「ヘラルド・ロッソ、貴様に謀反の疑いが出ているとの通達があった。別室
までご同行願おうか。」
冷たい声でそう言いながら、ディルナの部下はヘラルドの腕を掴みかける。
だがその瞬間、彼は腕からおびただしい量の血を流し、悶絶しながら倒れた。
「寝ぼけた事言ってんじゃねぇぞ、このドサンピンがぁっ！！！」
「な・・・き、貴様ディルナ様の命令に刃向かうのか！」
「ディルナの命令？フン・・・俺はもうとっくに切れてんだよ！」
全身に傷を負い、顔も血にまみれた状態でヘラルドは叫んだ。悪鬼とも言える
その形相に、ディルナの部下達は一歩後退する。そしてそんな彼らをヘラルドは
心の底からあざ笑った。
「四傑を甘く見やがって・・・命の心配をするならもう遅いぜ！喰らってくたばれ！
海枯石爛斬！！」
その言葉と同時に次元の剣は光り輝き、そして無数の切っ先が敵を貫く。
それで彼らが死んだかどうか、ヘラルドには分からないが、今の彼には、
それはどうでもいい事だった。彼は剣を握り直すと、今度はワープを発動
させた。
そして数秒後・・・
「ふ・・・くくくくく・・・ディルナぁ・・・ようやくテメーを出し抜けたみてぇだな・・・」
暗く、そして広い一室の中で、ヘラルドは高笑いを上げた。部屋の中には膨大な
量の電子機器類、そして呪術を思わせる祭壇などが混在している。そしてそれ
らは全て、部屋の中枢にある、高さ１０メートルを超える巨大なカプセルへとつな
がれており、そのカプセルの中では、薄い緑色の液体の中で得体の知れない
巨大なモンスターが一体、微動だにせず保管されていた。
「ディルナ・ロックフィールド・・・アレン・ハランツ・・・それにブラングの一番弟子の
フィル・グレアム・・・どいつもこいつも、八つ裂きにしても飽き足らねぇ・・・」
「だが、俺の力じゃ、まして傷を負ったこの身体じゃあ、ヤツらのうち一人でも、
道連れにする事はできやしねぇ・・・」
「なら俺は・・・」
「そこまでだヘラルド。」
「！？」
背後から自分を呼ぶその声に、ヘラルドは驚愕の表情で振り返ると、そこには
ディルナがいた。腕を組み、傲然と自分を見据えるその姿に、ヘラルドは一歩も
動く事ができなくなる。
「もう死ぬ頃だと思っていたが・・・存外しぶとかったようだな。私の部下を返り
討ちにする余力も残っていたようだし・・・」
「・・・・・・」
「貴様が背後にある物で何をしようと思っていたのか、大体の想像はつく。だが、
『トライデント』の成就は私の宿願、邪魔立ては許さぬ・・・」
「ほざけ・・・」
言いながらヘラルドはディルナを睨み付ける。だがディルナは、そんな彼の
眼光に侮蔑と嘲笑をもって応えた。
「私の『オボミナス』の効果はまだ続いている筈だ・・・動けまい・・・今度こそ、
貴様の人生に終焉をくれてやろう・・・」
「くっ・・・・・・」
心身に深く刻みつけられた恐怖と呪力により身動きの取れないヘラルドに、
ディルナは一歩、また一歩と歩み寄る。そして紫の光を放つその腕が何を
意味しているのか、ヘラルドは完全に理解していた。
「・・・地獄を迎える、用意はできたか・・・？」
「・・・まだだ！」
その言葉とともに放った中段蹴りがディルナのみぞおちに突き刺さる。そして
即座にディルナとの間合いを離すと、ヘラルドは次元の剣に手をあてた。
「『第三の刃』の復活は俺の召喚術がメインになっていた！だからこいつを
どうしようが、テメーにとやかく言われる筋合いはねぇぜ！」
「ヘラルド・・・貴様！」
「今から俺は『第三の刃』・・・いや、邪神クルウェルと融合する・・・この俺と
次元の剣を取り込めば、今ここで保ってるパワーバランスが崩壊するのは
間違いねぇからな・・・それで俺の身がどうなるか分からねぇが・・・俺の
した事でトライデントを！テメーを潰せば十分だ！！」
「ヘラルド！！」
「地獄を迎える用意でもしてろ！！」
それが、『ヘラルド』がこの世に残した最後の言葉だった。直後に彼の身体は
クルウェルを管理・保存しているカプセルの中へとワープする。クルウェルは
中に入って来たヘラルドを一瞬にして取り込むと、自らをつないでいた線を
全て切り裂き、内側からカプセルを破壊した。
「・・・クルウェル・・・」
言いながらディルナは身構えた。クルウェルはまだ完全体にはなっていない。
今なら、自分一人でも対処できる相手である。だがクルウェルは、無言のまま
忽然とその姿を消した。
「・・・次元の剣を取り込んだ影響か・・・？」
「しかしヘラルド・・・最後に私を出し抜くとはな・・・死を前にした心境と私への
憎悪が、ヤツを高めたか・・・」
「だが・・・復活したクルウェルを再度確保するとなると・・・余人には任せられんな・・・」
静かにそうつぶやくと、ディルナは部屋を後にした。
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一方、ティリアでは今日も、ライブハウスにて熱狂する若者達を相手にライブが
行われていた。
「フィル〜〜〜！！！」
「アンコール！アンコール！！」
興奮した観客のアンコールを相手に、フィルは何曲も歌い続ける。そして三時間に
およぶライブが終了し、楽屋に戻ると、このライブハウスの店長であり、フィルの
マネージャーでもあるエミールがハイタッチで彼を迎えた。なお、クルウェルとの
戦いの後、放浪の末行くあてもなく故郷に戻って来たフィルを、彼がバイトとして
雇ったのがフィルの第二の人生の発端であるが、そんな事はもう、彼らにとって
遠い過去の事となっていた。
「お疲れさん！」
笑顔でそう言うエミールに、フィルも笑顔で返す。そしてシャワーを浴びたフィルが
再び楽屋に戻って来ると、そこには打ち上げの用意が出来ていた。そしてフィルは、
グラスにつがれた冷えたビールを一息に飲み干した。
「いや〜、今日も湧いてたな。」
「これで満員記録もまた一日伸びたってワケだな。」
「次のライブは来週か、また頼むぜ！フィル！！」
「ああ、こっちこそ！」
仲間達の呼びかけに、フィルは笑顔で返す。そしてひとしきりの歓談の後、一行は
二次会の店へ行くために表に出るのだが、そこでフィルはピタ、と立ち止まった。
「ん？どうしたんだフィル？」
「あ・・・いや・・・」
「忘れ物でもしたのか？それとも女から連絡でもあったか？」
「いや・・・そういうワケじゃないんだが・・・」
「だよなぁ・・・お前、全っ然その手のネタ持ってねぇからな。ま、いいや。俺らは
先に店に行ってるから、すぐに追いかけて来いよ。」
「オーケー。」
仲間にそう言うと、フィルは皆と逆方向に数歩歩く。そして軽く息を吸い込むと
目つきを険しくさせて身構えた。
「・・・ヘタな擬態はやめるんだ・・・」
「・・・気ヅイテタカ・・・」
何もいるようには見えない空間から、その声は聞こえた。妙にかん高く、人を
バカにしたような声である。そして姿を見せぬまま、その『声』は続いた。
「我ラノ復活ガ何ヲ意味スルノカ・・・分カラヌ筈ハアルマイ・・・」
「・・・・・・」
「兵ノ復活ハ主神ノ復活ヲ意味スル・・・」
「クルウェルサマガ再度、生ヲ受ケタ・・・目的ハ、万物ヲ原初ニ戻スコト・・・」
「ユエニ、コノ星ノ部外者デアル人間ハ、スベカラク我ラノ・・・」
「黙れ！」
そう叫ぶフィルの蹴りが空を切った。と、同時に擬態が解けた怪物が姿を現す。
そして眼前に現れたその怪物は、フィルは確かに見覚えがあった。
「ソルジャータイプか・・・」
眼前の怪物を見ると、つぶやくようにフィルは言った。クルウェルの配下となる
モンスターでは最下級に属し、兵隊兼メッセンジャーと言える花のような、独楽の
ような形をした小型モンスター。これを一撃で斬り捨てるのは、フィルにとって
難しい事でも何でもなかったが、出来うる限りの情報を引き出すため敢えて敵の
言うに任せておく事にした。
「ソウ・・・ソシテ、我ラノ手ハ、マズ十年前ニ、我ラニ苦杯ヲ舐メサセタ者ドモノ
抹殺ヘト向カッタ・・・」
「・・・リィズと、エレナにか・・・」
「ソウ・・・オ前ラノ血ガ、クルウェル様ノ最大ノ望ミ・・・」
「・・・そんな事・・・貴様等にさせると思うか！」
声を荒げ、叫ぶような口調でそう言うと、フィルは一閃の手刀を放つ。その
一撃は目の前のソルジャータイプを真っ二つに斬り捨てた。
「クルウェル・・・」
鬼神の表情でフィルはつぶやいた。が、次の瞬間、彼は何かを思いだしたらしく、
深呼吸を一つすると表情を整える。そして来た道を再び戻り、市街地に入ると
一軒の居酒屋に入って行った。
「遅ぇぞフィル！」
「何やってたんだよ！始められねぇじゃねぇか！」
「・・・そう言う割には、出来上がってるように見えるけど？」
自分をなじる仲間達に、苦笑いを浮かべながらフィルは言った。本当は、ここで
皆に別れを告げたかったのだが、あまりに賑やかな場の雰囲気につい、言い
づらさを感じると、フィルは席につき、ジンジャーエールを注文した。
「なんだよ〜いきなりソフトドリンクはねぇだろうが〜」
「駆けつけ三杯だぜフィル！」
アルコールを抜こうとするフィルを、仲間達は再びなじる。だが、そこで飲酒を
強要する仲間達でもない。一行はそこでも二時間ほど歓談の時を過ごし店を
出るのだが、フィルはそこで一行に対し口を開いた。
「みんな・・・ちょっと、話があるんだ・・・」
「？どうしたんだフィル？急に思い詰めたような顔して・・・」
フィルの急な表情の変化をいぶかりながらエミールが訊ねる。するとフィルは、
一呼吸おいてから再度口を開いた。
「いや・・・ちょっと急用ができて・・・明日から、しばらく留守にしたいんだ・・・」
「・・・？急用って・・・？」
「いや・・・その・・・何て言ったらいいのか・・・」
「女にでも誘われたのか？」
「え・・・」
エミールの、あまりに見当違いな言葉にフィルは思わず吹き出しそうになる。だが、
ここでそうだと言っておけばカドも立たないだろうと思い、即座に彼の言葉を肯定
した。しかし、事は彼が期待したようには進んでくれなかった。
「・・・即座に肯定する、って事は、そうじゃないって事だな？」
「あ・・・」
最初の一言が、エミールの「カマかけ」だと分かった時にはもう遅かった。フィルは
場にいた他のメンバーにも一斉に問い詰められる。そしてとうとう、フィルは皆に
十年前の事を覚えているかと切り出した。
「十年前って言うと・・・お前がウチに来た時の事か？」
「ええ・・・」
エミールの言葉に、フィルは静かに頷いた。
「あの時のお前は・・・まあ、当時は口に出さなかったが、何か世間離れした雰囲気が
あったよな・・・普通の連中とは違う世界で生きて来たって雰囲気が・・・」
「・・・・・・」
「しかし、何で今それを急に、って・・・もしかして、お前が留守にするってのは、
お前の、過去との絡みなのか・・・？」
「・・・・・・」
エミールの問いかけに、フィルは静かに頷いた。そしてフィルのそんな顔を見て、
エミールもまた静かに頷き、そしてため息をついた。
「そうか・・・フィル、もしかして俺は今、お前の古傷に触れるようなマネをしちまって
いたか・・・？」
「いえ・・・そんな事は・・・」
「なら、いいんだが・・・ま、ライブハウスの方は心配するな。お前抜きでも、何とか
なるし、してみせるさ。俺が、久しぶりに舞台に立ってもいいしな。」
「すいません・・・」
「ただ！どれくらい時間がかかるかは分からんが、間違いなく戻って来いよな。
ライブハウスはともかく、中央進出はお前抜きじゃ務まらんからな。」
「はい！」
力強い声でそう言うと、フィルはエミールを始め仲間の一人一人と握手を交わす。
そして駆け出したフィルは、二度と後ろを振り返らなかった。
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