だわ・・・
 さあシーレン!決着をつけなさい!!」
「了解・・・」
エレナの言葉に、シーレンは再びネイショットを構えようとする。が、シーレンが
発射準備に入ろうとした段階で、エヴィンは自らの左腕をネイショットの銃口に
突っ込んだ。

「・・・?」
「前、テレビで見たんだ・・・こうすれば、銃は暴発するって・・・そうすれば
 シーレン、いくらあなただって・・・」
「そうか・・・だが、暴発したらエヴィン、無事に済まないのはお前も・・・」
「・・・仕方ないよ・・・こうするしか手が思いつかないんだ・・・シーレン、
 あなたにこれ以上、僕の好きな人達を傷つけさせないためには・・・」
「・・・!!!エヴィン・・・今のその言葉・・・」
エヴィンの言葉に、シーレンの表情が変わる。そして次の瞬間、シーレンは
右腕からネイショットを外した。

「シーレン・・・」
「エヴィン・ハランツ・・・これ以上、私を惑わせるな!」
武装解除したシーレンに警戒を緩めたエヴィンに、シーレンの蹴りがヒットする。
そして吹き飛ばされたエヴィンに止めを刺すべく歩み寄ろうとしたシーレンだが、
その歩みは腰にしがみついたリィズによって止められていた。

「まだ・・・まだ第二ラウンドは終わってないわ・・・」
「くどい・・・」
しがみついたリィズに、シーレンは容赦のない攻撃を浴びせる。エヴィンも、気を
失っていてリィズの助けに向かう事はできない。そんな中、リビアはエレナの
方へと歩み寄った。

「エレナ・・・」
「な、なによ・・・」
自分の仲間が絶体絶命の状況にある、しかも二人がやられたら抗う力は彼女には
無いという、そんな絶望的な状況を微塵も感じさせないリビアの真っ直ぐな瞳に
気圧されながらエレナは言った。今のエレナに、リビアの次の言葉を予想する事は
できない。そして事実、リビアの口から出てきたセリフは予想外の物であった。

「あなた・・・本当にこれでいいの?」
「な・・・何がよ・・・」
「リィズさんが、シーレンに殺されて・・・」
「はぁ?何言ってるのよこの小娘が!私が何年、リィズへの復讐を願ったか!」
リビアの言葉に、一瞬唖然とした後エレナは言い返す。だが、リビアも全く引き
下がらなかった。

「あなたとリィズさん、そしてフィルさんの話はリィズさんから聞いたわ・・・
 一番の被害者は、エレナさんの親子だと思う・・・でも、お父さんはあなただけ
 じゃなくって、リィズさんも生かそうとしたんでしょ?それなのに・・・」
「・・・・・・!」
「そうでなくても、あなたとリィズさん、昔は友達だったんでしょ!?楽しい思い出も
 あるんでしょ!?」
「・・・・・・」
「それに、殺しちゃったら憎む事もできなくなるのよ?どんな感情も、二度とぶつける
 事ができなくなるのよ?どうなの!それでもリィズさんに死んでほしいの!?」
「き・・・詭弁を・・・」
「どうなのよ!」
リビアから目を逸らそうとするエレナの視線の先に回り込みながらリビアは言った。
その気迫に、エレナは頭の中が真っ白になり、十年前の思い出が走馬燈のように
駆け巡る。そしてやがて、エレナは震える声とともにゆっくりと言った。

「私はリィズに・・・死んでほしくない・・・」

と・・・

「シーレン・・・作戦は一時停止するわ・・・引き上げる!」
「マスター・・・」
エレナの言葉に、シーレンは一瞬茫然とした顔をするが、すぐに瀕死のリィズへの
攻撃を停止する。そしてネイショットを拾い上げるとスカイシーレンモードへと
変形し、エレナを乗せて飛び立っていった。

そして、それから丸一日・・・

「う、うん・・・ここは?」
目が覚めたエヴィンは、自分の周囲の見慣れぬ風景を見ながらつぶやいた。どうやら
病院らしい。そして彼が半身を起きあがらせるのと同時に、病室のドアが開いた。
「よかった、気がついたようだね。」
医師と思しき中年の男性は笑顔でエヴィンに言う。そしてここがどこなのかという
質問に対し、彼はアーパスのある山の麓の町にある病院だと告げた。

「どうやら、君が一番早く意識が戻ったようだね。」
「え?僕が一番、って・・・?先生、まさか他にもケガ人が!?」
「ああ。君と一緒にかつぎこまれたリィズさんという女性は、まだ意識が戻っていない。
 まあ、ケガはひどかったけど容態は安定しているし、後遺症が残る事も無い筈だ。
 それと・・・」
「それと?」
「君とリィズさんを運び込んできたリビアさんという人もこっちに来てから倒れて
 しまってね・・・無理もない、君への輸血のために通常のリミットとされている
 400mlの倍近くの血液を抜いた上に、徹夜で看病をしていたのだからね。」
「え゛・・・」

医師の言葉にエヴィンは硬直した。リビアへの感謝とか申し訳なさとか恋心とか、
そう言った物も当然あるのだが、リビアの血を輸血されたという事に対し、何とも
言い様のないくすぐったさを感じた彼は、輸血の針を刺した跡と思われる右腕の
ガーゼを、ただじっと見つめていた。

第三部第十五話 完

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