「クルウェルを・・・？」
「ああ、ヘラルドが裏切り、ヤツと融合し逃げた。放っておくわけにもいくまい？」
「確かに。」
ディルナの言葉に、ヴァルグは短い言葉で答え、そして頷いた。
「しかし、クルウェルの行き先に心当たりは？」
「無い事もない・・・私はまずそこへ向かうが、その後の対処は状況次第になるだろう。」
「なるほど・・・ならば、私はどうすればいい？」
「その判断は任せる。私は単独行動をするつもりだがな。・・・クルウェルが外に出た余波は
間もなく外界に出てくるだろう。その鎮火をしてもらえればありがたい。無論無用の混乱を
防ぐ意味もあるが、クルウェルにはソルジャータイプと呼ばれる種子と、そこから派生する
四種の配下を産み出す力を持つとされている。それがアレン・ハランツを中心とした我々の
敵対分子と戦い、潰し合ってくれれば良いが。」
「戦いの結果、その『敵対分子』が今より力をつけるのは避けねばならぬ、と・・・」
「そうだ。やってくれるな？」
「うむ、了解した。」
ディルナの言葉に、ヴァルグは再度、短い言葉で返事をした。
ディルナとヴァルグは、四傑の中では比較的良好な関係を築いていると言っていい。元々
この組織はディルナと、今は亡き彼の妻セレナが発起人となっている。そして技師として
最上級の能力を持つエレナと、同じく召喚士として最上級の能力を持つヘラルドが組織の
幹部として『トライデント』成就のために招かれたのだが、ヴァルグは『トライデント』成就の
ため、ある特定の役割を与えられて招かれたのではない。
言うなれば、彼が招かれた理由は彼の全てだった。拳技・力への探求心・性根・・・ディルナが
総合的な物を見て声をかけたのは組織の中でも彼一人であったし、またヴァルグも己を正当に
評価し、そして老境へ入っていた自分に再び若さを与えてくたディルナへの義理も感じていた。
そしてディルナが去ってから間もなく、ヴァルグも旅立った。行き先を、誰に言う事も無く・・・
一方、そのヴァルグが戦い、その将来性を認めた少年、マークは携帯電話でのエヴィンとの
会話を終えると、ニヤニヤとした顔でエリーの事を、右肘で小突いた。
「な、何よ・・・」
「いや、エヴィンに対しては随分、いつもと態度が違うな〜って思ってさ。顔赤くして口ごもって、
まるっきり別人じゃねぇかよ。」
「いいでしょ別にどうだってぇ！」
からかうマークにムキになって反論するエリー、そして「やれやれ」という顔をしながらその
仲裁に入るアレン、このメンバーになってからまだ丸一日少々しか経っていないのに、もう
何度目なのか分からなくなっている光景が繰り返された。ただ、今回少し違っていたのは、
一度引き離された後、再度エリーがマークへと近づいて行った事だった。
「な、何だよ・・・」
いつもと違うエリーの行動に、不審がりながらマークは言った。そんなマークに、エリーは少し
気まずそうな、悔しそうな顔を見せながら口を開いた。
「さっきエヴィンの相談・・・乗ってくれてありがとね・・・」
「ん？あ、ああ。そりゃ乗るさ。乗らないワケにはいかねぇだろ？」
「うん・・・信頼、されてるのね。エヴィンに・・・ちょっとだけ、見直した・・・」
「・・・サンキュ」
珍しくエリーが自分の事を誉めるので、マークは照れながらそっぽを向く。またエリーも、
犬猿の仲とも言えるマークに対し、ちょっと良く言い過ぎたかと思うとそっぽを向いた。
「やれやれ・・・これで少しは、こっちの気苦労も減ってくれるといいんじゃが。」
そんな２人のやり取りを見て、アレンは苦笑いしながらつぶやいた。
だが、彼らものんびりしている時間は無い。当初の目的であったネイソードは敵に奪われ、
傷ついたエヴィン達の救援に行こうにも地理的に遠すぎるし、第一それでは当初の目的と
違う。ジンドゥから移転したと思われる『トライデント』の新本部を探す事も考えられたが、
それを行うにはあまりに情報が少なすぎた。
「じゃあ、一体何から手をつければいいんだよ！」
そう言って急かすマークに対し、アレンは暫く考え込んだが、やがて何かを思いついたらしく
顔を上げ、ポン、と手を叩く。と同時に、マークとエリーの視線が一斉にアレンを向いた。
「何だい？何か思いついたのかい？爺さん。」
「次、どこ行くの？」
「・・・アイガ・・・」
「アイガ、って・・・『封印の地』って呼ばれてるアイガか？」
「いかにも。」
「でも・・・確か飛行機と車でで十時間以上かかかる場所よね？なんで急にそんな所に？」
アレンの提示した行き先の理由が分からず、エリーとマークは訊ねる。するとアレンは、
姿勢を直して２人に対し説明を始めた。
「マーク、お前さん、レガード・ベネットと病院で話をした時、彼がその力を邪神クルウェル
から入手した、と言っておったのは覚えておるじゃろう？」
「ん？ああ、そう言えばそんな事を言ってたな。」
「そして、その力を紹介したのはエリーちゃん、君のお父さんであるディルナからだと、
そのレガードと言う男は言っておった。」
「・・・！レガードの力が・・・パパの手引きで・・・？」
「ん？なんでお前さんが、レガードの名前を？」
「前にエヴィンから聞いた事があるからよ。居候の代金代わりに、カオウェイに来る前の
事は大体、エヴィンから聞き出してたから。」
アレンの質問に対し、エリーは素っ気なくそう答えた。そしてワンテンポ置いて、今度は
エリーが逆にアレンに問いを投げかけた。
「それじゃあ、パパとクルウェルの接点が、そのアイガっていう場所にあるのね？」
「うむ。」
「けどさ、その『接点』ってのは何なんだよ？何かまだ、今一つ爺さんの言いたい事の
筋がつかめねぇんだけど。」
「それを、今から順を追って説明しようと思っておった所じゃ。まあワシの話を聞け。」
「あ？ああ、すまねぇ。」
アレンとマークがそう言うと、エリーも開きかけた口を閉じた。そしてアレンは語りだした。
「まず、『トライデント』とクルウェルの関係じゃが、正確な所はワシにも分からん。だが、
連中はダークファルスの力を受け継ぐエヴィンを第一の刃と言い、復活させた古代兵器、
アンドロイドのシーレンを第二の刃と言った。『トライデント』という名称から、ワシは当然
第三の刃もあると踏んでおったが、恐らくクルウェルがそうだと見て間違いないじゃろう。」
「・・・ネオアリサ太古からの邪神が、連中にとっての切り札の一つってワケか・・・」
「・・・て事は、エヴィンはそんなのと同列扱いなのね・・・」
「哀れなヤツ・・・」
言いながらマークとエリーは、２人同時にため息をついた。だが、まだアレンの話は終わって
いなかった。
「そして、何故ここでアイガという地名が出てきたかと言うと、そこがネオアリサの地脈の
中心であり、クルウェルと最も結びつきの強い地であるからに他ならぬ・・・」
「それで、封印の地、なのか・・・」
「そうじゃ。古代ノイン王が征伐を行ったのも、またリィズさん達が戦ったのも、その戦場は
アイガの地じゃった・・・」
「幸い、エヴィン達が傷つきながらもシーレンには勝ってくれた。しかし、ネイソードは敵の
手に落ち、所在もままならん。言うなれば一勝一敗の状況じゃ。そしてここでワシらが、
クルウェルに関して何らかの情報を入手し、ヤツをトライデントから引き離す事ができれば、
戦況をワシらの方へと大きく傾ける事ができるが、ヘタをしたら一気に追い込まれる可能
性もある。ここが、ターニングポイントじゃろうな。」
「・・・・・・」
「・・・ターニング・ポイント・・・」
アレンの言葉に、２人は息を呑んだ。だがその直後にアレンの口から、彼が一人でアイガに
行くという言葉が出た時、２人の目は点になった。
「なんだよ！どういう意味だよそれ！」
「あまりに危険が大きすぎるから、というのではダメかの？」
激昂するマークに、アレンは平然と答えた。そした更に、元からマークを連れていく事にした
のはあくまでギゾの顔を立てたからだという事、そして万一戦闘になった時も、自分が敵を
選別して戦わせるつもりだった事を付け加えた。
「ワシは、お前さん達の保護者としての立場もある。状況が読めん所に、子供を連れては
行けんよ。」
「子供って・・・爺さんだって、オレと同じくらいの年の時にダークファルスと戦ったんだろ！」
「それとこれとは話が違うわい。」
「な・・・じゃあ、なんでエヴィンやリビア先輩はいいんだよ！あの２人の方が、オレ達より
よっぽど、あんたの目が届かない所に行ってるじゃねぇか！」
「・・・・・・」
「どうなんだよ！答えられないのかよ！」
「・・・こう言う事を、面と向かって言うのは好きじゃないのだが・・・」
「・・・？」
軽くため息をつき、哀れむような目で自分を見るアレンに、マークは再び息を呑んだ。そして
アレンの口から次の言葉が出て来るのを待ったのだが、そこで出てきた言葉は、彼の自尊
心を大きく傷つける物だった。
「今のお前とエヴィンでは、天地の開きがある。」
「！？」
「あれでも、ワシの孫じゃ。それに闇の力を持っておる。素性に関しては怪しい所もあるが、
強力な武器である事には間違いない。だから、任せられた。１０の力を持つ者が２人も
おれば残る１人が１の力しか持っていなくても何とかなるじゃろうとな。少なくとも、１０の
力を持つ者１人と、５の力が２人よりは余程戦力的に強力と言えるじゃろう。」
「身びいきは、見苦しいぜクソジジイ！」
アレンの説明を、最初は額に青筋を浮かべながらもガマンして聞いていたマークだが、ついに
耐えかねて、その場でアレン目がけて飛びかかる。だがアレンは、自分の顔面目がけ飛んで
来た蹴り足に対し、姿勢を屈め真っ正面から潜り込んだ。
「な・・・」
「甘いわっ！」
言いながらアレンはマークの軸足を払った。その足払いで姿勢を崩し転びかけるマーク。だが
彼は倒れ込みながらも、逆立ちをするかのように両手で地面をつくと、そのまま両足で蹴りを
放った。
「ヌウッ！」
マークの蹴りを、アレンは左に一歩移動してかわす。だがそこを、立ち上がり様のマークの
ブロンコラッシュが襲った。バックブローからスカイフック、そして打ち上げ式の肘撃ちという
三連発の攻撃を、アレンは後退してかわすのだが、そこでアレンは自分が壁際に追い詰め
られている事に気付いた。こういった、地形を有効に利用する戦い方は、ケンカと言う、常に
違うフィールドでの戦いを行ってきたマークの最も得意とする所であった。
「オレの勝ちだぜジジイ！トドメはコイツだ！！」
口元に笑みを浮かべながらそう言うと、マークは拳を振りかぶった。だがその動きは通常の
正拳突きより身体の捻りが大きくモーションも大きい。だがそこから繰り出される拳の速度は、
従来のマークのパンチの速度を遥かに凌駕していた。
「見様見真似の武神の咆哮！」
・・・
・・
・
その技を放った時、マークは自分の勝利を確信していた。ヴァルグが「武神の咆哮」を放つ
姿はビデオが擦り切れる程見ていたし、実際に一回、自分で喰らった事もあった。たとえ、
ビデオをコマ送りにしてもなお全く捉え切れていなくとも、たとえ、自分が喰らった瞬間に
ワケも分からず気絶していても、その目とその身体で覚えた技、という自信があった。
だが、次の瞬間マークは、アレンの放った渾身のオーバードライブにより、それがマークの
拳よりも後から出された技であるにも関わらず、真っ向からカウンターで切って落とされ、
その身は数メートル吹き飛び、そして入り口のドアに強く叩きつけられていた。
「ぐ・・・ば、バカな・・・オレの最速の技が・・・後出しの技に・・・？」
辛うじて意識が残っているマークは、自身の敗北の意味を理解する事ができず、混濁した頭で
必死にその理由を考えようとする。だがその時、彼がもたれかかっている扉を、外からノック
する音がした。
「はい？どなたかな？」
うずくまったまた右手を胸にあて、サンフォースで自分の傷の手当をしているマークの横で
アレンが尋ねる。すると、扉の向こうの相手は、静かな声で自分の名を告げた。
「トライデント四傑が一人、ヴァルグ・レイナード・・・」
「！？」
外からの声に、三人は一斉に顔を強ばらせた。自分達を相手に『トライデント』などという名前を
使う事自体、悪戯とは考えにくい。だが敵が一人でここに来るとは考えにくく、下手をしたらこの
ホテル全体が占拠されている可能性も考えられた。
だが表の声の主はそれを察してか、「自分は一人で来ている」「開けたくなければ蹴破るのみ」と
付け加える。アレンは一瞬迷ったが、やがて自分の手で扉を開けた。
「お初お目にかかる・・・」
扉の先にいた人物は、アレンを見ると静かにそう言った。マークも慌ててその顔を見るが、そこに
いたのは紛れもなくヴァルグだった。マークは立ち上がり、ヴァルグの目をじっと見る。しかし
ヴァルグはそんなマークの目を無視するかのように、その視線をアレンの方へと向け続けた。
「・・・トライデントの人間が、たった一人で何の御用かな？」
「あなた方に勧告をしに。」
「どんな？」
「アイガへは行かないようにと。」
「なぜ？」
「私の盟友、ディルナ殿の邪魔をさせないために。」
「・・・詳しい話を教えてもらえんかの。」
「程度問題だ。話す内容は私が決める。」
アレンの問いに、ヴァルグは極めて短い言葉で返事をし続ける。そして彼の言葉は、アレンに対し
敵ではあるがその言葉に偽りは無いという感覚を与えた。
フレオにいた時、アレンは様々な種類の人間に接してきた。その中にはフレオ政府のトップにいる
アレンを追い落とそうと画策する人間や、甘言をもって彼に近づき、甘い汁を吸おうとする人間も
多数いたし、そういった人間の言葉や態度を、アレンは身をもって知り尽くしている。だが、今相対
しているヴァルグという人間からは、そういった連中の持つ嫌らしい空気は感じられない。ゆえに
彼は、警戒しながらも相手の言う事を信じる事にした。
「まず最初に言っておくが、我々トライデントとしては、あなた方のこれ以上の干渉はやめて貰う。
これは、『頼んで』いるのではないという事を、まず自覚していだたきたい。」
「なるほど、他には？」
「そのためにアレン・ハランツ、今後ディルナ殿がクルウェルの処理を終えるまで、私があなた
方を監視する事にした。」
「ほう・・・」
ヴァルグの言葉に、アレンはニヤリとした笑みを浮かべた。
「そいつは願ったり叶ったりじゃな。この悪ガキどもの世話は、正直ワシ一人では手に余る時が
あるのでな。」
「・・・フレオ数百万の民を顧みてきたあなたが、たった２人の子供を持て余すと？」
「ああ、世の中とはそんなもんじゃよ。ヴァルグ、お前さんにそう言う経験は無かったかの？」
「武一本に生きて来たゆえ。」
「なるほど・・・」
ヴァルグの言葉に、アレンは静かに頷く。そして一言、「危ういの」とつぶやいた。
「何かの道に一心不乱に打ち込む、その事自体は悪い事ではないじゃろう。しかし、無理に
一本気を貫こうとすると必ずや歪みが生じる・・・それが歪みと気付いた時には、修正が
不可能なほどにの。」
「・・・何を、おっしゃりたい？」
「な〜に、何も複雑な事を言うつもりは無いさ。ただ、人生には休息も必要だと言っておるだけ
じゃよ・・・どうじゃ？任務抜きで暫しここに留まり、武を忘れてはみんか？」
「断る・・・」
アレンの申し出に、ヴァルグは静かに、しかしはっきりとそう答えた。
「いつ果てるとも知れぬこの命、武に全てを捧げる事こそ本望・・・アレン殿、悪いが交渉は
ここまでとさせてもらう。」
言い終わるとヴァルグはスクと立ち上がった。その動作にマークとエリーは、すわ戦闘かと
身構えるが、今のヴァルグに戦おうと言う意志はなく、アレンもそれを見抜いてか椅子から
動こうとしない。そしてヴァルグはホテルの外へと歩きだそうとするのだが、そこで彼は、
一度足を止め、マークの方を見た。
「ヴァルグ・・・」
「・・・あんな中途半端な技に、武神の名を冠するような真似は二度とするな・・・」
「・・・すまねぇ・・・」
「貴様が友と呼ぶ闇の神子は、強くなろうと念じたのではなく、強くあろうと念ずる事で
急速に力をつけた・・・お前も、その覚悟を持つ事だ・・・そうすれば、お前の天賦は、
一気に開花するだろう・・・私の目を、節穴にさせるな・・・」
「・・・分かった・・・」
小さな声でそう言うと、マークは歯を食いしばり、手をグッと握りしめて立ち尽くした。
本当は今すぐにでも挑みかかりたかったのに、なぜか体が硬直してしまいそれ以上
動く事ができない。そしてヴァルグは、今度は反対側にいたエリーの方を振り向いた。
「ディルナ殿の一人娘か・・・」
「あ・・・は、はい・・・」
「お前にとって・・・父とは、なんだ・・・？」
「え・・・？」
ヴァルグの問いかけに、エリーは即座に答える事ができない。そして何とか次の言葉を
絞りだそうとした時には、既にヴァルグの姿は部屋から消え失せていた。
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