「今の自分なら、たぶん『トライデント』と互角に戦える」
「そうすれば、みんなの負担も減らせるし、今の戦いを早く終わらせる事もできる。」
そんな事を考えながら病院の玄関をくぐると、受付にリビアがいた。エヴィンは、すぐに
話しかけようとしたのだが、受付口の女性に怒鳴り散らしている彼女の姿を見て、少し
様子を見守る事にした。
「どこに行ったか分からない、ってどういう事なんです！」
「そ、そう言われましても・・・一応外出届には３０分くらいで戻る、とは書いてあったの
ですが・・・」
「でも実際には三時間も戻って来てないじゃないですか！どうなってるんですか、ここの
管理体制は！」
「・・・あの・・・リビア先輩？」
「誰よこの忙しい時に・・・って・・・エヴィン君・・・？」
恐る恐る自分を呼ぶ声に、腹を立てながら振り返るリビアの目が点になる。そして次の
瞬間、その両腕はエヴィンの身体を強く抱き締めていた。
「せ・・・先輩・・・？」
「どこ行ってたのよ・・・傷だらけじゃない・・・」
「あ・・・あの・・・これは・・・」
リビアの突然の行動に、体、特に顔が熱くなり言葉も出なくなる。それでもエヴィンは
何とかリビアへの言葉を絞り出そうとするのだが、その前に彼の担当医がやって来て、
厳しい口調で彼が何をしていたのかを問い詰めた。
「外出申請書には、３０分と書いていた筈だが？」
「あ・・・先生・・・」
「これは、最初からそうするつもりだったのかね？それとも、何か予定外の事が？」
「はい・・・」
医者の言葉に、エヴィンは頷く。だが、何をしていたのかと更に聞かれると、エヴィンは
完全に言葉に詰まった。
「・・・（まさか、シーレンさんと戦っていたとも言えないし・・・）」
「どうしたのかね？それとも、何か言えない理由でもあるのかな？」
高圧的な口調で医者は更に問い詰める。すると、そんな二人の間にリビアが割って入った。
「先生、きっと彼にも言いにくい事があるんですよ。それにケガもしていますし・・・」
「う・・・しかし・・まあ、それもそうだな。」
急速に表情を和らげながらそう言うと、医師は奥の方へと消えて行く。そして彼がいなく
なったのを見ると、リビアはニコ、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「先輩・・・今のって・・・もしかして『静のテレパス』ですか？」
「ええ、ちょっと悪用してみたの。」
「へぇ・・・あ、ありがとうございます・・・」
リビアの言葉に、エヴィンは申し訳なさそうに頭を下げる。だがその時のエヴィンは、
まさか直後にリビアにも医師と同じ事を聞かれるとは思っていなかった。だから今何を
していたのかと聞かれた時、エヴィンは一瞬硬直したが、次の瞬間には気を取り直し、
ここではちょっと話しづらいからどこか別の所へ行こうと言うのだが、リビアは自分は
エヴィンの病室で待っているから、先にシャワーを浴びて来るように促した。
「まずは、エヴィン君のケガの手当が先でしょ？」
そう言うリビアの言葉に従い、エヴィンはまずシャワーを浴びに行く。そこで擦り傷に
かかるお湯と石けんに顔をひきつらせながらも入浴を済ませ、泥だらけの服から清潔な
服に着替えると、リビアの待つ、病室のドアをノックした。
「先輩？」
「あ、どうぞ、入ってエヴィン君。」
「はい・・・」
少し緊張した面持ちで、エヴィンはドアのノブを回した。あまり広くない病室で、好きな
人と二人っきりになるのだから、緊張するなと言う方が無理な話だろう。だが、相手が
自分をどう思っているのかは分からない。前に一度自分の想いを打ち明けた時には、
「自分の事は考えないで」と言っていたリビアが、昨日の朝、エリーと自分のやり取りを
不快そうに見ていたと言う事が、リビアを一段と理解しがたい物にしていた。ともあれ、
エヴィンはドアを開けた。
中で自分を待っていたリビアに、特に変わった様子は見られなかった。いつも通りの
リビア・トウェイン、彼女はエヴィンの動きを見て、骨折したりはしてなさそうだという
事を確認すると、彼の傷口にサンフォースをかけた。
「どう？傷の方は？痛む？」
「あ、はい、大丈夫です・・・そんな・・・大ケガはしてませんし・・・」
ベッドに腰かけると、やや上擦った声でエヴィンは言った。こうしてリビアに手当をして
もらうのは、いつ以来だろうかと考えると、たぶんリビア救出のために、マークと二人で
レガードの屋敷に乗り込んだ時以来だろうと思い当たる。そして確かその時も、戦いの
疲れと、リビアの使う回復テクニックの心地よさから、ついウトウトとし出したなぁという
事を思い出す前に、彼の意識は再び夢の世界へと引きずり込まれて行った。
「エヴィン君・・・また・・・まだ何も聞いてないのに・・・」
完全に寝入ったエヴィンを見て、苦笑いを浮かべながらリビアは言った。エヴィンが
誰かと戦って来たであろう、彼女にも想像がつく。だがそれが誰なのか、どうして
戦う事になったのか、そして結果はどうなったのか、聞きたい事は山ほどあるのに、
これでは何一つ聞く事ができない。だが今は彼を起こす気にもなれず、シーツをかけ
直すと再び席についた。
「こういう形の『パートナー』もアリよね・・・」
隣で眠るエヴィンの顔を覗き込み、その屈託のない寝顔を見てリビアは言った。だが
直後にフゥとため息をつくと、さらにもう一言つぶやいた。
「でも・・・戦う事に夢中にならないでね・・・」
と・・・
エヴィンの目が覚めたのは、それから一時間以上してからだった。エヴィンはガバと
飛び起き、辺りを見回す。そしてここが病室で、隣にリビアがいる事を再確認すると
エヴィンはホッとすると同時に、バツの悪そうな顔をした。
「すいません、先輩・・・寝ちゃって・・・それに・・・」
「それに・・・？」
「輸血、してくださったんですよね・・・それで先輩も倒れてたって・・・」
「やだ、聞いちゃったの？」
ややかしこまった口調でそう言うエヴィンに対し、リビアも頭を掻きながら、照れ
臭そうに返事をする。そして「エヴィン君の方が、よっぽど重傷だったんだから
気にしないで」と付け足した。
そして数分後、話はようやく本題に戻り、リビアはエヴィンに、一体何をしていた
のかと訊ねる。そこでようやく、エヴィンはエレナが病院の前に来てた事、そして
エレナに頼み、シーレンに一対一の再戦を挑んだ事を告げた。
「それで・・・勝ったの・・・？」
「はい、なんとか・・・」
「エヴィン君・・・」
エヴィンの言葉に、リビアは小さくため息をついた。
「私、こういう時、エヴィン君に何て言ったらいいのか分からない・・・」
「・・・？」
リビアの言葉の意味が分からず、エヴィンはその姿勢を半身、前に乗り出した。
「どういう、意味です先輩・・・？」
「うん・・・」
うつむき気味に頷くと、リビアはそう自分の言葉を切り出した。
「私・・・エヴィン君に戦ってほしくない・・・傷ついて、ほしくない・・・けど、今はそんな
事を言ってられないし、それに私にエヴィン君の代わりに戦う力も・・・」
「・・・先輩・・・」
「それに、私怖いの・・・エヴィン君、男の子だし、小学校の時から格闘技をやって
いたし・・・だからそのうち・・・戦う事に夢中になっちゃうんじゃないかって・・・」
「・・・！！」
「エヴィン君・・・？」
「・・・（僕が・・・戦う事に夢中・・・？）・・・」
リビアの言葉に、エヴィンは強く目を閉じ、そして考えた。シーレンと戦っていた時、
そこにはこれまでトライデントの面々と戦って来た時のような嫌悪感は無かった。
むしろ充実感さえ感じていたと言っていいかもしれない。無論、シーレンとの戦いは
一対一、正々堂々の勝負だったし、戦いの後シーレンが自分にくれた言葉の事も
あるから、それまでの戦いと一緒にする事はできない。だが、それ以前に、戦いに
負けた事で閉塞感を感じ苛立ち、それを乗り越えるためにはシーレンと戦い、勝つ
しかないと考えるような事はこれまであっただろうかと考えると、エヴィンは思い
悩まずにはいられなかった。
「先輩・・・」
目を開け、不安そうな、弱々しい声でエヴィンは言う。リビアは、そんな彼の声に
「何？」と聞き返した。
「じゃあ、僕はどうすればいいんですか・・・？今は、戦わなくちゃいけない・・・けど、
僕が戦う事で先輩を心配させてるって言うのなら・・・」
「そ、それは・・・」
「先輩にも・・・分からないんですか・・・？」
「うん・・・」
エヴィンの言葉に、リビアは申し訳なさそうに頷く。するとエヴィンは、リビアに対して
初めて、ムッとした表情を見せた。
「そんな答えの出ていない言葉で、僕を苦しめないでください！」
「エヴィン君・・・」
ムシャクシャ混じりのその声に、リビアは言葉を失った。そして次の言葉が彼女の口
から出てくる前に、エヴィンはベッドから起きあがり足早に病室を後にすると、トイレの
個室に飛び込んだ。
「・・・どうかしてる・・・」
息を整えると、エヴィンはポツリとつぶやいた。さっきまでは考えられなかった嫌悪感が
今は自分を支配している。そして自分の「変化」が局部的な物なのか、それとも本質的な
物なのかも分からない。また、戦いに「夢中」になると言う事が自分にとって何を意味する
のか・・・そんな事をあれこれ考えていると、ふとマークの事が頭をよぎった。
マークは言うまでもなくエヴィンの親友、そして大のケンカ好きだ。自分の周りで、戦う
事に夢中になっていると言う表現が、一番当てはまるかもしれない。けど、そんな彼に、
それが理由の嫌悪感を感じた事は無い。しかもそれは、自分だけじゃなく、ジェシカや
メルと言った、自分より何倍も付き合いが長い人達も、口では「あれにはもう、つける
薬が無いから諦めてるだけ」と言いながらも、仲良くやっている。だからマークと話せば
何かつかめるかもしれない、そう思ったエヴィンは、フロントに行き、電話を借りた。
まずエヴィンは、ギゾの会社へと電話をかけた。病室に戻ればアレンの携帯電話の番号も
分かったのだが、今は少し、リビアと顔を合わせづらかった。結果、電話帳に載っている
自分の知人の電話番号となるとここしか無かったのである。そこでエヴィンは、受付から
ギゾへと電話を回してもらい、そこでアレンやマークの連絡先を教えてくれと頼んだ。
「おお、教えるのは構わんが・・・しかしどうしたエヴィン？何か、あったのか？」
「？何か、って・・・？」
「いや電波のせいかもしれんが、お前さんの声が少し疲れているように聞こえてな。
友達に電話しようと言うのも、それと関係あるのかと・・・」
「・・・・・・」
「ま、こんな爺さんには話しづらい事もあるだろう、アレンの携帯電話の番号を教える
から、そこにかけてみるといいさ。メモの用意はいいか？」
「あ、はい！大丈夫です！」
ギゾの言葉に、エヴィンは即座に返事をする。そしてギゾに礼を言うと電話を切り、
そしてすぐにアレンの携帯電話の番号をダイヤルした。
・・・
・・
・
「はいアレンですが？」
「あ、お爺ちゃん？」
「ん？おお！エヴィンか！どうじゃいそっちの方は、なんか色々苦戦しとるみたい
じゃが。」
「うん・・・ちょっと色々とね・・・それで、ちょっとマークと話がしたいんだけど・・・
近くにいる？」
「ん？おお、ちょっと待ってな。」
アレンがそう言うと、受話器の先の声は一瞬途切れる。そして数秒後、聞き慣れた
声がエヴィンの耳に飛び込んできた。
「よおエヴィン！どうだ調子は？」
「マーク・・・」
「なんか、元気ねぇみたいだな・・・どうした？ケンカに負けでもしたのか？」
「ううん・・・むしろ、その逆なんだけど・・・」
「じゃあ、何を悩む事があるんだよ？・・・ははぁ、さては調子に乗って相手を痛めつけ
過ぎて、リビア先輩が『引いた』とか、そんな所か？」
「ぐ・・・そ、そこまでしちゃいないよ！ただ・・・」
「ただ？」
「先輩に、戦う事に夢中にならないで、って言われて・・・これから戦い続けた時、自分が
どうなるのか少し怖くなって・・・」
「・・・なるほど・・・」
「でも、マークはケンカ好きだけど、自分を見失ってないから・・・」
弱々しい声でそう言うと、受話器の向こうから、マークの呆れ混じりのため息が聞こえて来た。
「オレのは、別にそんなんじゃねぇよ、今のお前が思ってるほど、ご大層なモンじゃあな。」
「マーク・・・」
「オレは、ガキの頃からしょっちゅうケンカだったから、それがべっとりと、剥がせない程に
染みついてる。『日常』の中に『非日常』が変に入り込むと、自分を見失う事になるけど、
オレは既にケンカが『日常』の一部だからな。」
あっけらかんとした声でそう言うマークに、エヴィンは言葉を無くした。そして一瞬の沈黙の
後、彼はマークに「じゃあ、マークは心は痛まないの？」と聞いてみる。すると受話器の
向こうから「そりゃ場合によるさ」という返事が返ってきた。
「勘違いすんなよエヴィン、確かにオレはケンカは好きだし、やるからにゃ勝ちたいが、
ズタボロになって這いつくばってる相手を見下ろす趣味は無ぇからな！」
「マーク・・・」
その言葉に、エヴィンはホッと胸を撫で下ろす。そしてその間も、マークの言葉は続いた。
「けどよ、お前はオレと違うだろ？道場拳法やってて、ケンカが嫌いなヤツなんてゴマンと
いるんだしな。いや、むしろ道場行ってるヤツほどケンカ嫌いが多いって説もあるな。」
「うん・・・」
「でも、今はそれどころじゃねぇんだろ？だったら、やるしか無いんじゃねぇのか？それで
その間の事は、全部お前の器に呑み込んじまえよ！」
「マーク・・・器・・・？」
「ああ、でも、ここから先の戦いがお前の器を突き破りそうになったら、このオレがいつでも
すっ飛んでってやる！オレだってリビア先輩と同じで、お前には今まで通りのお前でいて
欲しいんだからな！」
「・・・マーク・・・ありがとう・・・」
目の潤みとともに震え始めた声を感付かれないように、必死に堪えながらエヴィンは言った。
そして電話を切ろうとするのだが、耳元から離れた受話器から、まだ何か声が聞こえて来る
ので再び受話器を耳元に戻す。と、もう一つの聞き慣れた声が聞こえて来た。
「ちょっとエヴィン！私を無視しないでよね！」
「エリーちゃん・・・」
「そ！さっきから横で話し聞いてたけど、なんかリビアさんに変な事でも言われたの？」
「べ、別にそんなんじゃないよ！」
エリーの言葉を、エヴィンは慌てて否定する。だが「エヴィンがリビアに傷つけられた」と
言うエリーのスタンスは変わらない。
「とにかく！何かあったら少しは私にも話を振ってよ！エヴィンの事気にかけてるのは
私だってそうなんだから！私だって・・・その・・・今まで通りのエヴィンの事...
その...きなんだし......」
「もしもしエリーちゃん？ごめん・・・最後の方、よく、聞こえなかったんだけど・・・」
エヴィンがそう言うと、受話器の向こうからやや上擦った声で「いいからいいから」と言う
エリーの声が聞こえて来る。そして直後に半ば一方的に電話を切られると、エヴィンは
自分の病室へと戻ろうと振り返る。と、そこで初めて、エヴィンはリビアが自分の真後ろに
立っている事に気付いた。
「先輩・・・」
「エヴィン君・・・ごめんね・・・私、さっき変な事・・・」
「いいんですよ・・・こっちこそ・・・ごめんなさい・・・」
言いながらエヴィンは軽く頭を下げる。そして頭を上げると、エヴィンは再度口を開いた。
「これから先、何が起こるのか僕にも分かりません・・・けど、頑張るつもりです・・・僕が
僕で居続けられるように・・・今のままのエヴィン・ハランツでいられるように・・・」
言い終わるとエヴィンはニコ、と微笑む。そしてリビアも、そんなエヴィンの笑顔を見て
ニコと微笑んだ。
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