二つの「闇」 〜時の交差後伝〜

第三部第二十二話 信頼無き同盟

「まさか、またここに来る事になるとはね・・・」
小雨の降り注ぐ中、荒涼とした大地を見回しそうつぶやくと、フィルはバイクのエンジンを
止めた。ティリアからアイガまで、途中船も使い丸一日近くかかる。そして、その間ほとんど
睡眠を取っていないのにも関わらず、疲れているようには見えなかった。フィルはバイクを
木の脇に止めると、ゆっくりと歩き始めた。

(師匠!)
(先生!)
(パパ!)
(行け・・・早く・・・クル・・・ウェル、を・・・)

「くっ・・・」
十年間、一度も忘れた事の無い記憶、それがここに来ると余計に鮮明に思い出され、
フィルの拳にもう一段、強く力を入れさせた。
「どうやって甦った・・・誰が、甦らせた・・・」
そんな事を考えながら、彼は一歩、また一歩と足をアイガの中心部へと進める。だが
その道も、決して平坦な物では無かった。

「フィル・グレアム・・・我等ガ主ニ、苦シミヲ与エシ者・・・」
「滅ビヨ・・・」
「滅ビヨ・・・」
「滅ビヨ・・・」
「ソルジャータイプか・・・いい加減しつこい!」
気がつくと自分の周囲をすっかり取り囲んでいた、数十体のソルジャータイプを相手に、
嫌悪感に満ちた表情でフィルは叫んだ。だが、そうしている間にも敵はフィルを一斉に
切り刻みにかかった。

しかし敵の攻撃はフィルの、ブラング式格技のバリア技「走路有風」に遮られ届く事は無い。
更にフィルが少しだけ、技に力を込めると、彼を守る空気の壁は、敵を弾き飛ばす気流の
壁となった。
「一網打尽だ・・・っ!」
今の動きで、ソルジャータイプの群れは一気に数メートル外側に弾き飛ばされた。すると
フィルは技を解き、人差し指と中指を立てた右腕を、天に向けて突き上げる。

「降り止まぬ雨よ・・・水龍となりて敵を刺し貫け!」
フィルのその掛け声とともに、パラパラと降っていた小雨は即座に鋭利な水の槍となり、
ソルジャータイプを立て続けに刺し貫いた。しかし、ソルジャータイプは見えなくなった
のみも関わらず、周囲には強力な力がまだ残っていた。しかも、フィルのすぐ背後に!

「ちぃっ!」
フィルはそのまま、大きく前に飛び、そして空中で方向転換をしながら振り返る。と、そこ
には一人の人間が立っていた。それは、背が高く金色の髪を持つ、中年の男だった。

「あなたは・・・?」
無駄な質問になるだろう、そう思いながらフィルは言った。こんな場所に中年の男が
一人でいるだけでも不自然なのに、この男は異常とも言える力を内包している。
(おそらく、クルウェルに対し何らかの目的を持つ者だろう。ならば・・・)
フィルは、目の前の男の存在をそう結論付け、そして襲撃に備えた。

だが、そんなフィルの心を読み取ってか、男は口元にうっすらとした笑みを浮かべる。
そして言った。
「人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るものではないのかね?」と・・・

「まして君は私より若い。礼儀はわきまえてもらいたいものだがね。」
「・・・火事場に礼儀が通用するのならね。」
「・・・君は、ここが火事場だとでも?」
「違うのかい?」
「さあな・・・もっとも君が火事場を望むのなら、私はその演出を手伝ってもいいが?」
その言葉とともに、男の腕に炎が宿った。そしてフィルも、小さく息を吸い込み戦闘態勢を
整える。だが、二人が拳を交えようとする瞬間、強烈な揺れが二人を襲った。

「地震!?」
「いや・・・あれだ!」
「・・・パンクラスタイプ・・・こいつまで仕込まれていたか・・・」
相手の男の指差す方向を見ると、フィルは歯噛みをした。クルウェルモンスターの中でも
最大の体格と破壊力を誇るパンクラスタイプ。四つ足で下半分は岩石で、上半分は樹木の
ような形でできている。ソルジャータイプが大地と融合する事で誕生する全長7メートル超の
巨大なモンスターである。大地を激しく揺らしながら、たった今生まれたそのモンスターの
突進を、二人は散開してかわした。

「どうやら、我らの戦いはこいつを始末してからになりそうだな。フィル・グレアム!」
「!!なんで、僕の名前を・・・」
「知らぬ筈は無かろう?闇の世界に生きる者であれば、貴様の名前はな!」
言いながら男はニヤリと笑った。その表情は、これからの戦いへの高揚感と、同時に
強敵を叩き潰す事への高揚感で満ち満ちていた。

だが、二人とも即座に攻撃を仕掛けはしなかった。お互い、手の内を見せたくないのは
同じである。どっちが、先にただ攻撃をかわし続ける事に限界を感じるか、だった。

「ブフォォォォウウウッッ!!」
言葉にならない声を発し、パンクラスタイプがフィルに仕掛けた。フィルはそれを軽く
かわす。だが、パンクラスタイプは次の攻撃の狙いもフィルに定めた。やはり、直接
クルウェルを倒したフィルに、敵の狙いは集中している。

「ちょっと、戦いづらいか・・・」
攻撃をかわしながらフィルが言う。これが普通の相手なら、スタミナ切れを待つという
手もあるだろう。だが、今回の相手にそれは期待できない。
「降り止まぬ雨よ・・・水龍となりて敵を刺し貫け!」
さっきソルジャータイプの群れを相手に放った技を、フィルは再度放った。この技なら
もう既に相手に見られているだろうから今更隠しても、という意図があったのだが、
これではパンクラスタイプの硬い皮膚を貫く事は、到底できそうにない。しかも、次の
瞬間、パンクラスタイプの一つ目が怪しく光った

「グオゥッ!!」
フィルが今の技で使った水分が、一本の太い、高圧力の水流となりフィルへ襲いかかる。
これは、十年前のパンクラスタイプが使える技ではなかった。
「なっ・・・?」
間一髪のところでかわしたが、フィルは肝を冷やした。もし今、何か別の技を発動しようと
していたら、そしてそこを狙われていたら、今頃自分は死んでいたと思う。どうやら、前の
戦いのセオリーが100%通用する相手ではないらしい。
「それなら・・・相手が次の仕掛けをしてくる前に、問答無用で倒さないと・・・けど、あれは
 まだ、ここでは使いたくないし・・・」
巨大な敵を見据えながら、フィルは歯噛みした。そして一方・・・

「フム・・・スピードは及第点だな・・・」
フィルの動きを見ながら男は言った。と同時に、彼の両手の指先に魔力が宿る。
「ならば、次は判断力と攻撃力でも見せてもらおうか・・・受けるがいい・・・我が第二の刃
 ・・・衆を圧倒するブルーティカス!」
そう言うと彼は、顔の辺りで交差させ魔力をためていた両腕を下に振り下ろした。そして
指先から地面に投げつけられた、総勢10個の赤い魔力の玉は、直後に大地を揺るがし、
何十本もの火柱となって地面を突き破った。

だが、フィルは動じなかった。

パンクラスタイプの攻撃をかわしながらも、彼の神経はその大部分が男に向いていた。故に
彼が魔力の蓄積を始めていたのも見えていたし、それを地面に放った時点で、何らかの
地殻変動があるであろう事も予想していた。もっとも、威力の大きさは若干、彼の想像を
超えていたが。
だからフィルは、今度はまず大地の動きに注力した。そしてどうやら今の技は、一定の
範囲内を無差別に攻撃する物らしい。そう確信すると、一つ一つ、最小限の動きでかわす。
そして連続した火柱の攻撃の終了を見ると、フィルはパンクラスタイプに目をやった。

「今の攻撃で、パンクラスタイプは相当のダメージを負った・・・それに月は満ちている・・・
 勝機!」

言いながらフィルは、両腕に力を溜め始める、そして、もう一人の男もすぐに、フィルの
行動による異変を感じ取った。

「うん?足元が急に暗く・・・雲でも出たか?・・・いや、月光がフィルに集中している・・・?」
「混沌の種たりし青と紫の月よ・・・今、禍の光となりて敵を滅ぼせ!」

フィルがそう叫び、両腕をパンクラスタイプへと突き出すと、彼一人に集中していた月の
光は、一本の、直径2メートルを超えるの極太の光線となった。その光は通り道ある全てを
跡形も無く消し飛ばしながらパンクラスタイプへと襲いかかる。

「ブファァァアァアアアアッ!!」

光線を前に、パンクラスタイプは相変わらず声になっていない声をあげた。だが、一瞬の後
その身体は、ど真ん中を貫通され二つに分かれる。そして間もなく、残された部分も大地へ
返って行った。

「ふぅ・・・」
「フィル・・・」
戦いを終えたフィルに、男は再び声をかけた。
「今のが、お前の奥の手か?」
「ああ。」
抑揚の無い声でフィルが答える。と、男は口元にニヤリとした笑みを浮かべた。
「そうではあるまい、今の技、確かに威力は凄まじいが、お前程の男だ。このような天候に
 左右される技に頼るなんて、らしくない・・・」
「どう考えようが、あなたの勝手ですよ。それより、いい加減そっちの名前を教えてもらえ
 ませんか?名前も知らない相手と、長話はしたくない。」
「そうか・・・まあいいだろう。私の名はディルナ、ディルナ・ロックフィールド。お前が仇敵と
 考える、邪神クルウェルを甦らせた者だ。」
「何だと・・・」
ディルナのその言葉に、フィルの表情が変わる。
「クルウェルは、我が組織『トライデント』のパワーソースの一つとして活用しようと思ったの
 だが、それを解放してしまった不届き者がいてね。再度捕獲するために赴いたのだ。」
「愚かな・・・」
言いながらフィルは歯を食いしばった。瞳にも、明らかにディルナに対する敵意が宿っている。
だがディルナは、そんなフィルの反応を受け流すかのように、淡々と話し続けた。

「もっとも、ここに来た目的はクルウェルだけではないがね。」
「?ここに?クルウェル以外の何があると・・・」
「お前だよ、フィル・グレアム。今の戦いぶり、なかなかの物だった。組織の最高幹部である
『四傑』の待遇で迎えよう・・・私の宿願のために、力を貸してほしい。もっとも君の事だ。私が
 こう言うと、きっと『ふざけるな』とか言うのだろうが。」
「・・・悪いが、その通りだ。クルウェルは永遠の宿敵・・・その力を利用しようとする人間に、
 力を貸す事はできない!」
「そうか・・・だが、クルウェルを憎む者の全員が、必ずしもそういう考えではないとしたら?」
「・・・?」
「エレナ・バーンハイト、彼女も彼女なりの考えを持ち、私の組織の一員となっている。実父を
 クルウェルに殺された、いわば最も邪神への恨みが根深い筈の彼女がね。」
「・・・・・・!!」
「どうだ?『トライデント』に来てはくれんかね?」
ディルナの言葉に、フィルは一瞬考える表情を見せる。だが、彼がそれから返答をするのにそう
時間はかからなかった。

「・・・いいだろう・・・」
「そう答えてくれると思っていたよ。まあ、仲良くやろうじゃないか。」
言いながらディルナは右腕を差し出す。そしてフィルも右腕を差し出すが、握手の直前で二人の
手の動きが止まった。
「どうやら、この間合いがお互いにとっての死線みたいですね・・・」
「らしいな・・・するか?握手・・・」
「やめておきましょう、これから『仲間』になるんでしょう?」
「フン・・・その通りだ・・・」
言いながら二人とも、ニヤリとした笑みを顔に浮かべながら手を引っ込めた。

そして約半日後・・・

「ここのコードを接続すれば、修理は完了、と・・・」
シーレンの腕の結線を終え、エレナは言った。彼女はそのまま、シーレンに最終の動作確認を
するように命じる。そして一連の動作を終えると、エレナに異常が無い事を告げた。
「オールグリーン、異常無しです。また、各部の動作効率の15%の上昇を確認しました。」
「そう、どうやら計算通りみたいね。あとは追加武装のテストもしたいけど、さすがにここで
 それをするワケにはいかないし・・・とりあえず、ちょっと休ませて。徹夜は疲れるわ。」
「了解。ところでマスター、エヴィン・ハランツへの対処は・・・」
「エヴィン・・・そうね、あの子も何とかしないと・・・しかし、不思議な子よね、シーレン、あなたもそう
 思っているんでしょう?」
「前例の無いサンプルではあります。戦闘力、内在要素、ともに・・・しかし、私はマスターの指令に
 従うのみ・・・」
「・・・相変わらずね、シーレン・・・ん?」
エレナは、ドアをノックする音に気づいた。ただ、そのノックの音はディルナやヴァルグの物とは
微妙に違う、ここでは聞いた事のない音だった。エレナは無言のまま、シーレンに銃を準備する
ように促す。そして平静を装った声で「どうぞ、開いてるわ。」と言った。

「エレナ・・・」
「フィル・・・シーレン!!」
フィルの顔を見ると、エレナは一瞬、呆気に取られた顔をするが、すぐにその顔は急速に険しく
なり、シーレンに攻撃命令を出す。シーレンは即座に、フィルに強烈な体当たりを喰らわせた。
「ぐっ・・・」
壁にめり込んだフィルの顔が苦痛で歪む。だがエレナは、シーレンにそれ以上の攻撃はさせず、
その一発だけでシーレンを下がらせた。

「フィル・・・何しに来たのよ・・・答えなさいよ!」
「僕も、『トライデント』の一員になったからね・・・エレナの事が、心配だったから・・・」
「なんですって・・・何なのよ今更!!」
「エレナ・・・ディルナは危険だ・・・単純な戦闘力だけじゃない・・・底が、知れない・・・」
「言うなっ!」
フィルの言葉をエレナは一蹴した。
「そんな事、あんたに言われなくても大丈夫よ!今の私にはシーレンがいるんだから!!」
「そうか・・・シーレンタイプ386・・・これが・・・」
立ち上がり、服についた埃を払いながらフィルは言った。

「君がそう言うのなら、とは言わないよ。もうこれ以上、クルウェル絡みで人を失いたくはない。
 だから・・・」
「ゴタクと理屈はいいから!早く私の視界から消えなさいよ!!私が、理性を保ってるうちに!
 でないと、本当に撃つわよ!!」
「・・・・・・」
話を聞く気を全く見せないエレナに、フィルは少しだけ寂しそうな表情をしながら、背を向けて
その場を立ち去った。そしてフィルがいなくなるとエレナは、息を整え椅子に腰掛ける。
「まったく・・・なんなのよ一体・・・今になって・・・シーレン・・・」
「なんでしょうか?」
「さっき・・・どうして銃を持っていたのに体当たりをしたの?」
「マスターの声調に、動揺が感じられたからです。少なくとも、ターゲットの死を望んでいる時の
 声調とは明らかに異なっていた・・・」
「そう・・・ありがとう、シーレン。」
シーレンの言葉に、エレナは今日初めて、柔らかい笑みを浮かべた。

第三部第二十二話 完

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